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Full text of "Akutagawa Rynosuke zensh"

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University of Toronto 



http://www.archive.org/details/akutagawarynosuk098800 



つ 1^ 

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fit 

之 



ドぉ Vu し s くひ 

EAa?^ llfPARY 

ま 

Bfh FLOOR 



*i ズ 




m 筆 
(月 七 年 二 和昭) 



着 待 
<J-J 一十 年 九十 二 治 明) 



越び と 

s 卩 



\3 sin 

苍 gn 一一 

m rara 

s 

修辭學 - 四 六 

父ぶ り SH ハ 

主ぶ り 04- 

酒 ほが ひ 四 八 

百事 新たなら ざるべからざる に 似たり 四 九 

「となりの いも じ」 より 酒 をた ま はる 五 〇 



洞 庭 舟 中 - 五 〇 

劉 H - Hi 1 

不眠症 五 二 

棕榈の 葉に 五 二 

Mxetucllclia 五三 

心 il^ ^ra 

t-lg 

沙羅の 花 五 五 

船乘 りの ざれ 歌 五六 

繁 5 ハ 





H 

惡念 



# 

戲れに s 

れに 、ゆ 

ひ と り. ある もののう たへ る 

湊の瑞 威から 



飜譯 



、パン タザ ァグ Anatolo France 七 七 

I の、 ひ藏 W. r>. Yeats 九 七 

「ケ ダト の 薄明 一より. W. B. Yeats 一 ora: 

クラ リ乇 ンド Th^opllile oautiel- 一 一 一 

.\ \ ベ ッ クと 婆羅門 行者 v。ltaire 一 五 七 

散文詩 Oscar Wilde 一六 二 

パ ス テ^の 龍 一 六 五 

飜譯 小品 一七 〇 



未定稿 • 斷片 , 

第一 

• 1 £ハ 

s§ ■ 一八 一一 一 

一 八 七 

一 i ハ 

天狗 二 〇〇 

夢幻 二 一 二 

あの 頃の 自分の 事 - 二 一 七 



未定稿 ニニ 五 

一一 ran 一一 

河内 尾 太 兵衞の 手紙 二 S 七 

民 一一お 

^^\心 

三 ハー 一 

大導寺 信 « の 半生 二 六 四 

美しい 衬 ニヒ 一 

夢 …… 一一.^ S 

〔题 未定〕 , 二八. 



,歐 M(」— ぬ) 二 九 〇 

人と 死と , 三 一 七 

尼と 地藏 三 二 七 

サロ ノ 一一 ニー 一八 

^0 : 一一 ョー 一一 

織 田 信 長と 黑ん坊 三 五 

^0 一二. I ハニ 

第二 . 



東洲 齋寫樂 一一 一六 八 

Die philosopllierun^ iilsr Reigou へへ 一二 七に 

rL-iss ill ^carletj の 一言 三 七/ 

• 一一 一八 五 

聖ジ ユリアン 物語 : い 三 ノリ 

ニー, K 一一 

ま義 

ト lib^ 乍 去 三 力 六 

ァフォ リズム 四 一一 一 

斷片 四 一 一 

* 



レ ォ ナ^ド • ダ • グ インチの!^ 記 Leonardo da Vinci 四 一七 

耳 謂ぐ 者 Fiona Macleod 四 二 〇 

火と 影と の K W. B. Yeats 四 二 五 

、ディ イタラ ス James Joyce 四 三 〇 

我 鬼 窟句抄 四 三 五 

似 無愁抄 四 三 九 

我 鬼句抄 四 四 

々 :£ rarara 



蕩々 帖 so 

ひと, yy^ ところ 匹ナ 一 

我 鬼 窟日錄 四 六 一二 

澄 江 堂日錄 四 七 九 

輕 井澤 日記 * 四 八 一 

講演 草稿 四 八 五 

短篇 作家と しての。 ホォ 四 八 五 

ボォの 一面 四 九 二 



gt-p^,^ 

內容と 形式 五 oo 

羊 帳よ 6 五 五 

初期の 文章 ■ 

義仲論 五六 九 

水の 三日 六 一 五 

槍ケ岳に 登った 記 六 二三 

日光 小品 六 二 七 



m^^te ral^o 

ひとまと ころ 一 

我 鬼 竊日錄 四六ョ 

澄 江 堂日錄 四 七 九 

輕 井澤! n 記 , 四 八 一 

講演 草稿 四 八 五 

短篇 作家と しての ポオ 四 八 五 

ボォの 一面 四 九 一一 



小說 QiiS み 方 ST, 几 八 

內容と 形式 五 〇〇 

丰 帳より 五 〇 五 

初期の 文章 . 

義仲論 • 五六 九 

水の 三 曰 六 一 五 

槍ケ岳に 登った 記 六 二三 

日光 小品 六 二 七 



補遺 第 一 

天主の 死 六 三 七 

烈女 ブ 

保吉の 手帳から :… 六.. -ジ 

三つの 指環 六 六 四 

補遺 第二 

大須賀 乙 字 氏 六 七 五 

「開化の 殺人」 附記 六 七 七 



「杜子 春」 附記 六 七 七 

愛の 詩集 六 七 八 

おれの 詩 • 六 七 九 

口 ップス - 六 八 〇 

AW0 .1 ハ八ニ 

澄 江 堂雜詠 六 八 四 

比呂 志との 問答 六 八 六 

夏 目先 生 六 八 八 



補遺 第三 

未定 詩稿 :… 

澄 江 堂句抄 : 

我 鬼句抄 補遺 

蕩々 帖 補遺 

& 

年譜 



ヒ 「に 

七 一 三 

4J 一 . 允 



句發 



3 



蝶の 舌ゼ ン マイに 似る 暑さ かな 



木が らしゃ 東京の 日の あり どころ 



暖か や 蓝に蠟 塗る 造り 花 



癆 咳の 頰美 しゃ 冬 帽子 



夏山 や 山 も 空なる 夕明り 



竹林 や 夜寒の みちの 右 ひだり 



霜 どけの 葉 を 垂らしたり 大 八つ手 



木が らしゃ mi 刺に のこる 海の いろ 



獵梅 や: M まばらなる 時雨 ぞら 



お降^ や 竹 深ぶ かと 町の そら 



句發 



5 



一 游亭來 る 

草の 象の 柱 半ばに 春 日 かな 

白桃 や. 苦うる める 枝の 反り 

薄 曇る 水 動かす よ 芹の 中 

炎天に あがりて 消えぬ 箕の ほこり 

ノ 初秋 の蝗っ かめば 柔 かき 



桐の 葉 は 枝の 向き向き 枯れに けり 

自 别 

水涕ゃ 鼻の 先 だけ 暮れ 殘る . 

元日 や 乎 を 洗 ひ をる 夕 ご ころ 

湯 河原 溫泉 

金柑 は 葉 越しに たかし 今朝の 霜 

あて かいな あて 1.14 川の 生まれ どす 

茶 に 人り 日 しづ もる 在所 かな 



-句發 



しら ば え 

白 南風の 夕浪 高うな りに けり 



秋の 日 や 竹の 實垂 るる 垣の 外 



野 茨にから まる 萩の さかり かな 



荒 あらし 霞の 中の 山の 襞 

洛陽 

麥 ほこり かかる 童子の 眠り かな 



秋の n や. 禝. の 栴の片 なび き . 

. ^s;::- の 一 百 葉 を 

簿綿は の. ばし 兼ねた る 霜夜. かな 

: 庭 芝 に 小み ちま はりぬ 花つ つ じ 

ひ と 籃.. の 暴 さ りけ り 巴 日 一 杏 

病中 

あかつき や な き やむ 屋极 の う ら 



句發 



9 



唐 泰^ ほどろ と if る る tn の に ほ ひ 

しぐ るる や 堀江の 茶屋 に 客 ひとり 

W び 長 t 'に 遊ぶ 

唐 寺 の 玉 卷 芭 蕉 肥 り け り ,■ 

更 くる 夜 を 上ぬ るみけ り 泥 鰭 汁 

木の 枝の 瓦に さはる 暑さ かな 



夏の 日 や 薄 苦つ ける 木木の 枝 

蒲の 穗 はなびき そめつ つ 蓮の 花 

一 游亭を 送る © 情洽然 

霜の ふる 夜 を 菅笠の. ゆく へ 哉 

II 藝を 問へ る ひとに 

あさ あさと 麥藁 かけよ 草い ちご 

山茶花の 苦 こぼる る 寒さ かな 



句發 



I! 



菊地寬 の自傳 體小說 

一 啓吉 物語」 に 

元日 や 啓吉も 世に 古簞 笥 

高野山 

山が ひの 杉 冴え返る 欲 かな 

雨 ふるやう すうす 曉 くる 山の なり 

再び 鎌 倉 平野 尾に 宿る 

藤の 花 軒ば の 苔の 老い にけ り 

震 災の 後^上 寺の ほと リ を 過 -ぐ 

松風 をう つ つ に 聞く よ 夏 1 目 子 



朝 額 や 土に 匐 び た る 蔓の たけ 



春雨の 中 や 雪お く, 斐の山 



竹 Q 芽 も 一 西 さ し た る 彼 岸 か な 



虱 落 ち て 曇 り 立 ちけ り 星月夜 



小 日 や 六- 见 を と めた る 竹の 枝 



ィ fl 發 



13 



切支丹 坂 を 下り 來 る 寒 さ 哉 

初 午の 祠 ともりぬ 雨の 巾 

金澤 

贅 むし 子 や 雨に もね まる 蝸 牛 

^垂 るる 妻と なりつ も 草の 餅 

松 かげに 鷄 はら ば へ る 暑さ かな 



笞 づける 百日紅 や 秋 どなり 

室 生 厣 星 金 澤の蟹 を 贈る 

秋風 や &羅を あます 膳の 蟹 

一 平 逸 K の 描け る 夏 目先 生の. 

カリ カテ ユアに 

餅 花 を 今戶の 猫に ささげば や 

明星の 銑に ひびけ ほととぎす 

寄內 

ひたすらに 這 ふ 子お も ふや 被 ち ま き 

4 



句發 



15 



日 ざ かりや 靑杉 こぞる 山の 峽 

越後よ リ來れ る婢、 當 歳の 兒を 

「たんたん」 と 云 ふ 

たんたんの 一 fe- を 出した る 夜寒 か な 

久米三 汀 新婚 

うつ きぬ ばう し 

白 じらと 菊 を 映す や 親 帽子 

臘梅 や 雪う ち 透かす 枝の たけ 

春雨 や 檜 は 霜に 焦げながら 



16 



52 .^ニ 

線 S 花 さき 人 る や 窓 の 穴 

ポ中 

なか ] 

しののめの 煤 ふる 屮ゃ 下の 關 

庭 土に 阜 月の; f の 親し さよ . 

Si; 亡 

け まさる 火 かげ や こよ ひ 離の 顔 

廣棕橺 の 下葉に のれる 雀 かな 



• 句發 



17 



鹄沼 

かげろ ふや 楝も 沈める 茅の 屋根 

さみだれ ゃ靑柴 積める 軒の 下 

糸 萩の 風軟 かに 若葉 かな _ 

破調 

鬼 も 片耳 垂 るる 大 暴かな 

朝 寒 や 鬼 灯 塞る る 草の 中 



町. なかの 銀杏 は^も 霞け 



り 



旭川 

どけの 中に しだる る 柳 かな 

計 七十 七 句。 大正 六 年より 昭和 



歌 短 



21 



靑根、 溫泉 . 

枝 蛙 木 ぬれ ひそかに 鳴く 聲の きょら なる かも 道 細りつ つ 

吉井 勇に 戯る 二 首 

末の世の くどきの 歌の 歌 ひじり 吉井 勇に 酒 たてまつる 

赤 寺の 南京 寺の 瘦せ女 餓鬼 まぎ はまぐ とも 酒な たち そ は 

丸 善の 二階 

ノ ン-, かそ かいひ 

しぐれ、 よる^ を幽 けみ こ こにして 海 彼の 本 をめ でに ける かも 

小澤碧 童に 

窓のへ にい ささ むら 竹 軒の へに 糸瓜 ある 宿 は 忠兵衞 が 宿 



22 



きみが 家の 軒の 糸瓜 はけ ふの 雨に 臍 落ちたり や あるひ. はい まだ 

卽景 

手水 鉢の 水に いささか 濁り 立ち 南天の 花 は きすぎ にけ り 

上海 

うす 曇る ちまた を 見つ つ 暗綠の 玉子 食 ひ をれば 風 吹きに けり 

戯れに 河 郞の圖 を 作りて 

かぶろ 

橋の 上 ゅ胡风 なぐれば 水 ひびきすな はち 見 ゆる 未儿の あたま 

おぼろ かに 栗の 垂り 花見え そむる こ の あかつき は靜 かなる かな 



欲 短 



23 



閑 庭 

秋 ふくる 晝ほ のぼ のと 朝 顏は花 ひらきた りなよ 竹の うらに 

朝顔の ひとつ はさけ る 竹の うらと もしき もの は 命なる かな 

「となりの いも じ」 香 取 先生に 

と-う しん こ 

冬 心の 竹の 畫見 に來 ひさかたの 雪 茶 を 煮つ つ わが 待つ らくに 

推の 木 

さ 庭べ に 冬 立ち 來 らし 推の 木の葉 うらの 乾きし るくな りけ り 

霜 曇る さ 庭 を 見れば 椎の 木の葉 かげの 土 も 荒れて ゐに けり . 



本 所 の 舊居を 憶 ふ 

露霜の 朝 朝 ふれば せ 神 は 葉 をお としたり 称 はま だ 

佐 藤 惣之助 君琉球 諸島 風物詩 集 を 贈る . 

ミヤ ラビ は 娘 子の 稱なリ 

空み つ 大和 扇 を かざしつ っ來 よと つげけ む ミヤ ラビ あはれ 

しぐれ 

この 朝け しぐれの 雨の ふりしかば 1^ れ しづ まりぬ 庭 土の 荒れ 

わが 庭 はかれ 山吹の 靑 枝の むら 立つな べにし ぐれ ふるな り 

寒 木 堂 所蔵 の 書賓 を觀る 二 首 

葉 を こぞり 風に なびけ る 墨の 竹 誰か 描きけ むこ の 墨の 竹 

4 

2 



歌 短 



25 



題した る 詩 長く してう す 墨の 墨 繪の花 は 傾きて をり 

室 生厣星 君に 

とほ やま も 

遠山に かがよ ふ 雪の かすかに も 命 を 守る と 君に つげな む 



香 取 先生に 

さはら を 

金澤の 鮪の すし は 日 を へな ば あぶら や 浮かむ ただに 食し 袷へ 



鯓沼 

春雨 はふり やまな くに 濱 芝の I 卞ぞ見 ゆるね て は をれ ども 

犬 

わが 前を步 める 犬の ふぐり 赤し つめた からむ とふと 思 ひたり, 



7 

2 



® びと 旋頭歌 二十 五 首 



あぶら 火 の ひかりに 見つ つ こ こ ろ 悲し も、 

み 雪 ふる 越路の ひとの 年 ほぎ の ふみ" 

むらぎ もの わがこころ 知る 人の 戀 しも。 

み 雪 ふる 越路の ひとは わがこころ 知る。 



短 



現し 身 を 歎け るふみ の 稀に なりつ つ、 

み 雪 ふる 越路の ひと も 老いむ とす あはれ- 



28 



. 二 

うち 日 さす 都 を でて いく 夜ね にけ む。 

こ の 山の 硫 黄の 湯に も なれそめに けり。 

み づ からの 體溫 守る はは かな かりけ り、 

靜 かなる 朝の 小 床に 目 をつ むりつ つ。 

何し かも 寂しから むと 庭 を あゆみつ、 

し お まき ば 

ひっそりと 羊 齒の卷 葉に さす 朝! n はや。 

ゑ ましげ に 君と 語ら ふ 君が まな 子 を. 

ことわりに あらそ ひかね て わが ini 守り をり 



欲 短 



29 



寂し さ の き はまりけ め や こ ころ 搖ら がす、 

せきし やう 

この 宿の 石菖の 鉢に 水 やりに けり。 

み せ こ 

朝曇りす すしき 店に 來ょゃ 君が 子、 

玉く しげ 箱 根 細工 を わが 買 ふらく に。 

池の べに 立てる 楓 ぞい のち かなしき。 

斡に 手 を さやる すな はち 秀を ふる ひけり。 

腹立たし 君と 語れる 醫 者の 笑 額 は。 

、 ば 

馬 じ もの 嘶 ひわら へ る醫 者の 齒 ぐき は。 



30 



まち 

うつけ たる こころ を もちて 街な がめ を り。 

日 ざ かりの 馬樊に ひかる 蝶の し、、 つけさ。 

うしろより 立ち 來る人 を 身に 感じつ つ、 

電燈の 暗き 二階 をつ つし みくだる。 

たまき はる わが 現し 身ぞぉ のづ からなる 

+* だ へ も 

赤ら ひく 肌 を われの 思 はすと 言 は め や。 

君 を あとに 君が まな 子 は 出で て 行きぬ。 

たは やすく 少女 ごころ とわれ は 見が たし。 



敬 短 



31 



こと した 

言 にい ふに たへ め や こころ 下に 息 づき、 

君が 瞳 を まともに 見たり、 寫 いろの 瞳 を。 

ミ 

あか あか あま 

秋 づける 夜 を 赤赤と 天 づたふ 星、 

東京に わが 見る 星の ま うら 寂し も。 

にぶ ごと 

わが あたま 少し 鈍りぬ とひと り 言 い ひ、 

か やり せん ,ー 

薄 じめ る紋遣 線香に 火 を つけて をり。 

ひたぶ るに 昔く やし も、 わが まかす して、 

たら ち ね 

垂^ 根の 母と なりけ む、 昔く やし も。 



32 



した 

た そがる る 土手の ドべを か 行き かく In き- 

まん じゅ しゃ げ 

寂し さに わが 摘みむ しる 曼珠沙華 はや。 

曇り 夜の たどき も 知らす 歩みて ゃ來 し。 

火と もれる 自働 電話に 人 こもる 見 ゆ。 

寢も 足ら-ぬ 朝 目に 見つ つ いく 曰經 にけ む 

風き ほ ふ狹 庭の もみ ぢ C 〔みけら す や。 

さ よ 

小夜 ふくる 炬缝の 上に 顋 をのせ つ つ、 

お ほ しょ だな ノ 、、つ 

つく、、 つくと 大書 棚 見る われ を へ よ 



歉短 



55 



け ふ た そ が 

今日 もまた こ ころ 落ち ゐす 黄昏る る ら む 

ふゆき うら 

向うな る 大き 冬 木 は 梢 ゆらぎ を り。 

かど おと 

門の ベ の笹 吹きす ぐる 夕風の 音、 

み 雪 ふる 越路の ひと も あはれ と は 聞け。 



34 



38 



相 聞 

あ ひ 見 ざり せば なかなかに 

そらに 忘れて やまん とや。 

野べ のけむ り も 一 すぢに 

立ちての 後 はかなし とよ" 

相 聞 一 一 

風に まひた るすげ 笠の 

なに か は路に 落ち ざらん。 



詩 



39 



わが 名 はいかで 惜しむべき。 

惜しむ は 君が 名のみ とよ。 

相 聞 三 

また 立ち かへ る 水無月 Q 

歎き を 誰に かたるべき。 

沙羅の みづ枝に 花 さけば、 

かなしき 人の 目ぞ見 ゆる。 



40 




風き ほふ 夕べ をち かみ 

尸の かげに 身 を ひそめつ つ、 

(いかばかり われ は羞ぢ けむ。) 

オルガン 

1^ 琴 をと どろと ひける 

女 わらべ の 君 こそ 見し か。 

とし 月の 流る る ままに 

男 わらべ の われ を も 名 を も 

い ま ははた 知りた ま はす や。 

い まもな ほ 知りた ま へ り や。 



42 



手袋 

あなた はけ ふ は 鼠い ろの 

羊の 皮の 手袋 をし て ゐ ますね、 . 

い つも ほつ そりと しなった 手に。 

わたし は あなたの 乎 袋の 上に 

針の やうに 尖った 峯を見 まし た 。 

ひた ひ 

その 祟 は 何 かわた しの 額に 

ゆき 

きらきら する 雪 を 感じさせる のです- 

どうか 手袋 を とらす に 下さい。 

わたし はこ こ に 腰かけた まま 



詩 



43 



ぢ つと ひとり 感じて ゐ たい のです、 

ゆき 

まつ 直に 天 を 指して ゐる雪 を。 

荅 

さびしと も 人 こそ 言 はめ。 

わが 戀 ふはい まだ 見ね ども 

秋し ぐれ すぎゆくな ベ に 

よ まゆ ふ 

淸ら なる 濱 木綿の 花、 …… 



丈な せる 鏡の まへ に 

ひ もす がら ひとりし をれば 

かきつ ばた に ほへ る ひとは 

まみえ じと つげ こそ 來 しか。 

すべな しと 知り は 知れ ども 

おもかげ をし ばし う つ せ る 

鏡に ぞ言 ふべ かりけ る。 11 

ひもす がら ひとりし をれば 

わがと も はわれの みぞと よ。 



臘梅 

臘梅の 勻を 知って, Q ます か? 

あの 冷やかに しみ 透る 句 を。 

わたし は. 1 ,實 に 妙です ね、 1 

あの 臘梅の 勻 さへ かげば 

あなたの 黑子を 思 ひ 出す のです。 



46 



修辭學 

ひたぶ るに 耳 傾けよ。 

{t^ みつ 大和言葉に 

こもら へ る箜篌 の音ぞ ある" 

父ぶ り 

庭ん ベ は 

淺 黄ん ざく らも さ いたる を 

わが 子よ、 這 ひ來。 



詩 



47 



遊ばなん。 \ 

おもちゃに は よけん。 

風船、 小 鞠、 笛よ けん。 

キぃ り 

新む ろの 疊 すがし み、 わが をれば、 

ここ だ、 ほ 、、つ 枝の 花ぞ さきけ る、 

ここ だ、 しづ枝の 花ぞ さきけ る。 



酒 ほが ひ 

なさめ そね や。 

さ 公 だち や。 

いち はた 

市に 立ちた る磔 もの に、 

,媳 はさ はに むる ると も、 

豐の大 御酒つ きぬ ま は、 

第篥 ふけ や。 

さ 公 だち や。 . 



9 

4 

-白事 新たなら ざるべ からざる に 似たり 

. な 古り そね や。 

きん 

さ 公 だち や。 

に ひす ゐ かん に ひざう り , 

新 水 干に 新 草履、 , 

. 新 さび 烏帽子ち やくと 着な ば、 

新 はり 道に やと かがみ、 

新 糞 まれ や。 - 

さ 公 だち や。 



「となりの い もじ」 より 酒 をた ま はる 

こ の 酒 は いづ こ の 酒ぞ。 

みこ ころ を 難 波の 灘の 

黑 松の 酒、 . 

白 磨の 酒 C 

洞 庭 舟 中 

しらべ かなしき 蛇 皮 線に、 

シ I ウス キホ , 

^ 小琴 花 は 歌 ひけり C ■ . 



詩 



51 



きん 

耳環 は 金に ゆ ら げ ども、 

君に 似ざる を 如何に せん 

人な き院 にた だ ひとり 

古り たる 岩 を 見て 立てば _ 

花木 犀 は 見えね ども 

冷たき 香 こそ 身に はしめ 



不眠症 

眞夜屮 の 廊下の 隅に 

笠の 靑ぃ. I 貼燈の スタンドが 一 木 

ひ つ そ り と 子戶に 映って ゐ る 

い つも. 頭の 屮を 3^ つめる 度に。 

棕櫚の 葉に 

風に 吹かれて ゐ る:^ 橺の 葉よ。 

^ お前 は 八. 體も ふるへ ながら 



詩 



53 



縦に 裂けた 葉 も 一 ひら づっ、 

絶えす 細かに ふる へて ゐる。 

^ 櫚の 葉よ、 俺の 神經 よ。 

Mdancholia 

この 田 舍路は どこ へ 行く の-か? 

唯: 曼蠻な 畑 の 土に 細い 葱ば かり 生えて ゐる。 

わたし は當 どもな しに 歩い て 行く、 

唯 憂 な 頭の 中に 剃刀の 光りば かり 感じながら。 



54 




廢れ し路を さまよ へ ば 

光 は 草に 消え 行けり 

けものめ きたる 欲念に 

^ ぢしは 何時の 夢なら む 

寺 W 

西の 田の 面に ふる 時雨 

東に 澄める 町の 空 



n 



55 



一 一つ心の すべな さは 

人間の みと 思 ひき や 

沙羅の 花 

沙羅の みづ枝に 花 さけば 

うつ つに あらぬ 薄明り 

消な ば 消ぬべき なか 签に 

かなしき ひとの 服ぞ見 ゆる 



船乘 りの ざれ 歌 

こ の 身 は 鱔の餌 ともなれ 

汝を 賭け 物に 博打た む 

びる ぜん • まりあ も 見 そた はせ 

つま 

汝に夫 ある はたへ がた し 

ゆ ふべ となれば 海原 も 

^ 遠島 山 も 煙るな り 



詩 



57 



今 は 忘れぬ おもかげ も 

老い て は ー穸に まが ふらん 



, 初夜の 鐘の音 聞 ゆれば 

雪 は 幽かに つもるな り 

初夜の 鐘の 昔 消え 行けば 

汝は いま ひとと 眠 るら む 



58 



夏 

微風 は 散らせ 杣の花 を 

金魚 は 泳げ 水の 上 を 

汝は 弄べ 畫 W 扇 を 

虎疫は 殺せ 汝が夫 を 

惡念 

松葉 牡丹 をむ しりつつ 

ひと 殺さむ と 思 ひけり 



詩 



59 



光 まば ゆき 晝 なれ ど 

女 ゆ ゑに はすべ もな や 

嘵 

「ひとの 音せ ぬ曉に 

ほのかに 夢に 見え 給 ふ」 

佛の みか は 君 もまた 

「うつ つならぬ ぞ あはれ なる」, 



60 



のおん 服 ほのぼのと 

と ざ させ 給 ふ 夜.^ にも 

かなしき もの は釋 迦如來 

邪淫の 戒を說 き 給 ふ 

戯れに s: 

汝 と:^ むべ く は 下町の 

水 どろ は 靑き溝 づたひ 



詩 



61 



汝が洗 湯の 往き来に は 

賓 もな きづ る 蚊 を 聞かん 

戲れに S 

汝と 住むべく は 下町の 

晝は 寂しき 露 路の奥 

古 簾 垂れた る 窓の ヒに 

鉢の 雁 皮 も 花 さかむ 



62 



ひとり ある もの のうた へ 

I 

ちまたに させる 卷の月 

を ぐらき みづの へ を ゆけ ば 

かなしき も のぞ ひとりなる 

すがれし 花のに ほひより 

I 

雨 あがりなる 靑 いばら 

ひとり 徑 ゆく 朝 かげの 

こころ は 汝に以 る もの か 



る 



詩 



63 



いばらに 懸 るかた つむり 

I 

I 

I 

みち 

おち 葉 をし ける 徑の奥 

い のちの 秋 を かこちつつ 

ひとり 見し こそ 忘られね 

淸ら にく もる ひるの 月 

I 

雪に た わめる ひと もとの 

竹の こ ころと なりに けり 

ひとり 世に ある 寂し さは 

雪より ただに 身に ぞ しむ 



64 



僕の 瑞 威から 

it 一口 條 

裟婆苦 を 最小に したい もの は 

アナ アキ スト の 爆彈を 投げろ。 

^婆 苦 を 娑婆 苦 だけにした いもの は 

コ ン ミ ユニス ト の 棍棒 を ふりま はせ。 



66 



?ぉ 婆 苦 をす つかり 失 ひたい もの は 

ビ ス トルで 頭 を 擊ち拔 いてし まへ。 

レ ニン 第一 

君 は 僕 等 東洋人の 一 人 だ.^ 

君 は 僕 等 日本人の 一 人 だ。 . 

君 は 源の 頼 朝の 息子 だ。 

君 は II 君 は 僕の 中に もゐ るの だ。 



詩 



67 



レ 一一 ン 第二 

君 は 恐 らく は 知らす に ゐるだ らう、 

君が ミイラに なった こと を? 

しかし 君 は 知って ゐる だら う、 , 

誰も 超人 は 君の やうに ミイラに ならなければ ならぬ こと を? 

(僕 等の 仲間の 天才 さ へ H ヂ ブトの 王の 屍骸の やうに 美しい ミイラ 

に變 つて ゐ る。) - 



^は 恐らく あき ら めた で あ ら う、 

鬼に 角 あ ら ゆ る ミ イラの 中 で も 正直な ミイラに なった こと を? 

, ^ レ ニンの 死體は ミイラと なれ リ。 

レ 二 ン 第三 

誰よりも 十戒 を 守つ た^は 

誰よりも 十戒 を 破 つ た 君 だ。 

誰よりも 民衆 を 愛した おは . 

誰よりも 民衆 を輕 蔑した 君 だ。 

00 

6 



詩 



69 



誰よりも 理想に 燃え 上った 君 は 

誰よりも 現實を 知って ゐた君 だ 

!^^;は僕等の東洋が生んだ 

草花の 勻 のす る電粟 機關車 だ。 

カイ ゼ ル第 一 

君 は 碌に 散歩 も 出来ない。 

1^ は樂々 と 立ち小便 も 出来ない 



君 は 一 行の 詩も殘 せない" 

君 は 罷業 も 怠業 も 出來な い 。 

君 は 勝手に 自殺 も出來 ない。 

君 は、 —— あらゆる カイゼル は 最も 割りに 合 はたい 職業に 就 

い てゐ る! 

カイゼル 第二 . 

TO 君 を 褒め る 言葉 は こ れ ばかり だ 11 



詩 



71 



君が 賫る動 章 は 割に 安い I 

手 

諸君 は 唯 望んで ゐる、 

諸君の 存在に 都合の 善い 社會を 

こ の 問題 を 解決す る もの は 

諸君の 力の 外に ある i ぞ はない。 

ブル ジ ョァは 白い 手に 

プ & レ タリ ァは 赤い 乎に 



どちらも 棍棒 を 握り 給 へ。 

で まお: ど ち ら に す る ? 

僕 か? 僕 は 赤い 乎 をして ゐる。 

しかし 僕 は その外に も 一 木の 手 を 見つめて ゐる、 —— あの 遠國に 

娥ゑ 死した ド スト H フ ス キイの 子供の 手 を。 

註 ドスト H フ ス キイの 遺族 は 餓死せ リ。 

生存 競爭 

^ 優勝劣敗の 原則に 從ひ、 ♦ . 



詩 



73 



狐 は 鶴 を 嘴み 殺した。 

さて、 どちらが 優者だった かしら? 

立ち見 

簿晴 い 興 奪に 滿 ちた 三階の 上 か ら 

無數 の 目が 舞臺 へ 注が れてゐ る、 

こんじき 

やっと 下に ある、 金色の 舞臺 へ。 

金色の 舞麈は 封建時代 を 

長方形. の 窓お 观 かせて ゐる、 . 



或は 一 度 も 存在し なかった 時代 を。 

薄暗い 興奮に 滿 ちた 三階の 上から 

彼の! IE も 亦 舞薹に 注がれて ゐる、 

1 日の 勞 働に 疲れき つた 十七 歳の 人夫の 目 さ へ 

ああ、 わが 若い プ 口 レタ リアの 一 人 も 

やはり 歌舞伎 座の 立ち見 をして ゐる I 



ぐ昭 和 二 ^J- 



4 

7 



譯? Ifi! 



77 



.ハ ル タザ アル 

. A-Tta-tole ! Prjiiic& 



其 頃 は ギリ 、ンァ 人に サラ シ ンと よばれた バ ル タザ アルが ェ チォ ピア を 治めて ゐた。 バ ル タザ ァ 

ルは色 こそ 黑 いが、 目鼻立の 整った 男であった。 共上义 素直な たまし ひと 火 様な 心と を 持った Ef; 

であった。 

, 即位の 第二 年 行年 一 一十 二の 時に 王 は國を 出て、 シバ の 女王 バ ル キス 聘 問の 途に 上った。 

追隨寸 るの は 魔 法師の セ ム ボビチ スと 宦官の メ ンケラ とで ある。 行列の 巾に は 七 卜 五頭の, 験駝 

がゐ て、 それが^ 肉槐、 沒藥、 砂金、 象牙な ど を 負うて ゐ るので ある。 

みちみち、 セムポ ビチス が 王に 遊虽の カゃ資 石の 德を敎 へたり、 メン ケラが 尊い ,祕 文の 歌 を 諮 

つて 間 かせたり する。 けれども 王は餘 りそんな 物に は氣を 止めない。 其 代り 沙漠の はてに ちゃん 

と 坐 つ て 耳 を 立 てて ゐる ジャッカルと 云 ふ徵を 見て 面白がつ て ゐ る の で あ る 。 

卜 二 曰の 旅が 了る と、 漸く 薔薇のに ほひが し 始めた。 それから ぢ きに、 シバの 市 をめ ぐって ゐ 

る 庭園が 見え 出した。 一 行 は 通りすがりに、 花 ざ かりの 拓榴の 木. の 下で 右い 女が 大ぜぃ 踊って ゐ.. 



78 



るのに 遇った。 

「踊 は 祈禱ぢ や。」 と 魔 法師の セム ボビ チスが 云 ふ。 

「あの をな 子ども はよ ぃ價に 寶れる わ。」 とま 官の メ ン ケラが 云 ふ。 

まち 

布へ は ひると、 倉庫と 工場と が 何 處迄も つづいて ゐる。 其 中には 乂 無量の 商品が 山の 如く 枝ん 

である。 之が 先づ 一 行の 服 を 驚かした。 

それから 長い間 市 を 歩いた。 市 は 路^ や 搬夫ゃ 驢馬 や 驢馬 追 ひで きめられて ゐ るので ある。 す 

ると 服界 がな に!! けて、 バ ル キスの 王宮の 大理石の 壁と 紫の^^と 金の S 大井 とが 一 行の 眼の 前 

に 現れた。 

シバ の 女王 は 一 行 を 庭 上. に迎 へた。 >^::: 水の 噴き あげが 涼を搖 つて ゐる。 喷き あげ は 眞珠の 雨の 

やうな うつくしい 昔 を 立てて 滴る ので あ る 。 

ほほ ゑみながら、 女王 は 一 行の 前に 立った。 資石をちりばめた長ぃ袍を^^んてゐる。 

バ ル タザ アル は 女王 を 見る と 何う したら いいの かわから なくなった。 女王が 「夢」 よりも 愛らし 

く 、「望」 よりもう つくしく 兑 えたので ある。 

「陛下、 女王 と 都合 のよ い 商業 上 の 條約を 結 ぶ の を 御 忘 れ なさい ますな。」 とセム ボビチ ス が小聲 

で 云 ふ。 

「陛下、 御氣 をつ けなさい ませ。 女王 は 魔法 を 使うて の 愛 を 川. 5 るの ぢ やと 云 ふ $ で ございま 

す。」 とメ ンケラ がつ け 加へ た。 



譯 



79 



そ れ から 魔 法師と 宦官と は伏拜 をして 退出した。 

バ ル タザ アル はバ ル キスと 差 向 ひに なった ので 何 か 云 はう と 思った。 そこで 口 を 開いて 見た が 

一 言 も 55 ない。 王 は r 默 つて ゐ たら 女王 は 怒る だら う」 と 思った。 

けれども 女王 は 未だ ほほ ゑんで ゐる。 怒って 居る 氣色は 少しもない。 先へ 口 をき つたの は 女王 

である。 聲は 最も 微妙な 音樂 よりも 更に 微妙であった。 

「よくい らっしゃ いました。 わたくしの 側へ お 坐り 遊ばせ。」 女王 は 白い 光の 樣な、 しなやかな 指 

で、 地に 錦いて ある 紫の 搏を指 ざすので ある。 バ ル タザ アル は 坐って、 長いた め,: n-^ をつ いて、 そ 

れ から 兩 手で 褥を つかみながら、 慌てて かう 云った。 

「陛下、 裳 人 はこの 二の 縛が、 あなたに 仇 をす る 二人の jll- 人で あれば よいと 思 ふ。 寡 人は卽 座に 

其 頸を报 切って 御 服に かけたい。」 

かう 云 ひながら、 王 は 力任せに 兩 手で; t を 摘んだ。 柔な 布が 音を立てて 裂ける と、 雪の やうに 

白い 羽毛が 中から 雲の 如く 飛び立った。 小さな 羽が 一 つし ばらく 空に た ゆた ひながら、 女王の 胸 

の 上に 落ちた。 

r バ ル タザ アル 陛下。 陛下 は 何故 巨人 を 殺さう と 御意 遊ばします の。」 額 を 赤め ながら、 バ ル キス 

がーお つた。 

「寡 人 は あなた を 愛して ゐ るからで す。」 . 

「陛下の お出でになる 市の 井戶に はよ い 水が ございま すか。 ぉ敎へ 下さい ましな。」 



「左様。」 バ ル タザ アル は 少し 驚いた。 

「わたくし は、 それから、 ヱチォ ピアで はどうして 物の 砂糖 清を裤 へる の だか 知りたくて 化 力 

がご ざいません の。」 . 

王 は 何と 答へ ていい かわからない。 

「よう、 ぉ敎へ 下さい ましよ。 よう。」 と 女王 はせ がむ ので ある。 

そこで 王 は 畢生の 記憶力 を 絞って、 H チォ ピアの 料理人が 榲枠を 蜜の 巾へ 人れ て貯へ る 方法 を 

敍述 しょうと した。 ところが 女王 は、 碌々 間き もしないで 义ュに 話 を かへ た。 

「陛下、 陛下 は 御 隣邦の カン デ ェ ケの 女王に 戀 をして いらっしゃる さう でございますね。 其方 は 

わたくしよ り 美しう ご ざいます か。 譃を おつきに なって は 嫌で ございま すよ。」 

「あなたより 突し い?」 王はバ ル キス の 足下に 身 を 伏せて 叫んだ。 「そん な^がある 訣 はあり ませ 

ん。」 

「さう? それなら 其方のお 眼 は? 其方のお 口 は? 其方のお & つや は? 其方のお 喉 は?」 

女王 は ロを絕 たない。 

そこで バ ル タザ アル は 兩腕を 女王の 方へ のばしながら、 R 條, 人 にあな たの 頸に 落ちた 小さな 羽 を 

下さるなら、 ^人 は 其 代に 寡 人の 王 國の半 を 差 上げる。 あの^い セムボ ビチス も t!d 官のメ ンケラ 

も 差 上げる。」 とかう 叫んだ。 

けれども 女王 は 座 を 立って、 冴々 した 笑ひ聲 と共に にげて 仕舞った。 魔法!: と 宦官と がかへ つ 



譯飜 



81 



て來た 時に、 王 は 何時に なく 深い 物 思 ひに 沈んで ゐた。 

「陛下、 都合の よい 商業 上の 條約 をお 結びにな^ ました か。」 セムボ ビチス はかう たづね た。 

其 日、 バルタ ザ アル は シバの 女王と 晩餐 を 共に して、 椰子の 酒 を 飲んだ。 一緒に 食事 をして ゐ 

ると バルキ スが、 「それで は カン デ H ケ の 女王が 私 ほど 美しくな いと 云 ふの はほんた うで ございま 

すか。」 と たづね た。 

「力 ンデ H ケの 女王 はまつ 黑 です。」 とバ ル タザ アルが 答へ た。 

バ ル キス は 意味 ありげ にバ ル タザ アル を 見た。 

r 黑 くっても 不器量と は 限りません わ。」 ■ . 

「バル キス!」 

王 はかう 叫びながら、 二言と 云 はすに 女王 を 抱きしめた。 王の 得に 壓 されて、 女王の 頭 は 力な 

くう しろへ 下がる ので ある。 けれども 王 は 女王が 泣いて ゐ るの を 見て、 甘ったるい、 小さな 聲で 

話しかけた。 乳母が 乳の み兒 にもの を 云 ふ 時の やうな 口調で ある。 王 は 女王 を 「わが 小さき 花」 と 

云ったり 「わが 小さき 星」 と 云ったり した。 , 

「どうして 泣く のです? 泣き やむ 樣 にす るに は 何 をし なければ ならない と 云 ふので す? した 

い 事が あるなら 仰 有い。 何でも 聞いて あげます。」 

女王 は 泣き やんだ。 けれども まだ 思に 沈んで ゐる。 王 は 長い 問 女王に 其 願 を 打明けて くれと 願 

つた。 其 揚句に やっと 女王が かう 云った。 



82 



I わたくし は 怖と 云 ふ 事 を 知りたい ので ございます c」 

バルタ ザ アルに は 解し 兼ねた 様に 見えた。 そこで 女王 は是迄 久しい 間、 何 か 未知らぬ 危險に 屮:: 

あ ひたいと 思っても、 シバの 人民と 神々 とが 見張って ゐ るので、 遇 ふ 事が 出來 ない と 云 ふ 事 を 話 

して くれた。 

「それでも」 と 女王が 云 ふ。 吐息 を:?^ しながら 云 ふので ある。 「それでもまい、 わたくし, H;gc- ぃゾ -3 

しい をのの きが 體に通 ふの を 待って 居る の で ご ざ い ます、 おそろし さに 髮が 逆立つ の を 寺って. 

るので ございます。 『こ はがる』 と 云 ふ 事 は どんなに 嬉しい 事で ございませう。」 

4^ 王 は兩手 を黑ぃ 王の 頸に からんで、 子供の せがむ 樣な聲 でかう 云った。 

「夜が まゐ ります。 假装 をして 御 一緒に 市 を 歩き ませう。 おいやで ございま すか。」 

王 は 同意した。 女王 はすぐ に 窓に 走りよ つて 格子の 問から 下の 十字 街路 を 見下した。 

「乞食が 一 人、 王宮の 壁に よりかかって 横にな つて 居ります。 あの 乞食に 陛下のお 召し をお つか 

はしに なって、 其 代に, き駝 毛の 頭巾と あの 男の しめて ゐる 4!^ の帶と をお 赏ひ 遊ばせ。 n 十くな さ 

いまし。 わたくし は 自分で 支度 を 致します から、 レ」 

女王 は 嬉し さう に 乎を拍 ちながら、 饗宴の 間 走り出た C バルタ ザ アル は 余で 繍 をした リンネ 

ルの下 衣を脫 いで、 乞 貪の 衣 を 身に 纏った。 どう 兑て もほん 物の 奴隸 である。 女王 も 亦た すぐに 

鏠目 のない 靑 い 衣 をき て 出て 來た。 , 

畑で 働く 女た ちが 着る 着物で ある。 



「さあ、 まゐり ませう。」 

8 

かう 云って、 女王 は狹 ぃ宫廊 を、 野へ 出る 小さな 戶 口の 方へ バルタ ザ アル を ひつばつて 行った。 

夜 は 暗かった。 さう して 夜の 暗につつ まれて、 バル キスが 大 へん 小さく 見えた。 

女王 はバ ル タザ アル を ある 居酒屋 へ 伴れ て 行った。 宿無し や 立ん 坊が联 If 子 を ひき. f りこ む處 

である。 二人 は 食 車に ついて、 いやな 臭の する ランプの 光で 不潔な 空 氣の 中に 浮き出して ゐる人 

の 皮 を かぶった 汚い 獸 ども を 見た。 女 一人、 酒 一杯の 爭 から 拳骨と ナイフで、 嗨合 ひが 始まる。 

外の 奴 は 外の 奴で、 鼾 を かきながら、 握り拳 を 捲へ て 食 車の 下に 寢そ べつて ゐる。 居酒屋の 亭主 

は 又 ズック を 重ねた 上に 横にな つ て^を 光らせながら、 いがみ ぁふ醉 たんぼ を 見張って ゐ るので 

たるき 

ある。 バル キス は, M 魚が 天井の 祸 から ぶら 下って ゐ るの を 見て、 速れ にかう 云った。 

「わたくし は 撩き葱 をつ けて あのお さかな を 一 つたべ て 見た うご ざいます の。」 

バルタ ザ アルが いひつ けた。 けれども 食べて 仕舞って 見る と、 王 は 金 を 持って 來 るの を 忘れた 

のに 氣が ついた。 尤も これ は 格別 苦にならない。 勘定を拂はすニ人で拔け屮^^のも訣無しだと思 

つたから である。 處が其 段になる と 亭主が 「折 助め、 ひきす りめ。」 とわめ き 立てて、 何う しても 一 一 

M 人 を 通すまい とする。 そこで バルタ ザ アル は 拳 を かためて 亭主 を 一 なぐりに 毆り仆 した。 之 を 見 

て醉 たんぼが 五六 人、 ナイフ を拔 いて、 二人に 向って 來た。 けれども バルタ ザ アルが 埃 及 葱を撞 



84 



くのに 使 ふ 大きな 杵を 取って、 いきなり 向って 來る奴 を 二人 叩き;^ したので、 外の 奴 はしり 込み 

をして 手 を 出さない。 女王 はバ ル タザ アル の 陰に ぴったりく つついて 小さくな つて ゐる。 そこで 

王 は 始終 バ ル キス の 肌の 溫みを 感じる 事が 出來 た。 王 をして 勇往 某敢 ならしめ た 理由 はー竞 し:: だに 

あつたの である。 

居酒屋の 亭主の 仲間 は、 側へ は 寄りつ かすに, 酒場の 隅から 油壶 だの. n 機 を ひいた 服 小鉢 だの 

からか は 

火の ついた ラ ンプ だの を 抛り つける。 仕舞に は 羊が 丸ごと 煮えて ゐた 大きな 靑 銅の 鍋 さへ も 投げ 

つけた。 鍋 は 恐し い 昔 を 立てながら、 バ ル タザ アルの 頭の 上に 落ちて 腦 天に 傷 を 負 はせ た。 流石 

のバ ル タザ アル も 暫の問 は 服が 眩んだ 様に 立って ゐ たが、 やがて Si 身の 力 を あつめて 共 鍋 を 投げ 

返した」 鍋の 目方が 十-: になる 程の 勢で ある。 凄じい 昔 を 立てて 鍋が ぶっかる と共に 名狀し 難い 

怒 と斷末 魔の 叫喚と が 起った。 バル キスに 怪我で もあって はと、 王 は生殘 つた 奴の 恐れに 乗じ 

わきみち 

て、 女王 を 抱いた まま、 人通りの 無い 側路へ 逃げ こんだ。 路 はまつ でしん として ゐる。 夜の!^ 

けさが 地 をつ つんで ゐ るので ある。 逃げて 來た 二人 は、 偶然 其 跡 を 追って 來た 女ゃ醉 どれの 篤る 

聲が 暗の 中に 消えて ゆく の を 問いた。 間もなく 聞え るの は 唯 血の 滴る 昔ば かりにな つた。 血はバ 

ル タザ アル の 額から バ ル キス の 胸に 滴る ので ある e 

「わたくし は あなた を 愛して 居ります わ。」 とつぶ やく やうに 女王が 云った。 

雲 を:^ れ る:^ の 光で 王 は 女王の 半ば 閉ぢた 凝が 水々 しく、 白く かがやいて ゐ るの を 見た。 二人 

は 小川の 水の ない 河床 を、 下って 行く ので ある。 不意に バルタ ザ アルが K:! に 足 を; W ら せた。 緊く 



mm 



85 



抱きあった まま、 二人 は 地に 仆れ. 永遠に 歡樂の 淵に 沈んで 行く やうな 氣 がする。 世界 も 二人 

の戀 人に は何處 かへ 行って 仕舞った。 夜が あけて 石 間の 塞 地へ 玲 羊が 水 をのみ に來た 時に も、 二 

人 はま だ 時間 を 忘れ、 空間 を 忘れ、 別々 の體を 持って 生れた 事 を 忘れて、 溫柔の 夢に 耽って ゐた 

ので ある。 

其 時に 通りが かりの 盜 人の 一隊が、 苔の 上に 寢てゐ る 戀人を 見つけた。 そして 「奴等 は 金 はな 

いが、 いい 價に賫 れるぜ 。若く つて、 面が いいから な。」 と 云った。 

そこで 一 一人 を 取卷ぃ てぐ るぐ る卷 きにした。 それから 驢馬の 尻尾に くくりつけて 叉路を 急いだ" 

H チォ ピア 王 は 縛られながら 「殺す ぞ。」 と 云 つ て盜 人を嚇 したが、 バ ル キ ス は 冷い 朝風に 身 を 

ふるはせながら、 未だ 見ぬ 物 を 見る やうに、 唯 ほほ ゑむ ばかりであった。 

おそろしい 寂寞の 中に、 驢馬 は 蹄 を 鳴らしながら 行った。 其 中に そろそろ 眞晝の 暑さ を感 する 

やうに なった。 日が 高くな つてから、 盜人 たち は 二人の 俘の 繩を 解いて 岩の 陰に 坐ら せた。 それ 

から 徽た 麵飽を 投げて くれた。 バル キス は ひも じさう に 食べた が、 バルタ ザ アル は 見向き もしな 

r 

V 

女王が 哂 つた。 盜 人の 頭 は 之 を 何故 哂 ふと 訊ねた。 

「今にね、 お前た ち を 皆 絞罪に してやる の だと 思 ふと を かしくな るの だよ。」 

「へん、 手前の 様な 下司の 女の 口から 大層な 熱 を ふく ぜ。 どうだい、 いろ 女。 お前 はてつ きりあ 

の黑 奴の いい 人に 己 達の 首 をし めさせようと 云 ふの だら う。」 盜 人の 頭が 大きな 聲 でかう 云った。 



バ ル タザ アル は 之 をき くと 火の やうに 怒った。 そして 矢庭に とびかかって 其:^ 人の 頸 を 摘んだ。 

絞め殺し 兼ねない 勢で ある。 

けれども 相手 は ナイフ を拔 いて、 王の 體へ柄 元迄づ ぶりと つき 立てた。 可哀 さう に 王 は 地に 轉 

んで、 !: 取 後の 一瞥 を バル キスの 上に 投げる と、 其 儘 親 力 を 失って 仕舞った ので ある。 

此時 人馬 劍戟の 響が 騒然と して 起った。 バ ル キスに は 家來の アブ ナァ が護衞 兵の 先頭に 立って 

女王 を 救 ひに 來 たのが えた。 象來は 女王が 行方 知れす になった の を 夜の 屮に阳 いて ゐ たので あ 

る 

アブ ナァは 三度 バ ル キス の 足 l.- に拜 伏して、 それから 女王 を迎 へ る 爲に州 意した 輿 を 持って 來 

させた。 其 問に、 護衛兵 は 盗人の 手 を 悉く 縛って しまった。 

「お前さん.、 あたし はお 前さん 達を紋 i 非に すると 云 ひました ね。 約束に 譃 はないで せう。」 女王 は 

盗人の 頭に 向って、 やさしい 聲 でかう 云った。 

此時 アブ ナァの 糊に 立って ゐた魔 法師の セ ム ボビチ スと 宦官の メ ンケラ とが、 おそろしい 叫び 

聲を あげた。 王が 腹に ナイフ を 突立 てられて 身動き もせす に仆 れてゐ たからで ある。 

1 一人 は そっと 王 を 抱き起した。 藥 物の 學に 精通して ゐるセ ム ボビチ スは、 干. がま だ 呼吸の ある 

事が わかった。 そこで メン ケラが 王の 脣 から 泡 を 拭って vQ. る ii に假 に, ばぬ 口 を繃产 ^ した。 それから 



湖 



87 



一 一人で 王 を 馬に 括りつ け、 靜 かに 女王の 宮殿へ つれて 行った G 

バルタ ザ アル は 十五 日の 間、 人事不省に 陷 つた まま 橫 になって ゐた。 王 は 譫言に 止 度な く、 煮 

え 立って ゐる 大鍋と 谷 あ ひの 苔の 事と を 云 ふので ある。 絕 えす 大きな 聲でバ ル キス、 バル キスと 

叫ぶ ので ある。 やっと 六十 曰 目に 王 は 眼 を 開い て 床の 側に ゐる セムボ ビチス とメン ケラと を 見た。 

けれども 女王 は 見えない。 

「女王 は どこに ゐる? 女王 は 何 をして ゐ る?」 

「陛下、 女王 はコ マギ イナの 王と 密室で 謁見して 居られます。」 とメン ケラが 答へ た。 

「きっと 商品 を 交易す る 契約 を 致して 居る ので ございませう。」 と 賢人の セ ム ボビ チス がつ け 加へ 

た-し 

「御機嫌 を惡 くなさい ますな。 陛下、 御 熱が また 上ります といけ ません。」 

「己 は 女王に 會 はなければ ならぬ。」 バ ル タザ アル は 大きな 聲 でかう 云った。 さう して 女王の 部屋 

の 方へ と 飛んで 行った。 賢人 も 宦官 も 止める 事が 出來 ない e 女王の 寢窒に 近づく と 王 は、 コ マギ 

イナの 王が 來 るのに 遇った。 王 は 金に 蔽 はれて 太陽の 様に 輝いて ゐ たので ある。 バル キス は ほほ 

ゑみながら 服 を閉ぢ て、 紫の 臥榻の 上に 橫 はって 居た。 

「バ ル キス! バルキ ス!」 とバ ル タザ アルが 呼んだ。 けれども 女王 はふり 向き もしない。 唯 一 刻 

でも 夢 を 延ばさう として ゐる樣 に 見える。 バル クザ アル は 側へ よって 女王の 手 をと つた。 女王 は 

素 I 湫 なく 其 手 を 振 離した。 そして 「何 か 御用。」 と 云った C . 



「何の 用 だか, Q からない のかい。」 かう 云って 黑 人の 王 は淚を 流した。 女 王 は隨を 王 の 上 に轉じ た。 

つれない、 靜 かな 限な ざしで ある。 王 は 女王が 何も彼も 忘れて 居る の だと 思った。 そこで あの 小 

川の 夜 を 思 出させよ うとした。 けれども 女王 はかう 云 ふので ある。 

「陛下、 わたくしに は 陛下が 何 を 仰 有って いらっしゃ るの だか、 まったく わからな いので ござい 

ますよ。 陛下に は 椰子の 酒が 御 體に合 はない ので ございませう。 きっと 夢 を御覽 になった ので ご 

ざいます わ。」 

「夢 だ ?」 王 は 身悶え をして 叫んだ 。「お前の 接吻が、 己の 體に 創痕 を殘 した ナイフ が 夢 だ と 云 ふ 

のか。 夢 だと?」 . 

女王 は 身 を 起した。 袍 について ゐる寶 石が 霞の やうな 音を立てて、 きらきらと 光る ので ある。 

「陛下、 丁度 議會が 始まる 時刻で ございます。 わたくしに は 陛下の 御酒 機嫌の 夢 を 御 解き. & 上げ 

る 暇が ございません。 少し 御 休息 遊ばし ませ。 では 失禮 致します。」 

バ ル タザ アル は 立って 居られな いやうな 氣 がした。 けれども 此 妖婦に 弱み を 見せて はならない 

と、 根限りの カを盡 して、 自分の 部屋へ 跃 けて 歸 つて 來た。 歸 ると、 王 は 卒倒した。 そして 傷 y 

が乂 開いて しまったの である。 

8 

王 は 三 週間 人事不省の まま 横 はって ゐ たが、 二十 二 mrn! に 人心地が ついて、 メ ンケラ と共に 看 



89 



病して ゐたセ ムボビ チスの 手 をと つた。 王 は 泣きながら かう 云 ふので ある。 

「お前た ち、 お前た ち は 何と 云 ふ 仕 合せな の だら う。 一人 は 年 をと つて ゐ るし、 一人 は 年よりも 

同じ 事で はない か。 けれども 此 f に は 幸福と 云 ふ もの は 無い。 皆惡 いものば かりだ。 何故と 云 ふ 

がいい。 戀も禍 なら バル キス も 不貞で はない か。」 • 

「智慧 は 幸福 を與 へ まする。」 と セムボ ビチス は 答 へ た。 

「己 もさう して 見ようと 思つ てゐ る。 が 一 刻 も 早く エチオピアへ 歸 らうで はない か。」 バ ル タザ ァ 

ル はかう 云った。 

王 は 愛する すべ ての 物 を 失った ので、 一 身 を 智慧に 捧げて 魔 法師の 一 人に ならう と 決心した。 

此 決心 は 格別 王に 快 樂を與 へなかった にしても、 少く とも 平 靜な心 だけ は囘復 して くれたの であ 

る。 王 は 毎夜、 魔 法師の セムボ ビチス と 宦官の メ ンケラ と共に 王宫の 露臺に 坐して、 地平線 を 遮 

つて そより ともせす に 立って ゐる 椰子の 木 を 見つめたり、 村 木の やうに ナイル 河 を 下って 來る鰐 

の 群 を 月 あかりで 見守った りした。 

「自然の 美し さはた た へ て 倦む 事 を 知り ませぬ。」 とセ ムボビ チスが 云った。 

「それ は 確 だ。 しかし 自然に は 其 外に、 椰子の 木 や 鰻よりも 美しい 物が あるの だ。」 王はバ ル キス 

の 禀を考 へながら かう 云った。 - 

けれ 共 年老った セ ムボビ チスが 答へ るに は、 

「勿論 ナイル 河の 氾濫の 様な 現象 も ございます。 併し それ は 私が もう 解釋 致しました。 人間 は理 



90 



M する 爲に つくられ たもので ございます。」 

「人間 は 愛する 爲に 造られた もの だ) f の 中には 解 1: の 出 來ぬ亊 が, 山 ある ノー 

歎息しながら、 バルタ ザ アルが 云った。 

「それ は 何で ございませ うか。」 とセ ムボビ チスが 問 ふと、 王 はかう 答 へ た。 

「女の 心が はりだ ピ 

けれども バルタ ザ アル は 魔 法師に ならう と 決心した から、 搭をー つ 遮て た。 其の _5 から は 多く 

の 王 國と無 邊の天 {4! とが 望まれる ので ある。 塔 は谏瓦 造りです ベ て の 塔の 上に 高く 聳えて ゐる。 

落成す るに は 一 一年の 曰 子 を 費した。 

バルタ ザ アル は此 塔の 建築に 父 王の 全 財寶を 傾けた のであった。 毎夜 王 は 塔の _ ^に 登った。 其 

虚で 賢人 セムボ ビチス の 指導の 下に 天文の 研究 をす るので ある。 

「天上の 星宿 は 人間 の 運命 を 示す も ので ござ い ます。」 と セムボ ビチス が 云 つ た ) 

I し 力し 其し るし はよ く 解らぬ もの だと 云 はねば なるまい。 唯 共 研究 をして ゐる だけ は 己はバ 

ル キス の 事 を 忘れて ゐる。 それが 何よりの 賜物 だ。」 と 王が 答 / た。 

魔: til.is は、 是非 知らねば ならぬ 1K; 理の 一 として、 星 は 銀の やうに 蒼弯に ral 着して ゐる もの だと 

云 ふこと を敎 へた。 それから 叉 {4! に は 五の 遊星が ある。 ベルと メロ ダクと ネボは 陽で、 シンと ミ 

リ ク は 陰 だと 云 ふ 事を敎 へ た。 魔 法師 は說明 の 歩 をす すめて、 

「銀 は シンに 相當 致します。 シンと はバの 事で ございます。 又鐵は メロ グク に、 錫よ ベルに!??! へ :3 



1 致します。」 

9 

バ ル タザ アル はかう 答へ た。 「己の 望んで ゐる 知識と 云 ふの は それ だ。 天文 を 研究して ゐる間 は、 

己はバ ル キスの 事 も 思 はなければ、 其 他の 地上の 塵 事 を も 忘れて ゐる。 學間 はよ いもの だ。 學問 

は 人 問を考 へさせす に 置く もの だ。 セ ムボビ チス、 お前 は 己に 知識 を敎 へて くれる がよ い。 知識 

は 人間の 持って ゐ るすべ ての 感情 を 破 壌す る もの だ。 知識 を敎 へて くれるならば、 己 はお 前に 萬 

民の 瞻仰 する 名 譽を與 へ て やる。」 

之が セ ム ボ ビチス の 王に 知識 を敎 へた 理, e であった。 

魔 法師 は 王に ァ スト ラム プシ コス ゃゴ ブ リアス ゃバ ザ タス の 道に 從っ て 魔, の カを敎 へ た。 ベ 

ル タザ アル は 太陽の 十二宮 を 研究 すれば する 程、 バル キスの 事 を 忘れて 行った。 メンケ ラは之 を 

見て 歡喜 にみ たされた ので ある。 

「陛下、 バル キス 女王の 金の 袍の 下に は、 山羊の 樣な趾 の 裂けた 足が ある さう で ござ. います。」 

「誰が そんな 馬鹿な 事 を 云った。」 

「陛下、 シバと エチオピア では 誰でも 申す 事で ございます。 バル キス 女王の: ITIgy は 毛 だらけで、 

片足 は 一 一つに 裂けた 黑 ぃ爪ぢ やと 申して 居ります。」 と 宦官 はかう 答へ るので ある。 

バルタ ザ アル は 肩 を聳 かした。 バル キスが 足で も 脛で も 外の 女と 變 りなく、 其 上點の 打ち所の 

fl 無 い 程 美し い の を 知 つて ゐ るからで ある。 けれども 其 何で もな い 考が あ の やう こ 架く 愛し てゐた 

女の 記憶 を 傷け た。 王 は バル キスの 美し さが、 何も 知らない 人々 の 想像で は 瑕 物に なって ゐ ると 



92 



云 ふ 事を考 へる と、 今更の やうに 女王が 嫌に なった」 事實は 玉の やうに 美しい にせよ、 2_iai で 通 

つて ゐる 女と 關 係した の だと m 心 ふと、 王 ははげ しい 嫌惡の 情 を 感ぜす に は ゐられ なかった。 二度 

と バル キスに 逢 ふ氣は 起らない。 バルタ ザ アル は單: ^^な 心 を 持って ゐた。 けれども 戀と云 ふ もの 

は 複雜な 情緖だ つ たので あ る 。 

其 日から 王 は 魔術に も 星 占 術に も 長足の 進步 をした。 綿密な 注意 を拂 つて 星の 交會を 研究した 

り、 セ ム ボビチ スと寸 毫も 變らや 正確に 星 占圃を 引いたり する。 

「セ ムボビ チス、 お前 は 己の 星 占 闘 の眞 だと 云 ふ 事 を 首に かけても うけ 合 ふ 心 か。」 かう 王が 尊 

ねた ことがある。 

「陛下、 學 間に 間遠 ひ は ございませぬ。 けれども、 學者は 度々 間違 ひ を 致します。」 と贤人 セムボ 

ビチス が 答へ た。 

バルタ ザ アル はす ぐれた 官能 を 持って ゐた。 そこで 「眞 なる 物の みが 聖 である。 聖 なる 物 は 人 

問の 智を 絶して ゐる。 人 問 は 空しく 3 具理を 探求す るに 過ぎない e けれども 己 は 穴, 一 に 新しい!:^ を發 

昆 した。 美しい 星で ある。 生きて ゐる樣 にも 思 はれる。 きらめく 時 はやさし く 瞬く 天上の 眼の や 

うに 見える。 己 は それが 呼んで ゐる 様な 氣 がする。 此 星の 下に 生れる もの は 何と 云 ふ 幸福 だら う。 

セ ム ボビ チス、 此 愛らしい 美しい 星が どんなに 已 たち を 照して ゐ るか 見た がよ い。」 とかう 云った。 

けれども セムボ ビチス は 星 を 見なかった- それ は 見ようと 思はなかった からで ある C 贤く しか 

も 年老いた 魔 法師 は 新奇 を 好まない。 



mm 



93 



夜の 沈默の 中に バルタ ザ アル は獨り 繰返した T 此 星の 下に 生れた もの は 何と 云 ふ 幸福 だら う。」 

バルタ ザ アル 王が バル キス を 愛さ なくなつ たと 云 ふ 噂が H チォ ピアと 近隣の 王國 とに 播 つた。 

其 知らせが シバの 國に傳 はると、 バル キス は 裏切で お.^, れた樣 に 腹 を 立てた。 そして シバの 都 

に 自分 の國も 忘れて うかう かと 時 を 過レ. てゐ? d コ マギ イナの 王の 所へ 駅け て 行った。 

「あなた、 今 あたしが 何 を 聞いた か 御存じ? バ ルクザ アルが もうあた し を 愛さない ので ござい 

ますと さ。」 ノ >^ 、 

「そんな 事 は 何でもな いぢ. やない か。 已達 はお 互に 愛しあって ゐ るの だから。」 とコ マギ イナの 王 

が 答へ た。 , 

「だって、 あなた は あの 黑 奴が わたくし を 侮辱した と はお 思 ひに なりません の。」 

「さう は恶 ばない ね。」 

. そ, こで 女王 は 王 をさん ざん 辱めて 目通り を 却け た。 それから 宰相に 云 ひつけて、 エチオピアへ 

1 支度 を させた。 

「めた し 達 は 今夜 立つ の だよ。 日暮 迄に 支度が 出来ない と、 お前の 首 を 斬る からさう お 思 ひ。」 

けれども 獨 りになる と 女王 はさ めざめと 泣き はじめた。 

「わたくし は あの人 を戀 して ゐる。 あの人 はもう わたし を 思って ゐな いの だ。 それ だのに わたし 



94 



は あの人 を戀 して ゐ る。」 女王 はかう 云って まごころから 歎, H む をつ いたのであった。 

或 夜 バル クザ アルが 塔の 上で あの 不思議な 星 を 眺めて ゐた 時に、 ふと 服 を 地上に 轉 すると、 if 

の 群の 樣にー 條の黑 い 長い 線が 沙漠の 遠い はて に 透 進と してう ねって ゐる のが 毘 えた。 

蟥と兑 えた 物が 少しづつ 大きくな つて、 やがて 王に は 多くの 馬、 多くの, 恥駝、 多くの 象 を辨^ 

する 察が 出來る 様になった。 

旅人の 隊が 市に 近づいた 時に、 バ ル タザ アル はシバ の 女王の 護衛兵の 黑 い^と 夜 E にも 輝く 假 

月 刀と を 認めた ので ある。 否、 女王 自身 さへ も 認めた ので ある。 王 ははげ しい 澳惱を 感じた。 そ 

れは又 女王に 戀 をし 兼ねない 樣な氣 がした からで ある。 星 は 祌祕な 光明 を 放って 人 上に 輝い てゐ 

る。 下に は 紫と 金との 輿の 上に バ ル キ スが 星の やうに 小さく きらめいて 見える ので ある" 

バ ル タザ アル は 恐し い 力で 女王の 方に 引 寄せられ るの を 感じた。 けれども 王 は^ 必死の m;u£ 鼓 

して 頭 を そむけた。 そして 服 を 上げて 再び 星 を 眺めた。 すると:: ル がかう 云 ふので ある。 

「天なる 神に 光榮 あれ。 地なる 善人に 平和 あれ。 國王 バルタ ザ アルよ。 一斗の 沒藥 をと りて われ 

に從 へ。 われ 汝を 導きて、 今や 廳の 屮、 驢-: と 牡牛との 問に 生れむ とする 幼な 兒の 足下に 至らし 

めむ。 

此 幼な 兒は 王の 中なる 王な り。 そ は 慰め を 要する たべ て の 者 を 慰めむ とする たり。 

主 は汝を 主の 下に 召 給へ り。 バルタ ザ アルよ。 汝の たまし ひ は汝の 面の 如く 黑 けれど、 汝の 心 

は 幼な 兒の 心の 如くけ がれ 無し。 ■ 



5 主 は汝を 選み 給へ り。 そ は汝の 苦しめる が 故な り。 主 は汝に 富と 幸福と 愛と を 與へ給 はむ。 

主 は 汝に云 ひ 給 はむ。 『貧しき を よろこべ。 そ はまことの 富たり』 と。 主は乂;^^こ云ひ,はむ。 

『まことの 幸福 は 幸福 をす つるに あり。 われ を 愛せ。 わが 外なる 一 切の 者 を 愛する 勿れ。 そ はわれ 

のみ 愛 なれば なり』 と。」 

此 言葉と 共に 神聖な 平和が、 光の 洪水の 如く バ ル タザ アルの 黑ぃ 面に 落ちた。 

バ ル タザ アル は 恍惚と して 星の 云 ふ 事に 耳 を 傾けた。 王 は 自ら 新に 生れた 人間に なりつ つ ある 

の を 感じた ので ある。 

王の 傍に は 身 を ひれ 伏して、 セム ボビチ スとメ ンケラ とが 面 を 石に つけて 禮 P- して ゐる。 

バ ル キス はぢ つと バ ル タザ アル を 見た。 女王 は、 神の愛に みちた 心に は 己の 愛を容 るるの 餘地 

の 無い の を 知った ので ある。 色 を變へ て 憤りながら、 女王 は 一 行に 直に シバ へ 歸れと 命 を 下した。 

星が 語り 止む と共に、 バルタ ザ アルと 其從 者と は 塔 を 下った-) それから 一斗の 沒藥を 調へ、 旅 

隊を つくって、 星の 導く 方に 出發 した。 

一行 は 長い 問、 見 もしらぬ 國 から 國 へと 旅 を 緩け た。 其の 間 も 星 は 常に 一行の 前に 立って 導い 

て くれる ので ある。 

或 日、 三の 路 がーになる 處へ來 ると、 一行 は 二人の 王が 無数の 行列 を從 へて 來 るのに 出 遇った。 

其 一人 は 若くて 美しい 額 をして ゐる。 

それが バ ル タザ アルに 禮 をして かう 云 ふので ある。 



96 



「寡 人の 名はガ ス パァと 云 ふ。 ュ グャの ベ ッレ ヘム に 生れよう として ゐる 小お へ 贈物の 黄金 を 持 

つて 行く 所な の だ。」 

第一 の 王が 代って 前へ 出た。 老人で 白い 髯が 胸を掩 つて ゐる" 

「ま 人の 名 は メル キ オルと 云 ふ。 人^に ぼハ 理を敎 へようと する 尊い 小兒 に^ 香 を 持って行く 所な 

のぢ や。」 

「寡 人 も 卿 等の 行く 所へ 行かなければ ならぬ。 寡 人は樂 欲に 克 つた 其の 爲に、 星が 寐 人に 一 H を か 

けて くれたの だ。」 とバ ル タザ アルが 云った。 

「 {4 人 は II 慢に克 つた。 练 人の 召された の は 其爲ぢ や。」 と メル キ オルが 云った、" 

「寡 人は虐 行に 克 つた。 其 故に 寡,.^ は 卿 等と 共に 行く の だ。」 と ガス パァが 云った。 

かくして 三人の 賢人 は 共に 旅を績 けた。 東方に 見えた 星 は 彼等に 先立って、 遂に 其 小 兒のゐ る 

所へ 來 ると、 其 上に 止った。 星の 止って ゐ るの を 見て、 彼等 は 我 を 忘れて 喜んだ ので ある。 

家の 中に 入る と、 彼等 は 小兒が 母の マリヤと 共に ゐ るの を 見た。 そこで 身 を ひれ 伏して、 彼等 

は 其 幼な 兒を 禮拜 した。 それから 其 財寶を ひらいて、 金と 乳香と 沒藥と を 捧げた の は、 福 昔 S3 に 

書いて ある 通りで ある。 

「Mrs. John Lane の英 罪より〕 

(大正 一 1 一年 一月 十七 口) 



春の 心臓 

—— W. B. Yeats —— 

一人の 老人が 瞑想に 耽りながら、 岩の 多い 岸に 坐って ゐる。 額に は 鳥の 脚の やうに 肉がない。 

a はしば み 

虔 はジル 湖の 大部 を^め る、 榛の 林に 掩 はれた、 平な 島の 岸で ある。 其 傍に は 額の 赭ぃ 十七 歳の 

つば くら 

少年が、 蠅を 追って 靜な 水の面 を かすめる 燕の 群 を 見守りながら 坐って ゐる。 老人 は 古びた 靑天 

鵞滅 を、 少年 は靑ぃ 帽子に 粗 羅紗の 上衣 をき て、 頸に は 靑ぃ珠 の 數珠を かけて ゐる。 二人のう し 

ろに は、 半ば 木の間に かくれた、 小さな 修道院が ある。 女王に 黨 した 瀆 神な 人た ちが、 此 院を 

一 俎に 附 したの は、 遠い昔の 事で ある。 今は此 少年が 再び 燈心艸 の 屋根 を葺 いて、 老人の 殘年を 

安らかに すごすべき たよりと した。 僧院の 周圍 にある 庭園に は、 少年の 鋤の 入らなかった 爲 であ 

らう。 僧 人の 植ゑ のこした 百合と 薔薇と が、 一面に ひろがって、 今では 四方から 此廢園 を 侵して 

來る羊 齒とー つに なりながら、 百合 も 薔薇 も 入り 交って、 うつくしく いて ゐ るので ある。 百合 

と 薔薇との 彼方に は、 爪立って 步む 子供の 姿 さへ 隱 れんば かりに、 羊齒が 深く 茂って ゐる。 羊齒 

を敏 える と榛と 小さな 柘榴の 木の 林になる。 

^ と- 

少年が 云 ふ、 「御 師匠 樣、 此 長い間の 斷 食と、 日が 暮れてから 秦皮樹 の 杖で、 山の 中 や、 榛と搬 



との 中に 住む 物 を 御 招きになる 戒 行と は、 あなたの 御 力に は 及ばない 察で ござります。 哲 くその 

b 、うな 勒ー了 はお やめに なさい まし。 何故と 巾し ますと、 あなたの 御手 は 何時よりも く 私の 一お 

にか かって 居ります し、 あたたの おみ 足 は 何時もより 確で ないやう でございます。 人の 話す の を 

問き ますと、 あなた は 鷲よりも 年 をと つて ゐ らっしゃ ると 申す では ございま せんか。 それでも あ 

」 よたよ、 老年 こよつ きものに なって 居る 休息と 云 ふ もの を、 お求めな さらない ので ございます」 

少年 は 熱、. :3 に 情に 激した やうに 云 ふ。 恰も 其 心 を 瞬刻の 言と 思と にこめた やうに 云 ふので ある 

老人 は邋々 として 迫らぬ 如く 答へ る。 恰も 共 心 を 遠 き 日と 遠 き 行と に楚 はれた 如く 答へ るので あ 

る 

「己 はお 前に、 己の 休息す る 事の 出来ない 訣を 話して 聞かせよう。 何も 隠す 必要 はない。 お前 は 

此五年 有餘の 年月 を、 忠實 に、 時には 愛情 を 以て 己に 让 へて くれた。 己 は 其お かげで、 何時の 食 

にも 賢哲 を 苦め る 落 寞の情 を、 僅な りと も 慰める 事が 出來 たの だ。 其 上 己の 戒 行の 終と 心願の 成 

就と も、 今 は 目の前に 迫って ゐる。 それ 故お 前 は 一 潛此訣 を 知る 必要-が あるの だ。」 

「御 師 1M 樣、 私が あなたに お たづね 申したい やうに 思 召して 下さい ますな." 火 をお こして m はき ま 

すの も、 雨の:^ らぬ やうに 茅 葺を緊 くして ii^ きます の も、 遠い 林の 中へ 風に 吹 飛され ませぬ やう 

に 茅葺を 丈夫に して 置きます の も、 皆 私の 勤で ござ. います。 重い 本 を 棚から 下します の も、 精 中 

の 名 を 連ねた 大きな 畫卷を 其 隅から 擡げます の も. 共 問 は 純一 な 敬虔な 心に なって 居ります の も 

9 亦 皆 私の 勤で ございます。 そして その やうな 事 を 致します のが、 私の 智慧な ので ございます」 



譯飜 



99 



「お前 は 恐れて ゐ るな。」 老人の 眼 はかう 云った- さう して その 服 は 一 瞬の 怒に 煌いた。 

「時に よります と 夜、 あなたが 秦皮樹 の 杖 を 持って、 本 を よんで お出になります と、 私 は 戶の外 

お まパと ,3 つ こ 

に 不思議な 物 を 見る ことが ございます。 灰色の 巨人が 榛の 間に 豕を驅 つて 行く かと 思 ひます と、 

こびと 

大ぜ いの 矮人が 紅い 帽子 を かぶって、 小さな 白い 牝牛 を、 其 前に 逐 つて 參 ります。 私 は 灰色の 人 

ほど、 矮人 を 怖く は 思 ひませ ぬ。 それ は 矮人が 此 家に 近づき ますと、 牛 の^を 搾って 其 泡立った 

乳を飮 み、 それから 踊り を はじめる からで ございます。 私 は 踊の 好きな 者の 心に は、 邪の ない の 

をよ く 知って 居ります。 けれども 私 は 矢 張 矮人が 恐し うご ざいます。 それから 私 は、 あの 空から 

を iKj ご 

現れて、 靜に其 處此處 を さまよ ひ步 く、 丈の 高い、 腕の 白い、 女子た ち も 怖う ございます。 あの 

はな かむ り 

女子た ち は kn 合 や 薔薇 を つんで、 花冠に 致します。 そして あの 魂の ある 髮の毛 を 左右に 振って ゐ 

るので ございます。 其 女子た ちの 互に 話す の をき きます と、 その 髮は 女子た ちの 心が、 動きます 

ままに、 或は 四方に 亂れ たり、 或は 頭の 上に 集ったり する の だと 申します。 あの 女子た ち はやさ 

しい、 美しい 顏 をして 居ります が、 H ン ガスよ、 フォ ビスの 子よ、 私 はすべ て あの やうな 物が. 1^ 

いので ございます。 私 は 精霊の 國の 人が 怖い ので ございます。 私 は あの やうな 物 を ひきよせる、 

秘術が 怖い ので ございます。」 

「お前 は 古の 神々 を 恐れる のか。 あの 神々 が、 戰の ある 毎に、 お前の 祖先の 搶を强 うして くれた 

の だぞ。 お前 は あの 矮人た ち を 恐れる のか。 あの 矮人た ち も 昔 は 夜になる と、 湖の 底から 出て 來 

て、 お前の 祖先の 爐の 上で、 蟋蟀と 共に つたの だぞ。 此 末世に なっても、 猶 彼等 は 地上の 美し 



100 



さ を 守って ゐ るの だ。 が、 己 は先づ 他人が 老年の 眠に 沈む 時に、 己一 人 斷食も すれば 戒行 もっと 

めて 來た。 其訣 をお 前に 話して M かさなければ ならぬ。 それ は 今一度お 前の 扶を 待たなくて は、 

已の斷 食 も 戒行も 成就す る 事が 出來 ないから だ。 お前が 己の 爲に此 最後の 事を爲 遂げたなら、 お 

へ 1 は 此處を 去って、 お前の 小屋 を 作り、 お前の 畑 を 耕し、 誰な りと も 赛を迎 へて、 あの 神々 を 忘 

れ てし まふが よい。 己 は 伯爵 や 騎士 ゃ扈從 から 贈られた 金貨と 銀貨と を 悉く 貯 へて:.;^ いた。 それ 

は 己が 彼等 を 蠱服ゃ 戀に誘 はう とする 魔女 共の 呪諷 から、 守って やった 爲に ii られ たの だ。 「し は 

伯轉ゃ 騎士 や 息從の 妻から 贈られた 金貨と 銀貨と を悉、 貯 へて いた。 それ は已が 精靈ィ の!; の 人 

たちが 彼等の 飼って ゐる 家畜の 乳房 を 干 上らして しま はぬ やうに、 彼等の 攪 の 巾から 牛 酷 を 

盜ん でし ま はぬ やうに、 守って ゐて やったら 贈られた の だ。 已は叉之を己の仕;^^の終る日の爲に 

,肝へ た。 其 終 も 間近くな つたから は、 お前の 家の 楝木 を强 うする 爲 にも、 お前の 咨ゃ 火食 房を充 

たす 爲 にも、 お前 は 金貨 や 銀貨に 不足す る 事 はない。 己 は、 己の 全 生 1^ を 通じて、 生命の 祕密を 

見出さう としたの だ。 己 は 己の 若い 日 を 幸福に 暮 さなかった。 それ は 己が、 老年の 來 ると 云 ふ 事 

を 知って ゐ たからであった。 この 樣 にして 已は靑 年と. 壯 年と 老年と を 通じて、 この 大 いなる 秘密 

を 求む る爲に 一身 を 捧げた の だ。 己は數 世紀に 1 るべき 悠久なる 生命に あこがれて、 八十 f: 秋に 

終る 人生 を 侮蔑した の だ。 己 は 此國の 古の 神々 の 如くに ならう と 思った。 —— いや 己 は 八/もなら 

うと 思って ゐる。 己 は 若い 時に 己が 西班牙の 修道院で 發 した 希 伯來の 文書 を 読んで、 かう 云 ふ 

事 を 知った。 太陽が 白 羊宮に 入った 後、 獅子宮 を 過ぎる 前に、 不死の 靈 たちの 歌 を 以て. かおへ 動く 



譯 



101 



一瞬間が ある。 そして 誰でも 此瞬 11 を 見出して、 其 歌に 耳 を 傾けた 者 は必、 不死の 靈 たちと ひと 

しくなる 事が 出來 る。 己 は 愛蘭 土に かへ つてから、 多くの 精靈使 ひと 牛醫 とに 此 瞬刻が 何時で あ 

るかと 云 ふこと を 尋ねた。 彼等 は 皆 之 を閱. S てゐ た。 けれども 砂時計の 上に、 其 瞬刻 を 見出し 得 

る 者 は 一人 もなかった。 其 故に 己 は 一身 を 魔術に 捧げて、 祌々 と精靈 との 抉け を 得ん が 爲に生 

を斷 食と 戒行 とに 費した。 そして 今の 精靈の 一人 は 遂に 其 瞬刻の 來 らんと して ゐる事 を 己に 告げ 

て くれた。 それ は 紅い 帽子 を 冠って、 新ら しい の 泡で 朞 を 白く して ゐる 精霊が、 己の 环に顿 い. 

て くれたの だ。 明日 黎明 後の 第一 時間が 終る 少し 前に、 己 は 其 瞬間 を 見出す の だ。 それから、 己 

は 南の 國へ 行って、 授の樹 の 間に 大理石の 宮殿 を 築き、 f 勇士と 麗人と に 11 まれて、 其處 にわが 永 

遠なる 靑 春の 王國に 人ら うと 思 ふ。 けれど 己が 其 歌 を悉、 聞く ために、 お前 は 多くの 靑 葉の 枝 を 

運んで 來て、 それ を 己の 室の 戶 口と 窓と につみ 上げなければ ならぬ。 —— これ は脣に 新しい^の 

泡 をつ けて ゐる 矮人が 己に 話して くれたの だ。 11 お前 は 叉 新ら しい 綠の燈 心艸を 床に 敷き、 更 

に卑 子と 燈心艸 と を、 僭 人た ちの 薔薇と 百合と で掩 はなければ ならぬ。 お前 は 之 を 今夜のう ちに 

しなければ ならぬ。 そして 夜が 明けたら、 黎明 後の 第一 時 問の 終に 此處 へ來て 己に 逢 はなければ 

ならぬ。」 

「其 時にはす つかり 若くな つてお 出に なり ませう か。」 

「己 は 其 時に なれば お前の やうに 若くな つて ゐる つもり だ。 けれども 今 は、 まだ 年 をと つても ゐ 

れば 疲れても ゐる。 お前 は 己 を 己の 椅子と 本との 所へ、 つれて 行って くれなければ ならぬ。」 



102 



少年 はフォ ビスの 子 H ン ガス を其 窒に殘 して、 其 魔術師の 工夫した、 異 花の 驛の やうな に ほひ 

を 放つ 设 火に 火 を點 じる と、 直に 森に 行って、 榛 から は靑 葉の 枝 を 切り、 小さな 5}^ が なだらかな 

たば 

^と 粘土と に 移って ゐる 島の 西岸から は、 燈心艸 の 大きな 束 を 刈り 始めた。 要る ほどの もの を 

つた 時には、 もう 日が 暮れて ゐた。 そして、 最後の 束 を 家の 屮に 運んで、 び 薔薇と 百 八:: と をと 

りに 返って 來た 時には、 旣に 夜半に 近かった。 それ はすべ ての 物が 贊石を 刻んだ 如くに える、 

溫な、 美しい 夜の 一 つであった。 スル ウスの 森 は 遠く 南に 至る まで 綠 柱石 を 刻んだ 如くに 兄え、 

それ を 映す 水 は 亦 青ざめた:.^ 白 石の 如く 輝いて ゐた。 少年の 染めて ゐる 薔薇 は 燥め く 紅^ 石の 如 

く、 百合 はさながら 3 具珠の 鈍い 光り を帶 びて ゐた。 あらゆる ものが 其 上に 不死なる 何物 かの 姿 を 

ほのほ 

止めて ゐ るので ある。 ただ かすかな 炎 を、 影の 中に 絶えす ともして ゐる蝥 のみが、 生きて ゐるゃ 

うに 思 はれる。 人間の 望みの 如く 何時か は 死す る 如く 思 はれる。 

少年 は 薪 薇と fn 合と を兩 腕に 抱へ きれぬ ほど 築めた。 そし て^を も 其眞珠 と紅資 石との 巾に^ 

し 人れ て、 それ を 老人の まどろんで ゐる 室の 中へ 運んで 來た。 少年 は 一抱へ づ つま M 蔽 と;,:: 介と を. 

床の 上と ネ 子の 上と に 置いた。 それから 靜に戶 を阳ぢ て、 燈心艸 のまの 上に 横にな つた。 彼は此 

床の 上に、 傍に 其 選んだ 妻 を 持ち、 环に その子 供た ちの 笑 ひ 聲を閒 き、 平和な^ ギの 時代 を K 夕み 

ようとす るので ある。 黎明に 少年 は 起きて、 砂時計 を携 へながら 湖の 岸に 下りた。 彼 は 小 卅の巾 

へ パンと 一 瓶の 葡萄酒と を 入れた。 それ は 彼の 主人が 悠久の 途に 上る のに 際して、 食物に 不足し 

ない 爲 であった。 それから 彼 は 坐って 其 第一 時間が 黎明 を 去る の を 待って ゐた" 次第に 鳥が ひ 



mm 



103 



はじめた。 かくて 砂時計の 最後の 砂が 落ちて ゐた 時に、 忽ちす ベての もの は 其 昔樂を 以て 溢る る 

なんび と 

やうに 見えた" これ は 其 年の 中の 最も 美しい、 最も 生命に 滿 ちた 時期であった。 そして 今や 何人 

も 其屮に 鼓動す る 春の 心 職に 耳 を 傾ける ことが 出來 たので ある。 少年 は 立って、 其 主人 を 見に 行 

つた。 靑 紫の 枝が 戶ロを 塞いで ゐる。 彼 は それ を 押しの けて、 はいらなければ ならなかった。 彼 

が に 入った 時に、 日の 光 は 環 をな して ゆらめきながら、 床の 上 や 壁の 上に、 落ちて ゐた。 あら 

ゆる 物が 柔な綠 の 影に 滿 たされて ゐ るので ある。 

けれ 共、 老人 は 薔薇と 百合との 束 を、, 緊く 抱きながら 坐って ゐた。 頭 は 胸の 上に 低れ てゐ る。 

左 乎の 卓子の 上に、 金 貸と 銀貨と に滿 ちた 皮 袋の のって ゐ るの は、 旅に 上る 爲 であらう。 右手に 

は 長い 杖が あった。 少年 は 老人に さはって みた。 けれ 共 彼 は 動かなかった。 また その 手 を 上げて 

見た。 けれ 共 それ は 冷かった。 そして 又 力なく 垂れて しまった。 

「御. 師匠 樣は 外の 人の やうに、 數 珠を算 へたり 祈 禱を唱 へたり して、 いらっしゃれば よかった の 

だ。 御 師匠 様のお 尋ねな すった 物 は、 御 心 次第で 御行 狀ゃ御 一生の 中に も見當 つた もの を。 それ 

を 不死の 靈 たちな どの 屮に、 お探しな さらなければ よかった の だ。 ああ、 さう だ。 祈禱 をな すつ 

たり、 数珠に 接吻したり してい らっしゃれば よかった の だ。」 . 

, 少年 は 老人の 古びた 靑 天鵞絨 を 見た。 そして それが 薔薇と 百合との 花粉に 掩 はれて ゐ るの を 見 

つ ぐみ 

た。 そして 彼が それ を 見て ゐる うちに、 窓に つみ 上げて ある 青葉の 枝に 止って ゐた 一羽の 鵜が^ 

ひ 始めた。 , . (大正 三年) 



1C4 



- ケ ル トの 薄明」 よ ,9. 

—1 1W. B. Yeats —— 

I 寶石を 食 ふ もの 

平 俗な 名利の 念 を 離れて、 哲く 人事の 匆忙を 忘れる 時、 自分 は 時として 目 ざめ たるま ま の^を 

昆る 事が ある。 或は 模糊た る、 影の 如き 夢を見る。 或は 歷々 として、 我 足下の 大地の 如く、 似體 

の 面目 を備 へたる. 夢を見る。 其糢 糊た ると、 歷々 たると を 問 はす、 夢 は 常に:; =1 ハ赴 くが 儘 に 赴いて 

我意 力 は 之に 對 して 殆ど 其 一 劃を變 する の權 能す らも 有して ゐ ない。 夢 は 夢 自らの 意志 を 持って 

居る。 そして 彼方此方と 搖曳 して、 其 意志の 命す る ままに、 われと わが 姿を變 へる ので ある。 

一 日、 自分 は隱々 として、 胸壁 をめ ぐらした 無 底の 大坑 を兒 た。 坑は 漆々 然として 暗い。 胸壁 

の 上に は 無数の 猿が ゐて、 掌に 盛った 寶石を 食って ゐる。 寶石は 或は 綠に、 或は 紅に 輝く。 猿 は 

飽く 事な き饑を 以て、 ひたすらに 食 を 貪る ので ある。 

自分 は、 自分が ケルト 1- 族の 地獄 を 見た の を 知った。 己 自身の 地獄で ある。 藝 術の 十; の 地獄で 

ある。 自分 は 叉、 貪 焚 止む を 知らざる 渴望を 以て、 美なる 物 を 求め 奇異なる 物 を 追 ふ 人々 が、 平 

和と 形狀 と, を 失って、 遂に は 無形と 平 俗と に墮 する 事 を 知った。 



n 



105 



自分 は 又 他の 人々 の 地獄 を も 見た 事が ある。 其 一 つの 中で、 ピ イタ ァと 呼ばる る 幽界の 靈を見 

た。 顏は黑 く脣は 白い。 奇異なる 二重の 天祥の 盤の 上に、 見えざる 「影」 の 犯した 惡 行と、 お it は 

れ すして 止んだ 善行と を 量って ゐ るので ある。 自分に は 天秤の 盤の 上り下りが 見えた。 けれ 共ピ 

イタ ァの周 園に 群って ゐる 多くの 「影」 は 遂に 見る 事が 出來 なかった。 - 

自分 は 其 外に 叉、 ありと あらゆる 形 をした 惡 魔の 群 を 見た。 魚の やうな 形 をした のもゐ る。 蛇 

の やうな 形 をした のもゐ る。 猿の やうな 形 をした のもゐ る。 犬の やうな 形 をした のもゐ る。 それ 

が 皆、 自分の 地獄に あった やうな、 暗い 坑 のま はりに 坐って ゐる。 そして 坑の 底から さす 天空の、 

月の やうな 反射 をぢ つと 眺めて ゐ るので ある。 

n . 三人の ォ— ビ ュ ルンと 惡 しき 精靈等 

幽暗の 王國に は、 無量の 貴重な 物が ある。 地上に 於け るよりも、 更に 多くの 愛が ある。 地上に 

於け るよりも、 更に 多くの 舞踏が ある。 そして 地上に 於け るよりも、 更に 多くの 寶が ある。 太初、 

大塊は 恐らく 人間の 望を充 たす 爲に 造られた ものであった。 けれ 共、 今 は老來 して 滅 落の 底に 沈 

んでゐ る。 我等が 他界の 寶を盜 まう としたに せよ、 それが 何の 不思議で あらう。 

自分の 友人の 一 人が 或 時、 スリ イヴ. リイ グに 近い 村に ゐた 事が ある。 或 日 其 男が カシ H ル • 

ノアと 呼ぶ 砦の 邊を 散歩して ゐ ると、 一人の 男が 砦へ 來て地 を 掘り 始めた。 惟悴 した 顏 をして、 

髮には 櫛の 目 も はいって ゐ ない。 衣服 は ぼろぼろに 裂けて 下って ゐる。 自分の 友人 は、 瞎に 仕事 



106 



をして ゐた 農夫に 向って、 あの 男 は 誰 だと 訊ねた "「あれ は 一二 代 目の ォ ー ビ ュ ル ン です。」 と 農夫が 

答 へ た。 

それから 五六 日經 つて、 かう 云 ふ 話 をき いた。 多くの 寶が異 敎の行 はれた 昔から 此此; -の 巾に 视 

めて ある。 そして 惡ぃ 精靈の 一群が 其寶を 守って ゐる。 けれ 共 何時か 一度、 共 t:- はォ ー ビュル ン 

の 一 家に 見出されて 其 物になる 害に なって ゐる" がさうな る 迄に は 三人の ォ ー ビ ュ ルン 家の もの 

が、 其資を 見出して、 そして 死ななければ ならない。 二人 は旣 にさう した。 第一 のォ ー ビュル ン 

は 掘って 掘って、 遂に 寶の 入れて ある 石棺 を 一目 見た。 けれ 共忽、 大きな、 毛深い 犬の やうな も 

のが 山 を 下りて 來て、 彼 を すたすたに 引裂いて しまった。 寶は 翌朝、 W 深く 土中に!^ れて义 と 人 

目に かからない やうに なって 仕舞った。 それから 第二の ォ ー ビ ュ ルンが 來て、 叉 掘りに 掘った。 

とうとう 概を 見つけた ので、 蓋を瘙 けて 巾の 黄金が 光って ゐ るのまで 見た。 けれ 共 次の 瞬 問 に 何 

か 恐し い 物 を 見た ので、 發狂 すると 其 まま 狂 ひ 死に 死んで しまった。 そこで 齊も亦 土の 下へ 沈ん 

でし まった ので ある。 第三の ォ— ビ ュ ル ンは今 掘って ゐる。 彼 は、 自分が 資を兑 出す 刹那に 何 か 

恐し い 死 方 をす ると 云 ふ 事 を 信じて ゐる。 けれ 共 又 呪. が 其 時に 破れて、 それから 永久に ォ ー ビュ 

ルン 家の もの が 昔に 變ら ぬ富責 にな ると 云 ふ桌も 信じ てゐ る。 . 

近隣の 農夫の 一 人 は 嘗て 此寶を 見た。 其 農夫 は 草の 中に 鬼の 脛骨の 落ちて ゐ るの を 兄つ けた。 

取上げて みると 穴が 明いて ゐる。 其 穴を舰 いて 見る と、 地下に 山積して ある 黄金が 兑ぇ た。 そこ 

で、 急ぃで家へ鋤をとりに^!ったが、 叉 砦へ 來て みると、 今度 は 何う しても さっき それ を: た 場 



7 所 を 見つける 事が 出來 なかった。 



m 女王よ、 矮人の 女王よ、 我 來れり 

或 夜、 一生 を 車馬の 喧噪から 遠ざかって 墓した 中年の 男と、 其 親戚の 若い 娘と、 自分と. の 三人 

が、 遠い 西の方の 砂濱を 歩いて ゐた。 此娘は 野原の 上、 家畜の 間に 動く 怪し 火の 一 つ を も 見逃さ 

ない 能力が あると 云 はれて ゐる 女であった。 自分た ち は 「忘れ やすき 人々」 の 事 を 話した" 「忘れ 

やすき 人々」 と は 時として、 精靈の 群に 與 へらる る 名前で ある。 話 半に、 自分た ち は、 精 靈の出 

沒 する 場所と して 名高い、 黑ぃ 岩の 中に ある 淺ぃ 洞窟へ 迪 りついた。 濡れた 砂の 上に は、 洞窟の 

汉 影が 落ちて ゐる。 

自分 は 其 娘に 何 か 見える かと 聞いた" それ は 自分が 「忘れ やすき 人々」 に 訊ねようと 思 ふ 事 を、 

澤山 持って ゐ たからで ある。 娘は數 分の 間靜に 立って ゐた。 自分 は 彼女が、 目 ざめ たる 夢幻に 陷 

つて 行く の を 見た。 冷な 海風 も 今 は 彼女 を烦 はさなければ、 懶ぃ 海の つぶやき も 今 は 彼女の 注意 

を擾 さない。 

自分 は 其 時、 聲 高く 犬なる 精靈 たちの 名 を 呼んだ。 彼女 は 直に-おの 中で 遠い 音樂の 聲が閱 える 

と 云った。 それから、 がやがやと 人の 語り ぁふ聲 や、 恰も 見えない 樂人を 賞 讚す る やうに、 足 を 

踏ま" らす 昔が、 きこえる と 云った-" それ迄、 もう 一人の つれ は、 二三 問 はなれた 所 を、 あちこち 

r と 歩いて ゐ たが、 此時 自分た ちの 側 を 通りながら、 急に、 「何處 か 岩の 向 ふで、 小 供の 笑 ひ 聲が問 



108 



える 力ら きっと 邪魔が はいり ませう。」 とかう 云った。 けれ 共、 此處に は 自分た ちの 外に 誰も ゐ 

ない。 これ は 彼の 上に も 亦、 此處の 精 靈が旣 に 其 趣 力 を 投げ 始めて ゐ たので ある。 

忽、 彼の 夢幻 は 娘に よって; 炎に つよめられた。 彼女 は、 どっと 人々 の 笑ふ聲 が、 樂 f はや、 が や 

が やした 話し 聲ゃ、 足 昔に まじつ て^え はじめた と 云った。 それから 叉、 今 は 前よりも: おくな つ 

たやう に 見える 洞^から 流れ出る 明い 光と、 紅の 勝った、 さまざまの 色の 衣裳 を 着て、 何やら 分 

らぬ 調子に つれて 踊って ゐる侏 人の 一 群と が 見える と 云った。 

自分 は 彼女に 保 人の 女王 を 呼んで、 自分た ちと, し をさせる やう 命じた) けれ 共 彼女の,、 ^ 令に 

は 何の 答も來 なかった。 そこで 自分 は 自ら 變 高く 其 語 を 繰り返した。 すると 忽、 美しい、 文の」:? 

い 女が 洞窟から 出て 来た。 此 時には、 自分 も 亦旣に 夢幻の 一種に 陷 つて ゐ たので ある。 此夢 幻の 

屮 にあって は i4j 華と 云 ひ 鏡 花と 云 ふ 一切の ものが、 ? M として 犯す 可から ざる 腐 を體 して 來る。 ,H 

分 は、 其 女の 黄金の 飾が かすかに きらめく の も、 黑 すんだ 髮 にさして ゐる、 ほの 1= い 花 も:: ルるこ 

とが 屮:; 來た。 

びと 

自分 は 娘に、 此 丈の 高い 女王に 話して 其と も 人た ち を、 本來の 一?!: 割に 從 つて、 敕 ^ 列させる やう 

に 云 ひつけた。 それ は 自分が、 彼等 を兑 度かった からであった。 けれ 共、 矢-,^ 义:; ,1 の やうに,: ni 分 

は此 命令 を 自ら 繰 返さなければ ならなかった。 

すると、 其 もの 共が 洞窟から 出て 來た。 そして、 もし 自分の 記憶が 誤らないならば、 g: 隊を作 

やま と ねり こ 

つて #lf^. した。 其 一 隊は 手に 乎に 山 秦皮樹 の 枝 を 持って ゐる。 もう 一 隊は、 蛇の 鱗で つた P う 



譯飜 



109 



に 見える 首 環 を かけて ゐた。 けれ 共、 彼等の 衣裳 は 自分の 記憶に 止って ゐ ない。 それ は 自分が あ 

のかが やく 女に 心 を 奪 はれて ゐ たからで ある-" 

自分 は 彼女に、 是 等の 洞窟が 此 近傍で 最、 精靈 の出沒 する 所に なって ゐ るか どうか を、 つれの 

娘に 話して くれと 願った。 彼女の 脣は 動, いたが、 答を閜 きとる 事 は出來 なかった。 自分 は 娘に 手 

を、 女王の 胸に 置け と 命じた。 さう してから は、 女王の 云 ふ 事が 娘に よく わかった。 いや、 此處 

が、 最、 精靈の 集る 所ではない。 もう 少し 先き に、 更に 多く 藥る 所が ある。 自分 は それから、 精 

靈が 人間 を つれて ゆく と 云 ふ 事が 眞實 かどう か、 眞實 ならば、 精靈が つれて 行った 靈 魂の 代りに、 

他の 靈魂を 置いて ゆく と 云 ふ 事が あるか どうか を 訊ねた。 「我ら は 形 を かへ る。」 と 云 ふ のが 女王 

の 答であった。 「あなた 方の 中で 今までに 人間に 生まれた 方が あります か。」 「ある。」 「來生 以前 

にあな た 方の 中に ゐ たもの を、 私が 知って ゐま すか。」 「知って ゐ る。」 「誰です。」 「それ を 知る 事 

ドラマ チゼェ シ ヨン 

はお 前に 許されて ゐ まい。」 自分 は それから 女王と 其と も 人と が、 自分 等の 氣 分の 劇化で は 

ないか どうかと 訊ねた。 「女王に はわ かりません、 けれ 共 精靈は 人間に 似て ゐ ますし、 又 大抵 人間 

のす る 事 をす る もの だと 云 ひます。」 とかう 自分の 友 だち が 答へ た。 ■ 

自分 は 女王に、 まだ 色々 な 事 を 訊ねた。 女王の 性質 をき いたり、 .: チ宙に 於け る 彼女の 目的 をき 

いたりし たので ある。 けれ 共 それ は 唯 彼女 を 苦め たやう に 思 はれた。 

遂に 女王 は堪 へきれ なくなつ たと 見えて、 砂の 上に かう 書いて 見せた。 —— 幻の 砂で ある。 足 

下に 音を立てて ゐる 砂で はない。 —— 「心 づけよ、 餘 りに 多く われらが 上 を 知らむ と 求む る 勿れ。」 



女王 を 怒らした の を 見て、 自分 は 彼女の 示して くれた 事、 話して くれた 事 を 彼女に 感謝した。 そ 

して 乂 元の通り 彼女 を 洞窟に 歸ら せた。 暫 してつれ の 娘が 其 夢幻から 目 ざめ、 此 世の. 風を感 

じて、 身ぶ る ひ を 始めた。 

自分 は是 等の を出來 得 る^り 正確に 話す ので ある。 そして 义話を 傷け る やうな、 何等の 理論 

を も 之に 加へ ない。 畢竟す るに すべての 现淪 は、 憐む 可き ものである。 そして,! ni 分の 现 論の.^、 部 

は旣に 久しい 以前に 其 存在 を 失って 仕舞って ゐる。 

自分 は、 如何なる 理論よりも、 扉 を 啓く 「象牙の 門」 の 響 を 熱愛して ゐる。 そして 义、 北ハ §1 蔽を 

撒く 戶ロ をす ぎた ものの みが 、「角 の 門」 の 遠き かがやき を 捕へ 得る 事 を 信じて ゐる。 われらが も 

し、 占 星者リ リイが ウィン.、 ソァの 森に 發 した 叫び —— REGINA, REOINA PIGME02JM, .SM (女 

王よ。 矮人の 女王よ。 我來れ り。) の聲を あげ、 彼と 共に 神 は 夢に 幼な 兒を 訪れ 給 ふ 事 を記惊 する 

なら、 それ は 恐らく われらの 爲に幸 を 辯す であらう。 丈 光 まば ゆき 女王よ。 願く は來 りて- 

再、 汝が黑 める 髮に かざせし ほの 暗き 花 を 見せしめよ。 

(大正 三 四月) 



クラ リモン ド 

Theojpliile Gaiitier . 

兄弟、 君 はわし が戀 をした 事が あるかと 云 ふの だね、 それ は ある。 が、 わしの 話 は、 妙な 怖し 

い 話で、 わし もとって 六十 六になる が、 今で さへ 成る 可く、 其 記憶の 灰 を搔き 廻さない やうに し 

てゐ るの だ。 君に は、 わし は 何 一 つ 分 隔て を しないが、 話が 話 だけに、 わしょり 經驗 の淺ぃ 人に 

いきさつ 

話し をす るの は、 實 はどう かと も 思って ゐる。 何しろ わしの 話の 顧 末 は、 餘り 不思議な ので、 わ 

しが 其 事件に 現在 關 係して ゐ たと は 自分ながら わしに も 殆ど 信じる 事が 出來 ぬ。 わし は 三年 以上- 

最も 不可思議な、 そして、 最も 奇怪な 幻惑の 犧牲 になって ゐ たので ある。 

わし は みじめな 田舍の 僧侶 をして ゐ たが、 毎夜、 夢に は —— . わし は それが 悉く 夢なら む 事 を 祈 

つて ゐ るが 11 最も 五 慾に 染ん だ、 呪 ふ 可き 生活 を、 云 はば サル ダナ パルスの 生活 を途 つて ゐた 

そして 或 女 をう つかり 一目 見た ばかりに、 危 くわしの 靈魂を 地獄に 瞪す 所だった が、 幸に も 神の 

惠と、 わし を 加護して くれた 聖徒の 抉け とに よって、 遂に わし は、 わしに 附 いて ゐた惡 魔の 手 か 

ら 免れる 事が 出來 た。 思へば わしの 晝の 生活 は、 長い間、 全く 性質の 異 つた 夜の 生活と、 織り 交 

ぜら れてゐ たので ある。. 晝間 は、 わし は 祈禱と 神聖な 事物と に 忙しい 神の $5 侶で あ. るが、 夜、 m 



I 12 



をつ ぶる 刹那から は、 忽ち 若い 貴. 族に なって しま ふ。 女と 犬と 馬と にかけ て は、 眼の ない 人出に 

なって しま ふ。 博奕 も 打つ、 酒 も 飲む、 罵詈 をして 神 を 馬鹿に もす る。 そして、 曉 方に 眼 を醒ま 

すと、 却って わしが まだ 眠って ゐて、 唯、 $5 侶に なった 夢 を-みて ゐる やうな 心 持が する。 此夢先 1 

病 者の やうな 生活の 或 場面と か 或 語と かの ^ 想 は、 未だに わしの 心に 残って ゐて、 わし はどうし 

て も それ を、 わしの 記憶から 拭 ひ 去る 事が 出來 ない。 わし は、 實際、 ゎしの:|1£5を離れた_^^のな 

い 人 問な の だが、 人 はわし の 話す の を 聞く と、 わし は 浮世の 歡樂に 倦み はてて、 ::!^む-ぉぃ、 波^ 

に 富んだ 生涯の 結末 を 神に 仕へ て暮 さう と 云 ふ 沙門 だと 思 ふか もしれ ない。 此 世紀の 生活から さ 

へ絕緣 された、 森の奥の、 陰 蒙な 僧房に 住み ふるした 學 だと は 思 はぬ かもしれ ない。 

わし は戀 をした。 わしの 様に 烈しく 戀 をした 者は此 I に 一人 もゐ ない 程、 戀 をした 11^1 な、 

凄じい 熱情 を 以て —— わし は 寧ろ その 熱情が わしの 心臓 をす たす たに 裂かなかった の を 怪しむ 位 

である。 ああ 如何なる 夜 —— 如何なる 夜であった らう。 

わし は 幼い 時から、 わしの 天職の 僧侶に あるの を 感じて ゐた。 そこで わしの 凡ての 研究 は、 其 

理想 を 目標と して 積まれた ので ある。 二十 g! 歳までの わしの 生活 は 云 はば 唯、 • 良い 八/ fil 心の 生活 

であった。 神學を 修める と共に、 わし は 引 緩いて 凡ての 下級の 份位を 得た 爲 めに、 先 連た ち は、 

若いながら わしが、 最後の、 恐し い 位階 を 得る 資格が ある iSl を 認めて くれた。 そして わしの 授は 

式 は、 復活祭の 一週 中に 定められ たので ある。 

わし は それ に I 間 を 見た 事がなかった。 ゎしの世界は大學と研究{^!|との壁に^られてゐたの 



譯飜 



113 



である。 尤も 「女」 と 云 ふ 者が あると 云 ふ 事 は、 漠然と 知って ゐ たが、 わし はわし の 思想が 此樣な 

題 mi の 上に 止る 事 を 許さなかった ので、 わし は 全く 純眞 無垢な 生活 をつ づけて 來た。 一年に 二度、 

からだ - 

わし は, 年 をと つた 體の 弱い 母親に 逢 ふが、 此ニ囘 の 訪問の 中に、 わしの 外界に 對 する、 凡ての 

關 係が 含まれて ゐ たので ある。 

わし は 何も 悔いる 所はなかった。 わし は此 最後の、 避く 可から ざる 一 步を投 する のに、 何等の 

躊路 もしなかった。 わし は 唯、 喜悅 と短氣 とに 滿 たされて ゐ たので ある。 婚禮 をす る戀 人で も、 

わし 以上の 熱に 浮かされた 感激 を 以て、 遲ぃ 時の 步み を數へ はしなかった であらう。 わし は 眠り 

さへ すれば、 必す祈 禱を唱 へて ゐる 夢を見た。 僧侶になる より 偸 快な 事 はない。 かう わし は 信じ 

てゐ た。 元より 國 王になる 氣も、 詩人になる 氣も 無い。 わしの 野心 は、 之 以上に 高い 目標 を 認め 

る 事が 出來 なかった ので ある。 

わしが 君に 此 様な 事 を 云 ふの は、 わしの 身の上に 起った 事が、 順當に 行けば 決して 起ら なかつ 

たと 云 ふ 事 を 知らせる 爲に云 ふので ある。 そして わしが、 不可解な 蟲 惑の 犠牲で あつたと 云 ふ 事 

を 理解して 貰 ふ 爲に云 ふので ある。 

終に 當 日が 來た。 わし は、 自分が 空に 浮んで ゐ るか、 肩に 翼が 生えた かと 疑 はれる 程、 輕 快な 

足取りで、 敎會へ 歩いて 行った。 わしに は、 自分が 天使で あるかの 如く 思 はれた。 そして、 わし 

の 同輩の 眞 面目な 考 深い 額 をして ゐる のが、 如何にも 不思議に 思 はれた。 それ は敎會 にも、 わし 

の 同輩が 五六 人ゐ たからで ある。 わし は 一 夜 を 祈禱に 明した 後な ので、 殆ど 恍惚と して 一 S を 忘 



114 



れ ようとして ゐた。 年 をと つた; £ 正 も、 わしに は 「永遠」 に 倚って ゐる 神の 如くに 見えた。 わし は 

實に、 殿堂の 弯薩を 透して、 天國を 望む 事が 出來 たので ある。 

あの 式の, S 條は君 もよ く 知って ゐる 11 被 式、 二つの 形式の 下に 行 はれる 聖 餐式、 「改宗者 の 

を 手の? I に 塗る 式、 それから、 II 正と 一し よに 恭しく、 祌の 前へ 犧牲を 捧げる 式 …… 

ああ、 ヨブが 511 なる 者 は、 服 を 以て 架 約を爲 さざる 者な り」 と 云った の は、 眞理 である。 わ 

し は 不圖、 其 時 迄 下 を 向いて ゐた頭 を擧げ て、 わしの 前に ゐる女 を 見た。 女 はわし が觸れ る^が 

出來 るかと 思 はれる 程、 近くに ゐる. 1 'が實 際 は、 わしから 可:^ 離れて、 內 陣 のす つと,: 1: うの 欄 

干の lli ゐ たので ある 11 年 も 若く、 容貌 も 驚く ばかり 美しい。 そして 立派な 着物 迄 着て ゐる。 

丁度、 其 時 わし はわし の 眼から、 に i; が 落ちた やうな I 湫 がした。 わし は、 忍 ひがけな く 明 をん ひ 

た 盲人の やうな 心 持に なった ので ある。 一瞬間 以前に は、 光彩に 溢れて ゐた 僧正 も、 急に 何處か 

へ 行って しまへば、 金色の 燭 架の 上の 蠍燭 も、 曉の 星の やうに 责ざ めて、 わしに は 無限の 閱黑 が- 

全 寺院 を領 したやう に 思 はれた。 そして 其 美しい 女 は、 其 を 背景に 燥爛 とした 浮彫に なって- 

丁度 天使の 來迎を 仰ぐ やうに、 わしの 脱の 前に 現れて 來た" 彼女 は、 自ら 輝いて ゐる やうに、 し 

かも 光 を 受け てゐ ると 云 ふより は、 自ら 光 を 放って ゐる やうに 見えた ので ある。 

わし は 眼 を閉ぢ た。 そして 二度と- 冉び^ を あけまい と 決心した。 わし は 外界の 物の 影響 を 蒙 

るの を 恐れて ゐた。 それ は、 殆ど わしが: 1: をして ゐ るか 知らぬ. 2: に、 次第に 轍 惑が わしの 心 を 捕 

へて しまったから である。 



115 



それに も關ら す、 忽ち 叉、 わし は 眼 を^いた。 何故と 云へば、 わし は随 毛の 問から も、 彼女が 

. • みつめ 一 

虹色に きらめきながら、 太陽 を 凝視て ゐる 時に 昆 える やうな、 紫の 半陰影に 圍 まれて ゐ るの を 見 

たからであった。 

おお 如何に 彼女 は 美しかった であらう。 理想の 美 を 天上に 求めて、 其處 から 聖母の 眞像を 地上 

に 裔 し歸 つた 大畫 家で も、 其 輪廓に 於て は 到底、 わしが 今 見て ゐる、 自然の 美しい 實 在に 及ぶ 事 

は出來 ない。 詩人の 詩、 畫 家の 畫板 も、 彼女の 概念 を與 へる 事 は、 全く 不可能で ある。 彼女 は ど 

ちらかと 云へば、 脊の 高い 方で、 女神の やうな 姿と 態度と を備 へて ゐる。 柔 かな 金 髮は、 眞卜か 

こめかみ さざなみた 

らハ 力れ て、 顳顥の 上へ 二つの 漣 立った 黄 余の 河 を 流して ゐた。 丁度、 王冠 を 頂いた 女王の やうに 

も 思 はれる。 すき 透る ばかりに 靑 白い 額 は 乂靜に 眉毛の 上に 擴 がって ゐる。 其 眉毛 は 不思議に も 

殆ど 黑く、 抑へ 難い 快活と 光明と に 溢れた 海の 如く 靑ぃ 眼の 感じ を 飽く迄もう つくしく 强 めて ゐ 

る。 ああ、 何と 云 ふ 眼で あらう。 唯一度 瞬けば 一人の 男の 運命 を 定める の も 容易な のに 相 遠ない。 

其 服 はわし が 是迄人 問の 服に 見る 事の 出來 なかった 生命と 光明と 情熱と 潤 ひの ある 光と を 持って 

ゐる。 其 服 は义絕 えす 矢の やうに 光 を 射て ゐる。 そして わし は 確に その 光が わしの 心の 臓に 道 人 

つたの を 見た。 わし は 其 眼に 輝いて ゐる 火が、 天上から 來た のか、 地獄から 來た のか を 知らない。 

けれども、 それ は 確に 其 二つの 中の どちら からか 來 たので ある。 彼女 は; 入 使 か、 さもな くば 惡魔 

である-し そして 恐らく は叉兩 方であった らしい。 鬼に 角、 彼女が 我等の 同じき 母なる ェヴ の胎か 

ら 生れた 者で 無い 事 は 確で ある。 もれから 此上 もな く 光澤の ある 眞珠 の齒 が、 紅ハ ^11^ の屮 にき 



116 



ら めいて、 替の彎 む 毎に、 小さな ¥: が、 襦 子の やうな 薔薇色のう つくしい 頰に 現れる。 そして-: t 

の孔の 正しい 輪廓に も、 高貴な 生れ を 示す 嫋ゃ かさと 誇らし さとが 見えて ゐる。 半ば 露した 肩の 

滑な 光澤の ある 皮膚の 上に は、 瑪琐の 光が ゆらめき、 大きな 黄 味の ある 眞珠を 綴った 紐 は —— 其 

色の 美し さは 殆ど 彼女の 頸に 匹敵す る 11 彼女の 胸の 上に たれて ゐる。 時々、 彼女 は 物に 驚いた 

蛇 か 孔雀の やうな、 をのの くや- リな 嬌態 を 作って、 首 を もたげる。 すると 銀の 格子 細工の やうに 

頸 を棬、 いて ゐる 高い レ ー ス の 襞 襟が をのの くやう に 動く ので ある。 

彼女 は 校 化が かった 眞 紅の 天窗絨 の袍を 着て ゐた。 其 黃纖の 毛皮の ついた、 廣ぃ 袖口から は、 

限りなく 優しい、 上品な 手が、 ^いて ゐる。 手 は 曙 か 女神の 指の やうに、 光 を 透す かと 思 はれる 

程、 溃ら かなので ある。 

凡て Hl:^ 等の^ 柄 を 一 つ 一 つ わし は 昨 曰 の 如く 思 ひ 返す 事が 出來 る。 何故と 云へば 其 時、 わし は 

どぎ まぎしながら も、 何 一 つ 見洛す やうな 事 をし なかった からで ある" ほんの 微かな 陰影で も、 

顋の 先の 一寸した 黑ぃ點 でも、 - 待の 隅の 有る か 無い かわからない 程の 生 毛で も、 額の 上に ある;. K 

まつげ 

鵞絨の やうな 毛で も、 頰の 上に 落ちる 暖 毛の ゆらめく 影で も、 何でも わし は 驚く 程 明瞭な 知覺を 

以て、 注意す る _5 ^が 出來 た。 

そして わし は 凝視 を續 けながら、 わしの 心の中に、 今迄 鎖され てゐた 1: を わしが 11 いて ゐ るの 

を 感じた。 長い間 塞がれて ゐた孔 が 開けて、 內部の見知らなぃ^^奴色を坦問见る^が出來たのでぁ 

る。 人生 は 忽ち 全く 新奇な 光景 を、 わしの 前に 示して くれた。 わし は、 今 新しい 世界と 新しい 事 



7 物の 秩序との 中に 生れて 來 るので あった" 

1 すると 恐し い 苦痛が わしの 心 を、 赤熱した 釘拔の やうに 背み はじめた。 一分 一分が、 わしに は 

一,: であると 共に 叉 一世紀で ある やうに 思 はれた。 此 間に 式が 進んで、 わし は 間も無く、 わしの 

新たに 生れた 欲望が 烈しく、 闖入しょう として ゐた^ 界 から、 遠くへ 引離されて しまったの であ 

る。 わし は 「否」 と 云 ひたい 所 を r 然り」 と 答へ た。 これ はわし の 心の中に ある 凡ての 物が わしの 靈 

魂に 加へ た 舌の £ 翁 行に 對 して 極力 反抗した が 其 甲斐がなかった ので ある。 恐らく、 多くの 少女が 

一 r ,、、 , - つもり 

n 然父 母の 定めた 夫 を 担 絶す る 心算で、 祭壇へ 步んで 行く のに も關ら す、 一人と して 其 目的 を果 

す 者の 無 いのも、 かう した 訣 からに 相違ない。 そして 多くの 憐れな 新参の |5 侶が 誓言 を 述べに 呼 

ばれる 時には、 面; をす たす たに 裂く 決心 をして ゐ ながら、 阿容々 々とそれ を 取って しま ふの も 

亦 確に かう した 訣 からで ある。 かくして 人 は、 其 處にゐ る 凡ての 人々 に對 して 犬なる 誹 誇の 聲を 

擧げる 事 を敢て しないと 共に、 叉 多くの 人々 の 期待 を 欺く 事も敢 てし ない。 凡ての 夫 等の 人々 の 

眼、 凡ての 夫 等の 人々 の 意志 は、 恰も 鈴の 如く 君の 上に 蔽ひ かかる やうに 思 はれる ので ある。 そ 

れ のみなら す、 規則 も 正しく 定まって ゐれ ば、 萬 事が 豫め、 完全に 盤って、 しかも 多少 必然的に 

ける 事 の 出來な い やうに 出來上 つて ゐ るので、 個人の 意志 は 事情 の 重みに 屈從し て 遂に は 全く 

破壞 されて しま ふので ある。 

I 式の 進む のに つれて、 其 知らぬ 美人の 顏も 表情が 違って 來た。 - 彼女の 顏色 は、 最初 は撫 愛する 

やうな 優し さ を 示して ゐ たが、 今 は 恰も それ を 理解させる 事が 出來 ない の を、 憎み 且つ、 お づるゃ 



118 



うな 容 子に 變 つたので ある。 

山 をも拔 くに 足りる^ 志の 力 を 奮って、 わし は、 お 侶な どに なり 度く 無い と 叫ばう とした。 が、 

どうしても それが 出來 なかった。 わしに は 舌が 上顎に 附着して しまった やうな I 湫 がした ので ある。 

わし は 否定の 綴 昔 を 一 つで も して、 わしの 意志 を 表白す る^す ら出來 なかった。 わし は 眼が 醒 

めて ゐ ながら、 生命に も關 はる 一語 を 叫ばう として、 職され て ゐる人 叫の やうな 心 持が した。 

彼女 も わしの 殉敎の 苦しみ を 知って ゐ るかの 如くに 見えた。 そして: も、 わし を勵 ます やうに、 

最も 神 な 約束に 滿ちた 眼 色 をして 兌せ るので ある。 彼女の 肌が 詩なら 彼女の 一 曾 は".^, に であ 

つた-し 

彼女 はわし にかう 云って くれる。 r 贵 力が 私の ものになる m 心?^:: しなら、 私 は 贵方を 大阔に ゐる祌 

樣 より 仕 合せに して あげます。 天使た ちで さへ 貴方 を嫉 むで せう、, - ^方 は 贵方を 包まう とする 經 

帷子 を 裂いて おしま ひなさい。 私 は 『美』 です、 『若さ』 です、 『生命』 です。 私の 所へ いらっしゃい。 

ェ ホバ は その代りに 何を贵 方に 2^ れ るので せう? 私たち のん 叩 は 夢の やうに、 永久の 接吻の 巾に 

流れて 行きます。 其聖 杯の 葡萄酒 を 投げ すてておし まひなさい C さう すれば 贵方 は自. 5 です。 私 

は 贵方を 『知られざる d9』 へ つれて:;;: つて あげます。 贵方 は、 銀の 天幕の 下で 厚い 金の」 i£ の 上で、 

私の 胸に お眠りなさい。 私 は 貴方 を 愛して ゐ るので すから。 私は贵 方の 神の 手から 方 を 離して 

しま ひたいの ですから。 贵 方の 神の 前で は、 大ぜ いの 尊い 心性の 人た ちが、 愛の 血 を 流します e 

けれども 其 血 は 神の ゐる 玉座の 階に さ へ とどきません。」 



mm 



119 



是 等の 語 は、 わしの 耳に 無限の 情味に あふれた 諧律を 作って 漂って 來る やうに 思 はれた。 そし 

て 彼女の 眼の 聲は、 恰も 生きた 替 がわし の 生命の 中に 聲を 吹き込んだ やうに、 わしの 心臓の 奥 迄 

も 反響した。 わし はわし 自らが 神 を 捨てよう として ゐ るの を 感じた。 が、 わしの 舌は猶 機械的に 

式の 凡ての 形式 を滿 したので、 わし はわし の 胸が 聖母の 劍 よりも 鋭い 刃に t 只 かれる やうな 氣 がせ 

すに は ゐられ なかった。 

凡ての 事が 圓滿に 終を吿 げた, - わし は 遂に 僭 化と なった。 

此時、 彼女の 額に 現れた 程、 人間の 顔に 深く 苦痛が 描かれた 事 はない。 婚約 をした 惡 人が 突然、 

己の 傍に 仆れて 死んだ の を 見た 少女、 歿 なった 子供の 搖 藍に 倚懸 つて ゐる 母親、 樂 園の 門の 闘に 

立って ゐる H ヴ、 寶は盜 まれて 其 跡に 石の 置いて あるの を 見た 吝嗇な 男、 偶然 其 最も 傑れた 作の 

原稿 を 火の 屮に取 落した 詩人 11 是 等の 人々 も かう 迄 絶望した、 かう 迄 慰め 難い 額附 きをす る 事 

はないで あらう。 血と 云 ふ 血 は 彼女の 愛らしい 顏を 去って、 それが 今 は 大理石よりも 白くな つて 

ゐる。 彼女の 美しい 雨 腕 は、 恰も 其 筋肉が 急に 弛緩した かの やうに、 力なく 兩 脇に 垂れて ゐた。 

彼女 は 身 を 支 へ る 柱 を 求めた。 それ は 殆ど 手足が 彼女の 自由になら なくなって ゐ たからで ある。 

よろめ 

そして わし も 亦、 敎 會の戶 口の 方に 蹌踉 いて 行った。 死の やうに 青ざめて、 額に は カル ヴァ リイ 

(li さ St) き 請) の 汗よりも 血の やうな 汗 を 流しながら。 わし はまる で 縊り殺されて ゐる やうな 氣が 

した。 さう かと 思 ふと 又圓 天井が わしの 肩の 上へ 平にな つて 落ちて 來る やうな 湫 もした。 そして 

其圓 天井の 重量 を わしの 頭 だけで 支へ てゐる やうな 心: it になった ので ある。 



120 



わしが 戶 口を出よう とすると、 ひ-に 一 つの 手が わしの 乎 を 捕へ た —— 女の 乎 だ! 其 時 迄 わし 

は 一度 も 女の手に 觸れ たこと は 無かった。 其 手 はさながら 蛇の 皮膚の やうに 冷い。 しかも 其感觸 

や. A 

は、 价 も熱鐵 に^れた やうに、 わしの 手首 を 燃やす ので ある。 彼女 だ。 「不仕 合せな 方ね。 不让合 

せな 方ね。 何と 云 ふ 事 をな すった の。」 彼女 は 低い 聲 でかう 叫ぶ と、 忽ち群^^-の屮に!^れて见ぇな 

くな つてし まった。 

すると、 老年の 傲 正が わしの 傍 を 通り過ぎた。 そして 嚴 格な、 不{ 称さうな 一 in: を わしの h に投 

げた。 わし は 顔 を 赤く したり、 靑 くしたり した。 と、 同聚の 一人が わし を 憐れんで、 を 執って 

わし を 外へ 述れ屮 :; して くれた。 恐らく わしが、 人の 扶けを 借りす に、 研究 窒へ歸 るの は、 到」 ほ 出 

來 なかった 事で あらう。 所が 往來の 角で、 同輩の 若い 僧侶の 注意が 一寸 他に 向いて ゐる隙 を 見て、 

{殳 想 的な 衣裳 を 着た、 黑 人の 愿從 がわし の 側へ やって来た。 そして 歩きながら、 わしの..^ に 小さ 

な 金緣の 手帳 を 忍ばせる と 同時に、 それ を隱 せと 云 ふ 相 岡 をした。 わし は それ を 袖の 屮に隱 した。 

そして わしの 部屋へ 歸 つて 獨 りになる まで、 そこにし まって^いた。 それから わし は 共 控金を 開 

いた。 中には 紙が 一 一枚 は ひって ゐる。 其 紙に はかう 書いて あった 。「クラ リモ ンド、 コ ンチ 二 の宫 

にて」 當時 わし は、 世間の 事に 疎かった ので、 クラ リ モンドの 名 さへ、 有名だった のに も關ら す、 

耳に した 事 は 一度 も 無かった。 そして 义 コンチ 二の 宫 が何處 にある かと 云 ふ $ も、 一, :! に 分らな 

かった。 そこで わし は 何度と なく 推量 を逞 くして 見た。 そして 推量 を 重ねる 度に 想像 は (分. '方 外 

になった が、 實際、 わし は 唯もう 一度、 彼女に 逢へ さへ するならば、 彼女が 贵 夫人で あらう と、 



娼婦で あらう と、 それ は 大して 構 ひもし なかった ので ある。 

^ わしの 戀は、 菡 一士. 寸間程 經っ內 に、 拔き 難い 根 を 下ろして 了った。 わし は 其 戀を思 切らうな ど 

と は 夢にも 思はなかった。 わしに は 其 様な 事 は、 全然 不可能 だとし か 信じられなかった。 彼女 を 

一 目 見た ばかりに わしの 性質 は 一 變 してし まった ので ある。 彼女 は 己の 意志 を わしの 生命の 屮に 

火き 人 一んだ。 そして わし はもう わし 自身の 肉體の 中に 生活し ないで、 彼女の 肉體の 中に、 しかも 

彼女の 爲に 生活す る やうに なった。 わし はわし の 乎の、 彼女の 觸れた 所 を 接吻した。 わし は 何時 

問 も績け さまに、 彼女の 名 を 繰返して 呼んで 見た。 何時でも 服 さへ 閉ぢれ ば わしに は 彼女の 姿が 

其 處にゐ る やうに はっきりと 見える ので ある。 わし は 彼女が 敎會 の玄關 で、 わしの 耳に 1 取いた 語 

を 反覆した。 r 不仕 合せな 方ね。 不 仕 合せな 方ね。 何と 云 ふ 事 をな すった の. に わし は 遂に、 わし 

の 現狀の 恐し さ を、 判然と 理鮮 する 事が 出來 た。 わしの 今、 就いた 職業の 恐る 可き 嚴肅な 制限が、 

明かに わしの 前に 暴露され た。 ^侶になる それ は獨 身で ゐ ると 云 ふ 事 だ。 決して 戀を しな 

いと 云 ふ 事 だ。 セ K どか 年齢と かの .區 別 を 構はなくなる 事 だ。 凡ての 美から 背き 去る 事 だ。 肌 を 抉 

りぬ いてし まふ 事 だ。 永久に 寺院と か 僧院と かの 冷い 影の 中に^って 隱れて ゐる事 だ。 見知らな 

ハ屍體 に 番をされて ゐる事 だ。 死に かかって ゐる人 問ば かり 訪ねて 行く 事 だ。 そして 己 自身の 死 

. なキ」 力ら 

を 卓む 喪服と して、 何時でも 黑ぃ 法衣 を 着て ゐる事 だ。 云 はば 君の 着物が、 君の 亡骸 を 納めた 柩 

かにぎ ぬ 

の棺 布の 役に立つ ので ある。 

^ わし は 今更の やうに わしの 生命が、 丁度 地下の 湖の やうに、 擴 がりつつ 溢れつつ 水嵩 を增 して 



來 る のを感 する。 わしの 血 は 烈しく わし Q 動脈 をめ ぐって 脇り 上る.」 わ しの 久しく 抑麵 して ゐ た 

靑春 は、 千年に 一度 花の く 魔薈の やうに、 生々 と M え 出で て 迅雷の 響と 共に 花 を 開く の だ。 

クラ リ モンドに、 1^び逢ふ爲にゎしは何をする15^-が出來るのだらぅ。 わし は 賊にゐ る 人 を 一 V 

も 知らない。 それで どうして 研究 窒を 去る ロ實が 得られよう。 わし は^くで も 比お I に 卜-つて ゐら 

れ さう もない。 唯、 待ち 遠 いのは、 わしが 八/後 就任すべき 牧師 補の 辭令 ばかりで ある。 わし は^ 

の鐡 格子 を 取 去らう と 試みた。 けれども 寬は地 を 離れる ^が 遠い ので、 梯子が 照け, ば、 かう し 

て 逃げるな どと 云 ふ 事を考 へる だけ 愚 だと 氣が ついた。 其 上、 わしが 夜に 乘 じて 其 處 から 逃げる 

事が 出來 たと しても、 其 後 どうして 錯雜 した 街路の 迷宮 を、 わしの 贝 1 ふ 所へ 逃り 着く 事が 出來る 

だら う。 多くの 人々 に は 全く 無意味に はれる 是 等の 凡ての;? jJ; が、 昨日 始めて 戀に 落ちた、 1^ 驗 

も 無く 金 も 無く、 美しい 着物 も 無い 憐れな 學! の わしに は、 偉大な 事の やうに 忍 はれた ので ある 

わし は戀の 闇に 迷 ひながら、 かう 自ら 叫んだ。 「ああ、 わしが^ 仍で 無かった なら、 わし は 彼女 を 

毎日 見る 事が 出來 るの だ、 彼女の 戀人 にも 彼女の 夫に も なれる の だ。 さう したら 此陰氣 な 法衣に 

包まれて ゐる 代りに、 外の 美しい 騎士の やうに 親と: 大鵞滅 の袍を 着て、 金の 鎖 を 下げて、 劍を佩 

いて、 美しい 鳥の 羽毛 を 着ける やうになる だら う。 わしの 髮も、 la- く 刈られて しま ふ t りに、 ャ乂 

立ちながら 禍を卷 いて、 わしの 頸の 上に 垂れる だら. つ。 わしの 髭に も 美しく 蜒 を:^ くだらう。 そ 

2 して わし は 一 廉の 貴公子に なれる の だ。」 それ を 唯、 祭 ,1,=: のおで 一 時 問 を 過した 爲に、 t しく :! に 

1 した 五六の 語の 爲に、 わし は 永久に 生きて ゐる人 問の 仲 から 追拂 はれて、 ゎし自身の^:^!石に时 



3 をす る やうな 事に なった の だ。 

に わし は 意の 所へ 行った。 空 は靑く 美しい。 木 は の 着物 を 着て ゐる。 わしに は 自然が 皮肉な 歡 

喜 を 飾り立てて ゐる やうに 見えた。 廣 場に は 人が 一 杯ゐ る。 行く 者 も ある、 來る者 も ある、 若い 

遊冶郎と 若い 美人と が 二人 づっ、 茂み や 花園の 方へ ぶらぶら 歩いて 行く の も 見える。 偸 快ら しい 

靑 年が、 樂 しさう に r 將進 酒」 の 疊 句 を 唄 ひ 連れて 步 むの も 見える、 —— それ は 悉く わしの 悲哀と 

寂寞と に ¥ ぃ對照 を 造る 偸悅、 興奮、 生活、 活動の 畫圖 である。 門の 階段の 上に は 若い 母親が 其 

子供と 遊びながら 坐って ゐる。 母親 は、 未だお の 滴が ぼ ハ珠の やうに ついて ゐる 子供の 小さな 普^ 

色の-お S に 接吻 をす る。 そして 子供 を あやす 爲に、 唯 女親の みが 發明 する 事の 屮ぃ來 る 神 ま 力な 樣々 の 

とぼけた 事 をす る。 父親 は 少し 離れて 佇みながら 此 愛すべき 二人 を 眺めて 微笑 を洩 して ゐる. - そ 

お. 湖 腕 を 組んだ 中に 其 喜をぢ つと 胸に 抱き締めて ゐる やうに 見える。 わし は 之 を 見て ゐる の に 

忍びなかった。 そこで 手荒く 直 を 鎖して 床の 上に 荒々 しく 身を橫 へた。 わしの 心 は 恐し い 憎惡と 

嫉妬と に滿 ちて ゐ たので ある。 そして 丁度 十 nl も 食 を 得なかった 虎の やうに、 わし はわし の 指 を 

t み、 又 わしの 夜着 を嚙ん だ。 わし は、 わしが どれ 丈 かう して ゐ たか 知らない。 が、 途に^^攣的 

な 怒りの 發 乍に 襲 はれて、 床の 上で 身 を 悶えて ゐ ると 急に 院長、 セラ ピ オンが 室の 屮夂に 直立 

して、 ぢっ とわし を 注視して ゐ るの を 認めた。 わし は、 慚 愧に堪 へないで、 頭 を 胸の 上に 乘-れ た 

そし て 兩 手で 額 を蔽 つた。 

「口 ミュ アルよ、 わしの 友達よ、 何 か 恐し い 事が お前の 心の中に 起って ゐ るので はない か。」 數分 



124 



の 沈默の 後に セラ ビ オンが 云った 。「お前の する 事 はわし に は 少しも わからない。 お 前 は 

も あの やうに 靜な、 あの やうに 淸淨 な、 あの 樣に溫 和し い —— お前が 野 の やうに 部屋の 中で 怒 

り 狂って ゐる ではない か。 IM をつ ける がよ い。 兄弟よ —— 惡 魔の 一 g 示に は环を 傾けぬ がよ い。 jn!i5 

魔 は、 お前が 永久に 身 を 主に 捧げた の を 憤って、 お前の ま はり を 貧 を 採す, 奴の やうに 這 ひま は 

りながら、 お前 を 捕へ る 最後の 奴 ハカ をして ゐ るの ぢゃ。 征服され るより は、 祈, を 胸 〈:5 てに して 

苦行 を循 にして、 勇士の やうに 戰 ふが よい。 さう すれば 必 すお 前は惡 魔 こ 勝つ 事が 出來る だら う。 

德行 は、 誘惑に よって 試みられなければ ならない。 黄金 は 試 金 者の 乎 を經て 一 曆 純な 物になる。 

恐れぬ がよ い、 勇氣を 落さぬ やうに するがよい。 2: 取 も忠實 な、 最も 篤, 曾な 人々 は、 一;^> この やう 

な 誘惑 を 受ける もの ぢゃ。 祈禱 をし ろ、 斷食 をし ろ、 默 想に 耽れ、 さう すれば 惡魔 :S5Stx> 離れる 

だら う。」 

, ふだん メジ. C 

セラ ピ オンの 語 は、 わし を 平常の わしに 歸 して くれた e そして 少し はわし の 叙 も 鎖って 來た。 

彼 は 又 かう 云 ふので ある。 「わし は、 お前が ヒ ー の 牧師 補 を 授けられた 事 を 知らせに 來 たの ぢゃ。 

其 處を管 現して ゐた Is 侶が 死んだ ので、 !!: 正 は 直にお 前 を 住 命す る やうに わしに お Ml おな すった。 

それ だから、 明日 立てる やうに 準備 を するがよい。」 わし は 頭 を 垂れて 之に 答 へた。 そして.^ 一 f 

はわし の 部屋 を 出て 行った。 わし は 祈 禱の書 を 11 いて、 祈りの 句 を; 1 み 始めた。 が、 字が んで 

の 事が 書いて あるの だか 解らない。 わしの 頭腦の 中で は、 觀 念の 絲が, i つ 階に もつれ 出して、 遂 

に はわし の 氣が附 かぬ 內に祈 禱の書 はわし の 手から 落ちて しまった。 



明日、 彼女に 二度と 逢 はすに 立って 仕舞 ふと 云 ふ 事、 わしと 彼女との 間に 置いて ある 多くの 障 

1 碍 物に、 更に 新しい 障碍 物 を 加へ ると 云 ふ 事、 實に奇 踵に よる 外 は、 彼女に 逢 ふ 一切の 望 を 失つ 

てし まふと 云 ふ 事! ああ 彼女に 手紙 を 書く と 云 ふ 事 さ へ わしに は 不可能になる だら う。 何故と 

云へば、 わし は 誰に わしの 手紙 を 託ける と 云 ふ 事 も出來 ないから である。 わし は惯 侶と 云 ふ 神変 

な 職務に 就きながら 誰に わしの 心の中 を 打明ける 事が 出來る だら う。 誰に 信用 を M く 事が 出來る 

だら う。 

其 時 急に わし は、 僧院 長 セラ ピ オンが 惡 魔の 謀略 を 話した 語 を 思 出した。 今度の 事件の 不可 思 

議な 性質、 クラ リ モンドの 人間以上の 美し さ、 彼女の 服の 機の やうな 光、 彼女の 手の 燃え立つ ば 

かりの 感觸、 彼女が わし を陷し 入れた 苦痛、 わしの 心に. 激な變 化が 起る と共に、 凡ての わしの 

信心が、 一 瞬の 間に 消えた 事 —— 是 等の 事 は、 其惡 魔の 仕業な の をよ く證據 立てて ゐる ではない 

か。 恐らく 繙 子の やうな 手 は 爪 を 隠した 手袋で あるか も 知れぬ。 是 等の 想像に 悸 されて わし は、 

jt? びわし の 膝から すべ つて、 ^の 上に 落ちて ゐた祈 禱の書 を 取り上げた P そして び 蕭禱に 身 を 

捧げようと したので ある。 

翌朝 セラ ピオ ン はわし を 伴れ に來 た。 みすぼらし いわし 達の 飽を 食って、 驟 馬が 二 頭、 門口に 

待って ゐる。 彼 は 一 頭の 驟 馬に 乘り、 わし は 他の 一 頭に 跨った。 

^ わし 達が 此 市の 街路 を 過ぎて 行った 時に、 わし は、 クラ リ モンドが 見え はしない かと 思って、 

譯 凡ての 意、 凡ての 露臺を 注意して 眺めて 行った。 が、 朝が 早い ので、 市 はま だ 殆ど 其 服 を 開かす 



126 



にゐ た。 わし はわし 達が 通りす ぎる、 凡ての 家々 の廢ゃ 直掛を 透視す る 事が 出來 たらば と 思った。 

セラ ピオ ンは、 わしの 此 好奇心 を 確に、 わしが 律 築 を 賞 讚して ゐ るの だと 思ったら しい。 かう 云 

ふの は 彼が、 わしに あたり を 見る 時 問を與 へる 爲に、 わざと 驃 馬の 步みを 緩めた からで ある。 遂 

にわし 達 は 巿門を 過ぎて 其 向う にある 小山 を 上り はじめた。 其 頂に: おいた 時で ある。 わし は クラ 

リ モンドが 住んで ゐる 土地の 最後の 一瞥 を 得ようと 思った ので、 その 方に 頭 をめ ぐらして 眺める 

と、 大きな 雲の 影が、 全市 街の 上に 垂れ かかって、 其靑と 赤と 反映す る 屋根の 色が、 一様な 共 巾 

み J,* わ 

問の 色に 沈んで ゐた。 其 色の 中 を、 其 處此處 から 白い 水沫の やうに、 今し方 點 せられた 火の 煙が 

上へ 上へ と S 升って 行く。 と、 不思議な 光の 關 係で、 まだ模糊とした蒸^^に掩はれてゐる近所の建 

T . - こんじ キー 

物より は遙に 高い 家が 一 つ、 • 太陽の 寂しい 光線で 金色に 染められながら、 うつくしく 輝いて 聳え 

てゐる —11 赏際は 一 里 半 も 離れて ゐ るので あろが、 其 割に は 近く见 える。 そして 其^ 築の 細い 

迄が 明に 辨^ される —— 多くの 小さな 塔 ゃ高臺 や 意 枠 や 燕 の 尾の 形 をし て ゐる 風見 迄が、 はつ き 

りと 見える ので ある。 

「向う に 見える、 あの 口の 光 をう けた 宮殿 は 何でせ う。」 とわし はセ ラビ オンに 尋ねた。 彼 はおに 

手 を かざして、 わしの 指さす 方 を 眺めた。 と 其 答 はかう であった C 

r コンチ 二 の 王が、 娼婦 クラ リモ ン ドに與 へた、 古の さ 殿ぢ や。 あそこで 怖し い 事 をして ゐるさ 

うた。」 

其 刹那に、 わしに は 實際か 幻惑 か はしらぬ が、 眞 白な 姿の 露臺を 歩いて ゐる のが 見えた やうに 



譯贜 



127 



想 はれた。 其 姿 は 通りすがりに、 瞬く 間 日に 輝いた が、 忽ち 义何處 かへ 消えて しまった。 それが 

クラ リ モンドだった ので ある。 おお、 彼女 は 知って ゐた であらう か。 其 時、 熱 を 病んだ やうに 慌. 

しく —— わし を 彼女から 引離して しま ふ嶮 しい 山路の 上に、 ああ、 わしが 再び 下る 事の 出來 ない 

あるじ 

山路の 上に、 彼女の 住んで ゐる宫 殿 を 望見して ゐ たと 云 ふ 事 を。 此主 となって、 此處 に來れ とわ 

し を 招く やうに 嘲笑 ふ 日の 光に 輝きながら、 此方へ 近づく かと 思 はれた 宮殿 を、 望見して ゐ たと 

云 ふ 事 を。 疑 も 無く 彼女 は それ を 知って ゐた。 何故と 云へば 彼女の 心 は、 わしの 心と 同情に 蘭が 

れてゐ たので、 其 最も 微かな 情緒の 時め きさへ 感 する 事が 出来た からで ある。 其魏ぃ 同情が あれ 

ば こそ、 彼女 は —— 寢衣を 着て はゐ たけれ ども 11 露臺の 上に 登って くれたの である。 

影 は 其 宮殿 をも掩 つて、 滿 目の 光景 は、 唯 屋根と 破風との 動かざる 海に なった。 そして 共 中に 

は 一 つの 山の やうな 波動が 明かに 見えて ゐ るので ある。 セラ ピオ ンは、 驟馬を 急がせた。 わしの 

馬 も 同じ 步みを 蓮んで、 其 後に 從 つた。 そして 其 內に路 が 鋭く 曲る 所へ 來 たので、 S ——. の 市 は 

終に、 永久に わしの 眼から 隱 されて しまった。 しかも わし は 決して 其 處へ歸 る 事の 出來 ない 運命 

を 負って ゐ るので ある。 退屈な 三日の 旅行の 末に、 陰 まな 田園の 間 を 行き 盡 して、 わし はわし の 

管轄すべき 寺院の 塔 上に ある 風見の 鷄が、 森の 上から 观 いて ゐ るの を 見た。 それから 茅 一〕 耳の 小 家 

と 小さな 庭園と に 挾まれた、 曲りくねった 路を 行く と、 やがて、 多少の 莊嚴を 保った 寺院の 正面 

ひかへ かべ 

へ 出た。 五六の 塑像で 飾られた 玄關、 荒削りに 砂岩 を 刻んだ 圓柱、 柱と 同じ 砂岩の 控 壁の ついた 

瓦葺の 屋根 ! 唯 これ だけで ある。 左手に は雜 草が 脊 高く 生えた 墓地が あって、 其 中央に は 大き 



128 



な鐵の 十字架が 聳えて ゐる。 右 乎に は 寺院の 影に なって 牧師の 住む 家が ある。 家 は 恐し く簡單 で、 

しかも 冷酷な 淸 潔が 保 たれて ゐる" わし 達 は 垣の 內へ 入った。 五六 匹の 雛つ 仔が 地に 撒いて ある 

麥を啄 んでゐ る。 見た所で は、 $S 侶の 黑ぃ 法衣に も 慣れた やうに、 少しも わし 達 を 怖がらない。 

そして 殆ど わし 達の 歩く 道 を 明けよう とさへ しない。 と: g がれた、 1 ゆ::: 心 やみの やうな 犬の聲 が、 

"斗に 人った。 老いぼれた 犬が、 此方へ 跃 けて 來 るので ある。 それ は 先住の 牧師の 犬であった。 懶 

い、 爛れた 眼 をして、 灰色の 毛 を 垂らして ゐる。 そして 犬の 達し 得る、 極度の 老, 牛に 逹 したと 云 

しるし 

ふ あらゆる 徴が 現れて ゐる。 わし は 犬 を やさしく 叩いて やった。 犬 は 直に 云 ふ 可らざる 滿 足の 灾:: 

子 を 示して わし 達と 一 しょに 步き 始めた。 以前の 牧師の 家庭 を處理 して ゐた 老婆 も亦迎 へに 出て、 

わし 達 を 小さな 後の 客間へ 案. 內し てから、 わしが 猶引績 いて 彼女 を條 つて くれる かどう かと 尋ね 

た。 わし は、 老婆 も 犬 も 雛つ 仔 も、 先住が、 死 際に 讓 つた 其 老婆の 一切の 家具 も、 殘らす 面倒 を 

見て やる と 答へ た。 之 を 聞いて、 老婆 は 我 を 忘れて 喜んだ。 そして;!: 院畏セ ラビ オン は、 彼女が 

其 僅な 所有物 に對 して 要求した 金 を、 卽 座に 拂っ て や つ た 。 

わしの 就 住が すむ と 間もなく、 $:院長セ ラピォ ンは.|^侶學校に歸った。 そこで わし は 助力 をし 

て 貰 ふのに も、 相談 相 乎に なって 貰 ふのに も、 自分より 外に 誰も ゐた くな つた。 そして クラ リモ 

ンドの 思 ひ 出 は、 びわし の 心に 浮び 始めた ので ある。 わし は、 極力 それ を 打消さう と 努めた が、 

わしの 默 想に は 常に 彼女の 影が 伴って 來た C 或 日 慕に わしが 黄楊の 木に くぎられた 路に 沿うて、 , 

わしの 象の 小さな 庭 を 散歩して ゐ ると、 I 湫 のせ ゐか楡 の 木の 陰に わしと 同 じ やうに 歩いて ゐる女 



譯!! 



129 



の 姿が 見え、 しかも 其楡の 葉の 間から は、 海の やうな 綠 色の 服の 輝いて ゐる のが 見えた。 しそ 

れも 幻に 過ぎなかった らしく、 庭の 向う側へ ま はって 見る と 唯、 砂地の 路の 上に 足跡が 一 っ殘っ 

てゐ るば かりであった —— が 其 足跡 は、 子供の 足跡 かと 思 はれる 程 小さかった。 其 癖 庭 は 高い 雜 

に圍 まれて ゐ るので ある。 わし は 庭の 隅と 云 ふ 隅 を 探して 見た が、 誰 一人 見附から ない。 わしに 

はこれ が 不思議に 思 はれて ならなかった が、 其 後 起った 奇怪な 事に 比べる と、 之な ど は 全く 何で 

も 無かった ので ある。 

滿 一年間、 わし はわし の 職務 上の 義務 を、 最も 厳格な 精密 さ を 以て 果し ながら、 祈禱 をしたり、 

斷食 をしたり、 說敎 をしたり、 病人に 靈 魂の 扶 けを與 へたり、 又 農.' わし 自身が 其 日の 生活に も 

差 支へ る 位、 施し をしたり して 暮 して ゐた。 しかし わし は 心の中に はげしい 焦 立し さ を 感じて ゐ 

た。 そして ;大 十 M の 泉 も、 わしに は 湧か なくなって しまった やうに 思 はれた。 わし は 神聖な 使命 を 

充す 事から 生れる 幸福 を 味 ふ 事が 出來 なかった。 わしの 思想 は 遠く 漂って、 唯 クラ リモン ドの語 

のみが われ 知らす 繰 返へ す疊 句の やうに、 常に わしの 替に 上る ので ある。 おお、 兄弟よ、 よく 考 

へて 見て くれる がいい。 唯一度、 眼 を あげて 一人の 女 を 見た 爲に、 一見 些細な 過失の 爲に、 わし 

は數 年間、 最も みじめな 苦痛の 犠牲に なって ゐ たの だ。 そして わしの 生活の 幸 幅 は 永久に 失 はれ 

て しまったの だ。 

わし は、 絕 えす わしの 心に 緣 りかへ された 勝利と 敗北 を、 しかも 常に ー歷 恐し ぃ墮 落に わし を 

陷れた 勝利と 敗北 を此上 話す の は 止めようと 思 ふ。 そして 直に わしの 物語の 事 實に話 を 進めよう 



130 



と 思 ふ。 或 夜、 わしの 戶 口の 呼 鈴が、 長く 荒々 しく 鳴らされた。 家事 まかな ひの 老^が 起きて、 

戶を 開ける と、 見知らぬ 人が 立って ゐる。 バル バラ (1,1) の 角^の 光の 屮に、 青銅の やうな 額 を 

して、 立派な 外 國の装 ひ をした 男の 姿が、 帶に 短刀 を さげて、 - むんで わるので ある。 老 は、 , 切 

め 恐し い I 湫 がした。 が、 其 見知らぬ 人 は、 彼女が 安心す る やうに W 事 を 告げて、 わしの 奉じて ゐ 

る 神聖な 職務に 關 して、 至^^^ゎしに會ひたぃと云ふことを述べた。 バ ルバ ラは 丁度 わしが 引 込ん 

だば かりの 二階へ、 其 5;- を 案.?: した。 彼 は 彼の 女主 人になる 或 贵.^ , 人が、 八/,: を 引取る ばかりの』 

ところで、 是非 牧師に 來て赏 ひたがって ゐ ると 云 ふこと を 話した。 そこで わし は、 何時でも 彼 上 

一し よに 行く と 答へ た。 そして 臨終と 塗 式に 必要な、 神 I れ, な:; ^ 々を携 へて、 . ^なぎで 二 ^を ドリ 

た。 と、 門の 外に は 夜の やうに mi い .ゅ1 が 二 匹、 焦 立た しげに 上 を 蹴って 鼻孔から 吐く 煙の やうな 

水 蒸氣の 長い 流に、 胸 を かくしながら、 立って ゐる。 其 Ef^ は 鋭 を 執って、 わしの- £1 に乘 るの を扶 

けて 〔- 犬れ た。 それから 彼 は 唯、 手 を 鞍の 前輪へ かけた 許りで、 ひらりと もう 一頭の .al にと び乘る 

と、 膝で 馬の 横腹 を 締めて 手綱 を 緩めた。 と、 は 忽ち 矢の 如く 走り出で たので ある。 作の. it に 

遲れ まいと、 共 男が 手綱 を 執って ゐた わし の^も、 (s を 飛んで 奔馳 する。 わし 達 は ひたすらに 途 

をん 「ふいだ。 大地 はわした ちの 下で、 靑ざ めた 灰色の 長い 縮の やうに、 後へ 後へ 流れて: U く。 木立 一 

の黑 ぃ影畫 は、 打 破られた 軍隊の やうに、 わした ちの.^ 左 を、 逃げて 行く やうに 见 える。 わし 達 

が 暗い 森 を 通りぬ けた 時には、 わし は 冷い 闇の 中に 迷信 じみた 恐怖から、 わしの 肉が むづ つく I 

を 感じた。 わし 達の 馬の 蹄 鐵に打 たれて、 石高 路 から、 迸る 明い 火花の 雨 は、 わし 達の 後に 火光 Q! 



131 



徑の 如く 輝いて ゐた。 此眞 夜中に、 わし 達 二人 を 見た 人が あったなら 11 わしの 案內 者と, Q しと 

. その 人 は 二人の 幽鬼が 夢魔に 騎 して 走る の だと 思った に 相違ない。 狐火 は 時々、 路の 行く手 

に 明滅して、 夜鳥 は 怖 しげに、 彼方の 森の奥で 啼き 叫んで ゐる。 其 森に は、 時として 山猫の 燐火 

を 放つ 眼が きらめく のさへ 見える ので ある。 馬の 靈は 益.' 亂れ、 汗 は 太 腹に p: つて、 っく,はも^?^^し 

に乂 苦しげ に 鼻孔 を:^ れ るが、 案 內の男 は 馬の 步 みの 綏 むの を 見る と、 殆ど 人間と は 思 はれぬ や 

うな、 不思議な 喉 昔 を 上げて、 叱 する。 すると 馬 は 叉、 元の やうに 無二無三に 狂奔す るので あ 

る。 遂に 旋風の やうな 競走が 起った。 多くの 輝いた 點が 開いて ゐる 大きな 黑ぃ 物が、 急に 眼の ル 1 

に聲 えた。 わし 達の 馬の 蹄 は、 丈夫な 木造の 刎 橋の 上に 前よりも 聲 高く 鳴り ひびいて、 二人 はや 

がて 一 一つの 巨大な 塔の 間に 口 を 開いた 大きな 弯藤 形の 拱 廊に馬 をす すめた。 城廓の 中 は 確に 一 種 

の 大きな 興奮に 支配され てゐ た。 II: 庭に は 松明 を 持った 從 者が 縱橫に 駅け 違 ひ、 頭の 上に は又燈 

. ^の 光が 階段から 階段へ 上下して ゐた。 わし は 此龙大 な 建築の 形 を、 混雜の 中に 赞 見す る 事が 出 

せりもち ^ん f しご 

來 たが 丸 柱 や 迫持の 廊下 や 階段 や 段梯ゃ —— それ は 誠に 魔法の 國 にも ふさ はしい、 堂々 とし 

た 豪奢の 趣 致と 楚 々 とした 優 魔の 風格と を 併せ 有し てゐる ものであった。 する と黑 人の 息從が 1 

—以前に クラ リモ ンド の チ帳を 持って 來た 男で ある、 わし はすぐ に それと 氣が附 いた —— わしの 

馬から 下りる の を手傳 ひに 來た。 それから、 黑 天鵞絨の 着物 を 着て 首に 金鎖 を かけた 家令 も、 象 

牙の 杖に よりながら わしに 會 ひに 出て 來た。 見る と 大きな 淚の 滴が 眼から 落ちて、 頰と 白, ぃ髯の 

上に 流れて ゐる。 



132 



「問に 合 ひませんでした。」 と 彼 は 悲し さう に 首 を 振りながら 叫んだ。 「il に 合 ひませんでした。. 靈 

魂 を 救 ふ 事 はお 出來 になり ませんでも、 せめて どうかい らしって お 通夜 をな すって 下さい まし。」 

彼 はわし の 手 を 執って、 死者の 室へ 案內 した。 わしの 泣いた の も 決して 此 老人に 劣らなかった 

であらう。 それ は 死者が、 クラ リモン ド其 人、 わしが あの やうに 深く あの やうに 烈しく 戀 して ゐ 

た クラ リモ ンド其 人だった 事 を 知った からで ある。 寢 床の 足の 方に は祈禱 机が 置いて ある。 

靑 銅の 酒 寝に 明滅す る 青い 光 は、 窒內を 朦朧と さした、 深秘な 光に みたして、 唯 暗い 巾に {豕 具 

や 軒 蛇^の 突屮 I した 部分 を、 其 處此處 に 時々 明く 浮き 屮:: さして ゐる" い:: い 子の 上に ある、 彫刻 を 施 

した 鹿の 屮に は、 一輪の 素 枯れた 白薔 藻が 生けて ある。 其 は 11 一 つ だけ 殘 つて ゐ たが —— ^ 

香の いい 淚の やうに 落ち 散つ. て、 鹿の 下に こぼれて ゐる。 壌れ た黑ぃ 面と 扇と 其 外 M 掛椅 子の 上 

に 置い て ある 様々 な扮 装の 道具 を 見ても 、「死」 が ^に 何の 案. 2: もな く此 if 魔 を 極めた 城廊に ii 人 

した 事が わかる であらう。 わし は寢 まの 上 を 見る に 忍びない ので 跪いた まま 「死者の 爲 の 讚美歌」 

を 謡し 始めた。 そして 烈しい 熱情 を 以て、 祌 がわし と 彼女の 記憶との 問に 境 墓 を 造って、 八/後 わ 

しが 祈禱 をす る 時に も 彼女の 名 を 永久に 「死」 によって 淨 めら れた 名と して、 n にし 5:: る やうに し 

て 下す つた 事 を 感謝した。 けれ 共、 わしの 熱情 は 次第に 弱くな つて、 わし は 思 はす ある 夢幻の 屮 

に陷 つてし まった。 一 體其室 は、 死人の-: 至らし い 所 を 少しも 備 へて ゐ ない 室であった。 わしが 通 

』 , / なまめ 

夜の il に g< ぎ なれた 不快な 屍 體の勻 の 代りに、 ものうい 東洋の 香料の 勻が —— わし は^いた 女の 

句が どんな もの だか 知らない ので ある —— 柔 に生溫 ぃ空氣 の 屮に漂 つて ゐる。 靑ざ めた f は:^ 體 



譯飜 



133 



の 傍に 黄色く 瞬く 通夜の 蟣燭の 代りと 云 ふより は、 寧ろ 淫 惑な 歡 樂の爲 にわ ざと 作られた 薄明り 

の 如く 思 はれる。 わし は、 クラ リ モンドが 永久に わしから 失 はれた 瞬 問に; 冉び 彼女 を 見る 事が 出 

來た、 不思議な 運命 を つくづくと 考 へて 見た。 そして、 殘り 惜しい 澳惱の 吐息が わしの 胸 を:^ れ 

て 出た。 其 時、 わしに はわし の 後で 誰かが 亦 吐息 をした やうに 思 はれた。 で、 振 返って 見た がそ 

れは、 唯 反響に すぎなかった。 けれ 共、 其 刹那に、 わしの 眼 は 其 時 迄 見る の を 避けて ゐた 死者の 

寢 床の 上に 落ちた。 刺繍の 大きな 花で 飾られた、 赤い ダマ ス コ の 帳が、 黄金の 房に くくられて、 

うつくしい 屍體を 見せて くれる ので ある。 屍體は 長々 と 横にな つて、 手 を 胸の 上に 合せて ゐる、 

したき か は ぎぬ 

眩 ゆい やうな 白い リンネルの 褻 衣に 掩 はれた の も、 掛 衣の 陰鬱な 紫と、 著しい 對照を 作って、 し 

ぢ あ A 

かも 地 合の しなやか さが、 彼女の 肉體の やさしい 形 を 何 一 つ 隱す所 もな く、 見る 人の 服 を、 美し 

い 輪廓の 曲線に 從 はしめ る —— 白鳥の 首の 如くに なよ やかな —— 其 輪廓の 持って ゐる璺 魔な、 優 

しさ は 「死」 すら も 奪 ふ 事が 出來 なかった ので ある。 彼女 はさながら 或 巧妙な 彫刻家が 女王の 境 墓 

の 上に 据 ゑる 爲に 造り上げた 雪花 石膏の 像 か、 或は 叉 恐らく は、 眠って ゐる 少女の 上に 聲 もない 

かけぎ ぬ 

雪が 一 點の 汚れ もない 掛衣を 織りで もした かの 如く 思 はれた。 

わし はもう、 力めて 祈禱の 態度 を 支へ てゐる 事が 出來 なくなった。 閨房の 空 氣 はわし を醉 はせ 

半ば 凋んだ 薔薇の 花の 熱 を 病んだ やうな 勻 はわし の 頭腦に 溶み 込んだ。 わし は 休みな く 彼方此方 

と 歩きながら、 步を轉 する 毎に、 屍體 をのせ た寢 床の 前に 佇んで、 其 透いて 見えさうな 經 帷子の 

下に、 橫 はって ゐる 優しい 屍の 事 を、 何と 云 ふ 事 もな く 想 ひ はじめた。 わしの 頭腦に は、 熟した 



134 



{4 ^想が 徂徠 して 來 たので ある。 わし は 彼女が 恐らく、 本當に 死んだ ので は あるまい と 忍った。 唯 

わし を此 城へ 呼び寄せて、 其戀を 打明ける 爲に、 わざと 死 を 装って ゐ るの だと m 心った。 そして わ 

し は、 同時に 彼女の 足が、 掛 衣の 下で 動いて、 少しく いて ある 1^ 报 子の 長い 眞 直な 線を亂 

したと さ へ 思った。 

それから わし はかう 自問した。 「これが 木 常に クラ リ モ ンド であらう か、 之:、、 い 彼女 だと 云 ふ 何ん 

な 證據が ある だら うか。 あの M (人の n^〕 從は 外の 〔な 广、 人に 赌 はれた ので はないだら うか。 この 様に 

獨 りで 苦しがって ゐて は、 屹度 わし は 氣が狂 ふのに 相 遠ない。」 けれども、 わしの 心 職 ははげ しく 

動 f: を 打ちながら、 かう 答へ る。 「之が 彼女 だ。 確に 彼女 だ。」 わし は. W び. お 棗に 近づいた。 そし 

て. 叫び 注意して、 疑 はしい 屍. 體を 凝視した。 ああ、 わし は 之 も. n 狀 したければ ならないで あらう 

か。 其す ぐれた 肉體の 形の 完全 さは、 「死」 の 影で 淨 めら れてゐ ると は 云へ、 常よりも 页に V ば 惑な 

感じ を 起さし めた。 そして 叉、 共 安息が 何人も 「死」 と は 思 はぬ ほど、 眠りに よく 似て ゐ るので あ 

る。 わし は、 此處へ 葬儀 を 勤めに 來 たと 云 ふ 事 も 忘れて しまった。 いや 寧ろ 花嫁の 岡へ は ひった 

花婿 だと 想像した。 花嫁 はしと やかに、 美しい 額 を 隱 して、 ^しさに^^^<を殘る|^たく拖はぅとし 

てゐ るので ある。 わし は 胸 も 裂けむ 許りの 悲しみ を 抱きながら、 しかも 物 狂 はしい X. 介 ぼ-」 に そそら 

れて、 恐怖と 快樂 とに をのの きながら、 彼女の 上に 身をかがめて、 經 幅-子の 端に f を かけた。 そ 

して、 彼女の 眠 を^ますまい と,::: 心 を ひそめながら 其 終 帷子 を 上げて 见た。 わしの 励 脈 は 狂 ほしく 

鼓動して 顳 額の あたりに は 蛇の 聲に 似た 昔が 聞え るかと さへ 疑 はれる。 汗が 額 から^の 如く 滴る 



譯飜 



135 



の も、 丁度 わしが 大きな 大理石の 板 を 接げで もした やうに 思 はれる ので ある、」 そして 其處 には實 

に クラ リモ ン ドが橫 はって ゐた。 わしの 得度の 日に 見た のと 寸分 も 違 ひなく 橫 はって ゐた。 彼女 

の 姿 は 其 時と 變 りなく 美しい。 「死」 も 彼女に とって は、 最後の 嬌態に 過ぎない ので ある。 靑 ざめ 

た 網つ やや 色の 褪せた 眷の 肉色 Y 其 白い 皮膚に 黑ぃ房 をう き 出させる 長い ま 毛、 其 等の 物が ル 彼 

女に 悲しい 貞淑と 心の 苦痛との 云 ふ 可らざる 妖艷 な容子 を與へ てゐ る。 来 だ 小さな 靑ぃ 花で 編 

はだかみ 

ん である 長い 亂れ髮 は、 彼女の 頭に まば ゆい 枕 を 造って、 其 房々 した 卷き毛 は、 裸身の 肩 を掩っ 

てゐ る。 聖麵 よりも 淸く、 淨ら かな 美しい 手 は 組合せた まま、 淸淨な 安息と 無言の 祈 禱とを 捧げ 

はだかみ 

る やうに、 胸の 上に のって ゐる。 未だ 眞珠の 腕輪 も 外さない、 裸身の 腕が 象牙の やうに つやつやと、 

まど 

圓 かな 肉 附 きを 見せて ゐる艷 めかし さに I 死後 さ へ も猶 —— 之の みが、 反抗の 意 を 示して ゐる 

ので ある。 わし は 長い間、 無言の 默 想に 沈んで ゐた。 すると、 見て ゐれば 見て ゐる 程、 わしに は- 

ともしび 

「生」 が こ の 美し い 肉體を 永久に 去 つたと 云 ふ 事が 信じられ なくな つ て來 た。 所が 燈 火の 光の 反射 

かそれ はわし にも 解らない が、 (彼女 はぢ つと 動かす に はゐる けれど) 其 命 の 無い 青ざめた 皮膚の 

下で は、 ー冉び 血液の 循環が 始 つた やうに 思 はれた。 わし は輕 くわしの 乎 を、 彼女の 腕の 上に If 払い 

て 見た。 勿論 それ は 冷かった。 が、 あの 寺院の 玄關 で、 わしの 手に 觸れた 時よりも 冷たく はない 

ので ある。 わし は 再び 彼女の 上に うつむいて、 溫 かな 淚の 露に 彼女の 頰を沾 した。 ああ、 わし は 

ぢ つと 彼女 を 見守りながら、 如何なる 絕望、 自棄の 苦悶に、 如何なる 不言の 懊 惱に堪 へなければ 

ならなかった であらう。 わし は 徒に わしの 生命 を 一 塊の 物質に 築めて それ を 彼女に 與 へたい と 思 



136 



つた。 そして 彼女の 冷 かな 肉體 に、 わし を 苛む 情火 を 吹き 人れ たいと 忍った。 が 夜 は 次第に _史 け 

て 行った。 わし は 永別の 瞬間が 近づ. くの を 感じながら も、 猶 わが 唯一 の戀 人なる 彼女の 臂に、 接 

吻を 印して ゆく:: 取 後の 悲しい 快樂 を、 棄 てる 事が 出來 なかった …… と 奇^なる かな、 かすかな. t 

吸 はわし の 呼吸に 交って、 クラ リ モンドの 口 は、 わしの 熱情に 溢れた 接吻に 塵 じたので ある。 彼 

女の 脱 は 開いて、 先き の 日の 輝き を-: 小して くれる.」 しかも 長い 吐- をつ いて、 組んで ゐた腕 を ほ 

どくと、 溢る るば かりの 悅びを 額に 現して、 わしの 頸 を 抱きながら 「ああ、 贵 方ね、 ロミュ アル"」 

と 眩いて くれる。 竪琴の 最後の 響の やうな、 懶ぃ 美しい 聲 である。 「何が 悲しい の。 絵り 長い 問 

貴方 を 待って ゐ たから 死んだ の だ わ。 けれど 私たち はもう 結婚の 約束 をした の だ わね。 もう 贵方 

に會 ひに も 行かれる わ。 左様なら。 &ミュ アル、 左様なら。 私 は 貴方に 戀 をして ゐる のよ.」 私の 

話したい 事 は それだけ なの。 贵 方の 接吻で 一寸の 問 かへ つて 來た命 を、 貴方に 返して あげ ませう 

ちき 

ね. - また 直にお 目に かかって よ。」 

彼女の 頭 は 垂れた。 腕 は猶、 わし を 引止める やうに、 わし を 抱いて ゐる。 其 時 ゆ じい 旋風が々. - 

に 直 を 打って 、室の 中へ は ひった。 すると 白 薪 藻の 最後の ー葩は 暫く 宽の 先で、 胡蝶の 羽の 如く 

ふるへ てゐ たが、 それから 楚を 離れて、 クラ リ モンドの 魂 をのせ たま ま、 明け はなした is;- から 外 

へ飜 つて 行って しまった。 と、 燈 火が 消えた。 そして わし は、 美しい 死人の 胸の 上へ: M を 失って 

倒れて しまったの である。 

正 氣に歸 つて 見る と、 ゎしは牧師館の小さな{^-の中にぁる,胺棗の上へ橫になってゐた。 先住の 



譯飜 



137 



老 犬が、 夜着の 外へ 垂れた わしの 手を骶 めて ゐる。 バ ルバ ラは 老年と 不安と で ふるへ ながら、 抽 

斗 を あけたり しめたり、 杯の 屮へ 粉藥を 入れたり して、 忙しく 窒の中 を 歩き ま はって ゐる。 が、 

わしが 服 を 開いた の を 見る と 彼女が 喜びの 叫 を 上げれば、 犬 も^え 立てて 尾 を掉 つた" けれども 

わし は 未だ 疲れて ゐ たので、 一 口 もき く 事 も出來 なければ、 身 を 動かす 事 も出來 なかった。 其 後 

はわし は、 わしが 微かな 呼吸の 外 は 生きて ゐる 様子 もな く、 此 IM で 三日間 寢てゐ たと 云 ふ 事 を 知 

つた。 其 三日間 はわし は 殆ど 何事 も 記憶して ゐ ない。 バル バラ は、 わしが 牧師館 を 出た 夜に 訪ね 

あかがね いろ 

て來 たのと 同じ 銅色の 顏の ei- が、 次の 朝、 戶を しめた 奥に のせて わし を 連れて 來て、 それから 直 

に 行って しまったと 云 ふ 事 を 聞いた。 わしが きれぎれな 考を思 合せる 事が 出來る やうに なった 時 

に、 わし は 其 恐し い 夜の 凡ての 出 來事を 心の中に 思 ひ 浮べた C わし は 初め 或 魔術 的な 幻惑の 犧牲 

になった の だと 思った が、 問 も 無く 夫れ でも 眞實な 適確な 事實 とする 事の 出來る 他の 事情 を 思 屮:: 

したので、 此考を 許す 事 も出來 なくなって 來た。 わし は 夢を見て ゐ たの だと は 信じられない。 何 

故と 云へば バル バラ も わしと 同じ やうに、 二 頭の 黑馬を つれた 見知らぬ 男 を 見て、 其 男の 形な り 

風采な り を、 正確に 細かい 所 迄 述べる 事が 出來 たからで ある。 其 癖、 わしが クラ リ モンドに" 冉會 

した 城の 様子に 合 ふやうな 城の、 此 近所に ある 事 を 知って ゐる者 も 一 人 も 無い。 

或 朝、 わし はわし の 室で 僧院 長 セラ ピオ ン にきった。 バル バラ も わしの 病 叙 だと 云 ふ 事 を 告げ 

たので、 急いで 見舞に 來て くれたの である。 急いで 來て くれたの は、 彼から 云へば わしに 對 する 

愛情 ある 興味 を證據 立てて ゐ るので あるが、 其 訪問 は、 當然 わしの 感す べき:^: さへ も與 へて く 



138 



れ なかった。 俗 院長 セラ ピオ ンは その 凝視の 屮に、 何處 となく 洞察 を恣 にす る やうな、 .;^ii: をし 

てゐる やうな 樣 子を備 へて ゐ るので、 わし は 非常に 間 が惡 かった" 彼と!^?ひぁってゐる丈でも、 

わし は 常 惑と 有罪の 感じ を 去る 事が 出來 ない ので ある。 一目 見て 彼 は、 わしの 心中の を 察し 

たのに 遠 ひない。 わし は 實に此 洞察力の 爲に彼 を 憎んだ のであった" 

彼 は 偽善者の やうな 優しい 調子で わしの 健康 を 尋ねながら、 絶えす 其 獅子の やうな 黄色い 大き 

な 服 を わしの 上に 注いで、 測深 錘の やうな 透視 を わしの 靈 魂の 巾に 投 人れ るので ある。 それから 

彼 は、 わしが どう 云 ふ 方針で 此敎會 IeC を 管轄す るか、 ここへ 來 てから 幸福 かどう か、 敎務 の餘暇 

を どうして 暮 すか、 此處に 住んで ゐる 人々 と 大勢 近附 きになつ たか、 何を讀 むの がー 桥好 きかと 

云 ふやうな 事 を、 數 知れす 尋ねた。 わし は是 等の 問 ひ を 出来る 丈、 短く 答へ たが、 彼 は 何時でも 

わしの 答 を 待た すに、 ないで 一 つの 問題から 一 つの 間 題へ 移って 行った ので ある.」 此會話 は、 彼 

が 實際云 はう として ゐる 事と は 何の 關係 もない のに 違 ひない。 遂に 彼 は 何の 豫吿 もな く、 r 庞共 

時 思 ひ 出した 知らせ を、 忘れす に 繰り返して おく やうに、 明晰な 聲で 4.^ にかう 云った」 其聲 はわ 

しの 斗に 最後の 藩 判の 喇叭の やうに 響いた ので ある。 

「あの 名高い 娼:^ の クラ リ モンドが、 丘 六日 前の 事、 八 曰 八 夜 緩いた 變婆の 終に とうとう 死んで 

しまった わ、 大した 非道な 事であった さうな" ベル サガ アルと クレオ パ トラの 變-ぽ に 行 はれた 1% 

惡が义 犯された と 云 ふ もの ぢゃ。 神よ、 ,Q し 達 は 何と 云 ふ 末 W: に 生きて ゐ るので ござらう" 客人 

二 上ば しゃべ 

たち は皆黑 人の 奴隸に 給仕 もして 貨っ たさうな。 其奴^ 共は乂 何やら わからぬ; l^i を 饒舌る、 わし 



mm 



139 



の 服に は此 世ながら の 惡魔ぢ や。 其 中の 一番 卑しい 者の 服で さへ、 皇帝が 祭禮に 着る 袍の 役に立., 

つ さうな。 此 クラ リモン ドに は、 始終 妙な 曙が あつたって。 何でも 女性の 夜叉 だと: K ふ ぢゃ。 

が、 わし は 確かに ビ イルゼ ハツ ブ だと 信じて ゐ るて OJ 

彼 は 話す の を 止めて、 恰も 其 話の 效果 を觀 察する やうに、 前よりも ー署、 注意 深く わし を見始 

めた。 わし は 彼が クラ リ モンドの 名 を 口にした 時に 思 はす 躍り 立た すに は 居られなかった。 そし 

て 彼女の 死の 知らせ は、 わしの 見た 其 夜の 景色と 符合す る爲 に、 わしの 胸 を 長 怖と 怏惱 とに 滿た 

したので ある。 其 長 怖と 懊惱と はわし が 出來る 限り カを堯 したに も拘ら す、 わしの 額に 現 はれす 

にはゐ なかった。 セラ ピオ ンは 心配 さうな、 嚴 格な 阵でぢ つと わし を 見た が、 やがて 云 ふに は 「わ 

し はお 前に 忠吿 せねば ならぬ て〕 お前 は 足 を つまだてて 奈落の 邊に 立って ゐ るの ぢゃ。 落ちぬ や 

うに 注意 をした がよ い。 惡 魔の 爪 は 長い わ、 墓 も あてに はならぬ 物ぢ や。 クラ リ モンドの 墓 は、 

三重の 封印で もせねば なるまい。 人の 云 ふの が 誠なら、 あの 女の 死ぬ の は 始めて では 無い さうな。 

神が お前 を 御守り 下されば よいが の、 口 ミュア ル。」 

かう 云って |5 院長 セラ ピオ ンは靜 かに 戶ロ へ 歩んで 行った。 わし は 其 時 一 一度と 彼に 會は なかつ 

た 。それ は 彼が 殆ど 直に S 11 へ歸 つたから である。 - 

わし は 全く 储廢も 恢復 すれば、 叉 日頃の 職務に 服す る 事 も 出來る 様になった。 が クラ リ モンド 

の 記憶と 老年の 惯 院長の 語と は 一 刻 も わし を 離れない。 けれども 格別、 彼の 氣 味の 惡ぃ豫 言 を實 

現す る やうな 大事 件 も 起らなかった ので、 わし は 彼の 掛念も わしの 恐怖 も、 誇張され たのに 過ぎ 



140 



ない と 信じる やうに なった。 すると、 ある 夜、 不思議な 夢を見た。 それ はわし が 眠る か 眠らない 

のに、 寢 床の 帳の 輪が、 鋭い 昔 を 立てて、 其 輪の かかって ゐる 棒の 上 をす べつた ので、 わし は 帳 

が n いたな とかう 思った。 そこで 素早く 肘 をつ いて 起き 上る と、 わしの 前に ぼ!^ 直に 立って ゐる女 

の 影が ある。 わし は 直に その クラ リ モンドな の を 知った。 彼女 は 手に、 墓の 屮に 1:^ くやうな 形 を 

した 小さな ランプ を 持って ゐる。 その 光に-!:^ された 彼 夂の指 は、 齊薇 色に すきと ほって、 それが 

亦 次第に 不透明な、 牛乳の やうに ぬい、 裸身の 腕に 溶け こんで ゐる。 彼ケの 憲てゐ るの は、 末期 

の 床の 上に 橫 はって ゐた 時に 彼女 を 包んで ゐた、 リンネルの 經 帷子で ある C 彼女 はこの 様に みす 

ぼらし い 衣服 を 纏 ふの を 恥ぢる やうに、 其 リンネルの g£ に 胸 を かくさう とした ものの、 彼^の 小 

さな 手 は 其 役に立たなかった。 彼女 は其經 帷子の 色が ラ ンプ の靑 ざめ た 光の 屮で 彼女の 肉の ei と 

1 つになる 程 いので ある。 彼女の 肉體の あらゆる 輪!: を 現す やうな、 しなやかな、 II 物に.^ ま 

れた 彼女の 姿 は、 生きた 女と 云 ふよりも 寧ろ 美しい 古の 浴み する 女の 大理石 像の やうに 眺められ 

る。 が、 死んで ゐる にせよ、 生きて ゐる にせよ、 石像に せよ 女に せよ、 影に せよ 肉體 にせよ、 彼 

女の 美し さは 依然として 美しい。 唯 遠 ふの は 彼女の 眼の 綠. 5- の 光が、 前よりも 輝かない のと 嘗て 

は 燃えた つやうな 眞 紅の:^ が、 今 は 其頰の 色の やうな、 微かな やさしい 蔡 色に 染 んでゐ るとの 

二つで ある。 わしが 前にぐ 湫の附 いた、 髮 にさして ある 小さな 靑ぃ花 も 八,' は 兄る 影な なく 枯れ 湖ん 

で、 殆どの こらす 葉 を ひつく して ゐ るが、 之 とても 彼女の 愛らし さ を 妨げる はない —— - 彼女 

は、 此 事の 性質が 不思議な のに も拘ら す、 又 わしの i 至へ は ひって 來た 様子が 奇怪な のに も關ら す、 



譯飜 



141 



暫く はわし が 何等の 恐怖 を も 感じなかった 程、 愛らしく 見えた ので ある。 , 

彼女 は ランプ を 卓の 上への せて、 わしの 寢 床の 後に 坐った。 それから わしの 上に 身をかがめて、 

銀の やう に^えて ゐる、 しかも 天鵞絨の やうに やさしく 柔 かい 聲で、 かう 云った。 其聲は 彼女 を 

除いて は 誰の 辱から も 聞く 事の 出來ぬ やうな 聲 である。 

「貴方 を隨分 長い間 待たせて 置いて ね。 口 ミュア ル、 私が 貴方の 事 を 忘れて しまったの だと 思つ 

たでせ う。 でも 私 は 遠い 處 から 來 たのよ、 それ はすうつ と 遠い 處 なの。 其處へ 行った 者 は 誰でも 

歸 つて 來た 事の 無い 國 なの。 さう かと 云って お日様で もお 月樣 でもない のよ。 唯、 空間と 影ば か 

り ある 處 なの、 大きな 路も 小さな 路 もない 處 でね。 踏む にも 地面の ない、 飛ぶ にも 空氣 のない 處 

なの。 それでよ く此 處へ歸 つて 來られ たでせ う。 何故と 云へば 戀が 『死』 より 强 いから だ わ。 戀が 

しま ひに は 『死』 を 負かさなければ ならない からだ わ。 まあ、 此處 へ來る 途中で、 何と 云 ふ 悲しい 

額 や、 恐し い 物 を 見た のでせ う。 唯 意志の 力 だけで 又此 大地の 上へ 歸 つて 來て、 體を 見附けて 其 

中へ は ひる 迄に、 私の 靈魂は 何と 云 ふ 苦しい 目に 遭った でせ う。 私を掩 つて 置いた 重い 石の 板 を 

擡げる 迄に、 何と 云. 4 苦勞 をし なければ ならなかった でせ う。 ごらんなさい、 私の 手の I 拳 は慯だ 

らけぢ やありません か。 手 を 接吻して 頂戴。 さう すれば 吃 度 癒る わ。」 彼女 は 冷い 手の 掌 を 代り 代 

り わしの 口に 當 てた。 わし は 何度と なく それ を 接吻した。 其 間 も 彼女 は、 溢る る 許りの 愛情の 微 

ゑみ , _ . 

笑 を もらして、 わし をぢ つと 見 戌って ゐ るので ある。 , 

わし は 恥しながら 白狀 する。 此時 わし は 僧院 長 セラ ピオ ン の 忠告 も わしの 服して ゐる 神聖な 職 



142 



務も 悉く 忘れて しまった c わし は 何の 抵抗 もせす に、 ー擊 されて 墮 落に 陷 つてし まった ので ある。 

クラ リ モンドの 皮膚の 新たな 冷 さは わしの 皮膚に 渗み 人って、 わし は は 慾の をのの きが、 全身 を 

通 ふの を 感ぜす に は ゐられ なかった C わしが 後に 見た 凡て の^が あるのに も 拘、, : す、 わし はヶも 

猶 彼女が 惡魔 だと は 殆ど 信じる 事が 出來 ない C 少 くも 彼女 は 何等 さう した 姿 を 示さなかった。 -^i^ 

糜が この 様に 巧に 其 爪と 角と を隱 した 事 は、 嘗て 無かった おに 相 遠ない。 彼女 は^を あげてお 臺 

ふち 

の緣に 坐りながら、 しどけ ない 媚に滿 ちた 姿 をして、 時々 小さた 乎 を わし S 髮の 巾に 人れ て は、 

どうしたら わしの 額に 似合 ふか を 見る やうに、 わしの 髮を 燃ったり 格いたり して ゐ るので ある。 

わしが、 iTM: の 深い 悅樂 に醉 つて、 彼女の 手に わしの 體を 任せる と、 彼女 は 又、 其 やさしい 戯れ 

と共に、 樂しげに種々な物:^^?をしてくれる。 しかも::: 取 も 驚くべき 事 は、 わしが 此樣な 不思議な 出 

來 事に 際會 しながら 何等の 驚異 を も 感じなかった と 云 ふきで ある。 丁度 =r タの屮 では 人が ど 3 様な 

空想的な 事件で も、 單 なる 事實と して受 人れ る やうに、 わしに も、 " だ 等の 事情 は 全く 自然で ある 

が 如くに 思 はれた ので ある。 

「贵 方に 會 はない すっと 前から 私 は 貴方 を 愛して ゐ てよ。 可愛い い n ミュ アル、 さう して 方々 探 

して あるいて ゐ たの だ わ。 贵方は 私の 愛だった のよ。 あの 時 あの 敎會で 始めて お R: にかかった で 

せう。 私、 直に 『之が あの人 だ』 つて 云った わ、 そ,^, から、 私の i5: つて ゐた 愛、 私の 八,' 持って ゐる、 

私の 是 から 先に 持つ と 思 ふ、 すべ て の 愛 を 籠め た眸で 見て 上げた の —— 其 眼で 兑れば どんな 大!^ 

正で も 王様で も家來 たちが 皆 見て ゐ る^で、 私の 足下に 跪いて しま ふの よ。 けれど 贵方 は: 个氣で 



譁飜 



143 



いらし つたわね、 ^より 神様の 方が いいって.」 

「私、 ほんた うに 祌樣が 憎らしい わ、 貴方 は あの 時 も 神様が 好きだつ たし、 今でも 私より 好きな 

のね。 

「ああ、 ああ、 私 は不仕 合せね、 私 は 貴方の 心 をす つかり 私の 有に する 事が 出來 ない のね。 貴方 

が 接吻で 生かして 下す つた 私. I 贵 方の 爲に 私の 門 を 崩して、 贵方を 仕 合せに して あげたい ばつ 

かりに、 命 を 貴方に 捧げて ゐる 私。」 

彼女の 話 は、 悉く 最も 熱情に 滿 ちた 撫 愛に 伴 はれた。 其撫愛 はわし の 感覺と 理性と を惱 ませて、 

わし は 遂に 彼女 を 慰める 爲に、 恐し ぃ瀆 神の. 言 を 放って、 祌を 愛する 如く 彼女 を: 愛する と 叫ぶ の 

さへ 憚らない やうに なった。 

すると、 彼女の 服 は、 1$ び 綠玉髓 の 如く 輝いた。 「ほんた う? ほんた うに? —— - 神様と;! じ 

位。」 彼女 は 其 美しい 胸に わし を 抱きながら 叫んだ。 「それなら、 贵方、 私と 一 しょに いらっしゃ 

る わね、 どこへ でも 私の 好きな 處へ ついてい らっしゃる わね、 貴方 はもう、 あの 醜い 黑丧 衣を投 

げすて ておし まひな さるの よ。 贵方は 騎士の, 中で、 一番 偉い、 一番 羨まれる 騎士に おなりになる 

のよ、 贵方は 私の 戀人だ わ。 法王の 云 ふ 事 さへ 聞かなかった クラ リ モンドの 晴れの 戀 人になる の 

だ わ-" 少し は 得意に 思 ふやうな 事ぢゃ あなく つて。 ああ、 美しい、 何とも 云へ ぬ 程 仕 合せな 生涯 

を、 うる はしい、 黃 金色の 生活 を、 二人で 樂む のね。 さう して、 何時 立つ の。」 

「明 i 日、 明日。」 とわし は 夢中に なって 叫んだ。 



「ぢゃ 明日に する わ。 其 問に 御 化粧 を かへ る 事が 出來 てね。 これで は 少し 潘着 だし、 旅 をす るに 

は を かしい わ。 それから、 私 を 死んだ と 思って 此上 もな く 悲しがって ゐ るお 友達に 知らせ を 屮:; さ 

なければ ならない わ。 お金に 着物に 馬車に —— ル I 支度が 出 來てゐ てよ。 私、 今夜と::! じ 時 剣に お 

尋ねす る わ。 さやうなら。」 彼女 は 輕く眷 を、 わしの 額に ふれた。 ランプ は 消えて、 帳が;: 儿の やう 

に閉 される と、 凡てが 义 暗くな つた。 と、 鉛, の やうな、 夢 も 見ない 眠りが わしの 上に サ がちて、 次 

の 朝 迄、 わし を 前後 を 忘れさせて しまったの である。 

わし は 何時もの やうに 朝 遲く服 を さました。 そして 其 不思議な 屮 I 來 事の 囘 想が 終日、 わし を 

した。 わし は 遂に それ を、 わしの 熱した 空想が 造った 露の やうな もの だと 思 ひ 直した。 が、 其感 

覺が餘 りに 澄柯 として ゐ るので、 其 事.; f3、、」 ない 事 を 信す るの は、 :in^ しく 困難であった。 そして わ 

しは來 るべき 事 實に對 する 多少の 豫感を 抱きながら、 凡ての 妄想 を拂 つて、 淸洋. な 眠り を 守り: 

はむ 事 を祌に 祈った 後に、 遂に 床に 就いた のであった。 わし は 直に 深い 眠り に^ちた。 そして, a 

と f. り キ- やう M '-. > J 

しの 夢 も 綾 けられた。 帳が W び 11 いて、 わし は クラ リモ ンドの 姿を见 た。 靑ざ めた 終 を靑ざ 

めた 身に 纏って、 頰に 「死」 の 紫 を 印した お 夜と は變 つて、 喜ばしげ に活々 して、 綠 がかった 藍色 

の 派 乎な 旅行 服の、 金の レ ー スで緣 をと つたの を 着て、 兩 脇を驗 ばせ た 所から は、 -縱子 ぞの 

ぞいて ゐる。 金髮の 房々 した 捲 毛 を、 いろいろな 形に 而. C く 機って ある 白い,::;! の 羽毛 をつ けた、 

^ 黑ぃ 大きな 羅紗の 帽子の 下から、 こぼして ゐる 彼女 は、 手に 金色の 呼^の ついた 小さな 鞭 を 持つ 

て、 輕 くわし を 叩きながら、 かう 叫んだ。 「さあ 、よく. おて ゐる方 や、 これが 贵 方の 御 支. V;- なの。 



iga.; 



145 



私、 貴方が もう 起きて 着物 を 着て いらっしゃ るかと 思った わ。 早くお 起きな さいよ。 愚圖々 々し 

ちゃ ゐられ ない わ。」 

わし は 直に 寢 床から とび 出した。 

「さあ、 着物 をき て 頂戴。 それから 出かけ ませう。」 彼女 は 一 しょに 持って 來た 小さな 荷 包 を 指さ 

しながら T 馬が 待 遠し がって、 戶 口で 轡を嚼 んでゐ る わ。 今時分 はもう 此處 から 三十 哩も 先き へ 

行って ゐる 普だった のよ。」 

わし は 急いで 着物 を 着た。 彼女 はわし に 着物 を 一 つ 一 つ 渡して くれた。 そして わしが どうかし 

て 間違へ ると 着物の 着 方を敎 へながら、 時に わしの 不器用な のに 呆れて は 噴き 屮:; してし まふので 

ある。 それが すむ と 今度 は 急いで わしの 髮を なでつけて くれる。 それ もす むと、 ヴ エネ チアの 水 

晶に 銀の 細工の 緣を とった 懷中鏡 を、 わしの 前へ 出して、 面白さう にかう 尋ねる。 「どんなに 見え 

ヴァレ K "ド* シャ ム ブル 

て? 私 をお 附 きに かかへ て 下す つて?」 

わし はもう、 何時もの わしで はない。 そして 自分で さへ これが 自分と は 思 はれない。 云 はば 今 

の わしが、 昔の わしに 似て ゐな いのは、 出來 上った 石像が、 石の 塊に 似て ゐな いのと 同じ 事な の 

である。 わしの 昔の 顏は、 鏡に 映った 今の 顏を 下手な 畫ェの 描き 崩した 肖像の やうに 思 はれた。 

わし は 美しい。 わしの 虚榮心 は此變 化に 心から そそられ すに は ゐられ なかった。 美しく 刺繡 をし 

た袍 はわし を 全く の^人に してし まった ので ある C わし は 或 型通りに 斷 つて ある 五六 尺の 布が わ 

しの 上に 加へ た變 化の 力 を、 驚嘆して 見 戌った。 わしの 衣裳の 精靈 は、 わしの 皮膚の 中に 渗み入 



146 



かど 

つて、 十分た つかた たぬ 中に わし はどう やら 一 廉の 豪華の 兒 になって しまった。 

比 新. 1 ^裳に!^ れ ようと m いって、 わし は 窒の屮 を 五六 度 歩いて 見た。 クラ リモン ドは 花の やうな 

て ぎ は 

夹樂を 味 ひで もす る やうに、 わし を 戌りながら、 さも 自分の 手際に 滿足 する らしく はれた— 

「さあ、 もう 遊ぶ のは澤 山よ、 口 ミュア ル、 これから 屮:: かける のよ。 私達 は 遠くへ 行かなければ 

ならない の だ わ。 さう して 遲れ ちゃ あいけ ない の だ わ。」 彼女 はわし の 乎 を 執って、 外へ 出た。 P 

と 云ふ戶 は、 彼女が 手 を ふれる と 忽ちに 開く ので ある。 わし 達 は 犬の 服 もさ まさす に^の 糊 を 通 

りぬ: b た。 

門口で わし は、 前に わしの 護衛兵だった、 あの 黒人の 蜃從の アル ゲリ トン を 見た。 彼 は 三 頭の 

馬の 轡を控 へて ゐる 11 三 頭 共、 わし を あの 城へ 伴れ て 行った 馬の やうに m) い。 一頭 はわし の爲 

一頭 は 彼の 爲、 一頭 は クラ リ モンドの 爲 である。 是 等の 馬 は、 西風の 神の 胎を うけた 牝馬が 生ん 

だと 云 ふ 西班牙 馬に 相違ない。 何故と 云へば 彼等 は 風の やうに いからで ある。 門 を 出る 時に r 

度 東に 上って 路上の, Q し 達 を 照した 明月 は戰 車から 外れた 車輪の やうに、 {4i 中 を 轉げま はって、 

右の 方、 稍から 桃へ 飛び移りながら、 息 を 切らして わし 達に 伴いて 來る。 間も無く 一行 はと ある 

平野に 來た。 其 處には 頭の 大きな 馬に 鬼 かせた 馬車が ー臺ー f 取の 木 藤に 待って ゐる。 で、 それ 

へ 乘り 移る と 今度 は 職 者が ぐ 4 違 ひの やうに-.^ 1 を 走らせる。 わし は 片手 を クラ リモ ンドの 肩に ま は 

して、 彼女の 片手 を わしの 乎に 執って ゐた。 彼女の 頭 はわし の 肩に i:^ れて、 わし は 牛ば 露した 彼 

女の 胸が 輕く、 わしの 腕を壓 する の を 感じる ので ある。 わし は此 様な 熾烈な 快樂を 味った 事 はな 



7 い。 其 問に わし は 凡ての 事 を 忘れて ゐた。 わしが 僧侶だった と 云 ふ 事を覺 えて ゐ るの も、 わしが 

1 母の 腹の 中に ゐた 事を覺 えて ゐ るのと 同じ 程に しか 考 へられなかった.〕 此惡 魔が わしの 上に かけ 

. た^ 惑 は、 是程 大きかった ので ある。 其 夜から わしの 性質 は、 或 意味に 於て 二等分され たやう に 

思 はれる。 云 はば わしの: 2: に 二人の 人が ゐて、 それが 互に 知らす にゐ るので ある。 或 時 はわし は 

自分が 夜になる と 紳士に なった 夢を見る 僧侶 だと 思 ふが、 叉 或 時には、 4s 侶に なった 夢を見て ゐ 

る 紳士 だと 思 ふ 事 も ある。 わし は 夢と 現 實とを 分つ 事 も出來 なければ、 何處に 現實が 始まり、 何 

處に 夢が 完る かさへ も 見出す 事が 出来なかった。 貴公子の 道 樂者は i|s 侶 を 馬鹿にす るし、 • 僧侶 は、 

貴公子の 放 を 篤る ので ある。 互に もつれ 合 ひながら、 しかも 互に 觸れる 事の ない 二つの 螺線 は、 

ふたお もて 

,e しの 此ニ 面の 生活 を、 遣憾 なく 示して ゐる。 しかし わし は、 此狀 態が 此樣な 不思議な 性質 を. 持 

つて ゐ るに も拘ら す、 一分で も氣違 ひになる 氣 など は 起らなかった。 わし は 常に、 思 切って 凝 刺 

とした 心で、 わしの 二つの 生活 を氣 長く 觀 照して ゐ たので ある。 が、 唯一 つ、 わしに も說 明の 出 

來 ない 妙な 事が あった 11 卽 ちそれ は 同じ 個人性の 意識が、 全く 性格の 背反した 一 一人の 人 問の 屮 

に 存在して ゐ たと 云ふ箏 である。 わしが 自ら、 G —— の 寒村の 牧師 補と 思った か、 クラ リモン. ト 

の. 肩書 附 きの 戀人、 ロム アルド ォ 閣下と 3 心った か、 どうか —— これが わしの 不思議に 思 ふ 一つの 

變則 なので ある。 

も 角 も、 わし はヴ H 二 スに 住んだ。 少 くも 住んだ と 信じて ゐた。 わしが 此幻 陸な 事實の 中に 

どれ 程の 幻想と 印象と が 含まれて ゐ るか を 正確に 發 見す るの は 到底 不可能で ある。 わし 達 は、 力 



148 



ナ レイ ォの邊 の、 壁畫と 石像との 澤山 ある、 大きな 宫 殿に 住んで ゐた、 それ は ー國の 王宮に して 

も、^ しくない やうな 宫 殿で、 わし 達 は 各.^ ゴンドラの 制服 を 着た バルカ リも、 昔樂窒 も、 御 抱 

への 詩人 も 持って ゐた。 殊に クラ リモン ドは、 大規模な 生活 を恣 にす るの が 常であった。 彼女の 

性格に はク レオ パ トラに 似た 何物 かが 潜んで ゐ るので ある。 わし はと 云 ふと 乂 王子の やうな 宫臣 

の 一列 を從 へて、 常に 大國の 四 福音 宣傳師 か 十二使徒の 一人と 一家で でも ある やうな、 畏敬 を以 

て迎 へられて ゐた。 わし は 大統領 を 通す ので さへ、 道を讓 らうと はしなかった。 魔王が 大國 から 

墮 落して 以來、 わしょり 傲慢不遜な 人 ii が此 世に ゐ たと は 信じられぬ。 わし は 又、 リ ドットに も 

行って、 地獄の ものと しか 思 はれぬ 運 を さへ 弄んだ。 わし は あらゆる 社會 の! _ 取 も 普 良な 部分 

沒 落した 家の 子供達と か 女 役者と か奸 inl な惡 人と か 俊 人と か 空 威張 をす る 人^と か II を歡 待し 

た。 そして 此樣な 生活に 沈湎 しながら も、 わし は 常に クラ リモン ドを 忘れなかった。 わし は赏に 

狂氣の やうに 彼女 を 愛して ゐ たので ある。 一人の クラ リモン ドを 持つ の は、 二十 人の 情婦 を 持つ 

のに も 均しい C 否、 あらゆる 女 を 持つ のに も 均しい。 彼女は其了^?-に、 無數の 容貌の 變化と 無数 

のき 新な 橋艷 とを藏 して ゐる —— .眞 に 彼女 は 女の カメ レ ォ ン である。 彼女 はわし の 愛 を ま 倍にし 

て 返し て^れた。 彼女の 求める の は 唯、 愛で ある —— 彼女 自身に よって 目醒 まされた、 淸 淨な靑 

春の 愛で ある。 しかも 其 愛は设 初の、 又 最後の 情熱で なければ ならない。 かくして わし も 常にに や 

福であった。 唯、 不幸な の は、 1 母 夜必す 魘される 時 だけで、 其の 時 はわし が 貧しい m 八-.:: の 牧師 怖 

になった 夢を見ながら、 晝 間の 洋樂を 悔いて、 喷 罪と 苦行と に 一身 を 捧げて ゐ るので ある。 わし 



149 



は、 常 は 彼女と 親しんで ゐられ るのに 安んじて、 わしが クラ リモン ドと 知る やうに なった 不 Hsi 

な 關係を 此上考 へ て 見ようと はしなかった。 併し 彼女に 關 する Is 院長 セラ ピオ ンの語 は、 ffir わ 

しの 記憶に 現れて、 わしの 心に 不安 を與 へす にはゐ なかった。 . 

其.^ に 暫くの 間 クラ リモ ンドの 健康が 平素の. やうに すぐれなかった。 顏の色 も 日に まし 青ざめ 

み たち 

る.。 醫師を 呼んで 診 せても、 病氣の 質が わからな いので、 どう 治療して いい か 見 當が附 かない。 

彼等 は 皆、 役に も 立たぬ 處方養 を 書いて、 二度目から は來 なくなって しま ふので ある。 けれ 共 彼 

女の 額 色 は、 著しく 靑ざ めて、 一 日 は 一 日と 冷くなる。 そして 遂に は 殆ど あの 不思議な 城の 記憶 

すべき 夜の やうに、 白ぐ、 血の 氣も なくなって しまった。 わし は此樣 に徐々 と 死んで ゆく 彼女 を 

見る に堪 へないで、 云 ふ 可から ざる 苦痛に 苛まれた が、 わしの 苦悶に 動かされ たので あらう、 彼 

ま つ コ 

女 は、 丁度 死なねば ならぬ 事 を 知った 者の 末期の 微笑の やうに、 悲しく 叉 やさしく、 わしの 顔 を 

見て ほほ 笑んだ。 

すぐそば 

或 朝、 わし は 彼女の 寢 床の 傍に 坐って、 直 側に 置いて ある 小さな 食卓で 朝飯 を 認めて ゐた。 そ 

れ はわし がー 分で も 彼女の 側 を 離れた くないと 思った からで ある。 で、 或る 架 物 を 切らう とした 

所が、 わし は 誤って 稍 深く わしの 指 を 傷け た。 すると 血が すぐに 小さな 鮮紅の 玉に なって 流れ出 

したが、 其 滴が 二 滴 三 滴、 クラ リ モンドに かかった と 思 ふと 彼女の 服 は 忽ちに 輝いて、 其顏 にも 

亦、 わしが 嘗て 見た 事の 無い やうな、 荒々 しい、 恐し い 喜びの 表情が 現れた。 彼女 は 忽ち 獸 の 如 

く輕 快に、 寢」 d£ から 躍り 出て —— 丁度 猿 か 猫の やうに 輕 快に i わしの 傷口に 飛びつ くと、 云 ひ 



150 



難い 偸 快 を 感じる やうに、 わしの 血 をす すり 始めた。 しかも 彼女 は靜 かに 注&) しつつ、 恰も 鑑定 

じ やうす 

上手が、 セレ ス ゃシラ キ ユウ ズ の 酒 を 味 ふやう に、 其 小さな 口に 何 杯と なく 吸って 飽かない ので 

ある。 と、 次第に 彼女の 臉は 達れ、 綠 色の 眼の 瞳は圓 いと 云 ふよりも、 寧ろ 精圓 になった。 そし 

て わしの 手に 接吻しょう として は、 口 を 離す かと 思 ふと、 叉 更に 幾 滴 かの 紅い 滴 を 吸 ひ 出さう と 

して、 わしの 傷: I に 其 唇 を あてる のであった」 血が もう 出ない の を 見る と、 彼女 は瑞々 した、 光 

の ある 服 を 輝かしながら、 五月の 朝よりも 寄 薇 色に 若 やいで、 身 を 起した。 颜は つやつやと 肉附 

いて、 手も溫 かにし めって ゐる 常よりも ー曆 美しく、 他-;^ も 八:' は 全く 恢说 して ゐ るので あ 

る 

「私もう 死なない わ、 死なない わ。」 悅 びに 半ば 狂した やうに わしの 首に 鎚 りつきながら、 彼女 は 

かう 叫んだ。 「私 はま だ 長い間 貴方 を 愛して あげる 事が 出來 てよ。 私の 命は贵 方の 有 だ わ。 私の 屮 

にある 物 は呰、 貴方から 来たの だ わ。 贵 方の 豐な贵 い 血の 滴が、 阯界 中の どの 不死の 藥 よりも 

難い、 力の つく 藥 なの。 その 血の 滴のお かげで 私 は 命 を 取 返した の だ わ。」 

此 光景 は 長い間、 わしの 記憶に 上って 來た。 そして クラ リ モンドに 對 する 不 出心議 な 疑惑 を わし 

に 起させた。 丁度 其の 夜、 陲 がわし を 牧師館に 移した 時に、 ゎしは^院長セラピォ ンが平^^5^^ょり 

は 一 -I 眞面 目な、 一 &nc つか はし さうな 顏 をして ゐ るの を 見た。 彼はぢ つと わし を 見つめて ゐた 

が、 悲しげに 叫んで 云 ふに は 「お前 は 靈魂を 失 ふ 丈で は飽 足りなくて、 肉 體をも 失 はう とする の 

かの。 見下げ果てた 奴め、 何と 云 ふ 恐し い 目にあ ふ もの ぢ や。」 彼の かう 云った 調子 は、 强 くわし 



譯飜 



151 



を 動かした。 が、 此 記憶の 鮮 かなのに も拘ら す、 其 印象 さへ 間も無く 消えて しまって、 數 知れぬ 

外の 心配が わしの 心から それ を 移して しまった。 遂に ある 夜 わし は クラ リ モンドが、 食事の 後で 

日頃 わしに すすめる を 常と した 香味 入りの 酒の 杯へ、 何やら 粉藥を 入れる の を 見て とった。 それ 

は 彼女が さう と は 氣が附 かすに 立てて 置いた 鏡に 映って 見えた ので ある。 わし は 杯 をと り 上げて、 

口へ 持って ゆく 眞似 をして、 それから、 後で 飮む つもりの やうに 手近に あった 家具の 上への せて 

置いた。 で、 彼女が 後 を 向いた 隙 を 窺って、 中の 酒 を 卓の 下へ あける と、 其 儘、 わしの 閨へ 退い 

て 床の 上に 橫 になった。 わし は 少しも 眠らす に、 此神祕 から 何が 起る か 氣を附 けて 見出さう と 決 

心した ので ある。 待つ 問 もな く、 クラ リモ ンド は、 寢衣を 着て は ひって 來た。 そして 寢 床の 上に 

上って わしの 傍に 横にな つた。 彼女 はわし が睡 つて ゐ るの を 確め ると、 わしの 腕 を まくって、 髮 

から 金の 留針 をぬ きながら、 低い 聲 でかう 眩き 始めた。 「一滴、 たった 一滴、 私の 針の 先へ 紅寶玉 

をた つた 一 滴 …… 贵方 はま だ 私 を 愛して ゐ るので すから、 私 はま だ 死なれません …… ああ 可哀さ 

やす 

うに、 私 は 美しい 血 を、 まつ 赤な 血を飮 まなければ ならない のね、 お休みなさい、 私の たった 一 

の寶 物、 お 眠み なさい、 私の 神、 私の 子供、 私 は 貴方に 害 をしょう と 思って はゐ なくって よ。 私 

は 唯、 貴方の 命から、 私の 命が 永久に 亡びて しま はない 丈の 物 を 頂く の だ わ。 私 は 貴方 を 愛して 

ゐ るので せう、 だから 私 は 外に 戀人 を抬 へて、 其 人の 血管 を 吸 ひ 干す 事に した 方が いいの だ わ。 

けれど 貴方 を 知って から、 私、 外の 男 は皆廠 になって しまったので, す もの …… まあ 美しい 腕ね、 

何と 云ふ圓 いの だら う、 何と 云 ふ 白い の だら う、 どうして 私 は此樣 な靑ぃ 血管 を 傷け る 事が 出來 



152 



るの だら ぅピ かう 眩き 乍ら、 彼女 はさ めざめと 淚を 流した。 其 時 わし は、 彼女が わしの 腕 を 執り 

ながら、 其 上に 落す 淚を 感じた のであった。 遂に 彼女 は 意 を 決して、 其留 針で 一寸 わし を 刺した。 

そして 其處 から 滴る 血 を 吸 ひ 始めた。 彼女 はほんの 五六 滴し か 飲まなかった が、 わしの 眼 を阪ま 

すの を 恐れた ので、 了 寧に 小さな 布で わしの 腕 を 括って くれた。 それから 後で 义傷を s:!: 藥で こす 

つて くれたので、 傷 は 直に 癒って しまった。 

もう 疑の 餘地 はない。 僧院 長 セラ ピ オンが 正しかった ので ある。 が、 此 積極的な 知識が あるに 

も拘ら す、 わし は クラ リモン ドを 愛する のを禁 する 事が 出來 なかった。 そして 立:: んで其 人工の 生 

. , 、 しかの みならす 

命を與 へる に 足る 丈の 血潮 を、 自ら 進んで 與 へようと 思った C 加 之、 わし は 殆ど 彼女 を 怖し く 

とりひき V- 

田4^ はなかった。 わし はわし の 血 を 一滴 づっ 取引す るよりも、 わしの 腕の 血管 を 自ら 剖いて、 彼女 

にかう 云って やりたかった。 「お飲み、 さう して わしの 愛 を わしの 血潮と 一し よに、 お前の g^- に说ぉ 

と 一よ 

透ら せて おくれ。」 わし は、 彼女が わしに 捲へ て くれた 魔醉の 酒の 事 や、 あの 針の 出來; 5^ に は、 

氣を つけて 一 一一 一一 a も それに 及ばない やうに した。 そして わし 達 は 最も 圓滿な 調和 を樂 しんで ゆく:? If 

が出來 たので ある。 

けれ 共、 わしの 沙門ら しい 優柔 は、 常よりも 一 肝、 わし を? 可み 始めた。 そして わし は、 わしの 

肉 を 苦しめ 制する 爲に、 何 か 新しい 聰 罪 を發 明す るの さへ、 想像す るに 苦しむ やうに なった。 ふ 

等の 幻 は 無 意志的な もので、 わし は實際 それに 關 する 何事に も與ら なかった がそれ でも 猶、 わし 

は事實 にせよ 夢幻に せよ、 此樣 な淫樂 に;. S れた 心と 不淨な 乎と を 以てして は、 到:.^ f:;^-^ の に々 斶 



譯飜 



153 



れる 事が 出來 なかった。 わし は 此懶ぃ 幻惑の 力に 壓 へられる の を 免れよう として、 先づ 眠りに 陷. 

るの を 防がう と 努力した。 そこで わし は 指で 臉を 開いて ゐ たり、 數 時間 も眞 直に 壁に 倚り 懸 つて 

ゐ たりして、 全力 を 振って 眠りと 戰 つて 見た ので ある。 けれ 共 睡魔 は絕 えす わしの 服 を 襲って、、 

凡ての 抵抗が 無駄に なった と 思 ふと、 わし は 極度の 疲 勞に堪 へす して、 兩腕を 力なく 下げた まま、 

再び 睡の 潮流に 樂 慾の 彼岸に 運ばれて 了 ふ。 セラ ピオ ンは、 峻烈 を 極めた 訓戒 を 加へ て、 嚴 しく 

わしの 意氣 地の 無い のと、 勇猛心の 不足な のと を 責めた が、 遂に 或 日、 わしが 平素より 一層 心 を 

苦しめて ゐ ると、 わしに かう 云って くれた。 「此 不斷の 呵責 を 免れる ことの 出來 るの は、 唯、 一 

策が ある 許り ぢゃ。 尤も 非常に 出た 策 だと 云 ふ 嫌 は あるが 役に は 立つ に 相違ない。 難病 は 劇藥を 

要する と 云 ふ もの ぢゃ。 わし は クラ リ モンドの 埋められた 處を 知って ゐ るし、 それに は あの 女の 

屍 を發 いて、 お前の 戀 する 女が どの やうな 憐な 姿に なって ゐ るか を 見なければ ならぬ。 さう す 

れば お前 も、 姐に 食 はれた、 塵になる ばかりの 屍の 爲に、 靈魂を 失 ふやうな 迷に は 陷らぬ やうに 

ならう。 此 策は必 すお 前 を 救 ふに 相違ない て。」 わし は此ー 一重 生活に 困憊して ゐ たので、 貴公子 か 

僭 侶 かどちら が 幻惑の 犧牲 だか を 確め 度い ばかりに 直に 之 を 快諾した。 わし は 全く わしの 心の 屮 

に ゐるー 一人の 男の 一 人 を、 もう 一 人の 利益の 爲に 殺す か、 又は 一 一人 共 殺す か、 どちら か 一 つに す 

る 決心で ゐた" それ は 此樣な 怖し い 存在 は續 けられる 事 も、 堪 へられる 事 も出來 なかった からで 

ある。 そこで 僧院 長 セラ ピオ ンは 鶴嘴と 挺と 角 燈とを 整へ て、 わし 達 二人 は眞 夜中に 場所 も 位置 

も 彼のよ く 知って ゐる —— の 墓地 へ 出かけた のであった。 暗い 角 燈の光 を 五六の 墓石の 碑銘に 向 



154 



けた 後に、 わし 達 は 遂に、 半 大きな 雜 草に 掩 はれて、 其 上 又 苔と 寄生植物 とに 侵された 大きな 板 

石の 前に 出た。 そして 其 上に、 わし 達 は 下の やうな 墓碑銘の 首 句 を 探り 讀む 事が 出來 たので ある C 

女性の 中の 最も 美しき 女性と して 

生ける 日に 譽 ありし 

クラ リモン ド こ そ此處 に 眠れ 

「確に 此處ぢ や。」 と セラ ピオ ンが眩 5 た。 そして 角燈を 地上に 置く と、 石の 端の 下へ 一 I の 先 を 押 

入れて、 其 石 を 擦げ 始めた e 石が 自由にた ると 彼 は 更に 寄生植物 を 取 除け にかかった) わし, H 夜 

こと-じ 

よりも 暗く, 夜よりも 更に 語な く、 傍に 立って、 ぢ つと 彼のす る 事 を 見 戌った。 其 間に 皮 は 其^ 

修な勞 働に 腰 を かがめて、 汙 に ぬれながら 喘いで ゐ る-」 わしに は 彼の 苦し さう に 吐く,:::) が、 末期 

の 痰の つまる 昔の やうな 調子 を 持って ゐ るかと 疑 はれた。 それ は眞に 幽怪な 光景であった〕 外 か 

ら 誰でも わし 達 を 見る 人が あったなら、 其 人 はわし 達 を 神の 僧侶と 思 ふより は 寧ろ? 潔 神 oill! か 

經 帷子 を盜む 者と 思った に 相違ない。 セラ ピ オンの 熱心に は、 執拗な 酷烈な 何物 かがあって、 そ 

れが 彼に 天使と か 使徒と か 云 ふ ものよりも 却って 邪鬼の 形相 を與 へて ゐた C 其 大きな、 鷲の やう 

な顏 は、 角燈の 光で、 鋭い 浮彫り を 刻んで ゐる C 峻厳な 目鼻立ち と共に、 不快な 空想 を 誘 ふやう 

な、 恐る 可き 何物 か を 有して ゐ るので ある C わし は 氷の やうな 汗が 大きな になって わし 額に 

湧いて 来たの を 感じた。 わしの 髮は 恐し い 畏怖の 爲に よだって ゐる C わしの 心の底で は、 辛辣な 

セラ ピ オンの 行が、 憎むべき 神聖 冒漬の 如く 感じて ゐる。 わし は、 頭上に 油然と れてゐ るれ; や 一一" 



5 の內臟 から、 火の 三戟 刑具が 进り 出で て、 彼 を 焦土と する やうに 祈禱 しょうか とさへ 思って ゐた, 

1 絲 杉に 宿って ゐた梟 は、 角燈の 光に 驚いて、 時々 それに 飛んで 來る。 しかも 其 度に 灰色の 翼で 角 

燈の 硝子 を 打って は 悲しい 慟哭の 叫び 聲を 揚げる ので ある。 野 狐 は 遠い 闇の 中に 鳴き、 數 千の 不 

お のづ か 

吉な 物の 響 は、 沈默の 中から 自ら 生れて 來る。 遂に セラ ピ オンの 鶴嘴 は、 柩を 打った。 其 板に 11 

れた響 は、 深い 高い 音 を、 打 たれた 時に 「無」 が發 する 戰搮 すべき 昔 を、 陰々 と 反響した。 それ か 

, ら彼は 柩の藎 を损ぢ はなした。 わし は 其 時 クラ リ モンドが 大理石 像の やうに 靑 白く、 雨 手 を 組ん 

ひだ 

でゐ るの を 見た。 彼女の 白い 經 帷子 は、 頭から 足 迄た だ 一 つの 襞 を 造って ゐる。 しかも 彼女の 色 

褪せた 脣の 一角に は、 露の 滴った やうに、 小さな 眞 紅の 滴が きらめいて ゐ るので ある。 之 を 見る 

と、 セラ ピ オンの 怒氣は 心頭に 上った。 「ああ、 此處に 居った な、 惡魔 めが、 不淨 な寶婦 めが、 黄 

金と 血と を 吸 ふ 奴め が。」 彼 は 聖水を 屍と 柩の 上に 注ぎ かけて、 其 上に 水 刷毛で 十字 を 切った。 憐 

4£- りひ ぢ 

む 可き クラ リモン ドは、 聖 水が かかる と共に、 美しい 肉體も 忽ち 塵 土と なって、 唯、 形 もない、 

恐し い 灰燼の 一 塊と、 半ば 爛壤 した 腐 骨の 一 堆 とが 殘 つた。 

「お前の 情人 を 見る がよ い、 II ミュ アル 卿。」 決然と して 僭 院長 は此 悲しい 殘骸を 指さしながら、 

叫んだ。 r 是 でもお 前 は、 お前の 戀 人と 一 しょに、 リド ォゃフ シナを 散歩し ようと 云ふ氣 になる か 

の。」 わし は、 無限の 破滅が わしに ふりかかった 様に、 兩 手で 顏を隱 した。 わし はわし の 牧師館へ 

m 歸 つた。 クラ リ モンドの 戀 人口 ミュ アル 卿 も、 今 は 長い間 不思議な 交際 を 綾け てゐ た、 憐れな 僧 

P 侶から 離れて しまったの である。 が、 唯一度、 其 次の 夜に わし は クラ リモ ンドに 逢った。 彼女 は、 



敎會の 玄關で 始めて わしに 逢った 時に さう 云った やうに T 不仕 合せな 方ね、 何 をな す つ た?」 と 

云 ふので ある。 「何故、 あの 愚かな 牧師の 云 ふ 事 をお ききなす つたの? 仕 合せ ぢゃ なかって? 

私が 貴方に 何 か 惡ぃ事 をして? それ だのに 贵方は 私の 墓 を發ぃ て、 私の 何もない みじめ さ を 人 

目に お曝しな すった のね。 私たちの、 靈 魂と 肉體 との 交通 はもう 永久に 破られて しまった のよ。 

さやうなら。 それでも 貴方 は 吃 度 私 をお 惜 みになる わ。」 彼 .i;- は 煙の やうに ^41; 中に 消えた" そして 

わし は 一 一度と 彼女に 會 つた 事 はない。 

ことば 

ああ、 彼女の 語 は 正しかった。 わし は 一度なら す 彼女 を惜ん だ。 いや 今 も 彼女 を W んでゐ る。 

わしの 靈 魂の 平和 は、 高い 代 惯を拂 つて 始めて 贈 (ふ 事が 出來 たので ある。 神の愛 は 彼女の やうな 

愛 を 償って 餘り ある 程 大きな もので はない。 兄弟よ、 之が わしの 若い 時の 話な の だ。 忘れても 女 

の 顔 は 見ぬ がいい。 そして 外へ 出る 時には、 何時でも 視線 を 地に おとして 牛〉 くがいい。 何故と- バ 

へば、 如何に 信心ぶ かい、 慎みぶ かい 人 問で も、 一瞬 問の 誤が、 永遠 を 失 はせ るの は 容爿タ だから 

である。 

(大正 四た ヰ) 



1 バ バ ベ ッ クと 婆羅門 行者 



まち 

私が 饭 河の 岸に ある、 婆羅門の 本 地、 ペナ アルの 巿にゐ た 時の 事で ある。 私 は 骨を析 つて、 い 

ろい ろの 事 を 知らう とした。 私に は 印度 語が 可也よ くわ かる。 そこで 私は澤 山の 事に 耳を價 け、 

あらゆる 事に 注意 を拂 つた。 私が 宿 を 定めた の は、 私が 前に 手紙 を 交換した 事の ある ォムリ と 云 

ふ sf- の 家で ある。 私 は ォムリ 程、 立派な 人間に は 遇った 事がない。 この 男 は 婆羅門 敎の 信者 だつ 

た。 が、 私 は囘敎 徒た る 名譽を 有して ゐる。 しかし 我々 は マホメットと 婆羅吸 摩との 問題で、 爭 

論した 事な ど は 一度 もない。 我々 は坊離 をと る 丈 は 別々 にした が、 その外 は 兄弟の やうに 同じ 果 

物の 汁を飮 み、 同じ 皿の 飯 を 食った。 

或 日、 我々 は 一し よに 毗瑟拏 の 塔へ 行った。 すると そこに は、 幾 群 かの 婆羅門 行者が 控 へて ゐ 

る。, その 或 者はジ アン ギス であった。 と 云 ふの は、 P ハ 想に 一身 を 捧げて ゐる 婆羅門 行者と 云 ふ 事 

である。 叉 或 者 は 古の 赤 脚 仙の 弟子た ちで、 これ は 活動的な 生活 を營 んでゐ た。 彼等 は 誰でも 知 

^ つて ゐる 通り、 最も 古い 婆羅門が 使って ゐた、 むづ かしい 語 を 心得て ゐる。 さう して この 語で 書 

いた、 吠 £ と 云 ふ 本 を 持って ゐる。 吠陀は 勿論 亞細 亞. 全土で、 最も 古い 書物で ある。 ゼン ダヴェ 



スタ でさへ も、 その 點 では、 ^陀の 右に 出る 事 は出來 ない C 

私 はこの 本 を讀ん でゐる 一 人の 婆羅門 行者の 前 を 通りかかった。 すると その 男が 叫ぶ に は、 一, あ 

あ、 何と 云 ふ ひどい 奴 だ。 お前 は 己が 數 へて ゐた 母音の 數を 忘れさせて しまったな。 その 御 かげ 

で、 己の 靈魂は tl 鵡の體 へ はいる 代りに、 今度 は 兎の 體へ 行かなければ ならない ぞょ。 己 はもう 

確に 11 鵡の體 へ はいる もの だと 思 ひこんで ゐ たの だが。」 

そこで 私 は その 男に 一 ル ゥピィ やって、 機嫌 をと つた。 それから 义數歩 先へ 行く と、 今度 は不 

幸に も 嚏が 出た。 その 噻で nil を覺 ましたの は、 恍惚 狀 態に はいって ゐた 一人の 婆羅門 行^で ある。 

すると その 男が 喚く のに は、 

「己 は 何 處にゐ るの だ。 己 は 何と 云 ふ 恐し い 墮ち方 をした の だ。 已 はもう r しの 鼻の 先 を 見る 事が 

出來 ない。 天上の 光 も 消えて しまった。」 

「もし 私の せゐ で、 とうとう 君の 鼻の 先が 見えない やうに なった と 云 ふの なら、 ここに 一 ルゥピ 

つ ぐな 

ィ あるから、 これで 私の 仕損じ を 償って くれ 給へ。 さう して 君の 天上の 光 も 恢復す る やうに ね。」 

私 はかう 云った。 

かう していろ いろ 氣を使 ひながら、 難儀の 場所 を 切りぬ ける と、 私 はやが て 赤 脚 仙た ちの ゐる 

所へ 來 かかった。 すると そこに ゐた 連中の 或 者 は、 私に ひどく 綺麗な 小さい 釘 を 持って 來て くれ 

S た。 これ は 婆羅吸 摩の 爲に、 私の 腕 や 腿へ その 釘 をつ き 通せと 云 ふので ある。 私 は その 钉を 買つ 

5 じゅうた リ 

て、 後で 絨毯 を 止める のに 使った。 それから 又、 中には 逆立ち をしながら、 踊って ゐる 奴が ある。 



譯飜 



159 



ゆるんだ 綱の 上 を 渡って、 轉 がり 落ちる 奴が ある。 片 脚で 絕 えす 跳ねて ゐる 奴が ある。 鎖 を ひき 

すって ゐる 奴が ある。 荷鞍 を 背負って ゐる 奴が ある。 頭へ 析を かぶって ゐる 奴が ある。 が、 これ 

らの 連中 は、 皆 その 道徳が 高い と 云 ふ 名譽を 持って ゐる。 私の 友 だち の ォムリ は、 私 を かう 云 ふ 

哲學 者た ちの 中で、 一番 有名な 一人の 小 家へ つれて 行って くれた。 それ はババ ベックと 云 ふ 名の 

男で ある。 この 男 は 猿の やうに 眞 裸で、 頸の ま はりに 大きな 鎖 を さげて ゐた。 目方 はどうしても、 

六十 磅 以上 あるに 相違ない。 それから 坐って ゐ るの は、 木造の 椅子で、 その上に は 尖った 小さな 

釘が、 ちゃんと 綺麗に 植 つて ゐる。 だから この 男の 尻 は 釘に 刺されて ゐる訣 だが、 見た所 はまる. 

で 天鵞絨の 蒲團に 坐って ゐる ものと しか 思 はれない。 大ぜ いの 女 は 皆 家庭 上の 事で 御 託宣で も 聞 

くやう にこの 男の 所へ 相談に やって 來る。 して 見る と、 最高の 名譽を 博して ゐ ると 云 ふ 事 は、 ど 

ぅも噓 ではない らしい。 私 は そこで、 ォムリ が この とした 重大な 問答 を 耳に した。 

「先達、 あなた は 私の 靈 魂が 七生の 試 鍊を經 た 後で、 私 は 婆 羅 吸 摩の ゐる 所へ 行かれる と 御 思 ひ 

です か。」 かう ォムリ が 云った。 

「それ はお 前の 生活の 仕方 次第 だ。」 かう 婆羅門 行者が 答へ た。 

「私 は 善い 市民に なり、 善い 夫に なり、 善い 父親に なり、 善い 友人に ならう として、 努力して ゐ 

ます。 私 は 金持ちに は 入用の あり 次第、 無利子で 金 を 貸して やります。 貧乏人に は それ も 唯で く 

れて やります。 それから 又 近所の 人と は喧曄 など をした 事が ありません。」 

「お前 は n 仇へ 釘 を 打ち こんだ 事が あるか。」 



160 



「いえ、 先達。」 

「それ は殘念 だな。 お前 はきつ と 第 九天へ はは いれまい。 重々 氣の毒 だが。」 

「よろしう ござります。 私 は 私の 運命に 全く:^ ん じて 居ります。 輪廻 を 終る に 私の 義務 を し 

て、 最後に 天上に 迎 へられる ので ございましたら、 第 九天に せよ、 第 十二" 大 にせよ、 そんな 事 は 

毛頭 私 はかま ひません。 この f で 正直な 人 問と なり、 婆羅吸 摩の 國で 幸福に なると 致しましたら- 

それでもう 十分で は ございま せんか。 ババ ベック 先達、 あなた は 釘と 鎖と で、 ー體^ 何. 人に か 

うと 思って いらっしゃる のです。」 . 

「第三 十五 天 へ 。」 とバ バ ベ ッ ク が 答 へ た。 

「私より 高い 所へ 住みたい と は、 あなた も 可笑しい 方です ね。 その 御望 は 唯 法外な 野心から 出て 

來 るので す。 あなた はこの 世で 名譽を 求める 者 を 御 叱りになる。 では 何故 あなた は あの 骨で、 御 

自分から そんな 大した 名 譽を御 求めになる のです。 その上 あなた は 一 體何を 常にして、 私より 善 

い 取 极ひを 受ける と 御 思 ひになる のです。 失禮 ながら 中し 上げます が、 私 は 十 n の. T に、 あなた 

が 尻に 打ち こむ 釘の 十 年 問の sla^ より は、 もっと 髙ぃ施 I を 出して 居ります。 あなたが 裸で、 

鎖 を 頸へ まきつけて、 1=: を暮 して ゐた 所で、 それが 婆羅吸 摩に は 何に なり ませう。 さ-つして あな 

たの 御 國に御 仕へ になる に は、 誠に 結構な なさり 方です ね。 私 はかう 思 ひます。 鍋 菜 を^いたり 一 

木を梳 ゑたり する 人の 方が、 鼻の 先 を. r:^ つめたり、 荷鞍 を かついだり してまで も靈 魂の 尊 さを兑 

せようと する あなた や あなたの 御 仲 11 を 皆 一 まとめに したより は、 どの位 立派 だか わからない 位 



鐸飜 



161 



です とね。」 

かう 云って、 ォムリ は 慰めたり、 赚 したり、 說 きつけた りした 揚句に、 やっと ババ ベック を勸 

誘して その 時 その 場 かぎり 釘と 鎖と は緣を 切る 事に してし まった。 それから こ の 婆 gia^TJ ,者 を 

自分の 家へ つれて 來て、 地道な 生活 を 送らせた。 先 この をよ く 洗って やって、 次に 香水 を 豐,^ 

へ もみ こんで やり、 最後に ちゃんと 相當な 着物 を 着せて やる。 そこで ババ ベック ま 二 まかり 

の IT 完く正 當な暮 し 方 をした C さう して 前より は 百倍 も 幸福 だと 白狀 した。 が、 人民 P 言 用 は 

すっかり 失って しまったので、 女た ち も 二度と 相談に はやって 来ない。 ババ ベック は その 爲に、 

ォムリ の 家 を 去って、 もう 一度 釘 を 尻へ 刺す 事に なった。 名聲を 恢復し ようと 云 ふつ もりで。 

(大正 七 年 五月) 



162 



oscal- Wilde 

今や 闇路の 上に 來れ り。 

その 時 アリマ シ ャのジ ヨセフ は 松の木の 松明 を 燃やし 丘より 下りて 谷に 人り ぬ。 

そ は 彼が 家に なすべ き 事 ありし 故な り。 

rts, の 谷」 なる 燧石 のちり ほ へ るに 跪きて、 彼 は 人の 若者の 裸に て 泣ける を 見たり 

其の 髮は 蜜の 色 をな し、 

そが 體は 白き 花の 如くな りき。 

され ど 彼 荊 もて 體を 傷け、 

髮をも 亦 王冠の 如く 灰に まみら せたり。 

家 豊かなる ァリ マ シャは 裸に て 泣ける 若者に 云 ふやう、 

「我衝 が 悲しみの 大 なる を 怪します、 そ は眞に 『彼』 は義 しき 人な りし 故な り。」 



譯飜 



163 



若者 答へ ける は 「我が 嘆く は 『彼』 が爲 ならす。 我 自らの 爲 なり。 

われ 亦 水 を 化して 葡萄酒と なし、 

われ 亦痴を 病む 者の 機み を 癒し、 

われ 亦 盲し 者の 服 を 開かし め、 

われ 亦 水の 上を步 み、 

われ 亦塌 穴の 中に 住む 者より 惡 鬼を逐 ひ、 

われ 亦 食な き 砂漠に 饑ゑ たる 者 を 飽かしめ、 

われ 亦 死せ る 者 を そが 狭き 家より 立た しめ、 

われ 亦 人み なの 群れた る 前に 實 なき 無花果の 木 を 呪 ひして^ ましめ つ、 

され ど 人々 の われ を 十字架に かけんと せざる はいかに。」 

弟子 

ナァシ ッサス のみ まかりし 時、 

そが 快 樂の泉 は 甘き 水の 杯より 化して 鹹き淚 の 杯と なりぬ。 

されば 木精 ら森 しげき あたり を 嘆き もと ほりぬ。 

彼が 潦の 甘き 水の 杯より 鹹き淚 のさ かづきに 化せし を 見て、 

そが 髮の みどりなる 花た ば をみ だし、 . 



164 



泣く _れ く 云 ひける は 

1 ま Z 

「うべ 爾 がかく ナァ シッサ ス をいた むこと 彼 さ こそ 美し かりし か。」 • 

「され どナァ シッサ スは 美し かりし や。」 と 涼 云 ふ。 

木精ら 答 ふらく . 

、 ま し 

「孫に まして 誰かよ くそ を わき ま へ ん。 . 

彼歷. 'われらが 傍 をよ ぎりつ、 

され ど 雨が もとへ は、 

彼い まし を もとめて 來る なり。 

彼爾 のきし に 伏し、 

レ まし 

爾 を見ド ろし、 

いまし 

爾の 水の 鏡に 己が 美し さ をう つし 見つ。」 

涼の 答へ ける は 

「されば われ ナァ シッサ スを 愛せし は、 

彼が わがき しに 伏し、 

われ を見ド ろす 時、 

われ 彼が 服の 鏡に うつれる、 

われみ づ からの 美し さ を 見 たれば ぞ^とよ。 . (大正 九 年 十 一 月〕 



譯 31 



165 



パステル の 龍 

これ は 上海 滞在中、 病 間に 譯し たもので ある。 シムボ リズムから イマ ジズム に 移って 行った、 

英佛の 詩の 變遷 は、 この 二人の 女 詩人の 作に も、 多少 は 窺 ふ 事が 出來 るか も 知れない C 名高い ゴ 

ォテ イエの 娘さん は、 カテュ ウル. マン デスと 別れた 後、 Tin-hln-Liug- と 云 ふ 支那 人に 支那 語 

ダど 習った さう である。 が、 李 太白 ゃ杜少 陵の 譯詩を 見ても、 譯 詩と はどう も 受け取れない。 まづ 

八 分まで は 女史 自身の 創作と 心得て 然るべき であらう。 ュ ニス. ティ ツチ H ンズ はすつ と 新し ハ。 

これ は實際 支那の 土 を 踏んだ、 現存の 亜米利加 婦人で ある。 日本で は H ミィ • ロォゥ エル 女史が 

有名 だが、 ティ ツチ H ンズ 女史 も 庸才で はない。 女史の 本 はニ册 ある。 これ は 一九 一七 年に 出た、 

1 1 腊 目の PROFILES FRCg CHINA から 譯 した。 譯は いづれ も 自由 譯 である。 

. 可お 

/ 、フ 

Judith Gautier . 一 



166 



滿月は 水より 出で、 

しろがね J 

海 は 銀の 板と なりぬ , 

さ-. V つき 

小舟に は、 人々 蜜 を 干し 

月明りの 雲、 かそけ きを 見る 

山の 上に 漂 ふ 雲。 

人々 あるひ は 云 ふ、 — 

今 J さ.^ J 

皇帝の 白衣の 后と、 . 

あるひ は 云 ふ、 1 . 

天翔る 鶴の むれと。 

陶器の 亭 

11 同上— 

みづ うみ 

人工の 湖の なか 

綠と靑 と、 陶器の 亭 一 つ。 



. かよ ひぢは 碧玉の 橋な り 

^ 橋の 反り、 虎の 背に 似つ 

亭 中に、 綵 衣の 人ら。 

涼しき 酒、 盃に 干し。 

. 物語り 又は 詩つ くる、, 

高々 と 袖 かかげつつ、 

のけ 樣に帽 頂きつつ。 

.KJ のなか、 

明かに うつれる 橋 は 

碧玉の 三日の 月め き、 

綜 衣の 人ら 

. さか V; ま ,- fc 

. 逆 際に 酒の める 見 ゆ 

陶器の 亭の もなかに。 

: 



夕明り 

! Eunice GTietjens 

乾いた 秋の 木の葉の 上に、 雨が ばらばら 落ちる やう だ。 美しい 狐の 娘さんた ちが、 小さな 足音 

を させて 行 くの はレ 

洒落者 

. 1 同上 11 

彼 は綠の 緒の 服 を 着ながら、 さも えら さう に 歩いて ゐる。 彼の 二 枚の 上着に は、 毛皮の^ がと 

/ヽ *. リ * つ くる, -j^ レ 

つて ある。 彼の 天鵞絨の 靴の 上に は、 裤 子の 裾を卷 きつけた、 意 氣な臉 が 動いて ゐる。 ちらちら 

と 夬さ うに。 

彼の 爪 は 非常に 長い。 

朱 君 は 全然 流行の 鏡と も 云 ふべき 姿で ある! 

3 その 華奢な 片手に は、 11 これが 最後の 御定り だが、 11 竹の 鳥籠が ぶらついて ゐる。 その 中 

1 に は 小さい 茶色の 鳥が、 何 il すで も 驚いた やうな 額 をして ゐる。 



169 



朱 君は寬 淵な 微笑 を 浮べる。 流行と 優しい 心、 と、 この 二つ を 二つながら、 滿 足させた 人の 微 

笑で ある。 

鳥^ 外出が 必要で はない か? 

乍 寺 W 

^ ま p ん少 

11 同 上 11 

ふ ち り 

二人の 宮人 は 彼の 前に、 石竹の 花の 色に 似た、 組の 屏風 を 開いて ゐる。 一人の 嬪妃は 跪きな が 

ら、 彼の 砥を 守って ゐる。 その 時泥醉 した 李 太白 は、 天上 一片の 月に 寄せる、 激越な 詩 を 屏風に 

書いた。 . 

. (大正 十一 年 一月) 



170 




一 アダムと イクと 

小さい 男の子と 小さい 女の子と が、 ァダ ムと イヴとの 畫を 眺めて ゐた。 

「どっちが アダム で どっちが イヴ だら う?」 

さう 一人が 言った。 . . , 

「分らない な。 着物 着 てれば 分 るんだ けれども。」 , 

他の 一 人が 言った。 (Butler) 

二 牧歌 

わたし は 或 南 伊太利 亞人を 知って ゐる。 昔の 希臘 人の 血の通った 或 南 5^ 太 利 亜人で ある。 彼の 

子供の 時、 彼の 姊が 彼に お前 は 牝牛の やうな 眼 をして ゐ ると 言った。 彼 は 絶望と 悲哀と に 狂 ひな 

がら、 度々 泉の あると ころへ 行って、 其 水に 顏を寫 して 見た。 「自分の 眼 は、 贲際 牝牛の 服の やう 



譯飜 



だら うか?」 彼 は 恐る 怖る 自らに 問うた。 「ああ、 悲しい 事に は、 悲し 過ぎる 事に は、 牝牛の 服に 

そっくり だ。」 彼 はかう 答へ ざる を 得なかった。 

彼 は 一^ 懇意な、 义 一番 信賴 して ゐる 遊び仲間に、 彼の 服が 牝牛の 眼に 似て ゐ ると いふの は、 

ほんた うか どうか を 質ね て 見た。 しかし 彼 は 誰から も 慰めの 言葉 を 受けなかった。 何故と 云へば 

彼等 は 異口同音に 彼 を 嘲笑 ひ、 似て ゐる どころ か、 非常によ く 似て ゐ ると 云った からで ある。 そ 

れ から、 悲哀 は 彼の 靈魂を 蝕み、 彼 は 物 を 喰ふ氣 もし なくなった。 すると、 とうとう 或 日、 其 土 

地で 一 番 可愛らしい 少女が 彼, にかう 言った。 

「ガ H タ ァノ、 お婆さんが 病 氣で薪 を 採りに 行かれな いから、 今夜 わたしと 一所に 森へ 行って、 

薪 を 一 一 一荷お 婆さんへ 持って行って やる 乎 傅 ひ をして 頂戴な。」 

彼 は 行かう と 言った。 . 

それから 太陽が 沈み、 涼しい 夜の 空氣が 架の 木蔭に 康 つた 時、 二人 は 其處に 坐って ゐた。 頰と 

頰とを 寄せ 合 ひ、 互 ひに 腰へ 手 を 廻しながら、 

「をう、 ガ H クァ ノ、」 少女が 叫んだ。 「わたし はほんた うに 貴方が 好きよ。 贵 方が わたし を 見る 

と、 貴方の 眼 は 11 貴方の 眼 は」 彼女 は 此處で 一 寸言 ひよ どんだ。 11 「牝牛の 服に そっくり だ 

わ。」 . 

それ 以來彼 は無關 心に なった。 (同上) . 



聰は孔 後の 羽根 を 五六 本 拾 ふと、 それ を黑ぃ 羽根の 問に 插 して、 得々 と 森の 鳥の 前へ 現れた。 

「どう だ。 おれの 羽根 は 立派 だら う。」 

森の 鳥 は 皆 その 羽根の 美し さに、 驚嘆の 聲を惜 まなかった。 さう してす ぐに この, g を、 森の 大 

統領に 選舉 した。 

が、 その 祝宴が 開かれた 時、 鴉 は 白鳥と 舞踏す る 拍子に 折角の 羽根 を 殘らす 落して しまった。 

森の 鳥は卽 座に 騷ぎ 立って、 一 度に この 詐偽師 を 突き殺して しまった G 

すると 今度 はほんた うの 孔雀が、 悠々 と 森へ 歩いて 來た。 

「どう だ。 おれの 羽根 は 立派 だら う。」 

孔^ はまる で 扇の やうに、 虹色の 尾羽 根 を 11 いて 見せた G 

しかし 森の 鳥 は悉、 疑 深さうな 眼つ きを 改めなかった。 のみなら す 一羽の t„f- が、 「あいつ も詐. 似 

師の仲 問 だ ぜ。」 と 云 ふと、 ー齊に むら むら 襲 ひか かって、 この 孔後を も 亦 突き殺して しまった G 

(Anonym) 

(大正 十四 年 十二 wo 



m 



176 



明治 



銀座 通り を 通る 圓太郞 馬車の 喇叭の 音が、 雪 曇りの 空の 下に、 肌 塞く 聞え て ,來 る。 時折、 埃 を 

つめた 

まき 上げて 通る 風 も、 今日ば かり は 身にしみる やうに 冷い。 

みせ げいしう しゃう とくぐ わん つつみがみ 、 

うす 暗い 店に 坐って、 藝 州正德 丸の 金看板 を 後に、 獨 りで 資藥の 包紙 を 刷って ゐた父 は、 ば 

、 、 や, ヒ ゆん やうた う 

れんの 手 を 止める と、 黑 く潤揚 湯と 出た 半紙 を、 叮嚀に 版木から 離しながら、 

「おい、 私の 留守に 池 田さん が來 はしなかった かい。」 と、 次の間へ 聲を かけた。 

「いいえ。」 と 答へ たの は、 姊の聲 である。 四 五: n 前から、 面疗で てゐる 母の I 話 はもと より、 

十六になる 妹の 面倒から、 朝夕の 水 什 業まで、 ル: :、 この 姊が ひとりでした。 尤も、 店に は、 まだ 

肩 あげの とれない 小僧 を 一 人、 使って ゐ たが、 それさへ、 一 昨日、 親の 病氣 だと 云って おった ぎ 

ひび 

り、 未に 3: のた よりもない。 11 姊は今 も、 妹の 留守 を 病人の 枕 もとで、 皸の きれた 指の 先 をぐ 湫 

にしながら、 一時の 間 も 惜しい やうに、 潤 陽 湯の 袋 を 終って ゐ るので ある。 

ことば 

「阿 父さん。」 病人の 服の さめる の を 憚る やうな 聲で、 今度 は姊の 方から、 語 を かけた。 

「何 だい。」 • ■ 



片斷 • 稿定未 



177 



「それより かね c」 . 

「ああ。」 父 は 又、 賫藥の 包紙 を刷リ 始めた。 

「今日はね。 大 へんな 騷 ぎがあって よ。」 

r 大 へんな 騷 ぎだ?」 

「ええ。」 

姊は、 麻の 袋の ふち を、 赤い 耦 糸で かがりながら、 こんな 話 をした 11 同じ 南大阪 町の 露路 に、 

永年 亜米利加で コック をして ゐた 男が 住んで ゐる。 つい 近頃、 あっちから 歸 つて 來 たばかりで、 

築地の 異人 館 か 何 かに 勤めて ゐる らしい。 向 ふへ 行く 前から、 お上さん があった ので、 今では 二 

め たう 

人の 間に、 小 供が 三人 出 來てゐ る、」 所が、 今日、 }Gj 米 利 加の 女 唐が 一人、 不意に この 男の 家へ や 

つて 來た。 お上さん が、 亭主に 白狀 させた 所に よると、 亞米利 加で この 女 唐と 夫婦約束 までした 

事が あるの ださう である。 お上さん が 泣けば、 女 唐 も 泣く と 云 ふ 始末で、 板 挾みに なった 亭主 は 

隨分、 困りき つたら しい。 すると、 女 唐の 方で は、 この 男に 欺され て、 はるばる 日本へ 來て 見る 

と、 頼みに して ゐた當 入が、 女房 子 も あると わかった ので、 口惜し まぎれに、 逆上した もの か、 

いきなり その 露路 にある 井 戶の屮 へ、 身 を 投げた。 早速、 長屋の 連中が 出て、 引上げた から、 命に 

は^ 狀 がなかった ものの、 逆上 は 中々 鎭 まらない。 さっき、 姊 がそつ と观 きに 行った 時 も、 毛布 

の やうな 物に くるまりながら、 その 家の 上り はなに 腰 を かけて、 氣違 ひの やうに おいおい 泣いて 

ゐ たさう である。 



178 



「いくら、 異人 だって、 あんまり:^ 哀さ うです わ。」 

「さう さね。」 

父は氣 のな ささうな 聲で、 かう 云った。 氣 のな ささうな 聲を 出す の も、 無理 はない。 御 維新 以 

. てち が 

來、 ひきつづいて、 二度 も 火事に 遇って からと 云 ふ もの は、 何 かにつ けて 乎 違 ひが 多く、 以.^1は 

お かね ご よう つのく に 

手廣く 諸方の 御金 御用 をつ とめて ゐた 津國屋 も、 今では 資藥を 渡 I にして、 僅に 一家の 口 を 糊し 

て ゆく ばかりで ある。 所が、 それで さへ、 近頃の 不景氣 に は、 何かと 不如意 な^が 多い ので、 と 

、 , き やう だい ひな だう ぐ 

うとう 父 は、 懇意に して ゐた池 E と 云 ふ 道具屋 をって に、 姊 妹の 雛、 R 具 を、 三十^で 橫演の M ハ人 

に、 寶 渡す 約束 をした" 乎つ けの 金 は、 もうと ケ に^って ある。 あと は 唯、 殘 金と 引かへ に、 池 

田が 雛 道具 を ひきとって U きさへ すれば よい。. I -父 は、 その 手つ けの 金の 巾で、 个 n 自分が わ 

ざ わざ 行って 買って 來た、 五分 心の ランプの 事 を 思った。 さう して、 その 新しい ランプの 光で、 

一 家 四 人でした ためる タ 飯の 事 を m 心った e 

む じんとう いとま 

「無 盡燈も 今夜で お 暇 か。」 刷 上げた 何枚 かの 包紙 を 揃へ ながら、 獨 言の やうに、 父 はかう. k 乂 いた。 

X X X X X X 

曇って ゐる せいか、 日の 暮が慌 しい。 —— 留守に して ゐた 妹が 、「ただいま」 と 父 や 母の 前に 乎 

をつ いた 時には、 もう ランプの 光が、 あかるく 部屋の 屮に ともって ゐた。 

さかなや しゃう ばいが へ 

妹 は、 從來、 津國屋 へ 出入り をして ゐ た肴屋 が、 今度 商資換 をして、 その 5 評判の 人力車 夫に 

なった 所から、 何でもお 姨 さん をのせ てあげる と 云 ふので、 下 谷黑門 町. の 親類 を たづね かたがた、 



片斷 • 稿定未 



179 



午前から その 車に のって、 上野と 淺 草と を^ 物に 出て 行った。 —— 唯、 人力車に のる と 云 ふだけ 

で、 冬枯れの 上野と 淺 草と を 見に 出かける 程、 當 時の 人々 は、 まだ 「開化」 が裔 した 一切の 物 を、 

珍ら しがって ゐ たので ある。 

父と 姊 妹と は、 明るい ランプの 下で、 夕釵の 膳に ついた。 寢が へり も 碌に 出來 ない 母に は、, か 

うして 夫と 娘との 食事 をす るの を 見て ゐる のが、 何よりも 樂 しみだった らしい。 

r 黑門 町で は みんな 丈夫 かい。」 母 は 力の ない 聲で、 妹に かう 尋ねた。 

^ さ 

「ええ。」 ランプの 火が、 就 色の 蓋の 下で、 黃 いろく 燃えて ゐ るの を、 もの 珍ら しさう に 眺めて ゐ 

た 妹 は、 慌てて 眼 を 母の 方へ むけながら、 「榮 どんが 下つ たんです つて。」 . 

r 榮 どんって 云 ふの は?」 

「あの 小" S さんで せう。 この頃 来た …… 」 姊が 父の 給 化 をしながら、 口 を 添へ た. レ 

「阿 母さん は 知らないよ。 黑門 町へ も 久しく 行かない からね え。」 

r 榮 どん はね、 あの 氣違 ひに なつたん です つて。」 

妹 は、 自分ば かりが さう 云 ふ 事 を 知って ゐ るの を 得意に する やうな 口調で、 食事の あ ひまに か 

みせ 

う 云 ふ 話 をし 始めた。 I! 黑門 町の 店に は、 橫濱 から 買って 来た 舶来の 時計が ある。 これに は不 

- からくり し . ^ナ とき とき ? 1 りこ 

思議な 機關の 仕掛が あって、 時 を 打つ 時になる と、 振子の 下から、 青い鳥が 三 羽 出て 來る。 さう 

して、 それが その 打つ 時の 數 だけ、 規則正しく 羽ばたき をす る。 これが 近所の 評判に なって ゐ た- 

そこで、 往來を 通る 人が、 皆 この 時計 を 見ようと して、 必 家の 內を のぞきこむ。 中には わざわざ 



180 



. ^ち どま き なが しんざん 

立 止って、 氣 長に 時の 打つ の を 待って ゐる人 も ある。 すると、 これが 新參の 榮吉と 云 ふ 小 I: の 一?^ 

にかかった。 通る 人 も 通る 人 も、 5:! 自分の 額 をの ぞいて 行く。 何故 あんなに 人が 自分 を I 湫に する 

だら う。 かう 思 ふの が 嵩 じる と、 始終 自分が 誰かに つけねら はれて ゐる やうな 氣 がし 始めた。 榮 

どん は、 かう して、 舶來の 時計の 爲に、 追踪 妄想 狂に なって しまったの である。 

「時計が 仇 だな。」 父 は、 茶碗へ 湯 をつ ぎながら、 冴えない 額 をして、 こんな 冗談 を 云った。 

「新しい 物 はい やだねえ。 時計 だの 汽車 だのって …… 」 

母 は 眩く やうに かう 云 ひながら、 眩しい ランプの 光に 疲れたら しく、 隨の 長い 眼 を 合せた。 

X X X X X X 

食事が すむ と、 姊は 妹の 床 をと つて、 それから、 母の疔を_:2^は^|で溫めながら、 妹の 手 習 ひを见 

て やる のが 常にな つて ゐた。 

「まだ、 お 雛樣は ある?」 

細い 指に、 黃 いろい 軸の 筆 を 持って、 ,5(- と 云 ふ 字 を 書いて ゐた妹 は、 父の 方 をぬ すみ 見なが 

ら、 そっと 姊 にかう 尊ね た。 

「ああ。」 

姊も 亦、 父の 方 をち よいと 見て、 それから^ をた てに 狼った。 父 は、 姊の綠 つて いた 袋へ、 

せっせと 煎じ 藥を つめて ゐ るので ある。 . l- 暫くす ると、 妹 は 又、 小さな 整で、 

「私、 もう 一 遍 見たい わ。」 . 



片斷 定木- 181 



「そんな 事 を 云 ふと、 阿 父さんに 叱られて よ。」 姊が やはり、 小聲で たしなめた 



義理が たい 父 は、 資 買の 相談が きまった 日から、 姊 妹に 雛 を いぢら せなかった。 勿論、 寶 つた 

相手に すまない と 思った からば かりで はない。 さう 云 ふ 15^ をして、 なまじ ひに 二人の 思 切り を惡 

くす る 事 を、 惧れ たからで ある。 

姊は、 その 時、 眠たと 思って ゐた 母の 服から 淚が 流れる の を 見た。 

「お前 は n いくね な。」 

藥を 包んで ゐた父 は、 下 を 向いた まま、 叱る やうに、 妹に 云った。 

「もう、 それ を 捲らへ なくっても、 いいから。」 

日- 顷 から、 父の 嚴 しい 性質 を 知って ゐた妹 は、 ぉづ ぉづ、 丸藥を 描へ るの を やめて、 さっき 姊 

がと つて 置いて くれた 床の 中へ はいった。 姊 との 内證 話が、 父の 耳に はいった と 思 ふと、 流石に 

小 供ながら 胸が 痛む ので ある。 しかし、 床の 中 は、 姊の 入れて くれた 行火で 心 もちよく、 暖まつ 

てゐ る。 その上、 一日の りなれ ない 人力車に のった 疲れ も、 亦少 くない。 妹 は、 何時の間にか、 

眠ん つてし まった。 . 

それから、 何時 問の 後 だか 知らない。 妹が ふと 服 を さまして 見る と、 何時の 問に か、 ランプが 

行^に か はって ゐる。 すやすや 寐息の 聞え る容 子で は、 母も姊 もよ く寐 ついて ゐる らしい. - 妹 は 



その 時、 父が まだ 寢 すに、 獨 りで 起きて ゐ るの を 見た。 それから、 雛 道具 を 人れ た 箱が、 幾つと 

なく、 戶 棚の 奥から、 取屮 I されて ゐ るの を 見た。 最後に、 父が、 その 箱の 中から 出した、 內ー炎 雛 

や 五 尺き し を、 左 近の 樱ゃ 右近の 橘と 一し よに、 眼の 前へ ならべながら、 何時までも 飽かす に、 

ぢ つと 眺めて ゐ るの を 見た。 

妹 は、 その 時 心に、 二度と お 雛樣を 見たい などと は、 云 ふまい と 誓った ので ある。 

X X X X X X 

その 時の 妹が、 今年 六十… の 春 をむ かへ た。 自分の 母が それで ある。 

(排珠 十篇の 中) 

(大正 五た 牛) 



片斷 • 稿定未 



183 



〔題 未定〕 



敎窒の 窓 かけが、 新しくな つた。 11 今まで は、 埃で {^ 色に なった やつが、 だら りと、 ベ ンキ 

の はげた 窓枠の 兩側 にぶら 下って ゐ たが、 今 曰から は、 それが まつ 白な、 糊の まだ 落ちない 位、 

新しい 金 巾に 變 つたので ある。 

. 前の 窓 かけ を 見て は、 自分 はよ く、 古い 旗の 事 を 思った。 その 頃、 少年 f 界に 、「プ レプナ の喊 

聲」 と 云 ふの が 屮:: てゐ て、 それが 露 土 戰爭の 次第 を 小 供に わかる 程度で、 可成 詳しく、 紹介して 

くだり 

ゐる。 自分 は その 中で、 オスマンパシャが、 とうとう、 露西亞 の攻圍 軍に 降服す る 件 を、 何度と 

なく 愛讀 した。 降服の 通知 を發 すると 共に、 十: 耳 古の 將軍 は、 部下に 命じて、 要塞の 上の 軍旗 を 

下させる。 軍碟 は、 煙 砲の 煙に まみれた まま、 空から 力なく 下りて 來る。 —— 古ぼけた 窓 かけ は .1 

自分に、 蜃 ! この プ レ プ ナの 半月 族 を 思 ひ 出させた。 オスマンパシャ は、 實に、 當 時の 自分に と 

つて、 クル, I ゲルと 共に、 誰よりも 「えらい 人」 だった ので ある。 

自分の 席 は、 丁度 その 窓の 前にあった。 敎 室に ならんで ゐる 机の 順から 云へば、 敎 擅に 最も 遠 

*o しろ 

い、 一番、. 後の 列で ある。 机 は、 二人 づっ 並んで 腰 を かける やうな 構造で 、自分た ち は、 これ を 



184 



「御座」 と 呼ぶ 習!^ があった。 御座 は、 一 つの 敎 室に、 三 つづつ 横になら ベて、 十 列 位あった かと 

思 ふ。 . 

自分と 同じ 御座に は、 丹 阿 彌保之 助と 云 ふ、 古風な 名前の 人が 坐って ゐた。 ^字 通り、 漆屋の 

息子で、 色の くろい、 大 がらな、 それで ゐて、 どこか 敏捷な、 如何にも 下町で 育ったら しい 人で 

ある。 分 は 丹 阿 彌の事 を、 よくな まって T たんが み」 さんと 云った。 さう して、 屮央 新^の n 曜 

附錄か 何 かの 講談に ある、 觀阿彌 と 云 ふ、 人の 好い 茶坊主 を、 舉に發 昔 上の 聯想から、 この 人の- 

名前と むすびつけて、 覺 えて ゐた。 

窓 かけのう しろ は、 運動場で、 乾いた 赤土が、 學 校と 囘向院 との 境に ある、 黑揚の 所まで つづ 

い. てゐ る。 囘向院 に、 相撲の 小屋が けが 出來 ると、 その 黑雜の 後で、 始終、 ゃかましぃ群^^の聲 

がした。 大砲が 横綱 を 張って、 常 陸 山と 梅ケ 谷と が、 東: S の大關 だった 頃で ある。 11 自分と 丹 

阿彌と は、 その 聲 がーし きり 高くなる 度に、 そっと 後 を 見た。 後に は、 新しい 窓 かけが、 r 度聲 

に ゆすられた やうに、 日の 光の 中 を、 應揚に 動いて ゐる。 …… 

その 頃、 學 校に は、 掃除^と 云 ふ ものが あった。 一 つの 御座に ゐる 二人が、 遊步, 時間に 敎 {至 へ 

のこって ゐて、 黑板を 拭ったり、 御座へ はたき を かけたり する ので ある。 

或 rn、 自分と 丹阿彌 とが、 その 掃除 番 になった。 十分の 遊歩 時^は、 敎」: M にの こって ゐる 者に 

. は、 可成 長い。 自分 は 御座の 腰かけの 上へ のって、 丹 阿 彌とー 一人で、 オスマン パ シャ が、 要塞^ 

上に ひるが へる 半月 旗 を 下す 眞似 をした。 



片斷 • 稿定未 



185 



並んで ゐる 幾つ もの 御座 は、 皆、 味方の 要塞 や 敵の 堡壘 である。 窓の 外に は、 蓮 動 場が、 黑海 

の 水面 を、 眩しく 日に かがやかせて ゐる。 黑 板と 地圖 との 山々 も、 敵の 砲列が 擊ち屮 I す 煙で、 も 

う 姿を隱 さう として ゐる らしい。 副將の 丹阿彌 は、 窓 かけの 一方の すみ を 握りながら、 自分の 命 

令 を 待って ゐる。 オスマンパシャ は 11 自分 は、 手 を 額に かざして、 敵 味方の 陣地 を 見渡した。 

敵の 兵力 は、 味方に 十 估して ゐる。 しかも、 味方 は旣 に、 糧食 も彈藥 も、 つきて しまった。 もう 

降服の 外に 道 はない。 

「軍旗 を 下せ。」 - . 

自分 は、 窓 かけの 他の すみ をつ かんで、 かう 云った。 さう して 二人とも、 力 を 合せて 左右へ 窓- 

かけ を 引 張った。 

その 拍子に、 窓 かけ は、 びりり と 昔 を 立てて、 二つに 裂けた。 

ォス マ ン パシヤと 副將と は、 あっけに とられて、 額 を 見合せ た。 もう 要塞 も堡壘 もない。 一 切 

の 空想 は、 瞬刻に 跡を拂 つて、 二人の 前に は、 唯、 新しい 窓 かけが、 裂けた まま、 風に 動いて ゐ 

る。 …… 

一 一人 は、 當 惑した。 が、 オスマン パ シャは 幸に、 まだ ヒ 口 ィズ ムを 忘れなかった。 

「! k が 先生に さう 云って くる。 君は默 つて ゐ 給へ。」 . 

自分 は、 敎員窒 へ 行って、 擔 任の 小 林 先生の 前に 立った。 

「先生、 僕 は 窓 かけ を やぶき ました。 一人で。」 . 



十 何年 か を 隔てた 今日に なっても、 自分 はこの 得々 とした 一語 を 思 出す 度に、 不快な 氣 がしな 

い 事 はない。 さう して、 こんな こまし やくれ た 小 供だった 自分 を、 情無く 思 はない 事 はない。 

(大正 五 年) 



片斷 • 稿定未 



その 頃 自分 は、 S 11 と 云 ふ 海水浴場の ある 町から 二三 町 はなれた、 或 素人 家に 宿 をと つて ゐ 

た。 この 近所に はめ づ らしい 瓦葺の 二階建で、 家の 前 は 了 度 S —— から、 停車場の ある N —— へ 

きび- 

I;;: く、 砂の 多い 街道で ある。 後 は 芋 や 豆を植 ゑた 畠の 間 を 十 歩ば かり 行く と、 一列に つ? いた 黍 

を 境に して、 向 ふ は 割合に なぞへ な 崖になる。 その 崖 を 下りさへ すれば、 すぐに 海岸の 砂濱 で、 

それから 波打 際 を 海水浴場まで 行く に は、 十分と かとらない。 勿論、 海 は 家の 中から も、 黄ばん 

だ 豆の 葉の 上に、 一目に 見渡す 事が 出來 るので ある。 

宿の 家族 は、 年より 二人き りで、 二人とも 元は 東京に 住んで ゐた とか 云 ふ 事で ある。 これ は自 

分に この 宿の 世話 をした、 S — に ゐる友 だち が 話して くれた。 亭主 は脊の 低い、 猫背の 男で、 

N —— から 乘合 馬車で、 こ \ へ 着いた 時に も、 細引きでから げた 荷物 を 解く のに、 うるさい 程 世 

話 を やいた が、 上さん は それと 反對 に、 どこか 尊大な 所の ある、 でつ ぶり 肥った 婆さんで、 二百 

で 形容しょう とすると、 どうして もま づ T 老皮 囊」 と 云 ふ 漢語で も 借りる より 外に 仕方がな い。 

自分 はこの 上さん の、 始終 彼女 自身の 鼻 を 見て ゐる やうな、 傲慢な 態度が 氣に 入らなかった。 實 



188 



は 小さな おばこに 結って、 洗 ひざらした 藍 鼠の 帷子の 紋附 きを 着て、 叮嚀な 東京 辯で、 初 對-, g の 

挨接 をされ た 時から、 何となく 夫 を 剋して ゐ さうな、 面憎い I 讽 もちが して ゐ たので ある。 

この 先人 は その後 問 もな く T 老皮 囊」 が髮結 ひ をして ゐ るの を 見てから、 一 1^ 確な 肯定 を與 へ 

られ たやうな 氣 がし 出した。 殊に 亭主 はこれ と 云って、 きまった 商寶も 持たない らしい。 大抵 賽 

間 は 長 羅宇の 煙管で、 漫然と 蔑 をのみながら、 髮を結 ひに 來る 近所の 上さん たちと、 g 樂な 饒舌 

を 弄して ゐる。 これで は r 老皮 囊」 に 一目で も、 二目で も 置く やうに なった の は、 ^投不 m ゎ議 でも 

何でもない。 だから ここへ 來た 三日 目に、 亭主が 頭を搔 きながら、 のそのそ ニ^へ 上って 來て、 

宿料 を 觅も角 も 半月 分、 先拂 ひに して くれと 云った 時 も、 自分 はこれ も r 老皮 囊」 の指圖 にち が ひ 

ない と 脆 測した。 . 

亭主 は 莨 を ふかせる のと、 無暗に 舌 を 動かす のと を 何よりも 樂 しみに して ゐる らしい。 外の 往 

來を 通る 人で も、 隣の 軍鷄屋 へ來た 人で も、 人の 額 を 見さへ すれば、 何 かしらき つと 話しかける Q 

さう して 向 ふが 返事 さへ して ゐれ ば、 何時までも 獨 りで 饒舌って ゐる。 もし r 老 皮襄」 が 何 か 川 を 

たのまなければ、 長い 夏の 一 日中、 駄辯 ばかり 狼って ゐる かも 知れない。 所が 上さん は 風::,;: を 沸 

かす 時になる と、 亭主が 髭 を 剃り かけて ゐて も、 必裹 にある 井戶 から、 何 杯で も 水 を 汲み こませ 

る。 それでも 亭主 は 唯、 「おい 來た」 とか 何とか 云って、 別に 腹 を 立てる 容子 もない。 晒木綿の. 紘 

雜を 着た 亭主が、 半分 髭 を 剃り かけた ま, -、 一 畠の 屮 にある 据 風::, :! へ、 忙し さう に 水 を 汲み出す 

の を 見る と、 自分 は 何時でも;, ボの 毒と 云 ふより は、 less な 感じが 先に 立った C 



片斷 。 稿定未 



189 



「夫婦と 云 ふ もの は、 妙な ものだね。」 —— 自分 はこの 話 を S —— に ゐる友 だち に 話し. た 後で、 か 

う 云って 笑った 事が ある。 

所が 一 週 IT ぱ かりす る內 に、 亭主が だんだん 一 ー陆へ 上って、 饒舌って 行く 事が 多くな つた。 自 

分が 少しで も 暇 だと 思へば、 何時でも 乎の ついた 篾盆を さげて、 狭い 猿 梯子 を 上って 來る。 それ 

から 始は 此方の 話 を 聞く やうな 態度で、 駒 込へ も巿: s: 電車が 通じた さう ですな などと 云って ゐる 

が、 少した つと 對 手に は 全然 無頓着で、 饒舌りたい 丈根氣 よく 饒舌って 行く。 殊に この 男 は 忌々 

しさう に、 「老 皮囊」 のかげ 口 をよ く 云った。 

「うちの 婆あの やうな 奴に か \ つ ちゃ あ、 たまりません や。 手前 さへ よければ、 人 はどうで もい 

い つて 云 ふやうな 奴です からね。」 

まるで 水 を 汲まされて ゐる 時と は、 ^人の やうな 口吻で ある。 その 時 自分 はよ く 亭主の 顔に、 

卑しい、 しかも 狡搰 さうな 侮蔑の 表情の 浮ぶ の を 見た。 さう して この 駄辯 家の 亭主が、 老妻の 願 

使に せんじながら、 肚の 底で は その 老妻 を 莫迦に して ゐる事 を 知った。 . 

すると 或 日の 午前、 自分が 何時もの 通り 空氣 枕の 上へ 頭 をのせ て、 持って 來た 書物 を讀 んでゐ 

ると、 階下で 亭主が r 老 皮囊」 と、 何 か 言合って ゐる聲 がした。 勿論 自分 は憐 むべき 亭主の 平生 を 

知って ゐ るから、 叉 何か餘 計な 事 をして、 上さん に 油 を 取られて ゐ るのに 違 ひない と 思って ゐた 

すると、 暫くた つてから、 急に どたばた 取組 合 ひが、 始まった やうな 音が したと 思 ふと、 何時に 

なく 亭主が 一 調子 張 上げて、 惡體 をつ く聲が 聞え た。 それから どっち かが 何 かで 一 方 を 打ったら 



190 



しい 昔が した。. 自分 は 彼是 五分ば かり、 半分 頭 を もちあげた まま、 階下の 容子を 窺って ゐ たが、 

あまり 騷 ぎが 大きい ので、 そっと 梯子の 中段まで 下りて 見る と、 もう 隣り の 軍 鷄屋の 親方が 來て 

手と 頭と を 振り立てながら、 しきりに 兩方を 宥めて ゐる。 唯 i 外に 思った の は、 打 たれた のが- I 

い 「老 皮囊」 の 方で、 その 時 もま だ 人口の 土 問へ 銑 足で しょんぼり-; b ん だま \、 帷子の 秋に 顔 を か 

くして、 娘の やうに しくしく泣いて ゐた。 自分が あの 尊大な 「老 皮囊」 を可哀 さう に 思った の は、 

この 時が 正に 始 である。 

それから 一 一階へ 引き返して、 叉 本を讀 んでゐ ると、 やがて 亭主が 莨 盆と 將拱 盤と を兩 乎に 持ち 

ながら、 恬然と 猿 梯子 を 上って 來た。 折角 養生に やって 來 たのに、 本ば かり 讀ん でゐ たので は、 

毒になる に 遠 ひない から、 一, っ將祺 でもお さしな さいと 云 ふので ある。 自分 はヶ この 亭主と、 將 

棋を さすと 云 ふ 事が、 階下に 泣いて ゐた 老妻の 爲に、 何故か ある 善行 をして やる やうな 心 もちが 

した。 そこで 何も 知らない やうに、 さした くもない 將棋を 二番 さした。 亭主 は 見惯れ ない 鉈豆の 

煙管で、 悠々 と. M をのみながら、 時々 お 手 はな どと 云って ゐ たが、 それでも 流 * るに 落着いて はゐ 

られ ないやうな 調子だった。 將棋 は、 二番と も 飛車 取 王 乎で、 造作なく 自分が 勝って しまった。 

その: n の 午後 海水浴に 行く ので、 竿 畑の 中の 千 物 掠に かけて い 一いた 猿 をと りに 行く と、 卜; さ 

んが緣 側に 腰 を かけながら、 軍 鶴屋の 親方と 話して ゐた。 亭主 は 留守の 容子 である。 - 猿股 は, 紐が 

終んで ゐ るから、 ほどく のに 屮々 手^が とれる。 その 11 に a: 分 は r 老皮 襄」 が、 親方に i 曰: 啼の 术 

を. 話し て ゐ るの が环に は ひった。 何でも 亭主が こ の 問から 洗 つてお けと 云つ た 梅 千 の 瓶 を 洗 はす 



片斷 • 槁定未 



191 



にゐ たもの だから, とうとう 亭主が 腹 を 立てた の ださう である。 親方 はお 上さん の 話 を 聞きな が 

ら、 その あ ひ 間に 鬼 角 亭主が 亂暴 すぎる の を 攻撃して ゐた。 

「何 だってお 前、 煙管の 羅宇が 折れる 程、 人を毆 ると 云 ふ 法が ある もん ぢ やねえ。」 

すると、 不思議に も r 老皮 囊」 は、 反って 熱心に、 彼女 を 打った 亭主の 立場 を 辯 護し 始めた。 う 

ちのお 爺さん は 昔から 弱い者に はやさし いが、 强ぃ 者に は 意地に なって、 循を つくと 云 ふ 癖が あ 

る。 それ を 承知で 强く 出た の は、 私の 方が 惡 かった。 その外に お爺さん はこれ と 云って、 惡氣な 

ぞ ある 人で はない。 —— 自分 は 叉 この 老妻が 可哀 さう に 感じられた。 r 老 皮囊」 は 亭主 を 頤使し な 

がら、 しかも その 亭主 を肚の 底で はちゃん といと しんで ゐ るので ある。 自分 は 頤使に 甘んじな が 

ら、 內心 上さん を輕 蔑して ゐる 亭主の 事を考 へた。 さう して、 前と は 全く 逆な 意味で、 夫婦と 云 

ふ もの は 妙な もの だと 思った。 . 

その 翌日 は 亭主が 又、 手の ある 莨 盆 を ぶらさげて、 例の 通り 二階へ 上って 來た。 今度 は 自分で、 

昨日 やった 夫婦喧嘩の 話 をし に來 たので ある。 

「時時 こらして やらない と、 つけ 上り や あが るんで ね、 始末に おへない 婆あです。」 

亭主 は、 話の 綾き として、 今のお 上さん には子がない と 云 ふ 事、 先妻の 子 は 銀座の 時計屋で^ 

頭 して ゐ ると 云 ふ 事、 老 より 二人の 生活費 は その 仕送りから 屮 I ると 云 ふ 事 を 話した。 その 時自 

分の 同情 は、 ひとり 「老 皮囊」 に 向って 動いた ばかりで はない。 かう 云 ふ 下等な 親父 を 養ふ爲 にせ 

つせ と 働いて ゐる 4 子に さへ、 氣の 毒な 心 もちが した 位で ある。 . 



しかし ra 五日た つてから、 叉 亭主が いつもの 様に、 晒木綿の 絆 一枚で、 風::,:: へ 水 を 汲んで ゐ 

るの を兒 ると、 自分 は r 老皮 囊」 に 同情した のが 多少 莫迦げ てゐる やうな 氣 にもな つた。 

亭主が 好んで 話题 にす るの は、 宮. £ おの. 2 情と 華族 仲 問の 生活と だった。 しかも それ を ii きチ 

から、 或 程度の 尊敬 を 當然拂 つて 贳ふ つもりで、 あ ひ 問 あ ひ 問に 人の 額 を 見ながら、 得意ら しく 

話す ので ある。 自分 は 亭主の 駄 辯の 中で も、. これに 一 i まゐら された。 しかし 义或點 では これが 

自分の 好奇心 を 挑? g する 事 もないで はなかった。 一 體かぅ云ふ話をするこの£^-は、 京で は 何 を 

商 にして ゐ たらう と 思った からで ある。 or 分 はさう m 心 ふ 度に、 あの 「老 皮囊」 が 着用して ゐる、 

帷子の 紋附 きを^に 浮べた。 けれども 勿論 それだけ では、 確な 椎測を 下し やう もない。 」 ひ 主 e: 身 

は、 何時でも 面と 向って 御 商寶は 何です と 訊かれる と、 いやはや、 どうも 御 話に もなら ないやう 

な 事 をして ゐ ましたと か 何とか 云 ふ 丈で、 それ 以上 は 此方で 何と 云っても、 きっと 話 を そらして 

しま ふ C 尤も 一 つに は 不快な 方が、 好奇心よりも 强 いもの だから、 分 も 大抵 それより は 立 人つ 

て 訊かう ともしなかった。 • 

所が 自分の 滞在 も 終りに 近くな つた 或: n、 亭主 は 豆.: nS と芋帛 との §i へ、 二 枚 核き の 席 を 敷いて、 

その上へ 錯 帽子 を 幾つ もなら ベて、 土用 干 をし 始めた。 紹〕 怕 子の 數は 勘定す ると、 丁」 设 みんなで 

十一 ある。 自分 は 二階の てすりに よりか \ つて、 黄色い 豆の #: 个こ. 附ぃ綠 の 芋の 葉との 屮に、 々レ 

2 計 十一 倘の紹 帽子が、 土 川の 日の 光に Ei 一ら されながら、 油 を;^ ない: つた やうに 光って ゐ るの を 见 ると、 

1 思 はす 笑 はすに は ゐられ なかった。 しかも 亭主 は 猫背 を 屈めて、 席の ま はり を步 きながら、 時々 



片斷 • 稻定未 



193 



絹 M 子の 一 つ をと つて は、 わざわざ 頭への せて 見て ゐる。 もし 自分が 亭主の 饒舌 を さほど 不快に 

思 はなかったら、 恐らく 自分 は ぼ 下へ 下りて、 亭主と 一 しょに その 親 帽子 を 頭に のせて 見た かも 

知れない。 

しかし その 叉 一方で は、 何故 この 亭主が 十一 の 鍋 帽子 を 持って ゐ るか、 それが 自分 は 知りた か 

つた。 そこで この頃 割合に 好意 を 持って ゐる 「老 皮囊」 が、 晩飯の 膳 を 持って 來た 時に、 なる 可く 

當らす さはら すに、 亭主の 商寶を 尋ねて 見た。 すると、 

「なに あなた、 厳-者 をして 居りました のさ」 と 云 ふ 答が あった。 

自分 は 落語の 落ち を 聞いた 時の やうな、 可笑し さ を こらへ なければ ならなかった。 黻 者と 云 ふ 

單語ー つで、 帷子の 紋, 附 きと 華族と 宫內 省と 紹 帽子との 間に、 今まで 摸索して 得なかった 連絡が、 

訣 なく 出 來 上って しまったから である。 

く. IT げ 

それから 二三 日の 問 曇天が つどいた。 さう して、 その 頃から 海水浴場に は、 だんだん 海月が 多 

くな つた。 泳ぎ さへ すれば、 必 刺される。 刺された 痕が 自分 は 叉、 亜 纷 軟膏 をつ けても 癒らない" 

そこで 愈、 東京へ 引上げる 事に 決心した。 道化 じみた 亭主の 顏を 見なくなる だけで も惡く はない * 

—— さう 思 ふと、 俗惡な 仕事が 待って ゐる殘 暑の 東京へ 歸る のさへ、 可成 うれしい 心 もちが した- 

愈、 歸 ると 云 ふ 一口 前に、 ちゃんと 荷造り をす ませてから、 自分 は S —— に ゐる友 だち の 家へ- 

暇 乞 ひに 行く^に した。 , 下 では 亭主 も 上さん も、 今日はめ づ らしく 日が 出た から、 虫 千の あと 

片 づけに: y しい。 梯子 を 下りる と、 緣 側に ならべた フ ct ックコ オトに 目 がつ いた。 これ も、 絹帽 



194 



子と 同じ やうに、 馭者 をして ゐた 頃の 紀念 であらう。 自分 は 事によると 今夜 は、 泊る かもしれ な 

いと 云って 宿 を 出た。 

友 だち の 家に 一晩 厄介に なって、 翌朝 海岸の 砂 濱を獨 りで 歸 つて 來 たの は、 丁度 五 時 少しす ぎ 

であった。 N 11 S —— 問 を 速 終す る乘合 馬車の 時 問の 都合で、 朝早く 宿へ 歸 つて ゐる必 I;- が あ 

つたから である。 it^ を 見る と 昨日と はちがつて、 一 面に どんより 曇って ゐる。 海に も 今 ロは靑 い 

色が 見えない。 唯一 面に 見渡す 限り、 綠 がかった 灰色の 波が、 退屈 さうな 眩き を. 送って ゐる。 自 

分 は 爪先へ 服 を やりながら、 大股に すたすた 歩いて 來た。 

しばらくして ふと 顏を 上げる と、 五六 問 向う の 砂の 上に、 一人の 男が 立って ゐる 。組 帽子 を か 

ぶって、 フロック コ オト を た、 .脊 の 低い、 猫背の sf- である。 は 鋏 を 立てた やうに、 唯 : 人 ま 

つす ぐに 佇んだ 儘、 灰汁の やうな 海 を 眺めて ゐる。 氣 がっくと 自分 は 何時の間にか、 宿の 前の 砂 

濱に 來てゐ たので ある。 

自分 は默 つて、 亭主に 近づいた。 

「お早う。」 

亭主 は、 何時に なく 口 數を少 く、 自分の 「お早う」 に 返^ をした。 

「大 へん 立派な なり をして ゐ ますね。」 

「へえ、 なに、 昔 こんな 物 をき た 事が ある もんです から。」 

亭主 はフ ロック コ オトに 緒 帽子 を かぶって、 自分に 遇 ふと 云 ふ 芝居 じみた 事 を 少しも 恥し いと 



片斷 • 稿定未 



195 



は 思って ゐ ない らしい。 自分 も 亦 この間 だけ は、 この 卑しい 亭主に 對 する、 何時もの 反感 を 忘れ 

てゐ た。 それ 程 この 時の 亭主の 額 は、 ふだんの 卑しい、 狡搰 さうな 表情 を 失って ゐ たので ある。 

自分た ち は 一列の 泰 がそより ともせす に 立って ゐる、 なぞへ な 崖 を 後に して、 並びながら 海 を 見 

リ」。 ^に 丧勞 のみ 多い、 日常生活の やうに 退屈な、 曇って ゐる海 を 見た。 さう して 別れた。 

それぎ り 自分 はま だ 一度 も、 この 亭主と 「老 皮囊」 とに 顦を 合せた 事がない。 夏 毎に S の 海 

岸 を 記 意にば かり 浮べる のが、 もう 三年 あまりになる。 何故 亭主が、 さう 云 ふなり をして、 獨り 

海岸に 立って ゐ たか、 何故 その 時 それが 自分 を 動した か、 それ は 自分の 知る 所ではない 唯 自分 

は 偶然が、 たと ひ 短い 時 問 だけで も、 あの 下等な 亭主に 對 して、 不可解な 同情 を 抱かせた 事を感 

謝したい と 思 ふので ある。 

(大正 五 年 I 同 十 年 補 筆) 



196 



己が この 遣 書 を 書く 理由 は、 非常に 複雜 して ゐる。 己 自身で も 何故 已が之 を 書く か はっきりと 

はわから ない。 何故と 云へば この 遣 書 を 書く と 云 ふ 事 は、 ; 赏に 於て、 巳の 生涯の EI 的 を 11 少 

くと も 己が 近頃に なって 企畫 した 生涯の 目的 を 破壊す る 辜になる からで ある。 しかし 己 はこの 遗 

書 を 書かす に はおく 訣には ゆかない。 己の 屮 にある 或 物が:.」 に それ を 要求す る。 いや、 己の 巾に 

ある 或 物 は 己に それ を 否定す るが、 その 或 物に 對 する 己の 不安が 强 ひて 之 を 寄 かせる ので ある。 

ISn" に 角、 己 はこの 遣 書 を 書く 事に した.) 書き 了る 事が^ 來 るか どうか、 喾き 了っても それ を已が 

あとまで 保存す る 男気. が あるか どうか それ は完 くわから ない。 もし ま" き 了る 事が 屮 3 來て、 -处に そ 

れを 保存す る^が 出來 たと したら、 1_^;は之を讀む第ー の 人 になる 华 :! だ。 その 時、 おは;?^ による 

と、 一 切 を 己の 精祌狀 態の 異常な 事に 歸 着させよう とする かも 知れない。 已は其 解釋も 一 應は尤 

な^を 認める しかし それ を こ の^ 書の 上まで 擴充 しょうと するなら、 それ は斷 じて ひで あ 

る。 已は 君が この^ 書 を、 正氣な 己の 書いた 物と して、 卽、 こ. -に 齊 いて ある 凡ての 事赏に 正常 

な 信用 を 置いて. - 讀んでくれる_51^を希望する。 さもなければ、 己が この 遣 書 を 書く こと は 全然、 



片斷 • 槁定未 



197 



無意味に なって しま ふ。 一生の 大部分 を 無意味に 浪費した 事 を 悔いて ゐる 己に とって、 遣 書 を 書 

く 事 さ へ 無意味に なると 云 ふ 事は餘 りに 殘 酷な 皮肉で ある。 己 は 君が 己の 希望に 〔添〕 ふ 事 を 信じ 

て、 これから 木 文へ はいらう と 思 ふ。 

己が この 病氣 になった の は、 去年の 十月であった" その 時、 君 は 己に この 病氣が 何でもな いや 

うな 事 を 云った) しかし 已は 欺れ なかった。 己 は 死ぬ、 遲く とも 来年の 十月 迄に は 死ぬ 11 かう 

已は 確信した。 何故と 云へば 己 は、 己の この 服で、 この 病氣 にか,^ つた 己の 兄 や 己の 從姊 が、 一 

年 足らす で 死んだ の を 現に 見た 事が あるから である。 己は醫 者と しての 君の 嘘に 感謝し ない 訣で 

はない。 しかし その 噓は、 己 を 己の 兄 や 己の 從姊の やうに 不用意に 死なせる 惧が ある 嘘であった 

その 點で己 はこの 噓を惡 むと 同時に、 叉 この 嘘 をつ いた 君 を惡む 事に なった。 成程、 己 は、 己の 

死を豫 知して ゐる點 で、 兄 ゃ從姊 より 不幸 かも 知れない。 しかし 來る 可き 死に 對 して、 己の しょ 

うと 思 ふ 事 を出來 る丈滿 足に し 得る 點 では、 彼等より 遙に 幸福で ある。 今でも 己 はかう 信じて ゐ 

る。 それなら^!:-は、 己の 死 を 前にして 何 をしょう としたか —— 己が 君に 今、 書き 遺さう と 思 ふの 

はこの 事で ある。 

あたま 

當時、 己の 頭腦を 支配して ゐた考 は、 己の 死後に 關 する 不安で ある。 死後と 云っても、 死後の 

己の 生命が どうなる かと 云 ふやうな 問題で はない。 己が スゥ H デン ボル グゃ マァ テル リンク に最 

遠い 人間で ある 事 は、 君 もよ く 知って ゐる だら う。 かう 云 ふ 人 問だった からこ そ、 君と も 親交が 

結べ、 一 しょに ラウべ の 顯微鏡 を^いた 事 さへ あつたの である。 己の 感じた 不安と 云 ふの は、 全 



198 



然 己の 死後、 己 を 知って ゐた周 同が 如何に 己 を 批評す るかと 云 ふ 問題に か. -っ てゐた 。 勿論、 そ 

の毀譽 褒貶が 死後の 己に 意識され ると は 思って ゐ ない。 しかし 己に は それが 何よりも 氣 にか、 つ 

た。 之 は 明に 矛盾で ある" が 己の 理性 は 之 を 矛盾と 認めても、 已 の 情意の 求: に殆、 不可 抗なカ 

で 己の 全 意識 を この 矛盾に 吸牧 させた。 人 の虛榮 心が その 人間の 生存して ゐる期 問より より 以 

上に 擴大 される と 云ふ賓 は、 遞薛な が ら 已 にと つて こ の 時 始めて 發 見し た 事實で ある。 そこ で 己 

は 日夜に 焦慮して、 どうしたら 死後の 己の 評 價を萵 くす る 事が 出來 るか を 考究し 始めた。 

己 は 職業から 云へば、 學者 である。 昔から: 一一 一 學の 講座 を擔 任して、 今 nz まで どうにか 研究と 

講義と をつ どけて 來 た。 しかし 己 は 己の 學 問に 關 して は 殆、 何等の 興味 も 持って ゐ ない。 元來己 

は文藝 上の 創作に 一身 を 委ねる 心算で ゐた。 もし 境遇と 敎育 とが 許したら、 己はヶ までに 幾篇か 

の 創作 を殘 して ゐた事 だら う。 所が 事情 は 己を强 ひて T 文學」 と 云ふ學 問の 研究に 從_^_- させ た。 

文藝 上の 作品 を對 象と する 以上、 その 研究 は 必然に 鑑賞と 云 ふ 事 を伴隨 する から、 純 粹な科 风广と 

して の「文學」と云ふ學問を成立させる一?^^は、 云 ふ 迄 もな く 不可能で ある" だから 己 は 言; 學の研 

究に歩 を 轉 じた。 この 場へ::: は對 象が 「藝 術」 でな く、 單 なる 文字の 築 合と なる 代りに、 それ 丈 容易 

に 一般 科學の 成立に 必: §1- な條 件の. 卜に 立つ 事が 出來 ると 思った からで ある。 しかし、 己がかぅ-1^ 

ふ 研究 をした の は、 單に 職業 上の 便 〈且 からば かりで、 己 自身の 興味から した^で はない。 .,」 にと 

つて、 己の 生命に 關係 のない 知識の 堆積 は、 全然 無 川の 長物で ある。 己 は 生涯の 屮で、 最. § 早な 

る學^ を輕 蔑した。 彼等 は 冬籠り をして ゐる 熊が 木の 實を貯 へて 生活す る 如く、 知 識 の- 貯蒂 によ 



片^ ,稿 定农 



199 



つて、 衣食す る 人間に すぎない。 

(未完) 

广 大正 五 年顷) 



200 



天狗 



お-は. r 九の に剌髮 して、 沸 眼 寺の 仁 照阿閣 梨の 弟子に なりました。 何故お い 身 そらで 受戒な 

ぞ をした かと 云 ひます と、 それ はヶ になって 見れば われながら 冷汗の 出る やうな 次第です が、 ま 

つたく 化 問 的な 意味での 立身出世が したかった からにす ぎません C 出家で もしな け x-, よ,、 門地の 

ない 私 なぞ は、 一生、 人の ド. に 立って 暮 さなければ ならない と 云 ふやう な^を、 親た ちから 閱か 

されて ゐ ましたし、 私自身 も $i 正と か 律師と か 云 ふ 人た ちの 生活 を见 たり^い たりして、 が、 しく 

忍って ゐた 時です から、 かたがた 二つ返事で 得度 をしても らふ 事に なった のです。 

所が 愈. - 出家して 見る と、 仕 合せと 少しづつ $5 侶の 生活と 云 ふ ものに 興味 を 持つ やうに なって 

來 ました。 勿論、 それに は 俗人 を 下 IE に 見る 事が 出來 ると 云 ふ虚榮 心の 滿足も はいって ゐ たので 

せう。 兎に角、 立身 屮:; 世と 云 ふ 事 を 除いても、 觀念 三昧の 生活が、 可成 私に は 意味の ある ものに 

なって 來 たのです。 

そこで 十九、 サ、 廿 一と 三年の 間 は、 佛眼 寺の 坊で 無事にす ごしました。 しかし 私の 修業に、 

魔障が はいった の は、 それから 問 もな くの 話です。 私 は その 爲に、 今まで 夢想 さへ しなかった 苦 



片斷 • 稿お 未 



201 



痛 を經驗 する やうに なりました。 性欲と 懷 疑との 11 中で も 性欲の 障碍です C 

勿論、 この 二つの 障碍が、 今まで は 全然なかった と 云 ふので はありません。 唯 この頃に なって- 

かう 云 ふ 事を雜 惡と考 へる のが、 だんだん 强く なって 來 たもので すから、 それだけ 又 苦痛が 大き 

くな つて 來 たのです。 尤も この 二つの 障碍 は、 ちょいと 考へ ると 實はー つの もので、 懷 疑が 起れ 

ば從っ て 性欲 も 動く。 だから 一 方 さ へ 克服 すれば 一 方 は 自然に 消滅す ると も 見られ さう です が、 

實際は 中々 さう 簡單に が あきません。 それ は 二つが 互に 影響し あ ふ 事 は事實 としても、 その 間 

の關 係が 見かけよりも 遙に 複雜な もの だからで せう。 見に 角 私 は 始終、 三 熱の 苦 を 受けて ゐる 1K 

竺の龍 蛇の やうな 氣 がして ゐ ました。 

尤も 同じ 坊にゐ た^ 侶の 中には、 「か はつる み」 の 風が ありまし たから、 性欲の 壓迫を さう 一 14 ふ 

方面へ 逃れて ゐる人 も 可成 ゐ ました。 成程 沙彌戒 を 外面 的に 守る 爲 なら、 それ もい. -で せう。 し 

かし 心の中で 行 はれる 扉 業 を 恐れて ゐた 私に は、 とても さう 云 ふ 事 は 出來 ません。 いえ、 寧、 女 

犯よりも さう 云 ふ 事を惡 みました。 

しかし この 誘惑 も、 全然なかった と 云 ふ 訣には 行きません。 現に 私 は、 同じ 坊にゐ た $5 侶の 一 

人が、 替の 薄い、 瘦せ ぎすな 小童 子と、 さう 云ふ關 係に なって ゐ るの を 見た 時には 羨し いやうな 

うしろ 

氣さ へした 事が ありました。 しかも、 その 羨し いやうな 氣の 後に ある もの は、 友情 を 求める 心で 

はなくて 飽く事 を 望んで ゐる 性欲でした。 唯、 この 誘惑が 懷 疑の 後援 を 得て ゐ なかった の は 何よ 

りの 幸です。 —— そ こで 私 はさう 云 ふ 事 を 誰に も撣 らす惡 めました。 



202 



それに も關ら す、 私の 外面の 生活 は、 何の 變化 もな く、 順當に 進んで 行きました。 他人の 服 か 

ら 見れば、 私 は 持戒 堅固な 沙門 だと 思 はれて ゐ たのに 遠 ひありません。 しかし さう m 心 はれれば 思 

はれる だけ、 私の 心の 苦痛 は增 して 來る ばかりです。 秘が柯 か」!: に 、「玉に 似た るの 黄 石」 と 云 ふ 

句 を 見つけて、 それが わざわざ 私の 爲に 造られて ゐる やうな;; 浙 がした の も、 丁度 その 頃の 事で し 

た。 かうな つて 來 ると、 もう 私 を 苦しめて ゐ るの は、 邪!^は戒ばかりではぁりません。 私 は 私の 生 

活 そのものが 旣に 妄語戒 を 破って ゐ ると 云 ふ 事 さ へ 感じる やうに なりました。 

かう して 私 は、 妄語と 邪淫との 一 一つ の 魔障の どちら かに 墮 ちなければ ならない やうな はめに な 

りました。 さう かと 云って、 叉、 どちらに 墮 ちた 方が いいと 云 ふ 事 を 云 はれる 苦 もありません。 

そこで 私 は、 最後に この-魔障の 克服 を、 諸佛 菩薩の 加護に 求めよう として 見ました。 しかし 懷疑 

は それすら も 私に は 許しません。 邪淫と は 何 だ 1 - かう 云 ふ 疑問が 絶えす 私 を 襲って 來て、 專念 

に 祈誓 を 凝らさう とする 私の 心を紊 すので す。 さう かと 云って 當 時の 私に は 積極的に こ の-疑問 を 

解かう とする 意志 も勇氣 も, e けて ゐ ました。 私 は 白 歌し ます。 還俗と 云 ふ 者が 起った の も、 二度 

や 三度ではありません。 

私 は 或 日、 恥し いの を堪 へて、 とうとう、 私が 性欲に 苦しめられて ゐ ると 云 ふ ijii- を、 阿^ 梨の 

前で 徵悔 しました。 さう して、 この 魔障 を 却け るに は、 どうしたらいい かと 云 ふ^を ij: サ ねました 

その 時の 私に は、 これが この 難關を 切りぬ ける、 唯一 の 乎 段の やうに 思 はれた からな のです。 

阿 闍梨は 御 承知の 通り、 誦 經の聲 のい いの を自投 にして ゐる 人です。 自 心 をす るの も 苦し さうな 



片斷 • 稿定未 



203 



位 肥って ゐる、 眉のう すい、 眼の 小さな、 見た所で は 如何にも 感じの 鈍ぶ さうな、 ものの わから 

なさうな 人です が、 それでも 何處か 親切な 所があって、 私たちの やうな 者で も 一概に 莫迴 にす る 

とか、 始 から 相手に しないと か 云 ふやうな 事 は 決してありません。 阿閣梨 は、 私の 徴悔を 聞いて 

しま ふと、 その 小さな 眼 を さも 眠む さう に またたきながら、 大儀ら しく 首を倾 けて、 こんな 事 を 

云って くれました。 . I 成程、 さう 云 ふ 魔障の あると 云 ふ 事 は、 惡ぃ 事に は 相違ない。 しかし 一 

方から 考 へれば、 その 魔障 を 魔障と して 感じる 事が 出來 るの は、 まだし も 諸佛の 功德に 浴して ゐ 

ると 云 ふ もので あらう。 さう したら、 一 sis 不退 轉の 志を勵 まして、 違 順の 魔 を 調伏す るの が、 我 

我佛 弟子の 務 では あるまい か。 …… 

私は默 つて 阿闍 梨の 前 を 下りました。 懺悔 をした 事が、 豫 期した 何物 も 私に 與 へなかった 事 を 

知った からです。 尤も これ は 少しも 阿 開 梨が 惡 かった からではありません _〕 全く 私自身に、 織悔 

をす る 人 に ふさ はし いやうな 謙 遍な心 持 が^け て ゐた爲 な の です。 これ は 後に な つて 氣が ついた 

事です が、 私 はこの 問 题に關 して は、 阿闍梨 自身に さへ、 或 疑を懷 かすに は ゐられ ませんで した。 

それ は 阿閎梨 もや はり 性欲の 壓 迫から 自由にな りきらない ので はない かと 云 ふ 疑です。 或は 一 歩 

進んで、 自由にな りきらない のに、 その 壓迫 を壓 迫と して 感じる 程眞 面目に 生活して ゐな いので 

はない かと 云 ふ 疑です。 たと へそれ が 識閾の 外にあった にせよ、 鬼に 角 かう 云 ふ 疑を懷 いて、 私 

は阿閣 梨の 前へ 出た のでした。 何と 云 ふ 矛盾で せう。 瞽者の 私 は、 同じ 瞽者と 知りながら、 阿闍 

梨に 津頭を 問うた のです。 , 



しかし、 矛盾 はま だ 忍ぶ 事が 出來 ました。 それより, 今の 私に 最も 不快な 感じ を與 へる の は, そ 

うしろ 

の 時 その 矛盾の 後に 潜んで ゐ た或淺 ましい 期待です。 勿論 これ も敢へ て 意識に 上って ゐ たと は 云 

ひません。 が、 幾分で も それが 識? S の 外に 伏在して ゐた事 は、 私に とって 可成 明な isi^ 赏 です -—— 

• 私 は阿閣 梨の 僞善を 期待して ゐ ました。 

私 は, 1: 閣 梨の 口から、 手、、 つよく 性欲 を 否定して 貰 ひたかった のです。 さう 云 ふ に 苦しまされ 

る 者 を 人畜の やうに 贬 めて 賞 ひたかった のです。 それ は惡ぃ とも 思 ひません。 しかし その 一方 

では 阿闍 梨が、 自ら 省みたら さう 云 ふ 事の 云へ ない 人 問 だと 云 ふ 事 を、 漠然と 考 へて ゐ たのです。 

云 はば 自分が 妄!? ; i 戒を 破る の を 恐れて ゐた私 は、 恬然と して 阿閣 梨が 妄語戒 を 破る の を 期待して 

ゐ ました。 人悶 はかう まで 自分の 利害ば かり 考へ る もので せう か。 

何しろ、 私 はさう 云 ふ 人間です。 さう 云 ふ 人間に は、 叉 さう 云 ふ 人 問で、 徴悔 をした と 云 ふ 事 

が 意外な 結果 を 裔 しました。 それ は阿閱 梨の 前で、 私が 性欲に 苦しまされて ゐ ると 云 ふ 事 を微悔 

して ゐる 中に、 自然と 性欲 を 肯定す る氣 もちが 私の 心の底へ 忍び こんで 來た 事です。 私 は: てれと 

!:!: 時に 或 慰安 を 感じました" さう して、 その 慰安の 爲に、 ー曆 私自身が みじめな 人 の やうな; 1- 

がしました。 徵悔 をした その 晩です" 私 は 夜中 寐すに 私の 卑しい 心に 鞭 策 を 加へ ました C しかし 

その 問で さへ、 魔障 は 私 を 去らない のです。 私 は 私 ほ 身を惡 ますに は ゐられ ませんで した。 

4 私が 阿閎 梨の 許 をう けて、 寺から 十 町 ほど 離れて ゐる、 束 山の 奥の さびしい 舰 室へ、 わざわざ 

2 獨 りで 引 移った の は、 それから 三日 經 たない 內の 事でした C 私の 私自身に 對す る嫌惡 の 情が、 微 



片斷 * 槁定未 



205 



悔 をした 日から 一 層つ よくな つて、 周圍の 人た ちに 顏を 合せる のさ へし まひに は 苦しくな つて 來 

たからです。 唯、 獨 りで ゐ たい, I これが 私の 願でした。 獨 りで ゐ ると 云 ふ 事が、 私の 修業に ど 

れ ほど 利益が あるか、 さもなければ どれほど 危險が あるか、 さう 云ふ蔡 を 商量す る餘裕 なぞ は 全 

然私 にはなかった のです。 

その 庵室に は 一月ば かり 前まで、 私と 同じ 寺の 僧が 獨 住み をして ゐ ましたが、 その |!2 が老 肖で 

すま 

歿く なった 後 は、 暫く 誰も 住 ひて がなかった ので、 早速 私の 望が 滿 される 事に なった のです。 庵 

窒と云 ふの は 山 を 後に した、 藁葺きの 一 つ 家で、 廣さ はほんの 三 問ば かりし かありません。 ま は 

り は 低い 竹垣に なって ゐて、 その 片隅に 先住が 丹精して ゐた、 "形ば かりの 小さな 藥 草の 畑が あり 

ます。 庭に は ひよ ろ 長い 桐の 木が 一本、 所々 に 大きな 黄色い 葉 を 落して、 これ もや はり 先 in が植 

ゑて 置いて くれたので せう。 いぢけ た 豆 菊が 雁來 紅と 一 つに なって、 もの 靜な 秋の 曰に、 な 花 

を^ら せて ゐ ます。 庵室の 後 は、 山の 崖との 間に 僅な 空 地を殘 して、 崖の 向 ふから 水 を 引く 筧の 

上に、 時々 四十雀が 來て とまるば かり、 その 空地に 立って ゐる柹 の 木に は、 實 さへ 杂 になり ませ 

ん。 下に 立って 見上げる と、 それでも 珊瑚 珠の やうな 物が 晴れた空 を 後に 一 つ 二つと 數 へられ ま, 

すが、 それより もこの 木 を、 この 庵室に 住む 人が 忘れられな いのは、 秋の 末から 冬の 始へ かけて、 

よく 寛の 水 を 止める 柹 落葉が あるから です —— 1^ に 角 あたり はこの 上 もな く靜 だし、 さう かと 云 

つて、 又 人里へ も あまり 遠く はなし、 私に とって この 位 都合の いい 所はありません。 

そこで 私 は、 黑ぃ皮 籠 を 一 つ 持った なりで、 愈.' この 庵室に 獨 住み をす る 事に なり まし ij。 



^が 庵室へ: Hi む やうに なつてから、 まだ 十日 も經 たない 2: に、 私 は 前より も^しい 誘惑 をう け 

,? 、う-ち 

る やうな 事が 出來 ました。 それ は 私の 庵室へ、 七條 あたりに 住んで ゐる箱 打の 女房が 時々、 きね 

て來る やうに なった からです。 

私 は 一 目 見た 時から、 それが 「性」 とい ふ^を 考 へさせす に は 置かない 性質の 女 だと 思 ひまし た- 

もう 彼是 三十に はなって ゐ たでせ う。 下 匪の たるんだ、 小鼻の 際が 何時でも^って ゐる やうな、 

どことなく 勝氣 らしい 額 をした 女です。 それが 五日: まき、 十日 置きに、 下司の 女 を 一人 つれて、 

私の 庵窒 へやって 來 ました。 何でも 先住の 僧と も 懇意に して ゐた とか 云って ゐ ましたが、 そわ 力 

ほんとう かどう か は 今でもよ く はわ かりません。 唯、 私の 所へ 來る ロ實? は、 歿く なった 兄の 追 

福 を 祈って 貰 ひたいと 云 ふので す。 

云 はば 私が, たまで 恐れて ゐた 誘惑が、 今度 は具體 的に 目前に 迫って 來 たのです から、 たまり ま 

せん。 私 は殆、 日 挺に、 西の 壁へ かけた 不動明王の 畫 像の 前に 手 を 合せて、 不斷 香の 煙の 屮にひ 

れ 伏しながら、 一切の 卑しい 妄想 を拂 はう と 努めました。 駄目です。 或 時、 その 女の した 或 身ぶ 

りが、 眼の 前へ 浮んで 來て、 どうしても 離れません。 …… 

それ はかう 云 ふ 時に した 身ぶ りです —— 或 日、 その 女が 精げ た 米 を 入れた 餅 袋 と^を 人れ た 折 

と を、 下司 女に 持たせて 來た 15^ が ありました。 丁度、 雨 あがりで、 私 は 不動明王に 手 向けた 一 1^ 

2 菊の花 がら を、 関 伽 棚の 下へ 拾て に 屮:: た 所でした が、 女 は 私 を 兄る と、 たるんで ゐる下 眠 を 一^ 



片斷 • 稿定未 



20? 



く 私す を 泥 そ 足 

な 力 《 G . ト 疑の ののと 
つ ほ 私ら つ 時 指 云 



腰 女 

を は 



私 
は 



てん は しい そ をひ少 力、 下お わん 



たるませて、 せえ る やうに 笑 ひながら T 路が惡 いもので すから、 足 を こんなに: してし まって」 と 

云 ひました。 見る と、 成程、 右の 足の指に 泥が ついて ゐ ます。 

—— あすこの 坂で です か。 

— 、いえ、 あの 手前の 藪の 所で。 

ざと 無愛想な 額 をして、 それぎ り 口 も 聞かす に、 叉 豆 菊 を 切り はじめました。 

前、 それ を ここ へ お き。 . 

司 女の 持って ゐ た 餌 袋と 折櫃と を 庵室 の簀 子の 上へ 置かせました。 さう して 自分 も そ こ 

けて、 

し 休ませて 頂き ませう ね。 

ながら、 泥の ついて ゐた足 を 少し 上げて、 それから 右の 乎に 鼻紙 を 持って、 その上げ た 

、 叮嚀に 拭きました。 勿論 私 は 女の 方に は 服 もやら すに、 豆 菊 を 切って ゐ たのです が、 

の 女の した 身ぶ り は 苦しい ほど はっきり わかりました。 身ぶ りば かりではありません。 

くるぶし 

た 細い 指の 形から、 やさしい 圆 味 を 持つ た^まで、 一 つ 一 つよく 見えました。 11 新 誓 

てゐる 私の 脱の 前に 浮んで 來 るの は、 その 時の 女の 身ぶ りです。 その 特の 女の 足の指で 

何度も 身ぶ る ひ をして、 この 想像 を 却け ようとして 見ました。 しかし さう して ゐる: M: に、 

とうに 心から この 想像 を 却け ようとして ゐる の だか どうか、 それさ へ も はっきり としな 

來 ます。 私 はし まひに は、 唯、 不動明王の 前に 坐って ゐ ると 云 ふだけ で、 とめどな くそ 



の 女の 事を考 へ てし まひました C 

さう 云 ふ 日が 何日 續 いたか わかりません。 そこで 私 はとうと うこんな 事 を考へ る やうに なり ま 

した。 「自分 はとても 一 生 この 壓 迫に 堪 へる 事 は出來 ない。 何時か しら 必 この 欲望 を充す 時が 來 

る。 しかし それが 今で ある 必要 はない。 第一 自分 はま だ卄ニ だ。 それから あの 女に 格^ 愛情 を 持 

つて ゐ ると 云 ふわけ でもない。 さう して 見れば いくら 苦しくても、 个 はこの 壓 迫に 耐 へる 必.娑 が 

ある。 醍醐 を 待つ もの は、 酥を味 はない」 11 私 は 丁度、 母親が 泣く 兒を だます やうに、 私の 性 

欲 を だまさう としたの です。 事實に 於て 私 は、 もうこの 誘惑の 前に 服して しまったと 云っても 

いいで せう。 

しかし 私は觅 に^ 「自分 は あの 女に 格別 愛情 を 持って ゐる わけで もない」 と 云 ひ 切りました。 そ 

の 癖、 毎日 その 女の 來る のが 待 遠し くて なりません。 朝起きた 時に、 i: ト^ 3 啼く聲 がする 日に 

は、 きっと 來る。 —— そんな 迷信 さへ 持つ やうに なりました。 t も.^. が來て も、 何 を 話す と 云 ふ 

事 もありません。 私 は 一 つに は 自分に 氣が 咎める のと、 一 つに は 下司 女の手 前 を 翁ね るのと で、 

何時もより 無口に なって しま ひます から、 話 も 大抵 平凡な m 話で、 それ も 始終 途切れ 勝です。 

…… さう 云 ふ 具合で、 どうにか 一月 ほど 經 ちました。 

すると 或^ 雨の した 日の 午後、 女が ぬれながら 獨 りで 私の^ 室 を 尊ね ました。 この 近くまで 來 

S たから、 雨 やみが てら 寄って 見た の だと 云 ふので す。 紫苑 色の 拾の 衣 を 著て、 何時に なく はれば 

2 ^した 額 をして ゐ ました。 一 體が血 のい い 女な のです が、 路を < ト- いで 來 たと:^ えて、 今日は. 斗 



片斷 • 槁楚未 



209 



の 根まで 赤く して ゐ ます。 

—— 御 邪魔 ぢゃ あありません か。 、 

さう 云って、 小鼻 を 動かしながら、 笑 ひました。 あの 始終、 潤って ゐる やうな 小鼻です。 私 は 

その 時に、 自分の 額が ほてる やうな 氣 がしました。 この 女と. 二人き りで ゐ ると 云 ふ 事が 私の 心 を 

騷 がせた からば かりではありません。 私が 今、 この 女 を 「性」 と 云ふ點 ばかり, 考 へて 見て ゐ るの を、 

自分ながら P ましく 思った からです。 . . 

—— まあ こっちへ お上りなさい。 そこで は、 雨が かかる から。 

私 は、 寺から 持って 來た 古い 圓座を 出して 女に すすめました。 女 は 返事 をしながら、 簧 子に 腰 

を かけて、 足に ついた 泥 を 紙で ふいて ゐ ます。 私の 想像に は 又、 あの 女の 足が 浮びました。 溺れ 

る 者 は 藁 をつ かむ と 云 ふので せう。 私は橫 をむ いて 無意識に、 机の 上に あった 經 文へ 服 を 落し ま 

した。 それ も 乘彌陀 願力 必生 安樂 國と云 ふ 句が、 ちらりと 見えた と 思った ばかりです。 叉: 止 面 

を 見た 時には、 女が もう そこへ、 小さな 白い 足が 見える やうに、 しだら なく 坐りながら、 私が 今 

までに 見た 事の ないやうな 服 をして、 私の 額 を 見て ゐ ました。 それ を 見た 時に 私 はもう、 この 誘 

惑に 抵抗しょう とする 私の 意志が、 何の 役に も 立た なくなって ゐ るの を 感じました" —— それ だ 

けです。 私 は その 日、 長い間 私 を 苦しめて ゐた沙 彌戒の 一 つ をとうと う 破って しま ひました。 

晴れ 問 を て 女が 歸 つた 後で、 私 は 枯れた 藥 草が 雨に ぬれて 勻 ふの を^ぎながら、 ぼんやり 經 

机に 凭れて ゐ ました。 その 時の 私の 心 もち は、 何と 云ったら いいので せう。 勿論 破戒した と 云 ふ 



210 



良心の 苛責 がなかった と は 云 ひません。 しかし それよりも 大きかった の は或滿 足です。 それ も感 

覺 欲が? i 足された 時の 心 もちと は 遠って、 今まで 解らなかった 事が 解った と 云 ふ 11 安心した や 

うな、 その 靡 どこか 物足りない 所の ある、 一種 別な 滿 足です。 それ も 今で こそ かう 云 ふ 事 も出來 

ます けれど、 その 時には ー體滿 足した の だか、 それとも 失望した の だか、 それさへ 判然と はわ か 

りません。 私 は、 さう 云 ふとりと め もない 心 もちに 憎まされながら、 桐の 根: 兀 にさび しく.^ いて 

ゐる豆 菊の 白い 花 を 眺めて、 日の 暮れる まで、 ぢ つと 經 机の 前に 坐って ゐ ました。 . 

それから 二三 日の 間 は、 不思議に 氣が 咎めて、 不動明王の 前へ 香 花 を 手 向ける のさへ、 氣が進 

まない 位でした が、 その 內 にだん だん 心 もちが 違って 來て、 問 もな くまの 通り I - 或は 前よりも 

懈怠な く、 看經を 勤める やうに なりました。 なぜかと 云 ふと、 前から 私の 心の中に 游んで ゐた性 

欲 を 肯定す る 心 もちが、 何時の間にか 深い 根 を 下ろして、 邪淫 戒を 守る と 云 ふ と、 ^侶の 生活 

をす ると 云 ふ 事と が、 互に 何の 關係 もな ささう に 思 はれて 來 たからです。 ですから 私 は 時々、 以 

前の 事 を 思 出す と、 何だか 妙な 氣 がしました。 性欲が 起る と 云 ふ 事 さへ、 阿閻 梨の 前へ 出て 徴悔 

をす る 程、 良心の 背責を 起させた のに、 今 は それ以上の 破戒 をして ゐ ながら、 何故かう 落着いて 

ゐられ るの だら う —— さう 思 ふと 今でも 不思議です。 第一、 女 は 夫の = を 忍んで、 毎日の やうに 

庵室 へ 通 つ て 來てゐ たの ですから。 

その後、 私と その 女との 關係は 二月 近く 緩き ました。 さう して それが 績 くのに つれて 少しづつ 

或變 化が 出来て 來 ました。 それ は、 何時の間にか、 二人共 性欲 を: 升ぶ やうに なって 来た 事です。 



片斷 • 稿定未 



211 



私が 先へ さうな つた か、 女が 先へ さうな つた か、 それ は 私に も わかりません。 が、 私 だけにつ い 

て 云へば、 第一 に 私 は、 性欲が 起る の を 待た すに、 求めて 性欲 を 起す やうに なりました-。 何しろ 

その 女との 關 係が、 私に 云 は せれば、 まるで 鐘愛關 係ではありません。 私 は その 女を戀 しく 思 ふ 

事よりも、 憎く 思 ふ 事が 多く、 憎く 思 ふ , 



. (未完〕 

(大正 六 年頃) 



212 



夢幻 



今夜 は 十六になる 蓮 香が、 この 家の 美しい 一人 i 子と、 花 燭の典 を 擧げる 良 宵で ある。 廣ぃ ii 

堂の 中には、 旣に 多くの 客が 镜々 と 紗帽を 連ねて ゐ るが、 いづれ も肅 然と 威 懐 を 正して、 笑 ひ 興 

あ を 

する 聲 さへ 聞えない。 客の 靴の 下に ある 廳 堂の 床 は、 見渡す 限り 磨き上げた 碧い 瓦 を、 つややか 

に 海の 如く ひろげて ゐ たが、 その 瓦の 盡 きた 正面に は、 不老 長 春の 圖 であらう。 族る 花の, 1 脂 を 

重ねた やうな 上を蔽 つて、 蒼 翠の枝 をのべ た 松の 幅が、 客の 頭を壓 する やうに、 重たく t. 一 塞 

いで ゐた。 すると その 前の 卓に 載せた、 白磁の 杏爐 から n 升る 堙も、 總々 としてた なびきながら、 

この 畫の 空に 立ち迷 ふと、 自然と 端 雲の 趣 をな して T 」 と ある 

聯の 文字 も、 氣 のせい か,: S に 浮んで nn- える。 

その 廳堂 のまん 中に、 蓮 香は媒 人の 後に ついて、 天 仙 玉 女と でも 形容し さうな、 儼然たる 新人 

の 装 を 凝しながら、 描いた やうに 立って ゐた。 ここへ 來る 途の轔 子の 巾で、 暗い 夜に 降りしきる 

雨の 音 を 聞いて、 悲しい 事ば かり 思 ひ 緩け たの も、 今にな つて はまる で の やうに しか 出 心 はれな 

い。 この 晝の やうな 明 さと、 この 華々 しい 廳 堂の 飾りつ けと —— これ も 或は 一場の 夢で はなから 



片斷 *搞 定末 



213 



うか。 凝然として 立って ゐた蓮 香 は 自分の 眼 を 疑 ふやう に、 梅花の 勻の する 堆ぃ鬆 の 上へ、 一重 

輕々 とかけ た 紅の 頭 面 後の 下から、 恐る恐る あたり を 透かして 見た。 自分の 傍に は媒 人の 趙老 が、 

日頃の 氣むづ かし さも 忘れた やうに、 長い 鬆 を 撫でながら、 時々 隣に ゐる 自分の 方へ、 滿 足さう 

な 微笑 を 送って よこす。 すると 新人が それに 答へ ない 代りに、 つき 添って ゐる養 娘が、 やはりう, 

す 1;^ 痕の ある 額に 微笑 を 浮べて、 嬉し さう に媒 人の 方 を 見返した。 唯、 自分に ついて 來た §1 人の 

若 ハ旁 娘ば かり は、 厚く 白粉 を 塗った 額 を、 さっきから 瞬き 一 つし ないやう に、 行儀よ く 一列に 

t ベて ゐ るが、 これ は 大方 新人 同樣、 多ぜ いの 目に 見られて ゐる 恥し さと 戰 つてで もゐ るので あ 

らう。 

いや、 これ は 夢, ではない。 情ない 伯父の 家の 婢 になって、 煮炊きの 業に 逐ひ使 はれて ゐた、 悲 

しい 昔 こそ 夢で ある。 或は これ も 無慈悲な 伯母の 爲に、 盗み もしない 金釵 を盜ん だと 云 ふ 無實の 

罪 を 着せられて、 裸の 傲、 門前の 柳に くくりつけられた、 暗い 雨 降の 夜 こそ 夢で ある。 今 はもう 

あの 恐し い 夢も覺 めた。 自分に は 伯父 もなければ、 伯母 もない。 あるの は 唯、 父の 縣令 ばかりで 

ある。 その 父の 慈愛で、 自分 は 今日まで 何 不足な く 育って 來た。 さう して 今夜 は乂、 ここの 息子 

の 美 玉の やうな 少年と、 花燭 の大禮 を擧げ ようとして ゐる —— さう だ。 これ は 夢で はない。 

蓮 香 はもう 一度、 自分の 考へを 確め る やうに、 眼 を あげて 美々 しい 廳 堂の 屮を見 ま はした。 が 

さう して ゐる 問に も、 やがて 新郎が ここへ 來て、 自分と 拜を 交す と 云 ふ 事を考 へる と、 自然に 額 

が 火照って 來る。 嬉しい のか、 恥し いの か、 それ も はっきり はわから ない。 唯 かう して ゐ ると、 



214 



長い 腿の 先へ 何時か 淚 さへ たまって 來る。 ああ、 自分 は 幾度、 今夜の 花燭を 夢み た 事で あらう。 

新郎 は 何時ぞや 江上の 競 渡が あった 時に、 自分が 轎 子の 中から 水に 投げた 拓榴の 花 を、 岸に. 槃い 

て ある 龍 船の 舷で、 拾 ひ あげて くれた 少年で ある。 あの 時の 水の 光 11 牌樓の 上の 雜 色の 旗が、 

翻々 と 軟風に ひるが へって、 金 碧の 彩 を 極めた 競 渡船の 龍 鱗が、 徐に江 波 を 分けて 迪んだ 時、 見 

る 目 も 眩い 水の 光の 中 を、 見物の 人々 の 放した 白い 家鴨の 群が、 或は 嚴 しい f の 龍 頭 をめ ぐって、 

或は 靑龍 刀の 形 をした 何 本 かの 櫂の 先 を 追うて、 時なら ない 雪を亂 したやう に、 數も 知らす 的々 

と 浮んで ゐる。 あの 時、 あの 競 渡に 加らない 龍 船の 臺 上に 立てた 大きな 涼 傘が、 翠 金の 天井 を ひ 

ろげ た 下で、 今夜 ここへ 新郎と して 來る 少年 は、 旣に 船が::: i 上へ、, にり してから も、 やはり その 

柘榴の 花 を 口へ あてて、 まるで 銅纖ゃ 笛の 昔 も 開えない やうに、 岸 に^子 を据 ゑた SI 分の 方 を、 

ぢ つと 何時までも 兄つ めつ づけた。 —— それから 今夜まで 殆ー 年に 近い §^、 自分 は、 梳 洗して ゐ 

る 時で も、 女 紅に いそしんで ゐる 時で も、 胸の 屮 にある その 時の 景色 を、 見 はぐった と 云 ふ 事 は 

一度 もない。 刺 纖の針 を 休めて ゐ ると、 自ら 龍 船の 形が 目の前に 浮んで 來る。 それから 江上の 波 

の 音が、 何處 からか. 斗 底に 通って 來る。 さう して 最後に 涼 傘の 影 を 浴びた、 辮髮の 長い 美少年の 

姿が、 やさしく 微笑しながら 現れて 來る —— さう して、 とうとう、 この 待ちに.,..' つた 洞 一お^ It の 

夜が、 媒 人の 苦心で 自分た ちの 上へ 臨んで 來た。 これが どうして、 嬉しがら すに ゐられ ようか。 



かう 云 ふ 思 ひに 耽って ゐた蓮 寄 は、 自分の 傍に 立って ゐた媒 人が、 何時か 兑 えなくな つたのに 



片斷 • 稿定未 



215 



も氣 がっかなかった。 それが ふと 我に 還った の は、 I! 堂の 扉が 左右に n いて、 大紅 袍に敉 底の 白^ 

靴 を はいた 新郎が、 媒 人の 後から 靜に はいって 來た 時で ある。 蓮 香は體 中に 云 ひやう のない 戰慄 

を 感じながら、 思 はす 服 を 落して、 自分の 美しい 圓領の 纏 を、 眺める ともなく 眺め やった。 そこ 

に は 金と 銀と で ぎんだ、 何とも 知れない 五彩の 花が、 驚 鳳の 嘴に 啣 へられて、 きらびやかに 舂を 

驕 つて ゐる。 しかし 眼 は その 纏の 上に 漂って ゐて も、 自分 を 見て ゐる 新郎の 姿 は、 不思議に 眸底 

を 離れない。 新郎 は 應 堂へ はいった 時から、 あの 時の やうに 义ぢ つと 自分の 方 を 眺めて ゐる。 唯、 

さざなみ _ 

その 眼な ざしの 中には、 あの 時と は 遠 ふ 不思議な 何物 かが、 漣漪の やう. に 動いて ゐ るら しレ そ 

れは、 新郎 も 自分と 同じ、 抑へ 難い 喜び を 感じて ゐ るからで あらう か。 或は 又、 一度し か 遇った 

事の ない 自分た ち を、 新郎 新 娘と して この 廳 堂に 立た しめた、 大きな 運命の 力の 前に、 一種の 怖 

れ でも 感じて ゐ るからで あらう か。 

かう 云 ふ 緊張した 沈默 が、 どの位 つづいた か 分らない。 が、 程なく 蓮 香 は、 まるで 物に 驚いた 

やうに、 慌 しく 視線 を纖の 花から 離して、 ほっと 小さな ため 息をついた。 これ は その 時、 明い 中 

にも 明い i がの 光が、 緣ど りの 金糸 銀糸の 上に 落ちて、 花の 底の 恋ゃ萼 が、 丁度 星で も 宿した や 

うに、 きらきらと 俄に 輝いた からで ある。 見る とこの 燈火 は、 折し も 二人の 下僕の 手で、 內廳か 

ら ここ へ 運ばれた 一 對の 燭臺の 光であった。 

蓮 香 は その 下僕の 一 人 を 見る と、 ふと 夢の 中で 見た 伯父の 顏を思 ひ 出した。 秀げ 上った 額と 云 

ひ、 いほ 毛の ない 小さな 服つ きと 云 ひ、 この 下僕と 伯父と は、 殆 寸分の 違 ひもない。 が、 夢の 中の 



伯父 は、 蓮 香の 姿 さへ 見れば、 すぐに 憎さげ に 罵り 立てた が、 この 下僕 は 恰も 生れつ いた 奴隸の 

やうに、 誰の 前に も 恭しく. 腰 を かがめて、 鞠躬 如と 命に 從 つて ゐる。 殊に 燭臺 を据 ゑる 拍子に、 

金銀で 花 を 描いた、 紅蠟燭 の焰が ゆらり と 動いて、 一滴の 蝶 误を床 

5^^^ 

(大正 七^ SO 



6 



片斷 • 稿定未 



21? 



あの 頃の 自分の 事 

〔第二 卷ニ六 三夏に〕 

その 頃 自分 は 曰 本 問の 二階に、 安物の 西洋 机 や 椅子 を 並べて、 そこ を 書齋に 定めて ゐた。 本 は 

一時 大分 寶り拂 つたから、 書棚に は どれ も 大抵 穴の あいた 所が 出 來てゐ た。 その 書棚の ない 壁に 

は、 西洋の 畫の 複製が、 額に なって 何枚 も ぶら 下って ゐた。 尤も これ は メディチの 複製が 關の山 

で、 碌な もの は 一 つもなかった。 額と 云へば もう 一 つ、 隅に よせた 机の 前の 壁に は、 寫樂の 幸 四 

郞の 複製の 額が あった。 當 時の 自分 は 如何に 西洋人が 褒め立てた 所で、 浮^ 総が 日本 美術の 精髓 

だら うな どと は、 どうしても 考 へられなかった。 大部分の 浮哥 1 繪は、 唯、 版畫 としての 色の 面白 

さが 自分に 訴 ふだけ だった" 畫 家で 云 ふと 世界的な 北齋 が、 自分 は 先大嫌 ひだった。 彼 は マン ネ 

リズムの 大家 で あると 共に、 鼻 持ち のなら ない 俗趣味 の 大家 だ としか 思 はれ な か つ た。 (何時か ヂ 

ォォヂ • ムゥァ が、 一枚の 北齋を 救ふ爲 なら、 世界中の 日本人 を鎏 殺しに しても 好い と 書いた の 

を讀ん で、 自分 は 半可の 癖に 生 意 氣を云 ふなと 憤慨した 覺 えが ある。) 廣重も 人の 騷ぐ 程、 難 有い 

風景 畫家 だと は 思はなかった。 歌 麿 は 流石に 立派な 藝術 家に は 違 ひなかつ たが、 あの 蘭燈の 油の 



218 



ぬくみの やうな、 纏綿た る 情緒の 世界 は、 餘 りに 自分と 緣が 遠す ぎた。 淸長は II 以下 而倒 だか 

らル V 略す るが、 その 中で 自分が ほんとうの 意味で 美しい と 思った の は、 束 洲齋寫 樂の綠 と 鈴 木 春 

信の 繪 とだけ だった。 そこでもう 一度、 机の 前の 壁に かけて ある 寫樂の 複製へ 立ち 屍る が、 自分 

は その 額の 下で、 毎晩 木 を讀ん だり、 小說を 書いたり した。 時々 洒落れ て、 则机ゃ 机の 上へ、 ^ 

花の 鉢 を 置いた 事が あつたが、 無精な 自分 は 水 を やる 事 を 忘れて、 大抵 は 情なく らして しまつ 

た。 

この 書齋の 中が、 混沌た る 和漢 洋の 寄せ 物で あるが 如く、 その 頃の (或は 今でも) 自分の 頭の 巾 

に は、 やはり 和 瀵洋の 思想 や 感情が、 出たら めに 一 ぱいつ まって ゐた。 だから 讀む本 も それだけ 

义、 恐る 可く 雜駁を 極めて ゐた。 のみなら すその 和漢 洋が、 それぞれの 範圍 内で も、 やはり 雑^ 

を 極めて ゐた。 尤も 洋と 云っても 語學 は、 獨逸語 も佛蘭 西; 詰 もものに ならなかった から、 比 1 乂的 

ものに ならな さの :® しくない 英語. で、 一番 餘計本 を 讀んだ o( 語學と 云へば m 心 ひ 出す の は、 <:E 時 成 

瀬と 二人で 太 利 語 を 習った 事で ある。 これ は 習ふ學 生が 我々 二人の 外に ゐ なかった ので、 途屮 

で-お 易し 出した にも 關ら す、 先生に 對 する 義理から 已むを 得す 一年 敎 はって しまった。 おかげで 

「一 二三 ra」 と 云 ふ 勘定 位なら、 今でも 出来る。) 讀んだ 木の 中で、 義理に も 自 分が 感服し すに ゐ 

られ なかった の は. 何よりも 先ス卜 リント ベルグだった。 その 頃 はま だシ H リングの 譯 木が^ 山 

あつたから、 乎 あたり 次第 讀んで 見た が、 自分 は 彼を兑 ると、 まるで 近代 精神の プリズム を见る 

やうな 心 もちが した。 彼の 作品に は 人 問の あらゆる 心现 が、 あらゆる 微妙な 色調の 變化 をへ んだ 



片ほ • もち 定未 



219 



七色に 分解され てゐ た" いや T イン フ H ルノ」 や 「レ ゲン、、 テン」 になる と、 怪しげな 紫外 光線 さへ 

歷 々として そこに 捕へ ら れてゐ た。 「令 孃ジ ユリア」 「グスタフ ス • ァ ドルフス」 「白 烏姬」 「ダ マ 

ス コ へ 」 —— かう 並べ て 見た だけで も、 これが 皆 同 一 人の 手に なった と は 思 はれない 程、 極端に 懸 

け 離れた ものば かりで ある。 何 かの 中で ドォ デェ は、 小 說をー つ 書かう と 思っても、 パリの 町に 

は 至る所に、 バルザックの 影が さして ゐ ると 嘆 じて ゐ たが、 スト リント ベルグ を 知らない 彼 は、 

まだし も 幸福な 人間だった。 「マ イス テル • オラ ァフ」 が 現れて 以来、 我々 は 世界の 至る所に、 ス 

トリン 卜 ベルグの 影が さすの を 見た。 しかも それ は獨り 人間の 上ば かり ぢ やない。 彼 は 徵 も 書い 

た。 鳥 も 書いた。 魚 も 書いた。 昆蟲も 書いた。 更に 一 步を 進めて は、 日の 光 を 吸って ゐる 草花 や 

風に 吹かれて ゐる 樹木 も 書いた。 實際 彼は當 時の 自分に とって、 丁度 魂の ある ノアの 箱船が 養氣 

樓 よりも 大 仕掛に 空 を 塞いで 漂って ゐる やうな 感 があった。 さう して かう 云 ふ 以上に 彼の 作品 を 

喋々 する の は、 潜 越の やうな 氣が 今でもす る。 又 喋々 した 所で、 到底 あの 素ば らしい 箱船が、 努 

驚屮 Z 來る もの ぢ やない。 出來 たと 思ったら、 それ は 僅に 船腹の 板 をと めて ゐる 釘の 一 本位な もの 

だら う。 (序に 云 ふが、 スト リント ベルグの 「靑ぃ 本」 の屮 に、 彼 は 內村鑑 三 氏の 「余 は 如何にして 

基督 敎 徒たり しか」 を讀ん だと 云 ふ;^ が 書いて ある。 はっきり は覺 えて ゐな いが、 そこに は 何で 

も あの 樂天 的な 日本人で さへ、 神 を 求める のに はこれ 程 苦しんで ゐ るかと か 何とか 註が ついて ゐ 

た。 尤も 彼に 比べれば、 樂天 的な の は獨り 日本人に 限った 事ぢ やない。) ぢゃ嫌 ひな 方 は 誰かと 

云 ふと、 モ オパス サンが 大嫌 ひだった。 自分 は 佛蘭西 語で も 稽古す る 目的の 外 は、 彼 を讀ん でよ 



220 



かつ. たと 出^った 事 は 一 度 もない。 彼 は 實に惡 魔の 如く 巧妙な las- 使だった。 だから 川 心しながら 

も、 何度と なく 自分 は贊金 をつ かませられた。 さう して その 覺 金に は、 どれ を 见ても M じ やうな 

と 云 ふ 字が 押してあった。 强 ひて 褒めれば その 巧妙 さ を 褒める の だが、 遗憾 ながら 自分 は 

まだ、 掏摸に 懷の もの を ひきぬかれて、 あの 手際 は 大した もの だと 敬服す る 程 寛大に はなり 切る 

事が 屮:: 來 ない。 好 .fsil から 云って この 二人の 屮 11 にゐる 作家の もの も、 ちょいち よい^いて 13- た 

が あるが、 やはり 面倒 だから あと は 省略す る 事に する。 

それから この 自分の 頭の 象徴の やうな 書齋 で、 當時 書いた 小說は 、「羅生門」 と 「鼻」 との 一 一 つ だ 

つた。 自分 は 半年ば かり 前から 惡 くこ だはった 戀愛 問題の 影響で、 獨 りになる と 叙が 沈んだ から、 

その 反對 になる 可く 現狀と 懸け離れた、 なる 可く 偸 快な 小說が 書きたかった。 そこで とりあへ す 

先、 今昔 物語から 材料 を 取って、 この 二つの 短篇 を 書いた。 書いた と 云っても 發^ したの は r 羅 

生 門」 だけで、 「鼻」 の 方 はま だ 中途で 止った きり、 暫く は片 がっかなかった。 その 發 表した r 羅生 

門」 も、 當時帝 國文學 の 編輯 者だった 靑木健 作 氏の 好意で、 やっと 活字になる 事が 出來 たが、 六 

猇批; t にさへ 上らなかった。 のみなら す 久米も 松 岡 も 成 潮 も 口 を 揃へ て惡く 云った。 それから 自 

分の 高等 學校以 來の友 だち の 中には、 ー體 自分が 小説 を 書く のが 不了 見なの だから、 匆々 やめる 

が 好い と 意見の 乎 紙 をよ こした 男 さへ ゐた。 自分が Cacaoetlies Scribendi と- K ふ碌 でもない 拉 

甸語を 覺 えたの は、 その si^ の 乎 紙 を讀ま せ ら れ たお かげ で ある。 (彼 は その 下へ 括弧 を し て 「書き 

たがる 病」 と 註 を 入れて ゐ た。) が、 自分 は 小說を 書く の は 書く 事に 意味 を 認めて ゐ るの だから、 



片斷 • 稿定未 



221 



出來 不出來 にまで 心 を 煩 はす 必要がない と 云 ふ 便利な 論理 を楣 にして、 自分で 自分の 辯 護 をした" 

勿; それでも 心細い 事 は、 依然として 心細かった。 事によると 自分 は、 やはり その 「書きたがる 

病」 にと りっかれ てゐる だけで、 中學の 英語の 敎師 にで もなる 方が 適材 ぢ やない かと 云ふ氣 もす 

る 事が あった。 そこへ 幸 「新 思潮 J 冉 興の 相談が 持ち 上った もの だから、 多少 勇氣を 得て 「鼻」 を 書 

き 出した。 それが 涉 取らす に ゐる事 は 前に も 云った が、 一週間ば かり 揑ね 返した 揚句、 やっと 曲 

りなり にも 結末が ついた の は、 成瀨と 二人で 久 米の 所へ 行った、 その 日の 晩の 事で ある。 自分 は 

書いて しま ふと、 丁度 鼻の 先の 置 時計の 針が、 一時 を 指して ゐ るの を 見た。 書齋の 中には、 凋ん 

だ 菊の 勻 がかす かにして ゐる。 前の 壁に は 寫樂の 幸 郞が、 人 を莫, にした やうに 脂 下って ゐ る- 

机の 上に は 書き 損じた 原稿用紙が、 羅紗の 色 も 見えない 位 ちらかって ゐた。 自分 は ひどい 氣 疲れ 

と 一し よに、 何とも 云へ ない はかない 心 もちが した。 偸 快なる 可き 小說 が、 一向 偸 快と も 何とも 

思 はれなかった。 さう したら どこか 遠くの 方で 夜啼 幾の 聲 がー 一三 度した。 

〔第二 卷ニ七 八 頁に〕 

「君の 方の 大學も 退屈 だら うが、 こっち だって 格^面 白い 事 はない。 英文科 ぢゃ、 松 浦さん の講 

義が 評判が 好い やう だ。 齋 藤さん の 講義 も 聞いた が、 これ も 》 -ォレ ンス 先生より は 面白い と 思 ふ- 



222 



n ォ レンスと 云 ふ 人 は 個人的に は 好い 御爺さんら しいが、 li 義 だけ は 實際 支離滅裂 でね。 さう さ 

う、 口才 レンス 先生と 云へば、 この 問 僕が 圖書 館の 入口で 遇ったら、 僕 をつ かまへ て、. 可 だか 訣 

の わからない 事 を 十分ば かり しゃべり 績 けた。 英語が 判然 しないば かりで なく、 一向 要領 を 5:: な 

いから、 唯、 顏 ばかり 眺めて ゐ ると、 向う でも 妙 だと 思った と 兌え て Are you Ml. ? 何とか 

と 云った。 そこで 斷々 乎と して ノォと 云ったら、 損 をした やうな 颜 をして、 勿々; 兀來 た::;' へ はつ 

ちまった。 して 見る と、 僕 は それまで その ミ スタァ • 何とかと 問 違 へられて ゐ たんだら う。 こ, 

が 今日までの 所、 俊と! 1 オレン ス 先生との 問に 起った 一 番 親密な 十分 問だった。 

「西洋人に は!;?; も 知って ゐる 通り まだ 外に、 ス ヰフト 先生と 云 ふ 人が ゐる。 何でも 松!; はこの 間 

この 先生に、 英語で 話 を 一 つし ろと 命令され たら、 『昔々 或 所に 犬が 三 匹 居りました。 所が その 犬 

が 一 匹 どこかへ 行って しま ひました。 すると 暫くして 义 一 匹 どこかへ 行って しま ひました。 さう 

したら 三 匹 目の 犬 も、 やがて 見え なくなって しま ひました。 先生、 この 一二 匹の 犬が どこへ 行って 

しまった か 御存知で すか』 と 云った さう だ。 勿論 先生に は、 そんな 事の わかる 訣 がない から、 知 

らな いと 返事 をした。 すると 松 岡 は 『私 も 知りません』 つて、 それつ きりで 御し まひに しち まった 

つて 云 ふんだ がね。 いくら ス ヰフト 先生 だって、 (この 先生 自身 も、 この 問久 米に 詩を讀 ませて、 

聲 だけ 好い と爽 めた 事が ある こんな 惡辣た ti^ 生に かかつ ちゃ、 乎が つけられない の に 遠 ひない 

僕 はこの 話 を 松 岡 自身から 聞い て、 大に 先生の 方に 同情した。 

「それから この間 は、 上田 敏 さんの 講義の 模様 を 知らせて くれて、 犬に 面白かった。 あの人 位^ 



片斷 • 槁定未 



223 



響す る 所が 廣 くって、 あの人 位 何もして ゐなぃ 人 はない。 考へ ると 少し 氣の 毒な 氣 がする。 その 

上 この間 上田さん の 「獨 語と 對話」 を 讀んで 見て、 すべてが 甚陳: M なので 驚いた。 业 曰から 上田さん 

と 新しい と 云 ふ 事と は、 始終 僕の 頭の 中で 一 つに なって ゐ たんだから、 それだけ 餘計 驚いた。 が、 

考 へ て 見る と、 この 新しい と 云 ふ 事はィ ンフ オメ H シ ヨンの 上の 新し さで、 思想 そのものの 新し 

さち やな かったん だ。 だから さう 云 ふ 新し さに 冷淡に なった 我々 が、 上田さん の 書いた もの を陳 

腐 だと 感じる の は、 勿論 不思議で も 何でもな いんだ。 それでも 『上 EE さん も 古くな つた かな』 と 思 

つたら、 實際 妙に 寂しかった。 上田さん は 結局、 いろんな 着物 を シック リ つける 名人 だつ たんだ 

らう。 が、 我々 の 問題 はもう 着物 やその 着 方 を 通り越して、 下に ある 肉體に 及んで ゐ るんだ から 

仕方がない。 

「この頃 久 米と 僕と が、 夏 目さん の 所へ 行く の は、 久 米から 聞いて ゐる だら う。 始めて 行った 時 

は、 僕 はすつ かり 固くなって しまった。 今でも まだ 全く その 精神 硬化症から 自由にな つち ゃゐな 

い。 それ も 唯の 氣づ まりと は 違 ふんだ。 さっき^|5物の例を出したから、 その 例 をもう 一度 使 ふと、 

つまり 向う の 肉體が あんまりよ すぎる ので、 丁度 體格 檢査の 時に 僕の 如く 瘦 せた 人間が、 始終 感 

す 可く 餘儀 なくされる やうな 壓迫を 受け るんだ ね" 現に 僕 は 二三 度 行って、 何だか: 复 目さん にヒ 

プノ-タイズされ さうな、 —— たと へば だ、 僕が 小 說を發 表した 場合に、 もし 夏 目さん が惡 いと 云 

つたら、 それが どんな 傑作で も惡 いと 自分で も 信じさうな、 物 騷な氣 がし 出した から、 この 二三 

週間 は 行く の を 見合せ てゐ る。 人格 的な マグネ テ イズムと でも 云 ふかな。 鬼に 角 さう 云 ふ 危險性 



の ある ものが、 あの人の 體 から は 何時でも 放射して ゐ るんだ。 だから: H^nl:: さんなん ぞに 接近す る 

の は、 . 一 概に. 好い とば かり は 云へ ない と 思 ふ。 我々 は 大人と 行かな くっても * まあ いろんな 點で 

全然 小供ぢ やなくな つて ゐ るから 好い が、 さもなかったら、 のつ けにもう あの 影響の 拙^に なつ 

て、 自分自身の 仕事に とりかかる だけの 精神的 自由 を 失って しま ふだら う。 见に^ 東京へ 來 たら" 

君 も 一 度 はきって 見 給へ。. あの人に 會ふ爲 なら、 實際 それだけに わざわざ 京都から 出て 來ても 好 

い 位 だ。. 1 J 

自分 は 當時菊 池へ 宛てて、 こんな 手紙 を 書いた 事が あった。 

, (大正 八 年 一.. 



片斷 • 槁定未 



夫れ 柳 風の 狂句に 曰、 舊 弊は隱 居の 名 かとお さん 尊き。 曰 進 開化の 君が代 は、 ニ錢の 郵便 一分 

の鐵 道、 驚と 飛 胸 は 昔に て、 千里 を 走れば おの づ から 惡事も 3: 時 か H レキ テル、 不思議の 巧み を 

驟河 裏、 椎の木 屋敷と 呼ばれた る、 門の 瓦斯 燈 いかめしき、 家の 主 は 名に し 食 ふ、 金 も 有 川兵吉 

とて、 持 丸 長者の 隨 一人、 八 犬 傅の それならで、 仁義 禮智の 差^な く、 淫酒 二つに 耽りた る、 そ 

の 流連の 51 り路、 時し も 六月 十日の 夜、 折から 降り 來る 五月雨に、 乘る 人力 も 金 春の、 三等 煉瓦 

を 後に して、 十二時 圭も 止る? si の、 山城 河岸 や 神 田 橋、 やがて 我家の 冠木門、 歌舞伎 ならね ど 

本 釣に、 常 盤 木 落葉ば らばら と、 落す 揖棒 諸共に、 桐油 を 取れば 有 川 は、 無 殘ゃ旣 にくれ なゐ の" 

血 i! 吐 を 吐きし 斷末 魔、 車夫の 仰天、 一家の 愁嘆、 明くる も 待た で 交 群 所へ、 訴へ 出で たる 大變 

は、 唯 毒殺とば かりにて、 仇 は 誰と も 白 藤の、 夫人の 淚 乾く 間な き、 大急ぎの 報道 件の 如し。 .ー 

1 軒 野 新聞 所載 11 . 



この 話の あつたの は、 明治 十二 三年 —— 東京の 町に は 開化の 日が 照る と 同時に、 やはり 舊 弊の 



226 



泥濘の 多かった、 丁度 あの 時代の 事でした。 と 云 ふよりも 或は、 司 馬 江漢の 銅版畫 にで も ありさ 

うな、 日本の 空氣と 西洋の 光線との 不思議な 位 際どい 調和が、 風俗の 上に も 建築の ト にも、 反映 

して ゐた 時代と 云った 方が、 W; は適當 かも 知れません-〕 當時 まだ 私 は洋學 と漢學 と、 どちらも 巾 

途 半端な 敎育 を、 しかも 跃 足で 通りぬ けた 二十代の 靑 年でした が、 それでも 父と 刖懇 だった 成 島 

柳 北 先生の 肝入りで、 及ばすな がら 朝野 新閱の 編輯 局へ 毎日 額 を 出して ゐ ました。 私 は 其 虚 で,^ 

多 保さん に —— これ も 同じ 社員で はありながら、 寧ろ 副業の 素人 探 似で 有名だった、 あの 本 多 さ 

んに 始めて 會 つたので す。 

本 多さん は 昔から 一切 身なりに はかま はない 人で、 殊に 帽子 なぞ は 一年中、 一:^ 色の 大きな ヘル 

メット を 何時も 大 あみだに かぶって ゐ ました。 その上 風采 も 至って 揚ら ない 方で、 あの 通り 色の 

黑ぃ、 うす Is 痕の ある 不 男が、 も 低く ければ、 人並より 瘦 せても ゐ ると 云 ふので すから、 . 仞對 

面の 時 なぞ は、 誰でも これが あの 評判の 才物 かと 意外に 思 はない ものはありません。 私 なぞ も 人 

社 匆々、 あの人が 永らく 英吉利に ゐ たと 云 ふ 事 を、 柳 北 先生に 問いた 時 は、 やはり 人の 惡ぃ 先生 

にかつ がれた ので はない かと 云 ふ 疑 さへ も 持った ものです。 よく 才氣の ある 人 は、 肌 を て 知れ 

るな どと 云 ひます が、 本 多さん は その 眼まで、 どんより と 唯. a いやうな、 甚 光の 鈍い 方でした か 

ら 

見た所 は その 通り、 何 處か下 ま はりの 壯士 めいた、 了 W 掘 はたい 人物で したが、 頭の よく 切れ 

る -は、 その 時分から 有名で、 後年 厶 A 侯の 懷 刀と 云 ふ:^ 名のあった. 1 村さん とー對 に、 在 朝 在 



片斷 • 稿定未 



227 



野の 雨 才子と 並び 稱 されて ゐ たもので す。 これ は 一 つに は 藤 村さん が ああ 云ふァ ング ロメ ユアの 

高 襟だった のに、 本 多さん は國粹 主義者の 寧 頑固な 一人でし たから、 それだけ 對 照の 妙 を 極めて 

ゐる 因緣づ くもあった のでせ う。 が、 或 結果 だけ 與 へられて、 それから 逆に 原因へ 溯って 行く、 

本 多さん の あの 鋭敏な 分析 的 推理 力に 至って は、 或は 藤 村さん さへ 三舍を 避ける かと 思 ふ 位、 恐 

る 可き 的確 性 を 持って ゐ ました。 さう して 叉 本 多さん に は、 その 敏活な 推理 カを驅 使す るの が、 

丁度 强壯な 筋力の 所有者が 野外の 競技 を悅ぶ やうに、 殆どん な道樂 にも 換 へられない、 非常な 興 

味の 源に なって ゐる らしく 思 はれました。 ですから あの人が 素人 探偵と して、 不思議な 令名 を 博 

したの も、 實は唯 この 推理 力 を 探偵の 爲の 探偵に 使った ので、 金錢 上の 利益な どが 一 切 眼中に な 

かった の は 勿論、 犯罪 事 實の摘 發と云 ふ 事 を道德 的に 考 へて、 それから 進んで あの 副業に 從 事し 

たと 云 ふ 次第で もありません。 何時ぞや 本 多さん 嫌 ひの 福 地楼痴 居士が、 「あいつ は 磁石み たいな 

やつ だ。 可 時で も 人の 惡 事へ 惡 事へ と 劍先を 向けて ゐるぢ やない か。」 と 篤 倒した 事が ありました 

が、 惡ぃ 意味 さへ 取って しまへば、 實際 あの人の 探偵 癖 は、 磁石の 針が 極 を 指す やうに、 或 必然 

的な 內部 衝動 性に 全然 支配され てゐ たやう です。 

その 好い 證據 は、 これから 御 話しす る事實 などが それです が、 さう 云 ふ 重大な 場合で なくと も I 

家常 飯に 本 多さん は、 好んで あの 神速な 推理 力 を 動かしました。 現に 一度な ど は 編輯 局の 窓際 

で、 隣 屋根に 降る 五月雨 を 眺めながら、 社長 始め 一同が、 卷線杳 の 纏って ゐる堙 草 分 i をと りまい 

て、 晝 休みの: W を寶 つて ゐ ると、 それまで 默 つて 煙. 草 を 吸って ゐた本 多さん が、 突然 柳 北 先生 を 



228 



つかま へ て、 

「昨夜 は あの 降りに、 餘程御 酷附の やうで したな。 何しろ ああ 河岸 を變 へて、 御飮み 直しに なつ 

たの ぢゃ、 いくら 先生で もた まりますまい。」 と、 微笑しながら、 かう 云 ふので す C 

始は柳 北 先生もう つかり 釣 込まれて、 机の 上 に 頰杖を つ い た 儘、 

「何しろ 石 井の やっと 一 しょ だからね。 萬 八から 柳 光亭へ 御酒 與を 柊す 時なん ぞは、 全く 跪々 

踉々 だった よ。」 などと、 云って ゐ ましたが、 その: s: に ふと 氣が ついた と::^ えて、 あの 長い 額を顿 

杖の 上で、 急に 本 多さん の 方へ 向け直す と、 眠の 足りない 隠 を 心持ち u-iE いて、 

「どうして 叉 君 は、 そんな 事 を 知って ゐ るの だい。」 と怪, 訝 さう に 尊ね ました。 すると 本 多さん は 

古風な. 鉈豆の 煙管 か 何 かで、 意地 惡く脂 下りながら、 . 

「天網 恢々 竦に して 洩らさす と 云 ふぢゃありません か。 ちゃんと 證 據は擧 つて ゐ ます。 おまけに 

昨晩 は、 大分 阿嬌も 大ぜぃ 居り ましたな。 中で も あの 小 干 代な どと 云 ふ 御^と は、 先生 も 大に若 

返って、 き やっき やっと 騒いで いらし つたで せう。」 

「へええ、 これ は 不思議 だ、 ぢゃ君 は あの 時 隣り 座敷に でも ゐた のかい。 それなら 始 からさう 云 

へばい いのに —— 」 

「冗談 云つ ちゃい けません。 私 は 例の ミルの 飜譯 で、 徹夜 もし かねない 位な 忙し さです。」 

これ を 聞いて 呆れた の は、 柳 北 先生ば かりではありません。 我々 は 皆 話 を やめて、 云 ひ 介せ た 

やうに 本 多さん と 柳 北 先生と を 見比べました。 が、 本 多さん は 相 不變、 人の 惡ぃ 微, 、を:^ らしな 



片斷 • 疋メく 



229 



がら、 煙草の 煙 を 吐く ばかりで、 容易に 何とも 答へ ません。 

「ぢ やどう して、 さう 云 ふ 手 誇が 擧 つたね。」 

それが やっと 口 を 11 いたの は、 暫くして から 柳 北 先生が かう 改めて 尋ねた 時でした。 

「何、 種 を 明せば、 極く だらない 事から わかった のです。 わかった と 云 ふより は、 屮 つたと 云 ふ 

方が 或は 當を 得て ゐる かも 知れません。 ごらんなさい。 あの 窓の 明りに すかして 見る と、 先生の 

の 右の 袖に は、 昨日まで なかった 酒の 汚點 がつ いて ゐ るで せう。 外の 人なら 鬼 も 角 も、 先生 

が 袖へ 酒 を 御 こぼしに なるや うぢ や、 餘程御 酷^な すった のに 遠 ひありません。 次に さっき 拜見 

すると、 やはり 羽織の の 方に、 揉んで 落して はあり ますが、 ちょいちょい 泥の 痕が 見えました ( 

どうせ 往き 還り は 俥で せう から、 はねの 上って ゐる所 を 見る と、 近くの 御茶屋から 御茶屋ぐ 雨 

の 中 を 御 歩きに なった の も、 略見當 がっくと 云 ふ ものです。 最後に 校 書が 大ぜ ぃゐ たと 云 ふ 事 は. 

-11 し 

かう 云って、 本 多さん は 鉈豆の 煙管 を はたきながら、 あの 白い 眼で ちょいと 柳 北 先生の 額 を 見 

またた 

ると、 何故か 瞬き を 一 つし ました。 

「校 書が 大ぜ ぃゐ たと 云 ふ 事 は、 先生の 召し物の 勻で わかります。」 

1 同 はこの 言に つれて、 どっと 一度に ふき 出しました。 これに は 流石の 柳 北 先生 も 少し てれた 

一 一と さら 

形でした が、 大方 その 笑 を 揉み消す つもりだった のでせ う、 急に 頰杖 を片 づける と、 故に 眞 菊な 

聲を 出して、 



230 



「ち ゃバ 千代と ふざけた の は、 どうし て わかった らう。」 と 訊 いた もの です。 

「それ も 造作の ない 事から わかった のです C 先生 はさつ き 茶 を 一:;" し 上った 後で、 袂 から 手 巾 を 御 

屮:: しにな つたで せう。」 . 

「さて は あれに 紅で もつ いて ゐた のかい。」 

柳 北 先生 は にゃにゃ 笑 ひながら、 狡搰 さう に 本 多さん の 額 を 偷み兑 ました。 が、 本 多さん は K ハ 

面目な 調子で、 

「いや、 紅 はついて ゐ ませんで した。 又つ いて ゐ たにしても、 紅 だけ ぢゃ小 P 代 だか 誰 だか、 わ 

かりません。 それより あの 時 手 巾と 一 しょに、 鹽碗 豆が 一 粒 下へ 落ちました。 だから 御^だ なと 

思った のです。 先生 はよ く ああ 云 ふ 物 を 買って、 酒席で も 御^にお やりになる でせ う。 さう し VJ、 

先生の 御 愈展の 御酌が 小 干 代と 云 ふ 位な 事 は、 私 もとう に 知つ てゐ ます。」 

萬 事が かう 云 ふ 調子でした。 ですから 柳 北 先生 も 本 多さん に は、 照 魔 と 云 ふ-き 名 をつ けて、 

あの 大和魂と いふ 狂 樂府を 作った 時に も 、「ゆ 上 豈無照 魔 鏡、 分明 照 見 正與, 邪」 と 云 ふ樂屋 落ちの 

句 を 人れ たもので す。 所が 當 時の 私と 云 ふの は、 京都で 爆し 首に なった 親父 ゅづ りの 媒叛 ::湫 が あ 

つて、 何でも 冒 險 的な 事と 云 ふと 一種の 倘怳を 持って ゐ ましたから、 EE の 前に 木 多さん の やうな 

名高い 探偵が ゐる 以上、 どうして その 崇拜 者に ならす に ゐられ ませう。 私 は 一週 で 木 多さん に 

心服し、 一月で 本 多さん の 部下に なり、 三月で 本 多さん の 行く 所へ は、 どこでも ついて-,:;: くやう 

になって しま ひました。 . 1 . さ うして その 問に 一 番 私の 興味 を惹 いたのが、 これから 御 話しし よ 



片斷 • 稿定未 



231 



うとす る、 不思議な 殺人事件の 樑偵 なのです。 

確 この 喜劇の 一幕が あった 前後 だと 思 ひます が、 或 日 II これ もや はり 梅雨 中の、 一 日 寂しい 

雨が 降りつ づけて ゐる、 徽 臭い 新 間 社の 午後でした。 私が 編輯 局の 机に 向って、 濱 町の 或 待合に 

あった^つ ぼい 怪談 を、 春 水 張りの 文章 か 何 かで 一生懸命に 書いて ゐ ると、 給仕が 一人 私の 所へ 

やって 來て、 小 泉さん に 御 目に かかりた いと 云 ふので す。 

「ぢ ゃ應接 所へ 御通し 申して 置け。」 

かう 云って 給仕 を追拂 ふと、 私 は 大急ぎで 又 五六 行、 精々 物凄い 筆を揮って、 「その 因緣は いづ 

れ次號 に」 と、 勿體 らしく 結んで から、 筆 を 耳へ 挾んだ 儘、 一張羅の 怪しげな 縞の 背 廣に紅 緒の 

上草履 を ひっかけて、 名前 だけ は 立派な 塵 接 所へ 取り あへ す 先行って 見ました。 すると そこに は 

給仕の 云った 通り-、 私 も 面識 だけ は ある、 交際家で 有名な 淸水 警部が、 まだ 椅子に も 腰 も 下さな 

いで、 ぼんやり 窓の 外の 隣 屋根の、 五月雨に 光って ゐ るの を 眺めながら、 きな 臭い 卷 煙草 を 返 屈 

さう に 吸って ゐ ましたが、 私の 額 を 見た と 思 ふと、 急に 人が 變 つた やうに、 愛想よ く 笑って 兑せ 

て、 

「や あ 小 C 水さん、 どうも 御 多用の 所 を 御 呼び立て 申して すみません。 實は本 多さん に 御 nj にか 力 

らうと 思って 伺った のです がな、 生憎 まだ 御 出社に ならない さう で、 就いては あなたから 一 っ祸 



言 傅て を 願 ひたいので すが。」 

「何です。 叉 何 か 犯罪 事件で もあった のです か。」 

「あつたので すか は 驚きます な。 新閱 記者が それ ぢゃ 心細い。 金 春の 往來で 昨日の 朝、 洋服の: t 

士が 殺されて ゐ たと 云 ふ 一件です。 今ぢゃ 東京 中 どこへ 行った つて、 その 暉で 持ち切って ゐる位 

です ぜ。」 

「ああ、 あの 新聞配達が 屍骸 を 見つけた と 云 ふ 事件です か。 あれなら 知って ゐ ますよ。 知って ゐ 

ます 所 か、 社中で は 昨夜から 大分 議論の 問題に なった ものです。 何でも 今 けば あの 紳士と 云 

ふの は、 實業 家の 有 川 ださ うぢゃありません か。」 

「さう です。 有 川 兵吉、 揮 名を僞 文大盡 と 云 ふ 先生です がな。 あなた 方に はよ く 叩かれて ゐた 

ですから、 もう 何も彼も 御 承知で せう。」 

淸水 警部 はかう 云って、 血色の 好い 額に 溢れる ばかりの 微笑 を 浮べながら、 妙に 上 眼 を 使 ふや 

うにして、 ちょいと 私の 額を观 きました。 新聞記者と は 云 ひながら、 まだ ここへ 接み こんで、 卞 

年と たたない 年若の 私 は、 元より 偽 文大盡 の行狀 なぞ を 知って ゐる訣 はありません。 そこで 素 

に 首 を ふつ て、 

「いいえ、 何にも 知りません。 何 か 面白い 審 でも あるので すか。」 

2 「面白い にも 何にも、 あの 偽 文の 惡逆 無道 を 御存知な いや うぢ や、 殘念 ながら まだ 本 多さん の片 

腕と は 行きません な。 まあ ニー n にして 雞 せば、 女好きな 獸で すが、 それもぁぃ つ のはまるで^!-違 



片斷 • 稿定未 



同様と 來てゐ るので す。 一度 なぞ は 横濱へ 行く 汽車の 中で、 乘 合せた よその 奥さんに さへ 怪 から 

2 ん眞以 をした と 云 ふので すから、 略 一斑 はわ かりませ う。 尤も あの 時 は 大將、 どこから か 麻醉劑 

を 手に入れて ゐ たさう です がな。 そら 「かなよ み 新聞」 か 何 かに、 「麻 醉劑 車中 芬蘭」 と 云ふ讀 物が 

出た の は、 あの 一件 を 書いた のです。」 

「大變 なやつ です ね。 よく そんな やつが 法律の 制裁 を 受けない ものです。」 

「そこ は 金の 力です。」 と 云って、 淸水 警部 は、 何故か 急に 間の 惡る さうな、 額 をしながら、 剃り 

痕の靑 ぃ顋の あたり を 一 一三 度 掌で 撫で ま はして、 

「. 可し ろ 金 はうな る 程 あるので すから な。 現に 京都の 祇園 か何處 かで、 舞妓が 一人 體 よく あいつ 

に 殺された 時なん ぞも、 金で 內濟 にす ませたら しいので す。 勿論 東京 ぢゃ、 そんな 事 はさせ ませ 

ん。 あなた 方 新聞記者 もゐ る。 我々 警察官 もゐ る。 いくら 僞文 でも、 東京 ぢゃ 駄目です。 「せ 上豈 

無 照 魔 鏡、 分明 照 見正與 邪」 成 島 先生 はうまい 事 を 云 ひますな。」 

淸水 警部が 調子に 乘 つて、 丁度 かう 辯 じ 立てた 途端です。 まるで 默阿彌 の散髮 物に でも 出て 來 

さうな if で、 應接 室の 戶 がば たりと 開く と、 如何 はしい 黑紹 の紋附 きの 羽織に 襞の 分らない 袴 

を は、 た、 脊の 氏い 本 多さん が、 無精ら しく 片手 を懷へ 入れて、 その 薄 痘痕の ある 額 を 突然 私た 

ち ひ 前へ 現しました。 それ を 見た 淸水 警部が、 相好 を 崩して 悅 びながら、 早速 本 多さん の 方へ 向 

き 直る と、 今まで 私に 話した 通り を、 もう ー歷 大きな 聲で、 手 を 揉み 揉み 饒舌り 立てた の は、 元 

より 云 ふまで もあります まい。 が、 日頃から 無愛想な 本 多さん は 例の 白い 服 を 動かして、 ぢ ろり 



234 



と淸水 部 を 一 赞 すると、 自分 は圆テ H ブルの 側の 椅子の 上へ、 無造作に 腰 を 下しながら、 

「あの 事件の 話なら、 僕 は 昨日から、 もう 聞き飽きる 程 聞きました よ。」 と、 折角の 話の 腰 を 乎 も 

なく 折って しま ひました。 これに は 流石の 淸水 警部 も、 ちょいと 拍子 拔が したと 兑 えて、 何のと 

つっき もな く 新しい 卷 煙草へ 火 をつ ける と、 本 多さん の 向う の 椅子へ、 思 ひ 出した やうに 腰 を か 

けました が、 

「何しろ 珍しい 殺人です からな。 ああ 云 ふ金滿 家が 往来で 殺されて ゐる —— まるで 飜譯 小説に で 

も ありさうな 話です。 あなたな どの 探偵な さるのに は、 絶好の 事件で せう。」 

「何、 御 頼みがなければ、 探 似し なくっても よろしい。」 

本 多さん は殆 笑と も 思 はれない 程の 笑 を 辱に 浮べながら、 皮肉に かう 答 を 投げ返しました。 そ 

の 時の 淸水 1.1 部の 顏を思 ひ 出す と、 八:' になって さ へ 私 は 微笑せ すに ゐられ ません。 

「いや、 御 頼み 所ぢ やありません-」 實は 今日は 私が、 全 東京 市內の 警察官 を 代表して、 是非とも 

一 臂の勞 を 借して 頂く やうに、 歎願 をし に 上った 次第な のです。」 

「そんな 大装裟 な 御 賴みを 受ける 程の 人間 ぢ やない が、 乎 傅へ と 仰 有るなら、 御手 傳ひ 中しても 

よろしい。」 

「それ を 伺って、 私 も 大安 心です。 何しろ 八... 度と 云 ふ 今度 は、 のつ けから 私たちに は のつ け や 

うがない のです からな。」 

かう 一 K ふ 問答 を 聞いて ゐた私 は、 大に 好奇心 を 動かし ましたが、 何しろ 車 件が 私に は 全く 關係 



片斷 



のない 事な ので、 邪魔になる の も氣が 利かない と 思 ひました から、 ちょいと 二人に 目禮 して. 早 

2 速應接 所の 戶へ手 を かけました。 すると 本 多さん が、 後から 聲を かけて、 

「君、 大して; y しく もなかったら、 二人で 淸 水さん の 御 話 を 伺 は うぢ やない か。 その 方が 僕 も 勝 

手 だから。」 と、 體ょ くその 場 を 取 縫って くれました。 これ は 勿論 本 多さん がすべ て冒險 とか 探偵、 

とか、 さう 云 ふ ものに 興味の ある、 年少な 私の ri マン ティ シズム に 前から 同情が あった からでせ 

う。 そこで 私 も 安心して、 本 多さん の 隣の 椅子へ、 さも 一 かどの 探偵ら しく、 大風に を 落着け 

ました。 實際 有名な 本 多さん と 一し よに、 しかも この 重大な 殺人事件に 就いて、 替視廳 の 淸水警 

部と 協議 をめ ぐらす と 云 ふ 事 は、 可成 私に は 嬉しい 事だった のです。 

「と 云ふ訣 はですな。」 と、 淸水 警部 は 言 を 次いで、 「これ は 極 祕密に 御 相談 申し上げなければ なら 

なゥ のです が、 肝肾の 犯人が どうも 意外な 所に 發 見され さうな 容子 なのです。 その上 その 嫌疑者 

が 下等 社會の 人間 だと、 一先 所轄 警察署へ 引致して、 取調べる と 云 ふ 事 も出來 るので すが、 生憎 

立派な 身分の ある 紳士な ので、 確な 證據 の擧ら ない 中 は、 迂濶に 手が 下されません。 萬 一 こっち 

の 見 こみ 違 ひで、 腹で も 切り かねない 場合に 立ち至る と、 いくら 私で も 閉口し ますから な。」 

未 「へええ、 もう そんな 嫌疑者が 出た のです か。」 

定 - 

稿 



236 



〔草稿〕 

された の は、 あの 近江屋 (假名) と 云 ふ 質屋と 堺屋 (假名) と 云 ふ 藥種屋 とが 向 ひ 合って ゐ 

る、 日吉町 X X 丁目の 三等 煉瓦の 四つ辻でした。 最初に 發 見した の は、 報知 新聞の 配述 人で、 そ 

れが 最寄りの 交番 所へ ハ.. - 報した の は、 丁度 そこの 時計で 午前 g! 時 十分だった さう です。 ぬ は 仰 

向けに なって 倒れて ゐ ましたが、 銳ぃ 刃物で 突いたら しい 創が、 チョッキの 胸に 二つと、 おの? 一;^ 

に 一 つ あり、 頰 には义 紫色の 打撲傷が 顋へ かけて 一 つついて ゐ ました。 それから 被. 者の ポッケ 

ット にあった もの は、 金側の 時計、 紙 入、 名刺入れ、 藝 者の 寫眞が 三枚、 名前 は 玉 八に 小 藤お 蔦 

です。 乎 紙が 一 通、 差 出し 人 は 橫濱ジ H ム ス 商會、 —— これ は どれ も 犯人が 乎 をつ けたら し い 形 

跡はありません。」 

「現場に 何 か 落ちて ゐ たもの はなかったです か。」 

「あり, ます。 ええと —— 被害者の 山 高帽と 銀の 握りが ある ステッキとの 外に、 襟 飾らし い 葡-ぉ 色 

の 巾の 裂けた のが 一 つ、 蝶貝 製の 紐が 一 つ、 それから 少し 離れて、 あすこの, 孙便 箱の 下に ダイ ァ 

ナと云 ふ 金口の 卷 煙草の 吸殼 がー つ、 11 尤も これ は、 あの 事件に 格 训關係 はない かも 知れ ませ 

ん。」 - _ 

「成程、 卷 煙草の 吸殼 がー つ、 ありまし たか。 これ は 面白い。」 

本 多さん は 始めて、 興味 を 動かした らしく、 例の 白い 服 を 大きく 明けて、 滿 足さう に 微笑 を; If 



片斷 • 稿定未 



237 



らしました じ が、 淸水 警部 は それに 氣 がっかなかった のか、 相不變 偸 快 さう に 手帳の 頁 を 繰りな 

が ら、 ま る で 新聞 の 記事 で も 朗讀す る やうな 聲を 出し て 、 

「現場の 容子は ざっと かう 云 ふ ものです が、 まだ その外に 申し上げる 必要が あるの は、 その 夜 1 

—と 云 ふより はもう 午前 一時 前後です から、 その 朝と 云 ふ 方が 好い かも 知れません。 その 朝、 あ 

の つ 辻の 近所で、 兇行の 前後 を 見聞した ものが、 三人ば かり ある 事です。 その 一人 は 日吉町 X 

X 丁目の 夜 廻りで、 これ は 近 江 屋の土 藏の角 を 曲って 半 町ば かり 行った 所で、 洋服 を 着た 純士が 

一人 息 を 切らしながら、 走って 來 るのに 行きち が ひました。 もう 一人 は 堺屋の 若い者で、 ふと 小 

ことば 

用に 起きた 所が、 外で 人聲が 聞え たので、 ちょいと 耳を澄ませて 見る と、 始に 「うぬ」 と 云 ふ 言、 

それから 「ふぢ」 と 云 ふ 言が 聞え たさう です。 その後 は 妙な 物音が して、 それから しんとな つた さ 

うです から、 同時に^ 行も完 つたので せう C 最後の 一人 は 夜 裔麥寶 です が、 これ は殆 殺人 を目擊 

したと 云っても、 好い かも 知れません。 何しろ その 夜 薪 麥賫が あの 四つ辻 を 通りかか ると、 や は 

り 洋服 を 着た 紳士が 二人、 往來 のまん 中で つかみ 合って ゐ たと 云 ふので す。 一人 は 杖 を 持って ゐ 

たと 云 ひます から、 勿論 滿村 氏だった のでせ う。 さう して その 二人が つかみ 合って ゐる側 を、 怖 

布 通りぬ けた 所が、 やはり 「こ ふぢ」 とか 「ふぢ」 とか 云 ふ聲を 聞いた さう です。」 

二ら わき 

前から 一種の 興奮 を 感じて ゐた私 は、 その 時とうと ぅ耐 へきれ なくなって、 田. - はす 側から 口 を 

出しました。 

「さっきの 藝 者の 寫眞 にも、 小 藤と 云 ふの が ありまし たね c」 . 



「そこです。 そこに 我々 も: :! をつ けて ゐ るので す。 こ Q 小 藤と 云 ふの は、 ェ 部^の 原さん と 大分 

浮 名 を 流して ゐる藝 者です がな。 どうも これが 犯人の 搜 索に は、 餘程與 つて 力が ありさう です。 

實は 嫌疑者 を t 犬ぎ 出せた の も、 この 蔓を たぐって 行った からでした。」 

淸水 警部 はかう 云って、 自分の 言の 重み を 計る やうに、 暫く 話を途 切らせた 俊、 圓テ エブルに 

肘 をつ いて 如何にも 得意ら しいう す 笑 を、 私たちの 方に 送りました。 が、 本 多さん は 依然として、 

口角に 浮んで ゐる 皮肉な 表情 を、 刻み煙草の 煙に まぎらせながら、 退屈 さう に .領 ハて、 「成 3 、ェ TJ 

こと 

一言 云った だけです。 それが 私の 服から 見る と、 如何にも 齒 痒い 氣 がしました から、 ; 4 は淸水 

部の 言 を 追 ひかけ る やうに、 早口に かう 問 ひかけ ました。 

「さう して その 嫌疑者と 云 ふの は 誰です c」 

「さあ、 そこで 愈 前に 申し上げた 肝肾の 問题に はいるので すが、 ー體原 氏と 滿村 氏と は、 その 小 

藤と 云ふ藝 者から 起った 鞘當 筋で、 始終い がみ 合って ゐ たらしい のですな。 现 にあの 兇行の 當日 

も、 二人 は 木 挽 町の 對月 (假名) であった 宴 會の 席上で、 杯の やりとりから、 旣に立 廻り さへ 演じ 

兼ねない 程の 噴 t. をした 事が あるの ださう です。 これ は その 場に ゐた第 X 銀行 頭取の 浅 田 氏の 話 

です が、 滿村 氏が 小 藤の 一 件 を 云ひ屮 I すと、 原 氏 はまる で 血相 を變 へ て、 r 覺 えて ゐろ。 -ぬも sf- 

だから。」 と捨臺 辭を殘 した 儘、 席 を 蹴って つて 行った と- ーム ふ:? M じした。 实 ノけ が 終った の は 十 時 

8 半で、 滿村氏 は 自宅へ 歸る やうな 事 を 云 ひながら、 俾で對 月 を 出た さう です,」 所が その 俾を 挽い 

た 車夫 をつ かまへ て 訊いて 見る と、 氏 は 〔二字 缺〕 橋を谏 Ills 方へ 渡った.^ で、 M: を..?^) してし まつ 



片斷 • 稿定未 239 



たさう ですから、 それから 行の 時刻まで、 どこに 氏が ゐ たかと 云 ふ 事 は、 差當 り見當 のつ け や 

うがありません。 しかし. —— .」 

「犯人 は 原さん だと 云 ふので すか。」 . 

本 多さん は 鉈豆の 煙管 を 指の 先で 弄びながら、 ゆっくりと 睡 むさうな 聲で 尋ねました。 

「まあ、 さう です。 勿論 それ もま だ 外に 有力な 證據 があって の 上な のです がな。」 と 云って、 淸水 

警部 は、 相 乎の 機嫌 を 窺 ふやうな、 心 もとない 微笑 を 浮べて、 神經 的に 手帳の 頁 を あちこちと 11 

けて 眺めながら、 「と 云 ふの は あの 晚、 一 時 前後に 原さん は、 金 春の 袖の 家 (假名) と 云 ふ 待合 を 叩 

き 起して、 止って 行った と 云 ふ 事實が あるので す。 しかも 女 將の云 ふ 所に よると、 何 か 非常に 興 

奮して ゐる容 子だった さう です し、 襟 飾の ちぎれて ゐ たの も 確に 見た と 云 ふぢゃありません か。 

まだ その上に 上衣の 鈕の 一 つ とれて ゐ たの は、 原 氏 自身 も氣 がつ いて、 「醉 っ拂 ひに かかり 合った 

ので、 とんだ 恥つ かきな 目にあった。」 と、 獨り言 を 云って ゐ たさう です。 さう して 袖の 家 は 夜 廻 

りが 怪しい 紳士に 遇った 所と、 半 町ば かりし か 離れて ゐ ません。. I どうです。 これが 當り 前の 

人 問で ごらんなさい。 卽 座に 拘引す る 位な 事 は、 立派に やれる だけの 證據が あるで せう。」 

「所が 向う は 原さん で、 原さん の们 父さんに は參議 がゐる —— そこで 詮議が 面倒に なると 云ふ訣 

です ね。」 

私 は 今更の やうに 同情の 眼 を淸水 警部に 注ぎました。 もし その 時 本 多さん が、 突然 眠から 醒め 

たやう に、 銳く 反對の 一句 を 射なかったら、 私は猶 何時までも、 淸水 警部と 一し よに 逮捕 難 を 歎 



240 



いて ゐた 事で せう。 が、 本 多さん は 煙管 を 筒へ 納める と M 時に、 嘲る やうに ぢ つと 相手 を 見て、 

「しかし 原さん も滿村 も、 煙草 を 吸 ひ はしません ぜ。」 

「ですから ですな。 ですから、 先刻 も 煙草の 吸殼 は、 この 事件と 關係 はなから うと 中し 上げた の 

です。」 

淸水 警部 は 餘程狼 犯した と 見えて、 慌 しく 椅子 を 進めながら、 手 を 狼って かう 答へ ました e そ 

れが本 多さん に は 可笑しかった からでせ う、 あの人 は 薄 瘦痕の ある 額 を、 强 ひて 笑 ふまい とする 

やうに 歪めながら、 ちょいと 服 を 床の 上に 落し ましたが、 

「さあ どう 云 ふ ものです か —— 實は ここへ 來 ると 途中で、 私の 知って ゐる、 —— 知って ゐるも 可 

笑し いが、 手先に 使 ふ 事の ある 竹と 云 ふ 乞食に 遇ったら ば、 あの 夜 一人の 洋服 を 着た 神士 が、 现 

場から 餘り 遠くない 外濠 端で、 通りかかった 人力車 をー臺 呼んで、 數寄屋 橘の 方へ 行く の を 見た 

と 云って ゐ ました。 尤も これ は 兩手を ポッケ ットへ 入れて、 格別 慌てる 容子 もな く、 悠々 と 堙 草 

を ふかしながら、 煉瓦の 方から 歩い て來 たと 云 ふので すが c」 

「しかし それが 犯人 かどう か は、 原 氏 以ヒに 問題で せう。」 

「勿論 問題に は 違 ひありません。 が、 竹が その 純士の 車に 乘 つた 跡へ 來て 見る と、 こんな ものが 

落ちて ゐ たさう です。」 . 

本 多さん は袂を 探って、 何だか 反故 紙に 包んだ もの を、 私たちの 前へ 出して 見せました。 その 

紙 を 擴げる 問 も 惜しい やうに、 淸水養 部と 私と が、 兩 方から 頭 を つき出して、 叮嚀に そっと 開け 



片斷 • 稿定未 



241 



て 見る と、 その 乞食が 外濠 端で 拾った と 云 ふ 品物 は、 やはり ダイ アナと 銘の ある、 金口の 卷堙草 

の 吸殻だった ではありません か。 淸水 警部 は啞 然として、 暫く は 唯 本 多さん の顏を 眺めた 儘 T ダ 

ィ アナ、 ダイ アナ」 と 口の 中で、 誰に 云 ふと も 〔無く〕 眩く ばかりでした。 あの 雨の 日のう す喑ぃ 

, つ めた 

應接室 と圆テ H ブル を 園んだ 私たちと、 さう して その 圓テ H ブルに 擴 げた 反故 紙の 底に、 冷く 光 

つて ゐる 金口の 卷 煙草の 吸殼と 1 1 私 は あの 時の 事 を 想 ひ 出す と、 未に その 吸殼を 見た 瞬間の、 

何とも 云 はれない 興奮が 還って 來る やうな 氣 がします。 …… 

「その上 竹が その 俾を 見覺 えて 置いた の は、 全く 目つ けものでした。 何でも 牡丹に 唐獅子の 描い 

て ある 俥だった さう です。」 

程 經て本 多さん は、 遠い 所 を 見る やうな 眼つ きをしながら、 靜 にかう つけ 加へ ました。 



「誰が 一 番 先へ 出て 來 ました?」 - . 

本多さんは叉^?1.^にかぅ云ふ質問の句を射ました。 . . 

「一番 先へ 出て 來. たの は、 北 川と 云 ふ 書生です。 それから 村 瀬と 云 ふ 執事の 老人が 來る。 ぉ吉と 

云 ふ 召使 ひが 來る。 それに 車夫 も手傳 つて、 漸く 滿村氏 を玄關 の式臺 まで 擔 いで 來 ると、 その 時 

に は 奥さんまで、 寢間 着の 儘、 奥から 出て 來 ました。 ここで 御注意 申し上げて 置きた いのは、 そ. 

の 時で も 滿村氏 は、 まだ 幾分 か 息が あつたと 云 ふ 事です。」 . . . . 



淸水餐 部 は 自分の 言の 重み を 量る やうに、 暫> ^話 を途 切らせました。 が、 本 多さん は 依然と し 

て、 表情の ない 漏 を 刻み煙草の 煙に 隱 した 傲、 少しも 先 を 聞きたがる 容子を 見せません。 私 は 流 

石に 淸水, 部が 氣の 毒に なりました から、 . 

「さう して?」 と 話 を 促しました。 

「さう して 奥さんの 額 を 見る と、 「藤」 とー寶 云った さう です。 !;-さんの名が藤子と云ふ^^?;は、 わ 

ざ わざ 割 註に も 及びますまい。 滿村氏 は その 一 言 を 吐いた だけで、 il もな く 絶命して しまったの 

です。 これ は 當時氏 を 介抱して ゐた、 ぉ士 I: と 云 ふ 召使 ひから 聞きました。」 

「それだけで すか。」 

本 多さん のさう 云ふ聲 が、, 欠 仲 まじりの やうに 聞え たの は、 $ によると 私の 邪推 かも 知ト しませ 

ん。 しかし それ 程、 その 時の 本 多さん は、 退屈 さうな: S をして ゐ たのです。 

「いや、 まだあります。 その後で 滿村氏 を 奥座敷へ つれて 行って、 てゐる 洋服 を悅 



. . (未完) 

OKli; 九 年 四月) 



河童と 云 ふ 動物に 關 して は 古來 奇怪な 傳說に 乏しくない。 この 話 も 主人公 は、 紛れの ない 一 匹 

の 河童で ある。 しかし 近代の 科學的 精神 は 河童の 存在 さへ 認めよう としない。 況 やわた しの 話な 

ど は、 ー嘑 にも 價せ ぬと 思 はれさう である。 して 見れば 本文へ は ひる 前に、 河童と は 抑 何で ある 

か? 實 在の 動物 か 架空の 動物 か? 多少の 解釋を 加へ るの も、 あながち 無用で はない かも 知れ 

ない。 

今人 は 疑 ふに も關ら す、 古人 は 河童の 存在に 堅い 信念 を 抱いて ゐた。 しかし 古人と 今人と は、 

信 不信の 差^ こそ あれ、 日常の 經驗 を根據 とする 事 は、 いづれ も 趣 を 一にして ゐる。 古人 は靑蘆 

の 茂った 沼に、 岩の 側 立った 谷川に、 いや、 日傘の 往來の 絶えない 江戶京 橋の 堀り 割に さへ、 河 

童の 遊ぶ の を 目撃した。 が、 今人 は 博物館に も、 河童の 剝 製の ある 事 を 聞かない。 この 故に 一は 

有 を 主張し、 一 は 無を說 いて やまない ので ある。 しかし その 自家の 經驗 以外に、 有無の 理由が な 

いとすれば、 今人 は 古人 を 嘲る 事 は出來 ない。 のみなら すたと ひ!; 製 はなく とも、 河 童の 捕瘦に 

關 する 記 錄は、 今でも 諸 書に 散見して ゐる。 常 陸の 河童、 醬: 後の 河童 义は越 前の 河童 等、 . I 寫 



244 



生 圖の殘 つて ゐる もの も少く はない。 たと へば 享保 元年 六月 五日 水 戶に捉 へた 河童の 如き は、 丈 

三尺 五 寸餘、 重さ 十二 貫、 r 總體 骨な き 樣に相 見え、,, の 穴 は 三つあった さう である。 义弘化 三年 

六月 八日 加 藤 雀 庵の 目撃した、 双頭の 河童の 陰干しの 如き は、 丈 三尺ば かり、 齒は 上下 四 枚、 奥 

齒は 左右に 二 枚 、「その かほ かたち、 猿 を 干し固め たる ものに 似て」 ゐ たと 云 ふ。 これらの 文獻を 

も參 照せ す、 妄に 河童 をな しとす るなら ば、 4, 人 は 寧ろ 古人の 爲に、 嘲られる 事 を 免れない であ 

らう。 古い 茶 in の 心 木の 穴から、 龍の 昇る の を 見た 人々 が、 n 々に 驚き 騷 いだ 時、 西 鶴 は 作 中の 

老 法師に、 何と 彼等 を 嘲らせた か? 「各 i 廣き 世界 を UI^, ぬ 故な り」! 

しかし これらの」 义獻 に、 疑惑 を 持つ 挙者も 稀で はない。 彼等 は 諸國の 河童 記事に、 幾多の 相 遠 

が あるの を 見ても、 河童の 存在 は 疑 はしい と 云 ふ。 成程 筑 後川に^ する 河童 は、 視 色の 皮膚に \^ 

が 生えて 居り、 三 河 越 前に 產 する 河童 は、 頭部 以外に 毛の ない ばかり か、 皮 魔の 色彩 も暗綠 色で 

ある-〕 が、 これらの 相違 だけで は、 河童の 存在 は 否定し 難い。 もし 否定し 得る とすれば、 諸國の 

^駝 記事 を檢 しても、 或は 二つ 瘤が あると 云 ひ、 或は 一 つし か 瘤 はない と 云 ふ、 文獻 上の 相 遠 か 

ら、 駱駝の 存在 も 疑 はれる ではない か? 沉ゃ 皮膚の 色彩な ど は、 周 園の 色彩に 應 する,、 カメ 

レオンの 如き 動物 も ある。 ああ、 河童と カメレオンと! この 二つの 動物に、 近似 性 を 想像す る 

の は、 必 しも 不當と は 思 はれまい。 いや、 わたし は 河童の 皮膚 も、 カメレオンの 皮膚の 通り、 ? i 

時隨 所に 變 化する 事 を 確信して やまない 一 人で ある。 

, が、 學者 はこの 外に も、 河童の 存在 を 疑 ふべき、 多少の 理由 は 持たないで もない。 彼等の 主;^ 



片斷 • 稻定未 



245 



する 所に よれば、 河童に 關 する 文 獻は、 近 *L 二三 百年に 限られて ゐる。 下學禁 以外 倭名抄 以後、 

歷 代の 語彙に 徵 しても、 河童の 名目 は报げ てない e これ は 河童の 存在が、 疑 はしい 證左 では, ない 

かと 云 ふ。 成程 歷 代の 語彙に 名の ある もの は、 實 もあった 事 は 確かで ある。 しかし 名のなかった 

事 は、 實 もなかつ たと 云 ふ 證據に はならない。 遠い 歷 代の 語彙 は 問 はす、 現代の 辭書を 開いて 見 

て も、 實際 存在す る 事物の 名前が、 揭げ てない 例 は無數 にある。 この 事實を 否定す る もの は、 辭 

書 を 出版す る 本屋 以外に、 恐らく は 天下に 一 人 も あるまい。 旣に辭 書に 名のない もの も、 存在す 

る 事實を 認めれば、 河童の 有無 を 疑 ふ もの も 無意味に 了る 事 は 勿論で ある。 

では わたしの 見解 は、 全然 古人と 同一 であるか? いや、 少く とも 一 點 では、 明らかに 古人と 

異 つて ゐる。 古人 は 何時も 河童と 云へば、 怪物と 考 へる 傾向が あった。 「水神」 「ひや 會」 を 見て 

も、 河童が 怪 類に 屬 する 事 は T うすへ」 「川の 殿」 等、 九州に 行 はれる 河童の 異名 は、 殆河童 を 敬 

ふ 事、 神と ひとしかった 證據 である。 が、 わたしの 所見に よれば、 これ は 古事記 や 風土記の 著者 

が、 蛇 や 猪を祌 としたのと 少しも、 異 つた 所 はない。 河童 も 正體を 見極めれば、 蛇 や 猪 ど 同じ や 

うに、 やはり 動物の 一種で ある。 更に 詳しい 記述 を すれば、 大體 下の 通りになる かも 知れない。 



「河童 は 水中に 棲息す る 動物な り。 但し 動物 學 上の 分類 は、 未だ これ を詳ら かにせ す。 その 特色 

三 あり。 (一) 周 圍の變 化に より、 皮膚の 色彩 も變 化する 事、 カメレオンと 異る 所な し。 (二) 人語 

を發 する, 鸚^に 似 たれ ども、 人語 を 解す る は ml よりも 巧みな り。 (三) W 肢 を切斷 せらる る も、, 



切斷 せられた る 四肢 を 得れば、 直ちに 癒着せ しむる 力 あり。 產地は 日本に 限られ たれ ども、 約 

六十 年 以前より、 漸次 減 亡し 去りし ものの 如し。」 (未完) - 

、: 3- 上 は 河童の 話の 一部分、 否、 その^^^の 一部分な り、 但し 目下 イン フル ニン ザの 爲、 如:^ にす る も iai を 

次ぐ 能 はず。 讀者 並びに. i 輯 者の 諒恕を 乞 はんとす る 所以な り。 作者 識。 

(大正 十一 年 四月) 



片斷 • 槁定来 



247 



河 內屋太 兵衞の 手紙 



まだお 目に かかった 事はありません が、 是非とも あなたの 御所^ を 承りたい と 存じます から、 

失 禮をも 顧す、 この 乎 紙 を 差 上げる 事に しました。 勿論 近 松 門 左 衞門樣 と 申せば、 日本 六十 餘州 

の 中に も、 隱れ のない あなたの 事です から、 かう 云 ふ 手紙 をお 受けと りになる の も、 珍ら しい 事 

ではあります まい。 しかし どうか この 手紙 は、 うるさい などと 思 召さす、 鬼に 角 御 披見 を 願 ひた 

いと 存じます。 その上 もし 御 差 支へ なければ、 折り返し 御意 見 をお 聞かせ 下さい。 あなたに こん 

な 事 をお 願 ひする の は、 勿論 潜 上の 沙汰と は 存じて ゐ ますが、 何しろ 下に も 申し上げる 通り、 こ 

れ はわた し、 河 內屋太 兵衞の 命に も關る 一大事な のです。 いや、 或は 大阪を 始め、 津々 浦々 の 若 

いものの 命に も關る 一大事な のです。 ですから 虫の 好い お 願 ひに もしろ、 わたしの 心 をお 察しの 

上、 どうか 一概に 却け ないで 下さい。 

恥 を 申さなければ わかりません が、 わたし はこの 一二 年、 會根 崎の 茶屋 津の 國屋の 小まん ど 云 

ふ 白人に、 深い 馴染み を 重ねて 來 ました" あなたに 聞いて 頂きた いのも、 實 はこの 小まん とわた 

しとの、 二人の 問に 持ち 上った、 泣いたら ば 好い か、 笑ったら ば 好い か、 方 返しの つかない 出來 



248 



事な のです。 と 云っても 格^ 自慢 さう に * 一 々二人の, おじさ 加減 を吹聽 する 次第で もない のです 

から、 その 邊は御 心配に は 及びません。 わたしが 小まん と 馴れ 染めた の は、 —— そのいき さつ を 

申し上げる 前に、 わたしの 身の上 はどうな つて ゐる のか、 それ を 一通り 書いて 見 ませう。 さもな 

ければ 盱肾の 話 も、 なぜ さう 云 ふ 始末に なった か、 はっきり しない 惧 があります から。 

わたしの 父、 河內屋 德兵衞 は、 わたしが 七つ、 弟の 與兵衞 が 四つの 時、 故人の 数へ は ひり まし 

たり その後 母へ 入夫 をした のが、 今の 父の 德兵衞 です。 それから 母 はもう 一人、 お 近と.. ムふ妹 を 

儲けました。 現在 はわた しだけ 順慶 町に、 あと は 皆す つと 本: 大滿 町に、 どちらも 油!: を 渡^に し 

てゐ ます。 いづれ お 近に でも 婿 を 取れば、 親譲りの 見 世 は そちらに 渡し、 與兵衞 はや はり わたし 

の やうに、 分家す る になる のでせ う" 

わたし は順慶 に 見 世 を 持った 時、 お 種と 云 ふ 女房 を 貰 ひました。 お 種 は 突 人ではありません。 

が、 素直な、 技巧の ない、 その代り 多少 子供じみた、 云 はば 善良な 女房な のです。 わたし はは C 山 

を 持った 當座、 この 正直す ぎる 位、 無 邪氣な 所が 氣に 入って ゐ ました。 いや、 八:' でも 其處 だけ は、 

何にも 換 へられな いと 思って ゐ ます。 確か 祝言 をす ませてから、 一 パ とたたない 頃だった でせ う。 

まだ 風の 寒い 時分で したが、 お 種 は I 貝 ひ 物に 行った りに、 牡丹 を 一枝 貿 つて 來 ました。 輪の 大 

きい、 薄い 紅 を さした、 目の さめる やうな. g 牡丹です。 わたし は 時候が 時候です から、 これは安 

ぃ價!^-では寶るまぃ、 どの位 とられた と 尋ねて 見ました。 するとす ゐ ぶん 一! 2 うご ざいました、 二 

十 何 匁と か 云 ふではありません か? わたし もさす がに 驚きました。 このせ ち 辛い 肚の屮 に、 い 



片ぼ f • 稿定未 



249 



くら 里の 母に 貰った、 小 遣 ひが 殘 つて ゐ るに しても、 そんな 金を使 ふやう では、 さき 行き も氣、 、つ 

か はれる と 云 ふ ものです。 しかしお 種が 嬉し さう に、 その 花 を 活けて ゐ るの を 見る と、 小言 を 云 

ふ氣 になる より は、 まづ頻 笑んで しま ひました。 本天滿 町の 父 や 母 は、 鼻紙 一 枚 使 ふのに さへ、 

二つに 切らなければ 使 ひません C それが かう 云 ふ 所 を 見たら、 どんな 顏を する だら うと 思った の 

です。 同時に 人の 思惑な どに は、 善 かれ 惡 しかれ 氣 のっかな いお 種が、 (つけば 悄氣 てし まふので 

すが、) 妙に 可憐な 氣 がした のです。 お 種 も 今では 子持ちで すから * 如何に 世間 を 知らないと 云つ 

て も、 その 時 程の 事はありません。 が、 お 種の 善良 さに は、 少しも 變りは 見えない のです。 

もう 一 つ 次 手に 申し上げれば、 丁度 子供が 生まれた 年、 . I 太吉は 今年 三つです から、 もう 一 

昨年になります が、 小さい 頸 や 胸の あたりに、 ひどい 汗疹の 出來た 事が あります。 わたし は それ 

へつ けて やる のに、 天瓜粉 を 買へ と 云 ひつけました。 所が 朝 云 ひつけた のに、 夕方 行水 を 使 ふ 時 

になっても、 未に 天瓜粉 は 買って ありません。 わたし はお 種に 小言 を 云 ひました。 するとお 種 は 

あすまる 所 か、 そんな 事 を 仰 有っても、 外に 手の ある 訣 ではなし などと、 不服が ましい 理窟 を 並 

べるのです。 わたし は 腹が立ちました から、 二言 三 言 云 ひ 合った 末、 里へ 歸れと 怒鳴りつ け まし 

た。 その 曰 はあり ふれた 夫婦喧嘩の やうに、 それぎ り 無事に すんだ のです。 が、 すっと 後に なつ 

てから、 もう 彼是 大晦 に 間 もない 時分の 朝の 事です が、 例年 通り 神棚 を淸 めて ゐ ると、 ふと 氏 

神の 御札の 陰に、 扇 を 一本 見つけました。 しかも この 無地の 扇 は、 何時か 何處 かへ 見え なくなつ 

ヒ、 わたしの 古 扇ではありません か? わたし はお 種に 扇 を 見せながら、 妙な 事が ある もの だ、 



250 



お is は 知らない かと 尋ねて 見ました。 しかしお 種 はどうした のか、 笑って ばかり ゐ るので す。 勿 

論 笑 ふ 所 を 見る と、 お 種の 仕業に は 遠 ひない のです が、 なぜ 神棚へ 隠して 置いた のか、 その 訣は 

とんとの みこめません。 それでも 眞 面目に 間 ひ つめられ ると、 お 種 はとうとう り惡 さう に、 こ 

んな事 を白狀 しました。 「何時か 夏 天瓜粉の 事から、 出て 行けと 仰 有った 事が ございませう。 あ 

の 時 もし どうしても、 此處へ 置かない と 仰 有ったら、 その 扇 を 一本 だけ、 頂いて 參る つもりで 居 

りました。 所が あれぎ りに なりました から、 つい 神棚へ 載せて 置いた なり、 出し 忘れて しまった 

ので ございます, -」 わたし はお 種の 話 を 聞きながら、 つまらない 事 を 思 ひ 出しました。 それ は J 

度 e: 年 前に、 お 種と 祝言 をした 時に も、 この 扇 を 持って ゐ たと 云 ふ 事です。 

もうこれ だけ 申し上げれば、 わたしの 女房 はどう- K ふ 女 か、 大抵 御 推察が ついた でせ う。 乂ゎ 

たしが かう 云 ふ 女房に、 何の 不足 も 感じて ゐな いのは、 格別 不思議で もあります まい。 では なぜ 

小まん と 深い 仲に なった か、 . 1 . あなた はさう 仰 有る でせ う。 いや、 心屮 物の 乍 者た る あなた ま、 

そんな 事 を 仰 有る に は、 餘 りに 人間の 本性 を 知り 過ぎて いらっしゃる かも 知れません。 が、 もし 

假 にさう 仰 有った とすれば、 かう わたし は 申し上げたい のです。 成程お 種 自身に は、 の 不足 も 

感じて ゐ ません。 しかし 我々 の 夫婦 暮らし は、 時々 退屈に 感ぜられる のです。 我々 の、 1 1 こ e 

は 我々 ばかりで せう か? わたし は ひとり 我々 に 限らす、 誰の でも さう らしい 氣 がする のです。 

なぜと 云へば お 種の やうに、 不足の ない 女房 を 持って ゐて さへ、 退屈 さに 變り はない のです から。 

わたし はこの 退屈 さの 爲に、 時々 曾 根 崎へ 遊びに 行きました。 これ はわた しに 云 はせ ると、 た 



片斷 • 槁定 1 ミ 



251 



とひ 惡ぃ 事に しても、 やむ を 得ない 事だった のです。 しかし 小まん に 夢中に なった の は、 のみな 

らす 飛んでも ない 人騷 がせ をした の は、 「やむ を 得ない」 だけで はす まされません。 なぜ わたし は 

ああな つた か、 わたし は 忘れ 難い 一昨日の 夜、 小まん と 二人 歩きながら、 その 事ば かり 考 へて ゐ 

ました。 すると 突然、 . 1 .實 際 それ は 花火の やうに、 突然 心に 浮んだ のです。 11 わたし はすつ 

と あなたの 爲に、 欺され てゐた 事を發 見し ました。 

あなたに 欺され てゐ たと 云 ふの は、 11 その 訣は 少時お 待ち 下さい。 わたし はま づ 小まん の 事 

から、 申し上げなければ なりません。 小まん は 前に も 書いた 通り、 津の 國屋の 抱への 白人です。 

これ も 美人ではありません。 が、 どう 云 ふ因緣 か、 小まん は 殆ど 何から 何まで、 わたしの 女房と 

は反對 なのです。 お 種が すらりと 瘦 せて ゐれ ば、 小まん は圓々 と 肥って ゐる、 お 種が 地味な つく 

り を すれば、 小まん は滅 手な つくり をす る、 お 種が 技巧 を 知らなければ、 小まん は 技巧 を 知り 過 

ぎて ゐる、 お 種の 右の 頰に黑 子が あれば、 小まん は 左の 頰に黑 子が ある、 -11 あなた はま さか 黑 

子まで はと、 お 笑 ひになる かも 知れません。 が、 それ もほんた うなので す。 わたし は 最初 小まん 

を 見た 時、 この 何 一 つ わたしの 女房と、 似て ゐる ものの ない 所に、 人知れ ない 興味 を 感じました。 

もし 小まん に 少しで も、 お 種と 變ら ない 所が あったら、 たと ひあなた に 欺され たにしても、 あれ 

程-のぼせつ めはしなかった でせ う。 ああ、 女房と 裏腹な 女に、 どんな 誘惑が ひそんで ゐ るか、 わ 

たし は それ を考 へる と、 常に 變化を 求める の は、 避け 難い 人間の 宿命と は 云へ、 今更の やうに 恐 

しい 心 もちが します。 しかも これ はわた しばかり か、 御前 町の 紙屋の 主人、 治兵衞 もさう では あ 



25? 



りません か? 紙 治 はや はり 曾 根 崎の 茶屋、 紀の 國屋の 小春に 通って ゐ ます。 小春 は瘦 せた 女で 

すが、 治 兵衞の 女房 を御覽 なさい。 あの 位 象の やうに 大きい 女が、 一人で も 外に ゐる でせ うか? 

…; しかし そんな 事 は餘談 です。 

わたし は 小まん の 誘惑が、 大きかった 事 を 申し上げました。 しかし その 誘惑と 一し よに、 始終 

わたし を 支配して ゐ たの は、 恐し い あなたの 噓の 力です。 では その 嘘と は 何だった か、 あなた は 

わたしと 小まん との、 二人の いきさつ をお 聞きに なる^に、 自然と おわかりになる でせ う。 これ 

は 去年の 秋です が、 わたし は 掛け 先 を 廻った 房り に、 生 玉の 社へ さしかかりました。 すると 誰か 

後ろから 、「た ぁ樣、 た ぁ樣」 と聲を かける のです。 わたし は 編 笠 を かぶった なり、 聲の する 方 を 

ふり 返りました。 と、 出 茶屋の 床に ゐ るの は ノ投島 田に 結った 小まん です。 「何 だ、 お前 か?」— 

—わたし はさう 云った 時には、 もう 其處へ 腰かけて ゐ ました。 聞けば 小まん は K 舍 の- 乂:: と、 三十 

三 娇の觀 音 を 廻り、 あと は n 暮らし 酒に する 爲、 此處に 來てゐ ると 云 ふので す。 そんな 話 を 聞い 

てゐる s: に、 わたし はだん だん 色男ら しい、 しんみりした 氣 もちに なって 來 ました。 あなた は 勿 

論 さう 云ふ氣 もちが、 どんな もの だか も 御存じで せう C あの 「付 根 崎 心 巾」 の 巾に、 丁^ こ, と 同 

じ やうな、 生 玉の 一場 をお 書きに なった あなた は。 わたし は 八 マ 考 へれば、 旣 にもう その 時から、 

あなたの 犧牲 になって ゐ たのです。 しかし その 時 は 小まん と 二人、 唯 しみじみ とおり 添った ai、 

舌た るい 話に 耽って ゐ ました。 いや、 それば かりではありません。 わたし は 人目の ない の を 幸 ひ、 

簾の かげに 隱れ ながら、 ちょいと 小まん の:! を 吸 ひました。 と 同時に わたしの 口に は、 苦い もの 



片斷 • 朴。 J/ti 术 



253 



が 一 ばいに 擴 がりました。 何でも この 苦い もの は、 令し 方 胸の 痛んだ 爲、 小まん の 呑んだ 熊の 膽 

なの ださう です。 あなた はこん な 事 をお 聞きに なれば、 お 笑 ひになる のに 違 ひありません。 しか 

しわた し は 笑 ふ 所 か、 氣の 毒が る 小まん の 手 をと つたなり、 もう 一度 眞 面目に 話し 出しました リ 

この 笑 ひさへ しなかった の を 見ても、 如何に わたしが 莫 だった か、 容易に 御 想像が 出來 るで せ 

う C 

. (未完) 

(大正 十 1 年頃) 



254 



民 



おの i ろ じ ま 

寂しい 神代の 夜明けだった。 人氣 のない 礮馭盧 島の 港に は、 大きい 八 咫の媳 がー 羽、 小高い 5 お 

の 上に 止まって ゐた。 岩の 柅には 薄明る い 砂に、 浪の 往来が 絶えなかった。 共處 には乂 これ も 人 

きい、 千尋の §1 が 腹 這って ゐた。 彼等 はこの 靜 かな 世界に、 人 問の 斗へ は屆 いた 事の ない、 神々 

の 話 をして ゐる のだった。 . 

「どう だね。 天上の 神々 は? 相 不變戰 をして ゐ るかね?」 

§ マ は浪に 洗 はれながら、 徐ろに 頭 を さし 仲ば した。 その 頭に は 森の やうに、 悔 t 十 や 珊瑚が 生 ひ 



「相 不變戰 ばかりして ゐる。 昨夜な ど は 殊に 烈しかった やう だ。」 

「昨夜の 稻妻は 格別 だ つ たからね。 祌々 も 中々 苦し い と 見え るに 

「苦しい 所ではない。 命が けの 戰 なの だ。 11 」 

骑は考 深 かさう に、 ちょいと 頭 を 傾けた。 その 頭に も 鳥の 巢が あるの か、 逆立った;^ 根の 間 か 

らは、 何 羽 も 小 £:;| が 首 を 出して ゐた。 „ 



片斷 • 稿定未 



255 



「神々 の 敵 も手强 いからね。」 . 

お ほひる め っキ」 £r は- 

「しかし 大日 霎も 生まれた と 云 ふし、 月 弓 も 生まれた と 云 ふの だから、 おひお ひ 人間の 間に も., 

『神々 の 弓矢』 は 殖えて 來たぢ やない か?」 - 

「神々 の 敵 も手强 いからね。 11 」 

聰 はもう 一 度 繰り返した。 , _ . 

「大日 霧、 月 弓、 11 まだ それだけ では 十分で はない。 神々 の 敵 は 一 日の 中に、 千 人の 味方 を 造 

ると 云 ふの だ。 すると 神々 も 一 日の 中に、 • 千 五 百 人の 味方 は 造らなければ ならない。」 

「干 五 ki: 人、 —— 祌々 も 中々 苦しい と 見える。」 

鰹 は 太い 息 を 吐いた。 

「苦しい 所ではない。 神々 は 何時も 蒼 ざめ た 額に、 汗と 血と を 滴らせて ゐる。 それ は 勿論 今まで 

に は、 一度 も 神々 の 負けた 事 はない。 しかし 永久に 勝ち 續 ける 爲に は、 まだ 十の 大 nn 鍵 や 百の □:: 

弓が 必要 だね。 」 

膽と 鰹と は 少時の 問、 默 然と 浪の 音に 聞き入って ゐた。 

「おや、 赤子が 啼 いて ゐ る!」 

§w は 突然 る やうに 云った。 成程 さう 云 はれて 見れば、 薄暗い 島の 何處 からか、 かすかに 聞え 

て來る 啼き聲 があった。 鶊は その 聲を 聞き 定める と、 嬉し さう に 太い 喉 を 鳴らした。 



255 



X 

丘の き はま だ靑々 と、 つややかな 葉 を 垂らして ゐた。 が、 その 所々 に は、 旣に 紅の 徳を 房々 と 

應 かせて ゐる もの もあった。 丘の 向う に は 海が あると 見えて、 あたりに 垂れた =L- の 葉に は、 絶え 

す潮騷 のどよ む 昔が、 間 だるく 通って 來る らしかった。 いや、 海の 近い 事 は、 たと ひさ ざ;^ さへ 

立たない 日で も、 その 穗の 末が 拂 つて ゐる鯛 雲の 光に 明らかであった" 雲 は 眩 ゆく 燦 きながら、 

層々 と 鱗 を 疊んだ 問に、 紛れ や うのない 海の ijl を ほん の りと く 漂 はせ てゐ た。 

芒の 中には 一 人の 女が、 じっと 開き 耳を澄ませながら、 暖ぃ 砂の 上に 坐って ゐた。 頸に 懸けた 

勾玉 や 腕に 卷 いた 釧を見 ると、 女 は 人皇 何 代 かの 古の 民に 違 ひなかった。 さう 云へば 腰の あたり 

にも、 美しい 領布の 垂れた 陰から、 三寸 程の すす 鏡が つつまし く =1 の 光 を 照り 反して ゐた。 —— 

女はケ から 一年 あまり 以前、 やはり この 丘の 芒の 中に、 たった 一人 眠って .0* た。 すると その 油 

斷を 窺って、 何 か 人 2: に えない 物が、 否應 なく 女 を 自由にした。 それ は 日の 光よりも 捉 へやう 

のない、 風よりも 自^に 飛んで かノく 神々 の 一 人 かも 知れなかった。 女 は 折り 敷いた いじ を 摘んで、 

時々 玉の やうな 兩脛を 振 はせ ながら、 苦し さう に 長い間 いで ゐた。 が、 やがて その 何物 か は、 

來た ゆの やうに 音 さ へ 立てす、 顏を 火照らせた 女を殘 して、 何^ へ ともなく 立ち去って しまった- 



m - ^定未 



257 



唯 この 時 女の 眼に は、 丁度 かすかな 虹に 似た 雲氣 が、 大空 を 透かせた 靑 芒の 末へ、 ほのぼのと 昇 

つて 消える のが 見えた。 女 はすぐ に 起き直った。 それから 兩手を 顏に當 てて、 急に さめざめと 泣 

き 始めた。 それ 以來 女の 胎 フ!: に は、 この 神と 人と も 知れない、 怪し、 い 物の 胤が 宿った のであった。 

. 1 . 女 は 人 11^ のない の を 聞き 定める と、 群る 亡の 中に 橫 はって、 徐に 出産の 時 を 待つ らし かつ 

た。 芒 は 相 不變靑 々と、 日の 光の 屮に戰 いで ゐた。 それ は 中空に 啼く 雲雀の 服に も、 見す ベから 

ざる 女の 姿 を 適って しま ふのに 十分であった。 あたり は その後 暫くの §r 



: : (未完〕 

(大正 十 一 • 二 年顷) 



258 



自分 はこの 秋 も 神經衰 II に 罹った。 この 秋 もと 云 ふの は 一昨年の 秋、 支那 兌 物から 歸 つた 時に 

も、 やはり 同じ 齊の爲 に 三月ば かり 苦しんだ ことがある。 今度の は その 時の 程 重い ので はない" 

が、 催眠 劑を川 ひない 限り、 眠られな いこと は 同じだった。 叉 催眠 劑を川 ひたに しろ、 二 時 か 三 

時に 目が 覺め たなり、 天明 を特っ こと は 稀ではなかった。 「赤と きゃ^ なきやむ 屋根の 一 — 自 

分は寢 返り を總り 返しながら、 かう 云 ふ 句 を 作った 覺ぇも ある。 

その ii はま だ 風流だった。 それが だんだん 嵩 じる と、 :!: をす るの も麼 になり 出した。 自分 は 人 

にも 會 はなければ、 手紙に も 返事 を 出さない やうに なった。 しま ひに はとうとう 返事 どころ か、 

封 さ へ 滅多に 切らない やうに なった。 手紙 は 大抵 一 週 問 目に 黑 塗りの 亂れ 箱に 一 ばいになる。 自 

分 は その 度に 女中 を 呼んで は、 みんな 風呂の 下に 燒 かせる ことにした。 折角の 手紙 を 煙に する の 

は 勿論 自分に も 偸 快で はない。 しかし 煙に する より 外に: U かたのなかった こと も * 赏 である。 

自分 は 唯 さう 云 ふ 中に も、 隔日に 近所の 下 島さん へ カルシウム を 注射 をして 貰 ひに 行った。 こ 

れも 行った と 云 ふより は 行く ことにして ゐ たと 云 ふの かも 知れない。 衣 も おちおち 眠られない 自 



m • 稿定未 



259 



分 は 十二時 過ぎ 迄 起きない ことがある。 すると 宅診の 時間に 間に合 はない から、 つい 出かける の 

を 見合せ てし まふ。 又 行けば 行ける 時で も、 ぶつりと 腕の 靜 脈へ 注射針の は ひる こと を 想像す る 

と、 どうも 出かける 氣 にならない。 そんな こんなに 絡まれる 爲に、 二日 置き、 三日 置き、 II 或 

は 彼是 一 週間 も 出^って しま ふこと は 度た びだった。 

或 野 分の 烈しい 朝、 自分 はや はり 何日 目 かに 下 島さん へ 注射に 行った。 診察室の 寢薹に 寢てゐ 

ると、 础子 窓の すっと 上に 庭 さきの 棕櫚が 二三 本、 高い 捎 だけ 少し 見える。 棕櫚は 風 を 受ける 度 

に、 ばさばさした 葉 を 煽る やうに する" 同時に その 葉の 一 裂け づ つも 細かに ひらひら 震動す る。 

大きい 葉 全體の 動き かたから 見る と、 一 裂け づ つの 動き かたは 如何にも 神經 的に 感じられる。 下 

島さん はこの 窓 を 後ろに 注射器の 具合 を撿べ てゐ た。 それが やっと 注射針に カル シゥム の 液 を 吸 

はせ ながら、 かう 自分に 話しかけた。 

「どうです、 體の 具合 は?」 

「何 だか 舊態 依然 として ゐ ます。」 

下 島さん はちよ いと 默 つた 後、 「注射 を 緩け なけり やい けません な」 と 云 つ た。 自分 は 返事に 困 

つたから、 まじま じ棕橺 ばかり 眺めて ゐた。 すると 下 島さん はもう 一度 同じ こと を 繰返した。 自 

分 は 少し 反抗的に なった。 , 

「しかし 神經 衰弱 ぢゃ 死なないで せう?」 

「死にます よ" 大 死にです よ。 營養祌 經が參 り やそれ つきり です。 この間 も 一人ありまして な あ- 



260 



J 

下 島さん は 注射 をす ませた 後、 その 患者の 話 をした。 それ は 中 里邊に 住んで ゐる 退職 官吏の 娘 

だった。 當人は 11 畫が 得意だった から、 小 學校を 卒業す ると、 一途に 畫家 になりたがった e が、 

經濟 上の 關係も あり、 兩親は 全然と り 合 はない。 その,!: に 烈しい 神經 衰弱に 權り、 一 日 一 = と懷 

作し 出した。 始は 不眠が 續 いたり、 亂視が 起ったり する 位だった。 が、 おひお ひ 食慾が 衰へ、 し 

まひに は 床に 就いた ぎりに なった。 かう 云 ふ 重態に 陷 つたら、 もうどう にも 取り返し はっかない 

割られる やうに 瘦せ 細りながら、 とうとう 昨日の 朝 死んで しまった。 ギ はやつ と 卜 六 歳、 器量 も 

巾屮 好い 方だった と 云 ふ。 

「それでも 殆ど 死に際 迄畫 ばかり 描いて 居り ましてな あ。 又 非常に 器 川な のです。 わたし も 一 二 

枚 貰 ひました から、 一 つ あなたに もお 目に かけ ませう か?」 

下 島さん は デスクの 抽斗から 水 彩 畫ゃ錯 筆畫を 出して 見せた。 畫は 成程 器用だった。 が、 兄た 

儘 を 描いた と 云 ふよりも、 或畫の 型を眞 似た ものだった。 花 を 描いた 水彩畫 など は 殊に 素直 さに 

乏しかった。 自分 は 何だか 寂しい 氣 がした。 

下 さんに 聞いた 話 は その後 も 時時 思 ひ 出した。 思 ひ 出す 度に 死と- ムふ ものが 身近 かに 來 たや 

うな 心 もちが した。 自分 は 冬へ 押し 移る 書 齋 に ぼんやり 煙草 を 御へ ながら、 自分の 死ぬ こと を考 

へたり、 子供の 死ぬ こと を考 へたり した。 自分の 死ぬ こと を考 へる と、 死 そのものに は 恐怖 もな 

かった。 が、 子供の こと を考 へる と、 いつ 死に 襲 はれる かわからない 人 il の 命 は 情けなかった。 



片斷 • 槁定未 



261 



ゼン マイ 仕掛の 蠅取 器が ある e あの 砂糖と 酢と を 塗った 木 板の ヒに 止まる 蠅は 自然と 金網の 箱に 

呑まれて しま ふ。 こ の 「自然と」 と 云 ふところに 底 深い 恐し さ の ある やうな 氣 がした。 

自分 は 又 二三 日して から、 下 島さん へ 注射に 出かけた。 下 島さん は 自分の 顏を 見る と 、「先日お 

話した 娘が な あ」 と、 もう 一度 あの 患者の 話 をし 出した。 娘の 父親の 退職 官吏 は 生前 娘に 薄 かつ 

た りに、 死後 はどうに かして やりたい と 思った。 が、 恩給 暮らしの 貯金 位で は 到底 葬式 は 立派 

に出來 ない。 せめて は 火葬に する 時で も、 一等の 竈に してやり たいと 思った。 ところが 火葬場に 

問 ひ 合せる と、 一等 は 生憎 滿員 だと 云 ふ。 二等なら ば まだ 明いて ゐ ると 云 ふ。 父親 はとうとう 當 

惑の 餘り、 一切の 事情 を掛 りの ものに 話した。 それから どうか 一等の 竈 を 都合して くれと 懇願し 

た。 掛 りの もの は 弱った やうに 少時 帳簿 を檢 ベて ゐた。 しかしし まひに は 笑 ひながら、 「では 一等 

の 料金 をお 拂ひ なさい。 特等の 竈に して 上げます」 と 云った。 . 1 . 下 島さん はかう 云 ふ 話 をして 

から、 顏 中に 滿足 らしい 色 を 出した。 

「火葬場 も 中中 感心です な あ" どうです、 こり やちょい と小說 じみて ゐ るで せう?」 

この 話 は 自分に も 好い 感じ を與 へた。 しかし 寂しい こと は變ら なかった。 人間 同志の 同情 は 焚 

き 火の やうに 暖を與 へる かも 知れない。 が、 ま はりの 冬 を 思へば 餘 りに 小さい 焚き火 だと 忍った = 

その 小さい 焚き火に さ へ たよらなければ ならない と 云 ふの はす ゐ ぶんた まらない こと だと も 思つ 

た。 下 島さん から 歸る途 に は 墓 原に 沿った だらだら 坂が ある。 自分 は その 坂 を 登りながら、 妙に 

やけ 糞な 心 もちに なり、 霜解け も かま はす 滅茶苦茶に 歩いた。 . (大正 十二 • 三年) 



262 



俊寬 

一 硫黄が 島 

鬼界は 十二 島から 成って ゐた。 そのうち 五島 は 日本に 屬し、 七 島は琉 球に 馬して ゐた。 

みなん 

硫黄が 島 は 五島のう ちで も 最も 南に 位して ゐた。 源平 盛衰 記 は 第七卷 にこの 鳥の こと を かう;::^ 

, , : 、- ,、 いかづち おと きも こころ 

して ゐる C —— 「服に 追る 物 は 燃え 上る 火の 色、 耳に 滿 つる 物 は 鳴り 下る 雷の 昔、 肝心 も 消 ゆるば 

かりなれば、 一 日 片時 堪 へて 有るべき 心地せ す。 …… 昔 は 鬼の 住み たれば、 鬼界の^^^こも名付け 

へんど 

たり。 今 も 硫黄の 多ければ、 硫黄が 島と ぞ 申しけ る。」 しかし これ は 邊土を 知らぬ 盛衰 記の 作者 

の 誇張だった。 成程 この 島の 活火山 は 谷々 に 硫黄 を 産して ゐた。 叉 かう 言 ふ 島の f& は 敷^でも 

ない のに 遠 ひなかった。 けれども 火山 さへ 半 腹 以下 は 格 樹ゃ笆 蕉に蔽 はれて ゐた。 況ゃ 麓から 海 

へ 下る 平地 は 麥ゃ琉 球 芋 の 畑だった。 

硫黄が 島 は周圍 七里餘 だった。 この 島の 人び と は 海岸の 處々 に 幾つかの 村を營 んでゐ た。 村 は 

い は どの 

遙 かに 日本に 臨んだ、 最も 大きい 岩 殿で も 彼の 葉を葺 いた 家ば かりだった) が、 南は琉 球から、 

ザ 1 ,化 , 、 i よど 

北 は 叉 日本から 時々 便船の 渡る 爲に、 必 しも 文明の ない 訣 ではなかった。 少く とも i^々 5 一,^ 殿に 住 

しま も 

ま ふ、 今 は 年と つ た 島守り の 家に は 黑棚ゃ 几帳 も 並ん でゐ た。 



片斷 • 稿定未 



263 



あんげ- < 

けれども この 離れ島へ 俄かに 文明の 流れ こんだ の は 安元 三年の 暮秋だった。 遠い 都から 三人の 

%M のまる、 まる 渡つ て來た 暮秋 だ つ た。 き 帽子 さへ かぶらぬ 島び とに は 都め いた 三人の 流人の 姿 

,< . びんせん たび わ こ 

も 文明 そのものに 違 ひなかった。 のみなら す 門 脇の 宰相 は ほ 本から 便船の 渡る 度に、 姬 君の 知 耳に 

常る 一人の 1^ お、 ! 丹 波の 少將 成經の もとへ 衣類 だの 調度 だの を 達って 來た。 

三人の 流人 は 5 石 殿の 南、 海に 面した 丘の かげに 三人 一 つに 住む 家 を 造った。 家 はや はり 笹葺き 

だった。 が、 §1- に擬 した 構へ は 島守り の 家よりも f 廣 かった。 其 處へ剪 栽の 一 巴 蕉の葉 かげに 美 

美し い!^ He 長な ども 立て ま はして あった。 島び と はこ の淸ら かな 住居 を 只 「屋 形」 と稱 して ゐた。 

M 、が 白い 島守り を 始め、 島び と は 皆 三人の 流人 を 主人の やうに 尊敬した。 「屋 形」 へ 召使 ひに 召 

される こと は 常に 島び との 誇りだった。 しかし 流人 は 三人と も 言 ひ 合せた やうに 沈んで ゐた。 殊 

に 年少 の 戎經は 島び との 敬意 を 受ける のさへ、 如何にも 不快に 堪 へない らしかった。 

します ぎょい 

「あの 殿た ち は 都び との 中で も、 雲の上に 住ま はれた 方が たぢ や。 この 侘しい 島 住ま ひの 御意に 

入らぬ の も 尤も ぢゃ がのう。 …… 」 、 

あるよ ; f>,v り もす ど 

安元 三年 も 暮れ かかった 或 夜、 島守り の 翁 は 干 鳥と 言 ふ 十六 歳の 一人娘 を 前に、 しみじみ かう 

歎息した。 赤い 燈臺の 光の 中に 何 か 夢み てゐる 一 人 娘 を 前に。 

. .. (未完) 

(大正 十三 年 十二月) 



264 



大導寺 信輔の 半生 

^^虛 

「ええ、 わたし は 何でもえ らい 學者 になりたい のです。 

下 の 事から 天上の 事まで 窮めまして、 

自然と 學間 とに 

通じたい と 存じます。」 

「ファウスト」 の 中の 學生 はかう メ フィス トフ H レ スに 語って ゐろ。 -ーの言葉はそのま.^:<^生^^ 

代の 信輔 にも 當て 嵌まる 心 もちだった。 尤も 彼のな りたい もの は必 しも 學^ と は 限らな かつ ヒ。 

それ は 純 粹の學 者よりも 寧ろ 學 者に 近い ものだった.」 或は 藝術 家に も 近い ものだった。 が、 15- に 

角-— 精神的に えらい もの」 であるに は 遠 ひなかった。 彼 は 只 この 「精神的に えらい もの」 になる のに, 

滿 足して ゐた。 思想家になる とか、 詩人になる とか、 或は 又 小:^ まになる とか、 A 體 的に は 何も 

考 へなかった。 その 叉 「精神的に えらい もの」 は 何 か 無造作に なれさう だった, - 若し 彼 さへ なりた 

いと 思へば、 明 口に も 忽ち なれさう だった。 おし 彼 さへ なりた いん- m:- へば、 ;—— は: さへ ほ,, - たう 



片斷 • 稿定未 



265 



になり たいと 思 へ ば! 彼 はかう 言 ふ 空想の 中に 漫然と 何年 かの 月日 を暮 した。 けれども 《仝 想 は 

いつの 間に か 腐敗の 臭氣を 放ち 屮:; した。 彼 は それでも 何 筒 月 か 豚の 安逸 を 貪った 後、 とうとう 眞. 

面目に 「精神的に えらい もの」 になら うと 決心した。 

信輔も 彼の 友 だち の やうに 哲學を 第一 の藥 問に して ゐた。 同時に 义 彼の 「えらい もの」 も 折:: 學的 

を 第一 の條 件に して ゐた。 彼 は その 爲に 何よりも 先に 祈 C 學の 屮へ沒 頭した。 當 時の 哲學は ベルグ 

ソンに 第一 の 座を讓 つて ゐた。 信輔 はま づ手當 り 次第に 「時間と 自由意志」 へ 侵入した。 それ は ffi 

子の 建築よりも 透明 を 極めた 建築だった。 彼 はこの 冷たい 壯嚴 の屮を 犬の やうに 彷徨した。 が、 

犬の 求める 肉 は 不幸に も 其 處には 見當ら なかった。 彼 は ベルグ ソンの 建築 を屮 I た 後、 これ も當時 

の 流行だった オイ ケ ンの 門へ は ひらう とした。 しかし オイ ケ ン の 宗敎的 情熱 は 忽ち 彼 を 不快に し 

た ひ それから —— それから は 彼の 放浪 時代だった。 彼 は 只 あせりに あせりながら、 精神科 學の卜 

字 街 を 乞食の やうに 放浪した。 或 時はラ • メト リイの 唯物主義に 流し 眄を與 へた こ. ともあった〕 

或 時はス ピノ ザ の 汎神論に 齒の 痕を殘 した こと もあった。 或 時は义 カン ト の 「純粹 理性 批判」 に、 

!,- 信輔の 「純 粹 理性 批判」 は レクラム 版の 古本だった。 彼 は 彼是 二 年の 11、 この 本 を 書架に 並べ 

て 置いた。 しかし 畢に三 頁よりも 先 を 請んだ こと は 一度 もなかった。 かう: 百 ふ 哲學的 摸索の 失耿 

は 一-服 彼 を 不安に した。 彼 は 時々 立ち 止って は 彼の 道程 を 振り返った」 成程 ニー 二の 哲學者 は 1 , 

二 イチ H ゃショ オペ ン ハウ ェ ルは少 くと も 彼に 一 脅の 肉 を 惠んで くれたのに 違 ひなかった。 けれ 

ども 彼の 饑ゑは 依然として ゐた。 彼 は實は 第一 に 準備 的 智識に 不足して ゐた。 第二に 根氣 にも ま 



265 



しかった。 第三に 概念 を糧 にす るに は餘 りに 感覺に 執して ゐた。 が、 それ 等の 考へ は當 時の 彼に 

は 起らなかった。 彼 は 愈 彼 自身の 中に {4! 虛を感 する ばかりだった。 

のみなら す 信輔の 「えらい もの」 は 「藝術 的」 を も 第一 一の 條件 にして ゐた。 彼 は その 爲 にあら ゆる 

情緒 を インクと 紙と に 表現しょう とした。 しかし それ も 困難だった。 あらゆる 情 緒 は 穀物の やう 

に 彼 自身の 中に 積まれて ゐた。 少く とも 積まれて ゐる 普だった。 が、 ペン を 執って::: ル ると、 紙の 

上へ *: 露出 來る もの は 感歎詞の 外に 何もなかった。 しかし それ はま だ 好かった。 彼 は 八/度 はあり 

のま ま 見聞 を 書いて 見ようと した。 が、 この 試み も 失敗だった。 彼に は 一 匹の 犬の 姿 も、 或は 二 

人の 學 生の 電車の 中に 話して ゐる容 子も滿 足に は 文章に ならなかった。 彼 は 一 一-度 目の 失收に 失望 

—— と 言 ふよりも 驚嘆した。 ;實際 かう 言 ふ 表現 的 陰萎 は 彼 自身に も 意外な 發 見だった。 信輔 はな 

ほ 念の 爲に友 だち を ふり 返った。 すると 彼等 は 11 彼等の 二三 は 殆ど 表現に 苦しまなかった。 彼 

等の ベ ンは 紙の 上へ 續々 と 文章 を 緩って ゐた。 彼 は 彼等 を 嫉妬す るよりも 寧ろ 彼 自身に 愤 りを感 

じた〕 若し この 表現 上の 才能 も 全然 彼に 缺 けて ゐ たと すれば、 畢党 彼の 大望の 全部 は 夢に 了る よ 

り 外はなかった。 それ は當 時の 信 輔には 悲劇 以上の 悲劇だった。 彼 は 少時 禱路 した 後、 一一 一度:::: に 

は 飜譯を 試み 出した。 飜譯は 彼に は 美術館へ 模寫に 出かける のと 同じだった。 彼 は ポオの 短篇 を 

一 日に 一 10; づっ譯 して 行った。 しかし これ も 容易ではなかった。 彼は複 雜な從 挺:? の 前に 度た び 

ぺ ンを拋 り 出した。 いや、 一 つの 形容詞の 前に も 度た びべ ンを拋 り 出した。 元來 彼の 志した の は 

完全に ポオ を譯 すよりも、 寧ろ 大は ー篇の 布置 を、 小 は 文章の 構成 を ポオに 學ぶ ことに 潜んで ゐ 



片斷 • 稿定未 



267 



た。 が、 事實上 この 別は當 時の 彼に は 出來惡 かった。 彼 は 畢竟 飜譯 にも、 —— 彼の 三度 目の 試 

みに も 倦怠 を感 する ばかりだった。 . 

信輔 はかう 言 ふ 道程 を經た 後、 やっと 當 時の 彼 自身の 如何に 無力 かを發 見した" 尤も それ は 幸 

ひに も 彼を絕 望に は陷れ なかった。 彼 は 前に も 言った 通り、 只 彼 自身の 中の 空虚 を 痛切に 感じた 

ばかりだった。 しかし この 空 虛を感 する こと は當 時の 彼に は 恐し かった" 彼 は その 恐し さ を 避け 

る 爲に絕 えす 机に 向 ふやう にした。 圖書 館へ 行ったり、 夜學へ 通ったり、 羅甸 語の 獨習を 始めた 

りした。 けれども この 空虚の 感は 時々 彼 を襲來 した。 現に 或晚舂 の 夜、 彼 は 湯 島の 坂 をお りなが 

ら、 ふと 目の 下の 家々 の 空に 大きい 月の出 を發 見した。 月 は 薄曇りの 立った 中に 無 I 淑 味な ほど 赤 

い 色 をして ゐた。 彼 は その 月 を 眺めた 時、 突然 息 もつ まる やうに 彼 自身の 中の 空虚 を 感じた。 同 

時に 叉 彼のい つ の 間に か學生 時代 を 浪費した の を 感じた〕 これ は當 時の 信輔 には必 しも 珍ら しい 

m 來 事ではなかった。 が、 彼の 半生の 間に 自殺と 言 ふこと を考 へたの は 前に も 後に もこの 夜 だけ 

だった。 

*. 「攝外 二 „- encleYoul.inTO to Ibe great and finding to Le small. 

. 〔厭世主義〕 

信 輔は旣 に 藤せ 主義者だった。 厭世主義の 哲學を まだ 一 頁 も讀 まぬ 前に 旣に腿 量 主義者だった 



268 



彼の 家庭 は 前に も擧 げたやう にいつ も 貧困 を 免れなかった。 のみなら す 彼の 健康 は 何かと 故陣を 

生じ 勝ちだった。 成程 彼 は 彼の 頭腦の 彼と 同級の 靑 年よりも 多少 鋭い のを恃 んでゐ た。 が、 この 

自信 も己惚 以上に 出て ゐ るか どうか は 怪しかった.〕 現に 彼の 計畫 した こと は、 —— たと へば 卜:: 血ハ 

語を學 ぶこと など は 何度も 徒らに 猛然と 初步を 繰り返す ばかりだった。 彼 は その (u に 大學を 出 次. 

第、 中學 の敎師 にで もなる より 外に 仕 かたはな いと 信じて ゐた。 それ は 勿論 信輔に は:^:^ に 近い 

生計だった。 同時に 叉 到底 貧困の 脅威 を脫 する ことの 出來 ない 生計だった" 彼 は 時々::: に: :=- る や 

うに 彼に 英語 ゃ數 學を敎 へた 敎師 たちの 一 生 を Si 方 露した」 彼等の 一 ^は 見渡す 限り、 唯-化しい 康 

勞ゃ 病苦の 影の 巾に 沈んで ゐた。 彼の 一 生 もこと によれば、 かう je ふ 彼等の 一 生よりも 見す ぼら • 

しい もの かも 知れなかった。 しかし 彼 はどう 言 ふ EI にあっても、 に 角 生きて だけ は 行かな けれ 

ばなら ぬ。 何の 爲 に? 

何の 爲に? この 疑問 はいつ か 信 輔に舰 I 主義 を敎へ てゐ た。 彼 は 彼の 生 の 外に 人生 を 認め 

ない 訣 ではなかった。 いや、 寧ろ 彼の 不幸 はおの づ から 彼 を 彼 以外の 人び との 幸か不幸かに 敏感 

にして ゐた。 しかし 兩親、 親戚、 知人、 11 彼の 接して 來た 人び との 生涯 は いづれ も 明らかに 不 

幸だった。 成程 彼等の 或 もの は 所謂 「片隅の 幸福」 を 見出して ゐた かも 知れなかった。 が、 彼等の 

生涯 を 浸した 苦しみ や 悲しみに 比べれば、 それ は 踏 夜に 大を じた 蠟燭 よりも 小さい 幸福だった V 

或は 感傷的な 虛僞を 含んだ、 言 はば 口 マ ン ティ ックな 不幸だった。 彼 は 或 土曜 n の 午後、 簿ー附 い 

ガイゼル . ゥント • ギルべ ルトの 店に 1: ノ miilienbild と 言 ふ题 をつ けた、 横に 大きい ぱ小色 版の レ 



片斷 • 



269 



ム ブラント を 兄た こと を覺 えてね る。 その 叉 三人の 子女 を 擁した、 幸福ら しい 夫婦の 姿に 背 立た 

しさ を 感じた のを覺 えて ゐる。 況ゃ 「片隅の 幸福」 さ へない 大多数の 人び との 生涯 は 彼に は 意味の 

ない 悲劇だった。 彼の 友 だち の 何人 か はこの 悲劇 を 解決す る ものの 神の 外にない の を 信じて ゐた。 

けれども 神 は 信 輔には 一度 も 夢魔 以上に 出た ことはなかった。 彼 は 又はつ きり 覺 えて ゐる。 天井 

の 高い 敎會 の內部 を、 讚美歌 を、 オルガン を、 金色の 十字架 を、 どこか 綿羊の 句の する 亞米利 加 

の 宣敎師 の說敎 を。 しかし かう 言 ふ 「神の 家」 の 空氣 はいつ も 唯 彼に は 輕蔑を 交へ た 憎惡を 燃え 上 

らせ るば かりだった。 

信 輔は旣 に 厭世主義 者だった。 厭世主義の 哲學を まだ 一 頁も讀 まぬ 前に、 11 いや、 彼の 減 世 

主義 は 厥 世 主義の 哲學と は緣の 遠い ものに 遠 ひなかった。 彼 も 亦 あらゆる 青年の やうに いっか 哲 

學に 溺愛して ゐた。 殊に 二三の 哲學者 は 彼に は 神々 も 同じ ことだった〕 :;:^輔は何人かの手坂のっ 

いた ショォ ペン ハウ H ルを讀 む 爲に夜 を 徹した こと を覺 えて ゐる。 叉 或 友人の 藏書を 借りた ワイ 

二 ン ゲル を 寫す爲 に 學校を 休んだ こと を覺 えて ゐる。 けれども それ は 求道 心の 外に も 感傷主義 や 

街學癖 ゃ獨逸 語に 對 する 尊敬 (!) を 交へ た 或 精神的 流行病だった。 彼 は 今日 ふり 返って 見れば、 

純 粹に哲 學に沒 頭す る爲 には餘 りに 感覺に 執着し てゐ た。 のみなら す餘 りに 思索 以 外 の 哲學 的 訓 

練 を 無視して ゐた。 彼の 「神々」 は その 爲に いつも 一 代の 哲學 者より は 寧ろ 一 代の 名文家だった。 

しかし 彼の 厭世主義 はたと ひ 抒情詩 を 交へ てゐ たと しても、 鬼に 角 机上の. M 物ではなかった。 信 

輔は 勿論 厭世主義の 哲學 に、 . I 殊に ショォ ペン ハウ H ル のァフ ォ リズ ム に 彼の 厭 使 主義 を 辯 護 



する 無数の 武器 を發 見して ゐた。 が、 それ は 武器 だけだった。 彼の 人生に 對 する 非難 は、 ll 彼 

は いつまでも 薄暗い ランプ を、 彼の 「自ら 欺かざる の 記」 を、 機 臭い 朝燒 けの 大 川端に 浮かんだ.^ 

主 頭の 屍骸 を覺 えて ゐた" 

しかし 二十 前後の 信 輔に絕 えす 不安 を與へ 



. (未 (ん) 

(大; 止 十四た 牛) 



片斷 • 搞定未 



271 



美しい 村 

淺 井よ 美しい 村で ある。 いや、 今 は 村で はない。 今上天皇の 御卽 位と 共に 町制 を 布いた と 云よ 

ことで ある。 同時に 又 美しい 昔の 景色 も 大半 は 失 はれた と 云 ふこと である。 しかし 今 は 問 ふ 所で 

はない。 わたしの 讀 者に 紹介した いのは 御大 典 以前 11 と 云 ふよりも 寧ろ 日露の 戰役 さへ 始まら. 

ぬ 以前の 淺 井村で ある。 まだ 電氣の 會社も 興らす、 製紙の 工場 も 建たなかった 二十 年 以前の 淺井 

村で ある。 

淺井は X X 縣倉橋 郡の 北半に 位する 村落で ある。 倉 橋 郡の 北半の 地形 は パレット に似て ゐ ると 

思へば 好い。 パレットの 指 を 入れる 穴 は 周 II 六 里の 矢矧 沼で あり、 あと は昔淺 井が 原と 呼ばれた、 

麥 畑の 多い 平野で ある。 もし 誰か 飛行機の 上から、 初夏の 風の 渡って ゐる倉 橋 郡の 北半 を 見下し 

たと すれば、 必す こ の パレット の 上 は 大抵 麥秋 の 黄い ろの 畫の 具に 彩られて ゐる こと を 見出す で 

あらう。 叉 パレットの 南の 緣、 . I かすかに 矢矧 沼の 光って ゐる 向う は 幾つ も 松 山の 綠 いろの 畫 

の 具 を 盛り上げて ゐる こと を 見出す であらう。 最後に その 松と 麥 との パ レットの 緣 なりに 交った 

あたり は 東から 西へ 鐵道を 一 條、 丁度 パレ ソ ト • ナイフの 痕の やうに 走らせて ゐる こと を も 見出 



272 



すで あらう。 淺井 はこの 鐵 道の 沿線、 11 矢矧 沼の 北岸に 落ちた^い ろの 畫の 具の ー举 である。 

倉 橋 郡の 北半の 平野の 淺 井が 原と 呼ばれた こと は 前に 擧 げた 通りで ある。 德川 幕府 は 一 一 年來、 

一 つに は 馬 を 養 ふため、 一 つに は箪 旅の 足惯 らし をす るた め、 淺 井が の n 墾を 林-^ じて ゐた。 が 

明治の 新 政府 はかう 云 ふ 禁令 を廢 すると 共に、 問 墾 を獎勵 する つもりだった か、 殆ど 無代^も:! 

様に 民間へ 土地 を拂 下げた。 昔 は 馬ば かり 歩いて ゐた 平野に 地中; の^まれ たの はこの 時で ある C 

爾來淺 井 は 年々 に 藁屋根の 數を 加へ 出した。 と 云っても 勿論 農家ば かりで はない。 松 山の かげ を 

土 屏に圍 つた 日蓮 宗の寺 を はじめ、 鍛冶屋、 散 髮屋、 荒物屋、 繩暖應 を 下げた 一膳飯屋、 天狗の 

看板 を 上げた 煙草屋な ども 績々 と 軒 を 並べ 屮ぃ したので ある。 

其處へ 明治 三十 年の 初夏、 . 倉 橋 郡 を橫斷 する ロロ鐵 道の 開通した こと は 一 歷 この:;:^ しい 村り 發 

展 する 機 會を促 逃した。 ロロ鐵 道 は 縣廳の ある X X 市を淺 井に 繁 いだば かりで はない。 同 こ乂 

彼是 十五 里 を 隔てた 東京 をも淺 井に 繁ぃ だので ある。 その 爲に淺 井 は 德麥の に 白 じろ とぼ.^ 柱 

の聲 えた 後、 見る見る 倉 橋 全 郡の 農産物 を 聚散す る屮 心と なり、 明治 三十 五 年頃に はもう 共處此 

處に 瓦屋根 も 見える 一 かどの 大 村落に 變 つて ゐた。 わたしの 讀 者に 紹介した いのは 丁度 この 前後 

の淺 井村で ある。 新聞 屋、 宿屋、 運送屋、 ——— さう 云 ふ"^5 は 建ち 並んでも、 入り日の さした さ- 來 

に はま だ 如何にも 悠々 と ミノル 力 種の 鷄の を 食んで ゐたー 一十 年 前の 一:^ 井村で ある.」 

常時の 淺 井の 美しかった こと はわた し 自身 鮮 かに 記憶して ゐる。 が、 更に 證據を 舉げれ ば、 紀 

行文に堪能の名を^^した「讀費新聞」の 一 記者 は その 「X X 游記」 の 巾に かう F 并を 1^ 美して ゐる。 



片斷 • 稿定未 



273 



11 「麥 秋の 日 も 傾ける 頃、 矢^ 沼の ほとりなる 淺 井に 入れば、 吳服 商、 酒 商、 寶藥 商な ど賑 はし 

く 軒 を 連ねた る を 見る。 され ども あながちに 輕 佻なる 都會の 風に 染みたり とも 見えす。 麥 打ち 唄 

の をち こちに 聞 ゆる、 家々 の 離に 庚申 薔薇の ける、 草 積みた る 馬の 道の べに 憩へ る、 いづれ か 

詩情 を 唆らざる べき。 ポプラ ァに圍 まれた る 村役場 は 更なり、 桑畑の かなたなる 小學校 さへ ペン 

キ 塗りなら ざる は 嬉しから す や。 」 

X 

或 夏の 午前、 淺 井村の 大地 主の 奥 村 喜 右衛門 は 彼の もとへ 屆 いた 郵便物の 中に 見慣れない 新聞 

を發 見した。 それ は 薄 赤い 紙に 刷った 一部 四 頁の 新聞だった。 喜 右衛門 は 始め この 新 閒を縣 下の 

小 新聞 かと 思って ゐた。 が、 他の 郵便物へ 目を通した 後、 何氣 なしに 帶封を 切って 見る と、 意外 

にも 東京の 新聞だった。. のみなら す 名前 さ へ 聞いた ことのない T 黎明 新聞」 と 云 ふ 新聞 だ つ た。 





. . (未完) 

{: 大正 十四 i^^) 



274 



わたし はすつ かり 疲れて ゐた。 肩 や 頸の 凝る の は 勿論、 不眠 も 可也 i„ ^しかった。 のみなら す 

だまた ま 

偶々 眠った と 思 ふと、 いろいろの 夢を見 勝ちだった。 いっか 誰か は 「色彩の ある 夢 は 不健全な g ぼ 

據だ」 と 話して ゐた。 が、. わたしの 見る 夢は畫 家と 云 ふ 職業 も手傳 ふの か、 大抵 色彩の ない こと 

ば すゑ まか 

はなかった。 わたし は 或 友 だち と 一 しょに 或 場末の カツ フ H らし い^子 戶の屮 へ は ひって 行った。 

また ほこり . 

その 又 埃 じみた 础子戶 の 外 は 丁度 柳の 新芽 を ふいた 汽車の 踏み切り になって ゐた。 わたしたち は 

隅の テ H ブルに 坐り、 何 か 椀に 人れ た 料理 を 食った。 が、 食って しまって 見る と、 椀の 底に 殘っ 

てゐ るの は 一 寸 ほどの 蛇の 頭だった。 - 1 . そんな 夢 も 色彩 ははつ きりして ゐた。 

わたしの 下宿 は 塞 さの 嚴 しい 東京の 或 郊外に あった。 わたし は 憂鬱に なって 來 ると、 下宿の 裘 

から 土 乎の 上に あがり、 省線 電車の 線路 を 見お ろしたり した" 線路 は 油 や 金 錡に染 つた 砂利の 上 

に 何 本 も 光って ゐた。 それから 向う の 土手の 上に は 何か^ら しい 木が 一 本 斜めに 枝 を 仲ば して ゐ 

た。 それ は憂蠻 そのものと 言っても、 少しも 差し 支へ ない 景色だった。 しかし 銀座 ゃ淺 草よりも 

わたしの 心 もちに ぴったりして ゐた。 「毒 を 以て 毒 を 制す、」 I - わたし は ひとり 土手の 上に しゃ 



片斷 • 槁定未 



275 



がみ、 一本の 卷 煙草 を ふかしながら、 時々 そんな こと を考 へたり した。 

わたしに も 友 だち はない 訣 ではなかった。 それ は 或 年の 若い 金持ちの 息子の 洋畫 家だった。 彼 

はわた しの 元氣 のない の を 見、 旅行に 出る こと を勸 めたり した。 「金の 工面な ど はどうに でもな 

る。」 —— さう も 親切に 言って くれたり した。 が、 たと ひ 旅行に 行っても、 わたしの 憂聽の 癒ら な 

い こと はわた し 自身 誰よりも 知り 悉 して ゐた。 現に わたし は 三 四 年 前に もや はり かう 云 ふ 憂 に 

陷り、 一 時で も氣を 紛らせる 爲に はるばる 長 崎に 旅行す る ことにした。 けれども 長 崎 へ 行って 見 

ると、 どの 宿 も わたしに は氣に 入らなかった。 のみなら す やっと 落ちついた 宿 も 夜 は 大きい 火 取 

虫が 何 匹 も ひらひら 舞 ひこんだ りした。 わたし はさん ざん 苦しんだ 揚句、 まだ 一週間と たたない 

うちにもう 一度 東京へ 歸る ことにした。 …… 

或 霜柱の 殘 つて ゐる 午後、 わたし は爲替 をと りに 行った 歸 りに ふと 制作 慾 を 感じ 出した。 それ 

は 金の は ひった 爲に モデル を 使 ふことの 出來 るの も 原因に なって ゐ たのに 違 ひなかった。 しかし 

まだ その外に も 何 か發作 的に 制作 慾の 高まり-出 したの も 確かだった。 わたし は 下宿へ 歸ら すに と 

り あへ す M と 云 ふ 家へ 出かけ、 十號 位の 人物 を 仕上げる 爲にモ 、、テル を 一人 雇 ふこと にした。 か 

う 云 ふ 決心 は 憂 I おの 中に も 久しぶり にわたし を元氣 にした。 「こ の畫さ へ 仕上げれば 死んでも 善 

い 。」 11 そんな 氣も實 際した も のだった。 

M と 云 ふ 家から よこした モデル は 顏は餘 り 綺麗ではなかった) が、 體は I . 殊に 胸 は 立派 だつ 

たのに 違 ひなかった。 それから ォ オル . バ ック にした 髮の毛 も 房ん さして ゐ たのに 違 ひなかった 



ゎたし:!^このモデル にも滿足し、 彼女 を 藤 椅子の 上へ 坐ら せて 見た 後、 早速仕^=-にとりかかるこ 

とに した。 裸になった 彼女 は 花束の 代りに 英字新聞の しごいた の を 持ち、 ちょっと 兩 足を組みへ:: 

せた まま、 頸 を 傾けて ゐるボ オズ をして ゐた。 しかし わたし は畫 架に 向 ふと、 今更の やうに 疲れ 

てゐる こと を 感じた。 北に 向いた わたしの 部屋に は 火鉢の 一 つ ある だけだった。 わたし は 勿論 こ 

の 火鉢に 緣の 焦げる ほど 炭火 を 起した。 が、 部屋 はま だ 十分に 暖ら なかった。 彼女 は 藤 椅子に 腰 

かけた なり、 時々 兩 腿の 筋肉 を 反射的に 震 はせ る やうに した。 わたし は ブラッシュ を 動かしな が 

ら、 その 度に 一 々背 立た しさ を 感じた。 それ は 彼女に 對す るよりも スト ォ、 ヴ 一 つ 買 ふことの 出來 

ない わたし 自身に 對 する 苛立たし さだった。 同時に 叉 かう 云 ふこと にも 神 經を使 はすに は ゐられ 

な いわた し 自身に 對 する 背 立た しさ だつ た。 

うち . 

「君の 家 は どこ?」 . 

うち うち さんさき ちゃう 

「あたしの 家? あたしの 家 は 谷 中 三 崎 町。」 

「君 一 人で 住んで ゐ るの?」 

「いいえ、 お 友 だち と 二人で 借りて ゐ るんで す。」 

わたし はこん な 話 をしながら、 靜物を 描いた 古 力 ンヴァ ス の 上へ 徐ろに 色 を 加へ て 行" ^た" 彼 

女 は 頸 を 傾けた まま、 全然 表情ら しい もの を 示した ことはなかった。 のみなら す 彼女の 一 r!I^ は 勿 

6 論、 彼女の 聲も亦 一本調子だった。 それ はわた しに は 持って生まれた 彼女の; としか m 心 はれな 

2 かった。 わたし は そこに 氣安さ を 感じ、 時々 彼女 を 時間外に もボ オズ をつ づけて 直ったり した-し 



片斷 • 稿定未 



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けれども 何 かの 拍子に は 目 さへ 動かさない 彼女の 姿に 或 妙な 壓迫を 感じる こと もない 訣 ではな か 

つた。 . 

わたしの 制作 は涉 どらなかった。 わたし は 一 日の 仕事 を 終る と、 大抵 は 絨氈の 上に ころがり、 

頸す ぢゃ頭 を 揉んで 見たり、 ぼんやり 部屋の 中 を 眺めたり して ゐた。 わたしの 部屋に は畫 架の 外 

i つど とう 、 、 

に 藤 椅子の 一 脚 ある だけだった。 籐椅子 は 空 氣 のぎ 度の 加減 か、 時々 誰も 坐ら な; > のに 藤の き L 

む 昔 をさせる こと もあった。 わたし はかう 云 ふ 時には 無氣 味に なり、 早速 どこかへ 散歩に 出る こ 

とに して ゐた。 しかし 散步に 出る と 云っても、 下宿の 裏の 土手 俾 ひに 寺の 多い 田舍 町へ 出る だけ 

だった。 

けれども わたし は 休みな しに 每曰畫 架に 向って ゐた。 モデル も 亦 毎日 通って 來てゐ た。 そのう 

ち こわた し は 彼女の 體に 前よりも 壓迫を 感じ 出した。 それに は 叉 彼女の 健康に 對 する 羨し さも あ 

じゅうたん 

つたのに 違 ひなかった。 彼女 は 不相變 無表情に ぢ つと 部屋の 隅へ 目をやつ たなり、 薄 赤い 絨_ ^の 

t こ, 横 はって ゐた。 「この 女 は 人 問よりも 動物に 似て ゐ る。」 —— ^わたし は畫 架に ブラ ッ シ ュをゃ 

りながら、 時々 そんな こと を考 へたり した。 

或 生暖ぃ 風の 立った 午後、 わたし はや はり 畫 架に 向か ひ、 せっせと ブラッシュ を 動かして ゐた „ 

モ、、 テ> まけ ふま ハ つもより は 一 曆 むっつりして ゐる らしかった。 わたし は 愈 彼女の 體に野 蠻なカ 

^ ^ \」こ こ ほひ に ほひ こくしょく じんしゅ 

を i じ 出した。 のみなら す 彼女の 腋の下 や 何 かに 或勻も 感じ 屮:: した。 その 勻は ちょっと 黑色 人種 

ひ ふ しう き , 

の 皮膚の 臭氣に 近い ものだった。 



278 



「君 は どこで 生まれた の?」 

「群 馬縣 XX 町。」 

はた を ば 

「XX 町? 機織り 場の 多い 町だった ね。」 

「ええ。」 

「!^!;は機は織らなかったの?」 

とキ, - 

「子供の 時に 織った ことがあります。」 

ちち V 、び 

わたし はかう 云 ふ 話の 中に いっか 彼女の a 首の 大きくな り屮 I したのに 氣づ いて ゐた。 それ は厂 

度 キヤべ ッ の 芽の ほぐれ かかった のに 近い ものだった。 わたし は 勿 論 ふだんの やうに 一 がに ブラ 

ちちくび 

ッシュ を 動かしつ づけた。 が、 彼女の^ 首に 11 その 又氣 味の 惡ぃ 美し さに 妙に こだ はらす に は 

ゐられ なかった。 

その 晚も風 はやまなかった。 わたし はふと H を さまし、 下宿の 便所へ 行かう とした、 し しかし 意 

識が はっきりして 見る と、 障子 だけ は あけた ものの、 すっと わたしの 部屋の 中 を 歩き ま はって ゐ 

たらしかった。 わたし は 思 はす 足 をと めた まま、 ぼんやり わたしの 部屋の 巾に、 1 .殊 にわたし 

の 足 もとに ある、 薄 赤い 絨!^ に 目 を 落した。 それから 素足の 指先に そっと 絨 -li を 撫で ま はした-" 

絨 耗の與 へる 觸覺は 存外 毛皮に 近い ものだった。 「この 絨 飩の裘 は何& だった かしら?」,^ I そん 

な こと も わたしに は氣 がかり だった。 が、 裏 を まくって 見る こと は 妙に わたしに は 恐し かった。 

わたし は 便所へ 行った 後、 匆々」 木へ は ひる ことにした。 



片斷 • 稿定未 



279 



わたし は 翌日の 仕事 をす ますと、 いつもよりも ー曆 がっかりした。 と 云って わたしの 部屋に ゐ 

る こと は 反って わたしに は 落ち着かなかった U そこで やはり 下宿の 裏の 土手の 上へ 出る ことにし 

た。 あたり はもう 暮れ かかって ゐた。 が、 立ち木 や 電柱 は 光の 乏しい のに も關ら す、 不思議に も 

はっきり 浮き 上って ゐた。 わたし は 土手 傳 ひに 歩きながら、 お ほ聲に 叫びたい 誘惑 を 感じた。 し 

かし 勿論 そんな 誘惑 は 抑へ なければ ならない のに 違 ひなかった。 わたし は 丁度 頭 だけ 歩いて ゐる 

やうに 感じながら、 土手 傳 ひに 或 見すぼらしい 田舍 町へ 下りて 行った。 

この 田 舍町は 不相變 人通り も 殆ど 見えなかった。 しかし 路ば たの 或 電柱に 朝 ii 牛が 一 匹禁 いで 

あった。 朝鮮 牛 は 頸 を さしのべた まま、 妙に 女性的に うるんだ 目に ぢっ とわたし を 見守って ゐた" 

それ は 何 かわた しの 來 るの を 待って ゐる らしい 表情だった。 わたし はかう 云 ふ 朝鮮 牛の 表情に 穩 

かに 戰を 挑んで ゐ るの を 感じた。 「あい つ は 屠殺 者に 向 ふ 時 も ああ 云 ふ 目 をす るのに 遠 ひない。」 

—— そんな 氣も わたし を 不安に した。 わたし はだん だん 憂 になり、 とうとう そこ を 通り過ぎす 

に 或 横町へ 曲って 行った。 

それから 二三 日た つた 或 午後、 わたし は又畫 架に 向 ひながら、 一生懸命に ブラッシュ を 使って 

ゐた。 薄 赤い 絨 鈍の 上に 横た はった モデル はや はり 毛 さへ 動かさなかった。 わたし は 彼是 半月 

の^、 この モデル を 前にした まま、 涉 どらない 制作 をつ づけて ゐた。 が、 わたしたちの 心 もち は 

少しも 互に 打ち解けなかった。 いや、 寧ろ わたし 自身に は 彼女の 威壓を 受けて ゐる 感じの 次第に 

5ii まるば かりだった。 彼女 は 休憩時間 にも シ ュ ミィズ 一 枚 着た ことはなかった。 のみなら すわた 



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しの 言葉に ももの 憂い 返事 をす る だけだった。 しかしけ ふ はどうした のか、 わたしに 背中 を 向け 

たま ま、 (わたし はふと 彼女の 右の 肩に 黑 子の ある こと を發 見した。) 絨 鈍の 上に 足 を 仲ば し、 かう 

わたしに 話しかけた。 

「先生、 この 下宿へ は ひる 路には 細い 石が 何 本 も 敷いて あるで せう?」 

「うん。 …… 」 

え な づか 

「あれ は 胞衣 嫁です ね。」 

「胞衣 塚?」 

しるし 

「ええ、 胞衣 を 埋 めた 標に 立てる 石です ね。」 

「どうし て?」 

「ちゃんと 字の あるの も 見えます もの。」 

彼女 は 肩 越しに わたし を 眺め、 ちらりと 冷笑に 近い 表情 を 示した。 

「誰でも 胞衣 を かぶって 生まれて 來 るんで すね?」 

「つまらな いこと を 言って ゐ る。」 . 

「だって 胞衣 を かぶって 生まれて 來 ると 思 ふと、 …… 」 

? 」 

「犬の 子の やうな 氣 もします ものね。」 . 

わたし は义 彼女 を 前に 進まない ブラ ッ シ ュ を 動かし 屮 I した。 進まない? しかし それ は必し 



m • 稿定未 



281 



も氣乘 りの しないと 云ふ訣 ではなかった。 わたし はいつ も 彼女の 中に 何 か 荒 あらしい 表現 を 求め 

てゐる もの を 感じて ゐた。 が、 この 何 か を 表現す る こと はわた しの 力量に は 及ばなかった。 のみ 

ならす 表現す る こと を 避けたい 氣 もち も 動い てゐ た。 それ は 或は 油 畫の具 や ブラ ッ シ ュ を 使って 

表現す る こと を 避けたい 氣 もち かも 知れなかった。 では 何 を 使 ふかと 言へば、 , I わたし は ブラ 

ッ シ ュ を 動かしながら、 時々 どこかの 博物館に あった 石 棒 や 石 劍を思 ひ 出したり した。 

彼女の 歸 つてし まった 後、 わたし は 薄暗い 電燈の 下に 大きい ゴォ ガンの 畫集を ひろげ、 ー牧、 、つ 

つ タイ ティの 畫を 眺めて 行った。 そのうちに ふと 氣づ いて 見る と、 いっか 何度も 口のう ちに 「か 

く あるべし と 思 ひしが」 と 云 ふ 文語 體の 一一 一一 n 葉 を 繰り返して ゐた。 なぜ そんな 言葉 を 繰り返して ゐ 

たかは 勿論 わたしに はわから なかった。 しかし わたし は無氣 味に なり、 女中に 床 を とらせた 上、 

眠り 藥を 嚥んで 眠る ことにした。 

わたしの 目を醒 ましたの は 彼是 十 時に 近い 頃だった。 わたし は ゆうべ 暖かった せゐ か、 絨耗の 

上への り 出して ゐた。 が、 それよりも 氣 になった の は 目の 醒める 前に 見た 夢だった。 わたし はこ 

の 部屋の まん 中に 立ち、 片手に 彼女 を 絞め殺さ うとして ゐた。 (しかも その 夢で ある こと ははつ き 

り わたし 自身に も わかって ゐ た。) 彼女 はや や 額 を 仰向け、 やはり 何の 表情 もな しに だんだん 目 を 

つ-つて 行った。 同時に 叉 彼女の^ 房 はまる まると 綺麗に ふくらんで 行った。 それ はかす かに 靜 

脈 を 浮かせた、 薄光り のして ゐる 5^ 房だった。 わたし は 彼女 を 絞め殺す ことに 何の こだ はり も感 

じなかった。 いや、 寧ろ 當然 のこと を 仕遂げる 快 さに 近い もの を 感じて ゐた。 彼女 はとうとう 目 



をつ ぶった まま、 如何にも 靜 かに 死んだら しかった。 11 かう 云 ふ 夢から 醒めた わたし は 額 を 洗 

つて 歸 つて 來た 後、 濃い 茶 を ニー 二 杯 飲み干し たりした。 けれども わたしの 心 もち は 一, 豚變 |^) にな 

るば かりだった。 わたし はわた しの 心の底に も 彼女 を 殺したい と 思った ことはなかった C しかし 

わたしの 意識の 外に は、 —— わたし は卷 煙草 を ふかしながら、 妙に わくわく する 心 もち を 抑へ、 

モ、、 テルの 來 るの を 待ち暮らした。 けれども 彼女 は 一時にな つても、 わたしの 部屋 を 尋ねなかった。 

この 彼女 を 待って ゐる間 はわた しに は 可也 苦しかった。 わたし は 一 そ 彼女 を 待た すに 散歩に 出よ 

うかと 思ったり した。 が、 散歩に 出る こと は それ 自身 わたしに は 怖し かった。 わたしの 部屋の i: 

子の 外へ 出る、 —— そんな 何でもな いこと さ へ わたしの 祌經 には堪 へ られ なかった。 

日の 暮 はだん だん 迫り 出した。 わたし は 部屋の 中を步 みま はり、 來る 1 せの ない モ.、 テル を 待ち 暮 

らした。 そのうちに わたしの 思 ひ 出した の は 十二 三年 前の 出來 事だった。 わたし は 11 まだ 子供 

だった わたし はや はり かう 云 ふ 日の 暮に 線香花火に 火 をつ けて ゐた。 それ は 勿論 東京で はない、 

わたしの 父母の 住んで ゐた 田舍の 家の 緣 先だった。 すると 誰かお ほ聲に 「おい、 しっかり しろ」 と 

云 ふ ものが あった" のみなら す 肩を搖 すぶ る もの もあった。 わたし は 勿論 緣 先に 腰をおろして ゐ 

るつ もりだった。 が、 ぼんやり:; m がつ いて 見る と、 いっか 家の 後ろに ある 葱 島の,」 i にしゃ がんだ 

まま、 せっせと 葱に 火 をつ けて ゐた。 のみなら すわた しの マッチの 箱 もい つか あらまし 穴-; になつ 

2 てゐ た。 11 わたし は 卷堙草 を ふかしながら、 わたしの 生活に はわた し 目 身の 少しも 知らない 時 

8 

2 間の ある こと を考 へない 訣には 行かなかった。 かう 云 ふ考へ はわた しに は 不安よりも 寧ろ 無 味 



片睹 • 稻定未 283 



だった。 わたし は ゆうべ 夢の 中に 片手に 彼女 を 絞め殺した。 けれども 夢の 中でなかった としたら 



モデル は 次の 日 もやって 來 なかった。 わたし はとうとう M と 云 ふ 家へ 行き、 彼女の 安否 を 尋ね 

る ことにした。 しかし M の 主人 も 亦 彼女の こと は 知らなかった" わたし は 愈 不安に なり、 彼女の 

宿所 を敎 へて 貧った。 彼女 は 彼女 自身の 言葉に よれば 谷 屮三崎 町に ゐる 箸だった。 が、 M の 主人 

の 言葉に よれば 本 鄕朿片 町に ゐる 害だった。 わたし は電燈 のと もり かかった 頃に 本 鄕東片 町の 彼 

女の 宿へ 迪り 着いた) それ は 或 横町に ある、 薄 赤い ベ ンキ 塗りの 西洋 洗潘屋 だった。 砲 子 戶を立 

てた 洗濯屋の 店に は シャツ 一 枚に なった 職人が 一 一人 せっせと アイ 口 ンを 動かして ゐた。 わたし は 

格別 急がす に 店先の 砲 子戶を あけよう とした。 が、 いっか 子戶 にわたしの 頭 をぶ つけて ゐた" 

こ の 音に は 勿論 職人た ち を はじめ、 わたし 自身 も 驚かす に は ゐられ なかった。 

わたし は 怯 づ々 々店の 中には ひり、 職人た ちの 一 人に 聲を かけた。 

「 さんと 云 ふ 人はゐ るで せう か?」 

r さん は をと とひから 歸 つて 来ません に , 

この 言葉 はわた し を 不安に した。 が、 それ 以上 尋ねる こと はや はり わたしに は考へ ものだった。 

わ だし は 何 かあつた 場合に 彼等に 疑 ひ を かけられない 用心 をす る氣 もち も 持ち合せて ゐた。 

「あの人 は 時々 うち を あける と、 一 週間 も歸 つて 來な, いんです から。」 

顔色の 惡ぃ 職人の 一 人 は アイ a ン の 手 を 休めす にかう 云 ふ 言葉 も 加へ たりした。 わたし は 彼の 



言葉の 中にはつ きり 輕 蔑に 近い もの を 感じ、 わたし 自身に 腹 を 立てながら、 句々 この 店 を 後ろに 

した。 しかし それ はま だ 善かった。 わたし は 割にし もた 家の 多い 東片 町の 往來を 歩いて ゐる うち 

に ふといつ か 夢の 中に こんな ことに 出合った の を 思 ひ屮: した。 ペンキ 塗りの 西洋 洗潘屋 も、 額 色 

の惡ぃ 職人 も、 火 を 透かした アイロン も 11 いや、 彼女 を 尋ねて:;;: つたこと も 確かに わたしに は 

何箇月 か 前の (或は 叉 何年 か 前の) 夢の 中に 見た のと 變ら なかった。 のみなら すわた し は その 夢の 

中で もや はり 洗濯屋 を 後ろに した 後、 かう 云 ふ 寂しい 往来 をた つた 一 人 歩いて ゐ たらしかった。 

それから、 11 それから 先の 夢の 記憶 は 少しも わたしに は殘 つて ゐな かった。 けれども 个何か 起 

れば、 それ も 忽ち その 夢の 中の 出來 事に なり 兼ねない 心 もち もした。 

(昭和 二 年) 



片斷 • 槁定未 



285 



〔題 未定〕 



僕の 書かう として ゐ るの は 或 一 家の 出來 事だった。 或 家の 主人 は 或 事件の 爲に 何年 かの 刑 を 言 

ひ 渡される、 が、 執行 猶豫 中に 或 事業に 失敗す る、 主人 は その 爲に 自殺 を 遂げる、 . I 大體 かう 

あが 

云 ふ 出 來事を 何人 かの 男女 を 描き 分けながら、 その 問にから まった 金の 問題 も 取り扱って 見よう 

と 思って ゐた。 しかし それ はべ ンを 動かして 見る と、 始めに 豫 期した よりも 大 仕事だった。 のみ 

ならす 僕 はべ ンを 動かして ゐる うちに だんだん 憂 i- を 感じ 出した。 誰でも 苦勞は 多い のに そんな 

小 說を讀 ませる には當 るまい、 —— かう 云 ふ氣も 多少 はしない わけではなかった。 

僕 は 机の 前に 仰向けに なり 、「名 將 言行 錄」 を 讀み はじめた。 「皺 腹 一 っ搔き 切れば 何もす むこと 

なりと 申されたり、」 11 かう 云 ふ 安藤 帶 刀の 言葉 は 妙に 僕 を 心丈夫に した。 僕 は 僕の 小說の 主人 

公の 一 生を考 へ、 (それ は赏 在の 人物だった。) 彼 も 亦 やぶれ かぶれだった らうと 思ったり した。 彼 

も 或 時 は 自動車 を 持ったり、 大きい 屋敷に 住んだり して ゐた。 しかし 彼の 死んだ 時 は 或 山の 中に 

彼の 死骸 を 運び、 雨の ふる 夜更けに 火葬に した。 彼の 死骸 は 肥って ゐ ただけ に絕 えす 脂肪の 燒け 



286 



る 昔 ゃ勻を させて ゐた とか 云 ふこと だった." …… 

そこ へ 僕 を 尋ねて 來 たの は 田舍 の或靑 年だった。 この 靑年は 農業の 合 ひ 間に 時々 短篇 を にげ 

てゐ た。 僕 は 彼 を 机の 前へ 坐ら せ、 彼の 短篇に 目を通す 前に 彼の ゐる 田舍の 話な ど をした C 彼 は 

骨の 太い 手 を 膝の 上への せ、 快活に 僕と 話 をした。 若し 生活力と 云 ふ 言葉 を 使 ふと すれば、 彼の 

體は退 しい 生活力に 漲って ゐた。 僕 はいつ か 彼 を 見た 時、 椎の木 を 感じた こと を 思ひ屮 Z したりし 

た。 

「僕 は 一 そ t おの 田舍へ でも 住み着かう かと 思って ゐ るんだ がね。」 

「なぜかね?」 

「田 舍は 東京よりも 暮らし 善いだら う?」 

r 譃を! 何が 暮らし 善い もんかね。 何でも 東京より は 高い すら。 野茱は 安いに は 安い けれど 

も。」 

「風俗 淳良と も 行かない かな?」 

「風俗ね、 わし はこの 問わし の 家の 畠の 称の 木 を 一 本盜 まれて しまった。」 

僕は默 つて 卷 煙草に 火 をつ け、 椎の 若葉 を 眺めたり して ゐた。 が、 彼の, £ し たこと は; 1: かとう 

に 知って ゐる氣 もして ゐた。 

「それよりも 書いた もの を 見て おくん なさい。」 

彼の 懷 ろから とり 出した の は St の 赤い 和紙の 原稿用紙に 筆 細の 栴書を 並べた もの. だった。 ,、ま 



片斷 • 槁定未 



287 



この 短篇 を讀 みながら、 時々 誤字 を 指摘した りした。 が、 讀ん でし まって 見る と、 今更の やうに 

憂營 になら すに は ゐられ なかった。 それ は 子供の 出來 ないやう にして ゐて も、 いっか 子供の 生ま 

れた爲 に その子 供 を 殺さう とする 或 貧しい 自作農の 心 もちや 所業 を 描いた 短篇 だ つ た。 「どろ ど 

ろに 水に 溶かした セ メ ンを. 赤ん坊の 口 へ 流し こんだ」 11 かう 云 ふ 一 行 は 前後の 關係も あり、 就 

中 僕に は 主人公の 苦しみ を 感じさせ すに は 措かなかった。 

「これ はほんた うにあった ことかね。」 

「ええ、 わしの した ことです。」 

彼 は 淺黑ぃ 面長の 顏に頰 笑みに 近い もの を 浮かべて ゐた。 僕 はかう 云 ふ 彼 自身に 少しも 不快 を 

感じなかった。 が- 1^ 婆 苦 を ものと もしない、 —— 彼 自身の 言葉 を 使へば、 陰惡 さへ 積まう とし 

てゐる 彼に 子供の 荷に なって ゐ ると; K ふこと を 意外に 感じた の は 確かだった。 彼 は 忽ち 僕の け は 

ひ を 察し、 彼 自身 も卷 煙草 を 御へ たま ま、 詰 じる やうに 僕に 話しかけた。 

「お前 さ ん はわし のした こと を惡 い こ とと 思 つて ゐ る?」 

僕 は 暫く 返事 をせ すに 卷 煙草ば かりふかして ゐた。 椎の 若葉の 茂った 空 はいつ かどん より 翁つ 

てゐ た。 のみなら す 蒸し暑 さも 加^り 屮 I して ゐ た。. 彼は卷 煙草 を 煙草盆の 灰に 突き さし、 もう 一 

度 僕の 額 を 見て 尋ね かけた" 

「どう だね?」 

「善い とも 惡ぃ とも 思って ゐ ない。」 . • 



288 



「ぢゃ 何でもない と 思 ふ?」 , 

「唯 不便 だと 思って ゐ る。」 

「不便と は?」 

「唯 君の 生活 を 便利に しないと 云 ふこと さ。 それ は 一度 は 便利に してね。 …… 」 

「どうして だね?」 

「それで わからなければ 默 つて ゐ ろ。」 

僕 も 亦い つか 頰 笑んで ゐた。 が、 彼は默 つたなり、 何か考 へて ゐる らしかった。 それから^に 

僕の 顏を 見上げ T さう かも 知れない ね」 と 言ったり した" 僕 はだん だん I 浙安さ を 感じ、 もう 一度 

話 を當り 障りの ない 彼の 生活の 上へ 引き戻した。 

「君の 細君 はどうして ゐ る?」 

r 不相變 です。」 

「君の 暮らし も 不相變 かね?」 

「ええ、 …; 畠 はだんだ ん寶 るば かりだが ね。 それでも 子供が 死ねば 善い と 思 ふの はわし の贫 乏 

して ゐ るせ ゐぢ やないだ よ。」 

「そんな こと は 勿論 わかって ゐ る。」 

て めえ 

「手前 可愛 さに 思って ゐ るかね?」 

「それ も 思って ゐな いこと はない c」 , 



ル辮 • 槁定未 



239 



- し 力し 何も それば かり ぢ やないだ よ。 第 一 わし は 生まれて 來る こと を 一 番惡ぃ ことと 思って ゐ 

る。」. 、 , 

彼 はそんな こと を 話した 後、 「义來 ます」 と 言って 歸 つて 行った。 僕 は 彼の 歸 つた あとの 煙草盆 

や 茶碗 や 莫-子 鉢 を 眺め、 妙に 僕 ひとりの とり 淺 された の を 感じた。 彼と 話して ゐる こと はいつ も 

僕 を野蠻 にした" それ は 僕に は 檻の 前に 立ち、 コ オルタ アル じみた 句の する 野獸を 見て ゐ るのと 

變らな 力った。 僕 はふと 彼に 或懷 しさ を 感じ、 彼の 帽 でも 見る 爲 にニ呰 の緣则 こ」 丄 つて 一丁つ/」。 

し 力し 椎の 若葉の 向う に はもう 何も 見えなかった。 椎の木 は 目の あたりに 立って 見る と、 若葉 e 

S 芽 を 盛り上げた 屮に 枯れ葉 も 可也 まじへ てゐ た。 

(昭和 二 年) 



290 



丄 1 

I 

〔或畫 家の 話〕 

僕 はカァ ペット を 一 枚 ひたいと 思 ひ、 具と 一 しょに H 木 一, S から 京 橋 を 採し ま はる ことにし 

た。 唯カァ ペット を 一枚 買 ふだけ な. らば、 そんな 手數 など を かける 必要はなかった。 しかし 僕 は 

惯の 安い 上に 善い 力 アベ ットを 買 ひたいと つて ゐた。 •::• 

それ は r 度 三十? □ だった。 のみなら ネ 烈しい 吹き降りだった。 僕 等 は 洋傘 を倾 けながら、 ァス 

うすす, やい ろ 

フ アル 卜の 上 を 歩いて 行った。 水の 流れて ゐるァ スフ ァ ルトは 僕 等の 姿 を 映して ゐた。 蒴 茶色の 

H 外套 を 着た S 君ゃ黑 い 夏 外套 を 着た 僕 の 姿 を。 

. 僕 等の 第一 に は ひった の は 日 木 橋の 或グ。 ハァ卜 メント ストア ァの 家具 部と か 云 ふ 所だった。 が 

價の 安い 力 アベ ッ 卜 は 勿論、 善い 力 アベ ヅ 卜 も 亦 一 枚 もなかった。 それから 次に は ひった の は 銀 

座の 或 絨氈屋 だった。 俊 は その 店の 人り: :- に 柱の やうに 圓く卷 いた、 い カァぺ ッ卜を 一 枚 を 

つけ、 鬼に 角價 だけ 開いて 見る ことにした。 . 

r 、こ れは つま り四鑒 半です な。 ぉ惯段 は e: 百 五十 圓に 致して おき ま せ う。」 . 



片斷 ♦ 稿定未 



291 



僕 等 は 勿論もう 一 度 吹き降りの 往來を 歩い て 行った。 三番 HE に 僕 等 の は ひった の は 日本 橘の 

或 「支那 屋」 だった。 僕 は 古い 北京 絨氈 の賣り ものの ある こと を賴 みに して ゐた。 が、 生憎 その 店 

まう せん つ 

に は 毛飩の 積んで あるば かりだった。 

じゅうたん 

「北京 絨耗 をお 採し ならば、 この 先の X X 屋 さんへ 行って 御覽 なさい。」 

みせ 

rx X 屋 さん」 は 大きい 骨董 屋 だった。 僕 は 厚い 砲子戶 越しに ひっそりした 店の 容子を 眺め、 ど 

う も 足 を 踏み入れ るのに ためら はない 訣には 行かなかった" しかし やっと 奠氣を 出して かう 云 ふ 

さきだ 

ことに 恐れない S 君 を 先立て、 鬼に 角 硝子 戶の 中へ は ひる ことにした。 そこに は 成程 店の 隅に 花 

か さ つ なめら 

や 鳥の 模様の ある 北京 絨氈が 何枚 もつ み 上げて あった C S 君 は 洋傘 を 杖に した まま, 顏の? かかな 

番頭 を 相手に 僕の 代りに 話し 出した。 

「これ は 一枚い くらす るの?」 

「こちら は八晨 間で も 引けます が, 六百圓 でございます。」 

「はは あ、 六百圓 ね。」. 

ら そと よこ あめあし か さ 

僕 等 はこ の 店の 外 へ 出る と、 横から 煽りつ ける 雨脚に 洋傘の 調子をとりながら どちら 力ら と 

なしに 笑 ひ 出した。 

「はは あ、 六: 巧圆 ね"」 . 

「はは あ、 —— に は 違 ひな いんだから。」 

それから 叉 險等は 一 生 懸命に 日本 橋 や 京撟を 歩き ま はった。 が、. 善い 力 アベ ットも 見つからな 



292 



ければ、 安い カァ ペット も 見つからなかった。 僕 等 はとうとう がっかりし、 ちょっと 京 橋の 或 力 

ッフ H の 一 一階に 疲れ切った 足 を 休める ことにした。 

この カツ フ H の 二階 は靜 かだった。 僕 は そこへ 上った 時、 何 か,,、 覺の 鈍る の を 感じた。 それ は 

, :ゃノ に ほひ ら まどぎ 

僕 等 を 包んで ゐた 雨の 勻 のしない 爲 だった。 僕 等 は 窓!^ に 腰をおろし、 どちらも 卷 煙草に 火 をつ 

け ながら、 カァ ペットの こと を 話し 出した。 

「僕 等の 生活で はカァ ペット 一枚 買へ ない。」 

「文化 絨耗を 買へば 善い のに。」 

氣 になる。 この 上 落ちぶれて はやり 切れない。」 

るの. も かう 云 ふ 時代に は资澤 なんだ な 。」 

t と 

, ^やみの ない 雨 は 窓-砲 子の 上に やはり 絶えす 流れて ゐた。 かう 云 ふ 窓 础子を 透かした 外 は、 — 

「 き ,-ハ ぺズん めう 

—家々 の 屋根 や ^f;:; 似 は 妙に ふだんよりも 5- す ぼらし かった。 僕 等は卷 煙草 を啣 へた まま、 僕 等 

自身 を 慰める 爲に僕 等の 仕事の こと を 話し 屮:: した.。 

「モデル はもう 雇 つて あるの?」 

「あしたから 來て貰 ふこと になって ゐ るんだ。 さもなければ こんなに 雨の ふるのに 力 アベ ットを 

探して 歩き はしない。」 

「ああ、 カァ ペット は 畫に使 ふの か?」 . 

「うん、 それ も 一 つに はね。 —— 一 つに は 部屋 を 明るく したいんだ。」 




片斷 • 稿定未 



293 



「ここへ も 風 はは ひって 來 るね。」 

「しめつ ぼい 風が ね。」 

「又 あした は 仕事 をす るの か。」 

僕 は 紅茶 をのみながら、 S 君 や 僕 自身 を 慰める 爲に 仕事の こと を 話し はじめた。 が、 それ はい 

む すう ぎ もん ら 

つもの やうに 無數の 疑問 を 生じ 出した。 僕 等は卷 堙 草を啣 へた まま、 半ば 遊戲 的に これ 等の 疑問. 

と、 . I 乎に 了へ ない 怪物と 闘って 行った。 …… 

「しかし 力 アベ ット へ 立ち 戾れば だね。 —— 」 

「立ち 屍れば、 —— 叉 歩き ま はるの かな。」 

ら のち しば ら 

僕 等 はこの カツ フ H を あとに した 後、 今度 は 芝へ 出かける ことにした。 雨 は 僕 等の 休んで ゐる 

うちに 仕 合せに もい つか 小 降りに なつ てゐ た" けれども 風 は 前よりも 一 曆强 くな つたく らゐ だつ 

ら か V,- ほね おそ しづ,、 なか 

た。 僕 等 は 洋傘の 骨 を 折られる の を 恐れ、 時々 落ちて 來る 举 の 中 を 洋傘 を ささす に 歩いて 行った。 

うすちゃ .\ ろ 

芝に も 家具屋に は 五六 軒あった。 僕 は それ 等の 一軒の 店に 珍ら しい 薄茶 色の カァ ペット を 見つ 

けた。 カァ ペットに は 何も 模様はなかった。 が、 可也 よごれた 上、 しみ も 一 つ 隅に 殘 つて ゐた。 

その 叉し みは 僕の 目に は 牛^の 鳴に そっくりだった。 

「これ はいくら する の?」 



294 



「一 一十 圓 位に 致して おき ませう。」 

ひる てんとう 

病身ら しい 若 主人 (?) は晝の 電燈の 光の 中に かう 僕に 返事 をした。 「一 一十 圆」 は 僕に は 誘惑 だつ 

G ち 

た。 僕 は 何度も 押し問答 をした 後、 とうとう この カァ ペット を 十八 圓 五十 錢に買 ふこと にした。 

とど 

「では 後 ほどお 屆け 申します。」 . 

僕 等 はかう 云 ふ 言葉 を あとに やっと 荷 をお ろした I 飒 もちに なり、 風の 强ぃ 往來を 歩い て 行つ 

たリ そ こ を 通る の も 一 一三 度 mr だった。 僕 はこの 力 アベ ッ 卜 を 買 ふ爲に 何度 そこ こ こ の 家具屋の 店 

を观 きこんだ こと だか わからなかった。 僕 は 家具屋 以外の 店の 人々 に.: 1: か盖 しさに 近い もの を感 

、、ノ こ 

「あ の 煙草屋 の 娘な ど は 何と. m 心って ゐ る だ ら 〔う? 」〕 



X 

平 井 昔吉は 背い らして ゐた。 それ は 八/度の 彼の 仕事の 豫明 通りに 進んで くれない 爲 だった。 彼 

は 或 一 圓本を 一 一三 十 萬資る 計畫を 立て、 その 爲に 何简月 もつ ぶして ゐた。 が、 彼の部下たちは(^^- 

實上音 苦の 試みて ゐる こと は 金 や 信用 を 砲 彈に使 ふ 必死の 戰爭に 遠 ひなかつ たじ 彼の 命令 通りに 

動かなかった。 のみなら す 世の中の 不景氣 は 彼の 前に どっしりと 立ち塞がって ゐた。 一 は 彼^ 



片斷 • 稿定未 



295 



.} ^の 一 一智に 葉卷を 口 に, i. へ たま ま、 毎日 小さい 卓上電話 を 前に 目まぐるしい 事務 をと り つづけた。 

が、 時々 窓の 外の 空に かう 云 ふ 彼 自身の 生活 を 憂 I 慰に 思 ふこと もない わけではなかった。 

おの は a- は 三 卜莴圆 ばかりあった。 しかし 夥しい 廣吿料 はもう こ の財產 へ も 食 ひこんで ゐた。 

彼 は 一面の 新聞 廣吿は 勿論、 本 全國へ 活動 寫眞班 を 出したり、 一圓 本の マァク をつ けた 象 を 五 

頭 も 東京 中 に 歩かせたり、 殊に 三臺 の 飛行機 に 時々 ビラ を 撒かせた りして ゐた。 それ 等の 宣傳は 

道 軍 喇叭の やうに 昔 吉を男 ませた のに 違 ひなかった。 彼 は 彼の 會 社の 上 を 通る 飛行機の プ P ぺ ラ 

ァの音 を 耳に し、 いっか ふだんよりも 興奮した りして ゐた。 

それ は あらゆる 戰の やうに 敵の ある こと は 確かだった。 彼の 敵 も 彼の やうに 拔け 《w のない 戰法 

を|.|^^してゐた。 音吉は 金の 工面 をす る 爲にフ ォォド の 自動車 を 走らせながら、 ふと この 敵の 店 

の 前 を 通り、 雜 色の 旗 や ボス タァを 「敵ながら けなげに」 感じたり した。 が、 次の 瞬間に は 「負け 

ない ぞ」 と 彼 自身に 呼びかけ たりした。 

音吉 はま だ獨り 者だった。 が、 彼::; 化 七十に 近い 養母 を 一 人 抱へ てゐ た。 養母 は 勿論 彼の 仕事の 

どの位 烈しい か を 知らなかった。 しかし ぼんやりと 彼女の 養子の 危機に 立って ゐ るの を 感じて ゐ 

た。 音吉は たまにう ちへ 歸り、 (その外 は 宴 會に追 はれて ゐ た。) 切り 髮の 養母 を 前にした まま、 晚 

亂の 膳に 向ったり した。 養母 は 彼の 機嫌 を 窺 ひ、 いつも さりげない 話ば かりして ゐた。 音 吉は大 

抵 言葉 少なだった。 が、 w 月の 或 夕が た、 黑ぃ 高足の 膳の 上に 走りの 胡瓜 を 見た 時には 何 か 養母 

を劬 りたい の を 感じた。 . . 



296 



「八 マ 度の 仕事 さへ 成功 すれば、 お母さん を 商い 龍 團に寢 かせます よ。 梯子 を かける ほど 一 :S い^ m: 

にね。」 

しかし 養毋は 1: を 動が しながら、 手 短 かに かう 霄っ たばかりだった。 

「あたしな ど はもうと る 年 だからね。」 

それ は 確かに 感傷的だった と共に 妙に 險の ある 言葉 だ つ た 〕 f ュ :!: 士: は ふ と こ の 養母の 嫁 の 世話 に. 

はならない と 云って 足袋ば かりさして ゐ たの を E おひ 屮: した。 實際又 養母 は 賢い 巾に 片意地 を 持つ 

てゐ るのに 違 ひなかった。 昔吉は んに 不機嫌に なり、 默 つて 夕飯の 膳の 前 を 離れる ことにした。 

が、 そ こに は あきらめ も 養母 の ヒス テリ ィに對 する あきらめ もま じ つて ゐ るの に 遠 ひなかつ 

た。 中庭に は 唯 石の 井戶の 上に 一抱へ ほどの 冬靑の 木の 枝 を ひろげて ゐる だけだった。 彼 は緣關 

にしゃ がんだ まま、 一本の 卷 煙草に 火 を 移した。 それから —— ふと ゆうべ 遇った 或藝 おの 額 を 思: 

ひ 出した。 

X 

一圓 本の 締切り 日 は そのうちに だんだん 迫り 出した。 昔 士 :! はいろ いろの 著者た ち は 勿論、 銀:;;: 

や 取引所に も 走り ま はって ゐた。 が、 世の中 はつひ この頃 遣 席 を 相 緩した 昔. f;:: に は どこに も 識 を 

示し 勝ちだった。 彼 は^の 巾 や 彼 南 身に 度た び 憤りに 近い もの を 感じた。 尤も 「これ も經驗 に.^ 

る」 と 云 ふ 言葉 は 彼 を 慰めた のに 遠 ひなかった。 が、 或廣ル :! 屋の 主人な どに 「一 肌悅 ぎます」 と ii 一一 IL 



片斷 • 稿定未 



29? 



はれた 上、 月末に ちゃんと 支拂 ひの 來る 時には 何 か 情無 さ を 感じ 勝ちだった。 

かう 云 ふ 音吉を 慰めた の は 富 奴と 云 ふ 藝者だ つ た。 彼 は实會 の あ る 度に 必す 彼女 を 招 い でゐた 《^ 

のみなら す 用に かこつけて は 彼女と 夜 を 明かす こと も 稀ではなかった。 彼等の 夜 を 明かす 場所 は 

なか ゆかた 

町中の 或 待ち 合だった、 昔吉 はこの 待ち 合の 一 間に 湯悱子 一 枚に なった なり、 度た び 彼女と 寢そ 

べつて ゐた。 しかし 彼女と 三 卜 分 以上 話して ゐ るの は 退 だった。 彼は卷 煙草 を 吸 ひながら、 い 

つか 彼女に は 無頓着に 彼の 仕事の こと を考 へて ゐた。 が、 富 奴の 持ち かける 話に 調子 を 合 はすこ. 

と は 忘れなかった。 それ はこの 都會に 育って 來た 彼. のっとめ 氣 にも 元 づ いて ゐた。 富 奴 は 彼 や 彼 

の 仕事に 興味 を 持って ゐる らしかった。 「成 緒 はどう?」 11 そんな こと も 時々 話しかけ たりした 0. 

昔吉 はいつ も 薄 笑 ひ をした ぎり、 何とも この 一 W 葉に 取り AM はなかった。 のみなら す 時々 肚の 中に 

を 言って ゐゃ がる」 と 思 ふこと もあった。 しかし 兎に角 富 奴に 惹 かれて ゐる こと は 確かだった e 

長!! 經ー つに なった 富 奴 はや はり 寢そ べつて ゐ たもの の、 彼に 卷 煙草 を 吸 ひつける 時に もど こか 

淑やかに ふるまって ゐた。 丁度 卵の殻に 似た 額 を 彼の 額の 側へ 近づけながら。 •::. 

しかし 昔吉は 店に ゐる うちに は 富 奴の こと を 忘れて ゐた。 彼の 心 を 支配して ゐる もの は 唯 彼の 

仕事 だけだった。 彼 は 絶えす 手形 を 書いたり、 廣 告文へ 目を通したり しながら、 時々 中學 の. 西洋 

あぶな 

歷史の 中に あった ナボレ オンの こと を 思 ひ 出した) が、 彼 自身 を ナボレ オンに する こと は危 ぃ氣. - 

のす る こと もない わけではなかった〕 彼の 店の 二階の 窓 は 古い 瓦屋根に 向って ゐた" その 叉 瓦屋 

根 は 瓦の 問に 煤けた 艸を 生やして ゐた。 音吉は 人出 人り のない 時にはい つも この 艸へ ::! を 移した? 



「この 店の 出來 たの はいつ だった かしら?」 

彼 は 火の 消えた 葉 卷を啣 へ、 いっか 東京の 空に 飛ぶ 蝙蝠の ない ことな どを考 へて ゐた。 しかし 

誰か は ひって 來 ると、 忽ち 少しも 隙 を 見せない、 ふだんの 赏業 家に 變 つて ゐた。 



X 

僕 はかね がね 彼の 家に 或 氣味惡 さ を 感じて ゐた。 それ は コンク リイの 壁を蔽 つた、 夥しい 爲の 

葉の 震へ る爲 だった。 露へ る? —— それ はどうしても 「吹かれる」 のではなかった。 僕 は その 荡の 

葉の 震へ るの を 見る度に 何 か 赤 屋根の 家 全體も 一 しょに 震へ てゐる やうに 感じた。 …… 

この 家の 主人 は 辯護士 だった。 僕 は 或關係 上、 可也 彼と 懇意に して ゐた。 お 一し ぃ體 をして ゐた 

彼 は 人 一 倍瘦 せて ゐる僕 を 半ば 本能 的に 輕 蔑して ゐた。 のみなら す 或 小 新聞の 文藝 部の 記者 をし 

て ゐた僕 を これ は 意識的に 輕 蔑して ゐた。 

「君 も 足 を 洗つ ち や ど うだ ? 」 , 

彼 は 度た びこんな こと を 言 つ た 。 



片斷 • 稿定未 



9 

平 松の 家 はこの 町內 でも 奮い 家の 一 つだった。 平 松 道 明 は 封建時代に は將軍 家のお 側に 勤める 

「お 奥 坊主」 の 一人だった。 彼の 養父 も 「お 奥 坊主」 だった ものの、 芝居の 「河 內山宗 俊」 に 近い 恶人 

の 一人に 數 へられて ゐた。 博打 を 打ったり、 押し借り をしたり、 三人の 娘 を 花魁に 寶 つたり、 — 

—彼の 仕業に は惡 御家人た ち も 大抵 は 敬意 (!) を 感じて ゐた。 かう 云 ふ 養父 を 持った 道 明 は 勿論 

繁の 上げ下ろしに も折濫 ばかり 受け つづけだった 。「おれ はお 父つ さんの い らし つ た 時 に は 襲 の 

中に も寢た ことがある。」 11 それ は 養父の 歿く なった 後、 彼のい つも 子供た ちに 自慢す る 言葉の 

一 つに なって ゐた。 

道 明 は 大酒 をす る 外に は 何も 道樂 のない 律義者だった。 のみなら す 「律義者の 于澤 山」 の 例に 沙" 

れす、 ER 女 八 人の子 供 を 持って ゐた。 しかし 〔六 字缺〕 は 幾分 かの 所謂 「餘 德」 と 一し よに 家計 を 維 

持す るのに 十分だった。 彼は黑 羽二重の 紋服 を 着、 朝々 お 城へ 通って 行った。 それから 家へ 歸っ 

て來 ると、 黑 塗りの 高足の 膳 を 前に 五合 餘 りの 晩酌 をした X その 叉 酒の g- の 加減 は —— だんだん 

熱,, こなる 爛の 加減 は 彼 自身す るの を 常と して ゐ た。) 黑 塗りの 膳 は 行 燈の火 かげ や 柱に かけた 繭 

玉 を 映して ゐた。 

「造酒 次郞、 ここへ 來 い。」 , . 

彼の 次男の 造酒 次郞は 時々 こ の 晩酌の 時に 道 明の 小言 を 受けたり した。 それ は 大抵 大晦 H の晚 



に w 內^ お飾り を 一 つ 殘らす どこかへ 持って行って しまった などと 云 ふ惡戲 の 爲に 受ける も の だ 

つた。 實際又 造酒 次郞は 兄の 長太郞 に比べる と、 全然兄^^とは思はれなぃほどぉけじ魂を持ち八" 

せて ゐた。 小心 ものの 長 太郞は 町內の 子供た ちと 遊んで ゐて も、 角 諭 かに いぢ めら, て は」 止.、, 

て 家へ 歸り 勝ちだった。 造酒 次 郞 はかう 云 ふ 時には 必す r.s^ い.: つが 敵 を 取って やる」 と 言 ひ、 木刀 

を 持って 家 を 出て 行った。 勿論 町內の 子供た ち は ガム シャラ な 彼 を 恐れて ゐた。 ^つて 年上の 子. 

たちさへ、 i 長 太郞と 同じ年 顷の 子供 たちさへ 餓鬼 大將の 彼の 指 園に よって はどう 云 ふ惡戲 

もし 兼、 ねない のだった。 …… 

とし 月 は 次第に 移って 行った。 長太郞 はや はりお 坊主に なり、 造酒 次郞は 彼の 家に 斤 一い;:.: ー-ル 

右衛門と 云 ふ 劍術使 ひの 道場へ せっせと 通 ひ 出した。 十 を 越した 道 明 は 子供の 生 ひ 先を樂 みに 

狂广" や 狂歌な ど を 作って ゐ た.。 しかし 時々 晚 酌の 後に は炬 缝に當 つて ゐる 妻のお 睦を 抱きよせる 

位の 元氣は 持つ てゐ た。 「いけませんよ。 いけませんと 言 ふのに。」 n 或 村 名主の 娘に 生まれた 

ぉ睦 は^ 缝椅 にか ぢ りついた まま、 かう 云 ふお ほ聲を 出す こと もない 訣 ではなかったり m 一明 はい 

つも この 乎に 會 ふと、 ちょっと 頸 を めながら、 子供た ちの ゐる 次の へ 屮:; て來 るの だった。 

時代 はいつ か 移って 行った。 上野の 山に 裕 こもった 彰義隊 は iigl^ の爲 にー戰 ひする、 II そ 

W んな話 も 次第に 擴 がり 出した C 家族の 多い 平 松の 家で も 殊に 興奮した の は 造酒 次郞 だった、 彼 は 

度々 星 野の 道場へ 出かけ、 彰義隊 へ 加 はるか 加 はらぬ か を 師匠と 膝詰めに 談判した りした。 が、 



ぶぶ? • 稿定未 



301 



星野團 右衛門 は 容易に 返事 をす る氣色 もなかつ た。 

「先生 も 箍が ゆるんだ な。」 

造酒 次郞は 彼の 朋^た ちに 時々 かう 云 ふ 言葉 を:^ らした。 彼等の 一 人 は 町人の 息子、 11 或 酒 

問屋の 息子だった。 彼の 劍術は 同輩の 中で も 決して 上手と は 言 はれなかった。 が、 大 たぶ さに 髮 

を 結った 彼 はいつ も 袴に 黄 びら の 羽織 を ひっかけ、 朱鞘の 大小 を閂 ざしに して ゐた。 

X 

それ は 或 「世の 末」 だった。 羅生門の 屋根に は 茂った 草 ゃ武德 殿の 床の 上 を 歩いて ゐる人 はこの 

「世の 末」 を 現して ゐた。 そこ へ 京へ は ひって 來 たの は 太 郞と云 ふ m 舍の 侍だった。 尤も 太 郞はひ 

ほね ぼ そ 

とりではなかった。 彼よりも はるかに 骨 細に 出來た 弟の 次郞も 一し よだった。 太郞は 彼の 兩 親の 

記憶 を はっきりと 彼 自身に とどめて ゐ た- 彼の 母 は 彼の 父の 死骸の 上に 泣き伏して ゐた。 それ か 

もんじょ 

ら 彼の 母 も 1 一三 筒 月 後に は病氣 になって 死んで しまった。 彼の 父 は 文書 を僞せ 書きに した 爲に或 

國 fs- の 郞黨 たちに 殺された の だった。 か う 云 ふ 記憶 は 七 歳 前 の (それ は 彼の 七 歳の 秋 だ つた。) 彼 

の 記憶 を 打ち消して しまった。 太郞は 彼等 を みなし子 にした 彼の 父 を 憎んで ゐた。 が、 何 ごと も 

欲の 多かった 肉太の 彼の 父の 子に は 遠 ひなかった。 弟の 次郞 は太郞 よりも 氣の 弱い 母に そっくり 



だった。 出家して 婆 苦 を 逃れる こと はいつ も 彼の 望みに なって ゐ た。 現に 乂彼 は:: 儿 の太郞 より 

も はるかに 文字に 通じて ゐた。 

彼等 は 京へ は ひった 後、 彼等の 末の 弟に 當る三 郞の宿 を 尋ねる ことにした。 三 郞は藤 太夫と ニム 

ふ 〔二字 缺〕 の 家に 勤めて ゐた。 彼等 は 久しぶりの 挨拨 をし、 三郞 にいろい ろの 話 をした。 が、 彼 

ほそおもて なが 

は 彼等の 話に 餘り舆 味 を 持たない らしかった。 淺黑ぃ 彼の 細面 は 彼等の 顏と 遠って ゐる やうに 畏 

ねん • 

年 京に ゐる 彼の 氣 もち も 彼等の I 淞 もちと は 離れて ゐた。 彼 は 時々 彼等の 言葉に 冷笑に 近い もの を 

浮かべた りした。 その 叉 冷笑に 近い もの は 太郎を 憶ら せす に は 措かなかった。 太郞は 赭鬆を 噴み 

ながら、 野蠻に 三郞に 突つ かかった りした。 けれども 三 郞は鞣 皮に 似た 顔の 筋肉 さへ 一 つ 動かし 

たこと はなかった。 

「おれ は:: 几さん たちの 話 を 問いて ゐ ると、 泥 や 血の 句ば かりして 來 るから な。 = 几さん たち はおれ 

よりも 正直なん だら う。 おれ は 年 は 若い けれども、 兄さんた ちよりも I の 中 を:: ルてゐ る。」 

彼の 「正直」 と 云 ふ 意味 は 「阿呆」 と 云 ふ 意味に も 通じる らしかった〕 彼等 は 三 郞の宿 を あとに し 

た 後、 犬ば かり 多い 道を步 いて 行った。 太郞は 先に 立って 歩きながら、 時々 洒 のこと を 口にした 

りした。 しかし 次郞 はもの 優しい 聲に 自然と:: 几の 機嫌 をと り、 弟の 三郞 をと りなして ゐた。 

「三郞 は ああ 云 ふたち なんだから ::: 」 

2 「そんな こと はおれに も わかって ゐ る。」 

5 太郞は 六月の 空の 下に せっせと 足 を 運んで ゐ たし 往來に 拾て て ある 死骸の 臭氣に 時々 太い を 



片斷 • 稿定未 



ひそめながら。 …… 

I 



或 塞 さの 嚴 しい 朝、 お 万 はふと を醒 ますと、 枕 もとに 垂れた 幕の 上に 小さい 景色の 映って ゐ 

るの を 見つけた。 それ は 向う の戶の 節穴から 映って 來る ものに 違 ひなかった。 逆 まに 映った 木々 

の 中には 一直が 一 つ こちらへ うねって ゐた。 その 又 道の 上に は 騎馬 武者が 一 人 やはり 向う へ 歩いて 

ゐた。 それ 等 は 薄 赤い 光の 加减 か、 妙に 皆 どす 黑 かった。 . 

お 万 は 主人の 言葉 を 聞いた 時、 羞 しさ を 感じた ばかりだった。 羞 しさ を? 11 しかし そこに は 

直行 ほどの 侍の 寵愛 を 受け、 てゐ たと 云 ふ 誇り もま じって ゐ ない 訣 ではなかった" しかし 主人の ポ 

を P つて 來 ると、 だんだん 不安 を 感じ 出した。 それ は 大御所の 家康は 勿論、 主人 も 亦 彼女の もの 

狂 ひ を 或は 彼女 の 狂言と 思 つて ゐ るか も 知れな いと 云 ふ 不安 だ つ た。 

家.^ の 憎しみ を 受ける こと は 彼女に は 恐し いのに 違 ひなかった。 が、 それよりも 恐し かった の 

^ ハ つか 皮 女 自身の 氣 持ち を 信用 出來 ないやう になった ことだった。 



301 



お 万 はこの 恐し さ を 紛らす 爲に ひとり ゐる こと も 恐れ 出した" が、 他人と 話して ゐて も,. そ 

の 「他人と 話して ゐる」 と 云 ふこと を はっきりと 意識した が 最後、 忽ち 不安に なって しま ふの だつ 

た。 

I 

X 

それから 一 週間ば かりたった 或 午後、 ひな子 は 一 人の 女中 もつれす に 奥庭の 裏へ 散歩に 行った。 

? 一一げ や L うちぎ -s ま" ま 

奧 庭の 裘は 松林だった。 彼女 は 勿論 かう 云 ふ 時には 桂 ゃ緋の 8- をつ けて ゐ なかった」 パラソル を 

さした 彼女の 姿 は當り 前の 夫人と 云 ふよりも 寧ろ 令壞に 近い ものだった。 彼女 は 小 みちを 歩きな 

がら、 鋭い 松脂の 勻を 感じた。 それ は 何 か 彼女の 體に荒 あらしい 刺戟 を與 へる ものだった。 

ひな子 はふと みちばたに 一 匹の 雨蛙の ゐ るの を 見つけた」 若し この 雨 を 踏み 殺したら、 I , 

そんな こと も 彼女 を不 〈女に した。 彼女 はちよ つと 足 を 休め、 わざと 二三 度 足路み をした。 が、 .^ 

iff は 動力な 力った。 ひな子 はとうとう パラソル をつ ぼめ、 その 細つ そりした 象牙の 先 こ 雨. ii^- の T 

屮を 突く やうに した。 雨蛙 はやつ と 驚いた やうに 根 彼の 巾 へ姚 ねて 1 汀った C 

まつばやし なか つう 

づ みち はこの 松林の 中 を鐵道 線路へ 通じて ゐた。 彼女 はもう 一度 パラソル を ひろげ、 線路に 沿 

うて 歩いて れつた。 線路 は 砂利の 盛り 上った 上 を まつ 直に 向う へ 走って ゐた。 のみなら す 磨ぎ 澄 



片斷, 稿定未 



305 



は もの 

ました 刃物の やうに 妙に 無氣 味に 光って ゐた。 ひな子 はこの 線路の 上に 彼女の 姿の 映る の を 見な 

がら、 いっか 姊の すま子 だの 謙吉 だのの こと を考 へて ゐた。 

彼女 は 格別 謙 吉に愛 を 感じて ゐた訣 ではなかった。 從 つて 又 すま子に も 特に 惡意 のあった 訣で 

はなかった。 が、 何 か 彼等の 爲に 彼女の 一 生の 運命の 狂った こと を 感じて ゐた。 彼等の 爲 に? — 

—それ も 或は 一 概に 彼等の 爲と: K ふこと は 誤って ゐる かも 知れなかった。 けれども 若し 七 年 前に 

或 山の 中の 溫泉 宿へ すま子 や 謙吉を 尋ねて 行かなかった とすれば、 彼女 はふと 顋髯の 長い 

敎 主の 顏を思 ひ 出した。 この 新ら しい 宗敎の 敎主は 勿論 大勢の 信者た ちに は 不思議な 力の ある 神 

人だった。 しかし 彼女に は # 間 並みの 夫と 餘り 變ら ない 夫だった。 

彼女 は あたり を 眺め ま はした。 それ は 何 か 彼女の 前に 白い シグナルの 柱が 一本、 立って ゐるゃ 

うに 思った からだった。 が、 そこに は 何もなかった。 ひな子 は 唯 頭 だけ 歩いて ゐる やうに 感じな 

がら、 今度 は 叉い つか 彼女 自身の 現在の 生活 を考へ 出した。 敎主は 第三 夫人だった 彼女 を 始め、 

どの 夫人た ちに も 優しかった。 が、 何 か 知らない 力 は 彼女 を敎 主から 引き離して ゐた。 

それ は 彼女の 信仰の 足りない 爲 かも 知れなかった。 しかし 兎に角 彼女の 心が 誰か 敎主 以外の 男 

性に 向って ゐる こと は 確かだった。 ひな子 はこの 男性 を 幼馴染みの 謙吉& 中に も 認めて ゐ たのに 

違 ひなかった。 けれども 謙吉は 彼女に は 謂 はば 一 つの 旣知數 だった。 



格太郞 は, 歲 になり 次第、 Is- 京へ 出 る ことにな つて ゐた" 彼のな りた いのは 洋畫 家だった。 實際 

义彼 は中學 時代に も畫 だけ はいつ も滿點 だった。 格 太郞は 度た び 畫端書 だの 寫眞 だのから 東京 を 

想像して ゐた。 それ は 唯 石 や 凍 瓦の 日の 光に 照りつ けられて る都會 だった。 彼 はかう 云 ふ 東京へ 

來と 後、 樹木 を 描け ない 場合 を 心配し、 彼の 町の,^ 外に ある 柳 や ポプラ ァを寫 生して 歩いた。 

「東京 だって そんな もの は あるら あね。」 

皮の 友 だち の淸ー はかう 格太郞 に注吿 した。 が、 彼 は 東京へ 行った 〔淸 一〕 の 言葉 さへ 信 W しな 

かった。 

「だって こんな 仲び のびして はゐ まい。」 

^太郞 の スケッチ • ブック はいろ いろの 樹木に 一ば いに なった。 やっと 一 一十三に なった 彼 は 彼 

の 仕事に 滿 足して ゐた。 が、 一 つ 上の 淸ー は 彼に 好意 を 持ちながら、 やはり 彼の 迂濶さ 加減 を輕 

蔑し ない 訣には 行かなかった。 

淸ー はこの E 舍の 町で も 資産家の 息子に 生まれて ゐた。 彼のな りた いのは 小說 家だった。 しか 

^ しそれ は兩 親の 反對を 受ける のに 遠 ひなかった。 彼 は その 爲に或 大學の 文科へ は ひる こと を 名目 



片斷 • 稿定未 



307 



にし、 格 太郞と 一 しょに 東京に 下宿で もしたい と 思って ゐた。 

X 

彼等 は 一 しょに 或 カツ フ H へ 行ったり、 (それ は 或 露西亞 人の 經營し てゐる カツ フエ だった。) 

す <:: うめ 

櫻 桃の 多い 山の手 を散步 したりした。 〔淸 一 〕 は 〔格 太郞〕 に比べる と、 はるかに 都會 人らしい 靑年 

だった。 それ は 或は 半世紀 ほど 前に 東京から 移住して 來 たと 云 ふ 彼の 祖父の 遺傳 かも 知れな かつ 

た。 が、 彼 は 鬼 も 角 も 何 ごとに もこ だはり 易い 一面と 共に 何 ごとに も 亦 無分训 にぶつ かってし ま 

ふ 性情 を 持ち合せて ゐた。 

或 北風の 吹きつ のった 午後、 淸ー は 或 カツ フ H のテ H ブルに 格太郞 ととりと めの ない 話 をして 

ゐた。 しかし 格 太郞の 沈んで ゐる こと はだんだ ん淸 一 を 不安に し 出した。 淸 一 は卷 煙草 を ふかし 

ながら、 彼 自身の 不安と 闘って ゐる うちに ふと 或 少女の 顏を思 ひ 出した。 それ はや や 眉毛の 薄い- 

頰の圓 まるした 少女だった。 (淸ー はこの 少女の 頰 にいつ も 杏の 實を 感じて ゐ た。) 

「あれ だな?」 

淸ー はかう 思 ふと 同時に 頰 笑まない 訣には 行かなかった。 

「お-い、 紅茶 をもう 一 つ」 

格 太郞は 後ろ を ふり かへ りながら、 かう 主人に 聲を かけた。 しかし 主人の ロシア 人 は、 赤 更紗 

を 垂らした 窓の 前にい つか 晝寐 をして ゐる らしかった。 



303 



I 

〔或 畫學 生の 乎 紙〕 . 

わたし はこの 手紙 を 上げる の を 可^ 躊路 して ゐ ました。 が、 きの ふの 出來事 以來、 急に: 男氣を 

生じました。 . 

きの ふの 午後、 わたし は パイブ を啣 へた まま、 研究所の 二階 を 駅け 下りて 來 ました" すると あ 

なた は 階段の 下に 年の 若い 事務員と 話して ゐ ました。 わたし は パイブ を 離しながら、 かう 事務 nH; 

に聲を かけました。 

「君、 モデルが 腦 貧血 を 起した から、 水 を 持って行って やってくれ 給へ。」 

あの モデル は 美人です。 動物 的な 感じ はする ものの、 鬼に 角 世 問 並みの 美人です。 これ はいつ 

か あなたと も 「美しい 牝と云 ふ 感じです ね」 などと 常談を 言った ことがありました" わたし は 格^ 

あの モ、、 テルに 氣 のあった 訣 ではありません。 しかし 誰も 騒いで ゐる 外に どうして やる と 云 ふ もの 

-H うたん 

もありません から、 寶丹 でも 買って 來て やらう と W わった のです。 あなた はわた しに その 話 を 聞く 

と、 妙に はげしく かう 霄 ひました。 

「賓 丹な ど 入り はしない、 逆さに して ゆす 板って やれば: れい のに。」 

わたし は 正直に, 2 狀 すれば、 あなたの 言葉の 殘酷 なの-に 多少の 不快 を 感じました..^ しかし 研究 



片斷 • 稿定未 



309 



所 を 出る が 早い か、 忽ち 愉快な 舆 奮が 湧き上って 来ました。 この 手紙 を 上げる の は 未だに その 興 

套を 感じて ゐ るからで す。 

わたし は あなた を 愛して ゐ ます。 どうか この 手紙に 返事 をして 下さい。 

X 

〔杏の 花〕 

野 島 は 果物の 籃を ぶら下げた まま、 雨上りの 往 來を步 いて 行った" 狹ぃ往 來の兩 側 は 大抵 飾り 

窓の ある 商店だった。 その 又 飾り窓の 板 硝子 は 丁度 映畫の フィルムの やうに、 それから それへ と 

順々 に 野 島の 姿 を 映して 行った。 靑 みがかった 鼠の 中折帽、 同じ 色の ォォ ヴァ • コ オト、 ゲ ェ ト 

ルを かけた H ナ メルの 靴、 11 野 島 は 時々 流し目に かう 云 ふ 姿 を 眺めながら、 彼 自身の 趣味の 好 

いこと に少 からす 滿足を 感じて ゐた C 

その 內に 十七 八の 藝 者が 一人、 向う からまつ 直に 步 いて 來た。 それ は 近代の 文明の 産んだ、 令 

讓の 風格の ある 藝 者だった。 藝者は 野 島の 五六 歩 前へ 來 ると、 突然 彼へ 擧 乎の 禮 をした。 野 島 は 

勿論び つくりした。 咄嗟の 間に 見覺 えの ある 十二 三人の 藝者を 思 ひ 出し もした。 が、 今 目の前に 

立って ゐる藝 者 はどうしても 記憶に 上らなかった。 彼 はもし やと 思 ひながら、 そっと 後ろ を 振り 

返って 見た。 すると 後ろに も藝 者が 一人、 やはり ちゃんと 「失敬」 をして ゐた。 野 島 は輕ぃ 失望 を 



310 



感じた。 それから、 . —— 何と 云 ふ 理由 もな しに 中折帽 を ちょっと かぶり 直した。 

I 

X 

X 

XXX 町 は 高原に あった。 町 を 貫いた 往來は 爪先 上りに 山へ 向 ひ、 その 又往來 の. ゆ 糊に は藥: 

青物 店、 毛糸 店、 cm.io-dealer、 運動具 店、 敎會、 鳥屋、 敷物 店な どが 何 軒 も 庇 を 並べて ゐた。 

が、 朝は靜 かだった。 白い 馬に 跨った B 國 公使のお 孃 さんやへ ルメットの かげに 顋 1$ を 延ばした 

U 敎會の 宣敎師 の 外に は 殆ど. 誰も 通らなかった。 唯 夥しい 燕 だけ は凉 しい 朝日の 光の 中に 絶えす 

往 つたり 來 たりして ゐた。 . . 

町の 突き 當りを 塞いで ゐ るの は、 昔から 名高い U 峠だった。 峠 は 時々 雲に 埋まり、 1 リぃ綠 いろ 

の 山腹ば かり 



X 

水 松 や 落葉松の 枝 を 張った、 山 砂の 荒い 路の 角に 十字架め いた 道標が 一木、 細つ そりと, n く, が 

んでゐ た。 道標 は そこ を 通る 人に かう 云 ふこと を敎へ るの だった" 



片斷 • 稿定未 



311 



Wav to swn 

wav to station 

或 アメリカの 老婦 人が 一人、 この Avaytotcwll を 如何にも 悠々 と 歩いて れ つた" 老婦 人は黑 

い パラソル を さし、 その 又 パラソル を さした 腕に 支那 緞子の バッグ を ぶら下げて ゐた" 老婦 人の 

身なり は 質素だった。 若し そこに 少しで も 花々 しい 色彩が あつたと すれば、 それ はこの 紐の 長い" 

無 恰好な バッグば かりだった。 バッグ は 岩 だの 珊瑚 樹 だの 靑海波 だの を 重ねた 上に 鳳凰 を 一 羽 舞 

はせ てゐ た。 

かいはう せき 

老歸人 は 殆ど HI も ふらす に 道標の 側 を 通りす ぎた。 その 拍子に 偶然 バ ッグの 中から 海 泡 石の パ 

イブが 一 本 落ちた。 これ は 



X 

F 子さん は 丁度 六 年ぶりに K 町の 別 莊へ來 る ことにな つた。 落葉松の 中の^ 莊は 殆ど 舊態 を改 

めなかった。 いや、 槍の やうに ミドリ を拔 いた 落葉松 も 昔の 通りだった。 F 子さん はかう 云 ふ 別 

莊に 勿論 多少の 懷 しさ を 感じた。 が、 まだ F 子さん の學 生だった 三年 前と 變ら ない ことに 或 妙に 

矛ぎ した 感じ を 抱かない 訣 にも 行かなかった。 

この 三年 間 は F 子さん に は 決して 短い と は 云 はれなかった。 三年 前の F 子さん は學 校の テ 二 ス 



312 



の 選手だった。 しかし 今の F 子さん は 或 外交官の 夫人と なった 上、 サン . 。ハウ a に 一年 暮らし、 

更 に 樓蘭 (Kolland) と 云 ふ 名 をつ けた 當 歳の 子供の 母に なって ゐた。 

或^い ほど 涼しい 晚、 F 子さん は 兩親ゃ 弟妹た ちと 別 莊の客 問に 話して ゐた。 ccttage:i- の^ 

き ぎぬ %-さ 

莊の客 問 は 黄 親の 笠 を かけた 大燭臺 の 光に 天井 も 壁 も 藤 椅子 も 飴色の 統一 を 保って ゐた。 それ は 

そこに 集った 人々 の 變化を 笑って ゐる、 —— と 云 ふよりも 寧ろん々 の變 化に 頗 笑んで ゐ るかと m 心 

--位 少しも 三年 前に 變ら なかった-〕 F 子さん は 乳 を 見せない やうに そっと ^飲み 兒に^ を やり- 

ながら、 何度も こんな 言葉 を 繰り返した。. 

「ちっとも 昔と 變ら ない のね。」 

しかし 昔と 變 つて ゐる もの も少 くと も 一 つ はない 訣 ではなかった。 と. ぶふの は,: 1: うの^に 懸け- 

た 十號 ほどの 油畫 だった。 油畫は 幾つかの 赤茄子に の 花 を あしらった F 子さん 自身の 作:: i だつ 

た。 その 赤茄子 や 薊の 花 はいつ か 昔の 鮮 かさ を あ ひ、 すっかり 古色 を 生じて ゐた。 F 子さん は 勿 

論 この 事實 にも 氣づ かない 訣には 行かなかった。 

「あれ だけ は 古ぼけて しまった のね。 もう 屋根裏 へ でも やつ てし ま へ ば 好 ハ のに。」 



X 

鳥屋のお 上さん は 店の 前に 十一 一三 羽の 家鴨に 餌 を やって ゐた。 家鴨 はル :! 脊の 低い 鋭 網の 籠に 伏 



片斷 • 稿定未 



313 



せて あった。 店の 前に は その外に もまる まると 肥った 七面鳥が 一 羽に 鶴が 五六 羽 歩いて ゐ た、」 

そこ へ F さんの 坊ちゃんが 一 人、 珍ら しく 店先へ は ひって 來た。 尤も 坊ちゃんと は 言 ふ ものの、 

彼 は 白い フ H ルトの 帽子に 背廣を ひっかけた 靑 年だった。 

「君の 所に は 七面鳥が ゐ るね?」 

「ええ、 桥ひ をり ます。」 

「それ を 一 ^借りた いんだが ね。」 

お上さん は 思 はす 坊ちゃん を 見つめた。 

「お貸し 申 すんで ございま すか?」 

「何、 畫を 描いて ゐる もんだ から、 11 寫生 をす るのに 借りた いんだが ね。」 

坊ちゃん は 成程 去年の 夏 も ォゥ、 、ティ 卜リ アム の 前の 芝生に 一 本の 白樺 を寫 生して ゐた。 お上さ 

んは それ を 思 ひ 出した ものの、 まだ かう 言 ふお 客に は 一 度 も 遇った ことのない だけに やはり 躊路 

せす に は ゐられ なかった。 

「幾日ぐ らゐで ございませう?」 

「 一 週間、 —— まあ 十日ぐ らゐ だが ね。」 

r 番ひ ともで ござい ます か?」 

「いき、 雄 を 一 羽 借りた いんだ。 どっちで も 借り賃 はおん なじ だら う?」 

i?^ ちゃん は 常談の やうに かう 言った。 お上さん はちよ つと 坊ちゃんから 七面鳥へ 目 を 移した," 



314 



それ は實際 「ちょっと」 だった。 が、 お 上 



I 

X 

. 〔兄弟〕 

その::: は 朝から 雨天だった。 僕 は 午後の 三時 頃から、 , 人 しぶりに 上京した 京都の T と 二階の 書 

齋に 話して ゐた。 ちょっと 二人の 話が 途絶える と、 さあつ と 言 ふ 雨の 昔が 聞え る。 T は^ 火爐に 

膝 を 入れた まま、 础子戶 越しに 庭 を 12^ て は、 「柘榴 がいくつ もな つて ゐ るね。 あれ は 食へ るの?」 

と 尋ねな どした。 

T が 鞍馬の 火 祭の 話 をし 出した 頃に はもう 大分 薄暗かった。 が、 .m 燈は まだつ かない。 俟は何 

か 暖昧に T の 話に 返事 をして ゐた。 薄暗 さの 影響 もあった の だら う。 T は 時々 出 雲 訛 を 出し 、「若 

し 自動車が なけらねば、 車に 乘 つて」 などと 話して ゐた C と、 急に 產 がした。 一: 儿氣の 好い、 短 

ぃ產聲 だった。 「生まれた ね。」 11 T はかう (臼って 微笑した。 僕 は 只 「うん」 と 答へ て 措いた。 ほ 

つと する こと は 勿論した。 しかし 露せ に そんな 額 をす るの は 多少 T にも 面映ゆかった の だ」 

僕 は! 一階 を 下りて 行った。 白い 手術衣 を 着た 產婆 は玄關 脇の 四疊 半に もう 產? i を 使 はせ てゐ た。 

てし よ,、 

この 部屋 は 二階よりも 暗い 位 だら う。 a: はちゃん と 産婆の 側に チ蜀の 火 を かかげて ゐた。 伯 はや 



片斷 • 1T。J え 71 ゝ 



315 



長 も その ま はりに ゐた。 僕 は 母の 後ろから の 中 を 職き こんだ。 赤 兒は豫 想して ゐ たよりも す 

つと 小さい。 存外 長い 髮の 毛が べとべとに 濡れ、 それに 手燭の 火が 映って ゐる。 産婆 は 赤 兒を仰 

向けに し、 顋の下 を 洗って ゐる 所な の だ。 僕 は 長男の 生まれた 時には 妙に 赤 兒を氣 の 毒 だと 思つ 

た。 こいつ も わざわざ 苦勞 をし に 生まれて 來 たの だと 思った の だ。 しかし 今度 は 何ともなかった 

僕 は 



兒に ざぶ ざぶ 湯 を かけて やり、 「さあさあ、 お 父 樣に御 挨拶なさい」 などと 言って ゐた, 赤 兒は御 

挨 I 夕 をす る 所 か、 啼き聲 一 つ 立てなかった ぢ つと 目をつぶった まま、 只 時々 しかめ 面 をす る。 

石 鹼の勻 がしみ るの かも 知れない。 それ を 又 母 は 「きっと この 兒は 癎癡 持ちです よ」 などと 評して 

ゐた。 

妻 は鄰の 八疊に 寢てゐ た。 指の 長い 兩手を 胸の 上に 組み、 如何にもが つかりし たと 言 ふ 風 だつ 

た。 僕 は 襖 側に 佇んだ まま、 ちょっと 看護婦に お 時宜 をし、 それから 妻に 聲を かけた" 妻 は 仰向 

けにな つたなり、 頭の 上の 僕 を 見る 爲に 大きい 目 を 一 曆 大きく した。 

「又 男。 でもす ゐ ぶん 苦しかった。」 

1^ は それでも 笑って ゐた。 . . 

rT さん は? T さんに 御飯 を 上げ るんで せう?」 

「うん。 外で 食 ふから 好い。」 , 



その 時比呂 志の 聲 がした、 



(大正 十三 年顷 より 昭和 二 年まで —— 位し 逆 線^ 顺) 



片斷 • 稿定未 



317 



人と 死と 

夜。 三日月が 出て ゐる。 作者が 月の 方 を 向いて 立って ゐる。 

作者 お 月樣。 

月 何 だい。 

作者 あなた は、 いつでも、 獨 りで、 さみしく はありません か。 

月 ちっとも、 さみしく はない よ。 

作者 さう です か。 私 は、 友 だち が大ぜ ぃゐて もさみ しくって、 仕方が ありません 

月 友 だち が 澤山ゐ るから、 さみし いんだよ。 

作者 さう でせ うか。 

月 あ X、 さう だよ。 

-暫、 默 つて ゐる。 

作者 お 月樣。 

月 何 だい。 . 



318 



作者 あなた は、 いつでも、 空ば かり 歩いて ゐて、 さみしく はありません か C 

月 ち つと も、 さ み し く は な ハ よ 。 

作者 さうて すか。 私 は、 仕事が 澤 山あって もさみ しくって、 仕方が ありません。 

月 仕事が 澤山 あるから、 さみし, いんだよ。 

作者 さう でせ うか。 

月 あ \ さう だよ。 

暫、 默 つて ゐる。 

作者 お 月樣。 

月 何 だい。 . . 

作者 あなた はよう ござんす ね。 

月 何故 だい。 

作者 いつでも、 さう して ゐ るで せう。 銀貨の やうに 白くな つたり、 縫針の やうに 細くな つたり 

しても やつば り、 ちゃんと さう して ゐ るで せう。 所が 人間 はさう は 行きません よ。 

月 …… 

作者 お 月樣、 お 月樣。 • 

月 呼んだ か, い。 

作者 え > -、 何故 だまって しまつ たんです C 



片斷 • 稿定未 



319 



月 さう 云 はれたら、 急に さみしく なって 來た からさ。 

作者 それで だまって しまったんで すか。 

月 あ \ C 

作者 私 は、 又、 死ぬ 事を考 へる と、 何時でも きっと、 さみしくな つてし まひます よ。 

月 さう かい、 私 は 死ねない 事を考 へたら、 急に さみしくな つてし まった よ。 

作者 不思議で すね。 

月 あ、。 

暫、 默 つて ゐる。 

作者 お 月樣。 . 

月 何 だい。 

作者 私 はもう、 かへ ります よ。 

月 さう かい C 

作者 仕事が あります からね。 それから、 友 だち が 待って ゐ ますから ね。 

月 ぢゃぁ 別々、 さみしい 思 をす るの だね C 

作者 え..、 ぢゃぁ 左様なら。 お休みなさい C 

月 あ \、 左樣 ら。 

作者が 去る。 三日月ば かり C . 



320 



或 支那の 街 を 流れる 運河。 粉壁の 樓 がいくつ も 水に 臨んで ゐる。 深夜。 A と B とが 畫舫を 漕 

ぎながら 出て 來る。 

A 君が 漕げと: ぶふから、 此處 まで 漕いで 來 たんだが、 ー體 この 夜 ふけに どこへ 行く つもりなん 

だ。 

うち 

B あの 家の 下まで 行けば い \ん だ。 . 

A あの 家? あれ は あの 女の 家ぢゃ あない か。 

B うん、 あの 女の 家 だ 11 實は 少し 面倒な 事が 起って ね、 ": 几 非 君の 手 を 借りなければ ならない 

事に なつたん だ。 まあ 舟 をつな いで くれ 給へ。 

A (舟 を繁 ぐ) 何 だい、 用と 云 ふの は。 

B どうもとん でもない 事に なって しまったんだ。 

A どうして。 

B とうく 一 一人の 關 係が 見つかって しまったんだ。 

A 見つかった? 誰に。 

B 勿論、 亭主に さ。 

A ほんとう かい、 それ は。 



片斷 • 稿定未 



321 



B まんとう だと も。 

A そいつ は 弱った ね。 

B 弱った ね 所ぢゃ あないよ。 

A どうして 叉、 そんな 事に なつたん だい。 

B な あに、 一昨日の 晚、 あすこへ 行ったら う。 すると、 急に それ迄 留守だった 亭主が 歸 つて 來 

たと 云ふ騷 ぎなん だ。 

A な ある ほど。 

B そこで、 慌て. - 逃げる 拍子に、 履 を 片足 落して しまった ぢゃ あない か。 

A おや、 おや。 

B そいつが 叉、 運惡 く、 亭主に 拾 はれたん だ。 

A そこで、 とう,/ (^露 現して しまった のかい。 • 

B うん —— 考へ て昆 ると 莫迦々 々しいよ。 一 度 もほんと うに 關 係した と 云 ふ 事が あるん ぢゃぁ 

なし、 一昨日の 晚 だって、 やっと あの 部屋へ はいった かと 思 ふと、 その 騷 ぎなん だからね。 こ 

れで、 亭主に 恨まれり や あ 世話 はない よ。 

A - さう 云へば さう だね。 

B あんな 女に、 手なん ぞ 出さな けり や あよかった。 かうな ると、 君に も 恨が ある ぜ。 

A ふん 、業が あの 女と 關係 しろって す.. -め たからかい。 . . 



322 



B 無論 さ。 

A しかし、 あの 女 だって 君 にゃあ 隨分氣 が あるんだ らう。 

B どう だか。 

A 氣が あると して 見り や あ、 僕の す. - めた 事 だって、 まんざら 功德 にならない 事 もな ささう だ 

ぜ。 それに、 亭主に 感づかれ たの は、 全然 君の ぬかり だからね。 . 

B しかし、 君 もさう 云 ふ 責任が ある 以上 は …… 

A それ は 僕 だって 出來る 丈の 事 はする つもり さ。 

B いや 難 有い。 それでこそ 君 だよ。 實は今 口、 あの 女から 手紙が 來 てね、 かうな つた 以上 は、 

一 しょに 逃げる より 外に 仕方がない つて 云 ふの さ。 

A だが、 亭主 はどうす る。 

B どうす るか 僕 は 知らないが …… 

A 噓を ついても 駄目 だよ。 君の 知らない 害 はな. いんだから。 

B いや、 嘘 をつ く 譯ぢゃ あないが、 屮:: 來れば 云 ひ 度くない 事 だから …… なに赏 は、 いっか^に 

貰 つた 陲り藥 を の ませる 事に した の さ。 

A その 資任は 僕に はない 事に して K ひたいね。 

B まあ、 そんな 事 を 云 はすに 聞いて くれ 給へ C そこで、 见 も^も 逃げる 事に なつたん だが、 そ 

れには 舟で 川 を 下る のが、 ー桥ぃ \ し …… 



片斷 • 稿定未 



323 



A な ある ほど、 それで 僕が 船頭 か。 

B まあ 嫌で もた のまれて くれ 給へ。 僕たち 二人の 命に か,^ はる 事なん だから。 

A 僕が たのまれたら、 反って 君の 命に か \ はり や あしない か。 

B そんな 冗談 を 云って ゐる 場合 ぢゃ あないよ。 をが むから、 うんと 云って くれ 給へ。 

A をが まなく つても い,^ がね、 鬼に 角 舟 を こぐ だけ は ひきうける としょう 

B さう か、 それ は 難 有い C これで やっと 安心した。 僕 は 何も わざ. 君 をた のまな くっても と 

思つ たんだが、 あの 女が 叉 存外 氣が 小さく つてね、 何でも 見す 知らす の. 船頭 ぢゃ あいや だと 云 

ふもん だから。 

A いやはや、 とんだ 御 見立てに ぁづ かった もの だ。 

B いざと なると、 女と 云 ふ もの は實 際意氣 地の ない もの だからね。 

A ぢゃ あそろ-/ \ 仕事に か.." らう か。 

B うん、 いくら 夜が 長いと 云っても、 夜明けまでに、 出來る だけ 遠くへ 行かなければ ならない 

體 だからね。 

A が纜を 解いて、 畫舫を 或樓の 下に 漕ぎ 寄せる。 

A あたる ぜ。 

B 大丈夫 だ。 

A 相圖 でもき めて あるの かい。 . 



324 



B うん。 (畫舫 の 巾から 月 琴 を 出して 彈く) 

暫く は" 月 琴の 響ば かり。 やがて その 樓の 窓が 開いて、 女が そっと 顔 を 出 す" 

女 B さん? 

B さう だ。 

女 (手眞 似 をして) しつ C , 

すぐに、 窓から 綱 を 下ろし、 それにす がって 女が こ は ご は 下りて 來る。 B が 途中で 抱いて 

畫舫の 中へ おろす。 

B どうしたい、 あい つ は。 

女 ねて ゐる わ。 (A の 方 を 透して 見る) どなた? A さん? 

A さぅでュa^.," 

女 どうも 御苦勞 さま。 

A どういたしまして。 

B 何が 可笑し いんだい。 

女 だ つ て 可笑し いぢ や あありません か 。 

A ぢゃぁ 舟 を 出す ぜ C (靜に 畫舫を 漕 出す) 

B 己の 履 はどうしたい。 

女 おいて 來たゎ e . 



片斷 • Ir-j 疋术 



325 



B おいて 來 た? 

女 え \ 

B 莫迦 だな あ。 

女 だってお いて 來 たって、 い \ のぢゃ あなく つて。 私と 一 しょに 逃げた のが 知れた つて 格別 惡 

いわけ は、 な いんで しょ。 

B そり や あさ う さ 。 

女 ぢゃ あだまって いらっしゃいよ。 

B だまって ゐ ろ? 

女 え、、 もうあな たのす る 丈の 芝居 はすつ かりして しまつ たんです もの。 あと は 樂屋で ゆつ く 

り 休んだ 方が い \ぢ や あありません か C 

B 何 を 云つ てゐ るんだ。 

女 まだ、 わからない? 

B 誰が わかる 奴が ゐる もんか。 , . 

女 ぢゃ あ、 もっとよ くわから して あげる わ。 (A に) ちょいと、 早く さ" 

A よし C (後から、 突然、 B の 頸 を 絞める) 

B あ \ (死ぬ) 

女 やっと、 片づ いたわね . 



A これで、 けりが ついた と 云 ふ もの さ。 (B の體を 水の 中 へ 落す) 亭主 は 目が さめてから お前 

が B と 一 しょに かけ 落ち をした と 思 ふだら う。 

女 身 を 投げた と 思 ふか もしれ ない わ。 

A 何とで も 思 ふが い \。 (櫂で 水 を 切りながら) これから 川づた ひに、 橋 をく り 橋 をく 3.- り 

して:;;: けば、 夜が あける 迄に 揚 州へ は 行ける だら う。 

女 月が 出た やうね。 

A うん、 さう 云へば 水の 上が 明くな つた やう だ。 そこに あいつの 月 琴が ある だら う、 ねむけ ざ 

ましに それでも 彈 くがい \。 

女 さう ね。 . 

畫舫 は靜に 水の 上 を、、 U クて 見えなくなる。 月明。 た ^ 月 琴の 音 だけが、 遠くな りながら 聞え 

てゐ る。 

. (大正 四 年顷) 



片斷 • 稿定未 



327 



尼と 地蔵 



人:^ 

小 供 

その 母 . 

する い 男 

場所 

京都の 町 は づれ。 右 も 左 も 正面 もす ベて 黄色い 土 操。 中央より 少し 右に、 實の なって ゐる 

柹の 木-り その 木の 上に、 十ば かりの 小 供が、 登って、 柹を 食べて ゐる。 

時 亥 

午後から 夕方まで。 時代 は 「昔」 と 云 ふ 語 だけで、 十分に 理解され る やうな 時代。 

小 供の 母が 右から 來て 中央より 少し 左で、 する い 男と 行きち がふ。 



328 



男 今日は。. 

母 おや 今日は。 どちら へ 。 

ニ條 まで 用が ありまし てね。 お上さん は。 

; 、 、 、 

母 私 は 一寸、 .liH 屋樣 まで 行って 來 ようと 思って そり や あさう と、 うちの ぢ ざう をお 見かけ, 

なさり や あしま せんか。 . 

男 ぢ ざう —— です か。 あの 地藏 堂に ある ::: 。 • 

母 い ,^ぇさ。 うちの 您領の 男の子 を。 

男 あ,, さう,^。 お上さん の 所の 惣領 はぢ ざう さんって 云 ひました つけね。 この頃、 見ち がへ, 

る やうに 大きくな つた ぢゃ あありません か。 

母 え、。 その代りもう 悪戯で、 惡戲 で、 手の つけ やうが な いんです。 やれ ■ ^を 釣る の、 やれ 

栗 を 拾 ひに 行く のって 家に ぢっ として ゐる事 は 一 日 だって あり や あしません。 何故 ああです か- 

ね。 

男 今が 丁度、 惡戲 盛り だから 仕方が ありま せんよ、) それより、 何 だって 叉、 あんな 妙な 名 をつ- 

けたんで す。 . 

母 何故です か、 私 は 知りません C うらで つけた 名なん ですから。 

日; 那が つけたつ. て、 お上さん の 知らないって 法はありません ぜ。 

母 (笑 ふ。) 大方、 うちの 氣 まぐれ なんでせ う。 



片斷 • も不 



P f , 、ゝ、 o 

男 そこで、 その ぢざ うが —— -- なに、 ぢざ うさん がどう 力し たんです 力 

^ 母 え 。今日から うちで 寺子屋へ つれて 行く つて 云って ゐ るんで すが、 おひるから 遊びに 出た 

つきり、 未に 歸 つて 來 ない もんです から。 

男 や、 .ぱ や。 それ ぢゃ あお 上さん はぢ ざう を 探して 歩いて ゐ るんで すね。 まるで、 あの 尼の 

や うぢ や あありません か。 

母 尼 —1 です か。 尼と 云 ふの は 何です。 

男 知らないんで すか、 お上さん は。 あの 尼 を。 

母 知りません よ。 どこのお 寺の 尼さん です。 

さあ どこの 寺に ゐた尼 だか、 詳しい 事 は 私 も 知りません がね、 毎日、 こ > いら を 地 藏はゐ は 

しない かって 探して 歩いて ゐる 奴が ゐ るんで す。 

母 うちの 子 をです か。 

男 な あに 地藏 をで さあ。 

母 ですから さ" 

Ei- il 遠つ ちゃ あいけ ません。 あの 地藏を 11 ほら あの 地藏 堂に ある 地藏 をです よ。 

母 - おや ああの 地藏 堂を敎 へて おやん なされば い \ のに。 

也 i 威 堂に ある 地藏 は、 地藏 堂に ある 地藏 です がね。 それが あれ ぢゃぁ 駄目なん です。 

母 だって あの 地 藏樣は 御 利ハ" が あるって 云 ふ 事ぢゃ あありません か。 



330 



男 御利益が あっても なくっても、 た 地 藏ぢゃ あいけ な いんです。 ちゃんと 生きて ゐて獨 りで 

往來 を. 步く、 正眞 の地藏 でな くつち や あいけ な いんです。 

母 そんな もの こ.^ い らに はゐな いぢ や あありません か。 

男 私 だって ゐ ると は 云 ひません よ。 唯、 その 尼が さがして ゐ ると 云 ふ 丈の 事なん です。 

母 まあ 莫迦々々 しい。 どうして そんな もの を 探す 氣 になつ たんで せう。 

男 何でも、 夢で 御告げ が あつたん ださう です。 尤も 人の 話です から あんまり 常て に はなり ませ 

ん がね。 あの 尼が 寐てゐ ると、 地蔵が 夢枕に 立って、 こ、 いらに ゐ るから、 あ ひに 來 いと 云つ 

たって 云 ふ 事です。 あ ふと 極樂へ 行け るんだ さう です が。 

母 へえ ほんとうで せ うか。 . 

坊 だから あんまり、 當 てに はならない つて 云つ たんです よ。 

母 でも その 尼さん は正氣 でさが して ある い てゐ るんで せう か。 

男 さあ 正氣 だか 氣 ちが ひだ かわかり ません がね、 一 生 懸命に さがして 歩いて ゐる事 丈 は 確です。 

一 生 懸命で なけり や あ、 丹 波から 京都まで 來ゃ あしません。 

母 へえ、。 丹 波から 來 たんです か。 

男 さう ださう です。 

母 おどろき ますね 11 おや、 話に 實が 人って、 庄屋 様の 所へ 行く のが 遲く なりました。 ぢゃ あ、 

、 、 、 

ぢざ うが 見えましたら、 早く 歸れと 云って 下さい まし C 



片斷 • 稿定未 



331 



男 お 安い 御用です。 ぢゃ あさ やうなら。 

母 さやうなら。 (去る。) 

男 (行き かけて ふと 姊の木 を 見上げる。) おや、 そこに ゐ るの は、 ぢざ うさん ぢゃ あない か 

子 (木の 上から) あ. -。 

男 今、 おかあさんが 通ったら う。 

子 あ \ 。 

男 おかあさんが さがして ゐ るの を 知って ゐ るかい。 

子 あ. -。 みんな 此處で 聞いて ゐ たよ。 

男 それ ぢゃ あ、 そんな 所に ゐ ないで、 早くう ちへ 歸れ ばい \ぢ や あない か。 

子 いや だよ。 

男 いや だ? 

子 あ \ 

男 何故、 いや だい? 

子 寺子屋へ やられる から。 

男 . 寺子屋へ やられた つてい -ぢゃ あない か。 

子 いや だよ。 

男 そんな 事ば かりして ゐ ると、 字が 覺 えられない ぜ。 • . 



332 



子 覺 えなく つたって い 、や。 

男 字を覺 えな けれり や あ 困る ぜ。 

子 困らない よ。 

男 (獨り 言。) 困った 小僧 だな。 

子 や あお ぢ さんの 方が 困つ てら あ。 

男 そんなに 惡戲 をす ると、 おかあさんに 叱られる よ C 

子 叱られた つてい. -ゃ。 

男 叱られり や あ 泣 くだらう。 

子 泣いた つてい \ や。 . 

(行き かけながら) その 神 は 跪い ぜ。 食べる とおな かが 痛くなる ぜ。 

子 跪い もんか。 (柹を もぎって 食べる。) 甘い や。 もうさつ きから 五つ 食べた。 

(獨り 言。) 成程、 惡戲子 だ" (子に) ぢゃ あどう でも 勝手にお し" おかあさんに 吃られても 

ぉぢ さん は 知らないから。 

子 い、 よ。 知らな くっても。 ぉぢ さん は 村 中で 一番す るいんだ つて、 おかあさん がさう 云って 

ゐ たよ。 ぉぢさんの云ふ_?^-なんか聞かなくったって、 おかあさんに 叱られる もの か。 

(獨り 曾。) あれ だ。 チが つけられない。 (行き かける。 年 をと つた 尼が 右から 出て 來 てす るい 

とすれ ちが ふ。 尼 は 柹の木 を 通り越して 左へ 行く-」 小 供 は 看客に 背 をむ けて 姊を 食べて ゐる Q 



片斷 • 稿定来 



333 



する い 男 は 叉、 あと 房り をして 尼 をよ びかけ る。) もし、 もし 

尼 (立 止って ふり 返る。) 私です か。 

男 さう です。 (左へ 來て 尼と 一 一人で 並びながら) あなた は、 よくこ X いら を 通ります ね。 誰か 

尋ねる 人で も あるの ぢゃ あないんで すか。 あるの なら、 私が 敎へ てあげ ますよ。 この 近所なら、 

大抵 どこでも 知って ゐ ますから ね" 

M 難 有う ございます。 

男 御 遠慮に は 及びません よ。 

尼 いえ" 尋ねる 人が ある 事 は あるので ございま すが。 , 

男 誰です。 

M まるで 取り止め もない 話しの やうで、 御 笑 ひな さる かもしれ ません が、 この 近所で 地 藏樣を 

卸 見かけに なり はします ま い か。 

地藏 なら あすこの 地藏 堂に あります" 

尼 いえ。 その 木 や 石の 地藏樣 ではない ので。 . 

あ、。 繪 にかいた 地藏 です か。 

M " え …… . 

ぢゃぁ —— 何です。 

. 尼 御 生身の、 地藏 菩薩で ございま すが。 . 



334 



男 御 生身の —— は \ あ、 生きて 歩く …… 

M さやう でございます C 

男 つまり 人 問の 通りな 地蔵です ね。 

尼 はい。 御存知で ございま すか。 

男 知って ゐる事 は 知って ゐ ますが ね、 尤も 菩薩 だか 如來 だか わかりません が, 地藏の だけ は 

地蔵です。 

M あの 生きて ぉ步 きになる? 

男 歩きます とも。 木に さへ 登ります からね。 . 

尼 木に? へえ. -左樣 でございます か。 さう して、 どこに ゐ らっしゃ いませう。 

男 どこって、 私が 御 案 申しても よう ござんす がね。 

尼 では どうか 一 つ 御 願 ひ 致した うご ざいます が C 赏は その 事で はる. <.\ 丹 波の 國 から 出て 來た 

ので ございま すから。 

男 それ は、 それ は。 

尼 それ も あなた、 一通りの 苦勞 では ございません 。追!: にあ ひます やら、 雨風に うたれ ます や 

ら、 こ, -迄參 りました のが、 不思議な 位で ございます C けれども、 一目、 御 生身の 地藏 菩薩の 

御 目に か. -れ さへ しま すれば、 命 なぞ はどうな つても かま ひ は 致しません。 今日、 あなたに 御 

聲を かけて 頂き ましたの も、 きっと 神 佛の御 加護で ございませう。 



片斷 • 稿定未 



335 



5刀 その 御喜び も 無理はありません が、 何に しても、 外の 人 問が をがん だ 事の ない 地 藏を御 を 力 

み こ ならう と 云 ふんです から 

尼 左樣 でございます とも。 この 位の 苦勞は 何でも ございません。 いえ" あまり 樂に御 EI に 力 > - 

れ すぎて、 勿體 ない 位で ございます。 

何しろ 唯の 木 や 石で 描へ た 地藏を をが むので さへ …… 

尼 左様で ございます とも。 隨分 遠方から 御 信心に 御出でに なさる 方が あるので ございま すから 

私 Q 頒が かな ひます 事なら、 百 里 や 二百 虽の路 はおろ かな 事で ございます。 御 聞き及び でも ご 

ざい ませう が、 多 S の滿仲 様の 御家來 に、 殺生 戒の 罪で 地獄へ 御墮 ちに なった 方が ございます 

さう び、 その 方が あなた、 地獄の 呵責 を ごらんに なって、 大方、 わし も 今生の 業で かう 云ふ責 

苦に あ ふ 事 かとお 思 召した ので ございませう、 ふと 纖悔の 心 をお 起しなさい ますと、 尊い お 上 

V がー 人、 御 出に なって 早く 故 鄕へ歸 つて、 罪 亡し をし ろと 仰せに なった さう でございます。 

すると、 あなた その 御家來 が、 どこかお 上人のお 顏に 見た やうな 所があった もので ございます 

から、 どなたで ございま すと 御 伺 ひになります と、 そなたが わしの 前 を 通る 時に 歸 依の 心 を 起 

した 地藏 菩薩 だと 仰 有った さう でございます。 成程、 考 へて ごらんになります と、 鹿 を 追 ひか 

ぼて、 ある 御地藏 堂の 前 をお 通りに なった 時に、 左の 手に は 弓 をお 持ちに なりながら、 右の 手 

で 笠 をお 脫ぎ になって、 會釋 をな すった 事が あった さう で、 さて は あの 地藏尊 かと 御 思 召した 

と と、 あなた、 まあ、 どうで ございませう、 その 御家來 がお よみ 返りに なった と 申す では 



336 



ございま せんか。 かう して 御 話し 申す 屮 にも、 淚が こぼれます やうな、 お 慈悲 深い 難 有い 御 功 

德で …… (淚を 拭 ふ。) 

男 さう 云 ふ 難 有い 地藏 をお をが みなさる んぢゃ あ、 御賽錢 なん ぞ はお 惜 みに ならない でせ うね。 

尼 左樣 でございます とも。 命 さへ 惜くは ございません。 おき,^ 遊ばせ。 かう 云 ふ S- も ございま 

した さう で。 何でも さる 尊い 方の 御子 樣で …… 

男 まあ 御 待ちなさい。 御 話し を 伺 ふより は 早速 その 地 藏の所 へ おつれ 申さ うぢ や あありません 

力 

尼 左様で ございま すか C どうも 何と 御禮を 申したら よろしう ございま すか …… 

HR な あに 御禮 と: K ふ 程の 事はありません が、 私 も 用の ある 體 ですから、 御 案 5: をす る 手数料に、 

頂ければ 何 か 頂きたい もので 11 いや、 何も 大した 事に は 及びません。 ほんの、 その 御 志しで 

結構です。 , 

M よろしう ございます とも。 では、 ほんの 僅で は ございま すが、 こ、 に 私の 腿卷 きが ございま 

す 力ら 

男 さう です か。 それ は 御氣の 毒です ね。 (胴卷 を うけとる.」) これ をせ、 顶 いても よろし いんで 

I ゝ 

す 力 

尼 よろしい 所 か、 お 恥し い 位で ございます。 一 ET ぉ地藏 様の 御 姿 を をが みさへ すれば、 どう 

なっても よい 體 でございますから、 お金な ど 入る 害 は ございません。 



片斷 • 稿定未 



337 



男 では 頂いて おき ませう。 そこで 地藏 です がね。 

尼 はい、 はい。 (袈裟 を 新しい のに かけ かへ たり、 笠 をぬ いだり しながら) 

男 すぐ そこに ゐ ますから、 こっちへ お出でなさい。 もう 少し さきです。 そら、 そこに 姊の 木が 

ありませ う、 あの 上に ゐる小 供が ぢざ うです。 よく 御 をが みなさい。 私 は 是で御 暇 をし ます か 

ら.〕 (去る。) 

尼 (恭しく 跪いて 手 を 合 はせ る。) 歸命 頂禮、 南無 地藏 菩薩 …… 

が 三 拜丸拜 する e その 時、 木の 上の 小 供が:^ の 方へ 向く と、 忽、 圓光を 頂いた、 美しい 地 

藏 菩薩の 姿になる。 は、 柹の實 に • かこまれた、 此 小さな 地藏 菩薩 を 見て、 愈.' 念珠の 乎 を 

止めない。 暫、 沈默〕 その. 2: に 左で r ぢ ざう、 ぢ ざう」 と 呼ぶ 聲 がする。 地藏 菩薩の 姿が 又、 

元の 小 供になる" さう して 慌 しく 木から とび 下りる。 左から 小 供の 母が 出る。 

母 何 をして ゐ たの だえ。 あんな 所で。 

子 柹を とって ゐ たの。 

母 ぉぢ さんが さう 云って ゐ たよ。 いくら さう 云っても 木から 下りて 來な いって。 さあ さっさと 

お出で。 おかあさんが おしお きをして やる から。 (子 を 引き立てて、 右へ 去る。) 

尼 (木の 上に 小 供の ゐ なくなった のも氣 がっかない やうに、 柹の 木の 前に ひれ. 伏しながら) 南 

無地 藏 菩薩、 南無 地藏 菩薩 …… 

. (大正 七 年 SO 



338 



サ ロメ 



へ &デ 王の 宮殿の 露臺。 露臺は 饗宴の 間に 接して ゐる。 右に 大 階段。 左に 青銅の 枠の ある 井 

戶。 

月明。 

兵卒 數人、 露臺の 左右 を 守って ゐる。 

少時の 後、 王妃へ 口 ディア ス、 十七 歳の 王女 サ メ と共に 饗宴の 間から 露臺へ 出て 來る。 王 

妃は 如何にも 疲勞 した 態。 サ ロメ、 兵卒た ちに 相 11 をす る。 兵卒た ち、 左右へ 退いて しま ふ。 

サ 口 メ お母様、 大丈夫? 

妃 ああ、 大丈夫 だよ。 少し 風に 吹かれ さへ すれば、 直に 氣分 は疲 つてし まふよ。 ちょいと 一 

のす る だけ だからね。 それよりも お前 は あちらへ 御 出。 お前まで ゐな いとお 客た ち も 妙に m 心 は 

ない-と は 限らない からね。 

サ ロメ だって お母様 はす ゐ ぶん 蒼い 顔 をして いらっしゃる わよ。 

妃 それ はお 前、 ぉ月樣 のせ ゐ だよ。 



片斷 • 稻定未 



339 



サ ロメ あら、 ぉ月樣 のせ ゐ ばかり ぢゃ なくって よ". ほら、 こんなに 冷汗 も かいて、 誰か 

呼んで 來て 上げ ませう か? 

妃 い いえ、 好い よ . 好い の だよ。 みんなつ いて 來さ うにした の を、 わざわざ 止めて 來 たの だか 

らね。 (微笑) お前 だけ は 何と 云っても、 お母様の 云 ふこと を 聞かな かつ、 たけれ ども …… 

サ ロメ それ はわた し は 聞き はしない わ。 お 父 樣の云 ふこと でも 聞かない のです もの。 

妃 だからお 父 樣も御 心配な さるの だよ。 サ 口 メ は羅; it の學 者の 書いた 哲學の 本ば かり 讀ん でゐ 

る、 ん マ に 新ら しい 女に ならなければ 好い つて、 この間 もさう 云って いらし つたよ。 

サ ロメ あら、 そんな こと を 仰 有った の。 すゐ ぶんお 父樣は 失禮だ わね。 わたし はもうと うの 昔 

に、 新ら しい 女に なって ゐ るのに。 ::: ほんた うにお 母樣 はお 苦しく はない? 

妃 ああ、 もう 大 へん 樂 になった よ。 何しろ あの 大勢の 中から 此 處へ來 ただけ でも ほっとす るか 

らね。 あちらで はお 酒の 勻 はする し、 サ ドク 人と パリ サイ 人と は 議論 をす るし、 わたし はもう 

目の前の 薔薇の 花 も 見えない やうに なって しまった けれども …… (雨 手に 顔 を 塊め る) . 

サ :! メ お母様、 お母様つ てば。 

妃 (顏 を擧げ る) 何 だよ? びっくり する ぢ やない か? 

サ ロメ わたし こそび つくりす るぢ やない の? 急に 突 伏したり 何 かな さるので す もの。 …… 

ねえ、 お:^ 樣、 お母様 はほんた うにお 苦しくない? 

妃 何度 同じ こ と を 聞く の だよ。 大 へんに 樂 になった と 云って ゐるぢ やない か? 



340 



サ ロメ だって …… ねえ、 お母様、 

妃 何 だよ? どうかお しなの かい? 

サ ロメ いいえね え、 …… でもお 母樣 はもし かする と、 お怒りになる かも 知れない わね 

妃 (微笑) あ、 叉お 前、 頸飾り か 何 か H ひたいの だね? 

サ ロメ あら、 そんな こと ぢ やない わ。 ぢ やわた し、 思 ひ 切-つて 云って しま ふわよ。 その代りお 

母樣 もお 怒りに なつち やい やよ。 あのねえ、 わたし、 お母様 を ほんた うにお 氣の毒 だと 思って 

ゐ るの。 

妃 何 だね え、 この 人 は? 何 を 云 ふの だよ? 

サ ロメ だって あちらに いらっしゃ ると、 誰でも みんな お母様のお 顏を 見ない やうに 見てば かり 

ゐ るので す もの。 お母様 は それが お 苦しい のでせ う? いいえ、 わたしに はわ かって ゐる わよ 

さう でせ う? • ねえ、 お母様。 けれども お母様 のな すった こと はちつ とも惡 いこと ぢ やない わ 

唯 前のお つれ あ ひの 弟と 御 結婚な すった だけ だ わ。 それ を あんなに 見たり 何 かする の はほんた 

うに お母様に ぉ氣の 毒よ。 

妃 好い よ、 好い よ、 そんな こと はどうで も お母様 はかま ひ はしない よ。 どうせ 世 問の 人と- -ムふ 

もの は 何 かに 惡ロを 云 ひたがる の だからね。 お母様 は 唯お 前 さへ ::: 唯お 前 さ へ さう 云って く 

れれ ば、 C 冉び刚 手に 額 を 埋める) 

サ ロメ 泣い ちゃい やよ。 よう、 お母様。 わたし、 こんな こと は お母様に 云 はう かどうし ようか 



片斷 • 槁定未 



341 



と 思って ゐ たのよ。 けれども あんまりお 氣の 毒な のです もの。 ねえ, お母様。 今夜のお 客なん 

ぞ は野蠻 人ば かりよ。 みんな あの 豫言 者の 云 ひ 出した こと を ほんた うにして ゐ る野蠻 人ば かり 

よ" あんな 人た ち は 何と 云った つて、 ちっとも わたしたちの 知った こと ぢ やない わ。 だから も 

う 泣く の はよ して 頂戴。 お母様、 よう、 お母様つ てば ー < 

妃 (額 を擧げ る) ああ、 もう 泣きなん ぞ はしない からね。 わたしの こと は 心配し ないでも 好い よ 

それよりも くお 前 だけ は あちらの 席へ 行って ゐ ておくれ。 



サ ロメ お前 かい。 ヨハネと 云 ふの は? 

ヨハネ さう です。 

サ ロメ わたし はサ ロメ だよ。 へ口デ 王の 娘の サ ロメ だよ。 

ョ ハネ ああ、 お 名前 は 知って ゐ ます。 大 へん 美しい かた だと 云 ふ、 ::: 

サ メ (頜ぃ て 見せ る) • 

ヨハネ しかしお 目に かかって 見る と、 思った ほど 美人で はいらつ しゃらない やうです- 

サ ロメ 思った ほど 何 だって? 

ョ ハネ (大聲 に) 思った ほど 美人で はいらつ しゃらない やうです。 

サ ri メ (^然と) お前 はわた し を莫: i にす るの かい? 



ヨハネ それ は 勿論 莫翻 にします。 

サ ロメ (たじたじ となる) 莫迎 にする? 

ョ ハネ ええ、 莫迦に します。 ぉ鑲 さん、 わたし は豫言 者です。 豫言 者の 莫迴 にしな いのは 唯當 

來 の天國 だけです よ。 • 

サ n メ お前 は危險 思想家 だね。 

ョ ハネ 勿論 危險 思想家です。 お嬢さん、 これ は敎育 上の 御參考 迄に 申し上げ ますが、 あらゆる 

思想 は危險 です よ。 

サ ロメ ぉ默ん なさい。 そんな こと は 本に 書いて あります。 

ョ ハネ わたしの 書いた 本に でせ う? それ は 勿論 書いて あります。 

サ ロメ (ョハ ネに背 を 向ける) さ つ さと 井 戶の屮 へ お 51 りなさい。 

ヨハネ 厭です。 井 戶の中 はまつ 暗です。 

(未完) 

. (大正 十二 ギ" SO 



片斷 • 稿定未 



? 43 



まき 



處 バ ンガ ォ 風の 別莊の 一 室。 正面に バ ル コ ン から 庭へ 出る 戶。 右 (向って) に 玄關へ 通す 

る戶。 左に 奥へ 通す る戶。 玄關へ 通す る戶を 除き、 他 は 二つと も 開け放して ある。 テ エブル 

の 上に 卓上電話、 暖爐の 棚の 上に 置 時計 等。 家具 は皆輕 快の 趣 を 具へ てゐ る。 

時 七月の 或 午後 . 

人 若 主人と 思 はれる 靑 年が 一人、 新聞の 卷 いたの を 振り上げながら、 一匹の 雨蛙 を 追 ひま 

はして ゐる。 靑年は 目鼻立ち の はっきりした、 血.^ の 好. い 顔の 持ち主。 雨蛙 は 11 格^ 特色 

はない。 

靑年 (とうとう 根負けが したやう に、 ぐったりと ソ ファへ 坐りながら) 弱った な、 こ い つ にゃあ- 

とつ 捉 まへ ると 云ふ訣 にゃあ 行かす と、 11 おい、 もう 後生 だから、 出て 行って くれ。 お 願 ひ 

だよ * ほんた うに。 (あたり を 見 ま はす) おや、 あん 畜生、 何處へ 行ったら う? (立ち上る) 

出って 行って しまった かしら? 

雨蛙 (置き時計の 上から) コ 《1 & ッ ー コ P ッ ー. 



344 



靑年 (雨蛙 を 見る) あ、 あんなと ころに ゐゃ あがる! (もう 一度 新聞 を扳り h げな がら) 丧 

生! さあ、 W て 行け 1 

雨: コ „1 ッ! (靑 年の 胸へ 飛び ド りる) 

靑年 ええ、 こん 畜生—. (無茶苦茶に 新聞 を 振り ま はしながら) 十 生 ー 畜生! 生 ー (その 

はすみ に 椅,, ^を钢 したりす る) 

この 騷ぎを 聞いた と兑 え、 小 問 使ら しい 女が 一人、 小 走りに 奥から は ひって 來 る。 これ はや 

つと ニト 位。 都會 じみた 服装の 陰に W 舍 W ちの 生地 を 隠した、 相 常に 美しい 女で ある。 

小 問 使 まあ、 若 ョ ー那 様、 何 をな すって いらっしゃ るの? 

若 主人 (喘ぎ 喘ぎ) 何 をして ゐ るって、 大立 ちま はり をして ゐた のさ。 ああ、 ひどい:::: に 八;; はせ 

やが る。 すっかり 乂 汗に なづて しまった。 

小間使 (椅子 を 起しながら) だって 乂 何と 火 立 〔ちま はり〕 • . • 

X 

松 本家の 西洋 問。 向って 右の 戶は 玄關 へ、 正面の 佛蘭西 窓 は 新綠の 庭へ、 左の 戶は 奥へ 通じ 

てゐ る。 部屋の 屮 4^、 に 大きい 圓ぃ: 17、 圓ネの 上に は卷煙 やの 箱、 灰皿な どが 並べて ある。 

松 本家のお W 贤太郞 は、 この 部屋の 一隅の 長椅子に、 小 問 使のお 八篾と 接吻して ゐ るり 



片斷 • m Az A< 



345 



賢太郞 (お八 重 を 抱きしめながら) お前 は、 お前 は、 お前 は.. I . 

お八 軍; (甘える やうに) お前 は 何? 

賢太郞 お前 は、 その、 實に 可愛い。 (义 接吻す る) 

お八 重 それから? 

賢太郞 それからと、 —— それから さき も 無茶苦茶に 可愛い。 

お八 重 あら、 何時も はさう は 仰 有らない わ。 

賢太郞 何時も 一つ事 を 云った つて 始まらな いぢ やない か? 

お八 重 それでも わたし、 云って 頂きた いんです もの。 

賢太郞 ちゃ 云 ふが ね。 ー體 何時も は 何と 云 ふんだ つけ。 

お八 直 あら、 昨日 も 仰 有った 癖に ー 

賢太郞 いくら 昨日 も 仰 有った つて、 忘れち まった もの は 仕方がな いさ。 

お八 璽 ぢ やわた し、 敎 へて 上げます わ。 おお、 ま いぢ あれす とらぶ つて。 

賢太郞 (びっくり する) へええ、 お前、 英語が 出來 るの かい? 

お八 重 だって 始終 さう 仰 有 るんで す もの。 自然と 覺 えてし まひます わ。 一番 始が お前 は 可愛い 

その 次がお お、 ::: 

賢太郞 (お八 重の 發 昔の 妙な のに 閉口しながら) My dearest love つて かい? 

お八 重 ええ、 —— ら ぶって 愛の 事です わね。 . 



3^6 



賢太郞 (好い加減に) ああ、 さう さう、 愛の 事 だ。 

お八 重 ぢゃ あの、 ま いぢ あれす とって 仰 有る の は? 

賢太郞 (愈 持て 极 ひながら) ま いぢ あれす とかね。 ぢ あれす とと 云 ふの は、 11 Pi つたな、 11 

(leal-, dearer, dearest つて 訣 なんだ がね。 . 1 - そんな 事 はま あ、 どうで も 好 いぢ やない か? 

お八 115- どうで も 好か ございません わ。 わたしに 仰 有る まなんで す もの。 わたしが, e からな けり 

やつ まりません わ。 

贤太郎 何もお 前に さう 云 ふん ぢ やない よ。 俊が 唯一 人 さう 云 ふんだ よ。 

お八 m; そんなら 御 一 人の 時で もさう 仰 有って? 

賢太郞 一人で も そんな 事 を しゃべって ゐり や、 色氣違 ひだと 思 はれて しま は あ。 

お八 重 ぢ ややつ ばり わたしに 仰 有 るんで すわ? 

贤太郞 (愈 持て 餘 しながら) わからな いかな あ。 My dearest love なんて やつ は、 お 向 ひの 時 

に 云 ふ獨り 語なん だよ。 

暖爐の 上の 時計が 一 一時 を 打つ。 

お八 重 あら、 もう 二 時! ぢ やわた し、 あちらへ 參 ります わ C (立 上る) 

賢太郞 (助かった やうに) さう か。 ぢゃ さやうな ら- 

お 八重 (义 坐る) あら、 まあ、 ちっとも 止めて 下さらな いのね。 

太郞 (恬然と 煙草へ 火 をつ けながら) 止めな けり ゃ乂 坐る のに 違 ひない からさ。 



片斷 • 稿定未 



347 



お八 重 憎らしい。 (賢 太郞を 打た うとす る) . 

賢太郞 (咄嗟に 立ち上る) 

X 

此處は 松 本家の 應接窒 である。 部屋 は戶の 三つ ある 西洋 間。 向って 右の 戶は 玄關 に、 正面の 

戶は 二階の 梯子に、 左の 戶は 奥に 通じて ゐる。 右の 壁に は 火の ない 暖爐、 中央に は 大きい 圓 

卓を据 ゑ、 その上に 灰皿、 卷 煙草の 箱、 雜誌等 を 載せて ある。 左の 壁に は 樂譜を 積んだ ピア 

ノ。 壁に は 油繪の 額と 一 しょに、 日本の 懸け 物 も ぶら 下って ゐる。 

或 晴れ. た 初夏の 午後。 

この 家. の 嫡男 賢太郞 は、 ピアノの 側に ある 長椅子に、 小間使のお 八重と 接吻して ゐる。 

賢太郞 (お八 重 を 抱きしめながら) お前 は、 お前 は、 お前 は、 11 

お八 重 (甘へ る やうに) お前 は 何? 

賢太郞 お前 は、 その、 實に 可愛い。 (又 接吻す る) 

お八 重 (やはりせ える やうに) それから? 

賢太郞 それからと、 11 それから さき も 無茶苦茶に 可愛い。 

お八 重. あら、 何時も はさう 仰 有らない わ。 . 



348 



賢太郞 何時も 一 つ^を 云った つて 始まらな いぢ やない か? 

お八 m それでも わたし、 云って 頂きた いんです もの。 

賢太郞 ぢゃ云 ふよ。 何とで も 御意の 通り 云って 見せる がね ー體 何時も は 何と 云った つけ? 

お八 lis; あら、 昨 ほ も 仰 有った 癖に? 

賢太郞 いくら 昨 H も 仰 有った つて、 忘れち まった もの は 化〃 がない よ G 

お八 重 ぢ やわた し、 敎 へて 上げます わ。 お前 は 食べて しま ひたい 位 だって C 

太郞 よし、 そんな 事は訣 なし だ。 お^は、 —— (笑 ふ) こり やい けない。 お前 は —— お前 は 食 

ベ、 —— (又 笑 ふ) どうも 可笑しい。 何しろ かう 云 ふ 事 は 調子 もんだ からね。 もう 一度 キスで も 

仕直さな けり や、 到底 腐 面 EI にや 云へ やしないよ。 

お八 軍; (つんと する) どうせ 眞 面目に は 仰 有れません とも。 

賢 太郞 ぢゃ お前、 S 呉 面 R に 云って 見る さ。 あなた はお 食べ 中したい 位 だって。 

お八 lis- そり や 無理で ございま すわ。 そんな 乂莫 迎 な 事 を、 —— (吹き 屮: してし まふ) 

賢太郞 それ 見ろ〕 ー體 人生と 云 ふやつ は、. 素晴らしい 事に なれば なる 程、 眞面! In ぢゃ云 ふ^が 

出來な いんだ。 お前に 惚れた とか、 萬 歳々々 とか、 我に 自, m を與 へよ、 然ら すん ば 死を與 へよ 

とか、 11 

お八 又 そんなむ づ かしい 事 を ー ええ、 ええ、 どうせ わたし は無學 でございます C 

賢太郞 义 つんと したな。 どうだい、 つん 子と 改名し ちゃ? (:.31. 上 電話の ベルの 昔、 賢太郞 は-父 



片斷 • 稿定未 349 



話 機 をと り 上る) はい、 はい、 さう です。 僕、 賢太郞 です。 え? 誰? 中 村 君? さう 力? 

そいつ は 少時だった な あ。 何時 內 地へ 歸 つたんだ い? 一昨日? 何、 嫁 を 探しに? 當はぁ 

るの か、? ない? 冗談 だら う。 え? 難 有う。 母 も 相不變 だよ。 ぢゃ 待って ゐ るから やつ 

て來 給へ。 さやうなら。 (お八 重に) おい、 中 村が 來 るんだ とさ。 (お八 重 は 返事 もしない。) あ 

、つよお 前に 惚れて ゐ たって 云 ふぢ やない か? おい、 何を默 つて ゐ るんだ? はは あ、 今度 

はつん ぼと 改名した な" - 

お八 重 (笑 はない やうに 努力しながら) 存じません。 わたし、 もうあ ちらへ 參 ります。 

賢太郞 

お八 重 (賢 太 郞の腕 を ほどきながら) もうお よしなさい ましよ。 奥!^ 力い らっしゃ. > ます J 

賢太郞 お母さんなん ぞ來 はしない よ。 お前 今 さう 云った ぢ やない か? ^服屋 さんが 參り まし 

たって 。いくらお 母さんが 賢夫人 だって、 其處は 女の 悲し さ だよ。 吳服屋 の やつに つかまった 

日に や、 たつぶ り 一 傅 間 は 動け やしないよ-」 . 

お八 重 だってもう 三十 分 も 前で ございま すよ、 =1 犬服屋 さんの 參 りました の は 

賢太郞 (わざと 快活に) ぢ やまだ 三十 分 ある ぢ やない か? 三十 分 あり や キス 位した つて 1 . 



350 



お八 重 でもい らっしゃらな いと は 限りません もの。 

賢太郞 來 たらば 來た 時の 事に する ばかり さ。 どうせ 一度 は 渡る 橋 だもの。 堂々 とさう 云 ひや 好 

いぢ やない か? 僕 はお 八重 を 愛して ゐ ますって。 . 

お八 重 そんな 事 を 仰 有つ ちゃ 大變 です わ。 直に わたしお 暇になります わ。 

賢太郞 お 暇に なん ぞ なる もんかね。 そり やお 母さんの 事 だから、 始の內 は 何とか 1^ 對 する だら 

うさ。 反對 したと ころが 知れた もん ぢ やない か? お父さん でも ゐりゃ 见も角 も、 しま ひに は 

折れる に 違 ひない やね。 僕 はお 前と 結婚し なけり や、 —— 

お八 重 (純粹 に) あら、 若旦那 樣! ほんた うに わたしと 結婚な さるお つもり? 

賢太郞 (その 純粹 さに たじろぎながら) そり や 勿論 將來 はね。 (わざと: 曼變 に) だが 將來の 事 は 

わからな いよ。 あしたに も 僕 だって 死ぬ かも 知れない。 

お八 重 あら、 緣 起の 惡ぃ! そんな 事 を 仰 有る の はおよ しなさい ましよ。 —— それでも あの、 

將來 はきつ と 結婚して 下さいます わね? お捨てになる 事なん ぞ ございません わね? 

賢太郞 (今度 は斷 然と) そんな 事は當 り前ぢ やない か? 

お八 重 きっと? まあ、 嬉しい。 (突然 寂し さう に) でも 將來 の^は わかりません わね え。 —— 

賢太郞 眞似 をし ちゃい けない。 

お八 重 いいえ、 眞似ぢ や ございません わ。 わたし ほんた うに さう 出 心 ひます の。 どんな 奥様で も 

お 貰 ひに なれる のに、 わたしと 結婚して 下さる なんて、 —— あんまり 何だか 夢の やうです わ。 



片斷 • ^定未 



351 



(急に) ねえ、 若旦那 樣、 わたし 巳年 生まれの せゐ でせ うか? , 

賢太郞 何 だい、 藪から 棒に? 何が 已年 生まれの せゐ なんだい? 

お八 重 だって わたし 疑 ひ 深いんで す もの。 そり や 若旦那 様の 仰 有る 事は噓 だと は 思つ ちゃ 居り 

ません わ 。嘘 だと は 思つ ちゃ 居りません けれども、 わたしと 一し よに なって 下さる、 それ 力ら 

. 仕 合せ . 

X 

お八 重 又 そんなむ づ かしい 事 を。 (暖爐 の 棚の 上の 時計が 二 時 を 打つ) まあ、 もう 二 時、 11 ぢ 

やわた し あちらへ 參ら なくって は、 . —— . 

贊太郞 學校ぢ や あるまい し、 二 時 引けに しなく つたって 好 いぢ やない か? 

お八 重 だって 又 奥様で もい らっしゃ ると、 それ こそ 大變 でございます もの。 

賢太郞 何、 お母様に 見つかったら、 その 時 は 堂々 とかう 云 ふの さ。 II わたしたち は に 愛し 

合って ゐ ますって。 お母様 は 勿論び つくりす るね。 が、 指った 揉んだ やる 内に や、 其處は 女親 

の 難 有さ だよ、 それ 程 愛し 合って ゐる もんなら、 結婚 させようと 云 ふ 段 どり になる。 

お八 重 (眞 率に) あら、 若 曰 一 那樣、 ほんた うに わたしと: ゅ婚 なさる おつもり? 

賢太郞 r その 眞率 さに たじたじ となる) そり やその、 勿論 將來 はね。 — 急に はちつ とむ づ かし 



352 



お八 重 ええ、 將來 はで ございま すわ c 將來 は:: お^なす つて 下さいまして? 

資太郞 (n 味に) どうせ! _ お 婚問题 などと 云 ふ もの は、 結:: 1; は 僕の 意志 一 つ だからね。 (お八 道の 

疑 はし さうな のを氣 にしながら、) 僕 は 愛の ない 結婚 はしない つもり だし、 11 

お八 重 でも 小 n 十 川 様と かの 御嬢様に、 御 緣談が ある さ うぢ や ございません か? 

賢太郞 (乂 たじたじ となる) 難に そんな 事 を 聞い たんだい? 

ォ, 重 

X 

母 太郞! 

•i^Li ノ ォ ^ で す ? 

母 お前、 八, 何 をして ゐ たんです? 

賢太郞 俊です か? 僕 は、 ! その、 お八 重が ね、 お八 重が 目に -A 味が は ひった つて. K ひます 

から、 とって やって ゐ たんです: 

母 嘘 をお つきなさい。 お前 はわた し を:::: くらだと 思って ゐ るんで すか? 

賢太郞 目 くら —— ぢ やないで せう C しかしお 母さんの 近 P 、は 六 fc: 乂 位でした!!。 



rrm • ^定未 



353 



母 (憤然, と) お前 はお 母さん を 莫迦に する のかい? わたし はけ ふが 始めて ぢ やない よ。 この 

からどう もお 前の 素振りが 可笑しい と 思って ゐ たんだよ。 

賢太郞 そんなら: E も 今更の やうに 訊いて 見なく つたつ て 好 いぢゃありません か? 

母 訊いて 見た つて 好 いぢ やない か? 

資太郞 惡ぃ 趣味です ね C 云 ふべ からざる:?^ を 云 はせ ようとす る、 —— 風俗 を壊亂 する, 趣味です 

ね C 芝居 だと 上場 を 禁止 さ れ る か も 知れ ま せ ん ) 

母 (憤然と) ぉ默ん なさい C お母さん を 莫迦に する の も 程が あります C ぢ きに 趣味 だと か だ 

とか、 — お前 こそ 惡ぃ 趣味 ぢ やない か? お八 重の やうな 召使 ひなん どと、 …… 

^太郞 (憤然と) 召使 ひが どうし たんです? お母さん だってお 八重 だって、 みんな 同じん 切ぢ 

やありません か? 召使 ひが どこが 惡 いんです? 

母 見つ ともたい。 大きた 聲を 出す の はよ してお くれよ C そり やわた しだって お八 重 だって、 ケ 

んな 同じ 人間 だら うさ。 だが お八 重 は 召使 ひ、 わたし は 此處の 主人なん だからね、 それだけの 

區別は 

(大正 十二 • 三年! 30 



354 



織 田 信 長と 黑ん坊 

〔小姓の 一人〕 

は & にもなら ぬ。 その代りに 僕 一人 先に 起せば、 みんなが まだ 慌てて ゐる まに も かぶれれば 

槍 も 持てる。 ぎが 出來 るの は 僕ば かりだ。 

黑ん坊 そり や 君の 言 ふ 通り だ。 

小姓の 一 人 だから まつ 先に 僕 を 起せよ。 好い か? きっと 忘れるな よ。 

黑ん坊 乎 前 勝 乎な こと を 言って ゐ るな あ。 

小姓の 一人 何、 誰が 手前勝手 だ? 

黑ん坊 う うん、 何とも 首 ひ はしない よ。 

小姓の 一人 新參 ものの 癖に 生意氣 なやつ だ。 (それぎ り义寐 人って しま ふ。) 

黑ん: ^は 暫く 欠 f- をしたり、 つまらな さう にあたり を 眺めたり して ゐる。 そのうちに 簿火は 

かすかに なり、 次第に 月夜に 變 つてし まふ" すると Mi ん坊は 驚いた やうに ぢ つと 何 かに 聞き 

入って ゐた 後、 獵 犬の やうに 飛び立つ たと 思 ふと、 風上へ 鼻 を 反らせながら、 



片斷 • 稿定末 



355 



黑ん坊 おや、 馬の 勻 ひもす る。 焰 础の勻 ひもす る やう だぞ。 あの 昔 は、 —— あれ は 蹄の 音 だ^。 

待てよ。 まだ 足音 も 聞え る。 差し 物が 風に 鳴る 音も閒 える。 こり や あいつが 言った やうに。 •: 

黑ん坊 は 忽ち gl つ 這 ひに なり、 靜 かに 陣幕の 外へ 這ひ屮 I してし まふ。 尤も 黑ん坊 が 言った も 

の は 聞 えても 來な ければ、 勻 つても 來 ない。 あとに は 唯 ひっそりした 月の 光ば かり 照り 渡つ 

てゐ る" 

きなこ 

傍らに 肘 を 枕に した 小姓の 一 人 (急に 寐 返り を 打ちながら) この 黄粉 をつ けた 餅 を 一 人で 食へ と 

は恭 けない。 (これ も 勿論 寐 語に 違 ひない。) 

二三 分た つた かたたぬ うちに 黑ん坊 は 四つ 這 ひに なった まま、 陣幕の 中へ 歸 つて 來 ると、 身 

輕に體 を 起す が n 十い か、 松 干 代の 測へ 飛んで 行き、 11 

黑ん坊 (小聲 に) 松ち やん ー 松ち やん! . 

松 千代 (un を 開 き) 誰 だい? ああ、 君だった か? 

黑ん坊 大 へんだ よ。 君。 夜 打ちが かかつ たんだよ。 さあ、 早く 检を持 つんだ。 

松 千代 え、 何が かかった? 

ん坊 夜 打ち だってば さ。 

松 干 代 何、 夜 打ちが かかった? (< ^-に 槍 を 執って 立ち上る。) よし、 初陣の 功名に …… 

I^i ん坊 (松 千代の 腕 を 抑へ) 未だ ここへ は來な いんだよ。 唯 向う の Si の 中 を 大勢 こっちへ 忍ん 



355 



で來 るんだ よ。 

松 千代 君 は 確かに 见 :^け て來 たんだね? 

黑ん坊 う うん、 そうつ と 聞き 屈け て來 たんだよ。 その: ^1 にも, g< ぎ;^ けて は いたんだ けどね C 

松 干 代 え、 g< ぎ屆 けて 置いた つて? 

黑ん坊 (得意 さう に 鼻 を 指さしながら) 僕の 鼻 はすば らし いんだよ C せ たち は 一 町 先に ゐ る.;^ 

犬の 勻さ へ わからな いだら う? けれども 僕 は 風: 卜に ゐり や、 三 町 先に; S を^んで ゐる 蛇の. ^.T- 

ひで も わか るんだ ぜ。 (突然 乂松干 代の 腕 を 抑へ) ああ、 だんだん やって 來ゃ がった。 夜! t に 

わらち 

しめつ た 指し物 だの 草鞋 だ の の 勾 ひもし 始めた よ。 

松 干 代 ありがたう。 僕 は 君のお かげで 今夜 だけ は 遲れを とらす にす むよ。 

黑ん坊 實は夜 打ちで も かかったら、 眞っ 先に 起して くれろ つてね、 あいつに (具足 櫃 によりか 

かった 小姓の 一人 を 指さし) 賴 まれて ゐ たんだ けれど、 ^だけ 今 起しに 來 たんだよ。 

松 干 代 どうして 叉 僕 だけ 起しに 來て くれたの? 

黑ん坊 だって …… 

松 干 代 それでも ほんた うに 御 禮を言 ふよ。 . 

黑ん坊 (突然 そこへ あぐらをかき、 兩 乎に 顏を隱 してし まふ。) そんな こと を 一 W つち やい: 一: ない 

よ。 そんな こと を 言つ ちゃい けない よ。 

松 干 代 どうして さ? (黑 ん坊の 額を舰 きこみ) おや、 君 は 泣いて ゐ るね? 何 か ふに 悲しくな 



片斷 • 稿定未 357 



つたの? 

黑ん坊 う うん、 悲しく はな いんだよ。 ちっとも 悲しく はな いんだ けれどね、 唯 僕 は 生まれて か 

ら、 1 度 もお 禮 つても の を 言 はれな かったん だよ。 それ を 今 君に 言 はれた もんだ から ::: 

、俄かに 又 飛び 上り) さあ、 そこまで 押し寄せて 來た! 今度 はもう 具足 や 槍の 勻も する。 (短 

刀 を ひき 拔き) 松ち やん、 君 はこ はく はない かい? 僕 は 膝頭が がくがくして ゐ るんだ よ。 

松 干 敵 を 恐れる の は侍ぢ やない。 僕のお 父さん も 十七の 年に 一 番 槍の 功名 を 立てて ゐ るんだ、 

黑ん坊 だって 君 も 震へ て ゐるぢ やない か? 

松 r 代 これ は 武者 震 ひと 云 ふもん だよ。 

かう 云 ふ 松 干 代の 言葉のう ちに 忽ち 鬨の 聲ゃ鐵 砲の 音。 績 いて 夜 打ちの 本願 寺 勢が 大勢、 槍 

や 刀 を^ かせながら、 ばらばら 陣幕の 中へ 亂れ 入って 來る。 小姓た ち も 前後して 飛び起きる 

が 早い か、 手ん 乎に 得物 を 執って 戰ひ合 ふ。 一本の 槍 を 二人が かりで 引き合った りする もの 

も少 くない。 具足 櫃に よりかかって ゐた 小姓の 一人 は搶を 提げて 飛び起き ると、 

小姓の 一人 黑ん坊 の やつ は どこへ 行った? 約束 を 守らぬ 不屈 ものめ! 黑ん坊 の やつ は どこ 

へ, I!;: つた? 

本願 寺 勢の まつ 先に 立った 身の 丈拔 群の 法師 武者が 一人、 大難 刀 を ふりま はしながら、 I . 

法師 武者 (大昔 を 舉げ) 敵 味方の 中に 人 も 知った る 大夫坊 覺明を 黑ん坊 などと は 緩怠 至極! 

小姓の 一 人 は^をへ:: はせ るが 平 いか、 忽ち 一 雞 ぎに 雞ぎ 倒されて しま ふ。 



358 



覺明 小谇 どもで は 相手に 足らぬ。 大將の 織 m 殿 は どこへ 行かれた? さあ、 織 田 殿に 兌參 しょ 

松 干 代 竹 村 松 干 代! 參る! (不 相變 がたがた 胴 震 ひ をしたがら、 一 心に 覺 明に 突いて かか 

る。) 

覺明 この 小 わつ ばめ! 邪魔立てす るな! 

黑ん坊 (敵 味方の を 縫 ひま はりながら) あぶない よ。 松ち やん、 あぶない つてば。 そいつ は 一 

翁强 さう だよ。 

覺明は 一 一三 合 渡り合った 後、 大雞 刀, の 石突きで 無造作に 松 r 代 を 突き倒し てし まふ。 それ を 

見た 黑ん坊 は 一生懸命 になり、 短刀 を 片手に ふりかざしながら、 思 はす 木!; の 言葉 を發 し、 



黑ん坊 チャック、 ラック、 バ アル! 

覺明 何 だ、 贵樣 は? 人間 か、 猿 か? . 

覺明 はさす がに 驚きながら、 それでも 黑ん坊 に 打つ でか かる。 黑ん坊 は 忽ち 辟易し、 あちら 

こちらと 逃げ ま はった 後、 短刀 を 口に 啣 へたな り、 するすると 柳の 木に 登って しま ふ。 

覺明 大將の 織 田 殿 は どこへ 行かれた? さあ、 織 田 殿に 見参しょう。 

松 干 代 はやつ と 起き 上り、 if つ 怯 づ覺 明に 突いて かからう として ゐる。 が、 覺 明の 勢 ひに.^ 

まれ、 容易に 搶を つける ことが 出來 ない。 



片斷 • 稿定未 



359 



四 . 

鐵 砲の 音 や 人 聲に滿 ちた、 火 かげ 一 つ 見えない 暗やみの 中 を 例の 黑ん坊 がた つた 一人、 や は 

り:! に 短刀 を啣 へ、 右から 左へ 一目散に 氣違 ひの やうに 走りつ づけて ゐる〕 



五 

竹 藪 を 負うた 获 江の 住居。 一段 高い 住居の" i£ に は古疊 がー 二 枚 敷かれて ゐる。 土 問の 左は戶 

口にな り、 そこに 崩れ かかった 土 竈な ど。 土間の 右に 接した 壁に は 犬 もく ぐり 翁ね ない 穴が 

一 つ。 穴の 上の 竹 格子の 窓から 月明りが 一す ぢ 土間に 落ちて ゐる" 遠近に 人 聲ゃ鐵 砲の 昔。 

. そこ へ 正面の 暖簾の 中から 帶に 懷劍を さした まま、 行燈を かかげて 走り 3; したの は 勿論 こ の 

住居の 女主 人で ある。 

荻 江 さて は 合戰が 始まった と 見える。 若し や 殿の 御 本陣に 敵の 夜 打ちで も かかった としたら、 

(行燈 をお ろす。) と 云って 女の 身 一 つで は 松 干 代の 安否 も 尋ねに は 行かれぬ。 をう、 さう 

ぢゃ。 どちらが 夜 打ち を かけた もの やら、 鄰の 甚兵衞 殿に 見て 來て貰 はう。 尤も 耳の 遠い 甚兵 

衞殿 はこの 騷ぎも 知らす に寐 入って ゐる かも 知れぬ。 

. かう 云 ふ 荻 江の 言葉のう ちに 右の 壁に 明いた 穴の 中から 黑ぃ 脚が 二 本 見え はじめる。 



360 



荻 江 A ふと この 黑ぃ脚 を 見つけ) や、 何ぢ や、 あそこに あるの は? (i^ ゲぃ脚 はかう 言 ふうちに 黑 

い k に變 つて ゐ る。) 犬 猫の たぐ ひで もない やうな。 (ひらりと 土 問へ 飛び ドり ると、 片手に 黑 

ん坊の 襌を捉 へ 、 片 乎に 懷劍 を拔 きながら) こり やその 方 は 何ものお や? たと ひ兑る 影 はな 

い あばら 家に もせよ、 案內 もな しに恃 の 家へ 泥 脚 を 人れ ると は無禮 であらう。 女ながら も 織 W 

殿の 身う ち 竹 村 權之丞 の 女房 荻 江、 退 答に よって は 用 拾 はせ ぬぞ。 

黑ん坊 (壁の 向う から) 僕 だよ。 おばさん。 僕 だってば。 おばさん は 松 ちゃんのお はさんだら う U 

荻 江 松 干 代の こと も 知って ゐる上 は 妖怪 變化 であらう も 知れぬ。 妖怪 變化 でも 恐し く はたい" 

さあ、 その 方 は 何ものお や? 

黑ん坊 (问 上) だから 僕 だって 言って ゐるぢ やない か? 僕 だよ。 あの m ん坊 だよ。 瓶の 巾から 

出た 黑ん坊 だよ。 , 

荻 江 何、 黑 ん坊! (まだ 少しも:^ 斷せ すに) 成程 さう 一 一: 一 11 はれて 見れば、 あの 時の Mi ん坊の やう 

でも ある。 その 又 黑ん坊 が 何の 爲に來 たの ぢゃ? 

黑ん坊 (!:! 上) 敵の 夜 打ちが かか. つてね 、殿様 さへ どこかへ 行って しまったから、 命あって の 物 

稀 だと つて 一生懸命に 逃げて 來 たの だよ。 • 

荻 江 (m 心 はす 手 を 放して 立ち上る。) 何、 殿のお 行く へ も わからぬ? 

li^": ん坊 (同上) そこへ この 〔糸の 明りが 見えた の だら う? 僕 はしめ たと 思って ね、 兎に角 這 ひこ 

まう としかけ たの だよ。 



片斷 • 稿定未 



361 



荻 江 (ぼんやりと) さて は 味方の 總 崩れ ぢ やな。 

祖?ん:^5^ (同上) ねえ、 おばさん、 象の 中へ 首 を 入れても 好いだら う? ここの 藪つ 蚊の ひどい こ 

とと 言ったら。 

荻 江 (はっとした やうに 懷劍を を さめ) おう、 は ひっても 好い 所ではない。 おばさんが 足 を 引 * つ 

ばって 上げよう か? 瓶の 屮 から 出た 時の こと を 思へば、 懷し さは 叉 人一倍 ぢゃ。 おばさん も 

お前の 額が 見たい。 

黑ん坊 (やっと 壁の 穴から 這 ひ 出し) 譃を ついて ゐら あ。 松 ちゃんの 話 を 聞かせて K はう と 思 

2」e 

(未完) 

(昭和 一; 年) 



362 



中華 民國 河南 省の 或 客錢。 小さ い ラ ン プ を 置いた テ H ブル を 巾に 口木 人が- 一人, g して ゐ る" 

竹 を 編んだ, 1 臺 がー 一つ。 正面の 戶 口の 外 は 大きい 鉢植 ゑの 柘!^ などに パ尤の 落ちた 庭に なつ 

てゐ る。 テ H ブルの 上 や 棚の h に 土偶、 鑄 金佛、 土器な どの 發 掘:: r 左に FH 字 格子の 窓が 一 

つ。 短い 顋鬆を 生やした 一 人 は := 髭 もない 一 人よりも 年長ら しい。 部屋の 隅に 發掘 川の 迸お" 

1 一人と も默っ て 卷堙草 を ふかして ゐる。 

顋髯の ある 一 人 (ちょっと 時計 を 出して 見る) もう 十 時 か? 

もう 一人 道理で 僕 は 眠くな つて 來た。 

一 人 ぢゃ寢 る さ。 枕の 代りに は飽 をす るの だよ。 

もう 一 人 !!^;は? 

一 人 僕 はま だ だ。 . 

もう 一人 まだ 何 か 書いたり する のかね? 

. 一 人 書く の はこ こ を 立って からで も 善い。 僕に は 妙な 習惯 があって ね。 人と 一 しょに. おる 時に 



片斷 • 稿定未 



363 



はいつ も 先に 眠って 貰 ふの だ。 殊に 初對 面の 人な どと は.^ …; 

もう 一 人 そんな こと をして 返 屈しない かね? 

一 人 まあ、 何 か考へ てゐ るから。 

もう 一人 考古學 的に かね? 

一人 考古學 的に もさ。 

もう 一人 たと へば どんな こと を考 へる の だ? . 

一 人 新聞記者 かたぎ を 出し はじめた ね? 

もう 一人 いや、 素人と して 知りたい の だよ。 考古學 上の 素人と してね。 (間) 君 はすつ と 日,^ に 

ゐれ ば、 何 不足 もない 身分 だ。 それが 何年 もこん な 處にゐ て 毎日 土ば かり 掘り返して ゐる。 

一人 こんな 處へ歸 つて 來 たの だよ。 前に はもつ と 奥へ は ひって ゐた。 

もう 一人 それ だから さ、 それ だから 何 か 考古學 的な 考へも 多い と 思 ふの だよ。 

一人 そんな もの は 雑誌に 發 表して ゐる しね、 …… 

もう 一 人 それ は 君の 研究報告 さ。 僕の 聞きた いのは 感想 だね。 もっと 素人に も わかり::; がい ! 

たと へば 或 時代の 趣味な どと 云 ふこと を。 

一人 それ は 趣味 も 或 時代に は …… 

もう 一 人 (熱心に) 趣味 も 或 時代に はどう かして ゐ たかね? 

一 人 (土偶 を 一 つと り 上げ) かう 云 ふ 顏は今 はは やらない。 しかし 或 時代に は 美しかった の だ。 



364 



從 つて 今 美しい と 云 ふ 顔 はこの 時代に は 醜かったら う。 逆に 义 この 時代に 美しかった 額 は …; 

… (ちょっと 相 乎の 額 を 見つめ) そんな こと は 君に はつ まらない だら う。 

もう 一人 いや、 大いに 面白い よ。 

一 人 ふん、 君 は 新聞記者 だ。 桑 や 麻の 栽培 を 視察に やって 來た 新聞記者 だ。 (i^) 遠慮な ど を 

しす こ喷こ なり 给 / 

もう 一 人 僕 も そんな ことに は 興味 を 持って ゐ るの だ。 

一 人 そんな ことと は? 

もう 一人 或 時代の 趣味と か 人情と か、 (問) それから 义道德 とか …… 

一 人 (常談 の やうに) ぢゃ發 掘の 乎傳ひ をす る さ" 

もう 一人 これから 君の 助手に なって かね" 

二人とも 笑 ふ。 - 

もう 一人 に眞 面目に) 僕 はきの ふかう 云 ふ 話 を 聞いた。 —— 何でも この 近所の 百姓 だが ね、 

个を 一 匹 買 ひたい もの だから、 或デ ン マ ァクの 商人へ 女房 を寶 りに 行った と: K ふの. だが、 …… 

一人 そんな 話 は 僕 も 聞いて ゐる。 

もう 一人 しかし そいつ は 買はなかった さう だ.」 (問) 僕 は:,::: 姓に; li: 情した ね。 

一 人 ふん、 それ も 或 見 かた だ。 

もう 一人 君 はさう は 恩 はない かね? fs^) 牛を持っ てゐなぃ のは闲るだらぅ。 



片斷 • 稿定末 



365 



一人 この 邊 では 牛 を 持って ゐ なければ、 碌な 耕作 は 出来ない の だ。 

もう 一 人 ぢゃ 僕と 同意見 だね。 

- A さう さね。 その 百姓に もよりけ り だが、 

もう 一人 百 姓 は 存外 平氣 だったら しいよ" 女房 は 泣いて ゐ たさう だが ね。 

一 人 僕の 聞いた 話で は 女房 は 泣いて ゐ なかった さう だ。 (間) 別の 話 かも 知れない がね。 

もう 一 人 そんなに 何人も こ の邊 では 女房 を寶る やつが ゐる もの かね? 

一- - それ はゐ ない とも 限らない さ。 何しろ 去年 は 不作だった からね。 そんな こと は 君の 方が 專 

門 家 だつ け。 (笑 ふ) 

もう 一人 あすこに 牛の 土偶 も あるね。 

一人 うん、 これ は をと とひ 發 掘した の だ- リ 

もう 一 人 牛 は 今 も 變らな いぢ やない か? 

一 人 牛 はね。 馬 は 可也 變 つて ゐる。 

もう 一人 馬 は 日本で も變 つてし まった。 今 は 皆脊の 高い アラビア 種の 馬に なって ゐる。 尤も 未 

だに 田舍 などに は脊の 低い 馬も殘 つて ゐる がね。 

一 人 在來 日本に あった 馬 だね。 あれ は滿洲 あたりの 馬と: E じこと だ。 

もう 一 人 僕 は 田舍の 僕の 家に も _ 

一人 ^の 田舍 は? 



もう 一人 長野縣 だが ね。 

一 人. 長 野縣の …… ? 

もう 一 人 どこと 云 ふこと は 尋ねす にくれ 給へ C 誰に も霄 つたこと はない の だから。 

一人 何、 勿論 尋ねす とも 善い さ。 唯 僕 も 同縣人 だから。 

もう 一 人 ぢゃ僕 も. If ねす に 置く か。 

二人とも 笑 ふ。 口髭 もない 一人 は ランプの 心 を 直す。 

一人 まだ 君 は 起きて ゐ るかね? 

もう 一人 ああ、 眠氣 もさめ てし まった。 

顋 鬆 の ある 一 人 は 欠 仲 をす る。 

もう 一 人 しかし 故鄕は 忘れ 難し だね。 尤も 僕 は. !■ 五六の 年に 家 を 飛び出して しまったの だが、 



一人 故鄕 11 かね。 僕の 故鄕は 日本と 云 ふ 島 だ。 

もう 一人 それでも 時々 は 思 ひ 出す だら う。 II 棚 だの、 池の 拠 だの、 —— 

(未完) 

(昭和 二 年) 



\ 



浮世 繪師の 多く は、 餘 りに、 わかり 切った 事ば かり 畫 いて ゐる。 iH 然の 見方で も、 人間の a 方 

でも、 彼^に 敎 へられる 所 は、 殆 ない。 彼等の 畫 いて ゐる事 は、 u 木 人で さへ あれば、 常人で も 

畫 ける 事ば かりで ある。 すぐれた 藝 術の 作品 は、 さう 云 ふ 物で はない。 その 中には、 必、 か-つも 

見られる もの かと 感心す る やうな 所 を 持って ゐる。 さう して、 に、 そ. 2^ を、 かう も..^ 確に 晃 亡 

る もの かと 驚く やうな 所 を 持って ゐる。 それが、 I くの 浮世 鎗師に は、 :5^. 屮 Z されない。 倘體の 3m 

を捉 へる と 同時に、 普遍の H; へ 食 ひ 人って 一;;: く 丈の、 腐 劍 さが 缺 けて ゐ るからで ある。 尤も、 彼 

等の 作" i にも、 ジャンル としての 興味 は ある" その上、 歷 史的 乃- ム个 ズ學 的の 聯想 は、 動もすれば、 

この 興味 を 助長して、 浮 撒繪 から 受け入れられる 物 は、 それだけの やうに 思 はせ 易い。 殊に、 江 

戶 趣味 を 提唱す る 浮世 綺の 鑑賞 家 は、 大抵、 かう 云 ふ 見方に 囚 はれて ゐる やうで ある。 が、 これ 

は、 巾學 化が メ H ソ ユエ の r 一 八 一 s: 年」 や r 一 八 〇 七 年」 を nj- て、 ナボレ ォ ン の 勝 败を想 見す るの 

8 と、 大した 變り はない。 畫 その物の 惯 値と この種の 聯想と は、 少く とも、 理論 上、 沒交涉 なる 可 

3 き だからで ある。 この類の ハンディ. キャップ を 除いて 見る と 、浮世 搶の火 部分 は、 丁 ぱの西 



片斷 • 稿定未 



369 



洋 人と 一部の 日本人と が 買 冠って ゐ るより、 大分、 藝術 作品と しての 相場が 下って 來る。 文政 前 

後の 歌 川 派と か 北齋派 とかのす ぐれた 浮 # 繕師を 見ても、 この 意味で、 俗流と 五十 步百步 の 間に 

ある 者が 多い。 稀 *1 の 風景 畫 家と 稱 される 一 立齋廣 重に しても、 自分に は、 まだ、 物足りない 所 

が ある。 まして、 文化 天 保 以後の 浮世 縦師 になる と、 一人と して、 流 俗の 見 を脫し 得た 者がない。 

悉、 時好に 投 する やうな、 いい加減な 繪 ばかり-、 畫 いて ゐる。 

しかし、 その 浮世 繪師 の屮 でも、 少數の 天才 だけ は、 立派に 彼等 自身の 領土 を 開拓して ゐる。 

自分 は、 口 本人と して、 何よりも これ を 嬉しく 思 ふ。, 彼等 は、 外の 浮 f 繪師と 同じ 題材 を 取扱 ひ、 

同じ 版元の 力 を 借り、 同じ 町人 を 相手に して ゐる。 それで ゐて、 外の 連中と は 比べ ものに ならな 

い 程、 自由に、 思 切って、 彼等 自身 を 生かして ゐる。 つまり、 民衆 藝 術と 云 ふ 浮せ 鎗の 特質に 掣 

肘され てゐ さう で、 實は 少しも されて ゐ ない。 そこに、 彼等の 大きさが ある。 しかも、 彼等の 畫 

いて ゐる繪 に は、 ほんとうの 意-味での:! I 本が ある、 ほんとうの 意味での 口 本人が ある。 同時に、 

それらの 背後に 呼吸して ゐる、 大きな 自然と 人間と が ある。 彼等の 維 を國民 的と 云 はなければ、 

外に 國民 的な 藝術 はない、 同時に 叉、 彼等の 繪を 世界的と 云 はなければ、 外に 哥, 1 界 的な 藝術 はな 

い。 これ は パラドックスの やうで あるが、 11 具理 である。 獨り、 彼等の 繪に 止ら す, あらゆる ほん 

とう-の 藝術 作品に、 當 嵌まる 眞理 である。 自分 は、 この 意味で、 彼等 を 尊敬し、 且、 愛したい と 

思 ふ。 彼等が ゐ なかったら、 どんなに 自分た ち は 心細い かわからない。 どんなに 口 本人の 能力 を 

疑 ひたくなる かわからない。 少く とも、 自分に とって、 彼等が ゐ たと 云 ふ 事 は、 日本に 不二と 云 



ふ 一 つの 休火山が あると 云 ふ 事よりも、 重大で ある。 . I! ま 分が、 ここに 州齋 B 樂を 論じよう 

と 思 ふの も、 彼が この 少數の 天才の 一人だった からに 外なら ない。 …… 

> 

浮世 鎗の 歷史 から 考 へても、 寫樂 のい:: めて ゐる位 i 一れ は、 有意 味な もので はなから うか。 ^:^分に 

は、 享保 以前の 浮 f 繪師 と、 f 早 保 以後の 浮せ 繪師と を 比べる と、 その に、 著しい 態度と か作畫 

り哩 想と かの 相違が ある やうに 忍 はれる。 (或は、 これ を資唇 以後に 分った 方が、 一 ^^適切かも知 

れ ない。) 享保 以前の 浮世 繪を 見る と、 師ぉ にしても、 信淸 にしても、 その 特色 は、 寧、 比較的 古 

典 的な、 形式美に ある やうで あるが、 享保 以後、 殊に、 明 和 以後に 楚屮 I した 浮 ゆへ €師 の 作" i を 見 

ると、 それ 以上に、 まだ 何物 かが、 力 强く现 れてゐ る" これが、 獨り 食綺 のみなら す、 営 代の 

m 本畫に 共通だった 寫實 主義の 傾向で ある 事 は、 云 ふまで もない。 勿論、 カ子 保 以前の 浮世 綺師に 

も、 この 傾向が あるに はあった。 しかし、 彼等の 寫實 主義と 明 和 以後の 浮世 綺 帥の それと 比べる 

と、 そこに 自 なる^ 训が ある。 丁度、 文藝 の方而 で、 これと パラレル をな す もの は、 西鶴の,^:^ 

實 主義と 一九の それと であるが、 に その 倾向 そのものから = ^れ ば、 前に <- は、 到 _ ^後^の 徹 おし 

てゐ るのに は 若かない。 しかも、 一方、 享保 以前の 浮世 総に 現れた 反 iik^ 實的航 向 を 兌る と. . . 



片斷 • 稿定未 



371 



して、 あらゆる 「彩られた 寫 K」 から、 超越せ しめる。 彼の 畫 いた 大 首の 似 額畫を 見る と、 その 「赤 

つ ぎめ 

く 隈取って、 橫眼を 使った 小さい 服」 や、 「一方 を 堅く むすんで ゐ るが、 片側で は 接 目の 漆が はな 

れ かかって ゐる」 ー脊ゃ 、「すべす ベ に 剃った 頭の 兩側」 にくつ つ いて ゐる 「鳥の 翼の やうな」 「まつ 黑 

な髮」 に は、 一切の 皮相 を脫 離した、 「眞 實」 が 人に: S つて ゐる。 ひとしく、 寫實 主義 的 傾向に よつ 

て、 育まれた 浮 f 繪 肺の 屮 でも、 彼の 如く、 Phenomena を 去って、 Nomena に 肉薄した もの は 

ない。 彼 は、 實に、 應擧が 自然に 於て 成功した 仕事 を、 人 問に 於て 完成した ので ある。 

浮世 繪の 歷史 は、 その 最盛期に 於て、 彼が ゐる爲 に、 最も 面白い バランスが とれた" 彼が ゐな 

かった としたら、 大 いなる 春 信 は、 どんなにき は 立った 對 照の-向 白 さ を 失 ふこと であらう。 彼と 

蹄 を 接して ゐた歌 麿 ゃ淸長 は、 どんなに 



Q 人々 の 出なかった 浮せ 鎗の歷 史と云 ふ 物を考 へる 事 は、 元より 出來 ない。 しかし、 自分に とつ 

て は、 寫樂の 出なかった 浮 f 繪の 歷史 ほど、 さびしい もの はない やうな 氣 がする。 彼の 藝 術が あ 

る爲 に, 彼 以前と 彼 以後との 藝 術が、 その 長所と その 短所と を、 如何にも あざやかに 自分の 服の 

前へ うき 上らせて くれる からで ある。 l 自分 はかう 云 ふ 極限 的な 意味で も、 東洲 齋寫樂 を、 浮 

f 繪師の 第 一 人に 數へ なければ ならない。 



3/2 



X 

寫樂の 生涯 は、 浮 f 繪類考 に 出て ゐる叫 五行の 記事 以外に、 正確な 事 は 何も わからない。 「江 戶 

八丁 堀に 住す、 俗稱齋 藤十郞 兵衛、 柬洲 齋と號 す、 阿 州 侯の 能役者な り、 歌舞伎 役者の 似. g を寫 

せし が、 あまり 眞を畫 かんとし てあらぬ さまに 畫き なせし かば、 長く 骨に 行 はれす、 一 兩年 にし 

て 止む、」 それき りで ある。 尤も、 類考の 尾 庵手寫 本に は 、「しかしながら、 筆力 雅趣 ありて 赏す 

ベ し」 と あると 云 ふから、 或 程度の 好評 は 博した 事が あるの かも 知れない。 が、 ^力 雅趣 ありて 賞 

すべし と 云 ふ 評語から 見. ると、 これ も 唯、 寫樂の 線が 認められて ゐ たのに 過ぎなかった ので はな 

からう か。 成程、 彼の 描いた 線 は、 むだの ない、 底力の ある 線で ある。 北齋の やうに、 徒に 力 を 

街った 線と は、 殆 くらべものにならない。 だから、 この 點 だけで も、 明に 彼 は、 俗流の 浮, 綺師 

と は、 同列に 置かれない 丈の 特色 を 持って ゐる。 しかし、 彼のす ばぬ けた 天分 は、 決して 線 だけ 

に 現れて ゐる訣 ではない。 マイニ ル • グレ H ッフ H か 誰かが 云った やうに、 「色彩 は械耗 をつ くる 

事が 屮 Z 來る。 が、 畫 は出來 ない。」 線で も、 じ 辜で ある。 

鬼に 角、 寫樂 が、 彼の 天才に 和當 する 名聲を 得て ゐ なかった 事 は、 事 S である C さう して、 そ 

の 不評の 原 s: が、 「あまりに 眞を畫 かんとして、 あらぬ さまに 畫き なせし」 爲 なの も、 確ら しい。 日 

本 畫の發 見者と 呼ばれる フ H ノ サ でさへ、 彼の 似顏繪 を::: して、 單 なる カリ カツ ウルと して ゐ 

るの を 思へば、 この 不評 も 決して 無理で はない。 式亭三 の 編 築した 稗史脇 > ^年代記に 出て ゐる 



片斷 • 稿定未 



373 



倭!! ぞ 巧お 盡と云 ふ 浮世 搶 分布 圖を見 ると、 歌 川、 鳥居、 勝 川の 諸 流 は、 龙然 たる 大陸 をな して ゐ 

るが、 寫樂國 に 至って は、 ー點 の靑螺 となって、 僅に 掌 大の地 を 邊陲の 海上に 保って ゐる" ::: 

寫樂 は、 何人に も 師事し なかった らしい。 彼の 名に は、 前人の 一字 を 貰って、 雅號 にした 跡が 

ないから である。 が、 彼 は 叉、 彼に 先立った 二三の 浮世 緯師の 作品から、 技巧 上の 影響 をう けた 

らしい。 多くの 批評家 は、 これ を 勝 川 春 章と 鳥居 淸長 とに 歸 して ゐる。 自分 は、 彼等が 寫樂に 影 

響を與 へたと 云 ふ 事が、 歷 史的に ほんとう かどう か は 知らない。 しかし、 少く とも 論 通 的に は、 

彼の 一人 立 二人 立の 人物が、 所謂 新 場の 淸 長の 人物に 負 ふ 所の 多 いのは、 認めて ゐる。 唯、 赛章 

になる と、 これ を淸 長と 共 



(大正 五 年頃) 

* 〔別 稿 一一 〕 あの 尨大な 寫樂 研究の 著者 ユリウス。 ク ルトが 寫樂の 色をシ ュ トウ ッ ク に比べ 

ると 共に、 その;^ を 口 オトレ ェク に比べて ゐ るの は、 决 して 不赏な 比較で はな い。 



374 



Die pliilosoplllel.ung- c^s^- Jicis3n 



或藝術 作品 を 鑑賞す る 際に、 鑑賞 者が 經驗 する 心理的 事實を かりに 3: 感覺的 要素と gSE 紐 的 要 

素と に 分けて 兒る (i: は 或は 認識 的 要素と 云った 方が いいの かもしれ ない)。 すると 小說 と: M 劇と 

で大 へんな 相違が 出 來て來 る。 小說の 場合 は 直接 鑑賞 者の 感官 を 刺戟す るの が、 文字 だけ だから 

鑑賞 者 は 感情移入 を 行 ふ 前に、 先、 そこに 叙述され て ある 情景な り 人物な り を 一度 想像で レア リ 

ジィ レンし なければ ならない。 しかも その レア リジィ レンされ たもの は、 人に よって 幾分の 相 遠 

が ある ものと 思 はなければ ならない。 云 ひか へれば、 小^^の場合に於ては感覺的要素に安當性が 

少ない と 云 ふ 事に ならなければ ならない。 これ は 誰でも 承認し なければ ならない 事資だ らうと 思 

ふ C 今 例 を 引いて 見る とァ ンナ. カレ ニナ の讀 者が 想像す るァ ン ナ の 額 は 人に よつ て^ちが ふ。 

これ は その外の 人物に つい て も M じ 事で ある" すると それらの 人物の 出沒 する 兢 Bil 場と か 舞^ 會 

とか 云 ふ 情景 も 亦當然 誰に も 同じ だと 云 ふわけ に は 行かない。 だから 論理 上ァ ンナ. カレ 二 ナを 

感覺 的に のみ 讀 者の 頭の 中で 組立て ると 干 人が 干 人で 非常にち がふと 云 ふ 事になる。 

こ の 感覺的 要素なる も の は本來 情緒 的 要素と 因果 關係 にある も ので あるから、 かう 云 ふ 前お の 



片斷 • 稿定未 



375 



妥 《a 性缺乏 (ギル トロ ー ジ ッヒ カイト) は、. 勢、 後者に も 影響を及ぼす 事になる。 從 つて、 鑑賞 者 

の 印 J?:^? の 全部が 非常に イン ディ ヴィ ドウ H ルな 性質 を 持ち 易い。 

所が 演劇に なると 鑑賞 者 の 感官 を 直接 刺戟す る もの は 俳優と 舞臺上 の 装置 とで ある。 從 つて、 

感覺 的に は 鑑賞 者 は いづれ も 同じ もの を經驗 すると 云 はなければ ならない。 演劇で 見る アンナ • 

カレ 一一 ナの顏 は それに 扮 する 或 一 定の 女優の 顏 である。 その-舞踏 場 も 亦 彩色した 布と 木と からな 

る 或 一定の 舞踏 場で ある。 つまり 演劇の 場合に 於て は、 感覺的 要素の 妥當 性が 非常に (繪蹙 より 

も) 強いと 云 ふ 辜に ならなければ ならない。 (少 くも 或 一 つの 色に 對 する 感覺の 個人的 差違 を 云々 

する やうな 心理的 嚴密を 除 い た 上の 議論と し て) 

そ こ で 演劇 と小說 との 二つの 場合 を 比較す る と 前者 は 後者より 「表現 さ れ た 物」 と 「印象 さ れ た 

物」 との 關 係が 緊密 だと 云 ふ 事になる。 これ も 今までの 議論の プ 口 セ スを 承認 すれば 誰でも 否定す. 

る 事 は出來 ない 事赏 だら うと 思 ふ。 

この 事 實を藝 術が 民衆へ 働き かける フ ンクテ イオン の 方へ 持って 來 たら どうで あらう" ここで 

云 ふ フン クテ ィォ ン なる もの は 結局 感化 力と 云 ふに すぎない から、 今 感化 力と 云 ふ 字 を 使 ふと r 浪 

劇 は 概して 小說 より 感化 力に 富んで ゐる」 と 云 はなければ ならない。 (警視 廳の 保安 課の 役人 は 直- 

覺!^ にこ の 事實を 知って ゐる らし い ) 何故と 云 へ ば 演劇 は小說 よりよ り 必然に 鑑賞 者の 心 を 支配: 

する 事が 出來 るからで ある。 

旣 にさう だと すれば 「惡 しき 演劇」 が 人間 を墮 落させる 事 は 「惡 しき 小說」 がさう させる より 遙に: 



376 



甚 しいと 云 ふ 事 は 誰でも 豫め覺 悟し て か か ら なければ な ら ない。 この 覺悟 なくして 演劇に 從_;| す 

る 者 は 悉輕薄 で あ る 。 と 云って も 先 大體差 支な いかと 思 ふ。 

そこで "跏 つて ライ ゲ ンを見 る と (ラ ィ ゲン は あれ を 全部 上場し て こ そ 全體を 一 贯 する ベ ドイト 

ゥ ングが 現前す る訣 である。 だから 一 幕 だけ 上場す ると 云 ふ 事 は 旣に半 あの Drama の 惯値を 減. 

殺して ゐる. - が、 それ は 今 論じない としても) 第一に 感ぜられる 事 は、 あれ を 上場す る爲に 犯す 

危險 は、 あれ を 上場す る爲に 得る 所の 物 (たと へば 或 眞理) より 遙に 大きい と 云 ふ 事で ある" 少し 

誇張して 云へば あれ は 5 "きき 曲」 かも 知れない が 同時に 叉 r 惡 しき^ 劇」 だと 云 ふ である。 これ 

はヴ H デキ ン 卜 の 「春の めざめ」 に つ い て も 云 はれる と 思 ふ o( ラ アル • プ ウル • ラ アル の 立場に 立 

てば 训 であるが) 

では 何故 惡 しき 演劇 かと: K へ ば ライ ゲ ン そのものの 戯曲 的價 値まで 立ち入らなければ ならない 

から、 ここで は 唯 簡單に ライ ゲンの 表現して ゐる もの は、 : 似 劇と 云 ふ 形式に よる 必要の ない もの 

だと 云って おくめ はない。 (その 「表現して ゐる もの」 を 君の 所謂 美的 麻痺 だと 假定 すれば 猶 さう 

である) 或は 演劇と 云 ふ 形式に よらない 方が 遙 によく; ii^ 現される もの だと 云っても よい。 

最後に この 非難 は 「特殊の 興行 方法が 民衆の 德 性に 及ぼす 危 險を豫 して ある」 と. ぶふ 遁^に よ 

つて 辯 護され るか もしれ ない と 思 ふ。 しかし 「知識階級」 が 一般- 衆 ほどこの ii の: 浙 劇に 對 して 危 

險 性がない かどう か は 疑問で ある。 忌憚な く 云 はしめば、 新劇 場の 俳優 及 關係者 諸! _ は、 ライ ゲ 

ンを 上場す ると 云 ふ 事に よって、 旣に 諸君の 德性 上に 及んで ゐ る危險 を; 大ドに 公表して ゐ るので 



(大正 五 年) 



378 



「; Lies in ! Scarletj の 一一 一一 口 

Al-tllur Hallhvell Donovan 

r 藝術は 遊戯で はない。」 I 'かう 云 ふ 程、 現代 は 遊戯に 對 する 兑 解が 墮 落した C である。 しか レ 

藝術 に對 する 見解 は 、 毫も そ の 爲に 進歩して ゐ ない。 

人間 は 或 皮肉な 約束の 下に :4 吐かれて ゐる。 最も 卑 いと 思って ゐる 時が、 實 はは J^- も 尊い 事な ども、. 

その 一つ の 場合に 過ぎない C 

X 

藝術は 人類に とって、 絶對 に必. 要な もので あらう か。 スゥ H デン ボルダの 天國 では、 それ もや 

はり 不必要な ものの 一 つに はいって ゐる G 

X 

答 は 常に、 異れる 問に 過ぎない。 斯 くして 自分 は 安んじて 答を與 へる 事が 出來 るので ある。 

X 



片斷 ' 稿定未 



379 



天才と は 偉大なる 感情の 連績 だと、 ニイ チェが 云って ゐる。 さう だ。 連續 にち が ひない。 もし 

さう でなかったなら —— . . 

X 

「お前に 何が 出来る? お前 は 一人の 女 を 愛す 事 さへ 出來 ないで はない か。 お前に 何が 出來 る?」. 

X 

自分 は 二種の 愛の 吿白を 知って ゐる。 それ 以外の 愛の 吿白 は、 悉 自分の 趣味に 合 はない e 一 つ- 

ことば 

は 基督の 言で ある" さう してもう 一 つ は —— これ は 云 はない 方が 好い かも 知れない。 

獨斷 を哂ふ もの は、 それ 自身 獨斷 だと 云 ふ 事に 氣 がっかない。 

X 

ことば 

眞理も 時として は、 趣味に 過ぎない。 (自分 はこ こに この 「時として」 と 云 ふ 言 を 加へ た 程、 謙遞 

であるつ) • 

「お前 はお 前の 惡ロを 云 ふの が、 俗衆 だと 云 ふ 事 は 知って ゐる だら う" しかし 實は お前 を 賞め る 

もの も、 俗衆な の だ ぜ。」 ■ . 

もし プラト ニック. ラヴと 云 ふ ものが あったら、 自分 は必 人間より 馬に 惚れた のに 相 遠ない。 



X 

文明と は、 理智が 本能の 眞似 をす る 事で ある。 

自分 は國 家の 爲に すべて を 犠牲に する 事 を 否む もので はない。 唯、 さぅする^^£を聞かせて貰 

ひたい 丈で ある。 

文明 を 築いた もの は 半 人 半 馬 神で ある。 。ハラ ス • ァテ H ネは 何もし ない。 

幸福と は 幸福 を 問題に しない 時 を 云 ふ。 

X 

ことば 

人工の 天!: と 云 ふ 言 は、 ポオ ドレ 二 ルが發 明した。 が、 古 來天國 は 大抵、 事實に 於て 人工で あ 

る。 

自分の 知って ゐる 最大の 懷疑象 は、 カイロで 遇った 事の ある; S: 敎の 坊主で ある. - その sf- は 地球 

が 四角な 板 だと 云 ふ 事 さへ 信じて ゐた" 

X 

3 自分 は 十八 ケ 國 の外國 語に 通じて ゐ ると 云 ふ 男に 遇った。 し かしま だ 遠視眼、 の mm と 近視 服 の 



片斷 • 稿定未 



381 



眼鏡と を 十八 持って、 得意に なって ゐる 男に は 遇った 事がない" 

X 

一 切の 精神的 文明 は、 結局 詩に 過ぎない。 

ッ ァラ トス トラ の 死んだ 事 は 書い てない。 しかし ニイ チェ は 死んだ ので ある。 我々 同様 死んだ 

ので ある。 

X 

「君 は 何故 君の 眼 を 信用す るの だい c」 

「僕の 服 は-健全 だから。」 

「どうし て 又 そんな 事が わかつ た の だら う。」 

「眼 醫 者が 保證 したから。,」 

「眼 醫 者の 服 は 君 自身の 眼で はない 害 だが。」 

或 日、 バ アナ アド. ショウと 自分との 問に こんな 會 話が 交換され た 事が ある。 

藝 術の 境に 未成品 はない。 あれば それ は 下等な 完成品で ある。 

不幸に して 自分 は、 眞 面目 を標瞎 する 程不眞 面目に はなり 得ない.。 



自分 は あらゆる 反抗の 精神に 同情す る" 

如何にして 年 を と らう か —— これが 人間に 與へ られた 最大 の 問題で ある。 

トルストイの 思想 を 知る に は、 トルストイの 著書 を讀 めば 好い。 しかし トルストイの 思想 を 得 

るに は —— さう ふと、 卜 ルス トイの 思想 を 論じる より 先に、 口 を 襟まざる を 得ない" 

X 

藝術 家の 偉大 は、 批評し 得られない 所に のみ ある。 

「浪曼 主義 は 病的で、 古典主義 は 健全で ある」 —— 、ゲ H テ はこ C 點 でも、 觀" おの 正 を 誤らな かつ 

こ 

力 

X 

如何なる 惡 作を讀 むので も、 自分に とって は、 全然 何も 讀 まない より は 好い G 

X 

2 運命 は 自由意志 の 中に ある。 

8 



片斷 • 槁定未 



383 



「人 らし さ」 は 動物に も あ る と 云 ふ 事 を 忘れ て は い けな い 。 

X 

溫 良なる 娼^の 如く、 良妻賢母たり 得る もの はない。 

彈 指の 問に 萬 劫が ある。 

平和論者と 戰爭 論者との 差 は、 實に唯 一 歩で ある。 

彈 丸に 中って 死ぬ のと、 饑 死す るのと、 どちらが 好い か。 それ はま だよ く考 へた 上で ない と 

きめられない C 

. X 

戰 ひたくな いと 思ったら、 やはり 戰ふ外 はない。 たと ひそれ が 敵 國に對 してで なくと も。 

X 

成程 疑 ふと 云 ふ 事實を 信す る 所に、 懷疑說 は 始まる だら う。 しかし 始は 本質で はない C 

利己主義 も愛國 心と 呼ばれ 得る やうに、 輿味も時には!;:;^念と呼ばれ得る事がぁる。 



經 驗を卑 むな。 人間 は 生存す る爲に は、 EM と共に 食物が 必要で ある。 

X 

最大の 奇蹟 は 雷 語で ある。 

永久に 自分 を 慰めて くれる もの は、 素朴 觀念論 である。 

素朴 觀念 論の 藝術 的^ 現が、 東洋で は偈 と:; 4 はれる ので はなから うか。 

戀愛は 自然の 折衷主義が 蜜んだ ものである。 

意志 は藝 術の 惡作を 完成す るに さ へ 必要で ある ) 

羽賀 宅阿譯 

(大正 六 ^顷) 



4 

3 



片斷 。 槁定未 



寫 生と 云 ふ 意味 を 少し 考 へて 見たい。 

第一 に寫 生に は 文字通りの 意味が ある。 卽ち 周圍の 自然 を その 儘 句に すると 云 ふ 意味が ある。 

例 を 擧げれ ば 子規 先生の 「かたまりて 黄なる 花 く 夏野 かな」 と 云 ふやうな 句で あらう。 この 意味 

の 寫生を 主張す るの は 勿論 句作の 上で 重要な 價 値が あるのに 相違ない。 殊に 句作の 傾向が 技巧に 

走った 時代に は 一 曆 有益だった らうと 思 ふ。 今日 天下が 句作の 眞諦 として ゐる寫 生と 云 ふ 語 も 子 

規 先生が それ を 主張した 當 時に 於て は 恐らく この 意味 (だけでなく とも 大部分 は) で^ ひられた の 

だら うと 思 ふ。 が、 この 意味の 寫生 だけが 句作の 上に 愤 値が あるので は 勿論ない。 ぢ やその 外に 

どんな 意味が あるかと 云 ふと、 

第一 一に 周 園の 自然 を 的確に 摑んで 行く と 云 ふ 意味が ある。 こ の 場合 は その 的確に 摑んで 行く と 

云 ふ 事が 大切な の だから、 前の 意味より はもつ と內面 的に なって ゐる とも 云 ふ 事が 出來る だら う 

例 を 擧げれ ば 石 鼎 氏の 句が 殆 すべて それで ある。 たしか 一 月の ホ卜 トギス だった と 思 ふが、 あの 

中で 鬼 城 氏が 水中の 針金 蟲を 如何に 寫 生すべき かと 云 ふ 事 を 問題に して ゐた。 あれ もこの 意味の 



385 



-寫生 をしょう と 云 ふので ある。 前の 意味 だけの 寫生 だったら 水に 動く 針金 蟲ゃ秋 n 影と か 何とか 

云って も すんで しま ふ。 それで すまされ な い の は 針金 蟲 の 動く の を —— そ の 動く 感じ を 端的に 句 

にしたかった からで ある。 こ の 意味の 寫生 をしょう と 云 ふ 傾向 は 概して 云 ふと この頃の 句に は ど 

れ にも 著しく 見えて ゐる。 中には この 意味の (或は 前の 意味 を も 併せて) 寫生 をし ない 限り 句に な 

ら ないかの 如く 主張す る 人 さへ 少 くない。 が、 飜 つて 古今の 句を见 渡して D^, ると、 お 記 二つの 意 

味の 寫生 だけで は出來 ない ものが 澤山 ある。 虚子 先生の:? だけと つて て も 「初 {4! ゃ大惡 人虚子 

の 頭上に」 と 云 ふの がそれ である。 「老 衲炬缝 にあり 立春の 禽獸裹 山 に」 と 云 ふ の がそれ で あ る。 

或は 叉 古い 所で 「冷奴 死 を 出で 人り し 後の 酒」 と 云 ふの も それで ある。 これらの 句 を 見る と 周 園の 

. 自然が その 儘 句に なって ゐる訣 でもなければ 自然 そのものの 核心 を 捕へ たと 云 ふ 次第で もない。 

ここに 現されて ゐ るの は 作^^? 自身 の 或 心 もちで ある。 だから この 場合 も寫生 と 云 ふ 語 を 使 ふ とす 

れば (無理に も侦ふ 必要が あるか どうか 疑問 だが)、 

ぢ キ-げ 

第三に 寫 生に は その 對象を 外から 內へ 移して 作者 自身の 心 もち を 直下に 描き 屮 I すと 云 ふ 意^が 

ある。 と 云 ふと 第一 ーの意味の寫生と格段に違ひがぁるゃぅだが實は周圍の自然を的確に摘むと-1^ 

ふ 事が それ 自身もう 內面 的な 問題な の だから それ 程 1=^ しい 相違が ある 訣 ではない。 i^、 この 二つ 

の ^11 生が 多少 趣 を 異にして ゐる點 は 第二の 意味の 寫 生の 場合 は對 象が 自然 だから 對象 そのものに 

は 高下の .£11 別がない。 針金 蟲の 活動で も 乃至 秋 雲の 變 化で も句材 としての 惯値 は: :!: じ isiif である。 

要は 唯 如何に それ を 句に する かに ある。 (こ こで.? にす ると 云 ふ 意味 は 句の 形に まとめる と 云 ふ 意 



hm • 篌定未 



387 



味 だけで はな,、 % 如何に その 對 象の 眞を 捕へ るかと 云 ふ 意味 も 含んで ゐ る。) 所が 第三の 意味 Q 

寫 生になる と對 象た る 心 もち 自身が 問題に なって 來 る-一 云 ひ換へ れば平 俗な 心 もちと 雅馴な 心 も 

ちとの 問に は 價值の 高下が 出 來て來 る C 何時か 蛇笏 氏が 「靈 的に 表現 されん とする 俳句」 とか 云 ふ 

論文 を 書 い た の も こ の 心 もちの 上の 價使 如何が 問題 だ つた やうに 思 :r (勿論 こ の 心 もち. むつ 

かしく 云 へ ば主觀 の價值 を 定める 標準に 就いては まだいく らも 議論の 餘 地が あるのに 違 ひない C 

自分と して は 蛇 1^ 氏の 示した 镲 準が 必 しも 唯 一 の もの だと は 思って ゐ たい 事 をつ け 加へ て 置く C) 

が、 かう 云 ふ 差别も 更に 一歩 進めて 考 へれば 第二の 意味の 寫 生の 眞讀が やはり 自然の 感じ 方に あ 

る と 云 ふ 點 で 存外 皮相た ものに 過 ぎ た い と も 云 は れ よ う。 

そこて ,r -V, 一 i て 考 へて 來た所 を ふり 返って 見る と寫 生ま は 句作の 態度に は 二 一 つの 意味が あると 云 

ふ 事になる: さう して そ 〇 三つ は 僚に 純客觀 から 純 主観に 至る 三 段の 経過 だと 云 ふ 事が 出來 ると 

思 ふ C 或は 眞の 理想から 他の 理想へ 移る 三 段の 絵 過 だと も 云 はれる かも 知れない C この 三種の 意 

味の 寫生 がそれ ぞれ どの 句に も 明に 現れて ゐる訣 ではない が 一 般に 句作の 態度が この 三種の 寫生 

を 出ない 事 だけ は 云 はれる かと 思 ふ C 唯、 歷 史的た 句 或は 人事の 句と 云 ふやうた 種類 は 多少 例外 

の 觀を舆 へ 易 い が ^ - れ も 三 t . 寫 生と 根本に 於て 相違たい-殊に 歷 史的の 句の 如 き は 今 日て こそ 

歷史- 的 の 色彩 を , 、ひ て V . : ぶ Q るが その 句の 出来た 當畤に 於て は 第一の 意味の 寫 生の 句が 可 

成 あるのに 相違な、 C 又. 一-へ. ベつ 句と 云 ふの も 第一 或は 第三の 意味の 寫 生の 手段 を 通 去の 

景物の 上に 或: 一 T- 二へ-:。 Z 二 一: . ズ-? てて ある-だから 歷 史的た 句と 雜も徘 句と して^に: K 蔑 



333 



すべき もので も 何でもない。 この 點に 於て 魔 繰 返される 鳴 雪 翁の 主張 は甚 尤もな ものである。 が、 

こ の 種の 句 は その 性質 上 第 一 の 意味の 寫 生に 止る 時 も 第三の 意味の 寫 生に 出 づる時 も往々 にして 

陳腐に 陷り 易い。 さう して 旣に 陳腐に 陷る 以上た とひ 美の 一字 を 借りて 來ても その 句 を 救助す る 

事が 出來 ない の は 云 ふまで もない 話で ある。 

最後に 今まで 考 へて 來た事 を 事實の 上に 照して ると 子规 以後の 俳 擅 は 第一 一 及び 第三の 意味の 

寫 生に 向って 進んで 來 たかの 觀が ある、」 しかも 最近に 於て は その 倾,: 1: が 意識的に 促進され てゐる 

らしい-」 或はもう 少し 仔細に 觀 察する と 第二の 意味の 寫 生が 全盛 を 極めつ つ あると 同時に 第三の 

意味の 寫生を 求める 傾向が 旣に 後から 起って 來てゐ るら しい。 前に 擧 げた 蛇^ 氏の 論文な ど は そ 

の 傾向 を 代表す る 恰好な 例 だら うと 思 ふ。 もし これが 季題の 約束の: 卜に あって ー署 極端に 進んだ 

らシ ンボ リズ ム の 詩の やうな 句が 出来る 事 も 全く 考 へられない 事で はない。 但し さうな る 事が 俳 

として 喜 ぶべき 現象 かどう か は 自ら 又训な 問题 で あ る 。 

以上 は 極 ざっと 寫 生と 云 ふ 語の意味 を 吟味した まで だから 猶 細部に 立ち至ったら いろいろ 問題 

が 出て 來 るのに 違 ひない。 が、 それ は 自分の 如き 門外漢より 専門家の 研究に 一任す る 方が 然る 可 

きもの だら うと 思 ふ。 唯、 自分の 考 へた 事 或は それから 必然に 發展 して 來る 問題に 關 して は甚ん 

で 大方の 叱正 を 蒙りたい と 思って ゐる。 

我 鬼 生 

(大正 七 年) 



片斷 • 稿定未 



389 



聖 ジ ユリアン 物語 



一、 ジュリア ンが 生まれる 時 その 父母に 別々 の 幻 現れ ジュリア ンの將 來を豫 言す る 所 あり C ダ 

に 現れし 幻はジ ユリアン 將帥 たる 可し と 云 ひ 母に 現れし 幻はジ ユリアン 名僧た る 可し と 云 ふ" 

の 二つの 豫 言が €: 容 より 云 ひて 全篇 を 構成す る 一 一大 眼目な り。 技巧より 見れば 二つの 幻に 各別樣 

の 趣 ありて 共に 一. 種の 凄味 ある 點 凡手の 描き 難き 所な り。 

二、 ジ ユリアンが 城外 城內に 於け る 生活の 描寫 極めて 精妙な り。 中 世紀の 大名 暮し 彷彿と して 

見る が 如し。 

三、 . 鹿の 豫言は 前揭ー 一種の 豫言を 一 一つながら 成立せ しめる 大切な 楔な り。 卽ジ ユリアン の 話 は 

三つの 豫言 によりて 發展 すと も 云 ふ を 得べ く豫言 相互の 關 係より 云 へ ば こ の豫言 最も 重み ありと 

云 ふを特 べし。 牡鹿の 描寫 殊に 愛す 可き 中 世紀の 風格 を帶 びたり (角の 澤 山な 枝に 分かれて ゐる 

所など)" 

四、 鹿の 豫言を 聞いて より 家出す るまでの ジ ユリアンの 生活 (內面 的に も 外面 的に も) も 巧に 描 

かれた る を 見るべし。 始 父親の 衣を劍 にて 裂き 次に 母親の 精の 羽毛 を投 槍に て 縫 ひとめ 面して 家 



390 



出す る 段取り 甚 自然な り。 これらの 事件な く 豫言を 聞いて 後 直に 家出す ると せんか、 そはジ ユリ 

ァ ン の 性格 を說 明すべく 餘 りに 麼 突なる を 如何せん。 

五、 家出より 皇帝の 婿になる 迄の ii 例の 如く 描寫 巧緻 を 極 む C 

六、 ジ ユリアンの 獵に 出て 鳥獸に 莫迦に せらる る 所 全篇 を 通じて 結末と 共に 千古に 冠絶す る 名 

描寫 なり。 暮夜 叢林の 中 幾 百の 禽獸ジ ュ リア ンを旋 つて 飜!^ を逕 うする 光景 歷々 として 畫^ を 隙 

るが 如しと 云ぶべし _レ 

七、 父母 を 殺して 後ジ ュ リア ンが 再び 家出す るまで さした る 事な しり 

八、 家出して 後 苦 艱を嘗 むる 描寫亦 簡にして要を得たり。 泉 畔 水中に 映れる 已 が^の 父に 似た 

る を 見て 自殺 を 思 ひ 止る 所の 如き 最もよ し。 

九、 渡し守に なりてより 天上す るまで も 大手 腕な り。 癩病人の描^:^數行にしてしかも蒼勁たる 

を 見るべし. - 風波 の^ぎた る、 食器に 斑點の 生じた る、 水の 葡萄酒に 變 りたる 等 奇蹬は 次第に 重 

ね來 りて 遂に クリスト を 描出す る 所亦甚 自然な り。 末 段 昇天の 數行 (ジュリア ンが 裸になつ て 癩 

病人 を 抱いて より 以後) は 技巧の 妙 云 ふ 可から す" これ を 形容 すれば 萬 丈の 光焰 忽然と して 脚 底, 

より 进 出す るが 如し。 

以上 讀 法の あらまし なり" ジ ユリアン を 讀む際 これらの 諸點に 留意 せら るれば 多少 は 得る 所 あ 

るべ しと 信す.) 小生の 好みより 一. ム へば ジ ュ リア ンを 除いて 現代 小品 巾 r 齒痛」 r,g$」 「白」 など を m 

白し とすべ き 乎。 「負けた る 人」 も 興味な きに あら ざれ どこ の 種 の も の は^に 古し。 ふ と 思 ひ つ き 



片斷 • 稿定未 



391 



たるま. - 御注意まで。 以上。 

(大正 九 年 > 



392 



雜筆 

眼 

醜 を 見る 眼の 外に、 美 を 見る 眼 はない。 

貞操 

女子の 貞操と は、 處 女が SR 子との Coitus に感 する 羞: 恥 心の M ハ名 である。 だから 旣に _ ^となつ 

た 女子 は、 第一義 的 貞操 を 失って ゐ ると 云って 差 支へ ない。 第二義 的 貞操と は、 女子が 夫 以外の 

ef^ 子との coitus に感 する 羞恥心の 異名で ある。 *1 問が 不貞の 格 印を與 へる もの は、 第二 碗的贞 

操 及び それ 以下の 貞操 を 失った 女子に 限る やうで ある。 寶笑婦 間の 道德 たる 精神的 貞操の 如き は. 

單に 畸形 的 貞操の 一種た るに 過ぎない。 彼等の 精神 偏重 は、 敕靈の 爲に苦 I;;: する 徒の 狂信に 似 

てゐる 所が ある。 (三月 七日) 

空想 , 

僕 は 貧しい 人 問で ある。 だから 時々 大金 を て、 自在 を 極める を 想す る。 その 場 4n 僕の 所: 



片斷 • 稿定ォ < 



393 



謂 大金 は、 何百 萬圓 何千 萬 圓と云 ふ 制限 を 知ら,^ い。 唯 僕が 自在 を 極める のに 十分な だけの 金額 

である。 所が 金持ちの 空想 は、 必 彼等の 所有す る 金額の 制限 を 受ける らしい。 更に 詳しく 云へば 

彼等の 空想 は、 「所有の 金額の. 全部 を 使ったら」、 或は 「その 一 部 を 使ったら」 と 云ふ條 件の 下に 開展 

する。 だから 僕 等 貧乏人の 空想 は、 常に 彼等 金持ちの 签 想より 壯大 なの を 常と する。 物臭 太郞 の- 

空想に 奔放の 氣を 漲らした、 足利時代の 御伽草子の 作者 は、 確に この間の 消息に 通す る 所が あつ. 

たのに 相違ない。 (三パ 八日) 

貴族 

あらゆる 貴族に 共通な 悲劇 は、 彼等 も 亦 僕 等の 如く 厠に 上る と 云 ふ 事で ある。 さもなければ 彼 

等 は 安んじて、 神々 の裔 だと 確信した かも 知れない。 德川 時代の 大 諸侯が 參覲 交代の 途次、 砂 積. 

めの K 斗 樽に 一 々彼等の 糞便 を を さめて、 江戶 或は 國 元へ. 送らせた の は、 彼等が 如何に この 現實, 

曝露 を惧 れてゐ たかを 語る ものである。 (四月 五日) 

民衆 • 

衆の 味方に 缺く ベから ざる 物、 11 第一 に は樂天 主義。 第二に も樂天 主義。 第三に も 亦 樂^< 

主義。 (四月 五日) 



流 俗と は、 何時も 前代に 有用だった 眞理 を!: 守して ゐる 人間で ある。 尤も 一時 代の 長さ は 何 平. 

と" 精密に きまって ゐる訣 ではない。 往々 日本の 文 境 なぞで は、 五 年 又は 十 年が 一 時代に 當る 事,. 

も ある やうで ある。 一時 代 前に 有用だった 廣理、 二 時代 前に 有用だった 眞理、 三時 代 前に 有用 だ 

つた 眞理、 —— 流 俗 も その 眞理の 時代な みに, 何 種類 も ある 事 を 忘れて はならぬ。 しかし 流 俗の 

有害な 程度 は、 その!: 守して ゐる眞 理の 時代の 新し さに 丁度 正比例す る。 噓 だと 思ったら、 尊王 J 

攘夷の 精神 なぞが 如何に 今 は 無害に なつ たかを 見る が 好い。 (七 だ 二十 一 n) 

浪漫主義 ■ 

浪漫主義と は、 未開地 或は 未開 時代に 理想の 生活 を 求める 傾向で ある。 ルッソ ォの 「自然へ 歸. 

れ」 から、 谷 崎 潤ー郞 氏の 小說に 至る まで、 さう 考へ ると 一 つも 例外 はない 。序ながら 云 ふ。 「靑: 

い 花」 はこの 頃社會 主義者の ユウ ト ピアに も 、& いて ゐる やうで ある。 (四::!: 三.^ 日) 

緣畫と ,V|; れ li^ 

一 —ァ ラ ラギ」 に齋 藤茂吉 氏が 「寫 生の 說」 を 書い てゐ る。 齋 藤氏の 「B 生」 の 語義 は、 東洋 畫 論の 「^:: お. 

生」 の 語義で ある。 あれ を 請んで ゐる內 に 思 ひ 出した が、 昔樗 牛が 何 かの 中に 、「詩歌 は綺畫 を學- 



m • 稿^ 未 



395 



ぶべき も の で は な い 。 詩歌 の 本質 は 動を寫 すに ある」 なぞと、 論じて ゐ るの を 見た 事が あつ た。 《c 

時 まだ 中學 生だった 自分 は、 樗 牛の 說を 名言 だと 思った。 が、 今にな つて 考 へて 見る と * 樗牛は 

餘り 省察 も 加 へ す、 「ラオ コ オン」 を 祖述して ゐ たので ある。 東洋の 詩歌 は 西洋の H ボ スとは 違 ふ。 

靑蓮龍 標の絕 句を讀 めば、 いくらでも 「有 聲 の畫」 を 拾 ふ 事が 出來 る。 「夕 顏ゃ醉 うて 顔 出す 窓の 

穴」 や 「五月雨 や 大河 を 前に 家 二 軒」 でも、 やはり その 儘畫 になって しま ふ。 齋 藤茂吉 氏の r 寫 生」. 

の 語義が、 東洋 畫 論に 根ざして ゐ るの は、 興味 ある 必然と 云 はねば ならぬ。 

古 孑 

籠の 鶉 を 口 向へ 屮:: して 置いたら、 水 も 解 も あるのに 死んで しまった。 日の 光に 射殺され たの だ 

と 思 ふと、 恐し い 心 もちが する。 n は 死んだ 鶴の 上に も、 酷薄に かんかん 當 つて ゐた。 その 屍骸 

を 眺めながら、 句に しょうと か 何とか 思って ゐる、 人 §1 のお のれ は 憎むべし。 (九月 十二 日) 

(大正 九 年 > 



「f ^兌,^ -去 1 

广 v7 あやお」 - 

「「人事 を盡 し て 大命 を 待 つ 」 と は小說 作法の 上 にも 通 ffl する ことで ある。 如 M に 技巧 9 妙 を 極めた としても 

氯韻 の 高 い 作品 を 作る こ とだけ は 人力の 及ぶ 所ではな い。 作者の 性情の 雅俗 高下 のおの づ か ら 作品 に餘 はれ 

るの は、〕 たと へば 測 花の 發 する 時、 僩 水に 香 あると 同樣 なり。 尤も 古 來書を 譲んで 性情 を 陶淑す 

などと 言 ふこ ともあれ ど、 どの位 陶淑 出来る もの か は 勿論 疑問な りと 首 はざる ベ からす。 我等の 

見る 所 を 以てすれば、 陶 淑出來 るの は 二三 分に して、 あとの 七 八 分 は 母の 胎内より 投 かり 來りレ 

ものな らん 乎。 よし 乂陶 淑出來 るに もせよ、 その 作品に 露 はるる は 作者の 意識 を 超越す る こと、 

前に も 述べし 通り なれば、 まづ氣 韻の 一事ば かり はどうに もなら ぬ ものと 觀 念すべし" 否、 妄り 

にこ だはる より は 寧ろ 雲煙 過服視 すべし。 若し 捉ふ ベから ざる もの を捉 へんと し、 努めて 東奔西 

走す る 時 は 愈 その 醜 を 露 はすこと となり、 如何に 割引きして 考 ふる も、 乎問赏 だけ は畢 党^ をせ 

ざるべ からす。 

g 二 



片斷 • 稿定来 



397 



小, を 作る の も 「作ろ」 と 首 ふ 上より 見れば、 箱 を 造る のと 同様な り。 それ を 何 か 蜃氣樓 でも 造 

る やうに 思 ひ、 鉋の 使 ひかた 一 っ學ば ざらん 乎、 一生 小說を 作り 難 かるべし。 由 來藝術 家と 言 ふ 

もの は 合 も 神韻 總渺 のうちに 作品 を 成せる 如き 額 をす る ものな り。 然れ ども それ は 外見に 過ぎす、 

實, -i< 古-文才 も 一 P こま 旨 物 1^ と 同 一 なりし と 心得べ し。 ポオに Philosophy of Composition と 

言 ふ 論文 あり。 これ は 「拖へ もの」 の 大家 ボォド レ H ルも 多少の シャル ラタ 二 ズ ム ありな どと 言つ 

てゐれ ど、 我等の 目に は 比較的 正直なる 議論と 言 はざる ベから す。 尤も ポオ はこの 論文に 言へ る 

如く、 彼の r 大騰」 の 詩 を 作る に ニニが 叫 的 作法 を:^ ひたり や 否や は 疑問な り。 然れ ども 彼の 詩 や 

ト說 は 大體柬 瓦 を 積む やうに 作られた る こと は事實 なるべし。 又バ卜 ラァの 言な り し と 覺ゅ、 「古 

人のお 弟子に は 師匠 を 凌駕す る もの あり。 是 に反して 今人のお 弟子 は 大抵 師匠の 片腕に も 及ばす- 

その 所 ヌは如 句と なれば、 今人 は 或は 金の 爲に、 或は 高尙 なる 理想の 爲 にお 弟子 を敎 育す る を 常 

とすれ ど、 古人 は-」 の 賀作を 作らせん 爲に 作法 上の 呼吸で も 何でも 敎 へたる が 故な り。」 と 言 ふが 

あり。 この 言 は 恐らく 眞赏 なるべし。 m に 角 我等 初 學の徒 は 丹念に 作法 を學 ばざる ベから す, - 

我等 は 未だに 「小 說 作法」 などと 言 ふ 本に 興味 あれ ど、 肯繁を 得たり と 思 ふ ものに は 不幸に も 一 

度 も 遭遇せ す。 支那の 小 說の批 點には 作法 上の 講釋を 加へ たる もの あり。 馬 琴、 京傳 等の 作家 は 

支那の 小說に 趣向 を 得た る 外に も、 かう 言 ふ講釋 に啓發 されし こと も 存外 微から ざり しなるべし 



然れ ども 好箇の 「小說 作法」 なく、 义今 日の 小 說には 金 聖歎批 も 餘り難 有から すと せば、 自ら 古チ 

の 小說を 讃んで 作法 上の 工夫 を 凝らさ ざるべ からす。 この ェ土 へに 比 ぶれば、 師;; ^をと るな ど は 末 

の 叉 末な り。 たと ひ バルザック 來 底の 大小 說家を 師匠に とる とも、 自ら K1 人 樊 緊の處 を 看破す 

る 修業 を 怠らん 乎、 一 生 瞎漢の 畿りを 免れざる べし。 若し r コ a ンバ」 を 請む ベ くんば、 作者 プ 口 

スペル 。 メリメ ェ と共に 「コ ロン バ」 を 作る 心 を 以てせよ。 等閑に 面. n がるの みに 了る こと 勿れ。 

翁鸞 上人 は 何と 言 ひし か 知らね ど、 藝道 だけ は 肖 力の 外に は成佛 する こと あるべ からす。 

若し 我等に して 不世屮 いの: 大才 ならば、 父母 兄弟と 接する のみ にても、 おの づ から 人情の 機微 を 

捉ら へ、 一 篇の好 作品 を 作る を 得べ し。 然れ ども 天才なら すと せば、 



(未完) 



m • 槁定未 



客觀 的と 言 ふ 言葉 を 用 ひれば、 德 £ 秋聲 氏の 作品 ほど.: 各觀 的なる は 稀なる べし" 男女 いろいろ 

の 人物 を 明鏡止水の やうに 寫す 手際 は 到底 我等の 及ぶ 所に あらす。 のみならず 德田 氏の 作品に は 

常に 品の 好い 美し さあり。 それ も 「マダム ノ ボヴァ リイ は 全部 寫 色の 調子で 行かう とした。」 などと 

言ふフ a オベル 流に 凝った ものなら ざれ ど、 南畫 風の 淡彩なる だけ 如何にも 日本人ら しい 所 あり 

. と 言ぶべし」 この美し さの ある こと は 葛 西善藏 氏の 作品 も 同様な り" 但し 葛 西 氏の 美し さは 德田 

氏の 美し さよりも 一概により 深し と は 言 ひ 難 けれど、 より 特色 ある こと は 確かな り。 我等 は 葛 西 

氏の 短篇 を證む 度に、 何 か 雨後の 風景に 似た る、 薄暗き 美し さに 打た るる を 常と す。 これ は 葛 西 

氏の 獨造 底の 持ち味な り。 然れ ども 男女 十 人を寫 して 眉 呰異る の 工夫 は 葛 西 氏 も 勿論 德田氏 

に 及ばす" 尤も これ は 葛 西 氏 自身 も 努めん とする 所に あらざる べし。 この美し さ を 逸すれば、 兩 

氏、 —— 少く とも 葛 西 氏の 作品 は 何の 感興 をも與 へざる ならん。 偶兩 氏の 作品 を讀 みたれば、 次 

手 を 以て この 文 を 作る。 但し 我等 は、 娑婆つ 4 湫 多ければ、 當 分は兩 氏に 傚 はんと は 思 はす。 (十四 

^^^^ , i r — r; , . , ! . 』 ■ : 



400 



我等の 見る 所 を 以てすれば、 我 日本の 作家 位 謙遲の 美德に 富みた る は あらざる べし C 否、 謙遞 

の 美 德と言 ふより は 赤面の 天才と 言 はざる ベから す _ し 殊に 我等 は 口 マン ティ ック • テムべ ラメ ン 

トを 有する こと を 恥づる やうな り。 この頃 「酒 ほが ひ」 等を讀 み、 大いに 殘 念に 忍 ひし ことなれ ど、 

吉井男 氏な ども ロマン ティ ック. テム ペラ メン トを 有する こと を あんなに 恥ぢ たり 何 かせねば、 

もっと 偉い人に なって ゐ たるな らん。 由來 男と 一一 n ふ もの は 小面憎い ほど 好い ものな り。 況ゃ作 

とも 4 ば るる もの は いやが 上に も 小面 憎から ざる 可ら す. レ 

. 可び とも 戒心せ ざるべからざる は 我等 自身 を 恥づる ことなり ^くも ー藝に 志す ヒは、 我等 は 

我等 自身な りと 覺在" をき め、 圆々 しく 尻を据 ゑる こと を 工夫すべし。 我等, HI 身 を恥ぢ ざる ことな 

ど は 至って 乎輕 さ, うに 思 はるれ ど、 我等の 兑る所 を 以てすれば、 往年 有爲の 作家な りし 人 さへ、 

皮 ^ 自 身 を 恥 ぢ たる 爲に發 育の 止まりた る もの 少 からす" この 己 を 恥づる こと は 金の 爲に 濫作す 

るよりも 一 肝 我等に は 有害な り。 ブレ H クの 「鷲 は 穂の 眞似 をす る ほど、 時 問を签 费 する ことな 

しにと;: 曰へ る は よくよく その 毒 を 知れる なるべし。 尤も どち、 しが^か は 後代の 言 を 待つ 外 はなけ 

れど、 —— 或は 後代の 言 を 待つ も 分明し 難き かも 知れ ざれ ど、 何び とも まづ差 常り は 大驚を 以て 



片斷 • 稿定未 



401 



任す る こ となり。 

由來 Sf! と 言 ふ もの は 小面 25 いほ ど 好い ものな り。 況ゃ 作家と なりし 上 は、 いやが 上に も ト面階 

からざる ベから す。 親鸞 上人 は 何と 言った か 知らね ど、 藝道 だけ は 自力の 外に 成怫し 難しと 心得 

べし。 鈴が 森の 雲す け 曰 、「がんばれ、 がんばれ」 と。 或は 我等 初學の 徒の 座右の銘 たるに 近から 

ん乎。 

X 

文藝 上の 作品 を 作る ことにより、 人格 も鍛鍊 される と 云 ふの は 正宗 氏の 言った やうに 疑問で あ 

る。 あれ は 鍛練と 云 ふ 言葉に 執す る餘 り、 藝術 上の 鍛鍊を 人格 上の 鍛練に も 及ぼした 結果で はな 

いで あらう か? 

人格 上の 鍛鍊 は藝術 上の 鍛練と 幷 行す る こと も あるに 違 ひない。 しかし 或 作家の 人格 を 指さし、 

その 立派に 完成した の は文藝 上の 作品 を 作る ことにより、 鍛鍊を 經た爲 と 云 ふの は 早計で ある。 

なぜ 叉 早計で あるかと 言へば、 文藝 上の 作品 を 作らす とも、 人格 上の 鍛鍊 を經 たもの は 市井 人の 

巾に も少 くない。 それから 又 人格 上の 鍛練 を經 ない もの も屢 善い 抒情詩 だの 善い 戯曲 だの を 書. い 

てゐ るからで ある。 - 



或は かう 云 ふ 解 釋には 下の 駁論 を 生す るで あらう。 11 「人格 上の 鍛鍊 を經 ると 云 ふ 意味 は 世 

間 並みの 定木に 合 はせ た 人格 上の 鍛鍊 を經る ことで はない。 飲んだくれ でも、 不良少年 でも、 色 

魔で も、 ィ カサマ 師 でも 藝術家 的に 人格 上の 鍛鍊 を經 ると 云 ふ 意味で ある。」 しかし その 所謂 「藝 

術 的に 人格 上の 鍛練 を經 る」 と 云 ふこと は 畢竟 唯 その 人が 作家だった と 云 ふこと だけで ある。 誰 

でも 年 をと るに 從ひ、 叉 いろいろの 經 驗を經 るに 從ひ、 多少 は 人格 上の 鍛鍊 を、 — 或は 述 命に 

對 する 知慧を Is^ する やうになる であらう。 (傅 記 作者の 感激に 滿 ちた 諸 天才の 傅 記な ども 勿論 言 

葉 通りに 信用 出来ない。 尤も 唯 我々 を 鼓舞す る 進軍 ラ ツバ として は有效 であるに 

しかし その 人格 上の 鍛鍊 もどの 位 その 人の 素質の 上の 長短 を 補 ふか は 疑 ii: である。 これ は 作家 

に 就 ハて言 ふば かりで はない。 政治家で も禪 家で も じこと である。 天の 與 へた 剛柔 賢愚 は 存外 

人力に は 如何と も 屮:: 來 ない。 「運命 は 性格の 巾に ある。」 と 云 ふ 言葉 は餘程 深い 赏感を 含んだ もの 

である。 , 

, , (大正 卞四. 五 年) 



片斷 • 稿定未 



403 



〔ァ フォ リズ ム〕 

風流 

! 久米正 雄、 佐 藤 春 夫の 兩 君に 1 . 

「風流」 と は 淸淨な る デカダンス である。 

「風流」 と は藝術 的涅藥 である。 涅槃と は あらゆる • 煩惱 を、 , —— 意志 を 掃蕩した 世界で ある。 

「風流」 も あ ら ゆ る神逮 なる ものと 多少の 莫迴莫 翻し さ を 共有して ゐる。 

「風流」 は 意志 か感覺 か? . —— ^に 角 甚だ 困る こと は感覺 とか 官能と か 云 ふと 同時に、 忽ち アム 

プ レ 、ン オニス ト の 油畫 の ありあり と 目の前に 見える こ と で あ る 。 

「風流」 の 享樂的 傾向、 I— 黄 老に發 した 道 敎は王 摩 詰の 藝術 を與 へた 外に も、 猥褻なる 房 術 in 



404 



も與 へたので ある。 

X 

「風流」 の 一 つ の俾 統は釋 掘に 發 する 釋 風流で ある。 「風流」 のもう 一 つの 傳統 は老 聃に發 する 老 

風流で ある。 この 二つの 傳 統は必 しも はっきりと は 分れて ゐ ない。 しかし 釋 風流 は 老 風流よりも 

大抵 は 憂鬱に 傾いて ゐる。 たと へ ば沙羅 木の 花に 似た 良寬 上人の 歌の やうに。 

「風流」 を宗 とする 藝 術と は それ 自身 旣にパ ラ ドック ス で あ る。 あらゆる 藝 術の 創作 は當然 意志 

を 待たなければ ならぬ。 . 

X . 

百 年の 塵 は 「風流」 の 上に 骨董の 古色 を 加へ てゐ る。 塵を拂 へ。 塵を拂 へ。 

片 £3: ¥ 勺 首 一 

:.- 二 口 P た ク. ^ -ox 亡 允 \ 

藝術は 表現で あると は近來 何人も 云 ふ 所で ある。 それならば 表現の ある 所に は藝術 的な 何もの 

かも ある 害で はない か? 

藝術は その 使命 を 果たす 爲には 哲學を も 宗敎を も 要せぬ であらう。 しかし^ 現の 伴 ふ 限り、 ^ 

學ゃ 宗敎は 知らす 識ら す藝術 的な 何もの かに 鎚 るので ある。 ショォ ペン ハウェルの 折:: 學の 如き、 

藝術的 叙述 を 除き 去った とすれば、 (事實 上 それ は 困難に して も) 我我の 心に 靜 へる 所 は 減じ 去る 



片斷 • 稿定未 



405 



こと を 免れまい。 

いや、 藝術 的な 何もの か は 救世軍の 演說 にも あり 得る。 共産主義者の プ & パガン ダ にも あり 得 

る や 薄暮の 汽車の 窓に 蜜柑 を 投げる 少女の 如き、 藝術 的な の も當然 ではない か? 

是 等の 例の 示す 通り、 他に あり 得る と 云 ふこと は必 しも 藝 術の 本質と 矛质 しない。 わが 友 菊 池 

寬の 內容的 惯條を 求める. の は 魚の 水 を 求める のと 共に、 頗る 自然な 要求で ある。 しかし その 内容 

的惯 値を藝 術的慣 値の 外に ありと する のに は不贊 成の 意 を 表せざる を 得ない。 わたしの 所見 を以 

て すれば、 菊 池 寛は餘 りに 內氣 であり、 餘 りに 藝術 至上 主義者で ある。 もっと 人生に 忠で なけれ 

ヽ £ ヽ ゝ ン 

は V 力ん 

理解 

暑 

會 得する のは樂 しい 事で ある。 僕に 一番 會 得し 易 いのは、 小 說ゃ戲 曲の 可否で ある •。 その 次 は 

俳句の 可否で ある。 その 次 は、 —il 何とも 云 ふ 事 は 31 來 ない。 詩歌、 書畫、 陶磁器、 蒔畫 等、 理 

解し 足らぬ もの はま だ澤山 ある。 そんな 事 を 思へば いやが 上に も樂 しい。 淸少納 言は樂 しい 事の 

巾に、 「まだ ぬ 草紙の 多 かる」 を數 へた。 草紙 は讀 めば 盡 きる かも 知れぬ。 理解す る樂 しさ は嶽 

きる 時が あるまい。 

井原西鶴 • 



406 



西 鶴に 自然主義者 を 見る の は 自然主義 的 批評家の 色目 鏡で ある。 西 鶴に 精 木の 作 を 見る の 

も 大學の 先生 連の 色目 鏡 である。 . 

西 鶴 は 恐るべき 現賁を 見て ゐた。 しかも その 現實を 笑殺して ゐた。 西 鶴の 作品に 漲る もの はこ 

の鬪 太い 笑聲 である。 天才の みが 持つ 笑聲 である。 かの ラブレ H を 持たない 事は必 しも 我我の 不 

幸で はない。 我我 は 西 鶴 を 持って ゐる。 堂堂と 婆 苦 を 蹂躪した 阿蘭陀 西 鶴 を 持って ゐる C 

, 或 幻 

われ 夢に トル スト ィを见 たり。 躓き 倒れた る トル スト ィを 見たり。 われ は 立ち、 トルストイ は 

匍匐す。 憐 むべき かな、 トル. ス トイ! われ トルストイ を 嘲笑 ふ。 しかも 见ょ、 這へ る トルスト 

ィは 歩める われよりも 速 かなる を。 われ は疾驅 し、 トルストイ は 蛇行す。 され ど われ トルストイ 

に 及ぶ 能 はす。 トルストイ は 天外に |i 匍し 去れり。 トルストイよ! 偉い なる 芋蟲 よ! 

,~ 善い 藝術家 

善い 藝術家 以ヒの 人 ii でなければ、 善い 藝術を 作る 事 は 出来ない C この パラドックス を吞 込ま 

ない 限り T 藝 術の 爲の藝 術」 は 永久に 袋 露路を 出られない であらう e 



片斷 • 稿定未 



作家 は 誰も 言條 通り、 小說を 書いて ゐ るので はない。 その外に 書き やう を 知らないの である 

^ それ を ま づ信條 が あり、 その 次に 創作が ある やうに 云 ふ。 云 ふ もの は 畢竟 人が 惡 いか、 蟲が 好い 

かどちら かで ある。 

修身 

辯 難 攻撃が 盛だった 古 雑誌 を 一 W 保存す るが 好い。 さう して 氣の 屈した 時には その 中の 論文 を 

滴んで 見る が 好い。 如何に 淺 はかな 主義 主張 は 速 かに 亡んで しま ふ もの か、 - それ を しみじみと 知 

. る 事 は 何人に も 大切な 修身で ある。 

評 家 病 

リアリズム を高唱 する もの は 今の 世の 批評家 先生で ある。 しかし 何等かの 意味に 於て は、 ロマ 

<ン 的 傾向の 作 〔まと 雖も、 リアリズム を 奉じて ゐぬ もの はない。 これに 反して 批評家 先生 は悉 稀代 

の ロマン派 である。 

• 今昔 

昔帝國 文庫 木 の 「三 國志」 や 「水 滸傳」 を 請んだ 時、 十 何才 かの 僕 は 「三国志」 よりも 「水 滸傳」 を 好 

ん だもので ある。 これ は 年の 長 じた 後 もや はり 昔と 變ら なかった。 少く とも 變ら ない と 信じて ゐ 



408 



た。 が、. この頃 何 かの 拍子に 「三國 志」 や 「水 滸傳」 を 讀んで 見る と、 「水 潘傳」 は 前よりも 面. n: み を 

減じ、 「三國 志」 は その代りに 前よりも はるかに 面白み を 加 へて ゐる。 

「水 滸傳」 は 及 時雨 宋江 だの、 知 曰 多 星吳用 だのと 云 ふ、 特色の ある 性格 を 描いて ゐる. - けれども そ 

れらの 性格 はス コ ットの 作 中の 性格と 大差 ある ものと は 思 はれない。 それだけに 面 C み を 減じた 

ので あらう。 「三 國志」 は 三國の 策士の 施した 種種の 謀計 を 描いて ゐる。 その 乂 謀計 は 人 問と 云 ふ 

もの を 洞察した 知慧の 上に 築かれて ゐる。 殊に 少時 神算 とも 鬼 謀と も 更に 思はなかった もの ほど、 

,一 曆惡辣 無双なる 策士の 眼光 を 語って ゐる。 これ は 或は 「三國 志」 の 作者の 手柄と 云 ふよりも、 寧 

ろ 史上の 事實 そのものの 興味に 富んで ゐる爲 かも 知れない。 が、 鬼に 角 「三 國志」 の 八/の 僕に 面 ,3 

い の はかう 云 ふ 面白みの 出 來た爲 である。 僕 は 昔 政治家な どの 所業に 少しで も 興味 を感 する こと 

は 永久にな いものと 信じて ゐた。 しかし 今の 調子で はもう そろそろ 久米正 雄の 所謂 床屋 政治家の 

域に は ひり さう である。 , 

愛圃心 

我我 日本 國 民に 最も 缺 けて ゐる もの は國を 愛する 心で ある。 藝術的 精神 を 論 すれば、 R 本 は 列 

强に 劣らぬ かも 知れぬ。 又 科學的 精神 を 論す るに しても、 必 しも 下位に あると は 信ぜられまい。 

しかし 愛 國心を 問题に すれば、 英佛獨 露の 國國に 一 儔を輸 する こと は 事赏 である。 

愛國 心の 發達は 國家的 意識に 根ざす ものである。 その 又 國家的 意識の 發 逹は國 境の 觀 念に 根ざ 



片斷 • 稿定求 



A09 



す ものである。 けれども 我我 nl 本 國民は 神武 天皇の 昔から、 未だ 嘗 痛切に 國 境の 觀念を 抱いた こ 

と はない。 少 くと も歐羅 巴の 國國の やうに、 骨に 徹する ほど 抱いた こと はない。 その 爲に 我我の 

愛國心 は 今日 もな ほ 石器時代 の 蒙 味 の 底に 沈んで ゐる。 

ル ウル 地方の 獨逸國 尺 は あらゆる 悲劇に 面して ゐる。 しかも 彼等の 愛 國心は 輕擧に 出づる こと 

を 許さぬ らしい。 我我 日本 國民は 李 鴻章を 殺さん とし、 更に 叉 皇太子 時代の 一一 コ ライ 二世 を 殺さ 

ん とした。 もし ル ウルの! の やうに、 たと へば 鄰邦 たる 支那の 爲に食 糙等を 途絶され たと すれば. 

日本に 在留す る 支那 人な ど は 忽ち 刺客に 襲 はれる であらう。 同時に 日本 はとり 返しの つかぬ 國家 

的 危機に 陷る であらう。 

けれども 我我 日本 國民 は愛國 心に 富んで ゐ ると 信じて ゐる。 —— いや、 或は 富んで ゐる かも 知 

れぬ" あらゆる 未開の 民族の やうに。 

, 强盜 

社 會は金 を 出さない 限り、 我我の 生存 を 保 證 しない。 これ は强盜 の 「有り金 を 渡せ、 渡さな け 

,^-ば命をとる」と脅迫するのも111:じことでぁる。 すると 强盜と は 何かと 云へば、 つまり 社 會の行 

ふ こと を 個人の 行 ふこと と 云 はれる であらう。 では なぜ 强盜は 罰せられ るか? 社會は 夙に 團體 

的强 盜のパ テ ントを 取って ゐ るからで ある。 



. 或 問答 

「ls は破壞 しに 来たの か?」 

「いいえ。」 .. 

「建設し に 来たの か?」 . 

「いいえ。」 

「では 君 は 何 をし に來 たの だ?」 

「どちらに すれば 好い か考へ る爲 に^ 

(大正 十二^ I 大正 十四 年) 



片斷 • 稿定未 



411 



I 

〔笫 六卷 五一 頁 二〕 

I ,4 と 罰と 

或 签氣の 澄んだ 雨上りの 午後、 髮の 毛を亂 した 男が 一人、 往來の 泥の 巾に 跪いた まま、 通りが 

かる 人々 に徵悔 をして ゐた。 彼 は 重お もしい 顏 をして ゐた。 それから 家々 の 向う にある、 薄靑ぃ 

{仝 を 見つめて ゐた。 しかし 彼のして ゐ る徴悔 はかう 云 ふ 一 行に 外なら なかった" 

「皆さん、 わたしの したやう にな さるものではありません。 わたしの 言 ふやう にして 下さい ま 

しピ 

彼の 懺悔 は 大勢の 人々 を 立ち 止ら せた のに 違 〔ひなか〕 つた。 しかし そこへ 通りかかった、 髮の 

毛の 明るい 靑年 はちよ つと 彼 を 見下した まま、 かう 言って さっさと 歩い て la つた。 



412 



三 人間 ■ 

祌は未 來の人 il たちの 爲 に薔觀 色の 學校を 開いて ゐた」 この 學 校の 授業 課 ml は 一に 算術、 二に 

算術、 三に、 11 三 も 算術だった。 しかし 二三 人の 怠け もの は 滅多に 敎室へ 3,1 たこと はなかった リ 

彼等 は 他の 生徒た ちと 一 しょに 人間界に 生まれる ことにな つた。 彼等の 投業を 怠った 罰 は 忽ち 

彼 i::;- へ 加 へられ 出した。 彼等 は 皆氣違 ひに なったり、 或は 罪人に なったり した。 しかし いづれ も 

言 ひ 合せた やうに 彼等の 詩 を そっと 大事に して ゐた。 , 

神 は 彼等 さへ 憐ん でゐ た。 が、 どうに も 仕 かたはなかった" 彼等 は 人間界 を 去った 後、 もう 一 

度 神の 前へ 歸 つて 來た。 神 はま ほ 薇 色の 學 校の 中に 彼等 を 集めて 話しかけた。 それ は どこか 厳かな 

巾に も 優し み の ある 言葉 だ つ た " 

「今度 は 算術 を勉强 しろ。」 

彼等 は ー齊に 返事 をした。 . 

「いやです! あすこ を御覽 なさい。」 . 

「あすこ」 と は卽ち 人問界 だった。 そこに は 頭の 秀 げた 卒業生た ちが 大勢、 或 大きい 紙の 上へ 一 

しょに かう 云 ふ 式 を 作って ゐた。 

^ + 2 = ひ 

-》 〔別 稿 一 こ 2 + 2 = 4 



片斷 • 槁定未 



413 



四 マイクロフォン 

詩スは 神の 造った マ イク 口 フォン である。 誰も、 こ の 人問界 では ほんた うの こと をお ほ 藤 では 

.言 はない。 が、 詩人 は 彼等の 小聲を 忽ちお ほ聲 にして しま ふので ある。 若し 一例 を擧げ ると すれ 

、ま、 —— 



I 

I 

X 

「わたしの した こと をす るな、 

わたしの 言 ふやう にしろ。」 

あらゆる 纖悔 はかう 云 ふ もの だ。 - 

X 

前世に 天國の 幼稚園へ は ひり 

(石 鹼の勻 のす る 薔薇の 花の 



'414 



一 ぱいに なった 幼稚園 だ。) 

算術 を 習って 來た 叔父さん たち。 

君た ち こそ 現世の 紳士 だ。 

T 

夜 だけ は 僕を靜 かにす る。 

僕 は 夜はダ ィ アモン ド を截り 

僕の ピン に 嵌めよう として ゐる。 

クク角 形に 截 つた、 タイア モ ンド を。 

それ もつ まり 考 へ て 見れば、 

氣違 ひの 息子に 生まれた か ら だ ら - y - 

樊 自身に も 欺され ない 僕 を ノ 



i 

片斷 • 稿定未 



415 



誰が 欺して くれる もの か? . 

僕 は 薬 薇 を 食 ふ 犬た ちで はない。 

きんめっき ふくろ ふ 

畫 まも 目の 見える 金欽 金の 梟 だ。 

僕 はァラ セ ィ トウの 花の やうに 

僕 自身 を 五つの 花びらに して ゐる 



(昭和 二 年) 



416 



片斷 • 稿定未 



417 



レオナルド • ダ • 、ヴ インチの 手記 

Leonardo da Ymci 

X 

おお、 神よ。 爾は、 一切の 善き もの を、 勞 力の 價を 以て、 我等に 寶り 給へ り。 

古人 を 模倣す る 事 は、 今人 を 模倣す る 事より、 賞贊に 値する。 . 

「生」 に 於て、 「美」 は 死滅す る。 が、 「藝 術」 に 於て は、 死滅し ない。 

感情の 至上の 力が 存 する 所に、 殉敎者 中の 最大なる 殉敎 者が ある。 - 

我等の 故 鄕に歸 らんと する、 我等の 往時の 狀 態に 還らん とする、 希望と 欲望と を 見よ。 如何に 

そ,^ -が、 光に 於け る 蛾 に似て ゐ るか。 絕 えざる 憧憬 を 以て、 常に、 新なる 春と 新なる 夏と、 新 

なる 月と 新なる 年と を、 び 望み、 その 惊憬 する 物の 餘 りに 遲く來 るの を 歎す る 者 は、 實 は彼自 



418 



身已の 滅亡 を. 愤慢 しつつ あると 云 ふ 事 も、 認めす にし まふ。 しかし、 この 惊燈 こそ は、 五 冗の 精 

髓 であり 精神で ある。 それ は 肉體の 生活の 中に 幽閉せられ ながら、 しかも 獬、 その 源に 歸る事 を 

望んで やまな; T 自分 は、 諸君に かう 云 ふ 事 を 知って 貰 ひたいと 思 ふ。 この 同じ 懷 憶が、 自然の 

中に 生來存 して ゐる 精髓 だと 云 ふ 事 を。 さう して、 人間 は 世界の 一 タイプ だと 云 ふ 事 を。 

X 

善く 費され た ni が、 幸福な 眠 を裔す やうに、, 善く 用 ひられた 生 は、 幸福な 死 を將來 する。 

商 分が、 如何に 生く 可き かを學 んでゐ たと 思って ゐる 問に、 自分 は、 如何に 死す 可き か を學ん 

でゐ たので ある。 

鐵は、 川 ひない 時に、: 鏽る。 溜り 水 は、 濁って、 爽 一天に は、 氷 給す る。 懈怠が 心 3 活力 を 奪 ふ 

事 も 亦、 これに 比しい。 

おお 「時」 よ。 一切 を 滅却す る爾 よ。 おお 嫉み ふかき 時代よ。 爾は、 年の 鋭き 齒牙を 以て、 徐な 

る 死に、 一切 を 破壊し、 一切 を併吞 する。 ヘレン は、 老年が 面 上に 刻した 皺 を、 鋭 巾の 影に 認め 

た 時、 泣いて、 何故に 彼女が 二度まで も 誘拐し 去られ たかを 怪ん だ。 

おお 「時」 よ。 一切 を 滅却す る 雨よ。 おお 一切 を 滅却す る嫉み ふかき 時代よ。 



片斷 • 稿定未 



419 



X 

木 は、 木を滅 する 火の 燃料と なる。 

X 

最大の 不幸 は、 理論が 手腕 を 超過した 時で ある。 

(抄 譯〕 

(大正 三年 Is 



420 



瞎< 者 

Fiona Macleod 

(雜 杏した 倫敦の 街路で ある。 夏の 日 午。 日の 光 は、 斜に、 簿ぃ靑 の面帕 を:^ れて、 路上に 靑 

ざめ た 金 を 落して ゐる。 そして、 叉 その 路上に は、 限りない 〔二字 缺〕 の人浪 が、 狭い 海峡に、 

〔一字 缺〕 かれた 海水の やうに、 動いて ゐる。 忙し さう に、 徂來 する、 群頻 の屮 を、 一人の 

が 歩いて 行く。 その 男 は、 翁ね て懂れ てゐた 何物 か を、 遙 かの 彼方に 3- 出した かの 如く、 {!: 

ふをぢ つと 眺めて ゐる。 時として、 彼 は 急に 立 止って、 驚いた 隨を、 その 時 その 傍に ゐた 

女の 上に 注ぐ 事が ある。 時として、 彼 は乂、 獨 りで 口 を 11 く 事が ある。 しかし 諭 も 彼に 答 を 

返す 者 はない。) 

男 (足早に 東へ 歩いて ゐ たのが、 突然 立 止る。 眼の 光が 消えよう として ゐ る。) 誰 だ、 口 をき い 

た の は? 

懾く者 己 だ。 

男 顯だ、 お前 は? . 

(沈 默) 



片斷 • 稿定禾 



421 



男 (始、 彼の 傍 を 通りす ぎる 一 人に 向って、 それから、 叉 一 人に 向って) 何です? 

(各.^、 暫、 眼 を 見合 はせ る。 しかし 誰も 答へ ない。 彼が 聲を かける 人々 は、 皆、 急いで 彼に 

かま はすに、 步 いて ゆく。 中には 五六 人、 彼 を 一瞥して、 腹 立 しげに、 或は 侮辱した やうに- 

眩いて ゆく 者 も ある。 徐に彼 は 又、 歩き はじめる。 すると、 聲が又 耳に はいる。) 

男 誰 だ、 口 をき いたの は? . 

攝く者 己 だ。 

男 誰 だ、 お前 は? 

懾く者 己 は、 見張 をす る 者の 一人 だ。 . 

男 誰 を? 

(沈 默) 

男 何 を? 

(沈 默) 

男 お前 は此 處にゐ るの か? . 

噃く者 此 處にゐ る。 

男 .己 に は 見えない。 お前 は 何 處にゐ るの だ。 

懾く者 己 は、 渦 を卷く 車と 瓷 石に 落ちる 蹄との 律動の 中に ゐる。 己 は、 無數の 足の 響と 億 萬の 

呼吸の 眩き との 中に ゐる。 燕 は、 己の 足跡の 中に 閃き、 高い 太陽. の 光 は、 己の 眼の 中に 輝いて 



422 



ゐる。 

男 お前 は 何の 用が あるの だ。 

囁く 者 己に は 意志 はない。 お.^ 碎 ける 波よ T お前 は 何の 用が あるの だ」 と は、 己の 方で 云 ふ 事 

だ。 

男 己 は 何 處にゐ るの だ?.. 

1^ く 者 お前 は 大きな 渦卷の 中に ゐる。 その 渦卷は 又、 更に 大きな 海の 中に ある。 

男 それで は、 己 は、 失 はれた 波 か? 

攝く者 お前 は 起伏す る 波 だ C 

男 (小 聲で繰 返す〕 起伏す る 波 だ? _ 

懾く者 起伏す る 波 だ. - . 

男 精靈 か、 お前 は? 

(沈 默) 

男 何 だ、 お前 は? - 

(沈 默) 

男 (たまらなく なって、 傍の 老人に 向 ひながら) 君 だ。 さあ 云 ひ 給へ。 

(、老人 は、 氣味惡 る さう に、 彼 を 見て、 とられた 手 を ふり 離して、 斗ん いで 叉步, いて 行って しま 

ふ。) 



• 槁定未 



423 



懾く者 己は此 處にゐ る。 

男 己が もし、 お前の 見張って ゐる 者の 一人なら、 お前 は 何の 爲 にさう する のか 話して くれ。 

攝く者 見た ければ 見る がい.^。 聞きた ければ 閜 くがい 。もし 

男 よし。 己 は 聞きたい。 そして 見たい。 

. (男 は、 まだ 言の 完ら ない 內に、 路上の 群藥が 三重に なった の を 見る。 しかし 义 耳に は、 啼泣 

と 慟哭との 響が、 勝利と 反抗との 遠い かすかな 叫聲 と共に、 傳 はって 來る。 數 しれす 碎 ける 

海上の 波の やうに、 人間の 情熱の 爭が、 〔一字 缺〕 然と 錯雜 した 眩き になって、 希望、 恐怖、 激 

怒、 畏懼、 驚愕 を、 もの 狂 はしい 眸に 浮べた、 影の やうな 形に 現れて ゐ るので ある。 f の 

男女の 傍に は、 二人の 他の 男女が 歩いて ゆく。 靈 魂の 幻と、 肉體の 幻と である。 常に 牽牛花 

ヴェ ー ル 

の 瞳 を か やかせた 靈 魂の 幻 は、 肉體の 面帕を 透して、 或は 力の ない、 或は まどろんで ゐ る- 

或は 疲れて ゐる、 或は 匆卒 な、 或は 專 念に 耳 を 傾ける、 或は^ 刺と 生動す る、 その 「人」 を 見 

守って ゐる。 そして、 又、 肉 體の幻 は、 常に、 稍、 その 「人」 に 先立って、 眼の 前に は-撒 惑の 

呪 を かけ、 耳の 中には 〔二字 缺〕 の 歌 をうた ひ、 絕 えす 低い 聲で 笑って ゐる。 その 足の 焰 が、 

-德 機の やうに 見え、 その 頭に ある 塵 や 灰が、 勻 ひの 高い 百合の 花に まが ひ、 その 體 をつ、 む 

■ 腐爛した 壞 肉が、 人 を 森に 誘 ふ、 綠り 葉の 枝の やうに、 ゆらぐ からで ある。) . . 

男 (戰 きながら) 惡 魔が 至る 處に 凱歌 を あげて ゐる。 

® く 者 惡 魔と 云 ふ 者はゐ ない" -. 



男 しかし、 彼 は 1 . 墓 害の 〔二字 缺〕 と、 腐敗の 秘 文と を 織って ゐる。 肉 體の幻 は 1 . 

囁く 者 見ろ。 

(男 は 眼 を あげて、 唯、 一 つの 姿が、 各.' 先 を 急ぐ 億 萬の 人々 の 傍に 動いて ゐ るの を る。:' 

男 誰 だ 11 誰 だ、 あれ は? • .. 

攝く者 男の、 それでなければ、 女の 幻 だ。 

男 では 一つな のか、 靈 魂の 幻と 肉體の 幻と は? . 

職く 者 一 つ だ。 

男 (甚 しく 恐怖して ゐる) そして、 お前 は? 

(沈 默) . 

(未完) 

. (大正 三年 顷) 



片斷 • 稿定未 



425 



火と 影との 呢 

—— w, B. Yeats —— 

或 夏の 夜、 靜 寂が 四方 を 籠め てゐた 時で ある。 敬虔な サァ • フ レ、 デリック • ハ ミルトンの 指揮 

ポ ワイト *フ ライア T ス 

の 下に、 二十 人ば かりの 淸敎 徒の 騎兵が、 白衣 僧の 僧院の 扉 を 破って、 闖入した。 僧院 は ス 

リゴ にある ガラ 湖の 上に、 立って ゐ たので ある。 扉が、 凄じい 響 を 立てて 仆れ ると、 彼等 は 一 群 

の 僧侶が、 祭壇の 周圍に 築って ゐ るの を 見た。 白い 僧服が、 聖蠟 の鮮な 光の 中に、 輝いて ゐる。 

僧 は 皆、 跪いて ゐた。 唯、 首座 だけ は、 祭壇の 階段に 佇みながら、 手に 大きな 黄銅の 十字架 を 持 

つて ゐる。 r 擊てピ サァ. フレデリック. ハ ミルトンが 叫んだ。 が、 誰も 動かない。 兵卒 は 皆、 

新に 改宗した 者ば かりで、 十字架と 聖蠟 とに、 怕を 抱いて ゐ たからで ある。 祭壇から さす, 曰い 光 

が、 騎兵の 影 を、 高く、 天井 や 壁に 投げて ゐる。 彼等が 動く のに 從 つて、 影 も、 持 送りの 棒材ゃ 

記念 牌の 間に、 不思議な 舞踏 をす る。 暫の間 は、 凡てが 靜 かであった。 それから、 サァ • フ レデ 

リック. ハミルトンの 護衛兵だった 五 人の 騎兵が、 小銃 を擧げ て、 五 人の 僧 を 射 倒した。 その 昔 

と 煙と は、 祭壇の 青ざめた 光の 神蕩 を、 忽に 一掃した。 さう して、 外の 騎兵 も、 それに 勇 氣を得 

て、 射擊を 開始した。 一瞬の 中に、 僧 は、 祭壇の 周 園に、 算を亂 して、 仆れ た。 彼等の 白い 僧服 



426 



も、 今 は 血に まみれて ゐ るので ある。 「家に 火 をつ けろ。」 サァ. フレデリック. ハ ミルトンが 叫 

んだ。 言下に、 一人の 騎兵が 外へ 出て、 乾いた 藁 を 一山、 持って 來た。 さう して、 それ を、 西の 

壁 側に 積んだ。 が、 これ をして しま ふと、 その 男 は 後へ 下って、 火 をつ ける の を、 人に 譲った。 

十字架と 聖蠟 との 恐怖が、 まだ、 心に 殘 つて ゐ たからで ある。 これ を 見る と、 サァ. フレ、 、テ リツ 

ク. ハミルトンの 護衛兵だった 五 人の 騎兵が、 躍り 出で て、 各.' 聖撤を にしながら、 その 薬 を 

おにした。 火の 赤い 舌 は、 一時に 进 つて、 持 送りの 棒 村から 棒材 へ、 記念 牌から 記念 牌へ と、 搖 

ぎながら、 寐を 這って、 多くの 椅子 や 腰掛け を、 見る 間に、 一 園の 猛火と 變ら せて しま ふ。 影の 

舞踏が 止んで、 火の 舞踏が 始まった ので ある。 騎兵 は 皆、 南側の 壁に ある 扉の 方へ 退いて、 それ 

らの 黄色い 踊り手が、 其 處此處 と、 飛び ま はるの を 見つめて ゐた。 

暫の 間、 祭壇 は、 その 白. S 光の 唯 中に、 依然として、 立って ゐた。 此處 にだけ は、 まだ 火 も か 

お Q づ から 

からない。 騎兵の 服 は、 自、 それへ 向った〕 彼等が 死んだ とば かり m 心った 首座 は、 何時か 立 上つ 

て、 雨 手に 十字架 を 高く かざしながら、 その 前に 佇んで ゐる。 すると 突然、 首座が、 聲を 揚げて、 

かう 云った。 「主の 光の 中に 住める 者 を 亡さん とする ものみな は災 なる かな。 彼等 は、 治す ベ か 

、 Z あと 

ら さる 影の 中に さまよ ひ、 叉、 治すべからざる 火の 後 を 追 ふべ ければ なり。」 かう 叫ぶ と、 彼 はう 

まろ 

つぶせに 倒れて 死んだ。 さう して、 黄銅の 卜 字 架 も、 祭壇の 階段 を轉 び^ち た。 煙が、 今 はもう、 

濃くな つて ゐる。 そこで、 騎兵 は 皆、 戶 外へ 屮 I た。 彼等の 前に は、 家々 が 燃え 上って ゐる。 彼等 

の 後に は、 聖徒 ゃ殉敎 者の 像で 一 ぱいに なった、 份院の 砲 子綺の 窓が 輝いて ゐる。 その 聖徒 ゃ殉. 



片斷 • 槁定未 



427 



敎者 は、 神聖な 恍惚 狀 態からで も覺 めた やうに、 怫 然として、 生返って 來た のかと 思 はれる。 騎 

兵の 眼 は、 眩んで、 暫の間 は 唯、 聖徒 ゃ殉敎 者の 燃え立って ゐる顏 しか、 見えなかった。 が、 直 

に、 彼等 は、 埃に まみれた 男が 一 人、 此方へ 驅 けて 來 るの を 見た。 「一 一人の 使者 を。」 その 男 は 叫ん 

だ。 「負けた 愛蘭 人が 出しました。 ハ ミルトン 莊園 のま はりの 國々 に、 叛旗 を擧げ させる つもりな 

のです。 使者 をつ かまへ なければ、 うちへ 歸ら ない 中に、 あなた 方 は 森の 屮で ひどい 目にあ ひま 

すよ。 使者 は、 ベ ン 、 ブル ベンと カシ H ル • ナ • ゲ H ル との 間 を、 東北べ 馬 を やりました。」 

サァ。 フレデリック. ハ ミルトン は、 始に僧 を 狙撃した 五 人の 騎兵 を 呼んで、 かう 云った。 「早 

く 馬に 乘れ。 さう して 森の 中 を 山の 方へ 行け。 先 ま はり をして、 使者の 奴 を 殺して しま ふの だ。」 

五 人の 騎兵 は、 卽 座に 出發 した。 さう して 幾 秒 もた たない 中に、 流を亂 して 川 を 渡る と、 森の 

中へ 突進した。 その 川の ある 處は、 今 は 「バック レイの 津」 と 呼ばれて ゐる。 彼等 は、 川の 北岸に 

沿うて うねって ゐる 小路 を迆 つて、 進んだ。 赤 楊と 山 秦皮樹 との 枝が、 頭の 上で 一 つに なって、 

朧げな 月の 光を隱 して ゐる。 路は、 殆、 眞の 闇と 云っても よい。 彼等 は、 一し よに 饒舌ったり、 

暗い 中 を 走り ま はる 迷子の 鼬 や 19^ に氣 をつ けたり しながら、 足早に 馬 を 進めて 行く。 その 中に、 

森の 沈默が 重苦しく 彼等に 迫った 來た。 そこで、 彼等 は 次第に、 馬 を 近づけて、 忙しく 話し はじ 

めた。 皆、 古馴染みで、 互に 身の上の 事 を、 よく 知り合って ゐる。 一人 はもう 妻 をむ かへ てゐ た。 

その 男 は、 この 慌 しい,: n 衣 僧の 討伐 を完 つて、 無事に 歸 つて 來る 自分 を 見たなら、 さう して 叉、 

急いだ だけに、 萬 事が 運よく、 はこんだ と 云 ふ 事 を 聞いたなら、 どんなに 細君が 喜ぶ 事 だら うと 



428 



云 ふ。 五 人の 屮で、 一得 年 かさなの は、 上の 棚で 自分 を 待って ゐる 葡萄酒の 瓶の 事 を 話した。 こ 

の 男の 妻 は、 もう 死んで ゐ るので ある。 それから、 一番 年下の 男に は、 自分の 歸りを 待って ゐる 

戀 人が 一 人ゐ た。 その sf- は、 外の 仲間より 少し 先に 馬 を 立てて、 一 語 も 口 をき かない。 すると 突 

然、 この 若者が 馬を駐 めた。 見る と、 その 馬が ふるへ てゐ る。 「何 か 見えた。」 若者が 云った 。「が、 

あたま 

己に は 何だか わからない。 どうも、 影の 一 つだった やうな 氣 がする。 頭に 銀の 冠 を かぶった、 大 

きな 蠕蟲の やうな ものだった。」 五 人の 中の 一 人 は、 恰も 十字 を 切らう とする やうに、 手 を 額に あ 

げた。 が、 宗皆 を換 へ てゐ たのに 氣が ついて、 手 を 下して、 それから、 かう 云った。 「なにき つと、 

影 だら う C 己た ちの ま はりに は、 隨分澤 山、 いろいろな 妙な 影が あるから。」 そこで、 彼等 は 又、 

默 つて 馬 を 進めた) 日のう ち は、 雨が 降って ゐ たので、 滴が 枝から 落ちて 來る。 さう して、 それ 

が 彼等の 髮ゃ肩 を、 しめらせる。 暫 して、 彼等 は 叉、 話し 始めた。 五 人と も 皆、 數 度の 戰 場で、 

多くの叛1}^^こ戰ったものばかりでぁる。 彼等 は、 互に 又 自分が 創瘦 をう けた 時の 話 を、 繰返して、 

話し合った。 さう して、 彼等の 心に は、 すべての 友情の 中で 最も 强ぃ 友情が、 I- の 友情が 目 ざめ 

て來 た。 かくして、 彼等 は、 恐るべき 森の 寂し さ を も、 半 は 忘れて しまったの である。 

突然、 先に 立って ゐたニ 頭の 馬が 断いて、 それから、 ぴたりと 足を駐 めた。 先へ は、 一足 も 歩 

まう としない。 彼等の 前に は、 一條の 水が、 きらめいて ゐる。 その 涂々 たる 響で、 一行 は、 川 だ 

と 云 ふ 事 を 知った。 彼等 は、 馬 を 下りて、 度々 曳 張ったり、 欺したり しながら、 やっと Ell を、 川 

の 岸へ つれて 來た。 水の まん 中には、 脊の 高;; 老婆が、 灰色の 着物の 上に、 灰色の 髮の毛 を亂し 



片斷 • 稿定未 



429 



て、 立って ゐる。 水 は、 膝まで しかと どかない。 老婆 は、 洗濯で もして ゐる やうに、 時々 身 を か 

がめ る。 間もなく 彼等に は、 その 老婆が、 何 か 半、 水に 浮んで ゐる物 を、 洗って ゐる のが 見えた- 

折から、 搖曳 する 月色が、 その上に 落ちた ので、 彼等 は、 それが 人の 屍骸 だと 云 ふ 事 を 知った。 

見て ゐる屮 に、 流れの 渦が、 その 顏を 此方へ 向かせる。 五 人の 騎兵 は、 各.' 同時に、 それに 自分 

の顏を 認めた。 あまりの 事に 彼等が、 愕然として、 啞の 如く 身動き もせす に、 立って ゐ ると、 老 

婆 は、 徐に 大きな 聲で、 こんな 事 を 云 ひ 始めた。 「お まへ 方 は、 わしの 悴を 見た かの。 わしの 悴は 

i に 銀の 冠 を かぶって ゐる。 冠の 中には、 紅玉が 幾つ も ある。」 すると 騎兵の 中で、 一 番年 かさな 

のが、 一 番澤山 負傷した 事の あるの が、 劍を ぬいて、 叫んだ。 「己 は、 己の 神の 眞理の 爲に戰 つた 

惡 魔の 影 を 怕れる 必要 



. I 未完) 

(大正 三年 顷,) 



430 



〔デ イイ ダラス」 

自習室に 坐った まま、 彼 は 机の 蓋 を あけた。 さう して 屮に 貼って ある 番號 を、 七ト七 # から 七 

十六 番に 取り 換 へた。 しかし クリスマスの 休暇 はま だすつ と 遠い。 しかし 何時か は來 るに 遠 ひな 

い。 地球 は 始終 廻轉 して ゐ るから。 

彼の 地理の 書の 第一 頁に は、 地球の 園 が 祸げて ある。 11 雲の 屮 にある、 大きな 球が。 フ レミ 

ング (彼の 名) は 〔三 字缺〕 の 箱 を 持って ゐる。 さう して 或晚溫 習の 時 問に、 彼 は 地球 を綠 色に、 雲 

を 海老茶 色に 色 どって 置いた。 それ は ダンテの 戶棚 にある、 二つの ブラッシュの やうであった。 

綠 色の 天鵞絨の 背の ある、 。ハァ ヌルの ブラッシュと、 海老茶 色の 天 驚絨の 背の ある、 マイケル. 

デ ェヴィ ッ 卜の ブラ ッ シ ュ と。 しかし 彼 (ダ ンテ) はフレ ミ ング に、 地球 や 雲 を さう 云 ふ 色に 彩れ 

と 云った 事はなかった。 フ レ ミ ングが 勝 乎に 彩った ので ある。 

彼 は 地理の 書 を あけて、 勉强 にと りかかった。 しかし 彼 は 亞米利 加の 地名 を覺 える 事が 屮 Z 來な 

かった。 それでも それら は それぞれ 遠った 名前の ある、 みんな 遠った 場所であった。 それら はみ 

んな 違った 國 にあり、 その 國々 はいろ いろ ,な 大陸に あり、 火 陸 は^ 界の 中に あり、 ^界は 字宙の 



片斷 *稿定 未 



431 



屮 にあった。 

彼 は 地理の 書の フライ. リイ フに 向った。 さう して 其處に 書いて 置いた 事 を讀ん だ。 彼 自身と 

彼の 名と 彼の ゐる 場所の 事と を。 

ス テ ファン. デ ィ ィ ダ ラ ス 

〔 一 行 空白〕 

クロ ン ゴォス • ウッド 學校 

サリン ズ 

キル デ ェ ァ州 

愛蘭 土 

宇窗 

それ は 彼の 筆隨 だった。 フレミング は或晚 〔六 字缺〕 その 頁の裏へ かう 書いて 置いた。 

-ス テフ アン • ディ ィ ダラ ス はわが 名な り 

愛蘭 土 はわが 國家ぞ 

クロン ゴォス はわが 住む 地な り ■ 



さて 天- 

〔一へ A rol-trait of tlie Artist as a YollnTO Man - ヨリ〕 

(大正 十 一 年!^) 



3 

4 



他 其 記 手 



435 



我 鬼 窟句抄 

大正 七 年 

遲櫻卵 を 破れば 腐り 居る 

熱 を 病んで 櫻 明りに ふるへ 居る , 

この 勻藪 木の 花 か 春の 月 

春の 月 常 磐 木に 水際 仄 なる 

草の 戶の灯 相 圖ゃ雉 ほろ と 

冷眼に 梨花 見て 轎を 急がせし 

養氣樓 見ん とや 手長 人 こぞ る 

干し 傘 を疊む 一々 夕 蛙 

裸 根 も 春雨 竹の 靑 さかな 

鐵條 に似て 蝶の 舌 暑さ か な 

炎天に はたと 打った る 根つ 木 かな 

水 打てば 御城 下町の. lli^ かな 

日傘 人 見る 砂 文字の 異 花奇禽 



436 



靑 蛙お のれ もべ ンキ ぬりたて か 

時鳥 山 桑 摘めば 朝燒 くる 

靑簾裏 畠の 花を幽 にす 

晝の 月霍亂 人が 眼 ざ しゃな 

松風 や 紅 提灯 も 秋 隣 (鵠沼 ハ介崎 潤 一 郎幽 iK> 

老 骨 を ば さと 包む や 革 羽織 

秋風 や 水 干し 足らぬ 木棉糸 

黑き 熟る る實に 露霜 や だ まり 鳥 

癆咳 の頰 美し や 冬 精子 

惣嫁 指の 白き も 葱に 似たり けり 

M 章 の 重さ 老躯の 初 明り 

われと わが 綺羅 冷 かに 見返い ぬ (偶感) 

風に ひろげて 白し 小 風呂敷 

^ゃ柬 京の::: の あり ど こ ろ 

篁に 飛 花堰き あへ ず 居士が 家 

君 琴 彈け我 は 落花に 肘枕 

秋 暑く 竹の 脂 を しぼりけ り 

風 蘭 や 冷光 多き 巖の隈 



他 其 記 手 



437 



瓦 色 黃昏岩 蓮華 所 A 

春風の 驢に鞭 喝を寬 うせよ (原稿 を斷 る) 

樯に 瑠璃 燈 懸けよ 海の 秋 

灰 墨の きしみ 村黌の 返り 花 

暖ゃ 蕊に蠟 塗 る 造り 花 

^食 ひに ご ざれ 田 端 は 梅の 花 (松 岡 譲に) 

大正 八 年 ,, 

梅花 飛び 盡 せば 風 を 見 ざり けり (先考 掉亡) 

怪し さや 夕まぐれ 来る 菊人形 

永朧 ながら 落花 を 浮べけ り 

こ の 頃 ゃ戲作 三昧 花曇り (人に 答 ふ) 

胸中の M 咳と なりに けり (三 订の病 を 問 ふ 我 亦 時に 病床に ぁリ 

醉ひ 足らぬ 南京 酒ゃ盡 くる 春 (細 田祜 萍を訪 ふ) 

■ 春に 人る 竹 山な らん 徵茫た る 

殘 雪 や 墓 をめ ぐって 龍の 髯 、 

歸ら なんい ざ 草の 庵 は 春の 風 (舉校 を や め る) 



'438 



引き 鶴 や 我 鬼 先生の 眼ン 寒し 

もの言はぬ研屋の業ゃ梅雨入空 

粉壁 や 芭蕉 玉卷く 南京 寺 

偶 谷水 二 首 を 作る r 五月 二十 二日) 

夕 影 は お ぎ ろな きか も ほ そ ぼ そと 峽間を 落つ る 谷水 は 照り 

あ し び き の 岩根 は 濡れて 谷水の 下 光り 行く 夕な りけ り 



欄 前に 茶 を 煮る 僮 や 竹の 秋 

黑塚ゃ 人の 毛 を 編む 雪 精子 

鵲は 白く 鴉 は 黑 き 涼 し さ よ 

主人 拙 を 守る 十 年つ くね 藷 

夜半の 秋 算木 や 幾度 置き 換 へし 

飯 中の 八 仙 行く や 風薰る . 

靑嵐鷺 吹き 落す 水田 かな 



他 其 記 手 



く 39. 



1^ ま 火" 



二十 四 日 時雨 

時雨 れんと す 推の 葉 暗く 朝燒 けて 

柚 落ちて 明るき 土 や 夕 時雨 . 

二十 五日 曇 春 意 あり 

春に 入る 竹 山なら ん微茫 たる ゝ 

霞みけ り 一: MMM 1 . 

. (大正 八 年 二 H0 



440 



春 

殘•§^^ゃ小笹にまじる龍の髯 (先考 g 墓に 詣づ、 八 年) 

こ の 勻藪 木の 花 か 春 の 月 (七 年) 

暖か や 恋 に M 塗 る 造 り 花 「七 年 ■) ■ 

B ら なんい ざ 草の 庵 は 春の 風 (敎師 を やめる、 八 年) 

白桃 は 沾み辨 桃 は 煙りけ り 

晝見 ゆる 星う ら /\ と 霞 かな 

春 の 夜 や 小晴き 風呂に 沈み 居る (九 年) 

曇天の 水 動かず よ 芹の 中 

^ たるう 蜜豆く ひぬ 桃の 花 

お降り や 町 ふ かぶかと 門の 竹 

雨 吹く やうす うす 燃 ゆる 山の なり 

舂兩 の 中 や いづ この 山の 雪 

おらが 家の 花 もさいた る 番茶 かな ゥ マイ ゥ マイ 



他 其 記 手 



441 



夏 , 

靑簾裏 as の 花を幽 にす (六 年) 

時鳥 山 桑 摘めば 朝燒 くる r 六 年) 

松風 や 紅 提灯 も 秋 隣 (鵠沼 谷 崎 潤 ー郞陶 棲、 七 年) 

晝の 月霍亂 人が 眼 ざし やな (-七 年〕 

n 盛 や 松脂 勻ふ 松林 (八 年) 

靑蛙 おのれ もべ ンキ ぬりたて か (七 年〕 . 

風す ぢの 雨に も 透る 靑田 かな- 八 年, } 

赞原ゃ 笹の句 も 曰の 盛 (八 年) 

三 四 人 だんびら 磨ぐ や 梅雨 入 穴ェ 

向 n 葵 も 油ぎ りけ り 午後 一 時 

夏山 や 山 も 《4; なる 夕明り (八 年) 

水 蘆 や 虹 打ち 透か す 五 六 尺 (八 年) . 

曇天 ゃ螺 生き 居る 罎の中 (八 年) 

寒天 や 夕まぐれ 来る 水の いろ 

秋 



442 



秋風 や 永 千し 足らぬ 木綿糸 (七 年〕 

怪し さや 夕まぐれ 来る 菊人形 (七 年) 

松風の 中 を 行 き け り 墓 參 人 

花 芒 拂ふは 海の 鱗雲 

竹林 や 夜寒の 路の 右左 (八 年) 

山 蔦に 朝露す ベ る葉數 かな 

木沾ゃ 東京の 日の あ り ど こ ろ (六 年) 

木枯に ひろげて 白し 小 風呂敷 ( 六 年) 

癆 咳の 頰 美し や 冬 精子 (七 年〕 

揪ゃ目 刺に 殘る 海の 色 ( 六 年) 

炭 取の 底に かそけ き 木の葉 かな 

蝶 梅 ゃ枝疏 なる 時雨 穴 > - 

風 落つ る拈数 高 し 冬 H 影 



天雲の 光 ま ぼし も 日本の 聖母の 御寺 今日 見つ るか も 



他 其 記 手 



く 43 



天雲の しき はふした よ 曰 本の 聖母の み 寺け ふ 見つ るか も 

まか^よ ふ 海に 音な しわら はべ は 耳 かたむけて 居たり ける かも 

末の世の く. どきの 歌の 歌聖 吉井 勇に 酒 奉る 

秋 ふくる 晝 ほのぼのと 朝顔 は 花 ひらき 居りな よ 竹の 末に 

曳の 山の まほら に路 たえず 如何なる 入 かゆき かよ ひけ ス 

沙淺 蒲猶綠 

石 練 波自皴 

遙思 明月 下 

時 有: ぉ沙人 

鼎 茶 銷午夢 . 

薄 酒 喚春愁 

杳渺孤 山路 . , 

風 花 似舊不 

靑灣茶 〔寮; J 圃錄 四册? (竹 田 供養) 

(大正 六 年 1 大正 八 年) 



444 



い Sf 勿 ^ 占 

我 鬼 

河 郎の歌 

赤 ,ぃ ひく 肌 も ふれつ 、二 河郎の いもせ はい まだ 眠り て を ら む 

わすら えぬ 丹の 穗の 面輪 見 まく ほり 古江ぞ 出で し河郞 われ は 

人間の 女を戀 ひし かば この 川の 河 郎の子 は 殺されに けり 

小 蒸汽の 波立つな べに 河 郞は險 冷たくな りに けらし も 

川 そこの 光 消え たれ 河 郞は水 こ もり 草に 眼 を ひ ら く ら し 

水 そこの 小夜 ふけぬ らし 河郞の あたまの 皿に 月 さし 來る 

岩 根 ま き 命 終りし 河郎 のかな しき 隱を 見る にた へめ や 

〇 

小 穴隆ー に 贈る 十三 日夜 くれた 書: はがきの 返事 

寂し もよ 月の 絡の ある 古德利 誰か 描きけ むこの 古德利 

柱が けの 菊 は 香ぐ はし とろとろと 入ハ 4: の 兄貴 醉ひ にけ ら ず や 

註 二日 小 澤碧童 〔二字 不明〕 呼んで 入 谷 Q 兄賁 となす ., 



他 其 記 手 



445 



この 鳥 は 何 鳥な らん 紅 菊の 菊の花 見て 啼 けり や 否や 

男 三人 醉 へば まさび しこの 宵 は 日蓮 上人の 御 命日 かも 

註 二 日 三ん 卜 ハ碧 童、 隆 一 、 古烦 草ナリ 

〇 

恒藤恭 に 贈る 松茸 を 貰った ぉ禮: 

松茸 は うれしき もの か 香 を 高み わが 床の ベ を 山と なす かも 

n 'ま 

野 茨にから まる 蔽の 盛り かな, 

〇 

木犀 や 夕 じめ り た る 石 だた み 

コ / 句折柴 のお 褒メ 二 預ル 作者 自身 ハ アマ リウ マイト 思ハズ 

〇 

秋の 曰 や 竹の 實垂 る. 1 垣の 外 

〇 

時雨る や 層々 晴き 十二 階 

石 崖に 木蔦 ま つ はる 寒さ かな 

二 句 共 途上 所見 . 



446 



〇 

文壇の 近事 を 知らず • 

黑 船の 噂 も 知らず 薄荷 摘み 

〇 

白玉の 舞姫 ひとり 舞 ふなべ に小澤 忠兵衞 ほのぼのとなる 

舞姬 はかなし きもの か 錢を乞 ふ 手のお しろ いも 剝げ てゐ にけ り 

. 

. の 長 崎 行 を 送る 

赤 寺の 南京 寺の 瘦せ女 餓鬼 まぎ はまぐ とも 酒な のみ そね 

〇 . 

行燈の 火影 は 嬉し 靑 竹の 箸に をす ベ き 天 ぷ ら も が な 

行燈の 十:: き 火影 に隆 一 は柹を 描くな り 蜂 屋の棟 を 

磐禮彥 かみの 尊も姊 をす と 十 朿の劍 置きた まひけ む 

仃^ の 會の歌 十一月 二:: I J 

〇 

閑 庭 時雨 (十. 一 月^:::;) 

濡れ そ む る 蔓 一 す ぢ や 鶴 瓜 

〇 



他 其 記 手 



447 



火 地茫々 愁 殺人 

秋風 や 人な き 道 の 草の 丈 (十一 月 六 U) 

〇 

笹の 根の 土 乾き 居る 秋日 かな •, 

〇 ■ 

衷 平に 與ふ 、 

かた 岡の 银掘 りか へす 赭土に 今日の 時雨 は 流れて をら む 

君が 家の 軒の 糸瓜 は 今日の 雨に 臍 腐れし や あるひ はい まだ 

〇 

All 匕 1t§- 

寒む ざむ と 竹の 落葉に 降る 雨の 音 をき きつ . ^厠に わが 居り 

雨 の 昔 の 竹の 落 紫に やむ 時 は 鑄 物 師秀眞 が の 音 聞 ゆ (十 一 月 十二 H) 

〇 

. 溢 谷の 土 娼に貧 五錢 なる もの あるお 

白銅の 錢に身 を 賣る夜 塞かな 

〇 

十二 月 十 m 雪 降る 

夕暮 やなび き 合 ひたる 雪の 竹 • - 



448 



ぬば 玉の, 夜風に 春 は 冴 ゆる 頃 を 一 游亭ょ 風 ひくな ゆめ 

星 赤し 人 無き 路の 麻の 丈 

炎天に 上りて 消えぬ 箕の埃 (大 K 十ハキ 八 月) 

荒々 し 霞の 中の 山の 襞 

赤と き や 蝉 なきやむ 屋根の う ら 

夕立の 來 ベ き 本; な り 蓮 の 花 

白 南風の 夕浪 高うな りに けり 

夏山 や 山も空 なる 夕 明 り 

啼き 渡る 蟬 一 聲ゃ薄 月夜 

初秋 ゃ朝顏 ひらく 午 さ が り 

酒 赤し、 甘藷 畑、, 草 紅葉 

五月雨 や 玉 菜 買 ひ 去る 人 暗し 

草の 家の 柱 半ばに 春 曰かな 

元日 や 手 を 洗 ひ 居る タ心 

橋の 上 ゆ 胡瓜 投 ぐれば 水 ひびきすな はち 見 〔ゆ〕 る 秀 の あ た ま 

桐の 葉 は 枝の むきむき 枯れに けり 



他 其 記 手 



449 



秋の 曰 ゃ複の 梢の 片廳き 

春雨 や 作り木 細る 路 つづき 

ゆらら かや 杉菜の 中に 曰 は 落 つれ , 

風 澄む や 小松片 照る 山の かげ . 

石垣に 火照りい ざよ ふ 夕べ かな (北京,) 

麥埃 かぶる 童子の 眠り かな (洛 陽) 

炭 取の 底に かそけ き 木の葉 かな 

伯母の 云 ふ 

薄 綿 はのば しかねた る 霜夜 かな 

鼎, 茶 銷午夢 

薄 酒 喚 春愁. 

杳灘孤 山路 , 

風 花 似舊不 

. (大正 九 年 —大正 十一 年) 



450 



雨 吹く やうす うす 燒 くる 山の 形 

五條 は. た ご 

勢の 皮の 流る る 薄 暑 か な 

太秦 

花 降る や 牛の 額の 土 ぼ こり 

高臺寺 はたご 

新 參の湯 をつ かひ をる 火 かげ かな 

あて かいな あて 宇治のう まれ どす 

茶畑に 入 曰 しづ もる 在所 かな 

恒藤恭 と エンゲルスの 話 をす る 僕 

曰ェ ン ゲル スは 金が あつたの、 だろ 

恭曰西^^人は中々蔵ばかリは食はん 

さ 僕 曰 僕 も 蔵ば かり 食 ふ の は 御 



他 其 記 手 



451 



だ 卽 戯れに 

山 住みの 蕨 も 食 はぬ 春 曰かな 

一力のお 秋さん 云 ふ 

花の 都の 一軒屋 六角堂に 人 住まず 話した さに あ ひに 來る 

なに や— ー 自働 電話 

宇治に 狐の ゐィ へんの は. I 茶の 木ば かり 

天の 星さん 數 いくつ. I 'よまん せん 

か ら すの 昆布 卷 n かか あま かれ 

兎の とんぶ り 返り 1 -. 耳 が 痛い 

まむきの 牡丹 . —— けちん ぼ 

加 茂の 堤 

夏山 やうす 日の あたる 一と ころ 

ひと 茂り 入日の 路に當 りけ り 

與茂 平に 代り てお はまさん へ 

うき 人 も を さな 寂び たり. か へ 



452 



佐 賀 語 

あんじ や いもん は 

兄 貴 



答 ゐる くさい は 

目上 ゐ るばん た おはいん さい 

女 おはいん さいな あた あ 



對等 

ゐっ こう? 

E 上 II 

をん さるかん た 

らんこう 



いけば よし 



無頼漢 



蒲 原 春 夫に 敎 はる 



永 見 家藏幅 . 

二 天 山水 , , 

馬逵 手長猿 

無名氏 虎 豪壯 

稼圃 山水 (九 尺 床 一 ば い) 

沈南顏 春秋 對幅 愛 ス ベ シ 

竹 田 丸 山 寫生圖 



他 其 記 手 



453 



藍田叔 山水 (九 尺 床 一 ば い) 

東 坡墨竹 神韻 あり 一 

仙 崖 三、 鍾鬼 尤も 佳 妖鬼 何處耶 沈香 亭北倚 欄干 一 

仙 崖對幅 竹に 虎と 雲に 龍 . 一 

虎 乎 猫 乎 將又和 唐內乎 

客 曰 何 耶我曰 龍客大 我亦大 ノ 贊ァリ : 

王 若水 錦鷄 畫 ノ具剝 落甚シ . 

雪 舟 鷺と蓮 : 一 

逸 雲 山水 (大幅〕 , 

梧 門 夏景 山水 • 一 

逸 雲 唐人 遊女と 枕 引きの 圖 (蜀 山の 贊 あり) 

長 崎の 宿 

みじか 夜の 町に 鐘な り もろこしの ヮ ンタ ン賣 はすぎ 行きに けり 

五月 十 一 曰 _ 

鐵翁 山水 小幅 

梧 門 端午 景物 . 



逸 雲 菊 

右三 幅 購入 

校倉 家藏幅 

光 球 東 波 贋なる ベ し • . 

ひ. 騎 虎の 鍾鬼 贋 紛れな し 

リ 小 柴垣に 菊の 舁風 素性よ ろしから ず 

唐 畫無款 装 山 拾得 凡作 

雪 舟 破 墨 山水 贋 . . , 

〇與 茂 平と 五月 十三 曰 松 本家へ 畫を 見に 行く、 松 本 氏、 與茂 平の 叔父) は 事業 

家 ら しき 老人な り 

海 鶴蟠桃 , 

丙 辰 九月 寫似 漢老學 長兄 淸璧南 蘋沈銓 

老夫 騎牛圖 

陳癯瓢 田家 樂事塞 來稀記 後 去年 春 社 時 云 々の 贊、 出來滎 よろし 

4 張 鳳 儀 杏花 書屋 

4 若冲 鶴 (黄 毛黑尾 梅花 枝 上-一 ァリ) 



他 其 記 手 



455 



戴峻 靑綠 山水 (仿趙 投雪金 築) 

沈南蘋 蓮 花之圖 (_ 裴翠ニ 白鷺 一) 

仿徐熙 神韻 ァリ 三圓 にて 買 ひしょし 

列仙圖 無 落款 凡作 

以上 松 本家 藏幅 • . 

二十 九日 記、 沈南蘋 の蓮猶 目にあり 

道具屋の 持ち 来りし 幅 . 

宋紫石 爆布圖 佳作 ナラズ 

鐵翁 蟹 燥 裂 , 

錦 江 菊 

梧 門 雪 景 惡 シ 力 ラ ズ 

鐵翁 紺 紙 金泥 ノ梅 竹團扇 

熊斐 虎 溪三笑 出来 ヨロ シ 但し 予 はこの 種の 畫を 好ま ず 

胡公壽 山水 

唐畫 (款 ナシ) 牡丹 錦鷄 (朽損 甚し補 筆 畫カを 殺し 居り) 

錢舜擧 米囊花 (贋) 



456 



與茂 平曰涵 九の 句 に 「松 が 枝に 朝 曰お めでたう ござり ます」 と 云 ふの が あり 

ます 卽ち 口語 句 を 試む 

お 若さん の 庭に 暨 草の 花 ぁリ . ,. . 

萱 草 も、 吹いた ばってん 別れ か 

別る や 眞桑も 甘 か 月 もよ か 



な 



與茂 平と 試み 

良 寛 樣も炭 

小 風の うしろ 

木の芽 ふく 

日 南 ぼ こ 面影 見 

棚に 裾 ひく 

三 日 目 も あはず 

〇 

花 を 持ち 荷蘭陀 

{<ェ は す か ひ 

〇 



し 連句 

火 もる 

こ ま 

らむ枝 

え て 靜 

女人 形 

に歸る 



こ ち を 向 

に 落つ る 



り 

れつ \ 

向き々 々 

な る 



きに けり 

顿 あり 



霄 

BSC 

管 

庫 

f 

庫 



他 其 記 手 



457 



麥 藁の 家に 小人の 夫婦 住み 

煙管 持つ 手 ものば しかねたり 

〇 

茶筌 さばき も なれた 涵九 

花鳥の 一 間に 風 は 吹き かよ ひ 

つき 合 ひさけ て 禁書 ひもとく 

〇 

白鷺の 聲 たのめな や 初 時雨 

藪 は 透きた る 枯木 一 もと 



黑 南風の 海搖 りす わる 夜明け かな 

晝中は 枝の 曲れ る 茂り かな 

長崎盡 

日傘 さし 荷蘭陀 こち を 向きに けり 

人に 

あさ あさと 麥藁 かけ よ 草 苺 



龍 庫 庫 龍 庫 庫 龍 



A5S 



秋 ふくる 晝 ほのぼの と 朝 顏は花 

おぼろ かに 栗の 垂り 花見え そむ 

晝 曇る さ 庭 を 見れば 椎の 木の葉 

風 澄む や 小松片 照る 山の かげ 

伯母の 云 ふ 

薄 綿 はのば しかねた る 霜夜 かな 

木の 枝の 瓦に さはる 暑さ かな 

庭 芝に 小み ちま はりぬ 花つ つじ 

更 くる 夜 を 上ぬ るみけ り 泥趟汁 

晝 深う 枝 さし か はす 茂り かな 

葛 水ゃコ ップを 出づる 匙の 丈 

北京 北海 

来て 見れば 軒 はふ 薔薇に 靑嵐 

達 一 游亭 

霜 の ふ る 夜 を 菅笠の ゆく へ かな 

古 新 船 

甘栗 をむ けば うれしき 雪 夜 かな 



ひ ら きたりな よ 竹の う ら に 一 

る この あかつき は しづかなる かも- 

かげの 土 も 荒れて ゐに けり 



他 其 記 手 



459 



羅生門の 初版 を 持ちし 人に 

振り返る 路細 そぼ そと 暮秋 かな 

菊 池寬に つか はす 

時雨る,. t や 堀江の 茶屋に 客 一 人 

"再遊 長: t 

唐 寺の 玉卷 _e 蕉 肥り けり 

初秋 ゃ蝗 握れば 柔 かき 

かげろ ふや 猫 にのまるる 水たまり 

初霜 や 戴に 鄰れる 住み 心 

竹 〇 芽 も 茜 さした る 彼岸 かな 

冬 の 曰 や 障子 を かする 竹の 影 

藤の 花 軒端の 苔の 老いに けり 

一 游亭 

朝顏ゃ 土に 這 ひたる 蔓の た け 

大災後 芝山內 をす ぐ 

松風 をう つ つに 聞く よ 古 袷 

飮與碧 童 

枝豆 を うけとる もの や^ 團 扇 



460 



線香 を 千した 所 へ 桐一葉 

山茶花の 答 こ ぼ る る 寒 さかな 

山峡の 杉 冴え 返 る 欲 かな 

初霜の 金 W 殘る葉 越し かな . 

三月 や 茜 さした る 萱の山 

久しぶりに 妊に あ ひて 

かへ り 見る 頰の 肥りよ 杏い ろ . . 

佐 藤惣之 助に 

にみ つ 大和 扇 を かざしつつ 來ょ とつげ けん ミヤ ラビ あま I 

遠 つ 峯 に 力 力 よ ふ ^ft の か す か に も 命 を も る と 君 に つ. げ な ん (室 生に) 

天雲に かよ ふ 光 や 日の もとの 聖母の 御寺け ふ m ふつる かも 

わが 庭は祜 山吹の 靑 枝の むら 立つな べに 時雨 ふるな り 

露霜の 朝々 ふれば 甘 杣は葉 を 落したり 跪 柿 はま だ 

葉 を こぞり 風に なびけ る 墨の 竹 誰か 描き けんこの 墨の 竹 

(大正 十 一 年— 大正 十二 年) 



他 其 記 手 



461 



ひとまと ころ 



大正 十三 年 九月 十八 曰 如 例 胃 を 病んで 臥床す 「ひとまと こ ろ」 は 病中の 閑 

呤を錄 する もの 也 

. 澄 江 子 

小 庵 

朝 寒 や 鬼 灯の こる 草の 中 

秋 さめ や 水苔つ ける 木木の 枝 

旅 中 • 

秋風 ゃ秆 にか \ る 鯉の 丈 

手 一 合 零 餘子貰 ふや 秋の 風 

碰氷峠 

"水引 を燈 籠の ふさ や 秋の 風. 

枕べ に樗 良の 七夕の 賓 贊を挂 けたり 

風 さ ゆる 七夕 竹 や 夜半の 霧 - 



462 



ずに きり 5? りす 來る 

錢ぉ とす 枯 竹筒 や き りぎ りす 

煎 藥の煙 を いとへ きりぎりす 

有 客 來相訪 通名 是伏義 , 

泉. 石烟霞 之 主 

® 看 花 開 落 不言 人 是非 

與. 君 一 夕 話 勝 讀十年 書 

夭 若 有情 天亦老 搖々 幽 恨難禁 

悲火常 燒心曲 愁雲頻 K 眉 尖 

書 外 論文 睡最賢 

虚 窓夜朗 明 H. 不滅 故 入 

蔵 不得是 拙 露 不得是 醜 

一目 怪、 人魂、 傘、 のつ ベら ばう、 竹林 坊、 

異花 開絕域 滋蔓 接淸池 

漢 使徒 {4i 到 神農竟 不知 



大正 八 年 

五月 廿五: n 晴 

朝ー囘 出来る。 今 村隆、 菊 池の 本の 装幀の 見本 を 持って来る。 出來思 はしからず。 装幀なん ぞ 引受けな け 

れば よかった と 思 ふ。 午後に なって 塚 本 八洲 来る。 十七で 一 高の 試驗を 受ける の だから 及第 すれば 二十 三で、 

學士 になる 訣 である。 

五月 廿 六日 陰晴 定ラズ 

この頃の 若葉 は 見て ゐても 恐し いやうな 勢 あり。 手水 鉢の 上の 椎の 木、 今年 は 無 晴に花 をつ ける。 今朝 手 

を 洗 ひながら、 その 句の 濃い のに 驚かされた。 小說 一 向 渉 取らず。 

新聞で 菊 池の 雜感三 則を讀 む。 同感。 

午後 谷 崎 潤 一郎 來る。 赤い タイ をして ゐた。 一 しょに 外へ 出て 富 坂の 菊 池の 所へ ゆく。 留守。 更に 本鄕三 

丁目へ 出、 又須田 町まで 行って ミカ ドで飯 を 食 ふ。 それから 神 田の 古本屋 を 門並み 冷やかして 十二時 半頃歸 

る。 谷 崎が 維新 時代の 小說を 書くなら 半 井 桃 水の 何とか 云 ふ 通俗 小 說を讀 めと 云って ゐた。 受信、 南部、 岩 

井 京 子、 野ロ眞 造。 

五月 廿七ョ 陰 雨來 ラント シテ 來ラズ .... 



"464 



午後 小 林 勢 以子來 る。 大 へん 柄の 好い セル を 着て ゐた。 長 噴 を 浚って 夜に なつてから 歸る。 

夜 引き 績き 小說を 書く。 

五月 廿 八日 晴 

午後 南部 修太郎 来る。 辰 子の 寫露を 見せたら 貸して くれと 云って 持って行った。 夕方 一 しょに 鉢ノ 木で 飯 

を 食 ふ。 それから 菊 池へ 行ったら 後から 小島 政 二 郎が來 た。 菊 池 剃刀負け がし 繃帶 を-頭から 頸へ 卷 いて ゐる 

事 クリス マス キャロル へ 出る 幽靈の 如し。 

二十 九日 晴 

午後 社へ 顏を 出し 松 内 氏と 文藝 欄の 打合せ をす る。 畑 を 尋ねた がゐ なかった。 又ジョ オン ズを 尋ねた が留 

守な り。 新橋の 二階の 東洋 軒で 飯 を 食 ふ。 二階の 窓から 見る と驛 前の 甘栗 屋が 目の 下 に^えて 赤い 提灯と 栗 

を かきまぜる 男と が^ 風流だった。 古本屋 を根氣 よく 探す。 俳 書 六 七册買 ふ。 月評 を 書き出す。 

三十 曰 晴 * 

午後 畑 耕 一 来る。 久保正 夫が 友 だち を 集めて イン フ ュルノ を 伊太利 語に て 講義せ し 事 を 話す。 菊 池 來り三 

人で 文 藝欄擴 張の 話 を 少しす る。 夕方 谷 崎 潤 一郎 小 林勢以 子 を 同道して 来る。 皆で 晩飯 を 食 ふ。 谷 崎が 北 原 

.m 秋 を 除き 詩人 は 皆 酢 豆腐 だと 云った。 九 時 過ぎに 皆歸 る。 後で 俳諧 江戸 調を讀 む。 俗 惡句を 成さざる もの 

頻出す。 猫 を 貰 ふ。 

月^ 一日 晴 後-一 陰 虱ァリ 



他 其 記 手 



465 



客 を 謝して 小說を 書く。 第 一 囘 から 改めて 出直す 事に した。 

午過ぎ 久しぶりに 詩 を 作る。 五絕 三、 七 律 一,。 , 

夕方 萬 世 橋驛の ミカ ド にある ホイット マ ン 百年祭へ 行く。 有 島武郎 氏、 與謝野 晶子 氏、 鐵幹 氏な どに 會ふ。 

卓上 演說 もやった。 室 生 犀 星、 多 田 不二の 兩 氏と 一 しょに 歸る。 雷雨 犬に 催す。 

六月 一日 晴 

朝 室 生 犀 星 愛の 詩集 第一 一 を 持って来て くれる。 長 崎で 買った 和 蘭 陀燒の 茶碗 を 見て 大丈夫 本物です と 云 ふ。 

午後 大彥の 若 主人 来る。 日暮 から 一 しょに 柳 橋へ 行って 花 長の 天 ぶら を 食 ひ 更に 待合へ 行って 藝者を 見る。 

御 孃樣の やうな 無 邪 氣な藝 者に 會っ て 甚 敬意 を 生じた 。 

熊 本の 高等 學 校に ゐる西 村 熊 雄なる 人 「猿」 を英 譯し發 表しても 好い かと 云って 来る。 好い と 答へ る。 

六月 二 曰 晴 

午後 弟と 淺 草へ 行って 電氣 館の 「呪の 家」 を 見る。 活動 寫眞程 見て 忘れる ものな し。 事件の 繼起 する 速度が 

人間 の 記憶 能力 を ど こ か で 超越し てゐ るの ぢ やない か と 思 ふ 。 

午 頃 中 根 氏 羅生門の 扉、 表紙 等 を 持って来て 見せる。 里 見瞎. の 建てた 土蔵の 話 を 聞いて 少し 羨し くな つた。 

舟 木 重 信 「悲しき 夜」 を 書いて、 芥川龍之介、 長 與善郞 の 徒 を 返 治す。 

六月 三日 晴 

勉強して 月評 を 書く。 大阪每 日より 原稿 早く 達れ の 電報 あり。 犬に 恐縮す。 

長 崎の 武藤 長藏、 盛に 本 を 達って 人を惱 ます。 . 



46(5 



六月 四 曰 陰 後 雨., 

高等 工業 學校 文藝 部よ り 講演 を賴む 。 平に 御免 を 蒙る。 

中 根 氏 羅生門の 印稅を 持って来る。 福 島 大將が ムャミ に 女中へ 手 をつ ける 話 をして 行った。 

午後 雨 聲を聽 きながら 晝寐 をす る。 

大阪每 日 へ 電報 を 打って 小說 を. 延期し て 貰 ひたいと 云って やる。 

細 田 枯萍へ 達る の 句 • 

惜め君 南京 酒に 盡 くる 春 . 

六月 五 曰 雨 後 陰 

午後 菊 池と 一 しょに 中 戶川吉 ニを訪 ふ。 鉢ノ 木で 飯 を 食って から 小 柳へ 伯 山 を 聞きに 行く。 伯 山の 藝 なる 

もの 派手す ぎて 薩の 趣な きもの , ^如し。 

, 菊 池 東洋 大學 で演說 をす る 由。 

六月 六日 晴 

午前 小 林 勢 2- 子 来る。 

今日に て 月評 を 終る。 

. 夕方 久 米の 所へ 行く。 湯ケ 原より 歸り 立てな り。 山 本 勇 三と 落 合 ふ。 山 本 大に國 民 文 藝協會 の 芝居の 惡ロ 

を 云って ゐた。 

久 米と 菊 池、 小島、 岡、 を訪 ふ。 皆 留守な り。 今日 華氏 八十 四 度。 我 鬼 先生 閉口す。 



他 其 記 手 



467 



六月 七日 陰 

やはり 暑し。 午前 瀧 田樗陰 先生、 犬な 書竇帖 をニ册 かつぎこみ 句と 歌と を 書かせる。 

午後 木 村 幹 来り 一 しょに 平 塚 雷鳥 を 訪問す。 序に 叔父 ヮ ニヤの 舞臺 稽古 を 見る。 

今日 朝から 晩まで 癎權の 起しつ づけな り。 私に 自ら 恥づ。 大觀、 大隈 侯の 名に て 茶話 會に 招待す。 斷る。 

六月 八 曰 陰 

午前 高等 工業 學 校の 中原 氏 来訪。 俳 談を少 々やる。 しま ひに 例の 講演 を賴 まれ 遂に 承諾す。 

午後 赤木析 平、 小島 政 ニ郎、 富田碎 花、 室賀 文武 等來 る。 析平 先生 聖德 太子 を 論じ 平 子 鐸嶺を 論じ 白井壽 

美 代 を 論じ 意氣 軒昂な り。 先生 日常 その 卓 勵風發 を 3? て 僕と 相當 ると 做す。 豈 敢て當 らん や。 

富田碎 花に 草の 葉 の 譯を貰 ふ 。 

六月 九日 陰 後 1 一雨 

午後 木 村 幹 来る。 一 しょに 谷 崎を訪 ふ。 久米、 中 戸川、 今、 などが 來てゐ た。 夕方 雨の 中を久 米、 木 村、 

谷 崎と 四 人 づれで 烏 森の 古今 亭へ飯 を 食 ひに 行く。 谷 崎 例の 如くよ く 食 ふ。 夜自働 車で 谷 崎の 家へ 歸り そこ 

から 又 俥で 歸宅。 谷 崎の 說 によれば 香水 を澤山 集めて 香 を 嘆ぎ 分けよう としたら 判然 しないば かり か 頭痛が 

して 来た 由。 

六月 十日 雨 

紀 州の 東 俊 三 書生に 置いて くれと 云って 來る。 置きた くも 置く 所な し。 斷り狀 を 書く。 

夕方より 八 田 先生 を訪 ふ。 留守。 . 



458 



それから 十日 會へ 行く。 會 する もの 岩 野 泡 鳴、 大野 隆德、 岡 落葉、 在 田稠、 大須賀 乙 字、 菊 池寬、 江 ロ澳、 

龎 井折 柴等。 外に 岩 野 夫人 等の 女性 四 五 人 あり。 遲れ馳 せに 有 島 生 馬、 三 島 章 道 を 伴 ひ 来る。 

それから 更に 室 生 犀 星の 愛の 詩會へ 行く。 行けば 會旣に 散 じたる 所に て 北 原 白 秋、 小 松 玉巖、 近藤義 二、 

川路 柳 虹、 加 能 作 次郎、 室 生 犀 星 等と 平民 食堂へ 行く。 食堂の 名 を 百 萬 石と 云 ふ。 蓋 前 田家の 近傍 なれば な 

り。 白秋醉 つて 小 笠 原 島の 歌 を 歌 ふ。 甚 怪しげな 歌 也。 歸 りに 夏 精子 を賈 ふ。 

六月 十 一日 雨 

午前 高桑義 生、 新 小説の 用事に て 来る。 . 

午後 菊 池を訪 ふ。 あらず。 ジ ョ オン ズ を訪ひ 東洋 軒に て 食事。 

十二 曰 • 雨.. 

夜 第三 中學 校へ 行く。 圖書館 設立 寄附 金 を 募る の議に 與る爲 なり。 久住、 山 口の 諸君と 歸途 ミカ ドで 珈琲 

を 飲む。 今村隆 来訪。 , 

十三 日 雨 

午前 弟、 午後 土 田 善章來 る。 弟 これから 英語 を勉强 すると 云 ふ。 

夕方 弟と 鉢ノ 木へ 飯 を 食 ひに 行く。 それから 二人で 久 米の 所へ 行ったら 小說が 出来ない と 云って 悄 氣てゐ 

た。 

十四日 雨 



他 其 記 手 



469 



午後 成瀨來 る。 一 しょに 晩飯 を 食 ふ。 紐 育で 靑樓へ 行ったら 旣に 警察の 手が 廻った 後で 巡査に Get away, 

you dirty dog! と ドナら れた 話な どして 行った。 新 小說の 寄稿 を やめる 事に する。 

十五 日 陰 

午後 来客、 稻 葉實、 中村眞 雄、 小 林 勢:^、 子、 今 東 光。 

夜に 入って 顧 井折 柴が來 て 又 俳 論を鬪 はせ た。 海 紅 句集 を 一 册吳れ る。 

細君の 齒痛未 癒。 大 に齒醫 者を輕 蔑して ゐた。 

十六 日 陰 後に 雨 

夜 成 獺と 有樂 座へ 「伯父 ヮ ニヤ」 を 見に 行く。 玄關で 岡 榮ー郞 と 岩 淵の 奥さんに 遇った。 「ヮ ニヤ」 はチ エホ 

フが戲 曲と 云 ふ オデイ ソ イス の 弓 を 小說の 所まで 引いて 見せた 好例なる べし。 所々 に 攝 白 を 狭まざる を マ;! r ざ 

りし は 畢竟 やむ を 得ざる に出づ るな り。 二 幕 目、 四 幕 目 殊に 感に堪 へた。 聊戲 曲が 書いて 見た くなる。 廊下 

で 万 太郎、 長江、 秀雄、 泡 鳴、 樗陰 等の 諸 先生に 遇 ふ。 

十七 日 陰 

夕方 久米正 雄の 見舞に 行く。 關根正 二の 葬式に 行って まだ 歸ら ず。 暫くして 黑 絡の 紋附で 大いに 男振り を 

上ぜ ながら 歸 つて 来る。 關根は 死ぬ まで 畫を 描く 眞似 をして ゐ たさう だ。 今 宗敎畫 めいた ものが 大槪 出来て 

ゐ ると 云 ふ。 關根は 行年 二十 一 。 今 死んで は予 よりも 猶死 にきれ ざるべし。 生きて ゐる 内に 一刻で も 勉強す 

る 事 肝 Me なり。 留守に 土 田 善 章 ビア スト 口 の 音 樂會の 切符 を 持って来て くれる。 



470 



十八 日 雨 

無事。 又 詩 を 作る。 五 律 二。 細君、 弟、 姊 「ヮ -ー ャ」 見物。 

十九 日 陰 

朝 香 取秀眞 氏の 所へ 花瓶 を賴 みに 行く。 雲 坪の 話。 奈 良の 大佛の 話。 左 千 夫の 話。 歸 ると 今 村隆が 來て舊 

稿 バルタ ザ アル を 新 小說へ くれと 云 ふ。 仕方なく 承知す る。 大每 から 原稿の 催促 あり。 

二十 曰 陰 

紫陽花 旣に 開く。 中央 公論の 小說 「疑惑」 起稿。 

二十 一日 晴 

夜 擺 井折 柴來 る。 忙しい からと 云って 歸 つて 貰 ふ。 「我等の 句 境」 を 貰 ふ。 いろく 貲 つてば かり ゐて恐 宿 

なり。 

二 土 一 曰 雨 

赤い 鳥の 昔 樂會へ 行く。 井汲 淸治、 澤木 稍の 諸 先生に 始めて 會ふ。 ォ ー ケス トラの 連中 演習 足らず 甚危げ 

力-り。 南部、 江 口 夫婦、 小島 政 ニ郞の 令姊と 東京 ランチ へ 行く。 その後 南部と 風月に て 食事。 愛應へ f つ 一」 

ビア スト 口、 ミロ ウイ ツチ を 聞く。 安倍 能 成 氏、 ミロ ウイ ツチが 公衆 を 眼中に 措かない 所がえ らいと 云 つ て 

褒める。 



他 其 fil 手 471 



二十 三 曰 啧 後 陰 小雨 

亡父 百ケ 日な り。 但 寺へ 行かず。 夕方より 芝へ 行く。 歸 りに 龍 泉 堂で 詩 箋を買 ふ。 

二十四日 晴 

午後 菊 池と 久 米の 所へ 行く。 久 米の 前に 下宿して ゐた 家の 婆さん 二人 中、 一人 は發 狂して 歸國 し、 一人 も 

今度 その 發 狂した のと 一 しょになる 爲歸國 すると 云 ふ。 但歸 るの がいや だと 云って 泣く 由。 甚 同情す。 

高工の 中原 君より 櫻實を 一 箱 貰 ふ。 

二十 五日 晴 

夕方 赤 城の 山 本へ 行く。 来月 中旬 支那へ 行く 箬。 募まで 向う にゐ ると 云 ふんだ から 大變 だ。 

二十 六日 雨 • 

夜 菊 池の 所へ 行く。 久米、 佐治來 る。 後鉢ノ 木へ 行き 佐 治の p。e 論 を 聞く。 荒唐無稽 も甚 しい ものな り P 



七月 十六 日 晴 

夜 鹿 島 龍藏氏 邸の 御馳走に 招かる。 香 取 秀眞、 山 本 鼎、 菊 池 寛、 予の四 人な り。 針 重 氏 も 来る 箬 の 所 飲み 

すぎて 下痢 を 起した 由に て斷 る" 小 杉 未 醒君亦 奥州へ 行って ゐて 出席せ ず。 十一 時半まで 話して 歸る。 

七月 十七 日 晴 - . 



472 



めっきり 暑くなる。 妻 新 富 座へ 行く。 叔母、 姊问 行なり „ 



七月 十八 曰 半 晴半陰 

太陽 の 鈴 木 德太郎 何 でも 書け と 云 ふ 手紙 をよ こす。 

冒けば 頭 は 一 年た.. -ぬ 内に になるべし。 



I けと 云っても 書け な いんだから 仕方がない。 この 上 



九月 九 n 晴 風强し 

旣に秋 意 あり。 

朝 大镫閣 の 由 良 農 學士來 る。 舊譯 のィニ ,7 ッを 達る 事 を 諾す" 

閑に 良 寛 詩集 を讀 む。 二三 を抄錄 す。 



囘首 七十 有餘年 

往来 跡 幽傑夜 雪 



人間 是, 飽 看破 

一 注 線香 古 窓 下 



君 拋經卷 低頭 睡 

蛙聲 遠近 聽不絕 



我 倚 蒲 團學祖 翁 

燈火 明滅 疏簾中 



離 外 蔓筆兩 三 枝 

千 峯萬嶽 唯 夕 照 



正是收 鉢 .1^ 歸時 



他 其 記 手 



473 



千 峯凍雲 合 萬徑 人跡 絕 

毎日 唯 面壁 時 聞 疆窓雪 

手 把 兎角 杖 身 被 i4l 華 衣 

足 著 龜毛履 口吟 無聲詩 

文珠騎 獅子 普賢 跨 象 王 

妙 音 化寶臺 維摩 臥 一 床 



靑天 塞雁啼 

日暮 煙村路 

詩 皆 巧なら ず。 然而? 



穴 ェ山木 葉 飛 

獨揭 盂歸 



九月 十日 雨 

午後 菊 池の 家へ 行く。 宮島新 三郞が 來てゐ る。 三人で 月評 を 作る 一 

夕方から 十日 會へ 行く。 

夜 眠られず。 起きて ク&ォ チェが エス テ テ ィ ク を讀 む。 



九月 十 一 日 雨 



く 74 



妖婆 續篇の 稿 を 起す。 

この頃 どう 云 ふ もの か 傷 神し 易し。 努めてむ づ かしき 本 を讀む 事に したり。 

九月 十二 日 雨 , 

雨 聲繞簷 U 盡曰枯 座。 愁入亦 この 雨聲を 聞くべし などと 思 ふ。 

九月 十三 日 陰 . _ 

菊 池へ 行く。 佐 洽に遇 ふ。 「妖婆」 評 を 六 枚 書いた 由。 聊 恐縮す。 松坂屋 にて 晝食。 兩 人に 別れて 歸る。 

今日 惲南 田畫 集、 雲 林 六 墨を購 ふ。 留守に 顧 田 樗陰來 りし .s。 

衷心 孤 寂。 妖婆 續篇の 稿 進まず。 

九月 十四日 雨 

日曜 なれ ど 終日 客な し。 塚 本 八洲 來る。 

夜に 入って 風 兩大に 催す。 

九月 十五: ZE 陰 

午後 江 ロを訪 ふ。 後 始めて 愁 人と 會す。 夜に 入って 歸る。 

心緒 亂れ て 止 まず 。 自ら 悲喜 を 知ら ざ る な り 。 

九月 十六 日 陰 時 1 一雨 



他 其 記 手 



475 



終日 鬱々。 夜岡榮 一 郞を訪 ふ。 

九月 十七 日 晴 

午後 大彥來 る。 一 しょに ミカ ドへ晚 飯 を 食 ひに 行く。 後 小島 を訪 ふ。 江 口 あり。 十 時に 至って 歸る。 

不忍 池の 夜色 愁人. を 憶 はしむ る 事 切なり。 

九月 二十 一 日 陰 , 

久保田 万 太郞、 南部 修太 郎、 佐 佐 木 茂 索、 ジョ オン ズ等來 る。 

夕方 久保田 を 除き 三人に て更 科へ 薔麥を 食 ひに 行く。 燜 酒の 中に 蚊 あり。 ジョ オン ズ 洒落れ て 曰、 この 酒 

を 蚊帳で 漉して 来て 下さい。 

九月 二十 二日 晴 

妖婆 續篇の 稿 やっと 終る。 夜 十二時な り。 

無月 秋風。 臥 榻に橫 はって 頻に愁 人 を 憶 ふ。 

九月 二十 三日 晴 

句作。 秋 十 句 を 得たり。 

夜 {仝 谷 居士より 愛石が 柳 陰 呼 渡の 一 軸 を 贈らる。 淡々 の 意 愛す 可し。 

九月 二十四日 陰 - 



476 



久 米を訪 ふ。 今夜 成瀨 ゃジョ オン ズと飯 を 食 はん 打合せの 爲 なり。 久米 帝劇の マチネ H へ 行って から 歸り 

に 茶屋へ 來 ると 云 ふ。 茶屋 は 鶯溪の 伊香保な り。 

歸れば 留守に 擺 井折 柴が來 た 由。 後 魏中岳 嵩高 靈廟 碑と 宋拓禮 器 碑との 拓本 を 置いて 行って くれた。 會は 

なくて 殘念 なり。 

夜 伊香保で 久米、 成 瀬と ジ ョ オン ズ の爲に 別宴 を 開く。 ジ ョ ォ ンズに 畫を醫 かせ 久 米と 二人で 贊を する。 

一 もとの 桔梗 ゆらぐ や 風の 中 三 汀 

擾 けば 何時も 片 al 鰻 や 五月雨 我 鬼 

九月 廿五: :! 雨 

午後 院展と 二 科と を 見る。 安井 曾太郞 氏の 女の 畫に 敬服す る。 

愁 人と 再 會す。 

夜歸。 失 ふ 所 ある 如き 心地な り。 

, b i にして 心 重し も 硯歸の 靑磁の 花に 見入りた るか も 

數年來 始めて 歌 興 あり。 自ら 驚く。 

九月 t 八日 晴 

午後 龎井、 菅忠 雄、 佐 佐 木 来る。 夕方 菅、 佐 佐 木 同伴、 自由 劇場 を兑に 帝劇へ 至る。 ブ リュウの 「付 仰,; は 

二三 十 年 時代遅れの 問題劇な り。 後日 比 谷 カツ フ ェ へ 行き 久しぶりで 安成い W 雄に 遇 ふ。 力- ッフ H に 醉漢ー 人 

あり。 山 田憲を 死刑に して 見ろ 承知し ない ぞと 云って 卓 を 打つ。 出 づれば 電車な し。 Taxi にて かへ る。 



他 其 記 手 



477 



九月 廿 九日 陰 

菊 池、 佐 佐 木と 社へ 行く。 初音で 夜食。 佐 佐 木の 原稿 を 春陽 堂へ 持って行く。 

芝へ 行って 泊る 事に する。 愁人今 如何。 

九月 卅日 雨 

朝 芝から 久 米を訪 ふ。 緣談の 件な り。 

十月 一 日 

百不 識者の 然々 は 一 識者の 否々 に 若かず。 

見る 所少 ければ 怪しむ 所 多し。 

下 士 は 道 を 聞 い て 乃ち 大に之 を 笑 ふ 。 

若 夫淺薄 固執の 人 今 曰 之を爲 して 是の 如く 明日 之を爲 して 亦是の 如し。 卽ち 終身 之を爲 して 亦是の 如きに 

過ぎ ざ る 者 は 印 板の 畫 なり。 

鄙 各 滿懷。 淺嘗 薄植。 

人の 學を爲 す 貴き こと 志 を 立 つ るに 在る を 若し 先づ其 志を隳 さば その 爲さ に るの 逸なる に 若 かじ。 

肇墨は 本 通 靈の具 也。 , . 

好手 響を絕 つ。 . . - 

躁 急の 筆 を 以て 以て 速成 を 幾 ふとき は但 神韻の 短淺 なる のみならず 亦 且つ 暴氣 將に乘 らんと す。 

(油 滑 佻 健の 弊〕 其 弊 一度 成る や 畢生 挽く 無し。 . . 



猛烹 極煉の 功に 在らず して 一 生の 醞釀と 云 ふ 者な り。 

外 丹 成れば 卽内丹 成る。 

爭競躁 戾の氣 を 平にし 機巧 便利の 風 を 息め よ。 

黃梁 夢、 英雄の 器、 蛙、 女體。 

時鳥 雨の かしら, ^鳴 いて 來る 

山. 一 几と して (五月雨の) 

日の 暑さ 

, 照り 曇る ャ1^ くれの 暑さ かな 

si^," ゆ ぼ?^ 堤の 息 や ■ 

,ま (止〕 

入道 の 參 りぬ 納豆 汁 

塊 火に 8^ や 枕 上 

& 鷥藝る 

夏に ふたす る 

淋し さ 凝 ^ 



他 其 記 手 



479 



澄 江 堂日錄 . _ 

大正 十四 年 一 

一 一月 四日 

力石 平 三、 女中 を つれて 来る。 十七 歳。 名 は ミツ。 

勞働者 C 失業の) 三人、 金 を 貰 ひに 来る。 但し 甚だ 慇穀 なり C 

神代 来る。 - - 

小 穴より 来書。 「よべの 豆 はばかりまでの 寒さ かな」 と あり。 宛名 は 風 神殿。 予の 風邪に かかれる が爲 なり。" 

久しぶりに 句 を 作る。 . 

春雨 や 檜 は 霜に 焦げながら 

一 游亭の 下宿 を訪 ひて、 

枝 炭の 火 も ほの めけ ゃ燒 りんご 

一 

二月 五日 一 

香 取 先生より 鴨 を 賜る。 金澤の ー無鮮 をお かへ しにす る。 蕪鮮は 泉さん に 貰 ひし もの。 使 を 待たせて おいて 

速 製の. 歌 を 作る。 「たてまつる 蕪の 炸は日 をへ なば あぶら や 浮かむ ただに 食した まへ。」 一 

妻、 比 呂志を つれて 牛 込へ 行く。 八洲 相不變 のよ し。 蒲 原 来る。 , 一 

「たてまつる」 を 「金澤 の」 に改 む。 六 曰 追記。 . j 



480 



二月 七 曰 

蒲 原と 編著 ものに 從ふ。 

明日 大彥 老人の 十日 祭に 當る 故、 精 養 軒に 来て くれと 言 ふ 囘狀來 る。 德 田さん の 名の 下に 出席と あり。 出 

席す る 事 を 約す。 

菊 池、 三 宅、 岡 来る。 自笑 軒に て 晩飯。 

庭の 殘雪 全く 消 ゆ。 

中央 公論に 「田 端 人」 を、 思想に 「澄 江堂雜 詩」 を 達る。 

二: s: 八日 

建具屋 書齋の 杉戶を 持ち 來る" - 書 齋のカ マチ は 本の 重量の 爲 もう 二分 五 厘 下り ゐる よし。 大彥 老人の 十日: 

祭の 御馳走に 行く。 德 田さん に會 ふ。 德 田さん は 土 耳 古の ネクタイ • ピンを して 來た。 午後 二 時 散會。 

歸 りに 室 生に よる。 一 游亭 の畫の 落款 をもう 少し 上げて 賀ひ、 下 を 一 寸 五分 ほど 斷ち たしと 云 ふ。 i ザ: 生の; 

所に て 堀、 水上、 小 田に 會ふ。 

留守に 山 本 實彥、 春陽 堂 主人、 神代な ど來 たよし。 春陽 堂、 良 寛 を 一幅 くれる。 まだ ホン モノと も ガン ブ 

ッ とも 見當 つかず。 

二月 十七 日 

道具屋、 室 生、 神代、 田 沼、 宮崎 來ル。 一;!^ モ 仕事 出 來ズ。 ァシタ ハ又岡 一件 ノ爲- 一大 彥來ル べシ" 不偷ー 

決 ナリ。 一 



他; t ら記乎 481 



〔輕 井澤 日記〕 

千が 瀧に 別莊を 借りて ゐる Y が 來てゐ た。 二人で 二階に 話して ゐた。 そこへ 「A さん」 と 言 ふ H の聲 がした。 

肘 かけ 窓の 障子 を あけて 見る と、 H は 庭 を 隔てた 廊下に ゐ、 姿 は 松 や 二 字缺〕 のかげ になって 見えない が、 

rs さんが 來 ました」 と 言つ てゐ る。 

「あとで 行く、 今 Y 君が 來てゐ るから。」 

しかし Y に S の來 たこと を 話し、 すぐに 自分 だけ M の 部屋へ 行った。 廊下に 桃 a や 黑のパ ラ ソルが ねかし 

て あるので S の 細君 も來 たの かと 思った。 が、 部屋へ は ひって 見る と、 一人 は I 子と 言 ふ S の 妹、 もう 一人 

は 丸 驚に 結った、 知らない 人だった。 S は 白い 背廣を 着、 あぐらをかいた まま、 「や あ」 と 言った。 I 子 や も 

う 一 人の 女の人 は 「どうぞ あちらへ」 と 言った。 「あちら」 と 言 ふの は 座敷の 奥、 卽ち 床の間の 前な の だ。 好い 

加減な 所に 坐る と、 M は C 机の 前に 坐って ゐ たが) 「I 子さん は 知って ゐ るね。 これ も S 君の 妹さん だ」 と 丸 髭 

の.<^ど紹介した。 丸 髭の 人 は 愛想よ くお 時宜 をした。 

暫く (五六 分) 話してから、 部屋へ かへ り、 Y と 一 しょに 午 飯 を 食った。 の惡 口な ど 話題に なった。 それ 

から、 又 Y と M の 部屋へ 行き、 Y を S に 紹介した。 (S の 妹た ち は 彼等の 部屋へ 行って ゐた。 S は 短い M の單 

衣 をき てゐ た。) 二 時 頃 皆で 散步に 出た。 宿の 前に は 昨夜 来た 羽 左 衞門ゃ 梅 幸の 立つ 所だった。 梅卖 (洋服 を 

着た〕 は Y に 「や あ Y さん」 と 言った。 「あなた もこ ちらです か?」 「いいや 僕 は A 君 を たづね て やって来たん 

だ。」 梅 幸 はちよ つと 自分の 方 を 見た。 自分 は 何だか 嫌な 氣 がして、 匇々 貸 下駄 を はいて 外へ 出た。 S や S 

の 妹た ち はもう 外に 立って ゐた。 ちょっと M の來 るの を 待って ゐ ると、 女中が 下駄ば きで 午 飯の メ 二 ュ ー を 



づ 82 



持って 來た。 往来で 「チキンカツ レツに お 椀に」 などと やる の はちよ つと きまりが 惡 かった。 これ は 何も S の 

妹た ちに 對 してで はない。 女中が S や M にメ 二 ュ ー を 見せて ゐる 間に 自分 は H や S の 妹た ちと 宿の 前の 路へ 

は ひった。 右側が 別 莊の驟 になって ゐ、 左側 はや はり 石垣 を つんだ 別莊の 庭に なって ゐる。 その 小路へ は ひ 

つて 四. < ^とも 立ち止まった。 が、 自分 は 手 もち 無沙汰だった ので 少し 先へ 歩いて 行き、 綺麗な 流れの 橋の 上 

へ 行った。 ふり かへ つて 見る と、 もう S や M もお ひついて 皆 こちらへ 歩いて 來た。 

テ 二 ス コ ー トを 見た。 これ を 見る の は M の發議 だ。 け ふ は 女 は 一 人もテ 二 ス をして ゐ ない。 皆 男ば かりだ。 

テ 二 ス コ I トの橫 を 万 平の 方へ 歩きながら、 M は 「万 平へ 行って アイス ク リイ ム をの まう」 と 言った。 ,:III 分 は 

三尺 をし めて ゐ たし、 素足だった し、 ひげ ものび てゐ たから、 それに 反對 し、 wre さ S Pharmacy で アイス 

ク リイ ム をの まう と 言 つ た 。 wrett ゴ Pharmacy と 言 ふの はコ I トの 側に ある 藥屋 なの だ 。 M は 「ぢ やよ す 

か」 と 一 まった。 橋まで 行って ひき かへ し、 (Auditorium の 芝生に は 白樺の 影が 落ちて ゐ た。): Orett へ は ひった。 

板張りの 床へ 下駄で 上る の はいつ もながら が とがめた。 皆で コ コ アサ ンデ ェ をのんだ。 自分の 鄰には I 子 

さんが 坐った。 I 子さん も Y 子 (S にきいた) さん も 言葉 少なだった。 相客に スボ オトで きた へ 上げたら しい、 

格の 好い 二十 七 八の 男が 學 生と 一し よに ゐた。 二人とも 蓮 動 服 を 着、 ラケット を 持って ゐた。 00 分の パナ 

マ を S が 褒めた。 自分 はこの パ ナ マ の 手に は ひった こと を 話した。 Y 子さん はパ ナ マ を 手に とって 兄て、 「上 

等で ございま すわね」 と 言った。) 自分 は サン デ ェを もう 一杯の みたかつ たが 誰も 贊 成しなかった。 

郵便局の 前で Y に 別れた。 Y はこれ から 千が 瀧へ かへ るの だ。 かへ る 時に あした 来ない かと 言った。 行つ 

て も 好い と 答へ た。 

煙草屋の 橫をは ひり、 ァタゴ 山の 方へ は ひった。 別莊 ばかり 並んだ 小路 だ。 一二 町 行った 所で M は 「休ま 

う」 と 言った。 M は 疲れ 易かった。 男 は 皆 別 妊の 保い 石 S に 腰 を かけて 休んだ。 女 は 立って ゐた。 それが 如 

何にも 手 もち 無沙汰ら しかった。 五分ば かりして 引き返した。 西洋人の 子供が 二人 自韓 車に のり、 「はい、 は 



他 其 記 手 



い」 と變な 調子で 言って ゐた。 

往還へ 出る 角の 果物屋へ より、 S は淺 間ぶ だう を 買った。 紫より 藍に 近い 色の ぶ だう だ。 「西洋人 は 煑てジ 

ャム にす る」 と 果物屋の 主人が 言って ゐた。 買った の は S の發 案ら しかった。 往還に は 西洋人の 靑 年と 子供 

とが 大きい 犬 を 二 匹 引つ ばって ゐた。 ちょっと 無氣 味だった。 水車の 橫を 通り、 宿へ かへ つた。 

その 晚: K 分 は 自分の 部屋で 食事 をした。 それから M の 部屋へ 行った。 M は S と ビィル をのんで ゐた。 S の. 

妹た ち は 部屋へ かへ つて ゐた。 自分 は S に Y 子さん の 名を敎 はった。 S は 「あれ を T が 好きなん だ。 あれ も 

T の 小說を よんで ゐる。 君の も R だけ は よんで ゐる」 と 言った。 M は Y 子さん よりも I 子さん が 好きら しか 

つた。 「あの 顏は 特色が あるね」 などと も 言って ゐた。 そこへ H も來 た。 それから 皆で 花 を やる か K さんの 麻 

雀戲を かりて やる か、 どちら かしょうと 言 ふ 事に なった。 が、 麻雀 戲は M も S も 知らないので (02 は敎 はつ 

て もやりたがって ゐ たが) 花に する 事に した。 花 は 宿の を 借りた。 カト オサンが 持って来た。 黑 ばかり だつ 

た。 

花 は S の 部屋へ 行って した。 妹た ち は 二人とももう 浴衣に 着かへ てゐ た。 生憎 碁石 は 宿で 碁 を 打って ゐる 

人に 借りられて ゐ るので、 その代りに S の 名刺 を 使った。 Y- 子さん は 小さい サックに は ひった 曰 本 鋏 を 出し、 

S の 名刺 を 四つに 切りながら、 「何しろ 鋏が 小さい もの だから」 などと 言って ゐた。 三十 一 と 聞いて 見れば 成 

程もう 皮膚 も 荒れて ゐる。 しかし S に は 多少 甘えた、 親しみの ある 口 をき いて ゐた。 M、 s、 I 子、 Y 子、 

H、 自分の 六 人に 名刺の 切れ を 分け (一枚 一貫)、 借り 貫 は 軸の 赤い マチに きめ、 更に S が 規則 を 半紙へ 鉛筆 

で 書いた。 M は 面倒臭が つ て 「もう 好 いぢ やない か」 と 何度も 言 つ た 。 

花 は 一勝 一敗 あつたが、 M の 親に なった 時、 M は 札 を 配る 前に S に のぞんで 貰 ふの を 忘れた。 それ を S に 

注意され て やり直した。 やり直し たが 今度 はまく 順 を 間違った。 それで 又 やり直す と、 今度 は 又 のぞんで 貰 

ふの を 忘れた。 皆 可笑しが つて M にいろい ろの 事 を 言った。 H も 「M さん はう ちで 花 を やる 時に iK 等が 何 か 



やる と、 生意氣 だと 言 ふ」 と 言った。 すると M は 怒って H の顏を 見、 「僕が そんた 事 を 言 ふかな」 と 言った。 と 

思 ふと 花 を チヤ ブ臺に 叩きつ け、 「よ さう」 と 言 つて 部屋へ 歸っ て 行った。 ifz も よ つ と f お 氣を拔 かれた 。 M は 

癎竊を 起す 動機 を數曰 前から 蓄 へて ゐた。 それ は 第一 に 天候、 第二に 鄰 室の 肺病の 客、 第三に K さんな どと 

話す 時に H や 自分に 優先され る 不快、 第 四に 今日 立た うとして ゐた 所へ S の來 たこと などだった。 

僕 等 はつ づけて 花 を やった。 H は 存外 ふだんと 變ら なかった。 S は 「あれ は M 君の 癖 だ」 と 言った。 しかし 

M の氣 もち を劬 はる 氣色 はないでも なかった。 一番 その 時 特色の あつたの は Y 子さん だった。 Y 子さん は 濃 

い 眉 一 つ 動かさずに 「すぐにお 直りな さるんで せう」 と 微笑して S に 尋ねて ゐた。 いかにも そんな 事に は 慣れ 

切った 態度だった。 どこか 冷たい 强 さの ある 態度だった。 そのうちに S は 便所へ 行き、 かへ つて 來 ると T 今 

M 君の 部屋 を視 いたら、 よく 寢てゐ る」 と 言った。 「寢て ゐても 眠つ ちゃ ゐな いよ。」 「さリ かな。」 11 それ か 

ら皆花 をした。 

その 晚 R 氏が 自分の 俳句の 惡ロを 言った ので、 自分 は 怒って、 R 氏の 銅色の 頰をぴ しやび しゃ 打った。 し 

かし R 氏 はすまして 惡ロを 言って ゐる。 それ を 父 や 伯母が 心配して ゐる。 そんな 夢を見た。 あけがたに 見た 

ので、 さめた あと も 變な氣 もちが して 不快だった。 M の 怒った 印象が 夢に なった の だと 思った。 

(大正 十四 年 八月) 



他 其 記 手 



短篇 作家と しての ポオ 

予の 講演の 目的 は 短篇 作家と しての poe が 他の 方面 Cpoem, qre7ca, criticiss, 講演 家〕 の poe と 異るを 

説く にあらず、 Too なる 一 人格が 短篇 作家た る side に は 如何に 見える か を 云 はんとす るな り。 

( 一 ) JSarrative oj Arthm. Gordon トリに m. 

in trotluctory nots : Kicliinond (V) r-oe. 

^M-ww^pc-s^ -16 歳ノ 時. Mr. Barnard の 子 AUTOUStusr2 歳 年長). Auellstus は wheeling .voya- 

ge に 行きし 事 あり Grampus (船 名〕 B liystery, TO〔randfather〕 怒る 1827 June の^! . 

Bedford の; Ross の 偽筆の 手紙 —— 船底に 隱す. —— Nantucket を 離れざる 故 —— srst mate の 叛逆 —— . 

一 一 十 人 死す 1 - 暴風雨が 起る etc. 

Noto.—pym が 急死、 尻切蜻 拾、 Poe は detail の不 確と 話の 後半の incredulous ナ ル爲… 

(ID 談の 特色 

(ィ) 事實 らしく 書いて ある 事 

勿論 どの 小說 も事實 らしき に は 遠 ひなし。 され ど i"ym の事實 らし さほ 生々 して ゐる 意味に あらず。 乾 



486 



燥 無味の 事實 らし さなり。 こ は 例 を 引けば すぐ わかる。 —— . 

Alt>atross は South Sea の 鳥 中 最も 大 c_ して 最も ff- 猛 なる もの の 一 なリ。 こ 1 崎屬 なリ。 1丁 しつ つ 

獲物 を囚 ふ。 子 を 育む 外 陸上に 來る 事な し。 この 鳥と penguin との 問に は i 取 も 珍しき 友^ ぁリ。 等 

の巢 はこ の 二種の 間に 協定せ ちれし 計畫に 基づき 頗- 一 檨に 形成 せらる P 卽 A の 奥 は 四 羽の P の?^ に 園 ま 

れ たる 正方形 の 中間に あり。 



是 等の 群島 は旣に 1762, Aurora 號の 船長に より 發兑 せられた りと 云 ふ。 1730, Captain Manuel de 

c き rvido の說 によれば 彼 は Royal Philippine Comptny に屬 する princess 號こ のり その 群岛 を 直 

ぎせ リ。 1794, Spain の Atrevida はこの 群島の 位置 を 確定せ ん爲に 航海したり。 Royal H) drognlplli- 

cal Society of Madird の 1809 發行 せる 報告に よれば —— (報 止 n ま;! あ リン 

その 少し 先に、 

最 北なる 島 は 南緯 52。37、24、、 S 47043、L5、、 

中間 は 南緯 53o2、40、、 西經 47。55、i5、、 

最南 は 南緯 53。15、22、、 西經 47。57、15、、 . 

この 車力の 車 を ひく 如き 點は Defoe を 彷彿せ しむ。 

(口〕 JDefoe に 似た る點 

我 名 は Arthur Gordon ryaa. 我 父 は ナン タツ ケット の お 其 商 ナリ。 我 丈 N 一一. F- レ タリ。 ^^方 / れ 父 

ハ:. 繁昌 セ ル辯. 護士 ナリ。 —— 孤 父 は 何人よ リも予 を 愛した る 如し。 死なば その 遣 雍チの ものた るべ しと 

へり。 輒父ほ 六 歳の 時予を old Mr. Kicketts の學 校に 送れり。 Mr. R は 片腕な き變 人な リ。 —— 

Bcblnsm Crusoe の p 首と 比較 ii よ。 



他 其 記 手 



437 



(ハ〕 然 らば P は悉 Hefoe 流 かと 云 ふに 然ら ず。 例へば 嵐の 描寫の 如し。 

夜 は 暗い 上に も 暗かった。 我々 を 包んだ 恐し い slirieking din and snfusion は 到底 描 寫は出 來ぬ。 

甲板 は 海と 水平だった。 と 云 ふよりも 寧ろ 我々 は聲ぇ 立つ 泡の 絕 壁に 取 園れ てゐ たので ある。 さう して 

その 絶壁の 一 部 はたえず 我々 の 上に 崩れ かかる の.. である。 我々 の 頭 は 三 秒に 一 秒 も 水上に 出て ゐ なか つ 

たと 云っても 好い。 我々 は ぴったりく つついて ゐる けれども 互 を 見る 事が 出來 なかった。 叉實際 我々 が 

搏々 して ゐる舟 そのもの も 全然 眼に はは ひち なかった。 我々 は 時に 聲 を かけ 合った。 さう して 希 紫 を 失 

はぬ やうに した。 

Defoe にか かる 暴風雨の 描寫 なし。 

こ の 後 間もなく 私 は 部分的に 無 感覺狀 態に は ひ つた。 その 間に 如何にも 偸 快な 幻が 私の 想像に 浮んで. 

來た。 靑ぃ 木ゃ實 つた 穀物の 波、 だつ 原 や 踊り子の 一 むれ や 騎兵の 行列 やその 外 いろいろの 幻が。 私 は 今 

思 ひ 出す。 私の 目の前 を 過ぎ去つ たもの は 皆 運動 (motion) が predominant idea であった。 私 は 決 

して 動かない 物 を 空想し なかった。 家と か 山と かさう 云 ふ 物 を。 しかし 風車 や 船、 大きな 鳥、 輕氣 球、 

馬上の 人、 疾驅 する 馬車、 その外 類似の 動く 物が 無限に 私の 眼に 浮んで 來た。 

此處は Defoe を 去る 數百 歩な り。 Pee は 內界を 描く。 のみならず motion のみな りと 進みた る 所 旣に後 

年の analysis の 面目 を 見る。 ノ 

* p^/m の 如く refoe に 似た る もの もなければ pum の 如く Defoe に 似ざる もの もな し。 

(10 eefce 一一 似 タル 點ト似 ザル點 ノ關係 11 兩者 ノ懸絕 セル 矛盾 

S Defoe ヲ學べ ル ハ 意識的 ナリ。 Poe ノ 評論 Bobinson Crusoe ヲ讀 メバヮ カル。 

故 一一 Defoe 風 ノ听ハ roe ガ Defoe ヲ ape シ タノ i ーテ: Defoe 風 ナラザ ル所ガ poe ノ 本質 ナリ トス ル 

モノ ァリ。 タトへ バ Arttml- Kansome ノ 如シ。 



化 3 



^ サ レド予 ノ見ハ 之-一 異ル。 r ガ D を學 ベルハ 學 ベル 理由 11 ^;ガ^ーー appeal ス ル所ナ カルべ カラ ズ。 

換言 ス レバ P ガ Q ヲ學ン ダト云 フ事ソ レ 自身 ガ、 P ノ 傾向 ナリ 性質 ナ リヲ 語ッテ ヰルト 一; ム ハザル y カラ 

ズ。 (理由 I〕 且又 :Oefoe 風ナル ハ D ノ 如何 ナル 點ヲ學 ベル 力 ト云フ -IP 自身 ヲシテ 語 ラシ ムレ バ、 

r 讀者ハ B.C. を nn する に 文壇 上の 作品 を 以てせず。 D は讀 者の 心 を 一 つも 捉 へず、 唯 R のみ それ を捉 

ふ。 その wonder を 行へ る 力 は その wonder の stupendous ナル 3? -1 却 テ隱れ VJE^, しず。」 * 

卽 r は D の verisimilitude 二 感服 シ タル ナリ。 コ ハ s.ghtly ナリ。 verisimilitude . に 小ト云 フ^ ヨリ tnp 

レバ B. P ガ unique ナル コトハ Marry at の冒險 小説 ヲ讀 メバヮ カル。 M モ 暴風雨、 野蠻 人、 猛獸 等 

トノ爭 ヒヲ描 クモ本 當ト云 フ氣ハ セズ 、ャャ モス ルト 講釋師 見テ來 タヤ ゥナ 鳴ヲッ キノ 画 ァリ。 ^ P ハ 

然 ラズ。 コレ ハソノ 手法 一一 ョル 平氣平 左。 

* 十 中 一人 no, 五 百 人中 一 人 も 7?. P を讀む 時; 大ォ所 か 通常の t 已 ent すら その 创 作の 際 川 ひらてた リ 

と は S ふま じ。 

シカモ D の事赏 もし さはた とへば J. Austey の やう に 家常 茶飯 の 事 がら を 書いた 事 宵ら しさと は 全 

然違 ふ。 後年の naturalism の 主張と も 違 ふ。 御 承知の 通リ/ 卜 Q. ハ冒險 ばかりの 小說デ アル。 船ガ 

ヒック リ返ッ タリ、 犬 ゃ鹦^ と 生活 シ タリ、 Fri き y ガ出 タリス ル。 シカモ 讀ンデ タ所 市专議 晟ガ收 

贿 したと 云 ふ々 刊の 記事よりも 他奇 なし。 

S 思 フー 一 romantic 殊 一一 fantastic ナル 材料 ヲ小說 的 一一 取扱 ふ 上に は realistic ナル 手法 ヲ最モ 必耍ト 

ス 〔鏢渺 たる case は 別な り、 fairy tales の 如く〕。 サモ ナイト 莫迦 ゲテヰ テョ メヌ コトト ナル。 Lewis 

Monk の Mi つ ノ 如し。 (,4 さ tiosar,p Lorenzo, 101- 3mo?eri, ミ Jew, Meedlng Kwi, Lac)f3 

草双紙 位ノ モノ ナリ。 

IS 然 レバ 此處に 一人の 作家 ァリ。 romantic ナ 性質-一 從ヒソ ノ種ノ 小 說ヲ害 カン トス。 而シ テソノ 小說ガ 



他 其 記 手 



489 



poetical ナ モノ ナラズ シテ實 際ソノ 境-一望 ムノ感 ヲ抱カ セン コト ヲ期ス トス レバ 〔咐記 一, 1、 ソノ 小說家 

ガ範ヲ Dofoe 二取ル ハ 必シモ 不思議 ナ ラズ。 予ハ コ ノ見 一一 ヨリ P ガ D ヲ學べ ル ハ 自然 ナル コトヲ ミト ム 

ルナ リ。 而シテ 一見 矛盾 セル 如き ニッノ 側面 モ、 實ハ 銀貨の 兩面ノ 如 ク不卽 不離 ノ關係 ユア リト 存ズ ルナ 

ジ 

g 而シテ Foe ガ 短篇 作家 トシ テノ 成長 ハ コ ノ realistic method と romantic material との 周 和 一一 ァリ 

シト 云フモ 過言 一一 ァ ラ ズ 。 換言 ス レバ 彼 ハ彼ノ analytical intellect 卜 poetio temperament ト ノ: p 金 

一一 苦 勞シタ 作家 ナリ 〔附記 二〕。 唯 Defoe ヨリ モ銳 敏ナ 感受性と Defoe よりも 逞しい 理智を 有せし 彼 ほそ 

の realistic method i ー於テ ハ D の 外 一一 踏 ミ出シ タリ。 

^ ソレハ 暴風 後の 心理 を敍シ タル 所 ヲ見ル モ明ナ ラン。 彼ハ 此處ュ 外界 ヨリ 内界へ 眼 ヲムケ タリ。 / ミ ナ 

ラ ズ 眼底 一一 浮ブ モノ 悉 motion ヲ有 スト 云 フ如キ analysis サへモ 施シ居 レリ。 コレ P ノ realistic? 

method ガ external realism ト共 一一 I:>sy。holo3ical realism へ 向へ ル 最初 ノ 一 聲ナリ 「付記 三〕。 

ゆ roe ノコ ノ 傾向 ハ彼ノ 諸 作 ヲ通ジ テ明ナ レド今 例 ヲ擧グ レバ、 

1 Pit 氧1 Pendulum, 

2 Auguste ; Dupin を 主人公と せる 搮偵 小說 ノ 

psioinea Letter. 

(dirty blue riTbTbsp card racket. Ibrass-kllob) 

3 y! Iksccnt into the JiaeJsfrdm 

. S 大は 早く 小 はお そし 

g 球 は 早く 他 はお そし 

g 圓筒 はお そく 他 は 早し . 



490 



^ され ど その 最も 顯 著なる もの は The Imp of the Perverse の Thema なり。 病的な 心理に 立 入った もの Q 

Imp oj J.)er。erse 

讀書、 螺燭 

The Tell-Tah Heart . 

V 'o^ vulture 一一, 以 タリ fpale blue メ yitli alm〕. 

watcli が cotton につつ まれた 如し 

T 一 le Black Cat 

コレラ ハ detective stories ナ ラズ。 Sherlock Holm ま ト 異ルハ 彼/理知 ト 情熱 トガョ クソレ ラヲ深 

メタル ナリ。 

V 予ハ P 、 ardent aspiration と cold intellect との 特殊なる mixture なりと 云へ り。 彼が 近代の 大 

J 殊こ佛 蘭 西に 反響 多 かりし はこの 點 にあり と 信ず。 近代の 佛蘭 西文學 をつ くれる もの は 二人の レ" きチ 

can „ ぶりと 云 .s。 且又 Poe の 傑作 は Baudelaire なりと 云 ふ。 waudelaire 全集の 8 中 3 は roe の i 譯 

なり。 B を 動かした る もの は何ぞ や。 予 はこの 理性と 情熱との 奇怪なる 結合な りと 思 ふ。 (美 をみ とむ、 

dklactiasm を排 す、 mystery を 愛す、 Les i きき I express 出来ぬ もの はない、 Lemaitl-e の 言 を 借り 

れば lunairo な 風景 を 描く にせよ。) 

皮 等 は 共に 欺かれる にば 餘 りに 聰明で あり 且 欺かれずに ゐる爲 に は あまりに 落莫たる 人生に 堪 へ^な か 

つた 人であります。 

rirwitatim I Voyage の 中に、 "r§ves, tou jours rSves." 

All tliat we see or seem, 

.Es .hut a dream witliin a dream. 



他 其 記 手 



49:1 



さう して この 心境 は獨り P が B にの み 共 響した 訣 ではありません。 To Hel さ の 詩人、 The Mas, of the 

s JJeath の 作者の 心境 は 同時に 又 我々 の 心境の 二 部 をな す 事であります。 

(大正 十 年 二月 五日 東京 帝 國大學 に 於け る 講演の 草稿) 

附記 一— 〔餘白 二〕 コ コに romautic temj>erament ある 作家 あり、 且又 その 作者 は銳き 理性 を 有す、 

大體の case は 幽靈を 見る より 早く 枯尾花 を::!^ ると せよ、 その 作家が その romantic temperament 

に從ひ 小說を 書かん とすれば —— 

附記 一 一 —poe は keen intellect ノ 所有者 ナ リシ コトヲ 證明セ バ予ガ 見ハ確 ナリ。 然ル ニ彼ノ intellec- 

tual ナ リシ コトハ 作品 ヲ見 ルモ明 カナ レド、 彼ノ criticism ノ至ル 所 二 作品 ヲ 、ノ ナレテ 技巧の 本 £1: 題 

ヲ論ジ テ ヰル。 

「r-lot, fnYel>sion, 線, 長さ、 literaulre》s ITUlrmony and counterpoint. isw/Aossdow.?. 

I appeal tlie ereatest .ooetis ort to-day whetJaer it- is not an error- to assert tlie 

unel^tl passaj^es or poetry are .Droduced t>y laTboul- and study " 一 Shell eyy.} 

皮 は 作品 を 作る に 止まらず、 その 作る 經路を 知る ものな リ。 彼が Hawthorne 論 中す ぐれた 作品 は 

或 事件 を 作って 後 effect を 生まず、 ee:ect を 生む 爲に 事件 を 作る と 云 ふが 如し。 (Totality of elTect.) 

且 この intellectual ナ ル 1^ ガ彼ト Hawthorne ト ヲ別ッ 點デァ ル。 Birth mark ノ 如シ。 

附記 三 —roe の 作品 を通覽 すれば Shadoic, Sikme, Masqm の 如き は 最も 彼の 詩に 近き もので あり、 

それが ,Ber§ice, IforeWa 等 かち Tlte Fall of the Hmse of usher, Assigiion, と 漸次 小說 的な もの に 

なる。 この 手法 上の realism は 後者に 近づく に 從ひ顯 著と なる。 そ は 自然な リ。 



492 



ポオの 一面 



Introduction 

1 ) PC& deneral Poe fDavi 二 一 

wavid ; Poe 

2) Edgar k. Pee 

Jolln Allan (Ridbmond) (tol)acco.} 

wostonian 

Kufus Grjswold ノ g^: : pedn.goTOUe vam;pir6 

jlSOO 正月 Bcston に 生まる 

(1840 十月 iialtimore に 死す . 



.1 roo ハ critic ト シ テ ミ トメ ラル 

18^?5:26歲 へ Soutliern Literary Messenger 

.Graham-S Is; 一お azine 



他 其 記 手 



493 



; 0} (9) (S) (7) :6 ) (5) (4) (3) (2) 



【につ iH つ I!-: ヒ-. ハ 一!^ 年に 多し 

S15r-in- 二 u; 一:. 一文: f,!.- に till 一き 二 lltiv: / 0M^ 

■ul 一. :: UJ.Uyruh 、一 トノ お: むジ 

W. :M. Pag ミー ノ許語 f 、一. rl --羞 さ-<7.) 

例 美: Jrol.m>M or!m~. 

泛:. VVil li; ニニ Kll<il-.y こ h:_-l- コ-. nj, で 

惡 ロ多シ : r ミニ- ノ UJ 一一: 一:. ョミ f:,,i 二 二 FS) 

へ (一: :ー5 一, <_< !- 一 Jrv:El, 一」 vi 一一 

ソノ 理由 -—— 時代. 一 

二 i:--"l<ll .h: さ <ーニ, \V I 二 1、11<>|., J I.;_,w 二-: r 一 13, 一- J 一- <>I.H: 一-, 一 こ 二. 

一一… y^H ニー, 一二,, ハ技ノ :1 一, 一一: ilj 乂ィテ 見. - べシ。 

i 、表 的ナル モノ 三種。 11 

特 一一 .phuo き phy of C<mj ミ fdrsn 一一 就 ィテ述 ベン c ソ/ 理由 —— 包容 的。 

? <>f P.3. 〈異色 アル 論文 ナリ。 

. さ薦 つ- ノ 創作 假 定ヲ說 明セ ル モ , 。 

一- S の 言。 

正確 サ. , , i"t2-ti§. , 



494 



(16) (J 5) (14) (13) 



Baudelaire の 言葉 一 一 つ 

V 詩ハ pleasure ノ 爲ナリ 

Letters to Mr. —— (1831—2:1. 歳) 

PI. ヲ immediate object 卜 ス : Science : Tr. 

Pleasure ハ美ヲ 感ズル 所 ヨリ 來ル 

,rlle most intense, tlie most elevating, tlie most l:-.ure ハ 美 

(原) 

又 Poeiic jPrlnc さ i ーテモ ロト 一一 一一 tl フ 

〔diclactic ,斥〕 

Art for art ぷ sake の先驅 

更 1 一 ソ ノ美ヲ 表現 ス ル 一一 ハ 如何 一一 ス 力 ト言フ 一一 totality of effect ヲ 必耍ト ス 

long T〕oem , 

short po$m 

散文 一一 ハュ ルス rkn 蒙 a 

如何 ナル 美ヲ 最上 トスべ キカ。 tears ヲ誘フ モノ 卽チ melajsholicj 

-alxleni: and sad 

Baudelaire .1 a little .vaMue 

, opens tlie -way to tlie imagination 

7^ Ee:uity + strangeness 

racsn の 言 荬. —— Alphonso Smitla (海 大、 vir.) 

ゆ 大體 カク ノ如 シ。 of corn. 一一 ョル。 



他 其 旨己季 



49b 



W 果. シテ t.oe ハカ タノ 如ク 詩作 セリャ 否ャ。 予ハ 多少 ノ 誇張 ァラ ズャト 思フ。 

g. wut コ レ ダケ ハ 動力 シガ タシ。 卽チ P ハ 作品 ノ craftsmanship 二 鋭キ目 ヲ有シ タル 事。 . 

t It is tlie curse of a certain Idnrl or mind, け liat it can nevew rest t.:at】s:Becl witli tlie consciousness 

of its ability to do a thing, rsot even content witll doiti-g it. it must t-otll linow and sliow liow. " 

Qi, (cryptography 〕 

^ ココ 一一 テ モウ 一度 specific へ カヘル。 Since, 

plagiarism ノ非難 n- Hawtliorne Lono.fe】low. 

l^rAe Haunted palace 0839, April) 

.j 

一 77s Beleaguered City (May ソ 

g Hawthorne 論 ハ最モ 有名 ナリ。 ソノ 理由: Hawthorne ト 彼トノ 類似、 彼ノ 短篇 小說論 

^. 彼ノ 短篇 小說 論: 短篇 一一 限ル 

詩ノ rhyme ハ truth 一一. 至ル 邪魔、 terror, passion, sarcasm, liumour 等ハ 短篇 ノ: HI 的、 only 美ヲ 目的 

二 ス ベ 力 ラ ズ 。 

^ コノ tmth ノ 問題 ヨリ verisimilitude ノ 問題 起 ル - 

Poe ノ Bobinson Crusoe 

fhe A きひ Mures of Jirthw. Gordon P 磨. 

The Journal of Julius Bodman. 

- Tfie Fact in tfte C 翁 of M. valdemar. 

Descent mto the Maelstrom. . 



496 



お. 力 カル pee ノ 評論 ノ constructive ナル ハ問 フヲ待 タズ、 殆ド 作法 指南 書ナリ C 

Barmbu Rudge ノ 批評 

1 j prospective / 

ノ teclinician 

にソ l.el;rospe 。け lYe\ 

^ 又 roe ハ彼 自身 コノ method 一 一忠 實ナル 故、 彼ノ 批評 ハ 彼の 作品への introdriuition となる。 

To men. 

Tlie Pit and 〔さ el pendulum. 

TVS ins of perverse. verisimilitude. 

The Tell-tale Heart psycto -analysis. 

Tlie 131 ack cat, 

^ originality, totality of effect, did;stic 否定、 plagiarism ダ 卜カヲ llobTbies トス ト言へ ル。 

^liirjis Campbell Tex. JPh. D.〕 

^ 509 ノ 大典 〔ロシア〕 

一 waudelaire <& Mallarm^ 

Emerson Henr,v James 

D:lcK.ens 

^ 死 一一 ザ マ 〔- Baltimore〕 —— Griswold 



他 其記竽 



497 



K A. I*, ciied. Tpls statem つ nt will stal.tle many tmt few will le wl-ieved. - 

(The AutJiors of America. 

卜4 Critical .tustovy oj 」S€HCC1S Literah,re 

Annabet K€e 他人 ノ手 

TJie Bells In type 

墓。 弗 1000 ばかり〕 〔貨車〕 

fls65— 死後 16 年 3S0 弗 

US71 (六 年) § 邦 

へ Lowell— 殘念 乍ら 出席 出來ズ ( 四 行) 

Bryant -御招 寺 難 有, 候 

, Whittier —— 原則として 晴れの 場所に 出ぬ 

Longfellow —— 出席 出來 ヌ 

\Walt .whitman Good, Grey Poet (DemocraHC Vistas ン 

(昭和 一 一年 五月 新 潟 高等 學校其 他に 於け る 講演 の 草稿〕 



498 



小 說の讀 み 方 



^ 題して 小 說の讀 み 方と 云 ふ も 或は 批評家の 資格と 一 K ふ を 妨げず。 何と なれば 讀者は 或 意味に 於て 批評家 

たるべき を 以て 也。 故に 存外 大 問題な り。 

二 小説と 云へ ど 內容は 千 差 萬 別な り。 猶瀨戶 物と 云 ふ も 丼 あり 皿 あるが 如し。 文學の 標榜す る 所が 何と 何 

で、 表現す る 題目の 範圍が どこまであって、 表現す る 手段に 幾通りあって、 將來の 文化 發展 と共に どこまで 

それが 擴 るか、 —— と 云 ふ シス. テ マティックな 研究 は、 今まで もなかつ たし、 これから もなから うと 思 ふ。 

それ 程 complex なり。 たと へば 一九の 〔凡 三 字 缺〕、 イリ アツ ド、 西遊, 記、 罪と 罰。 故に その 差別 を 認め ざ 

るべ からず。 卽 その 作品の 立場に 自分 も 一度 は 立たざる 可らず。 然ら ざる 批評家 は: S 子 定規な り。 たと へば 

一九に 壯嚴 なき を 攻め、 イリ アツ ドに 諧謔な きをせ め、 西遊記に』 M なき を 攻め、 罪と 罰に 神" 甜 11 渺 たる 趣な 

きを 攻む るが 如し。 その 出た、,: めなる 事 論 を 待たず。 是に 注意すべき 事 は その 差別 を認 むる を 個々 の 作品に 

就いて なす 事な り。 作者 自身の 思想 傾向の 變化。 フ 口 ォ ベニ ル、 スト リント ベルク (自然主義 時代、 イン フ 

ュ ル / 時代、 マァ テル リンク の 影響 をう けた 時代、 グ スタ ゲァス • ゲ ァ ザ ノ)、 ロダン。 

fil 旣に丼 は 丼、 皿 は 皿と 認めたり とせよ、 その 作品に 於け る 完成 を 見ざる ベから ず。 (皿の 用と 形、 卽内容 

と 形式 ) つまり 今まで は 内容 をデ イフェ レンシ ェェ ト したの なり。 今度 は その デ イフェ レンシ ェェ ト された 

内容が 或 形式に よって どの位 完全に 表現され たかを 見る。 卽個々 の 作品に 對 する 形式的 考. おなり。 形式と は 

何 か。 「人生の 爲の藝 術」 派の 形式 輕蔑 論、 その 概略。 され ど 形式 は 文" 笑 リズム〕 i (スタイル ある 文章と 名 



他 其 記 手 



499 



文 )4 技巧— >觀 照 (これ は續畫 彫刻 音樂 にも 云 はるべし、 唯 マイ ナァ . ァ アト は 例外と す、 形式の み)。 卽 形式 

と 內容と は f ま e する 事と なる。 唯 作家の 主觀を 通過して 自然人 生 を 再現す る 方法な り (白と 白墨)。 故に 形 

. 式の 考察 は 同時に デ ィ フユ レンシ hi H ト された 個々 の 內容が depth の 問題と 變 化する 事と なる。 淺 薄なる 

內容に 深刻なる 形式な し (藝 術の 爲の藝 術)。 是に 於て 茶碗 相互 を 比較して 採點 する 事 を 得 (全然 同 一 傾向の 

作品 少な けれども〕。 サ ラム ポオと リットン 或は ダン ヌ ツイ ォ、 モ オパス サンと クラ カツ ソォ プ。 

泗 さて デ ィ フユ レンシ ヱ ^1 トされた内容相互の關係、 評價の 問題な り。 卽 茶碗と 丼と いづれ が瀨戶 物と し 

て 最も 好む やの 論、 各人の 自 ft なれ ど (皆 わかる 人 は 趣味 廣き 人) 勿論 その 自由 を back すべき 理 S なかる ベ 

からず。 その 理由な くして 妄に甲 を 擧げ乙 を K す (下戸と 上戶) は暴擧 なり。 又 その 好きな 理由 は 多く 相對的 

で絕對 的なら ざるべし。 その 理. m は 5: 時代に 依って 遠 ふ a 布臘 時代、 現代〕。 g 人に 依って 遠 ふ (ケ H ベル 先 

生、 私〕。 しかし それ は 飽くまで も 好き 嫌 ひの 問題で 上下 優劣の 問題で はない 箬。 …のみならず その 好きに 

偏す る 時 は その 傾向の 作品 だけし か 分ら なくなり 易い。 その上 その 傾向の 作品 自身に も 高下 をつ ける 事が 困 

難に なり 易 い。 口 オランと アナ トオル • フランス。 

ぼ i: 作品 個々 の 立場。 g 立場 を 認めた 上での 內容 形式の 問題。 S その^ 題 を 解決した 上で 個々 の 立場の 比 

較。 最後の 問題に 關 して は 予 自身もう 少し 立ち入った 見解 あれ ど 省略す る 事と す。 (予は 最初 批評に ついて 云 

ふと 云へ り。 され どこれ は 創作に ついても 云へ ると 思 ふ。 卽 表現 能力 を 加 ふれば 可な り。〕 唯 この 立場に 新 

しく 深く、 廣く觸 れた人 を文藝 上の 聖人と 云 ふ。 

(大正 九 年 五 月 東京 高等 H 業學校 に 於け る 講演の 草稿) 



う 00 



3 



内容と 形式 



A 題 ノ因緣 及ビ說 明。 

M.-?^^rt-s —— 文字 を ユビ の means とする。 

Art 一 彫 Block 

( 一昔 Sound . 

Form and Inhalt. その 意味、 及び relation, 又 それらの actaptation. 

; POJyplar meaning 紅茶 々 碗 

道ば たの 木 撞 の 例。 2、。 

\廣 い form. 一般の form. 約束。 

一 Form —— 五 七 五 \ 狭い fo】-n, 句、 歌、 詩、 小說ノ fcrm. 

t Inhalt 11 Meaning ^^ ハ問 ハズ。 後一 一読 カン。〕 

〉 Iphalt の說 明, I Ft. (散文 or 他の 語形 or 句 ノ形ヲ 力 へ レバ 變ル。 ) 

: Form ana InlKllt の 相關々 係 —— 葉卷、 ^卷の is;- 

. Convenience 第 一 。 水 湯、 畫模 採、 動植物。 

〕 If 禱 If 〈五 七 五の 管。 二 j f 



他 其 記 手 



501 



(以上 第 一 段) 

B Inhalt 論 

1 First mistake —— Inlialt : a moral thougjlat. 

一 木槿 1 月並 . 

-馬琴 11 小說 上の 勸善 懲惡 

(Ibsen, Tolstoi 等の drama, novel の 類 

2 Second mistake Ipllalt : a tllou^pt or ccxpce づ t l.eiiTOious, political, economical, historical, s? 

enti ゆ c, eUj. 

3 然 ラザル 所! ZKSgond ハ First ヲ含 ム。」 (脫 精、 禁煙) 

V Thought ハ 感銘 ヨリ abstract シ 得ルモ 感銘 ハ thought ヨリ reduce シ 得ズ。 

(crime and Punishmcnf, cramquemlle, 藤 十郞の や J 

^ Thoughtless ノ 作品 ァリ。 

(-scdambo, Mdsvmmcr :N.lghf s JJream, お 絹と その 兄弟) 

故 一一 thought ナケ レバ Inhalt ナント ハナ ラ ズ 。 且 thomght ハ 作品 ノ 價値ヲ 加 へ ズ 。 (價値 ハ後 一一 說カ 

ンっ) 社會 主義 ト文 藝。 好悪 11 HI き ナル可 ラズ。 

4 Tliird mistiake InJaalt OUTOllt not tc- comprise a tllouTO ば t. 

- j A ■ Thought アル 作品 ハ 上述 ノ如シ 。(岩 野 泡 鳴) 

IB 印象派の movea-ent との 比較。 

5 lulialt : ; E+f ナリ、 whole ナリ。 



502 



附言。 一 句ノ 場合 モ然 リ。 「沈 默ハ金 ナリ」 「太陽 ハ 金貨/如 シ」 「時間 ハ錢 ナリ」 「月ハ 銅貨 ノ如 シ」 

(以上 ヲ 第二 段 トス) 

C Form 論 (principle) 

1 First mistake Form: 比 聽£ (明 兪、 晴 i 讽ヲ問 ハズ) 

j 沈默は 金な り: 沈默は 尊い 

ー頰が 薔薇の やうに 赤い: 頰が 赤い 

2 Second mlstals Form: 巧 (比.^ ヨリ mote complex な ^--^c^^ ^ 

j 有 馬 山 稻の維 原 風 ふけば いで そよ 人 を 忘れ や はする (古今 猿と 萬 葉 集) 

一太 陽が 欲しい。 1 - 光が 欲しい。 闇が いや だ。 11 銀と プラチナ。 

3 Fol,m と 文 flf か 1J 支配す る ; pri;poil:>le なり。 

人語 相互の llal.nlony.z 

/獨 立せ る 場合へ— そ の musical efCect. ン久米 氏と 僕 

S ー頰が 薔薇の やうに 赤い 〈 \ その concisexiess. / 

. \ 複合せ る 場合 

(頰カ 赤 1^ . 

; s'.f 道ば た の 木 權は馬 に 食 はれ け り 一 

一道ば たの れんげ は 馬に 食 はれけ り fs..&f お、 

、道ば たの 木槿 は 馬に 食 はれけ り) y 11^ 

道ば たに 馬の 食 ひ 折る 木槿 かな 一 Form 

, 花木 機 馬に 食 はれぬ 道の はた, 



他 其 記 手 



503 



(d) (C) (b) (a) 



注意。 形式と 内容との 不可 別。 殊に 句の 如き 短詩 形は然 り。 

^ 小說、 戲曲 デハ、 字ト 字、 文ト 文、 囘 ト囘、 全 體ノ組 ミ上ゲ 方。 

(以上 ヲ 第三 段 トス〕 

V 賈直論 (outline) 

1 .1 内容の 慣値 (菊 池 氏ノナ ラズ) 

形式の 價値 

2 形式の 價値 

Harmony の 整った モノ。 

句 や 歌より 小 說戲曲 は複雜 なり。 

最も 不變 なる 部分 :gs〇 の ク Rspbrandt の 夜番。 

But 固定せ ず。 酉定 せる ま 型 (alDstraction ン。 Aristoteles の Law, Wagner. 

3 内容の 價値。 

1? Keh.gious, politic ヒ, etc. の 價値ヲ 除ク。 (ヨブ 記、 Arms ard に 卽 Artistic Wert (所謂 詩的なら 

ず。) (Dostoefsky の Karamazs ふ 

^ 予 ハコ ノ點 l、M.rt pour Part なり。 

め ソ ノ隨準 ハ 何處 一一 アル 力。 Norm ハイ ロイ ロア ラン。 Tragical, comical, lyripT-l, etc. ソ ノィヅ レ 

. 一一 テ モヨ ィ。 文藝ハ 廣シ。 笑 ト淚、 眞 面目 ト 冗談、 S の悲と M の 喜、 武者と 宇 野。 . 

g 文藝 殊に 小說戲 ffi は 人間 生活の 表現な り。 それだけ 一 つの 作品の に t W. を 構成す る もの も 8m. 

f なり。 夜の 宿の 言葉。 吾人 を 見よ。 善悪 喜 怒、 religious, politic^al, etc. の 思想の 一 切 を 盛る。 Ts- 



meglous life! K ぜんとす。 又飜っ て 小1|^^戲曲の傑作を見る に然り。 この 前に は art for al,t>s sake は 

消滅す。 予は ">",t for arrs sake の 論者なら ず。 

4 コノ兩 惯値ノ 豐ナル モノ ヲ 傑作 ト 云フ。 コ/ 傑作 ヲ ナス モノ ヲ 犬才ト 云フ。 

f VVHindell- an<l .prdludieh 一 

天才の 部分的 reoognition- 



ixew 形式と New 内容- 



一 Campania 

—— OM-^^^^^ Berlioz- 



lour own sake I 

(大正!. 二 年?) 



4 

o 



他 其 記 手 



3 weajolossos i;ho 

\ baseness 

M 一 desire I。r -vvorklly po メ vers ヽ 

/cowardly 

ii 1 sensuality 

* 

ill 1 incipience 

Don-t forget tliese pro my (Ipatll-ensnies ! 

〔大正 五 年〕 

〔 一 月 十六 曰〕 弟、 岸と 共に 来る。 晴日。 

〔二 月 十八 曰〕 久米、 土屋來 る。 大龍 寺へ ゆく。 夕日。 夜べ ルリ ォを よむ。 興奮す る。 - 

〔二 月 十九 曰〕 F の 事を考 へ る。 Egoism of tho .unhapl:5y. —— 夕方 月の 下で 犬が 二 匹ね てゐ るの を 見る。 

Artist の 病に 三つ ある。 £ い,. - ものの 模倣。 ,〔„ 、時代に のる 事。 S 人の 惡 作に 對 して 安心す る 事。 ! それ 

以上 は 病で ない。 Artist にと つてで ある。 



506 



〔 一 月 二十 曰〕 「鼻」 を かき 上げる。 久 米と 成 濯と 夜お そく Caff; Lieu ではなす。 かへ りに C の 事 を考へ 

る。 かはい さう になる。 

〔 1 月 二十 二 曰〕 成瀨 へ トルスト ィを 達る。 :-7 枚。 夜 wersoB/.Miss) & 〇re(Mr.;} の CQncert へ ゆく。 

Ginza Caf か で宮 島の 死んだ 話 をき く。 死と Kunst と。 . —— Nur Kraft ist der Kern dor Kimst. 

〔一 月 二十 三 :II〕 畔柳 先生の 所へ ゆく。 それから 八 田 先生へ ゆく。 留守。 Voltaire を S ふ。 山 本へ 手紙 を 

出す。 F を 思 ふ。 Ten の 問題が 頭へ こびり ついて ゐる らしい。 何 を 見ても Tod ばかり 考 へる。 

〔一月 二十四日〕 小説 を かく。 C を 思 ふ。 さびしくなる。 - 

二 51 十六 n:〕 今まで ぼく は 彼等の 愛の 中に 生きた。 これから は 彼等 を ぼくの 愛の 中に 生かして やる。 

たと へその 境に 彼等が ぼく をに くみ、 ぼくが 彼等 をに くむ 事が あらう とも。 

侮 軍 士官 の 話 を かき つ t ける。 

間 欺 的に くる Y の memory に壓 倒された。 

〔 一 月 二十 七 2〕 夜 山 本から 平 塚の 入院 を しらせて 來た。 その 時 己の 心に は victor の 感じが うすいながら 

あった。 人間 は 同胞の 死 を よろこぶ ものら しい。 恐し いが 事 寅 だ。 上 瀧へ 手紙 を 出した。 



他 其 記 手 



507 



〔 一 月 二十 八 曰〕 平 塚 を 見舞。 殆 何事 もなかった。 Spitzen だが。 犬が 二 匹 共 犬 ころしに ころされ たらし 

い。 かはい さう だ。 おや ぢが ふさぎき つて ゐる。 F を 思 ふ。 

〔 一 月 二十 九日〕 久 米から 赤門 雜 誌の 事 をき く。 成瀨、 久 米と パウリ スタ へ ゆく。 Art の monism と para- 

sitism について はなす。 矢 代 をと ふ。 夜 熱が 少し ある やう だ。 おや ぢが 犬の しんだ ので しょげて ゐる。 

〔 一 月 三十 一 曰〕 甲の 前で 乙 を ほめる の は 甲が 全く 乙 を しらない か or 乙に 感心して ゐる 時に 限る。 甲が 

乙 を輕 蔑し てゐ たら 決して 乙 を ほめない。 

日と 烙印と。 

F を 思 ふ。 

他人に 與 へられし ipjsT と 伴 ひて 起る 自已强 大感。 

低き 動機の 否定に よる 善人 は それ を 高調す る惡 人に 劣る。 

卞 

1 圓 やって よろこぶ 顔の みられた 孫が 大きくな つて 自分の 小づ かひで は よろこばせる 事の 出來 なくなった 

(しかも 愛して ゐる〕 祖母の さびし さ。 

最大の 不快 は 現在の 諸 制度の 缺點 より 来らず。 その 制度の 止む を 得ざる を 認めて しかも その 缺點 を發 見す 

るより 來る。 



兄弟 +女 - 

始めは 兄が 弟 を 殺す かの 如く かき 女 を ころす に完 る。 

r Thoro is tsmettdn^ in tlie darldess, - says t-lle f^ldelr Tbrofller in tli つ Gate of Rasjlo. 

兄 は 貪 操 を 肉體に 限らん とす、 弟 は それ を 精神に 限らん とす。 

この 葛藤 bodily に すれば 明なる も難點 多し、 spiritual に すれば 不明なる も moral value あり。 

兄と 女との 關係を depict する scone. 11 朱崔門 C? ) 邊偷盜 の 集合す る 光景 パ女は 覆面に て 出で 兄と 弟 は 

そのまま 出す。) 兄の そこ へ 赴く みちより 書 出す。 

中に comical scene と abstract allegory と 入れん とすつ 前者 は 狡猾なる P さ 21 の 人物に よりて 起され- 

後者 は 老人に よりて 起さる e 

發 端— — 老人の 盜贼。 eostcefsky の 「虐げられし 入々」 の發端 をみ よ。 

病人 及 弱者の f^goism を爵 かんとす。 

兄弟の enmity 及 その 肉親の relation の weak なる 點。 



他 其 記 手 



509 



人身 賣 買の 問題。 

牛 頭 大王の 夢。 或 人の子が 痘 死す。 卽廟を こ はす。 

關 帝廟。 道士 あらかじめ 毒酒 を與 へ て 無頼に 帝廟 を 罵らし む。 利益 分配 爭 ひより わかる。 

皆、 神の 無 を 語る。 婆來 つて 否定す。 (Tls,e is something in the darkness.)* 

朱 雀 門 上の 火。 

-X- 魔 eld witcli. sarut in the lire. X what is it - one asks. : YThat is in the darkness 3 け lie 

reply. 

弟 は sly. —— 放免と なりて 兄 をつ かまへ に來 る。 Frat ミ! lal love の explosion. 

Witch の 所へ 二人の 仲 を separate する 事 をた のみに ゆく。 witdl は 女の ©。 

•i 爭 ひも 入れるべし (刀と か 玉と か をと つた ものの 妻になる と 云 ふ 所〕。 

女が にげて くる。 男が おってく る。 それ をた すける。 それが 緣 になる。. さてあって 見る と 女 は 前の 男と 一 



510 



しょに なって ゐる。 

婆さんの 所へ thief はいる。 Thief 婆さんに ゆるしても らふ。 外へ 出る と Frau の 放免に:? :- まれて くるの 

にあ ふ。 さう して 自分 をと りに 来たの かとお それて 始 ちょいと かくれる。 

牢 中の 女の くれた 花 をみ る 件、 11 卽 すく ふ 前に 女 を 見 そめる 事 を 入れよ。 



屋上の 鷄 



ヘル 口 



牛車 (俵 をつ む) 

乞食 

屋上の 石 

山 法師 

路傍の 卒都婆 塚 

お i に 1! 里子 すす 

洗 馬 (三人の 下人〕 

鼻 を をた つる 人 

薪 をつ む 馬 

柳 千鳥 



布す だれ 

井戸 

太刀 持 

う 5 ま 

鎧函持 

主 入 

蓑の 下人 



兩が はの 人 

扇の 間より 見る 人 

棧 しきに 傘 さして 見る 人 




窓に ひさし 戶 

下 は あじろ 

およぐ 子兒 

D .rr ひ 力 力 I- 



他 其 記 手 



511 



島 居 



傘 

手に 下駄 を はく ゐ ざり 



土まん ぢ うに 卒都婆 四 本 

一石 塔婆 二 本 (兩 側〕 

- 圓項 石塔 

パ 石垣の 上に ある 

すずし の 生絹 の 水 干 をき た 童。 

菜 をうる 販婦 (ひさぎ め)。 菜 はいらん かな ( 

つばせ り、 1 4 采 はいらん かな。 

播 磨の 國飾 磨の 里。 

卯 花の かざみ を猜 た. 女の 童。 



米俵 をつ けた や 

大きな 扇 

井戸に ふた あり 

俊 をつ む 牛 J 



. す 1^ な、 すに しろ、 あしな づな、 せり、 はこべら、 み 



大友宗 麟 Iconoclastic novel. . 

賓 家良秀 11 鱧拜 不動。 

男地藏 —— p§ の ま 画 In 0/ Amheim. 鷗 外の 傳記 的に hard にかく- 

Assignation (poe ン Venice 日本 货節 (筋 未定 ノ )0 



uEstlieticism の 公卿が lepra にか かる Thenla. 



512 



殺人に interest ある 役者が つとむる 殺人 場面。 -:i 德川 時代に して 書け „ 



二 



1 先生 . 

2 志賀 氏の 家 (松 江) 

3 師走 (山 田と の 原稿 い きさ つ ) 

4. 第三 新 思潮 時代 G ス ク ラ ッ プ 



5 第 四 新 思潮 時代 の ス ク ラ ッ プ (松 岡 の 寐顏 3 

G 鈴 木 三重 吉の ゆ St impression (夏) 一 

7 成 獺の 手紙 • 一 



、信 房 



イセ テ イシ ストに して レプラ なり. 



スケ ブティック なり- 

^ 信 法師 ファナティック にして 肯定 家な り 

義 信の 戀 人な りし 女房 



> 否定 家な り 



Confess しても 權 deatli を 恐る る 僧の、:: 3 理。 (卽 punisliment の hcl.ror と death の llol.ror との ノど 

知りし lloTror.) . 

死の horror の爲に 自ら 死す 心理。 : 



他 其 記 宇 



513 



紅茶 11 戀 人の 姙娠 を墮胎 せし むる 話。 _ 

人面 瘡 ! 自分 の 顔が 向う の 膝 へ 出る 話、 役者 立 廻り の 時 膝 をう つ て 怪我す。 

素 盞嗚尊 —— 1) revolt 2) IVIaturity. 3 ) Elder. 

曰 本武尊 Its 運命の 輕蔑。 Pride. (熊 襲) 

S 運命に 祝 さる。 (燒津 ) 

@ 運命に 呪 はれつつ 免る。 ( 姬) 

. 阁 運命の 勝利。 (伊吹山) 

寫樂 —— 4 之 居に の を 見、 Kfe に 芝居 を 見る。 

鷗外氏 11 歌 日記。 (二つの 生と 一 つの 死、 動植物の 生と 入 間の 死。 

竇壁 11 如 夢幻 泡 影。 • 

曾 呂利新 左衞門 の 死. I 洒落 のめし つづける 爲の 死。 

探偵 ! 聯想 實驗法 の 衝突す る 例。 

川 舟 11 芭蕉 の 死に 對 する 門弟の 態度 (花屋 日記) * 

S 去来 壓迫 去る 感 8 丈艸 利己的 さびし さ 

g 乙 州 悲哀 享樂 • ゅ支考 一度 師の死 をね が ひし 悔恨 

. ^正秀 芭蕉 門下なる 事 を 師の柩 と 同舟す る 事に よりて 示さん とする 心 

ゅ惟然 今度 は 己の 番 だと 思 ふ 心 の 其 角 女に 對 する 欲望 

,< つ Acciirsetl objectivity = 支!^ 



514 



第 1 1 世 之 助 の 話 11 最 よき 妻 は 貞淑なる 娼婦。 

業火 燃える 時 の みロ說 くに 成功す。 

ロ說 きたき 女 ほど 口 說く氣 せざる 矛盾。 

ホ 

S 大殿は 地獄 變の薛 風と 共に 娘 を 返す 約束 をす。 

g 良秀 始めは 娘 を 忘れず 次第に 仕事に 熱中す。 

地獄 變。 (右二 ケ條 書き 加へ よ。〕 

ホ 

男、 女 を 愛し その 女 他の 男と 結婚す。 蓋 女 男 を 愛しし かも 男の 愛 を 知らざる 也。 後、 嫉妬の 爲に夫 を 殺 

す。 女 はじめて 男の love を 知る の Thema. 

ふや 

利 休の アン 1 一 ュ ィ 

新 井 白 石 —— . These + Antitllese. 

荻 生徂徠 11 紫雲 

賴 山陽 —— map 

女が 男 だと 思 はれて ゐる話 —— Saint Maria. 

日蓮の 受難 , 、 

傘 張 11 俗人 〇 放下師 11 一 切 を 滑稽 化せん とする 世間 智 

若き 禪僧 11 傍観者 漁夫 11 信者 - . . 



他 其 記 羊 



515 



〇 良寬 i 反對者 童子, I . Joy の 人格化 

侍 -—— 半信半疑 時宗 ! 爲政者 

〇 最後の 天變 

ネ 

physical メ vo ド, 1(1 の psycllolo^y に 對 する influence. 

病人と 看護婦、 - 1 看護婦が 蠅を つかまへ ると 病人が 寐 ごとに いたいと 云 ふ 話。 

ネ 

女 男が 己を戀 せる ものと 思 ひ 夫に それ をつ ぐ。 夫 男と 絕ゅ。 女 後に それ を悔 ゆ。 而 して 己の その 男 を戀せ 

る を 知る。 

聖母 マリヤ 吉 原の 女郎と なる 話。 I - 道中の 途中より 昇天す。 

自分の 尊敬す る 人の 自分に 對 する 評 價を當 てに して 自信 を 保って ゐる 男。 相手の 評 價が實 は negative な 

る を 知る と共に 自信 を 失 ふ。 

日本の 歷史 にも ク リ ス ト 出現の 當時 奇蹟 ありし を (或は オリ ンプ ス 時代 ありし を も) 語る 文書。 i 南蠻僧 

の 手に 成る もの。 

ネ 

うるがん 伴天連 京都へ 入る 話。 —— 美しき 悪魔の 告白。 . • , 



51S 



赛 通されし 夫と その 妻 (姦夫 を 憎める〕 とその 姦夫 (夫 を 憎める) との triangle. I . 最後に 夫、 妻と 姦夫と 

を 殺す。 

村 の 習俗と し て 姦夫 姦婦 を 罪す (: 古代)。 

ホ 

今昔の 本朝 六 (39ro 11 女 男に 對 する love. 男— 蛇。 觀昔殺 蛇。 女 ー 失戀" 

Nil. I 女 (妻: >夫 の 死後 その 情婦た る 疑 ある 女に その 祕密を 明 させんと す。 然るに その 女, 實は夫 を Icve 

し detest されし ものな り。 その 爲 反って 情婦たり しもの の 如く 裝ひ 妻の 心 を やぶらん とす。 

ホ 

芥 川と 龍 之 介と 分れる 夢。 11 馬上 龍 之 介 を 落とす。 

ネ 

舌 だけ 活 きて ゐる 話。 11 夢 テ ー マ 未 考〕。 

李 太白 酒 を もら ひ 一 生涯の 1 moment を やる 話。 

ファウストの 序曲 を模 すべし 

Every ma,n orbrality) の 狂言 化 

踏繒の 話の 短篇 

古 侍の 元祿 武士 評 . . 



他 其 記 芋 



517 



Love. . Interest, love or conquest, pi>n.ctic:il beal,inof. sex. 

〔妖婆〕 . 

Magician 女 を trance にし、 その 所見 を 語らし め 書く 。(自己が やれば さめて 忘る る 故。〕 女、 戀人 あれ ど: 

magician の 離さざる を惧れ 男と 計りて trance を裝ひ 男と 一し よに せず ば 魔術師 死すべし と 云 はんとす。 

さて magician 女 を trance に 導く や 女 之に 陷ら ざらん として 得ず。 遂に 陷る。 覺 めて 後 magician 憤然 

たり。 女 家へ か へ れば 程なく 魔術師より 手紙と 金と 来る。 女の trance に 語りし 所 語らん とせし 所と 一 致せ 

るな り。 . 

或 mysterious なる 園 遊會。 mask せる 男女の 群。 印度人の magician 月 を 廻す。 孔雀 を 吐く。 

氺 

衣服と 人と 離れて 活動す。 

CrMst. . I 果物 賣の 小娘。 

牧師の 林檎、 林擒の 中に Christ あり。 

氺 . — 

敵 をと りひし ぐ、 クリスト 敵に 似たり。 



518 



マリヤ、 クリストの love story を 信ずる 言 徒の 專道。 

氺 

む 中。 かけ 落ちの 途中、 女 rape さる。 男 を 殺す。 (stoly beyond the sea. —— . Fril Sf0^ 

Legend ン 

娘の 後 夫 知らず して 前夫の 僕 を Sebastian にせん とす。 娘 夫に こ ひて ゆるし を 得、 他の 囚人に 代 ふ。 他の 

囚人 は 前夫な り。 前夫 死す。 娘 夫の 僕 を 殺さん として, 得ず。 共に 泣く。 後 夫 来る scene. 

Los CapncliOf\ 

齒 11 装飾品 . 

靴 11 人 皮 

何 を 書いても 一 度 前に 書いた やうな 氣 のす る小說 家の 話 11 過去 身 

永 夫の 妻——老 乞食 

長: i- でお 菊さん に 遇 ふ 話。 

作家が 己の 作品の ismortltlity を 得る 爲に SU1 を devil に賣る 話。 1 1 紫 式部 or 暱 islT 中。 

精神的に 冒 險的^ 神つ よき もの あれ、 これ を デカダン トとー K ふ。 ! 猛 使。 



他 其 記 手 



519 



人 は 苦難に 處 する cpse すら 第三者の 地に 身 をお く 程 茶氣を 有す (己が 死ぬ 時 を dramatic に 想像す る 如き〕。 

二人の 肺病. 员者の 話。 11 妻に 「お前の 病氣 はもう 好い よ、 すぐ 癒る よ。」 And さびしき 氣。 Egoism. 海岸 

でもう 一人の 肺病 患者に 遇 ふ。 

自然に 因果 存す、 され ど 因果 的なる が 故に 自然なら ず。 (必然性 は 偶然 を 寛容す る 所に 生ず。〕 

氺 

- f 来らば 

The Way of Destiny. . 1 1 踏切に 汽車.^ 來ら ずば 

(待つ 事 ありて 来らば 

本 田 子爵の slerism. 11 Wonder を 求む る 人間の 心。 欺かれたい III 欺かれぬ 時の 失望、 アン 一一 ユイ。 

男を飜 弄して scgdal を 得ざる 女 i-l 淫婦 

その 反對 = 愚婦 (§ s-lled 淫婦) 

姐妃 のお 百より 毒惡 にして 誰に でもよ く 思 はれる 女と contrast しで 書くべし 

女の 云 ふ 事 を 男の 云 ふ 事より ? S とする 世間 

或 女 男に 身 を 任 かせず、 ごめんなさいと 云 ふ。 後ち よいと した 時に も 同じ emphasis で ごめんなさいと 云 

ふ。 男 怒る。 



520 



春の 彼岸に 山 へ 人れば 木と 夫婦に な つ てし まふ (出 雲の 神 々 ) 



《赤の 女 

外の 女の 12 er を戀ふ 

その 戀を すて る 時髮黑 くなる 

木との 結婚 をす る爲 山へ はい る 

狐昆 

£ 長者の 家 , 

ゆ 同 庫 

^山の 中 



姊男 を戀ふ 男 妹 を戀ふ 

姊 石神の 婆に そそのかされ 妹 を 木の 妻と す (手段 未考) 

姊又男 を ロ說く 男 却く - 

姊婆 よい 代れば 妹 を 助く と 云 ふ を 聞く 

Cliaiax 姊の死 

の 妹 を 木 の 妻と する まで 

g 男に 却 けらる るまで (代る suggestion) 

g 妹に 代りて 死す るまで 



一一 一 



女 A の 名 を 利用し て B と あ ひびきす ( 

氣 がした からな り。 

女 始めて 丸鬆に 結 ふ。 影が 自分で な, 



女と A と 未知。 女よ そに て A に にす。 その 恩 を 報ぜない と變な 

- やうな 氣 がする。 . 



他 其 記 手 



521 



女 城 を 守る。 男攻 む。 女 男に 惚れ 妻と して くれれば 城 を ひらく と 思 ふ。 男 許す。 一 夜の 後 男女 を 磔刑に す。 

氺 

兄弟、 婢を 愛す。 兄 結婚す。 婢 不貞。 弟、 その 不貞の 愛 を 担ぐ。 姊、 弟 を 僧む。 兄、 弟を劬 はる。 弟、 姊 

の 僧に 苦しみ 兄の 愛に 苦しみ 自殺す るに 了る。 

夫より 卑しき 人格の Frslz 故に の 夫が のの 夫 を 同類と 思 ふ は 潜 越 



蔡 通の case ハ 、 

f Frau より 卑しき 人格の 夫 \ S の 妻の S の 妻に 於け る も 同じ 

ランデ.. ゥゥ。 停車場。 女 来る。 男 見る。 女 男 を 見ず まづ 化粧室に 入る。 男 微笑す。 来る。 鏡 中に て 會ふ。 

氺 

人力 or 自動車、 速力 早くな りし 如し。 氣 づけば 唯 狭き 路に 入れる のみ。 

ク リ ス ト 賣春婦 の 梅毒 を 癒す。 . 1 . 賣春婦 自身 の 話。 

女と 落 合 ふ。 落 合 ふまで 捉 はれた る 感じ。 落 合 はんとして 遲れ 女に 遇 はざる 時の Icseliaess. 

夫婦の 愛が 漸く 薄くなる 時、 夫婦別れ をし なければ ならない やうな 事情が 起る。 急に 二人の 愛が 深くなる 

子女と 食つ く。 父 女 を 子に 醜と 云 ふ。 後、 人に 美と 云 ふ。 親の 跪 (どちらが 嘘 か?) —— 



522 



Lcv?lettcr を 石垣 ハ 神社の, } にかくす 男。 

夫婦 あり。 夫 今までの love affair を 皆 妻に 明かす。 故に 平和 あり。 偶然 最も innocent な lovo affair 

(sacred な氣 がする 故) を 妻に かくし 置きし がその 發見 する 所と なり その 爲 夫婦 問に gap を 生ず。 —— la 

曰 本 aeroplano 發 明の 事。 

朗讀中 少女の 顏を 見て どぎ まぎす。 (Heine, XI, pl,。se writing) 

海水浴場 にて 女の 着物 をぬ すむ。 女 裸で 出られず。 罪名 不法監禁 罪。 

電車 中 女 の 尻 を 抱く。 その 刹那 これが 友人の 尻で あれば 好い と 思 ふ 。 

電車 中老 婦人に 足 を 踏まれ 怒って その 足 をけ る。 老婦 人 「この 人 は 私が 誤って 足 を 踏んだ のに わたしの 足 

をけ ました」 と演說 す。 

ホ 

人 をのみ 相手に 生く る 男。 家に かへ ると wooden face になる。 人中へ 出る と lively になる。 Symbolic 

に 書く。 



他 其 記 手 



523 



西 太后 西洋 曲馬 を 見る の 記" 

或 男 姦通せ る 婦人に 飽き これと 離れん として 亭主に ァノ 二 マス • レタァ を やる 話。 

氺 

甲、 乙に これ を 讀んで くれと 云 ふ。 英語な り。 乙よ む。 乙 は 英語 を學 びし 事な し。 自ら 啞 然とす。 - 

Medium. 

X 情死 —— 小春 洽兵衞 の 如き に 治兵衞 反って Frau と 心中す る Tbema. 

X 一 一 つの 情死 1 i 一 つ は 成功し 一 つ は 失敗す、 love は 同じ or 成功せ る 方 少し。 

ネ 

現在 關 係しつつ ある 女と 初めて 逢った 時の 事を考 へる、 さう して その 時の she の 美しかった のに 驚 V- 

she は その 時 子供ら しく 今 は 動物 的な り。 

Cupid になった 女が love を 得ない 話。 

夫婦 共通の suffering あり。 夫 は 落語家、 jokes を 高座に て 云 ひ 後 それ を 聞 きゐた る 妻に あ ひ 赤面す, 

A hust-apd not loved. crippled a liuslband lov さ. I fol, tlie nrst time. 



524 



第二 世 之 助の 話。 11 世 之 助 女 を 口説き 失敗す、 女に 惚れし 爲 失敗す。 

二つの アブ リ オリが あるんだ ね、 さもな けれ やあんな にあせ り やしない。 

ホ 

メタル を 澤山持 つて ゐる M,;litress そ の メ タ ル を 投げ捨てる。 

岸 駒の 虎を寶 つ て き 水浴に ゆく。 

P 、画. 11 霸王樹 と 女。 . 

氺 

Mystery. (I . 活動 寫眞の mm に已 自身 現る。 

義眼の 人、 11 通ー仪 U 

氺 

晝家 sitter を 見ずに sitter の vision を 見て かく、 vision と, 赏 際と區 別が つかなくなる。 

死ねば 好い (好意 か ら〕 と 思 ふ と 病人 が どんどん 惡く なって 死んで しま ふ。 

古事記の やうな 極 安全な 本 を讀ん で危險 思想に かぶれる 話。 , 



他 其 記 羊 



525 



Gliost or ghostly phenomena と 思 ひし 事然ら ずして、 却って 然ら ずと 思 ひし 事 glsstly になる 件 

曰 本人の revengeful なる mirse つ 支那) 子供 を 憎む。 子供の 顔に 人面 瘡を 生ず。 

夕 晴中を 自轉車 行く。 よく 見れば 黑 洋服の 人 その 傍 を 歩みつ \ あるな り。 

夢中 一 室に あり。 何者か 戶を 叩く。 

Nature の dependency. 雌 雄蕊 は 虫 を 待つ。 人も然 り。 動物 も然 り。 

素性 を かくす 女。 男 怒る。 女に は 素性 を かくす 萬 その 事に ミー SS ありし なり。 

藝者 子と めぐり 合 ふ。 子 は 母に disillusion し、 母 は 子と 名乘合 ふ爲に 旦那 を 失 はん 事 を 恐る。 

賣笑婦 の 二重生活。 Virtuous life を 達り つ, V 死ぬ。 三月に 一月の 割。 

A 玩具の やうな 劍を 持つ。 B 輕 蔑す。 A その 劍 にて 互 人 を 斬る。 

ホ . 

沙金、 屍骸の 髮の毛 をぬ すむ。 



? 26 



レ ェ ル に 血が 流れる 話。 

村の 子 (slleell skip jacket の 句)。 

I)ater nostor qui es in COGlis. Ave Maria Iwlena. 

ネ 

(猿が 精 を とる 話 を發端 にす) 

强者女 を 愛す。 女 弱者 を 愛す。 强者 その 女より より 美人に あ ひそれ をめ とらん とす。 女の 周圍 女の 意を强 

ひ强 者に とつがし む。 强者 知らず めと る。 後、 然る 事を發 見し 弱者に 誇りし を 思 ひ 悄然と す。 !::^^と絕っ。 

女 一度 嫁ぎし 名譽を 如何にす るかと 間 ふ。 答へ ず。 同 接す。 (この Bse は 女の social staudiBg を 重ず る や 

う 書く X 强者 の 親戚に 對 する 女 の 愛 も 可〕 

ホ 

A 女 を 愛した る 甲、 B 女と 出来す。 乙、 A 女に ホレ ル。 A 女、 乙 を 愛する 如くに して B 女より 甲 を 離さん 

とす。 甲、 B 女 を 去り A 女と 出来ん とす。 その 時 A 女 いつしか 乙 を 愛しつつ ありし を發 n ルす。 (幸福なる 非』 劇) 

(花柳 小説) 

細 川忠興 夫人の 自殺。 . 1 ,{E 殺と 聞いて 悲觀 して ゐた クリス チ アン、 他殺と 聞いて よろこぶ。 

ホ , 

Komapucism is a terulenoy to and tli (し golden age iu tlie t>riniitiYe stage cf culture. (Eeturn to 



他 其 記 手 



527 



Nature ! 1 

美の Kinds, mumlich ?卽 アングル の 美が レン ブラン の それより 淺 いと 云 ふ 事な く 全然 別種な りと す。 し 

からば 俗 美と 美との 限界 如何。 

氺 

歡樂 極まって 哀傷 を 生じ 功名 成って 災害 來る。 歡 樂を寫 して 哀傷 を寫 さざる もの は Romanticism なり。 

哀傷 を寫 して 歡樂 を寫 さざる は Naturalism なり。 歡 樂を寫 して 哀傷 を 忘れし めず 哀傷 を寫 して 歡樂を 忘れ 

しめざる もの 夫 classicism の 大道 乎。 

-Tile meaning of p。e-s importance on 

1 ソ self -conscious teclln.que -Buy.delaire, 

にン liis man — al\va3-s enterprising ll^alzac, 

inlialt. 1 ン useud-scientinc stories. 

Psvchologica-Jt stories. 

3,} symbolic stories. 

searcllinTO spirit;, never satisned .by sere sclenos. 

四 



52S 



文 島 ftamed) . 

Sneers of Uie merclKlnt. 

But I found the t-ilxvs 】lapj..>y. 

夏の 午後。 

女中。 恒子、 靜子。 人が 呼ぶ。 靜子 去る。 恒子 一 人の こる。 (monologue.) 

子供 來る (antipathy )。 恒子 去る。 子供と 女中 (note. をの こすい。 

靜子來 る。 恒子 暫くして follows. 二人 談話、 11 夕立。 

恒子 去る。 靜子 xsnologue. 

恒子バ ル コ ン より 來る。 monologue. 子供の note へ 手紙 を かく。 

子供 来る。 靜子 手紙 を こ とづく。 靜子 手紙 をよ む。 舡。 

ネ 

共同の evil を 犯す もの は 親密な り。 

大事!^ の Qvvexx として a crowd of ^ .5 ど る 事。 

心屮 せんとす る 男女。 —— 汽車 心中の 男女 を ひく。 心中 を ひとまる。 

ネ 



他 其記竽 



529 



」, completely defeated and cowed* 

卞 

Los Ca づ rk-hos. 

1 齒。 

2 鏡 の 中に 過去の 光景 を 見る。 . 

3 人面 瘡。 . , 

4 

〔1ー一っの窓〕 

旅 順 港外よりか へる X X 艦上、 機關ノ 下士、 副 長點撿 前便 所へ 行く 男と 共に 行く。 甲板 士官に とら へらる。 

「後甲板に 立て。」 「善行 賞 を 奪 ふ もよ し、 進級が 一年お くるる もよ し。」 立つ (十二 吋 砲 側)。 「部下に 命令し 

殘 したる こと あり。」 去りて 遣醫を 書く。 かへ る。 月明。 戰闘中 故 スタン ショ ン なし。 突然 入水す 。大 混亂。 

XX 信號 す。 XX、 X X 皆と まる。 探 照 燈交照 見えず。 . 

その 職務 その 官位 後 續艦數 . 

Tclstoi の小說 中の 人物の 如くし か 行動 出来ぬ 男が Tolstoi へ 書を與 へて 牛耳る もの。 

Criminal が crime を白狀 する。 その crime 小な りと て輕 蔑され 憤慨し だんだん 大袈裟な 法螺 を ふくに 



530 



至る。 

蓮 命 のよ すぎる の に壓 迫され る 人 一 ,K3 寺 4^ 

逮命を 求めて 得ざる 人 j 翳國 時代 

1 旅行せ ず 旅行 案內を 書く 人。 

2 作家の egoism. —— 魂 を ー卷の 本と とり かふ。 

3 Allegorical story. —— 哲人 女の evil を說 く、 女に 落つ、 卽ち女 を 眞に强 しと 知る- 

Slioes-polish : liuman skin. I -. I a scene at a station. 

光る soup. I - 毒殺 を 計り 燐 を 皿 中に 入る。 停電。 皿 光る。 夫 知る。 



五 



社交の foundation は lie なり。 精々 truth を suggest する lie なり。 斷 じて truth にあらず。 

隣人 を 如何に 思 ふや を 正直に 云 ふとせ よ、 社交 は 必死 せん。 

最も 幸福なる 社交の 結果 は 完全に 相互 を輕 蔑す る 場ん 口に 起る。 孟子 曰 大人 を 見る 時 は 之を藐 す。 この 露现 

に觸れ たる ものな り。 .. 



他 其 記 手 



531 



待ん 口の 女將 着物 をうる と 云 ふ。 友 だち と 車に のりて ゆく。 自動車 澤山 とまって ゐる C ねまき をき て ゐる故 

引返す。 銀座 通り 坂になる。 上に 春菊 をつ む 女 あり。 

ほんた う を 云 ふ 時 もゥゾ かと 思 ふ 程 嘘が 上手 だ。 

i< JDOn-t speak to a- Japanf-se in siicli tone. ご All riTOllt. lie is always a decendant of gods. - 

夢 i 廣灝淡 窓 I . 旭 窓 (子〕 孫は<^ —— I 、 夢 窓 だら う ! 先生 

*■ Truly : • here ftJiis is lleil、 hell is nowhere but liere. ン Tfie 鐘. 

や 

EYel-y school is a llumlL-a や Vfe mell our け aste, moral, our whole personality to school-educa- 

tion mel.ely to TOOt けに 6 way of Tbreacl-winninTO. 

p-am:Ily-s.vste:l:n is hell Hvery member of a ^PBP^T sacrinces oneself more or less for tJie family. 

家庭の 主人 (兄). I 中學の 漢文の 教師、 家族の 犠牲 

その 弟 ! そ の 犧牲を 免れし も の 



532 



主人の 長男 . 

主人の 妻 

オ 

^^od. say ieligion i 二 declining, wut you will tremble if lis. 

Mibnudelv-talulint.- r£o-calle(l ) is only tLie misunderstanding ン vliicli "s conYenlent tc you. 

!>. !S.IIIn8nYenien。e is tlie mother of all discovery, 广 as necessity is tlie father of all invonticn に 

胃弱の 爲に胃 を 知る 如し。 

P, S. — lllis is not only of niisulKlerstauding, Lut :ill human lelation. ror instance: Heredity. 

ホ 

Sexual course (from marriage to ehild.birtll : is so vulgar ^^p^ 人 モ犬モ 同、、 ン 

ホ 

i\ S. I So, sodomy or any almormnl sexual coxiive is certainly aristocratic. And eaung is also 

Yurar, so that se 昏 s refuse to take n-ny common food rert^ps 5min5 less like normal sexual course 

than- an AT ;ll);pol-nla.l one. 

卞 

ro the l)arent have the right tc educate ? cliildren ? If not WHO lias it, I wonder. 

ネ 

Tlie attractit n of cliristiauity for a Jalxmese. 】) に Estlletical side. 2) Kidiculous side. 3) bymbcl- 

ism. ャムヲ 得 ザルヲ 知ル。 



他 其 記 手 



533 



或 女中の 憤慨。 客 病臥 中 (足 をく じき)、 女の 来る 前夜、 女中に 曰 「明日 ハ お前 ノ 世話 一! ナラ ナイ ョ。」 女中 

莫加 一 1 ーシ テャ ガルト 田 b フ。 J さ Jonsy iindorlies in tliis n』f£ ir. For, if the lady were liis wife, tlie makl 

would liot haA-e been so anwry. 

Ev<-ryttlinw ^^^3^ on a tautology: lie is IbeBuse he caHL, and li3 can ^OCM-^MKO lie is. fir 說が かける- 

故小說 家になる、 小說 家なる 故小說 がかけ る。 

氺 

This world is more liell-like than hell, because in hell たと へば 果物が 下る、 それ をと らうと す 

ると 上る、 しかし world で ま. i& に とれる、 . so much tantalizing. Hell is monotonous, so one is 

comparati,vely easy to adjipt oneself MP tell. 

か 

I メ vrite of all defects of mine メ vlien I メ vrite novels & stories; while I vrrite of all defects OH 

others when I write essays & criticism. 

化 銀杏。 . I 殺さず。 その 時 感激し 謝す。 後 又 こだ はる。 女 だんだん 發 狂す。 

ネ 

IHOUr ideal wife is a .woman to t>e easily deceived. 〇 fie ! 

月の 光 は 日光よりも 速に 魚 を 腐らしむ。 



534 



父と 妻と 私通す (父 は 馬 喰)。 子 r 秈〕 木 曾 ヨリ 力 ヘリ、 戶外 ニ内ノ 容子ヲ 知リ、 近邊 a 一町) の 男に (ウス/ 

tO 事情 をき き、 家 一一 力へ リ、 怒ラズ 着物 を 出サセ 去ル。 行方不明。 

ぶ" 

或 悲劇の beginning. 11 夫 ハ母ノ 情人 タル ヲ知 ル。 妻 (藝 者) ハ父 ト關係 アル ヲ知 ル。 

氺 

江 州の 百姓、 大阪に 出、 荒物屋 を ひらき かたはら 投機 事業 を やり、 成功せ ず。 相場 を やり、 最初よ く、 後 

に 大分す り economics を 知れば 儲る と 思 ひ、 本 をよ み、 socialist となる。 

參謀 本部の 地圖を 見る。 濶 葉樹、 針葉樹、 水田、 乾田に 從ひ 鳥の 句 を 感ずる sportsmau. 

氺 

或漢學 者、 漢和 大字 典へ ン サン 中 漢字の 腹に つまりし 夢を見る。 

法 城 を 護る 人々 の 喜劇 化。 

氺 

支. 邻の 長:^ 邊に stage をと り militalism ノ (Iramatizatiou. 

T】m"is et ihphnuce , Waitress et ambitious Isv. 

w ハ B 二 ヨリ save サレ B ハ w 一一 ヨリ &sel さる。 

ネ 



他 其 記 手 



535 



Headlight に 照らされ たる 葬 用 自動車。 

苦痛と 悲哀 の 表情筋 の 發 達せ ざ る爲、 上 つ 方 は 氣品ぁ る顏 をな す。 

猫の 作文 を 作りし 子供 曰、 人我 を 猫に 似たり と 云 ふ。 

貧民 通俗 小說 をよ む。 伯爵、 大學 生な ど 出て 来る とよろ こび 貧民 出て 來 ると; i 觀す。 (美しき 村) 

新しい 母の Tlsma. 11 老いた る 人形。 

母、 息子の 結婚 近づく と共に 落 寞に堪 へ かね 情人 をつ くる 話。 (き I?) 

自轉車 を 股への り 入れる。 職人 曰 おら あ トンネル ぢ やね えぞ。 

. 〔美しい 村〕 

家の 前に 線香 を 立つ。 

壯士を 東京 or 田舍 より やと ふ。 日當 東京の は ニ圓、 田 舍のは 一 圓。 , 

興奮して かへ る。 妻と 喧 曄 す。 國 家の 爲。 



鐘 一つ、 拍手 三、 シャン シャン ョ、 オシ ヤシ ヤン/シャン ョ、 と 叫ぶ。 

1 票 五圓、 名刺の 下に 入る。 向うよ り吿發 すれば 名譽 毀損す と 云 ひこ ちらより ぉ發 す。 

四方より 金 をと る。 吿發 さる。 どちらと せう かヒ思 ふ。 

旅費 を拂 つたのに 運動せ ぬと 云って 吿發す 。 

買收 する 人、 金 を飽に 入れる と 見つかる 故、 下駄の うら、 靴下の 中等に かくす。 

買收 する/、、 收 出の 傳票を 煙草盆、 火入れの 裏 等に はる。 百圓は 〕() 也。 English M-l.itten は 却. つて 面 到 

故 ,10 を 用 ふ。 S ならば十錢とも云ひ^^らる。 

ひ ivag ま Kill and worsllip tliom : this may 一 e t】 さ crigin of r the resljeot for OIKys eucmv, - 

Nu r つ nection of his cnvn satisf actio:!. 

Foro-runners are always men, l>ut tlsil, successors always hmsis. Impossibility of ut〔opia,-. 

Thoy aon-t knov,- tlie exact locn-tio:.! こ f social ilijpess l>ut fads, llio (; oxsfdt oi! tlio politicians. 



他 記 



537 



wllen ;lm;passlonec.l l~y love, revenge or tlasire to TOet a fasli.-onaTbie dres?, a ,v\、om:ln.s face becomes- 

suddenly .vollngor, say 1,5 yeal.s. 

ホ 

Humanity is too stupid not to Ibe ruletl t-y a desist, Tbut that desilot must be in fn-vour of tllB. 

cppressecl but no け of tlie opprossor? 

彼 は cliewing-gum を 製造して millionaire になった リ 我々 は その wealtii に 敬意 を 表する。 しかし guTa- 

に は 敬意 を 表さない。 しからば :irtist に 敬意 を 表しても artistic work に 敬意 を 表せぬ の は 當然ぢ や。 — 

capitalist の 言。 

文藝の (lemoralizisg: 15wer をと くもの は 狭して domor:dize せざる やつ 也,、 1 ソ。 Political conflict の R; 

面 H なる は亡國 のみ (2:)。 

孔子の 遊說は heavenly 3radis の 也、 earthly paradise の爲 にあらず。 —— 石 門の 吏 (rA 謹?) 

ネ 

炎ム: や ipfernol —— 求 一!?? II —— —— disilhisioru 

ネ 

女 男に 惚れて ゐる。 男 度々 女を訪 ふ。 一 日 壁 をぬ りか ふ。 男 propose す。 

き i. ——— 他 の 方面へ 向へ ば 偉大な る ベ き 才能 が 蓮 命 の爲に その 方向 へ 向けられた 爲死 ぬし 



538 



河童 國。 11 莊 重の 事 を 云 ふと 笑 ふ。 すべて を 逆にせ よ。 

支那 漫遊 記の 「漫遊」 と 云 ふの は 如何と 兄に きく。 お前の 心の 如し。 - 

ネ 

利根 川の 麥 畑に 坐り 遠く 川に 流さる る を 感ず。 

直江津 C 信 州より) へ 學校中 ゆく (12 の 時)。 沖に 大船 あり。 小舟に て 通 ふ。 外の 學 校の 生徒 も 来る。 外の 學 

校の 先生 抱きて 外の 船に のす。 驚と 恐と 愉快。 おのれの 學 校の 先生 うけとりに 來る。 あやまって n:、 うちの 

生徒に そっくりです。 

氺 

山鳥の 尾羽 根の 節 十二 以上に なると 化ける、 尾より 火 を ひく、 薄明 を 放つ。 

松の 枝 は 水 音 をき くと 下る。 

テ ツビ ン の 底の 煤に 火う つる 時 は 風 ありと 知るべし。 

祖父 傾城 を 買 ひ (東京) かへ りて その 時習 ひし 歌, を 祖母に 敎ふ。 祖母 祖父 歿後 も その ra; を 愛 g: す。 「この度 難 

訪の戰 に 松 本 身内の 吉江樣 大砲 かために おはします その 曰の 出で立ち 花やかに いさみ 進みし 働き は 天つ 晴勇 



他 其 記 手 



539 



士と 見えに ける 敵の 大玉 身に うけて 是非 もな や 惜しき 命 を 豐撟に C ス ハ の 先の 地名) 草葉の 露と 消えぬ とも 末 

世 末代 名 は のこる」 (大 津繪) 

ランプ 来る、 始、 三分 心、 一 圓 五十 錢。 (年代 不明) 

明治 二三 年 時代。 百 兩のム ジン 飛び切り。 凡そ 七 八 雨が 通例。 七八兩 にて 良馬 あり。 

明治 十二 三年。 大工の 手間 五 匁。 (八錢 六 リン 六 毛) (食事 さき もち:) 

1:1: 時代。 娼妓 五,^、 酒 一 合八リ ン、 散らし ( 一 時間 三味線 を ひき 騷ぎ ゆく 事) 四錢。 洗 馬に 石 鹼來る は 一 一十 

年頃。 

華 魁の 夷講。 身錢を 切って 客 をよ ぶ。 客なければ 友 だち をよ ぶ。 年季 をます も 恐れず。 

河童. I 明洽 二三 年、 洗 馬に 二十 人 程 入れる 小屋 を かけ 、(地蔵 裏の あき 地〕 赤 胡 蘿に長 毛 をつ け、 水に うか 

し 時々 うかし 河童と 稱す。 豚 一 匹 外に 見せ物と す。 大人 小人の 見料 を拂 ふ。 (視き は 三文と 云 ふ 言葉 あり。) 

小兒の 言葉。 il , 

鬼の 齒 よりおれ の齒の 方が 先 へ はえろ。 

御 天 陽、 御 天 陽、 御手 紙 あげる で戶を あけて おくん なさん し。 (雨天に 云 ふ) 

女の 中に 男が 一 人 もの、 女 を かば ふ はへ ぼ 男。 • 

せ せ らぎ —i せ んげ、 せ んぎ or せ ぎ 。 雨 乞 鳥 —— 蓑 笠き こきい と ナク。 (夏) 



540 



易者 前世に 着物 を 一枚 かりたり と 云 ふ。 女 着物 を 寺に を さめに 行く。 途中 乞食に あ ひその 着物 を やる。 

食 驚く。 

ネ 

大工 六 百 圓に體 をうる。 屍體 解剖 (脊 高き 爲)。 その 金に て 洋服 靴 をつ く ?。 靴出來 し 時 金な し X のんで し 

まふ。) 靴 は 十二 文 甲高 故 外に はきて なし。 靴屋 原料 代に てよ しと 云 ふ。 それ もな し。 靴屋 へきえきし 去る。 

ホ 

活辯。 (東京に 活動 はやら ざり し 内〕 長 岡へ ゆく。 新派 ホトト ギスの 毎 晚來る 客、 ハネ 滑の 女。 樂屋へ 

通し 物が 來る。 (すぐ 行く と 估卷を 下げ 且 連中 一 同が まき 上げる。 便宜上 始數囘 はとり まきを つれて 行く。 も 

う 自分の 手の内と 思 ふ 時の り 出す。 ;} のり 出せし 時 酒肴 出づ。 活辯 がく どかんと する 時 女から かみ を あけ 佛壇 

を 指さし、 「今まで 汝を 呼びし は 亡夫に 似し 故な り。 佛の 供養。」 と 云 ふ。 

研究所の 二階。 モデル 倒る。 皆 近よ る。 近よ るに たへ ず。 外へ 寶丹を かひに 行く つ かへ りに 階下 〇 事務 

所に 女 畫師を 見る。 「水 はない か」 と 云 ふ。 女 畫師、 さう 云 ふ 時 は 逆に ぶら下げれば 好い と 云 ふ。 嫉妬なる ベ 

し。 後、 池の 端の カツ フ ェに 人の 妻と なりし モデルと あ ふ。 面 やつれ、 肉體を 知り 居る 事、 不快な り.^ 

氺 

靑年 伊豫が すりの 仕立て 下し をき て 湯に 行く。 肌に 紺色の こる。 

松 山。 11 京都へ 出て r〕7 or S 歳)、 日本 賓の 肖像が きの もとへ 弟子入りす。 東京へ る 前^ 京に 木な し 

と 思 ひむ やみに 木 を スケッチす。 東京へ 来る。 汽車。 水兵 辨當を 買って くれる。 束 京へ 來る。 木 あり U 



他 其 記 手 



5.41 



鶴。 ー— 惡 しき 卵 をう む もの は 頑健、 善き 卵 をう む もの は 餌と 氣 候との 變 にも 死す。 

ホ 

夫に 對 する 嫉妬。 1 - アナ タイ ツモ ォ若ィ ノネ。 

天草 四 郎^ 寅の 史簡。 F~ 二けば -Worldly-Yauity. 1 Ifa.itll and death. 

Bear. — —戰 場 ケ原。 馬 鈴 慕 一 袋。 友 だち ねが へり、 ぶっかる 故 肘に てつく- 木 樵に きべ。 曰盜 なし、 熊 

なり Q 

G〔host〕 on seaside. —— 磯 臭き cemetry. Ghost 出る。 兵士 上り 行く。 女 あり。 船長の 死せ し 後 その 船 

長 を 知りし 淫賣來 りて 徘僴 するな り。 - 

ネ 

Curious tale. ,11 夫婦に て (旗本) 吉 原へ ゆき 遊び 面白くな り財產 を蕩盡 す。 つ ひに 子供 二/、 を さし 殺し、 

亭主の 血 を 見て おそれ 走る。 途中 亭主に 肩 を 切らる。 亭主 死す。 後妻 は再緣 す。 娘 四 人、 その 娘の 一 人な り 

俘 一 人、 川村淸 雄。 

ニ對の ICYers あり。 一 對は關 係 あり。 一 歸 はなし U 雨 親と 談 ずる 時、 前者 は 成功し 後者 は 失敗す。 

, ク" 

遺 it -—— 狂 U 重大な ci に 狂の 爲大 事業 をす。 S 蒙 csreo . 



三十 越した 女 (子供 をお いて 旅す :} 兩 a はり 卒倒す。 旅人 a をす ひすく ふ C 腦貧 血)。 旅人 は 弟の 生まれる ま 

でに 間 ありし 故、 ^の 吸 ひ 方 を 知る。 男女 共 春情 を 催す。 

英語の 敎師。 英語 を やらねば S 世せ ぬと 云 ふ。 生徒 思 ふ。 先生 は 如何。 

男 西洋人の 少女に rXmas の 夜 Steve より baby 來る 」 と は 嘘な りと 云 ふ。 十 年後 男女より 手紙 を IE!; ふ。 

I ゴ ave love l you tnit I couldn; su-y so to you, t-ecause I lie:ird from you th-vt l)al>y ,、 sto づ e 力 ラ 

生 マレ ヌ etp I ハ アナ タノ 手 巾 二 initials ヲ縫 ッタ。 Biit 君ハ知 ラナ カツ タ。 南洋へ ュ ク。 

ホ 

家 康女を 利用す るに 妙 を 得た. り。 

かみ ゆ ひ、 女の子に 枕 をはづ すなと いふ。 その後 その 女の子 を藝 者に やる。 

相愛す る ものが 一 しょに ゐる爲 に 苦しむ 話。 —— motl.er :md sop • 

ネ 

ArtiHt, superTb art を 見 art /及 ビ p キヲ. p リ non a-rtiht ト ナル。 

甲 人 嘘 をつ かぬ 敎育 をう け、 乙 入 嘘 をつ く敎育 をう く。 甲 いろいろ 苦しみ 後 安し。 乙 いろいろ K.:! しみ 後 安 

2 からず。 同樣同 する やうに する。 

5 氺 - 



他 其 記 手 



543 



犬の 着物 をつ くる 店。. I チョッキ、 ハンケ チ、 タイ。 

美人の 肖像 を! 1^ す。 客 それ は 己の 祖母な りと いふ。 輕き shock. 

人氣 ある もの は IVfars の屬 なり。 

スリ 手の 中へ 入れる 刃物 をた のむ (ヤス リ屋 へ)。 

巡査 病人の 藥を 落せし を ひろ ひ、 その 家 をと どけん として さがす。 

碧 童、 五錢を 落せし 車夫に 苦しむ。 

河童。 . I 二十 七 年 已卯夏 四月 已 亥の 朔壬寅 四日 近江國 言く、 蒲 生 河に 物 有り 其 形 人の 如しと。 秋 七月 攝 

津の國 の 漁 父 碧 を 堀江に 沈け り。 物 ありて 碧に 入る。 其の 形兒の 如く、 魚に も 非ず、 人に も 非ず、 名 づけむ 

所 を 知らず。 (推 古 天 皇紀) 

父、 藝妓を 妾と す。 子 その 藝妓を 愛す。 父 その 藝妓と 心中す。 

武士の 妻、 Clirist is a coward. 



細 川忠興 夫人の 死、 11 さ iade 問題 G 

Typhus, Malaria ノ 細菌 ハ Antitoxin ヲ 造リ ^1! ラ 死 減 ス C 

神 は. CT 殺す る 能 はず。 

暴行 ハ 相手 を 論破す るより 容易な り。 . 

まいろ や、 まいろ や、 パラ ィゾの 寺に まいろ や。 パラ ィゾの 寺と は 中 すれ ど、 廣ぃ 寺と は 申 すれ ど、 

狹 いは 我 胸に あり。 c 浦 上) , 

ホ 

Ca,f6 の 女ノ顔 ズット (ソノ 曰 中) 忘ル。 嘵方思 ひ 出す。 

rolitlcal conflict is genuine only 〕!! t-I5 broken tonn^ry. See ccrpa. 

.llaYe you ; i ronsclenw-. G.o to thf^atro ! Icni AvlJ-l ce .welcomed as a modern prodigal won i 

R 蓮 上人 金 を 得る 爲に 運動す。 11 slcney の 問題。 

どうして 車への つたんだ い。 のりたい か らっ —— welt-:5sch;ulullg ヲ; 變ス。 



ィ Ik 其 記 羊 



545 



得 戀の爲 自殺す。 

Jealous man の 告白。 —— Hotel にゐ る。 Hotel へ 他の 旅客が 來る。 Hotel の 人が 歡迎 する。 それに jea- 

liy を もつ。 

醫者々 にあ ひし 時 大動脈の つき 場 や 心晴の 位置 を 透視す る氣 がする。 

或: 乂 自殺す る 前に 好きな 蜜豆 を 三 杯 食 ふ。 , . 

All loveiifalrs are tedious fol, me, even ;ui liour ン vitli a niistres-s, 、^ャ married life ヲャ o 

父母 ノ爲に married life の l~it .by Tbit drained aAvay される Thema. 

父ガ 後妻 ヲムカ へ ル 一一 對シ 子ノ 非難 ス ル灌 限。 moderns do net like 世話女房。 Your id21 of wife is 

Pol: rny ideal of that, f Words of so:i i 

十圓札 をう けと る。 札の うらに ヤス ケニ ショウ 力 と 書い て ある。 

電車 中の 電燈 落つ。 吊 革に 下がれる 女 周 圍を見 ま はし、 享 中の 注意 を ひかんと す。 醜、 婦 なる 故に 誰も 顕ず。 



氺 

今日 寺 を 存在せ しむる もの は monks にあらず、 檁徒 なり。 欖 徒の 妄を ひらく 事 は 坊主 攻撃に まさる。 法 

城 を 護る 人々 の缺點 なり。 

! Lassalle の 悲劇。 

僕 等 は 僕 等の 短所 は 萬 人に 共通と し、 僕 等の 長所 は 僕 等の みに ありと して ゐる。 

天國 はせ ざる 事の 後悔に みち、 地獄 はなせる 事の 後悔に みつ。 

Lover の 寫眞を 持ちて 死ぬ。 その lover の寫眞 は實際 以上に 美しく うつりし photo なり。 兩方 (lovers) 

が 持ちても よし。 

荷車 ひきに 加セ イシ 却 ッテ罵 ラル。 後ソ ノ 荷車 ヒキ 炭俵 ヲ人 アツ 力 ヒ ス。 好意 を 感ず。 

, 白い 布に ついた しみ はとれ ぬと 云 ふ 言葉より 白 髮染の trick を發 見す。 

是 だけ は 心得 置くべし。 、ご I hwiiov さ us essay. 

5 鬼ごっこ をす る 女の 兒の顏 の serious!sss. 結婚 をす る 時の 女の 額の seriousness. 



他 其 記 手 547 



兵士、 caf れ の 女給の 妻なる を發 見す。 

ネ 

相愛の 女 結婚す。 その 夜 (雪 ナリ) 電報 を 打つ。 「タカ サゴャ タカ サゴ ャ。」 名な し。 女 も 夫 も 祝 はれた と 思 

ひ 目出度が る。 

I」roretariat の 群に 加 はりつつ、 しかも PTCretariat 出なら ざる 事 を 苦しむ loneliness. (美しい 村) 

蓮轉手 赤旗 を靑 旗と 見 あやまり 力 アブ を 半ば ま はらんと す。 旗 ふり 急に 旗 を ふる。 運轉手 大聲に 曰、 まち 

が ひました! 

氺 

銀時計と 思 ひ 二 ッケル をと りし 賊の 憤怒 は 大盜と 思 ひ小盜 を捉ら へし 刑事の 怒りに 似たり。 

カァ ネェシ ヨン は 音 樂を嫌 ふ。 • 

Entllllsiast.ic - モノ ヲ云フ 時 片目 ッブリ 鏡ヲ視 クャゥ 一一 スル 人。 

氺 

Umpire の psychology. —— 思 はず 間遠 ひ、 それ を 逆にと りかへ さんと し、 一方 を寬 にす。 好きな pi- 

tcher, 好きな 玉に は 反って 判斷 strict になる。 



洋食の くひ 方 を 苦にし Isurasthenia になる。 式に 出て 洋食 を 食 ふ。 なほる。 愈く ひたくなる。 食 ふ機會 

なし 

——ー 君、 お八 重 は 處女ぢ やな いんだ ぜ。 

fl (平然と) 若樣、 私 も 處男ぢ やありません よ。 

I— 處男? 處 男と は 何 だい? . 

. I 女が 處 女なら 男 は 處男ぢ やありません か? 

. !| 僕 はこれ か、,: 嘘 をつ くまいと 思つ たんだ けれども 人と 話して ゐ ると 何時か 嘘 をつ いち まふんだ ね。 

—— 私 は 滅多に 本當 の 事 はしゃ ベるまい と 思 つたんで す、 けれども 人と 話し て ゐ ると 何時か ほんとの 事 を 

云 つち まふんで すね。 

ccptemrorary authority i 一服 スル ハ危險 ナリ。 co〔nt2nlK)r;lry 〕 21〔th?.ity〕 の 高さ 未定 なれば なり C 

11 山陽と 木 米。 

七 

.3 某 女元祿 袖の 着物 を 着る を 褒める。 相手 曰 そんな 事 をして は 片身 わけの 時に W る。 若き 奥さん 曰 わたし は 

5 片身に する 驚 物の ない 爲に 死に 切れない。 相手 曰 わたし は X X の 叔母さんの 片身に 鼠のお 高祖 巾 を 貰 ふ。 



他 其 記 手 



5^9 



當 時の 娘 は 皆 紫色な りし かど、 ちりめん 故 それ を かぶった 云々。 

顏に 腫物 出来、 醫 者へ 行く。 醫者 切る。 かへ る。 母 曰 何 ぼお 醫者 でも あんまり だとて 泣く。 おのれ も 泣く Q 

その 爲に學 校 を 休み、 後出る。 先生 出席簿 をよ み 返事に 驚き、 「ああ、 出て ゐ るんで すか」 と 云 ふ。 又 「御飯 粒 

が つ い て ゐ ます 」 と 云 ふ。 萬 創 V を 少 々 はれる 也。 

母產 婆の 稽古に 行き、 二人き り 故、 子供 學校 よりかへ る も 母な し。 且戸じ まりして ある 故、 雨天に はシネ 

マ へ は ひる。 成績 惡し。 自習 學 校に 一 圓、 家庭 敎師 に六圓 也。 「どうか 中學へ あげたい」 と 云 ふ。 始め 受 持の 

敎師に 家庭教師に たのむ。 受持、 いけない と 云 ひ、 他の 教師に たのむ。 (小學 校 教師に 家庭 敎師 組合 あり。) 

鱧 は? 五六 圓と答 ふ。 一 週に 一 時間 づっ 三度。 先生 怠ける。 その外に つけ 屆を する。 先生 座 蒲團を 持って 

來 いと 云 ふ。 持へ て 行く。 . 

ネ 

女 曰、 お 醫者樣 がさう いふ 事 は (氣の 違 ふ 事) 月經の 時に あると 云 ひました。 その 女 はもう 月經も ありと は 

思 はれぬ。 黃面 なり。 (半年 or 二 年に て 癒る。 〕 その 女の子 一 高の 試驗 をう けむと し勉强 す。 母 これ を惡 魔. 

の 同類と し 追 ひま はす。 子供 泣いて 二階に 上る。 母 も 二階に 上る。 後に その 事 を 話して 曰、 向う は 泣いて ゐ 

たんです が、. こっちに は 近眼 故 見えなかった。 發狂中 は 夫 も 子供 も 憎し。 且 彼等の 罪惡を 犯す 樣見 ゆ。 故に 

彼等 を責 む。 後に その 事 を 話して 曰、 それでも よく わたし を 咎めずに 置いて くれた。 

^々話せし 發狂 中の 事故 誰も 聞く ものな し。 父 は トランプの 獨り 遊び をな し 居る。 突然 歌 をうた ひ始 む。 

「ホン トー 一 ソノ通 リダ 」 と獨 語す。 

父 曰よ くそ んな 事を覺 え て ゐ るね 。 



550 



二十 四. 型の 時計 ナン.、 ソ トラ ナイ。 

歌 二 ハ サゥ 言ッテ ヰル。 

子に、 . —— . 

諫訪へ 来て 氷 すべりせ よ" 湖水 は あぶなければ 裏の 田 畝に 永 はる 故 そこへ 来て せよ。 宮樣も そこで やる 

結婚 前の 娘と 母との ヒス テ リイ。 

ネ 

おお フロリアンよ、 フロリアンよ、 わたしに おいしい お 某 子 を たべさせて くれた フ a リ アンよ 

畫の 中の 女 足 少し 惡ィ 

獨 乙の ゲ 二 イネの 中の 主役 フ ロリアン 

三 好の 賓 11 春の 野 連 , 

三角の 肩 かけ (赤) 11 女 

. 1; 棚 外 二〕 

Soldi ナポリの 民謠 

Door. Palace of swrst (^〕-1*,.^ゥ(.--〕 

蒙古の 子供 カボ チヤ を盒 ふ。 顏が黃 いろくなる。 お前 は 南瓜 を 食った ね。 銘割 南瓜。 . 

塗料の 職工の 組長、 ニッケル 時計 を 失 ふ (工場で)" 者に 見て 賀ふ。 in 盜 まれたり。 年 三十 五六と 云 ふ、 



他 其 記 手 



551 



組長 その後 三十 五六の 職工に 當 つける。 六 年間 變ら ず。 人 を 介して 了解 を 求 むれ どもき かず。 組長 曰 一 生 言 

ふとい ふ。 職工 易者 を 恨む。 •; 

叔母、 習字の 甲 上 を 障子に 貼る。 子 一 晚 泣く。. . 

プラクティカルな 男の 戀愛 觀。 女 は 何 を 話しても やりこめられる 程 利 巧 だと 云 ふ。 , 

學校 にて 忘れ ものせ し 人 を 立た せ、 スケッチの mcdel とす。 r ォ前 ナド忘 レモ ノバ カリ シテ皆 ガマ タァノ 

モデル 力 アキ タト 云フ ダ ラウ」 

. 卞 

將 軍。 11 賴朝、 尊 氏、 家康。 

ネ 

父と 女子と 母と 

母 j 



父— 子 



決死隊;: 天 律の)、 強弱の 差ァラ ハレ、 强者 弱者 を輕 蔑す。, 戰後强 者 弱者 和す „ 

或 男の 哲學。 11 虎 は 虎、 猫 は 猫、 どちらも よろし。 



552 



革命 の 成功 は 文明の 破壞 となる 時 如 河 すろ や。 

ァレキ サンド リアの 圖書 館。 

,1: 髮を かくすので 髮の 形な どに かまって ゐられ ない。 !::— は鮍、 円 卜 は 白髮。 

ホ 

母 娘に をと い、 IR に 娘 はすぎ ものと 言 ふ。 娘 死す。 に 後妻 をと る。 今度 は はすぎ ものと 言 ふ W 

手に 黑子 あり。 天才 か、 盗癖 か。 

睫毛ぬ き、 脂 赤し。 

氺 

盲人 姿勢 を; 止し、 點字本 をよ む。 にやり と 笑 ふ。 

「宣教師」 . 

利根 川 n、 ァァ ネスト .グ レン、 两洋婦 ノ、、 Lz 本::: 曜學 校の 先生な ど-二 四 人 を 別棟に: lii ま はしむ。 

その 女の 一 入、 或 朝、 井戸端に 罎を洗 ふ。 纖亦 昇; 大 せんとす。 川に 近し。 川 巾の 船、 漁 〔鰹) ある 度に 太鼓, 

を 打つ。 或 時、 谷 國の女 二人、 集まり、 讚美歌 をうた ふ、 オルガン、 マシ マロに 3-f れ. 

造 酒屋の 主人、 朝鮮 併合 前、 朝鮮に あり (事業 さがし)、 :!: グ レン は 好い が、 ァァ ネス 卜 はいけ ない。 

こ こ は 何と 言 ふんです。 小石 川ァ ッパ アト メン卜 と 言 ふんです。 アツ パァ卜 メント と 言 ふの は 何 

です かソ さあ。 ; 西洋の デ パ アト メント と は 遠 ふんです か? —— I 何でも デ パァ トメ ント と 言 ふの はも 



他 其 記 手 



553 



の を 賣る所 だ さ う で す 。 . 

印刷屋の 二階。 下の リン テン キ嗚 る。 小さい 汽船 中に ゐる 如し、 ねられる。 

ジ ム バ リ ス ト航 海中の 作曲 を 達る。 

外に チャル メラ 吹き 來る。 方々 へむ ける 故、 音 か はる。 

室外の 日光 は 室內の 光よりも 百倍つ よし。 卽 室外の 一 年 は 室内の 百年に 當る。 

卞 • J 

電車に とび 上らん とし、 落ち、 人事不省になる。 件 所 を 英語に て 言 ふ。 それより 自信, を 生ず。 

カッパ 語の 語原。 :- i たと へば B APR 莫迦) は B A い (莊嚴 ) より 來 るが 如し。 又 カッパに は 月光 も or 

光な り。 

ホ 

少年、 禁煙、 もろ こ し の 毛 を 煙管に つめての む。 • . 



554 



樺 太。 —— 

ギリア ァク 犬、 教導 犬、 二 匹 分 一匹に つとめる、 氷の 穴の 中に て 子 をう む。 機 は 他 種の 犬。 

黑 百合 あり。 

氷の 上 を 自動車に て 走る。 シベリアと つづく。 自動車 を 八十 圓 (トラック) にて 賣る。 賈ひ 手な し。 

鑼づめ 三年 分。 

海豹の 敏感、 七 八 町 先にて 人間 を 感ず。 

ギリア ァク犬 五頭、 小 博 は 通り 兩館 にて かへ す。 食糧 人間より かかる。 

橫須賀 へつき 蛙 をき く。 なつかし。 東京で はなかず。 

氷 やけ、 潮風 を 感ずる 手。 , 

ホ 

婆 曰、 うちの 旦那 はえら い、 日本語 はすつ かり 覺 えてし まって 外國へ 行って 辭引 にない 字 を 習って ゐる。 

,"个 

ヮ クラ バ 二 ヮ ガ 見出 ツル ナメ クジリ 砲 子 ノ箱 1 一力 ヒ li ケ ルカ モ 

樂の 菓子鉢 を sweets 入れに 使 はむ とす。 しかし 郊外に すむ。 《: 本の 炊事 婦 煮豆な ど を 作り、 それ を 入れ 

る 爲に樂 の 色よ くなる。 (海外 談) 

向う で 二人 並んで 顏を洗 ふ (, ホテル )0 ひとりの 腰より 何 か 落つ。 他の 一 人 何かと ふ。 一 人 あわてて それ 

をし まふ。 他の 一人 何かと 言 ふ。 一人 出して 見せる。 バットの 箱 位の 布に 木綿糸に て クリストの 像。 上に 

書の 文句 あり。 二人とも 外交官。 一人の 前任地に てつく る。 



他 其 記 手 ^5 



寫眞 に畫の 具が あるんだ よと 一 人 言 ふ。 一 人 曰 領事に つかまり、 畫帖を 出さる。 畫の 具な しと 言へば 畫の 

具 持ち 來る。 その 畫の. 具シ ヤシンの 畫の 具な り。 卽ち 茄子 を 書く。 向 ふに も 茄子 あるかね と 一 人 言 ふ。 一 入 

曰 ある さ。 

服 は シャツの やうに つくれと 言 ふ (ハイカラ)。 洋服屋の 作り 來る 洋服 シャツの 如くに して シャツ を 着て は 

着られず。 

兎屋の 母、 信 州の 溫 泉へ 行き、 東京へ 行く 男に 河鹿、 櫻實、 i 餅 をと どけさす。 土瓶の 中に 河鹿 あり。 男 

六十 二 匹、 女 二 匹。 女 を 別に しないと 皆 男 を 食 ふ。 河鹿 は 死ぬ 時 合掌して 死す。 

漆の 師匠 をと ふ。 留守。 鄰 にて 聞けば 手紙が ある さう です。 師匠 もお 上さん もる す。 上りて 手紙 を 見れば 

午 頃まで 待てと 言 ふ 手紙な り。 そこへ 半玉 二人 來る。 手紙が あります よと 言へば 上りて よみ、 笛、 鼓な ど を 

いぢり て 待つ。 

女優 募集の 看板 を 出して 女 を 釣る。 そこへ 女 たづね て 来る。 男 は その 女に こんな 所へ 来るな と 言 ふ。 そこ 

へ 刑事 来り、 二人とも つかまる。 - 

ネ 

名剌を 出す。 一 枚で は當 にならん と 言 ふ。 五 枚 出す。 

おれ は あ い つ を 殺した のに あいつ の 事を考 へ ると 屍體の 事は考 へない。 生きて る 姿を考 へ る。 



5 

5 



信輔、 雨中の 頻電の 如き ! §atal fLish を 欲す。 

Ti:<-re is a ; p:dm tliat fl2vers C51y otico in its life-time, tllongll it livcfi 76 years. . The tahpoi, 

pa き, . 

足の 非常に 長い 翻蛛 (胴 ハ淡褐 也)、 ハジ キ飛パ セシニ ダケ 一 本 1@ の 上 二 動ィテ ヰル。 

宿屋で 械木屋 が 二三 人 茶 をのんで ゐる。 その そば を 通る。 皆默 る。 それだけ でも 不快な り。 

S 猿 C 寫生 用)、 餅 黃を食 はんとす、 少し 食へば 下 翻、 多く 食へば 死。 

卵 をう む 時 學校中 さがし ま はる。 

七面鳥 は牝 牡と 憒^ る: モデル 賃)、 牡 を^り しに 卵 をう む。 

ネ 

f 世 Si; —— 十三/、 も: 卜の ある 薛に。 

卜 一二 人の子 皇んで 家出 ti 妻— 十二 一人 も子皇 せられた だけで もやり 切れない。 

ホ 

障子の 戶の 穴より 風 n 京 映 る 。 

河童 國、 11 遣 傳的義 SF, 隐。 . 



他 其 記 手 



557 



孝子、 性欲 的に 母 を 慰む。 - 

〔斷片 M (三 一 〇 頁)〕 

1 七面鳥 2 寫眞機 3 アン マ 4 This キ リノ box(?:> 5 本屋 〔?) G 八: 白屋の 禁煙 7 風呂 8 畫 

の 古びる 話 9 畫を 描いて ゐる うちに 風景の か はる 話 (壁、 庭木、 人物:) 

ネ 

! >ror の ある 事卽ち hum.lnity ない 事 は divinity or macllipery- 

Saint for Ms virtu? we for oiir sins- 不る 平も甚 し。 

時計 を 炬燒へ のせる と 熱で 暖まりぐ るぐ る ま はる。 

ネ 

坂 みちを 人 一人 下 n 来る。 ネクタイピンの 如き もの 赤し。 何かと 思へば 長き パイプの 先に 卷 煙草の 火 赤き 

なり。 

ホ 

インクの セピア 色に 血 を 感ず。 - 

丹前 を 着た 三ノ、 の 男 川の 對 岸に 來り、 寫眞 をと る (宿の〕、 我 を うつされし 如く 無氣 味な 

岩の 動く を 感ず。 



fli の 札 Iife.like なり。 

天然 を 愛する は 天然の 怒ったり 嫉妬したり せぬ 爲 なり。 ■ 

古道具屋。 螺鈿の^ 箱よ ごれ 不細工な り。 猿面硯 でも 入れた くなる と; 百へば 小 穴 (ill ズボン) 「何、 端溪で 

も 似合 ふ」 と 言 ふ。 鐵の兜 や 鳥籠 も あり。 誰か 外に もゐ る。 

墓場へ 位睥 をす て て ゆく。 夜汽車で か へ る。 

偉大なる 悲劇 も lookers-on にば 單 なる comeay なり。 

男の Bovarii. 

(大正 五 年— 大正 十五 年) 



3 



他 其 記 手 



559 



補 遣 

〔孤獨 地獄 參 SO 

梅が 香の 句。 

山城 河岸 四 番地、 家 も 地面 も賣 りて、 日吉町 (モト 山 王 町) 十 番地に 來る。 雨 家と も 火事に 燒く。 二三 日に 

死す。 夜 十二時、 若紫 コトぉ 房に 腹が へった 故、 むすび を 三つ 持へ て くれろ と 云 ひ、 それ を 食 ふ。 芝居 話 を 

し T 河 竹 も 老い こんだ な、 X X に 信 乃 をさせる こと はない。」 十二時す ぎに 寢、 三時に 起 上る。 お フサお 上 

水です かと 云 ふ、 バタリと 仆れる U 鼾つ よし、 だんだん 靜 かになる、 馘醫 をよ ぶ。 駄: IE と 云 ふ。 棺は別 持へ 

にしたり。 湯灌す る 時に 見れば 兩 腕に 彫 もの あり。 一 は 鳥 かごの 口 あき 小鳥 立つ ところ (田舍 源氏の 若紫〕、 

一 は 牡丹に 揚卷の 紐の かかれる ところ、 朱の 入りし ホリ モノ。 葬式 はさび し。 一切 伊三郎、 願 行 寺に 葬る。 

バラ 緒の 雪駄、 唐棧の 道行、 五分 サカ ユキ、 白木の 三尺、 糯紳 をき し 事な し、 單 ものの 重ね着、 チヂミ で 



母 10 代 

千代 さ 代 

婆さん 

爺さん 



も マオ 力で も 荒磯、 足袋 を はかず。 

ッンボ の 粗 中 i 旅役者 



千 枝 i 女の 俳諧師, 

木 和—: 千 枝の 夫 , 



、越後の 人 



i、 



550 



律 藤、 小 使 ひの ない 時には 鐵の 棒 (鍔の つきし 木刀) を 持つ て 「伊」 へ 来る (この 棒は柁 へ 入れる)。 「向 う 横 

町から 叔父さんが 来たよ」 と 云へば、 子供、 奉公人の terror. 米で も 何でも 「伊」 より 仕 逸る。 「伊」 へ 来れば 

鰻が 好い とか 鰭が 好い とか 云 ふ。 十 圓位小 使 を 持たせて やる。 居候 三 四人ゐ ない 事な し。 

吉 原の 河 東 節の 老 太夫 連中 (三味線 ひきは 婆藝 者お せき) 来り、 「伊」 方に て 語る。 これ は 「伊」 に 馳走 や 何 か 

持たせる 爲 なり。 「津」 竹の 棒に て老 太夫の つけ 髭 をと る、 「ダン ナ、 およしなん しょ」 と 云 ふ。 (「伊」 の 妻 河. 

を 語る。〕 毛 _ ^を ひき、 見臺 をお き、 太夫 二人、 ニー 味 線 ひき 一 人、 「助 六」 など かけ 合 ふ。 百 目 蠟燭、 眞 输の燭 

臺、 うちの もの だけ (親 夫婦 兄弟 三人、 婆や 二ん、 店の 番頭 一人、 若い もの 四 人、 小僧 二/ o。 他の 家の もの 

を 呼ばず。 「津」 が 何 をす るか わからぬ 故。 

親類の 鳥羽屋 (三 村 淸左衞 門、 十 人 衆、 義太夫に 凝る。 三味線 ひきは 花 澤三四 郞。) 「伊」 の 家に を かけ、 

義太夫の 揃 ひ をな す。 三 四郞の 弟子 は 皆 曰: 那衆。 龍 池と 「津」 「伊」 と 相談し、 河 東 節 をよ ぶこと とす。 され ど 

向う の義 〔太夫〕 をき くも,?^ なしと て 三人に て 義太夫の 急 稽古す。 鳥羽屋 へは祕 ミツ。 野: € 語 市 を師: lk:。 阿い:: 

屋琴 責め。 三人 及び 三味線の 名 貼り 出す。 三人、 肩 衣 をつ け、 龍 池— 重忠、 「伊」— 岩 永、 「津」 —阿. fn:^、 を 

やる。 義太夫の 連中のう ち、 これ を やる 人緣 側よ いころげ 落つ、 「こちの や」 と 云 ふ, 狂歌 師 ない。 



〔斷片 U (三 〇SIK)〕 

夫人。 (30 歳) 嘗资產 家に 嫁し 離緣 にない 後 15 に 嫁す (眞言 宗)。 偕 は 五十 近し。 好/、 物。 書寶を 愛す。 ^的 

に 利かず。 夫ん::: 一 一年間 一 度 も 交らず。 

夫人の 妹。 c>d—!2】 ま) 東京の 女學 校に ゐる。 M と つ 遠 ひ、 同じ 小學 校に あい。 

夫人の 兄。 



他 其 記 手 



561 



溫泉 場へ M を つれ ゆき 怪 まざりし は 上京中の 妹 を 夏と 一 しょに すべく M の 人物 を 知りたい 爲ー しょに 行つ 

てゐ た。 

夫人 曰 M と 夫人との 間 をつ づける 爲には 妹の 夫と なれ、 且夫 不能の 爲 別居した し、 故に M と 妹と 一 しょに 

なれば 二人 を 東京に すませ、 おのれ も 一し よになる。 M 曰 そんな 事 は 恐し くない か。 夫人 やや 本心に かへ る。 

M 又 曰 結婚す ベ くんば もう 一度 見た し (小學 時代に 見し 時 は 美し かりし も)。 夫人と M と 妹 を よびよせる。 M 

結婚す る氣 にならず。 妹 は 一 しょに なっても よいと 思 ふ。 

妹 再 東京へ かへ る。 その 時 船への るのに W の 別莊へ 一 晚 とまる 方よ ろし (W は 夫人の 別莊 なり)。 夫人 妹と 

別莊 にと まらん とす。 そ は 夫人 M とと まる 事 を 欲せし なり。 され ど 別莊番 の娘藝 者に て、 母の もとへ 來る。 

この 女 M を 先生と 稱す。 別 莊番の 妻 亦 娘 を M ととり もた うな どと 云 ふ。 それ 故 M は 夫人 を そこへ ともな ひた, 

くな し。 又 M に 云 は せれば 妹 來る事 夫. < ^との 關係上 困る 故とうと ぅ來る 事を斷 る。 

M その 境涯に 安ん ぜず、 夫人に 大島を 持へ て もら ひ 上京す。 ニケ 年後に は旣に 夫人の 兄 大本 敎 信者と なり、 

その 爲 夫人と 妹と 大本 敎 となる。 而 して 夫人の 夫の 僧 も 大本 敎 となる。 その 結果 本堂の 本尊と 大本 敎の 神と 

二つ 並べて 禮 拜し始 む。 . 

妹 結婚され なくなりし は 業な りと し、 夫人 及 夫人の 兄、 妹の 體を 大本 敎の 神に 捧げよ と 云 ひ、 遂に 王 仁 三 

郎に獻 じ、 夫人 亦 王 仁 三郞の もとに 走る。 (眞言 宗の關 係 も あり。) 大本の 神 を まつりし 爲村 をお はる。 



562 



溫泉場 滞在中 M、 art を 思ひ且 その atmosphere にたへ ず、 上京す るに つき basket, etc. を賈 ふ。 夫人 皆 

買って くれる。 立つ 時下 着の 大島を 男物に したて 直し M にきせ る。 (金) 頸に かける 金鎖 は舊式 故、 帶 へまく 

時計に すれば 半分と なる。 その 持へ 直し 方 をた のみ、 半 は M にくれ ると 云 ふ。 

M 湯 島: 大神丁 (封筒 を 走らす へ かへ る。 その後 二 年間に M の 妹 上京す。 M の 妹の 友 だち あり。 こは鄕 m 

同じに て おと 一 しょに なりたが り 娘の 親友 M の 妹.^ 贊 成す。 この 女 上京し 大學 病院の 看護婦と なる。 又- Ms. 

女 將の娃 に 女 歌人 (畫も かく) あ. り。 M 病氣 にて ねる とこの 連中 見舞に 來る。 但し 妹は鄕 里に かへ る。 n 〔夫人 ^ 

の 妹 出現。 CR の 汽車 巾す すめら る。) 結婚 問題。 當時 M 身 神つ かれ、 夫人に 云 ひしに 人參 の廣吿 を: li! 舞狀に 

封 じて よこす。 

宿の 女房の 夫 は 移民 會 社の 船員。 女房 は 荒物 兼 髮結を やり を. る。 故に M とも 關係 あい。 亭主の 鯉口の 外 

套を 着て 歩く。 亭主 好人物に て 亞米利 加へ 行きし 時 一 弗の watch を 買って くれる。 質に入れると 二圆 かす。 

看護婦に なりし 女性、 M を 見舞 ふ (果物、 菜 子、 藥)。 怜俐な"。 M しばしば 一 しょに ならん かと 思 ふ。 さ 

れど R の 妹の 問題 あり。 その後 その 女 看護婦と して 進級し、 後 病死す。 死ぬ まで M を 忘れず。 

M の 支那 旅行 中鄕 里の 妹より 手紙 をよ こす。 M は 束お の 家に Ifo と 妹 (白木屋に 入り 裁縫に て 身 を 立つ) 



他 其 記 手 



563 



と 子供と をお きし 故 Heimat より 來 りしに 驚く。 その 手紙に 「病 氣 になり 鄕 里へ かへ る、 X ( 看護婦) も 死ね 

り」 と 云 ふ。 

閛秀 歌人 (畫) は橫濱 にあり。 中流の 娘。 池上秀 畝の 門な り。 其 同門の 弟子と 折 合 はず、 皿の pi- と 同感し、 

M に畫を 見せ 批評 を 請 ふ。 また 歌 をみ せ 批評 を こふ (露骨な 歌)。 繪の 具の 材料な ど M に 使用せ しむ。 この 人 

亦 肺病な り。 通知 来る。 牛: 前畫を 約す。 M 行けば 一 家 寺に あり。 M 賨を さげて ゆく。 兩親 よろこぶ。 娘の 三 

脚 畫の具 等 皆 貰 ふ。 畫の具 は 他の 日本 畫 家に 寶る。 . 

夫人の 妹 東京に て 電報 をう く。 妹の 友 だち も 皆 結婚 問題な りと 云 ふ。 Mesitatiort, but desire to return 

and 幼な 友 だち 同志 相 見る。 

男 あり (農)。 夫人 を 口 どきし 事 あり。 その 男な どの 口より M と 夫 入の 關係 公に ならん とす。 

M と 夫人と 溫泉 場に ゆきし は (M の數年 前に 云 ひし は) 夫人が 友 だち の 所へ 遊びに 行く 事と し、 友 だち の 方 

が 萬 事 好い やうに して くれる 云々。 

M の 上京 後、 M の Icve が 他に うつりし 後 M の 従弟 (M に 似る) に 夫人 云 ひよ る。 出来ず。 結婚 後 も M は 夫 

人に 逢 ふ。 夫 入 は 舊好を あたため たき 氣 あり。 



564 



〔玄 ®£©〕 



爺さん 

婆さん 

妾 (女中) 



爺さん 



蒙 



一子 



妾の 子供 

妻の 子供 

婆さん 



目 くら、 呼 鈴な どな ほす、 左の 耳 だけ 風 を ひく。 

腰ぬ け (腦ェ ン ボリ)、 一 の 字 も 引けず、 飯 を 食 ふ 時 匙 使へ ずして 泣く。 

子供 二人 

船橋 お父さん ぉぢ いさん 

姚子 へやる * - 

結核 六尺の 揮 (妾. を 跳 子へ やりし 晚) 

バ ットを やめる、 す ふと 1 咳き こむ、 (痰の 出る まで) 

咳く 故 三十 分 も 苦しむ、 妾の 名のみ を 呼ぶ、 

「あなた も 死にます ね」 ゥ ハ 言に 妾の 名 を 呼ばず。 

溫 厚人 (古錢 核 をお そる、 n: 曜も 子供 を 遊ばせず。 錢 雑誌、 古 錢會、 : 

中二 子供に も 凡人に なれと 乙彥 (: オト ヒ コ) とつけ る。 

善人 五 歳の 女の子 と共にね て產 をす る、 , 

「カァ チヤ ン ガオ 產ヲ シ テキ タ ナイ ョ」 ト云ヒ 婆さんの 床の 中へ は ひこむ。 



、 〉 常に 喧嘩 

人/ 

右の 手 だけき く、 便器 を さし 入れる、 手 を ふかず、 「永 さん」 に 鱧 を 云 ひて 泣, 



他 其 目已手 



565 



町 を 通る と叫聲 

瓶に さした 花 ありと 云 ふ、 なし、 か へれば ある 

窓ガラスの 外に 空 中に 寢た人 

メヂ アム • 妙な 本の に ま をよ む 

家中が 水に なった、 I 

^に はって ゐる男 を 見る、 . 

收容所 の 俘虜 (支那 人 ) 日本軍 人の 死 を 見る。 

足の かかとで もの を 見る M 

外 を 通る、 實在 せざる stone-balubtrade を 見る、 後 數日實 在す る。 



566 



章 文の 期 初 569 



義仲論 

一 平氏 政 麻 

祇園 精舍の 鐘の 聲、 諸行無常の 響 あり。 沙羅双樹の 花の 色、 盛者 必衰の 理を 現す。 II れる者 

久しから す、 唯 春の 夜の 夢の 如し。 

流石に 曠世の 驕兒 入道 相國 が、 六十 餘 州の 春 をして、 六 波羅の 朱門に 漲ら しめたる、 平 門の 榮華 

も、 定 命の 外に 出づ ベから す。 莊園 天下に 半して 子弟 殿上に 昇る もの 六十 餘人、 平 大納言 時忠を 

して、 平 門に あらす ンば 人に して 人に あらす と、 豪語せ しめたる は、 平氏が 空前の 成功ぬ。 而し 

て 平氏 自身 も 亦 其 成功の 爲に仆 る べき 數を擔 ひぬ。 

天下 太平 は 武備 機關の 制度と 兩立 せす。 生產的 發展は 爭亂の 時代と 並存せ す。 今や 平氏の 成功 は、 

其 武備 機關の 制度と 兩立 する 能 はざる 天下 太平 を裔. せり。 天下 太平 は 物質的 文明の 進歩 を 裔 し、 

物質的 文明の 進歩 は 富の 快 樂を裔 せり" 單に 富の 快 樂を齎 せる のみなら す、 富の 渴想 を!! せり。 

單に 富の 渴想 を裔 せる のみなら す、 叉實に 富の 崇拜 を齎 し來れ り。 長刀 短褐、 笑って 死生の 間に 

立てる 伊勢 平氏の 健兒を 中心として 組織した る社會 にして、 是に 至る、 焉ぞ 傾倒 を來 さざる を 得 

む や。 

平氏が 藤 門の 長袖 公卿 を 追 ひて 一 門廟 廊に滿 つるの 成功 を恣 にせる は、 唯 彼等が 剛健な りし を以 



て 也。 唯 彼等が 粗野な りし を 以て 也。 唯 彼等が 茱根 を嚙み 得し を 以て 也。 詳に 云へば、 彼等 力 

東夷 西 戎の遺 を ^せし を 以て 也。 彼等 は 富貴の 尊ぶべき を 知らす、 彼等 は官 健 の拜 すべき を 解 

せす、 彼等 は 唯、 馬首 一度 敵 を 指せば、 死す とも 亦 退くべからざる を 知る のみ。 しかも 往年の 

平 太が 一 曙して 太 政 大臣の 印 絞を帶 ぶる や、 彼等 は 彼等 を圍繞 する 社會 に、 黄金の 勢力 を =^、 紫 

絞の 勢力 を 見、 王 1^ の 勢力 を 見たり。 彼等 は、 管紘を 奏づる 公子 を 兄、 詩歌 を: 弁べ る 王孫 を U -、 

S 紳を拖 ナる月 卿 を 見、 大冠を 頂ける 雲 客 を 見たり。 約 一 百 すれば 彼等 は 始めて 富の 快樂に 接した 

り。 富の 夹樂は 富の 渴想 となり、 富の 渴想 は忽に 富の 崇拜 となれ り。 

海賊と 波濤と を 敵と せる 伊勢. 平氏の 子弟に して、 是に 至る、 誰か 陶然と して 醉 はざる を 得る もの 

ぞ。 然り、 彼等 は 泥の 如くに 醉 へり。 恰も 南下 漢人 を征 せる、 柘跋魏 の健兒 等が、 其 北狄の 心情 

を 拾て て、 悠々 たる 中原の 春光に 醉へ るが 如く、 彼等 も 亦 富の 快樂 に沈醉 したり。 於 几ル、 彼等 は 

其 長 紳を拖 き、 其 大冠を 頂き、 其 管紘を 奏で、 其 詩歌 を 弄び、 沐猴 にして 冠す るの:. W 稽を 演じつ 

つ、 しかも 彼 者 自身 は揚々 として 夭 下の 春に 11 歌したり。 

野^も 飼 はるれば 痴 贩に變 す.。 嘗て、 戟を橫 へて、 洛 陽に 源氏の 白 旌軍を 破れる 往年の 鬆男 も、 

一朝に して、 紅 額 涅齒、 徒に 巾 幗の姿 を 弄ぶ 三月 雛と なり 了ン ぬ。 一言 すれば、 彼等 は ョ たる 

の實カ をす てて、 武士た るの 虚名 を 擁したり き。 武 十-たるの 習練 を 去りて、 武士た るの 外見 を 在 

したりき。 平氏の 成功 は 天下 太平 を裔 し、 天下 太平 は 平氏の 衰滅 を裔 す。 I 

彼等が かくの 如く、 長夜の 惰眠に 耽りつ, - ありし に 際し、 時勢 は駐々 として 黑 潮の 如く f^T 命 e 

5 (嗽 i こ 向 ひたりき。 あらす、 精神的 革命 は、 旣に 冥默の il に 成就 せられし 也。 



章 文の 期 初 



571 



平氏の 盛運 は、 藤 原 氏の 衰運な りき。 法 性 寺關. m をして 「此世 をば 我 骨と ぞ田. -ふ」 と揚霄 せしめた 

る、 藤 門 往年の 豪華 は 遠く 去りて、 今や 幾多の 卿相 は、 平氏の 勃興す ると 共に、 彼等が 漸、 西風 

落日の 悲運に 臨める を 感ぜざる 能 は ざり き。 嘗て 彼等が 夷狄 を 以て 遇した る 平氏 は、 却て 彼等 を 

遇する に 掌 上の 傀儡 を 以てせむ としたる にあら す や。 嘗て 彼等が、 地下の 輩と 卑め たる 平氏 は、 . 

却て 彼等 をして 其 殘杯冷 炙に せぜ しめむ としたる にあら す や。 而 して 嘗て S 丄兄 童の 嘲笑 を 蒙れ 

る、 布 衣 韋帶の 高 平 太 は、 却て 彼等 をして 其 足下に 膝行せ しめむ としたる にあら す や.。 約言 すれ 

ば、 彼等 は 遂に 彼等 對 平氏の 關 係が、 根牴 より 覆された る を、 感ぜざる 能 は ざり き。 典 例と 格式 

と を 墨守して、 悠々 たる 桃源 洞 裡の逸 眠 を 貪れる 彼等 公卿に して、 か \ る 痛烈なる 打撃の 其 政治 

的 生命の 上に 加 へられた る を 見る、 焉ぞ 多大の 反感 を 抱かざる を 得む や。 然り、 彼等 は 平氏に 對 

して、 はた 入道 相 國に對 して.、 漸くに 抑 ふべ からざる 反感 を 抱く に 至れり。 彼等 は 秩序 的 手腕 あ 

る大 政治家と しての 入道 相國を 知らす。 唯、 鎌倉時代の 遊行 詩人た る 琵琶 法師 をして 、「傅へ 承る 

こそ、 言葉 も 心 も 及ばれね」 と、 驚歎せ しめたる、 直情 徑 行の 驕兒 としての 人道 相國を 見たり。 

權勢攝 筵 の 家 を 凌ぎ、 一門 悉、 靑 紫に 列る の橫 暴を恣 にせる 平氏の 中心的 人物と しての 人道 相圃 

を 見たり。 狂 悖 暴戾、 餘 りに 其 家門の 榮 達を圖 るに 急に して 彼等が 莊園を 奪って 毫も 意と せ ざり 

し、 より 大膽 なる シ ー ザ ー としての 入道 相國を 見たり" 是豈 彼等の 能く 忍ぶ 所なら む や。 

彼等が 平氏に 對 して 燃 ゆるが 如き 反感 を 抱き、 平氏 政府 を寸斷 すべき、 危險 なる 反抗的 精神 をし 

て、 霧の 如く 當 時の 宮廷に 漲ら しめたる、 寧ろ 當然の 事と なさざる を 得す。 かくの 如くに して 革 

命の 熱血 は 沸々 として、 幾多 長袖の カシアスが 脈管に 潮し 來れ り、) .是 平氏が 其 運命の 分水嶺より、 



歩 一 歩 を 衰亡に 向って 下せる ものに あらす や。 

しかも 平氏 は獨 り、 公卿の 反抗 を 招きた るの みならす、 王 荊 公に たる 學究的 政治家、 :::^ほ人 

道が、 袞龍の 御衣に 隠れた る黑 衣の 宰相と して、 厘.,' 謀 を 帷幄の 巾に めぐらし しょり 以來、 ^微 

の 出 を 以て 朝榮を 誇と したる 院の 近臣 も 亦、 : 十 氏に 對 する 恐るべき 勁敵な りき。 彼等 は 素より 所 

謂 北面の 下 腺に すぎす と雖 も、 猶龍顏 に 尺して、 n 月の 恩 光に; ぬし、 一旦 簡拔を 辱う すれば、 

下 北面より 上 北面に 移り、 上 北面より 殿上に 進み、 遂に は 親しく、 廟堂の 大權を も 左右す るに., f 

る。 かくの 如き 北面の 位置が、 自ら 大膽 にして、 しかも、 野心 ある 才人 を糾 八:: したる は、 iS? は乂自 

然の數 也。 而 して 此 梁山泊に 集れる 十の 智多 星、 の 露靂 火が 平氏の 跋息を IE み、 人道 相 國の審 

横 を 怒り、 手に 唾して ー擧、 紅 幟の 賊を仆 さむと 試みた る、 亦 彼等が 位置に、 頗る 似合た る と 

云 はざる ベから す。 しかも 彼等 は 近く、 平 治亂に 於て、 源 左 馬頭の 枭雄を 以てする も、 猶 彼等の 

前に は、 敗 減の 恥 を 蒙らざる 可から ざる を兑 たり.〕 七 世 刀 戟の業 を繼げ る、 源氏の 長者 を 以てす 

る も、 亦斯 くの 如し。 平 門の 小 冠者 を誅 する は 目" 1 にあり と は、 彼等が、 竊に恃 める 所な りき。 

名義 上の 勢力に 於ても、 外戚た る 平氏に 劣らす、 ま實 上の 勢力に 於ても 莊 II 三. I 餘 州に 及ぶ: 个氏 

に 多く 遜らざる 彼等に して、 かくの 如き 自信 を 有す。 彼等が 成功 を 萬 一に 僥倖して、 劍を 按じて 

革命の 風雲 を 飛ばさむ と 試みた る、 元より 是、 必然の^ のみ。 試に 思へ、 西 光 法師が、 平氏 追討 

の 流言 ある を 聞い て 、 白 服 瞋聲、 「大 に 口な し 人 を 以て 云 はしむ るの み」 と 慷慨した る ;〉 5 時 の 意氣 

を。 傍若無人、 眼中 殆んど 平氏な し。 彼 は院の 近臣の 心事 を、 最も 赤裸々 に 道破せ る ものに あら 

す や。 しかも、 彼等の 密遞し 奉れる 後白河 法皇 は、 人道 信 西 をして、 「反 臣删 にある を も 知ろ しめ 



章 文の 期 初 573 



さす。 そ を 申す 者 ある も、 毫も 意と し 給 はざる 程の 君 也」 と 評せ しめたる、 極めて 敢爲の 御^ 象 

に 富み 給へ る、 同時に 义、 極めて 術數を 好み 給 ふ 君主に、 おはし ましき。 かくの 如き 法皇に して、 

かくの 如き 院の 近臣に 接し 給 ふ、 勃た る 反 平氏の 空氣 が、 遂に 恐るべき 陰謀 を 生み出し たる、 

亦怪 むに 足らざる 也。 此 時に 於て、 隱忍、 輕悍、 驕妒の 謀 主、 新 大納言 藤 原 成 親が、 治 承 元年 山 

門の 爭 亂に乘 じ、 名 を 後白河 法皇の 院宣に 藉り、 院 の嬖臣 を率ゐ て、 平 賊を誅 せむ としたる が 如 

き、 其 消息の 一端 を洩 したる ものな りと 云 はざる ベから す。 小松內 大臣が 「富貴の 家祿、 一門の 

官位 重疊 せり。 猶搏實 る 木 は 其 根、 必 傷る.^ とも 申しき。 心細く こそ 候へ」 と、 人道 相國を 3 諫 

したる、 素より 宜 なり。 若し 夫、 唯機會 だに あらしめば、 弓 を ひいて 平氏 政府に 反 かむ とする も 

の、 豈獨 り、 院の 近臣に 止ら む や。 一葉 落ちて 天下の 秋 を 知る。 平 治の 亂以 來、 兹に 4- 八 星霜、 

平氏 は此 陰謀に 於て、 始めて 其 存在の 價爐を 問 はむ とする ものに 遭遇したり。 是、 壽永元 唇の 革 

命が、 漸くに 其 光 茫 を 現さむ とする を徴す る ものに あらす や。 

かくの 如くに して、 平氏 政府 は、 浮 島の 如く、 其根抵 より 動搖 し來れ り。 然れ 共、 吾人 は 更に 恐 

るべき 一勢 力が、 平氏に 對 して 終始、 反抗的 態度 を、 渝へ ざり し を 忘る ベから す。 

更に 恐るべき 一勢 力と は何ぞ や。 曰く 南都 北嶺の 僧兵: a) 僧兵な りと て 妄に笑 ふこと 勿れ。 時代 

と相容 る. -能 はざる 幾ゾ 夕、 不覊 不雜の 快男兒 が、 超 f の 奇才 を 抱いて 空しく 三尺の 蒿 下に 槁 死す 

る こ:, を 得す。 遂に 南都 北嶺の 緇衣 軍に 投じて、 僅に その 幽憤を やらむ としたる、 彼等の 心事 sin- 

g む 可から ざら む や。 請ふ搏 吾人 をして、 彼等 不平の 徒 を 生ぜ しめたる、 當 時の 社 會狀態 を 察せ 

しめよ。 



平和の 時代に 於け る、 唯一 の 衞生法 は、 すべての ものに 向って、 自由 競 (サ を與 ふるに あり。 而し 

て霸權 一 度、 相 門 を 去る や、 平氏が 空前の 成功 は、 平 {豕: 幾 十の 紈持子 をして、 富の 快 樂に沈 W せし 

むる と 同時に、 又 藤 原 氏 六 百年の 太平の 窗 せる、 I: 閥の 流 弊 を も、 ^襲せ しめたり。 是に 於て: 个 

氏 政府 は、 其 最も 危險 なる 平和の 時代に 於て、 新しき 活動と 刺戟と を 鼓吹すべき、 自由 競-印と、 

完く雨 立 する 能 はざる アンチ ボ ヂ ス に 立つ に 至 りぬ。 かくの 如くに して 社會の は 取 も 健全なる 部分 

が、 漸に 平氏 政府の 外に 集りた る、 幾多の 智勇 辨 力の 徒が 旣に、 平氏 政府の 敵と なれる、 •. ^して 

平氏 政府に 於け る、 位 轉と實 力と が將に 反比例せ むと する の 滑稽 を 生じた る、 亦 {1 ならす とせむ 

や。 此時 にして、 高材 逸足の 士、 其 手腕 を 振 はむ とする、 明君の 知己に 遇 ふ、 或は 可也 e 賢 相の 

知遇 を 蒙る、 亦 或は 可也。 然れ 共、 若し 遇 ふ 能 はす ンば 、彼等 は 千里の 足 を 以て、 彼等の 憾 I: 

に 泣き、 彼等の 不遇に 歎じ、 拘文死 法の 巾に 宛轉 しつ、、 ^^しく!^歴の下に朽死せざる可からす。 

呑 舟の 大魚は 小 流に 遊ばす。 「男兒 志願 是 功名」 の 壯志を 負へ る 彼等に して 無意義なる 繩 の 

下に 其 自由の 餘地を 束縛せられ むと す。 是豈 彼等の 堪 ふる 所なら む や。 是に 於て、 彼等の 或 者が、 

「衆人 皆醉我 獨醒」 を哂 ひて 佯狂の 酒徒と なれる が 如き、 彼等の 或 者が 麥秀の 悲歌 を哀吟 して 風:::: 

三味の 詩 $S となれ るが 如き、 はた、 彼等の 或 者が、 滿 腔の 壯 心と 痛恨と を 抱き 去って 南都 北嶺の 

圓 IS 賊 に投ぜ しが 如き、 素より 亦 怪しむ に 足らざる 也。 加 ふるに 彼等 i^vli ハの群 中には 幾多、 市并 

の惡少 あり、 幾多 山林の 狡贼 あり、 而 して 後年 明朝の 詩人 をして 「橫飛 双刀亂 侦箭、 城 遗野艸 人 血 

塗」 と 歌 はしめ たる、 幾多、 慄 博 なる 日本 沿海の 海賊 あり。 是 等の 豪猜 が、 所謂 堂 衆なる 名の ドに、 

晝劍戟 を 横へ て 天ドに 横行した る、 彼等の 勢力に して 恐るべき や 知るべき のみ。 想 ひ よ、 幾 



章 文の 期 初 



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千の 山 法師が、 日吉權 現の 神輿 を 擁して、 大法 鼓 をなら し, 大法 螺を 吹き、 大法 幢を飜 し、 咄々 

として、 禁闕 にせ まれる の 時、 堂々 たる 卿相の 旰膽 iffi.^ 是が爲 に.^ 一 かりし を。 狂 蔡 狼藉 眼中 殆ど 

王法な し。 彼等が 橫 逆の 前に は 白 河 天皇の 英明 を 以てする も、 「天下 朕の 意の 如くなら ざる もの は、 

山 法師と 双六の 采と鴨 川の 水との み」 と浩 歎し 給 はざる を 得 ざり しに あらす や。 . 

然れ 共、 彼等の 恐るべき は是に 止らざる 也。 彼等 は、 彼等の 兵力 以外に、 更に 更に 熱烈なる、 火 

の 如き 信仰 を 有したり き。 彼等 は 上、 王侯 を 知らす、 傍、 牧伯を 恐れす、 彼等 は 僅に 唯佛 恩の 慈 

雨の 如くなる を 解す るの み。 然り、 彼等 は、 より 剛勇なる サラ センの 健兒 也。 苟も、 弗 法に 反 か 

むと する もの は、 其攝關 たると、 弓馬の 家た ると、 はた、 萬乘の 尊た ると を 問 はす、 悉く 彼等の 

死 敵の み。 旣に 彼等の 死 敵たり、 彼等 は 何時 にても、 卜萬橫 磨の 劍を驅 つて、 之と 戰ふを 辭せざ 

る 也。 見よ、 西 乘坊信 救 は、 「太 政 入道 淨海 は、 平家の 糟糠 、武家の 塵芥」 と 痛 篤して、 憚ら ざり し 

にあら す や。 彼の 眼より すれば、 海 の 命 を 掌握に 斷ぜる 人道 相國 も、 唯是 剛情なる 老黄 牛に: 

ぎざる 也。 しかも 彼等 は、 平 刑 部卿忠 盛が、 弓 を 紙圃の 神殿に ひきし より 以來、 平氏に 對 して 止 

むべ からざる 怨恨 を 抱き、 彼等の 怨恨 は、 平氏の 常に 執り 來れる 高壓的 手段に よって、 更に 萬斛 

の 油 を 注がれた る を や。 所謂、 靑 天に 霹靂 を 下し、 平地に 波濤 を 生す る を 頼みざる 彼等に して、 

危險 なる 不平と 恐怖すべき 兵力 を 有し、 しかも、 觸 るれば 手 を爛燒 せむ とする、 宗敎的 赤熱 を帶 

ぶ、 ,天下一 朝動亂 の. 機 あれば、 彼等が 疾風の 如く 起って 平氏に 抗 する は、 智者 を 待って 後 始めて、 

知る にあらざる 也。 , 

かくの 如くに して、 卿相の 反感と、. 院の 近臣の 陰謀と は、 威膽、 雄心の 人道 相國 をして、 遂に; i 



576 



原 遷都の 窮策に 出で、 僅に 其 横暴 を 免れ しめたる、 烈々 たる 僧兵の 不平と 一致したり。 しかも、, 

平氏 は獨 り. 彼等の 反抗 を 招きた るに 止ら す、 N 个ゃ 人道 相國の 政策の 成功 は、 彼が 滿 幅の 得意と な 

り、 彼が 滿 幅の 得意 は 彼が 空前の 榮華 となり、 彼が 空前の 榮華 は、 時人 をして 「入る 日 を も 招き 返 

さむす 勢」 と、 驚歎せ しめたる 彼が 不臣の 狂 悖と なれり。 天下 は 亦 平氏に 對 して 少 からざる 怨^ 

と 不安と を、 感ぜざる 能 は ざり き。 彼が 折花攀 柳の 遊实 を恣 にした るが 如き、 彼が 一登 子の 私怨 

よりして 關白基 房の 輦ポを 破れる が 如き、 將 彼が 赤祷 三百の 童兒 をして、 飛語 巷說を 尋ねし めし 

が 如き、 平氏が 天下に 對 して 其 同情 を失歴 したる 亦宜 ならす とせす。 是に 於て 平氏 政" 吋 は、 刻々 

ピサの 塔の 如く、 傾き 來れ り。 

然れ 共、 平氏が 猶 其の 覆滅 を來さ ざり し は、 實に小 松 内大臣が、 冏 融^ 脫 なる 政治的 手腕に よる 

所 多から すンば あらす。 吾人 は 敢て彼 を 以て、 偉大なる 政治家と なさざる べし。 さはれ 彼 は、 -资 

日 恐るべき 乃父 淸盛 を扶 けて、 ,ふ\ 日 親むべき 政略 を とれり) 如何に 彼が 其 直 覺的炯 服に 於て、 人 

道 相國に 及ばざる にせよ、 如何に 彼が 組織的 頭腦に 於て、 :::! 西 人道に 劣る 遠き にせよ、 如何に 一 

身の 安 慰 を 冥々 に 求めて、 公義に 盡す こと 少 きの 識を 免れざる にせよ、 如何にお H 足りて 意 足らす- 

意 足りて 乎 足らす、 隔靴摄 萍の憂 を 抱かし むる もの あるに せよ、 吾人 は少 くも、 彼が 大臣た る资 

格を備 へたる を、 認めざる 能 はす。 彼 は 一身 を 以て、 嫉妬に 充滿 したる 京師の 空氣 と、 烈火の 如 

き 人道 相國 との 衝突 を 融和し つ. -も、 尙 彼の 一門の 政治的 生命 を强 W ならしめ、 上 は 朝廷と 院と 

に 接し、 下 は 野心 ある 卿相に 對し、 勵精、 以て 調和 一致の 働 をな さむと 欲したり。 彼 はこれ が- n 

に、 ー國の 重臣 私 門の 成敗に 任すべからざる を說 いて、 謀 主 成 親の 死, を. おめたり き。 彼 はこれ 



章 文の 期 初 



577 



が爲 に、 君臣の. 大義 を 叫 破して 法皇 幽屛の 暴擧を 戒めたり き。 彼が 世 を 終る 迄 は、 天下 未 平氏 を 

去らす。 人道 相國の 如き も、 動もすれば 暴 房 不義の 擧を敢 てしたり と雖 も、 猶 一門 を 統率して 四 

海の 輿望 を 負 ふに 堪 へたり し 也。 彼 若し 逝かす ンば、 西 海の 沒落は 更に 幾年の 遲 きを 加へ たる や 

も 亦 知る ベから す。 借むべし、 彼 は、 治 承 三年 八月 三日 を 以て、 溢焉 として 白玉 樓 中の 人と なれり。 

彼 一度 逝く、 人道 相國は 恰も 放 たれた る 虎の 如し。 其 狂 悖の 日に 募る に 比例して、 天下 は 益 > 平 

氏に そむき、 一波 先づ 動いて 萬 波 次いで 起り、 遂に、 叉 救 ふ 可らざる 禍 機に 陷り 了れ り。, P ふる 

に、 京師に 祝 融の災 あり。 竊風 地震 惡疫亦 相次いで 起り、 庶民 堵に 安ぜ す、 大旱地 を 枯らして、 

甸 服の 外、 空しく 赤土 ありて 靑苗 將に盡 きな むと す。 「平家に は、 小 松の 大臣 殿 こそ 心 も 剛に謀 も 

勝れて おはせ しが、 遂に 空しくなり 給 ひぬ。 今 は 何の 撣る 所ぞ。 御邊 一度 立って 毫 かば 天下 は 風 

の 如く、 應き なむ。」 と、 f 與 僧文覺 をして、 ^舞、 蛭ケ 小島の 流人 を說 かしめ し は、 實に此 時に あ 

りと なす。 平氏 政府の 命數 は、 旣に眉 端に 迫れる 也。 危機 實に 一 髪。 

天下の 大勢が、 かくの 如く 革命の 氣 運に 向 ひつ. - ありし に 際し、 諸國の 源氏 は 如何なる 狀 態の 下 

にあり し 乎。 願く は 吾人 をして、 語らし めよ。 嘗て、 東 山 東海 北陸の 三 道に わたり、 平氏と 相 並 

んで、 鹿 を 中原に (1^ ひたる 源氏 も、 時 利 あらす、 平 治の 亂以來 逆賊の 汚名 を 負 ひて、 空しく 東國 

の莽 蒼に 雌伏したり。 然 りと 雖も 八幡 公義 家が、 馬を朔 北の 曠野に 立て、 亂鴻を 仰いで 長驅、 安 

賊を麇 殺した る、 當 年の 意 氣豈悉 消沈し 去らむ 哉。 革命の 激流 一度 動かば、 先 平氏 政府に 向って 

三 尖の 長箭を 飛ばさむ と 欲する もの、 源氏 を 措いて 叉 何人 か ある。 是 平氏 政府 自身が 恆に 戒心し 

たる 所に あらす や。 



578 



然り、 源氏 は眞に 平氏の 好敵手た るに 恥ぢ す。 彼 は 平氏に 對 する 勁敵 中の 勁敵 也。 頼義義 家が 前 

九 後 三の 禍亂を 鎖め しょり 以來、 朿國は 其半獨 立の 政治的 天地と なり、 武門の 姊梁 は、 北ハ 的 

の尊稱 となれ り。 しかも 平氏 は、 平氏 自身の 立脚地が 西國 にある を 知りし を 以て、 敢て共 得意な 

る 破壊的 政策 を 東 國に振 はす。 (恐らく は是 最も 賢き、 最も 時機に 適した る 政策な りしなら む) 

夫と 博 馬と に 富める、 茫々 たる 東 瞬の 山川 は、 依然として、 源氏の 掌中に 存 したり。 約 一: n すれば、 

保 元 平 治 以前の 源氏と 保 元 平 治 以後の 源氏と は 其 東國に 有せる 勢力に 於て 殆ど 何等の 徑庭を も 有 

せ ざり し 也。 然 りと 雖も、 彼等の 勢力 は 未だ 以て 中原 を 動かす に 足ら ざり き。 駿河以 Is- わ 餘ケ國 

の 山野 は、 野 州の 双 虎と 稱 せられた る 小山 足 利の 兩雄、 白 河の 御館と 尊 まれた る 越後の 城 氏、 1^ 

悼、 梟 勁 を 以て 知られた る 甲斐 源氏の ー黨、 はた、 下總 に龍蟠 せる 干葉 氏の 如き、 幾多の 豪族 を 

其 中に 擁したり と雖 も、 霸を 天下に 稱 ふるもの は、 僅に、 所 l;i、 周 束、 00. 伊南、 ^北、 廳南、 

鹿 北の 健兒を 糾合して 八州に 雄視 する、 上 總の霸 王 上總介 氏と、 十七 萬 騎の贯 主、 北 奥の 蒼 龍、 

雄 名 海內を 風靡せ る 藤 原秀衡 との 兩氏 あるの み。 而 して、 此双 傑の 勢力 を 以てする も、 . 祸、 後 願 

の 憂な くして 西 上の 旗 を飜す は、 到底 不可能の 事と なさざる 可ら す。 何と なれば 彼等 は、 猶個々 

の 小勢 力なり し を 以て、 しかも 互に 相 掣肘し つ. - ありし を 以て 3。 遮莫、 彼等 は 過飽和の 溶液 也。 

一度 之に 振動 を與 へむ 乎、 液 體は忽 に 岡體を 析出す る 也。 一度 革命の 述 にして 動かむ 乎、 彼等 

は 直に 劍を 按じて 蹶起す るを辭 せざる 也。 彼等 豈 恐れざる 可から ざら む や。 然れ ども 彼等 は、 未 

平氏に 對 して 比較的 從 順なる 態度 を 有したり き。 請 ふ 彼等 を 以て、 妄に 生を狗 一:^ の 間に 偷む もの 

となす 勿れ。 彼等が 平氏に 對 して 溫和 なりし は、 唯 平氏が 彼等に 對 して 溫 和な りしが 爲 のみ。 tj" 



章 文の 期 初 



579 



て、 吾人の 論ぜし が 如く、 平氏の 立脚地 は西國 にあり。 平氏に して、 相 印を帶 びて 天下に 臨まむ 

と 欲せば、 西國 の經營 は、 其 最も 重要なる 手段の 一たら すンば あらす。 されば こそ、 入道 相國の 

炯眼 は、 瀨戶內 海の 海 權を牧 めて、 四國 九州の 勢力 を 福 原に 集中す る の 急務なる を 察せ. しなれ。 

西南 一 一十 一 國が 平氏の 守 介 を 有した る豈此 間の 消息 を洩 したる ものに あらす や。 旣に 平氏に して 

西國 の經營 に盡瘁 す" 東國 をして 單に 現狀を 維持せ しめむ としたる が 如き、 亦 怪しむ に 足らざる 

也。 而 して、 自由 を 愛する 東國の 武士 は 此寬大 なる 政策に 謳歌したり。 謳歌せ ざる 迄も悅 服した 

り。 悅服 せざる 迄 も 甘受したり。 彼等 は 實に此 優遇に 安 じて 二十 年 を 過ぎたり し 也。 然れ共 今や 

平氏 は 完く其 成功に 沈醉 したり。 而 して 平氏の 醉態 は、 平氏 自身 をして 天下の 怨府 たらしめ しが 

如く、 亦 東國の 武士 をして 少 からざる 不快 を 抱かし めたり。 嘗て、 馬 を 彼等と 並べて、 銀兜緋 甲、 

王城 を 守れる 平 門の 豎子が、 今 は 一 門の 榮華を 誇りて 却て 彼等に 加 ふるに 痴人 猶汲 夜塘 水の 嘲 侮 

を 以てする を 見る、 彼等の 心に して 焉ぞ 平なる を 得む や。 切言 すれば、 彼等 は、 漸に其 門閥の 貴 

き 意義 を 失 はむ とする を感 じたり。 嗚呼、 「弓矢と る 身の かりにも 名 こそ 惜しく 1^ へ」 と 叫 破 亡る 

彼等に して、 焉ぞ此 侮蔑に する を 得む や。 加 ふるに 大番 によりて 京師に 往來 したる 多くの 豪族 

は、 京師に 橫溢 せる、 危險 なる 反 平氏の 空氣 を、 冥默の 間に 彼等の 胸奥に 鼓吹したり。 而 して、 

平氏が 法皇 幽屛の 暴 擧を敢 てす ると 共に、 久しく 聽 積した る 彼等の 不快 は、 一朝に して 勃々 たる 

憤激と なれり。 

しかも、 天下の 風雲 は 日に日に 急に して、 革命的 氣運 は、 將に暗 潮の 如く 湧き 來ら むと す。 是に 

於て、 彼等の 野心 は、 漸に 動き 來れ り。 野心 は 如何なる 場合に 於ても 人 をして、 其 力量 以上の 事 



業 をな さしめ すンば やます。 泰山 を 挾みて 北海 を 越えし むる もの は 野心 也。 精衞をして^^5>"ハ保を埋 

めしむ る もの は 野心 也。 所謂 天 民の 秀 傑なる、 智;^!^辨カぁる彼等が、 大勢の 將 に變ぜ むと する を 

見て、 抑 ふべ からざる 野心 を 生じ 來れ る、 固より 宜 なり。 旣に 彼等に して、 共 最大の 活動力た る、 

野心と 相 擁す、 彼等が 天 荒 を 破って、 革命の 明 光 を、 捧げ 來る 日の、 近 かるべき や 知るべき のみ。 

啻に 野心に 止ら す、 平氏の 暴 逆 は、 叉 彼等 をして、 二十 周 星の 久しき に 及びて、 殆ど 忘れられた 

る 源氏の 盛 世 を、 想起せ しめたり。 彼等 は 彼等が、 旌旗百 萬、 昂然と して 天下に 大路した る、 彼 

等が 得意の 時代 を 追憶したり。 而 して、 顧みて、 平氏の 跳梁 を 見、 源氏の 空しく 蓬 萵のド に济伏 

したる を 見る、 彼等が 懷 舊の淚 は、 滴々、 彼等が 雄心 を 刺戟したり。 彼等 はかくの 如くに して、 

彼等の 登 龍 門が 今や 目 前に 11 かれた る を 感じたり。 彼等 は 其 傳家丈 八の 綠沈槍 を、 ふる ふべき 時 

節の 到來 したる を覺 りたり。 治豫 §1 年、 長 田 入道が、 愤懼、 書 を 平 忠淸に 飛ばして、 國將に 事 

あらむ とする を吿 げたる が 如き、 革命の 曙光が、 旣に紅 を 東天に 潮した る を^す ものに あらす や- 

今や 熱烈なる 鬼國 武士の 愤激 と、 彼等が 购 腔に 滿々 たる 野心と、 復古 的、 _^;.命的の2心想を鼓吹す 

べき、 懷舊 の淚と は、 自ら 一 致したり。 若し 一人に して かくの 如く ンばー 人 を 舉げて 動く 也。 天 

下にして かくの 如く ンば、 天下 を 擧げて 動く 也。 動 亂の氣 運、 漸に; 大下を 動かす と共に、 社會の 

最も 健全なる 部分 11 平氏 政府の 厄介物た る、 幾 十の 卿相、 幾 ki: の院の 近臣、 幾 干の 山 法 帥、 は 

た 幾 萬の 東國 武士の 眼中に は、 旣に 平氏 政府の 存在 を 失 ひたり。 彼等の 腦裡に は、 入道 相 國もー 

具の 骸骨の み。 平 門の 畫眉 齒も唯 瓦 鶴 土 犬の み。 西 八 條の碧 瓦丹檐 も、 亦 丘 山池澤 のみ。 要 

5 言 すれば、 社會の 直覺的 本能 は、 旣に 平氏 政府の 亡滅を 認めたり。 反 言 すれば、 精神的 革命 は旣 



章 文の 期 初 



581 



に 冥默の 中に、 成就せられ たり。 夫、 燈は 油なければ、 卽ち滅 し、 魚 は 水なければ、 卽ち 死す。 

天下の 人心 を 失 ひたる 平氏 政府が、 日 一 日より、 沒 落の 悲運に 近づきた る、 豈、 宜 ならす とせむ 

や。 然り、 桑 樹に對 して 太 息す る 玄德、 靑山 を望ン で默测 する 孔明、 玉璽 を 擁して 疾呼す る 孫 堅、 

蒼天 を 仰いで 苦笑す る 孟德、 蛇 矛 を 按じて 踴躍 する 翼德、 彼等の 時代 は 漸に來 りし 也。 之 を譬ふ 

れば、 當 時の 社 會狀態 は、 恰も 蝕みた る 老樹の 如し。 其仆る 、や、 日を數 へて 待つべき のみ。 天 

下 動 亂の機 は、 旣に 熟した る 也。 

「外より は 手 もつ けられぬ 要害 を 中より 破る 栗の いが かな。」 しかも 平氏が 堂上の 卿相 ra 十三 人 

を陟 罰して、 後白河 法皇 を 鳥 羽 殿に 幽し 奉り、 新院に 迫りて 其 外孫た る 三 歳の 皇子 を 冊立せ し橫 

暴 は、 更に、 其 亡 減の 日 をして 早から しめたり。 是に 於て、 小 松 内大臣の 薨去に よりて 我事 成れ 

りと 打 舞した る、 十の マラ—、 百の 口べ スピ HI ルは、 平氏 政府の 命 數の旣 に 目 睫に 迫れる を 見 

ると 共に、 劍を撫 し 手に 唾して、 蹶起したり。 夫、 天下 は 平氏の 天下に あらす、 天下 は 天下の 天 

下 也。 平 門の 犬 羊、 いづれ の 日に か、 其 跳梁 を 止めむ とする。 嗚呼、 誰か 天火 を 革命の 聖壇に 燃 

やして. 長夜の 闇 を 破る も のぞ、 誰か 革命の 角笛 を 吹いて、 黑甜鄕 裡の逸 眠 を 破る も のぞ。 茶然、 

老樹 は仆れ たり。 平等 院頭、 翩々 として、 ひるが へる 白旗 を 見す や。 

然り、 革命の 風雲 は、 細心、 廉 俘 の 老將、 源 三位 賴 政の 手に よって、 飛ばされたり。 

彼 は、 源攝 津守賴 光の 玄孫、 源氏 一流の 嫡流な りき。 然れ ども、 平 治 以降、 彼 は、 平氏 を扶 けた 

るの 多き を 以て、 對 平氏 關 係の 甚、 圓滿 なりし を 以て、 平氏が 比較的 彼 を 優遇した る を 以て、 平氏 

を 外にして は、 武臣と して、 未 其 比 を 見ざる、 三位の 高位 を 得たり。 若し 彼に して 平和 を 愛せし 



5S2 



めしなら ば、 或は 榮華を 平氏 と共にして、 溫 なる 昇 平の 新 夢に 沈睡 したる や も 亦 知る ベ か. らす。 

さはれ、 老驢櫪 に 伏す。 志 は 干 里に あり。 彼 は滔々 たる 天下と 共に、 太平の 餘澤 に^ 歌せ むに は、 

餘 りに 不覊 なる 豪 骨 を 有したり き。 彼 は、 群 を 離れた る鴻雁 なれ ども、 猶萬 里の 扶搖を 待って、 

双翼 を 碧 落に 振 はむ とする 3 壯心を 有す。 彼 は 平 門の 紈袴 子が、 富の 快樂 に沈醉 して、 七 杏の 审、 

11 鹉の 杯、 揚々 として、 芳植 一朝の 裹華を 誇りつ. - ありし に 際し、 其 炯服を 早く も天ド のた 勢に 

注ぎたり。 而 して、 彼は旣 に、 平 門の 惰眠 を 破る 曉 鐘の 聲を 耳に したり。 彼 は 思へ り T 平家 は、 

榮華 身に 餘り、 積惡 年久しく、 運命 末に 望めり」 と。 彼 は 思へ り、 「上 は 天の 意に 應じ、 下 は 地の利 

を 得たり、 義兵 を擧げ 逆臣 を 討ち、 法皇の 獻慮を 慰め 奉らむ」 と。 彼 は 思へ り、 「六 孫 王の tm 裔、 源 

氏の 家 子郞等 を、 駅 具せば 天が下 何もの を か 恐 る ベ き」 と。 胸中の 成 竹旣に 定まる。 彼 は 是に於 

て、 其 袖 下に 隠れて 大義 を 天下に 唱 ふべき 名門 を 求めたり。 而 して 彼の 撫 立した る は、 赏に後 白 

河 法皇. の 第二の 皇子、 賢明 人に 超え 給へ る、 而 して 未 親王の 宣下 を も 受け 給 はざる、 高倉宫 以仁 

王な りき。 見よ。 彼の 炯眼 は 此點に 於ても、 事 機 を 見る に 過た ざり しに あらす や。 彼 は 近く 乎 治 

の亂に 於て 主上 上皇の 去就が、 よく 源平 兩 氏の 命運 を 制した るを兑 たり。 彼 は、 朝家 を 挾 ンで大 

下に 號 令す るの、 天下 をして 背く 能 は ざら しむる 所以なる を 見たり。 而 して 彼 は、 宣皆 院宣、 共 

に 平氏の 乎 中に^す るの 時に 於て、 九重 雲 深く 漆と して、 日月 を 仰ぐ 能 はざる の 時に 於て、 革命 

の 壯圖を 鼓舞せ しむる に 足る は、 唯、 竹 園の 令 3:n のみなる を 見たり。 然り、 最も 天下の 11: 情 を 有 

する 竹 園の 令 3a のみなる を 見たり。 彼が 以仁 王 を 擁立した る 所以 は、 實に 職と して 是 におす。 か 

くの 如くに して 彼の 陰謀 は、 步ー步 より 赏 際の 活動に 近き 來れ り。 ^して 治, ^叫; や "h;-:!::* 革命の 



旗 は 遂に、 皓 首の 彼と 長袖の 宫 との 乎に よって、 飜 されたり。 天下 焉ぞ雲 破れて 青天 を 見る の感 

K なき を 得む や。 

然れ 共、 彼、 事 を 南都に 擧げ むとして 得す、 平 軍是を 宇治橋に 要し、 宇治川 を 隔てて 大に戰 ふ。 

劍戟相 交る こと 一 日。 平 軍 旣に鞭 を 宇治川に 投じ 流を斷 つて、 源 軍に 迫る。 是に 於て 革命軍の 旗 

機頻に 亂れ、 源 軍 討た る、 者數を 知らす。 繞悍を 以て 天下に 知られた る 渡 邊黨亦 算を亂 して 仆れ、 

赤旗 平等 院を圍 むこと 竹圍の 如し。 弓旣に 折れ 箭旣 に盡 く、 英風ー f を掩へ る 源 三位 も 遂に 其 一 

族と 共に 自刃して 亡び、 高 倉宫亦 南都に 走らむ として 途に流 矢に 中り て薨じ 給 ひぬ。 かくして 革 

命 軍の 急先鋒 は、 空しく 敗滅の 恥 を 蒙り 了れ り。 

さも あらば あれ、 こ は 一時の 敗北に して、 永遠の 勝利な りき。 壽永 元曆の 革命 は、 彼に よって 其 

導火線 を點 ぜられ たり。 彼 は、 荒 鶏の 隨に先 だち て曉を 報す るが 如く、 哀蟬の 秋に 先 だち て 秋 を 

報す るが 如く、 革命に 先 だち て 革命 を 報じたり。. あらす、 革命に 先 だち て 革命の 風雲 を 動かした 

り。 彼 は、 ル ー テルたら ざる もョ ハ ネス フッス 也。 項 羽たら ざる も陳 勝吳廣 也。 彼の 播 きたる 種 

子 は 小 なれ ども、 參 天の 巨 樹は、 此 中より 生じ 來れ り。 彼 は、 彼 自身 を犧牲 として、 夭 下の 源氏 

を激勵 したり。 彼 は 活ける 模範と なりて 天下の 源氏 を 蹶起せ しめたり。 然り彼 は 一 門の 子弟に 彼 

の 如くな せと 敎 へたり、 而 して 爲 せり。 此 時に 於て は、 懦 夫も猶 立つべし。 況ゃ、 氏神と 傅說と 

ぎ を 同う せる、 雲の 如き 天下の 源氏に して、 何ぞ 徒然と して 止まむ や。 

^ 「花 をのみ まつらむ 人に 山里の、 雪 間の 草の 春 を 見せば や。」 殘 雪の 間に 萌え出で たる 嫩 草の 綠は 

章 旣に 春の 來れる を 報じたり。 柏木 義兼は 近 江に 立ち、 別當湛 增は紀 伊に 立ち、 源 兵 衞佐は 伊豆に 



584 



立ち、 木 曾 冠者 は 信 濃に 立てり。 今や 平家 十 年の 榮 華の 夢の 醒 むべき 時 は 漸に來 りし 也。 

二 革命軍 

賴政 によりて 刺戟 を與 へられ、 更に 以仁 王の 令旨に よりて 擧 兵の 辭を與 へられた る 革命軍 は、 百 

川の 旭の sr つる 方に 向って 走る が 如く、 刻一刻に より、 平氏 政府に 迫り 來れ り、 而 して 此: iiE^ の 

趨勢 は 遂に、 平氏 政府に 於て 福 原の 遷都 を 喚起せ しめたり。 請 ふ 吾人 をして ー1 原の 遷都 を 語らし 

めよ。 何と なれば 此ー擧 は、 入道 相國が 政治家と しての 長所と 短所と を、 最も 遣憾 なく 現し たれ 

ば 也。 

彼 は、 一花 開いて 天下の 春 を 知る の、 直覺的 炯眼 を 有したり き。 而 して 又 彼が 政 ュぉ豕 としての 長 

所 は、 實 に唯此 大所 を 見る の 明に 存 したりき。 吾人 は、 彼が 西 海 を 以て 其 政治的 地盤と したる に 

於て、 彼の 家人 をして 諸國の 地頭たら しめしに 於て、 海外 貿易の 鼓吹に 於て、 昔 戸の 瀨戶の 墜 

に 於て、 經ケ 島の 築港に 於て、 彼が 識見の 宏遠なる を 見る、 未 嘗て 源兵衞 佐の 卓識 を 以てする も 

武門 政治の 創業者と して は 遂に 彼の 足跡 を 踏みた るに 過ぎざる を 思 はす ンば あらす。 (W より 彼 は 

多くの 點に 於て、 賴 朝の 百 尺 竿頭 更に 及ぶべからざる もの ありと 雖も) 見よ、 彼 は? 1 戶. 海の 海 

權に 留意し、 其 咽喉た る 福 原 を 以て 政 權の屮 心と する の 得策なる を 知れり。 彼 は 南都 北嶺の 恐る 

べき 勢力た る を 誇 取し、 若し、 彼等に して 一度 相 鹿 呼して 立た ば、 京都 は 其 包 園に 陷ら ざるべ か 

ら ざる を 知れり。 而 して 彼が 此 胸中の 畫策 は、 源 三位の 亂 によりて、 反 平氏の 潮流の^々 として 

止るべからざる を 知る と共に、 直に 彼 をして 福 原 遷都の 英斷に 出で しめたり。 彼が 治,^ w 年 六::^ 



章 文の 期 初 



585 



三日、 宇治橋の 戰 ありて 後 僅に 數日 にして、 此ー 擧を敢 てしたる、 是豈 彼が 焖 眼の 甚だ 明 甚だ 

敏、 甚だ 弘 なる を 表す ものに あらす や。 福 原の 遷都 はかくの 如く 彼が 急進主義の 經綸 によって 行 

はれたり。 然れ ども 彼は此 大計 を 行 ふに 於て、 餘 りに 急激に して、 且餘 りに 强籾 なりき"" 約言す 

れば、 福 原の 遷都 は 彼が 長所に よって 行 はれ、 彼が 短所に よって、 破れたり き。 

彼 は、 より 無學 にして、 しかも、 より 放恣なる 王 安 石 也。 彼 は 常に 一 の 極端より 他の 極端に 走り 

たりき。 彼 は 今日 計 を 定めて、 明日 其效を 見るべし と 信じたり き。 詳言 すれば 彼 は 理論と 事實と 

の 間に、 幾多の 商量すべく、 打算すべく、 加減すべき 磨 擦 ある を 知ら ざり き。 而 して 叉 彼 は、 彼 

が 信す る 所 を 行 はむ が爲に は、 直線 的の 突進 を敢 てす るの 執拗 を 有したり き。 彼の 眼中に は 事情 

の 難易な く、 形勢の 可否な く、 輿論の 輕 重なく、 唯 彼の 應に行 はざる 可から ざる 目的と 之 を 行 ふ 

べき 一條の 徑路 とを存 せし のみ。 王 安 石 は 云へ り 、「人の 臣子 となりて は、 當に 四海 九州の 怨を避 

くべ からす」 と。 彼 をして 答へ しめば、 將に云 ふべ し T 一 門の 榮華を 計りて は、 天下の 怨を 避く ベ 

からす」 と。 然れ ども 彼の 刈りた る は、 僅に 彼の 蒔きき たる ものの 半ばに 過ぎ ざり き。 彼 は 其 目 

的 を 行 はむ に は、 餘 りに 其 手段 を 選ば ざり き。 餘 りに 輿論 を 重んぜ ざり き、 餘 りに、 單刀直 入に 

すぎたり き。 彼 は、 疲 馬に 鞭ち て、 百 尺の 斷崖を 越えむ と 試みたり。 而 して、 越え 得べ しと 信じ 

たりき。 是告 ,;、 却て 疲馬を 死せ しむる ものたら ざるな きを 得む や。 

彼が 遷都の 壯 擧を敢 てす る や、 彼 は、 桓武 以來、 四百 年の 歷史を 顧み ざり き。 彼 は 「おたぎの 里の 

あれ や はてなむ」 の 哀歌に 耳 を倾け ざり き。 一世の 輿論に 風馬牛なる、 かくの 如くに して 摘 遷都 

の 大略 を 行 はむ と 欲す、 豈夫 得べ けむ や。 菜然、 新 都の 老若 は 聲を齊 うして、 舊 都に 還らむ こと 



I め こリ。 ぞ 彼の 動かすべからざる 自信 も是に 至って、 聊か 欹傾せざ る 能 は ざり 气 彼 は 

I て、 /舊都 の 規模に 從 つて I の 新 都を 經營 する の、 多大の 財力 を 费さ ざる 可 はざる を.?" 

z。 で 此 財力 を 得む と 欲せば、 遷都の 不平よりも 更に 犬なる 不平 を 蒙らざる 可 力ら さ 

り F し 一..^.^: を, ィ.. ^ V: 、至厂 、きり 交ョ し、 兵 衞广ェ 現 朝 ま 二 卜 萬の 源 軍 を 率ゐて 

iJ り。 しかも 頭を囘 らして 東國を 望め は 蛭 ケ.. - 島の >^, fill ,1。 , 义 J 

^」 足 柄の 嶮を 越え、 謹 劍戟售 の 原野 を掩 ひて、 長 I 上の 曰將に 近き にあら むと す U 

"は; 自!? る 能 は ざり しゃ、 知るべき のみ。 加 ふるに 嫡孫! 

fi IQ 風雪, 急に して 、革命の 籠旣に 熟せる を 報じた るに おて I §^-: 

ま 嬰す るの 平氏 をして、 天下の 儘たら しむる 所以き I、 ilun^ 

氏 を :3V 憲 鐘の 機 を 得しむ る を 見、 遂に 策 を 決して、 舊 都に 還れり。 ^ a 

斷も、 , くの 如くに して、 空しく 失敗に 陷り 了り ぬ。 

今や、 平氏の 危機 は I の 間に 迫り 来れり。 I の征 東軍、 未 一矢 を 交へ ざるに 空し: i-^l 

こ て より、 近 江 源氏、 先 響の 如く 塵 じて 立ち、 III 化に 興り 短| ま、 

お 掠 u、 数 を 知らす。 鬨城寺 S 秦、 南都の 圓 i、 次いで 動く 事、 雲の 如く 將に 

^^Hu< fn I、 烈火の 如き 入道 相國 が、 

h.. 彼 は 重 こ歸る と共に、 直に 天下 を對 手と して、 赤手 を ふる ひて 大 I をき 



6- 

8 



。 H -,,.^き,ht勺^.^aょ、 蒙 こ my こ 至って 其 極點に 達したり き。 如.^ に 彼 力 破 山 ぼが 

みたり。 彼が 軌ャ」 ^外の 彗星 的^ 重 は 實,. -も. -き Z 11. ^ 

政策に して、 果 If りし か は、 左に 揭 ぐる 冷なる ョ靈 募し S りきに あ: レづゃ 

〇 治 承 四 年 十 H 二十 一一 IH 入道 相國福 原の 新 都 を 去り、 同 二十 六日 京都に 入る : . 



章 文の 期 初 



587 



〇 十二月 二::! 平 知 盛 等 を東國 追討 使と して 關 東に 向 はしむ。 

〇 同 十 m 淡 路守淸 房 をして、 閬城寺 をうた しむ。 山門の 僧兵 園 城 寺 を 抉け て、 平 軍と 山 科に 戰ふ。 

同日 涛房 闺 城 寺 を 火き、 緇徒を 屠る。 

〇 同 二十 五 H 藏 人頭 ffi 衡 をして、 南都に 向 はしむ。 

〇 同サ八 H 重 街、 兵 數千を 率 ゐて與 福 寺 東大寺 を 火き、 一宇の 僧 ijis を 止めず、 A 首 三十 餘級。 

〇 冋サ 九日 ffi 衡 都へ る。 

彼が 駕を舊 都に 還して より、 僅に 三十 餘日、 しかも 其 傍若無人の 行動 は、 實に 天下 をして 驚倒せ 

しめたり。 彼 は、 時代の 信仰 を 憚らす して、 伽藍 を 火く を 恐れ ざり き。 然れ ども 彼 は 僧徒の 横暴 

を 抑へ むが 爲に、 然 かせる にあら す。 內、 自ら 解體 せむ とする 政府 を 率ゐ、 外、 猛然と して 來り 

る 革命の 氣 運に 應ぜ むに は、 先、 近畿の 禍害 を 掃蕩す るの 急務なる を 信じた るが 爲め のみ。 而 

して 彼 は、 此 一 擧が 平氏 政府の 命運 を 繋ぎた る 一 樓の糸 を切斷 せし を 知らざる 也。 彼が 此 破天荒 

の痛擊 は、 久しく 平氏が 頭上の 瘤視 したる 南都 北嶺 をして、 遂に 全く 屛 息し 去る の 止む を 得ざる 

に 至らし めたり と雖 も、 平氏 は 之が 爲に 更に 犬なる 僭 徒の 反抗 を 喚起したり。 啻に: Is 徒の 反抗 を 

招きた るの みならす、 又 實に酷 篤なる 信仰 を 有した る 天下の 蒼生 をして、 佛敵を 以て 平氏 を 呼ば 

しむる に 至りたり き。 形勢、 旣 にかくの 如し。 自ら 蜂巢を 破れる 入道 相 國と雖 も、 焉ぞ 奔命に 疲 

れ ざる を 得む や。 時人 謠 ひて 曰く 「^きつ.: く 花の 都 を ふりすてて、 風 ふく 原の 末ぞ あや ふき」 と、 

然り眞 に 「風 ふく 原の 末ぞ」 あや ふかり き。 平氏 は、 福 原の 遷都 を、 掉 尾の 飛躍と して、 治 承より 

養 和に、 養 和より 壽 永に、 壽 永より 元曆 に、 元 暦より 文治に、 圓石を 萬^の 峯 頭より 轉す るが 如 



く、 刻々 亡滅の 深淵に 向って 走りたり き。 

將門、 將を 出す と 云へ るが 如く、 我 木 肯義仲 も 亦、 將 門の 出な りき。 彼 は六條 判官 源 爲義の 孫、 

帶刀 先生 義 賢の 次子、 木 # の 山 問に 人と なれる を 以て、 時人 稱 して 木 曾 冠者と 云 ひぬ 久毒ニ 年 

二月、 義 賢の 惡 源太義 平に 戮 せらる、 や、 義平、 彼の 禍を なさむ 事 を 恐れ、 畠 山庄司 m, 能 をして、 

彼 を 求めし むる、 急 也。 重 能 彼の 幼弱なる を 網み、 竊に 之を齋 藤^ 當赏 盛に 託し、 資盛亦 彼 を^ 

國 にあら しむる の危 きを 察して、 之を附 する に 中 三 權頭楚 遠 を 以てしぬ。 面して 中 三 權頭兼 遠 は 

實に木 曾の 溪 谷に 雄視 せる 豪族の 一 なりき。 時に 彼 は 年 僅に 二 歳、 彼の n 1 マン チックなる 生. 他 

は、 旣に是 に 兆せし 也。 

吾人 は、 彼の 事業 を 語る に 先 だち、 先 づ木曾 を 語らざる ベから す。 何と なれば、 彼の 木せ に 在る 

二十 餘年、 彼の 一生が 此 問に 多大の 感化 を 蒙れる は、 殆ど 疑 ふべ から ざれば 也。 請 ふ 吾人 をして 

源平 盛衰 記 を 引かし めよ。 曰、 

木 曾と 云 ふ 所 は 究竟の 城廓な り、 長 山 逸に 連り て禽獸 稀に して 嶮祖 屈曲 也、 溪ハ介 は 大河 漲り 

下って 人跡 亦幽 なり、 せ 深く 棧危 くして は 足を峙 てて 歩み、 樂高 く巖调 して は 服 を 載せて だ U 

く、 尾 を 越え 尾に 向って 心を摧 き、 谷 を 出で 谷に 人って 思を费 す、 鬼 は 信 濃、 上^、 武藏 

相 摸に 通って 奥廣 く、 南 は 美 濃 國に境 道 一 にして ロ狹 し、 行程 三 = の 深山 也。 ぎ ^T§ 

8 を 以て も攻 落すべき 樣も なし、 況ゃ、 梭梯 引落して 循 籠らば、 馬 も 人 も 通 ふべき 所に あらす 

と。 



章 文の 期 初 5S9 



是、 東海の 蜀道 にあら す や。 惟 ふに 両 谷の 險 によれる 秦の 山川が、 私闘に 怯に して 公 戰に舆 なる 

秦人を 生める が 如く、 革命の 氣運旣 に 熟して 天下 亂を思 ふの 一時に 際し、 昂然と して 大義 を 四海 

に唱 へ、 幾多 懔悍 なる 革命の 健兒を 率ゐ、 長驅、 六 波羅に 迫れる 旭日 將 軍の 故鄕 として、 はた 其 

事業の 立脚地と して、 恥ぢ ざるの 地勢 を 有したり と 云 ふべ し。 然り、 彼が 一世 を i4j うする の霸氣 

と、 彼が 旗下に 投ぜる 木 曾の 健兒と は、 實に、 木曾川の 長 流と 木 曾 山脈の 絕嶺 とに 擁せられ たる、 

此 二十 里の 大峽 谷に 養 はれし 也。 然 らば 彼が 家庭 は 如何。 麻 中の 蓬 をして 直から しむ もの は、 蓬 

邊の麻 也。 英雄の 兒 をして 英雄の 兒 たらしむ る もの は 其 家庭 也。 是ハ ミル カル ありて 始めて ハ ン 

二 バル あり、 項 梁 ありて 始めて 項 羽 あり、 信秀 ありて 始めて 信 長 あるの 所以、 鄭 家の 奴學ば すし 

て、 詩 を 歌 ふの 所以に あらす や。 思うて 是に 至る、 吾人 は 遂に、 彼が 乳 人に して、 しかも 彼が 先 

達た る 中 三 權頭兼 遠の 人物 を 想 見せざる 能 はす。 彼の 義 仲に 於け る、 猶北條 M 郞時 政の 頓 朝に 於 

ける 如し。 彼 は、 より 朴 素なる 張 良に して、 此は、 より 老猾 なる 范增 なれ ども、 共に 源氏の 冑子 

を 擁し、 大勢に乘じて中原の鹿を(11^はしめたるに於ては、 逐に其 歸趣を 同く せす ンば あらす。 

義 仲が 革命の 旗を飜 して 檄を 天下に 傳 へむ とする や、 彼は踴 躍して 、「其 料に こそ、 君 をば 此 二十 

年まで 養育し 奉りて 候へ、 かやう に 仰せら る ,^ こそ 八幡 殿の 御 末と も 思 させ まし ませ」 と 叫びた 

りき。 「立 馬 吳山第 一峯」 の 野心、 此 短句に 躍々 たる を 見るべし。 始め、 實 盛の 義仲 をして 彼が 許 

に 在らし むる や、 彼 は竊に 「今 こそ 孤に てお はします とも、 武運 開かば 日本 國の 武家の 主 ともなり 

や 候 はむ。 いかさま にも 養 立てて、 北陸 道の 大將軍 ともなし 奉らむ」 と獨 語したり き。 彼が、 雄心 

勃々 として 禁 する 能 はす、 機に 臨 ンで其 鎮足を 仲べ むと 試みた る老將 たりし や 知るべき のみ。 年 



少 氣銳、 不義の 火 其 胸中に 燃えて 4- まざる 我義 仲に して 斯老の 膝下に ある、 焉ぞ 其、 も 躍らざる を 

得む to^。 皮が 俘 馬に 鞭ち て疾驅 する や、 彼が 長 弓を橫 へて 雉 兎を逐 ふや、 彼 は 常に 「これ は 平家 を 

攻 むべ き 手なら ひ」 と 云 へり。 か. - る 家門の 歷史を 有し、 か る溪 谷に 人となり、 而 して か 、 る 家 

庭 こ 成育せ る 彼 は、 かくの 如くに して 其烈々 たる 青雲の 念 を 鼓動せ しめたり。 彼 は實に 木. 1= の 健 

兒,^ 】。 其 一代の 風雲 を 捲き 起せる の壯 心、 其眞 率に して 自ら 忍ぶ 能 はざる の 血 性、 共 火の 如くな 

る 功名心、 皆、 此 「上 有 横: E 斷海之 浮 雲、 下 有 衝波逆 折之囘 川」 の 木 曾の 高山 幽 塾の 中に 磅體 した 

る、 家庭の 感化の 中より 得 來れる や、 知るべき のみ。 吾人 旣に 彼が 時勢 を 見、 旣に 彼が 境遇 を る 1 

彼が 如何なる 人物に して、 彼が 雄志の 那邊に 向へ るか は、 吾人の 解說を 待って 之 を 知らざる 也。 

今 p、 「J- 大蹐 地の 孤兒は 漸くに 靑 雲の 念 燃 ゆるが 如くなる 靑 年と なれり。 而 して 彼は滿 腔の 稱氣 - 

勃と して 抑 ふべ からざる と共に、 短稱 孤劍、 飄然と して 天下に 放浪したり。 彼が 此數 年の 放浪 

よ、 實こ、 彼が 活ける 舉問 なりき。 吾人 は 彼が 放浪に ついて 多く 知る 所 あら ざれ ども、 彼 は 厘. -.iu 小 

師に 至りて 六 波羅の ほとり を も 徘徊した るが 如し。 彼 は、 恐らく、 此 放浪に よりて-火 下の 火勢の 

資端 こ.. ml^ る を、 最も 切實に 感じた るなら む。 恐らく は义、 其 功名の 念に して、 1S{ に 幾^の 油 を 

注がれた りしなら む。 想 ふ、 彼が 獨り 京洛の 路上に 立ちて、 平 門の 贵 公子が 琵 13 を 抱いて^ 花に 

對 する を 望める 時、 殿上の 卿相が 玉 笛 を 吹いて 春に 和せ る を 仰げる 時、 はた 人道 相 國が葷 車を驅 

り、 兵仗 を從 へ、 機衞 堂々 として、 濶歩 せる を 眺めし 時、 必す や、 彼 は 其 胸中に 幾 庇 か 我と つて 

代らむ と 叫びし なるべし。 然り、 彼が 天下 を狹 しとす るの 雄心 は、 に此 放浪に よって、 養 はれ 

5 たり。 彼が 靈火は 刻 一 刻より 燃え 來れ り。 彼 は 疆> 長劍を 按じたり。 然れ ども、 彼 は猶、 機 を 窺 



章 文の 期 初 



591 



うて 動 かざりき。 將 に是、 池 中の 蛟龍が 風雲の 乗すべき を 待ちて、 未 立たざる もの、 唯機會 だに 

あらしめば、 彼が 鵬翼の 扶 搖を搏 つて 上る こと 九 萬 里、 靑天を 負うて 南 を il らむ とする 日の 近き 

や 知るべき のみ。 思 ふに、 彼 は、 鹿ケ 谷の 密謀に よりて、 小 松 内府の 薨去に よりて、 南都 北嶺の 

反 心に よりて、 平賊の 命運、 旣に且 夕に 迫れる を 見、 竊に 莞爾として 時の 到らむ とする を 祝せ し 

ならむ。 然り、 機 は來れ り、 バ スチ ー ルを 壌つべき の 機 は 遂に 來れ り。 天下 は 高 倉宮の 令旨と 共 

に、 海の 如く 動いて 革命に 應 じたり。 而 して、 彼が 傳 家の 白旗 は、 始めて 木 曾の 山風に 飜 された 

り。 時に 彼、 年 二十 七 歳、 赤地の 錦の 直垂 に、 紫 裾 濃の 鎧 を 重ね、 鍬 形の 兜に 黄金 づ くりの 太刀 • 

鷗 尻に 佩き 反らせた る、 誠に 皎 として、 玉樹の 風前に 臨む が 如し。 天下 風 を 仰いで 其 族 下に 築る 

もの、 實に 五萬餘 人、 根 井 大彌太 行 親 は來れ り、 循六 郞親忠 は來れ り、 野 州の 足 利、 甲 州の 武 田- 

上 州の 那和、 亦 相次いで 翕然と して 來り從 ひ、 革命軍の 軍 威隆々 として 大に振 ふ。 闘 南の 鵬翼、 

旣に 成れり。 是に 於て、 彼 は 戰鼓を 打ち 旌旗を 連ね、 威風 堂々 として、 南 信 を 出で、 軍 鋒の 向 ふ 

所枯 朽を摧 くが 如く、 治 承 四 年 九月 五日、 善 光寺 平の 原野に、 笠 原 平 五頓直 (平氏の 黨) を 撃って 

大に 破り、 次いで 鋒を轉 じて 上野に 人り、 同じき 十月 十三 日、 上野 多 胡の 全 郡 を 降し、 上 州の 豪 

族 をして、 (学うて 其大 旗の 下に 參藥 せしめたり。 是 實に賴 朝が 富士川の 大勝に 先 だっこと 十 H、 

かくの 如くに して、 彼 は、 殆ど 全 信 州 を 其 掌中に 收め 了れ り。 

革命軍の 飛報、 頻々 として 櫛の 齒を ひくが 如し。 東夷 西戎、 並び 起り、 三色旗 は 日 一 口より 平安 

の 都に 近づかむ とす。 楚歌、 蓬壶 をめ ぐって 響かむ の 日 遠き にあら す。 紅燈綠 酒の 間に 長夜の 飲 



592 



を恣 にした る 平氏 政府 も、 是に 至って 遂に、 震駭せ ざる 能 は ざり き。 如何に 大 狼^した るよ。 平 

治 以來、 螺鈿 を鎪め 金銀 を 装 ひ、 時流の 華奢 を 凝した る、 馬 鞍刀检 も、 是唯 泰平の 装飾の み。 一 

門の 子弟 は 皆、 殿上 後宮の 娘子軍の み、 之 を 以て 波 fi の 如く 迫り 來る 革命軍に 當ら むと す、 ^朽 

索 を 以て 六 馬 を 魔す るに 類す る 事な きを 得む や。 今や 平氏 政」 吋の 周章 は 其 極點に 達したり。 然れ 

共、 人道 相 國の剛 腸は猶 猛然と して 將に 仲れ むと する 平氏 政府 を挽囘 せむ と 欲したり。 彼 は、 お 

軍の 南海 を經て 京師に 向 はむ とする を 問き、 軍 を 派して 沿海 を 守らし めたり。 彼 は 西 海 北陸 .wm 一 

の 糧馬を 以て、 東軍と 戰は むと 試みたり。 彼が、 闲備 r 衰殘の 政府 を 投げて、 凝然として 來り迫 

る 革命軍に 應戰 したる を 見る、 恰も、 颶風の 中に 立てる 參 天の K 樹の 如き 概 あり。 1^:: 人 m 心うて::: ル 

に 至る、 遂に 彼が 苦衷 を 了せ すンば あらす。 關 東に 源 兵衞佐 あり、 木 曾に 旭: n 將軍 あり、 而 して 

京師に 人道 相國 あり、 三 個の 風雲 兒 にして 各. - 乎に 唾して 天下 を 賭す。 3 具に!: li! れ、 靑史に 多く 比 

を 見ざる の偉觀 也。 しかも 運命 は 飽く迄も 平氏に 無情な りき。 平宗盛 を主將 とせる 有力なる 征東 

軍が 羽檄を 天下に 傅へ て、 京師 を發 せむ とする の 前夜 (養 和 元年 間 二月 一口); 大乎命 乎、 人道 相 Hi 

は 俄然と して 病めり。 征 東の 軍 是に期 を 失して 發 せす、 越えて 四 日、 病 りて 祖龍 遂に 仆る。 赤 

旗 光 無う して 日 色 薄し、 黄 埃 散漫と して 風 徒に 蕭索、 帶甲百 萬、 路に滿 つれ ども 往 反の^、 而に 

憂色 あり。 鳴 呼、 絶 代の 英雄 兒 はかくの 如くに して 逝け り。 平門の^^^石はかくの如くにして碎け 

たり。 棟梁の 材旣 になし、 かくして 誰か 成功 を 百 里の 外に 期す る も のぞ。 n ルょ 兌よ 酣 海の 沒落は 

刻々 屑 端に 迫れる 也。 

人道 相國 逝いて 宗盛 次いで 立つ。 然れ ども 彼 は 不肖の 子な りき。 彼 は!^, 的 乎 腕と^ 孔 とに 於て 



章 文の 期 初 



593 



は 殆ど 乃父 淨 海の 足下に も 及ぶ 能 は ざり き。 彼 は 興 幅 東大 兩 寺の 莊園 を還附 し、 宜 il3 を 以て 三十 

五ケ 國に諜 し 興 福 寺の 修造 を 命ぜし めしが 如き、 佛に 佞し 僧に 諛ひ、 平 門の 威武 を墜 さしむ る、 

是 より 大 なる は 非す。 彼 は 直 覺的炯 服に 於て は 乃父に 劣る 事 遠く、 天下の 大機を 平 正 穩當の 間に 

補綴し、 人 をして 其 然る を覺 えす して 然 らしむ る、 活 滑なる 器 度に 於て は、 重 盛に 及ばす。 懸軍 

萬 里、 計 を 帷幄の 中に めぐらし、 勝 を 千里の 外に 決する 將 略に 於て は我義 巾に 比肩す る 化,^ ます。 

しかも 摘、 其 不學、 無 術 を 以て、 天下の 革命軍に 對 せむ とす。 是、 赤手 を 以て 江河 を 支 ふるの 難 

きよりも、 難き 也。 泰山 旣に 倒れ 豎子 台 鼎の 重 位に 上る、 革命軍の 意氣は 愈,' 昂れ り。 しかも、 

此 時に 於て 平氏に 致命の 打 擊を與 へたる は、 實に其 財政難な りき。 平家物語の 著者 をして 「おそ 

らく は、 帝 匪 も 仙 洞 もこれ に はすぎ じと ぞ 見えし」 と、 驚歎せ しめたる 一門の 榮華 は、 遂に 平氏 

の命數 をして、 幾年の 短き に 迫らし めたり。 夫 水 嫂れば 魚 益.' 躍る。 是に 於て 平氏 は、 恰も 傷き 

たる 猪の 如く、 無二無三に 過重なる 牧斂を 以て、 此翁 境を脫 せむ と 欲したり。 平氏が 使者 を 伊勢 

の 神 一二 郡に 遣りて、 兵糧米 を、 充 課した るが 如き、 はた、 平貞 能の 九州に 下りて、 徭を 重う し、 

賦を繁 うし、 g! 方の 怨 を 招きし が 如き、 是、 平氏の 財力の 旣に したる を 表す ものに あらす や。 

ああ 大絞急 なれば 小結 絶 ゆ。 さらぬ だに、 凶年と 兵亂 とに 苦め る 天下の 蒼生 は、 今や 彼等が 倒懸 

の 苦 楚に堪 ふる 能 はす、 齊 しく 立って 平氏 を 呪 ひ、 平氏 を 篤り、 平氏に 反き、 空拳 を 以て 彼等が 

軛を脫 せむ と 試みし なり。 是に 於て、 靄の 如く 天下 を蔽 へる 蒼生の 不平 は、 忽 にして、 革命軍の 

成功 を 期待す るの、 盛なる 聲援の 叫と なれり。 しかも 此危險 に 際して、 猶諸國 に 命じて 南都の 雨 

寺を修 せしめし が 如き、 傘 張 法 橋の 豚犬兒 が、 愚なる 政策 は、 此聲援 をして 更に 幾 倍の 大を 加へ 



しめたり。 人道 相 圃 逝いて 未 三 歳なら す、 胡馬 洛 陽に 嘶き、 天 口 西 海に 沒 せる、 豈宜 ならす とせ 

む や。 

吾人 をして、 再、 我 木曾義 仲に、 かへ らしめ よ。 天下 を麾 いで 旣に ルビコン を 渡れる 彼 は、 養 和 

元年 六月、 越後の 住人、 城 g: 郞長 茂が 率 ゐる六 莴の平 軍と、 横 田 川 を 隔てて 相對 しぬ。 俊才、 毅 

巾の 錐の 如き 彼 は、 直に 部將 井上 九郞 光盛 をして 赤旗 を 立てて 前 ましめ、 彼, 21 らは 河を濟 り、 戰 

鼓 をう つて 戰を 挑み、 平 軍の 彼が 陣を衝 かむ とする に乘 じて 光盛 等 をして、 赤旗 を 倒して 白旗 を 

飜し、 急に 敵軍 を夾擊 せしめて 大に 勝ち、 途に長 茂 をして 越後に 走らし めたり。 是. 拭に、 淮陰侯 

が、 井 陘に成 安 君 を 破れる の 妙策、 錐 は 遂に 悉く 颖脫し 了れ る 也。 越えて 八 =^、 宗盛、 革命軍の 

軍 鋒、 竹 を 破る が 如き を 聞き、 ■ 倉皇として 北陸 道 追討の 宜じ "を 請 ひ、 巾お 亮平通 盛、 饥^ ゅ平經 

正 等 を主將 とせる 征北軍 を 組織し、 彼が 奔流の 如き 南下 を 妨げし めたり" 然れ ども、 九月 通 成 第 等 

の 軍、 彼と 戰 つて 大に 敗れ、 退いて 敦賀の 城に 担ぎし も 遂に 支 ふる 能 はす、 首尾 斷 絶して 軍 悉く 

遣 走し、 辛くも 敗滅の 恥 を 免る, -を たり。 是に 於て、 革命軍の 武威、 遠く 上野、 信 濃、 越後、 

越 中、 能 登、 加賀、 越 前 を 風靡し、 七 州の 豪傑、 嘯 築して 其 旗下に 投じ、 劍槊 11 の 如くに して 介 

馬數 萬、 意氣 堂々 として 已に 平氏 政府 を吞 めり。 薄倖の 孤兒、 木 曾の 野人、 旭 將軍義 仲の 得意 や 

?!^るべき也。 北陸 旣に 定まり、 兵 甲旣に 足る。 彼 は 速に、 遠默 長駕、 江河の 堤 を 決する が 如き 勢 

4 を 以て 京師に 侵入せ むと 欲したり。 而 して 大牙未 南に 向 はざる に 先 だち、 も關 八州 を 席の 如く 

5 卷き將 に 東海道 を 西 進せ むとした る 源 兵 衞佐賴 朝に よって 送られた る 一 封の 書簡 は、 彼の 征南を 



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して 止めし めたり。 書に 曰、 

平家 朝 威 を 背き 奉り、 怫法を 亡す によりて、 源 家 同姓の ともがらに 仰せて、 速に 追討すべき 

由、 院宣 を 下され 了ン ぬ。 尤も 夜 を 以て 日に ついで、 逆臣 を 討ちて、 袁襟を やすめ 奉るべき 

のと ころ、 十 郞藏人 私の むほん を 起し、 頼 朝 追討の 企 ありと 聞 ゆ。 然る を かの 人に 同心して 

扶持し 置かる,^ の條、 且は 一門 不合、 且は 平家の あざけり なり。 但、 御 所存 を わき まへ す、 

もし 異なる こと 仔細な くば、 速に 藏人を 出さる . ^か、 それさ もな くば、 淸水殿 (義 仲の 子淸水 

冠者 義高) を これへ 渡し 玉へ、 父子の 義を なし 奉るべし。 兩條 の內ー も、 承認な くン ば、 兵 を 

さしつ か はして、 誅し 奉るべし。 

是、 寶に 彼に とりて は 不慮の 云 ひが かりなり し 也。 蓋し、 頓 朝の 彼に 平なら ざる 所以 は、 啻に、 

鎮 朝と 和せ すして 去りた る 十 郞藏人 行 家が、 彼の 陣中に 投じた るが 爲 のみに あら ざり き。 始め、 

頼 朝の 關 八州 をう ちて 一丸と 爲 さむと する や、 常 陸の 住人 信 太三郞 先生 義廣、 獨り、 膝 を 屈して 

彼の 足下に 九拜 する を 潔し とせす、 走って 義 仲の 軍に 投じぬ。 「爲 人不 忍」 の 彼 は、 義 廣の枯 魚の 

如くなる 落魄 を 見る に堪 へ. す、 喜 ンで彼 をして 其 旗下に 止ら しめたり。 是 實に賴 朝の 憤れる 所な 

りき。 しかも 義仲、 已に霸 を 北陸に 稱す、 汗馬 刀 槍、 其 掌中に あり、 鐵騎 甲兵、 其 令 下に あり。 

彼に して 一 たび 野心 を 挾まむ 乎、 帶甲百 萬、 凝. 鼓を攀 つて 鎌 倉に 向 はむ の 日 遠き にあら す、 是實 

に 頼 朝の 長れ たる 所な りき。 加 ふるに 義 仲と 快から ざる、 武田信 光が、 好機 逸すべ からすと して、 

彼 を 頼 朝に 謹した るに 於て を や。 三分の 恐怖と 七 分の 憤 怨とを 抱け る 頼 朝 は、 是に 於て、 怫 然と 

して 害 を 彼に 飛ばしたり。 而 して 自ら 十 萬の 逞兵を 率 ゐて碓 日 を 越え、 馬首 東 を 指して 彼と 維 雄 



を 決せむ と 試みたり。 今や かくの 如くに して、 革命軍の 双 星 は、 戟を 横へ て 茫漠たる 信の m 川に 

其 勇 を 競 はむ とす、 天下の 大勢 は 彼が 一 言に 關れ り。 彼 は 直に 諸 將を藥 めて 問へ り。 「戰 はむ 乎 否 

. ^一と、 諸將濯 然として 答へ て 曰 「願く は戰 はむ」 と、 彼、 默然 たり。 諸將^ 切齒 して 曰 「願く は 

臣 等の 碧 蹄、 八州の 草 を 蹂躪せ む」 と、 然れ ども、 彼は猶 答へ ざり き。 彼 は 遂に 情の 人 也。 彼に 

戈 を 逆にして 一門の 血 を 流さむ に は、 餘 りに 人が よす ぎたり。 彼は此 無法なる 云 ひが 力り に對 t 

て も、 猶、 観, 别をせ 肉と して 遇したり。 而 して 彼 は、 遂に 義高を 送りて ノ頓 朝の 怒 を 和めたり き。 

然り、 彼 は 遂に の 人 也。 彼 は、 行 家義廣 等の 窮鳥 を獵 夫の 手に 委 すに 忍び ざり き。 彼 は 一 リを煮 

るに、 豆 莢 を 燃やす を 欲せ ざり き。 彼は兒 女の 情 を 有したり。 彼 は 行路の 人に 忍びざる 情 を 有し 

たり。 あ. 如此 殺身猶 洒落」 なる もの、 豈、 獨り西 楚の霸 王に 止ら む や。 請 ふ 吾人 をして 恣 にお 

察せし めよ。 若し 彼に して 決然と して、 観 朝の 挑戰 に應ぜ しなら ば、 木 曾の 眠獅 と蛭ケ 小島のお 

,との マば.^ は、 更に 幾 倍の 偉觀 をき はめし なるべく、 天下 は漢 末の 如く 三分せられ しなる Z く 

• 而 して 中原の鹿 誰が 手に 落つべき 乎 は 未 俄に 斷す ベから ざり しなるべし。 かくして、 i^i は..^ 

位り こ火チ り。 よ、 旗 をめ ぐらして 鎌 倉に 歸れ り。 而 して 彼 は 遂に、 久しく 共豫 期し 

たるが 如く、 紕貅五 i^r 旗鼓 堂々 として 南に^ へり-。 

老いても 獅子 は 百 獸の王 也。 革命軍の 鋭鋒、 當 るべ からざる を 聞け る 宗盛は "-F! に 於て、 舞樂 ク- 

名手、 五月人形の 大將軍 右近 衞中將 平 維 盛 を主將 とせる、 有力なる 征北 軍を糾 織し、 に, ぉ黄鉞 

6 肅々 として、 怒 の 如く 來り 迫る 革命軍 を、 討た しめたり。 平 軍む 萬、 赤旗.: K を 掩ひ精 小口に S 

5 く。 流 こ、 滔 天の 勢 を 以て 突 抱した る 我 北陸の 革命軍 も、 平氏が 此窮 J:^ の 如き 逆 擊に對 して は 



章 文の 期 初 



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陣頭の 自ら 亂る 、を禁 する 能 は ざり き。 我義 仲が、 富 極 入道 佛誓 をして 守ら しめたる 燧 山城の 要 

害、 先 平 軍の 手に 歸し、 次いで 林六郞 光明の 堅陣、 忽ちに して 平 軍の 擊破 する 所と なり、 遂に 革 

命 軍が 血 を 以て 購 へる 加 賀 一 州の 江山 をして、 !^び平門の豎子が掌中に牧めしむるの恨事を生じ 

たり。 旣に源 軍 を 破って 意氣 天を衝 ける 平 軍 は、 是に 至りて 三 萬の 輕銳を 分ち て 志 雄 山に 向 はし 

め、 大將 軍、 維 盛 自ら は、 七 萬の 大軍 を驅 つて 礪波 山に 陣し、 長蛇 捲 地の 勢 をな して、 ー擧、 革 

命 軍 を 越 中より、 掃蕩せ むと 欲したり。 然 りと 雖も、 平 右近 衞中將 は、 決して 我義 仲に 肩隨 すべ 

き將 略と f 男 氣とを 有せ ざり き。 越後に ありて 革命軍の 敗報 を环 にした る義仲 は、 直ちに 全軍 を提 

げて越 中に 入れり。 越 中に 人れ ると 共に 直ちに、 藏人行 家 をして 志 維 山の 平 軍 を 討た しめたり。 

志 雄 山の 平 軍 を 討た しむる と共に、 直ちに 鼓噪 して 黑 坂に 至り 維 盛と 相對 して 白旗 を墙 生の 寒村 

に I 她 せり。 數を 以てすれば 彼 は 實に平 軍の 半に みたす、 地 を 以てすれば、 平 軍 は 已に礪 波の 嶮要 

を 擁せり。 彼の 之 を 以て 平 軍の 銳鋒を 挫き、 倒瀾を 旣墜に めぐらさ むと 欲す、 豈 難から すと せむ 

や。 然れ 共、 彼 は、 泉の 如く 湧く 敏才を 有したり き。 彼 は、 其 夜 猛牛數 百 を 集め 炬を其 角に!: し、 

鞭ち て 之 を 敵陣に 縦ち、 源 軍 萬。 雷 鼓して 平 軍を衝 きぬ。 ^上の 组火、 連る こと 星の 如く、 喊 

聲 鼓聲、 相 合して 南溟の 衆 水 一時に 覆る かと 疑 はる。 平軍溃 敗して 南 4- に 走り、 崖 下に 投じて 死 

する もの 二 八干餘 人、 人馬 相蹂 み、 刀戟相 貫き、 積 屍 陵 をな し、 戰塵 天を掩 ふ。 維 盛 僅に 血路 

を ひらき、 殘軍を 合して 加賀に 走り、 佐 良 岳の 天 險に據 りて、 再 革命軍 を 担 守せ むとした る も、 

大勢の 赴く 所 亦 如何 ともなす ベから す。 志 雄 山の 平 軍旣に 破れ、 義仲行 家疾馳 して 平 軍に 迫る、 

無人の境 を 行く が 如く、 安宅の 渡を涉 りて 篠原を 襲 ひ、 遂に 大に征 北 軍を擊 破し、 勇 奮 突破、 南 



に 進む こと、 猛虎の 群羊 を驅 るが 如く、 將 に長驅 して 京師に 入らむ とす。 かくして、 壽永ニ 年 七 

月、 赤 機、 洛陽を 指して、 败殘の 平 軍、 悉く 都に 歸る と共に、 義仲は 北陸 道より 近 江に 人り、 行 

家 は 東 山 遊より 大和に 人り、 革命軍の 白換、 雪の 如く、 近 幾の 山河に 滿 てり。 

此 時に 於て、 平氏と 義 仲との 問 に 横 はれる 勝, 敗の 決 は、 一に 延歷 寺が 源平の 何れに 力 を 寄すべき 

乎に 存 したりき。 若し、 幾千の 山 法師に して、 平氏と 合して、 循を源 軍に つきし とせむ 平、 或は 

革命軍の 旗、 洛 陽に 飜 るの 時な かり しゃも、 亦 知る ベから す。 然れ ども 延曆寺 は、 必 しも: 个 氏の 

忠實 なる 味方に は あら ざり き。 延暦寺 は 平氏に 對 して 平なる 能 はざる 幾多の 理由 を 有したり き。 

平氏が 兵糧米 を 山門 領に 課せる が 如き、 嚴島を 尊敬して 前例 を 顧みす、 妾に 高 倉 上皇の 御 奉 を 請, 

ひたる が 如き、 豈 其の 一た るな からむ や。 反 平氏の 空 氣は山 1: 三 干の、 圆頂黑 衣の 健兒の 問に も 

充滿 したり。 彼等 は 恰も 箭 鼠の 如し、 彼等 は撫 づれ ば、 撫づる ほど 其 針 毛 を 逆立た しむる 也。 淸 

盛の 懷柔 政策が 彼等の 氣焰 をして 却って、 高から しめたる、 素より 偶然な りと なさす。 八,' や、 山 

門 は、 二人の 獵 夫に 逐 はれた る 一頭の 鬼と なれり。 二人の 花婿に 戀 はれた る 一人の 花嫁と なれり „ 

而 して 平氏 は、 其 源 軍に 力 を 合する を 恐れ、 平 門の 卿相 十 人の 連署した る 起請文 を途 りて、 延 暦 

寺 を 氏寺と なし、 日 苦 社 を 氏神と なす を 誓 ひ、 巧辭を 以て 其 歡心を 貸 はむ と 欲したり" 然れ ども. 

山門 は 冷然と して 之に 答へ ざり き。 同時に 義 仲の 祐筆に して、 しかも 革命軍の 軍師な りし 火夫 坊 

覺明 は、 延唇 寺に 牒 して 之 を 誘 ひ、 山 iZ 亦 之に 應 じて、 明に 平氏に 對 して 反抗の 旗 を ひるが へし 

^ たり。 是、 實に平氏が蒙りたる::^取後の痛擊なりき。 山門 旣に 平氏に 反く、 平氏が、 知 盛、 ず: 衝等 

. をして 率ゐ しめたる 防禦 軍が、 遂に海潮の如く迫り來る^„£!.命軍に對して、 殆ど 何等の 用 を もな さ. 



章 文の 期 初 599 



ざり しも 豈宜 ならす や。 かくの 如くに して、 革命の 激流 はー蕩 千里、 遂に 平氏 政府 を倒滅 せし :07 

たり。 平氏 は是に 於て 最後の 窮策に 出で 至尊と 神器と を 擁して 西國に 走らむ と 欲したり。 龍駕已 

に 赤旗の 下に あらば 叉 以て、 宣 3曰 院宣 を藉 りて 四海に 號令 する を 得べ く、 已に 四海に 號令 する を 

得ば 再 天日の 墜 ちむ とする を囘 らし、 天下 をして 平氏の 天下たら しむる も敢て 難事に あらす。 予 

氏が 胸中の 成 竹は實 にかくの 如くな りし 也。 しかも、 機 急なる に 及ンで 法皇 は竊に 平氏 を 去り 山 

門に 上りて 源 軍の 中に 投じ 給 ひぬ。 百事、 悉、 齟齬す、 平氏 は 遂に 主上 を 擁して 天涯に 走れり。 

翠華 は、 搖々 として 西に 向 ひ、 霓旌 は飜々 として 悲 風に 動く、 嗚呼 T 昨日 は 東關の 下に 轡 をなら,. 

ベて 十 萬 餘騎、 今日は 西 海の 波に 纜を 解きて 七千餘 人、 保 元の 昔 は 春の 花と 榮ぇ しか ども、 壽永 

の 今 は、 秋の 紅葉と 落ち はてぬ。」 然り、 平氏 は、 遂に、 久しく 豫 期せられ たる 沒 落の 悲運に 遭遇 

したり。 

ふるさと を燒 野の はらと か へ り 見て 末 もけ ぶりの 浪 路をぞ ゆく 

三 最後 

鳳 闕の礎 空しく 殘 りて、 西 八 條の餘 儘、 未暖 なる 壽永ニ 年 七月 二十 六日、 我 木 曾 冠者 義仲 は、 白: 

馬 金 鞍、 揚々 として、 彼が 多年、 夢寐の 間に 望みた る洛 陽に 人れ り。 超えて 八月 十日、 左 馬頭 兼 

伊豫 守に 拜 せられ、 虎符を 佩び 皋 比に 坐し、 號 して 旭日 將 軍と 稱 しぬ。 今や、 彼が 得意 は 其頂點 

に 達したり。 彼 は 其 熱望した るが 如く 遂に 桂冠 を 頂けり。 壽 永の 革命 はかくして 彼が 凱歌の 下に 

其 局 を 結びたり。 然 りと 雖も、 彼と 賴朝 とが、 相 癒 呼して、 獵し 得た る 中原の鹿 は、 菜して 人 



の 手中に か 落ちむ とする。 若し 彼に して 之 を 得む 乎、 野心 滿々 たる 源 家の 吳兒 にして-お ぞ、 

由に して、 傍觀 せむ や。 若し 賴朝 にして 之 を 得む 乎、 阿より 火の 如き 血 性の 彼の 默 して 止む いき 

にあら す。 双 虎一 羊 を (ザ ふ、 彼等が 劍を 横へ て 陣頭に 相 見る n の 近き や 知るべき のみ。 しかも、: 

シシリ I に 破れた る 力 ルセ ー ヂは、 暫く 餐 して 大口 ー マの 轅 門に 降る と雖 も、 棬土 重來、 幢戟南 一 

太 利の 京 野に 滿 ちて、 W カン ネ ー に 會稽の 恥 を 雪が すンば やます。 鳳輦 西に 向 ひて、 西 海に 浮 

びた る 平氏 は、 九州 g: 國の波 裔 の 健兒を 糾合して、 蠻旗を 擁し 征帆を か \ け、 更に 三軍 を從 へて 

京師に 迫る の 日な くンば やます。 風雪 將に 至らむ として、 氷 天 霰 を 飛ばす、 義仲の成功と^!ノに動 

亂の氣 運 は、 洪濶の 如く 漲り 来れり。 

然り、 彼 は 成功と 共に 失敗 を t: たり。 彼が 粟 it の 敗 死 は旣に 彼が、 懸軍 長驅、 白旗 を ひる 力へ し 

て i 易 こ, 人れ るの 日に 兆したり。 彼 は、 其 勃々 たる 靑 雲の 念 をして 滿 足せし むる と 同時に、 彼の 

位置の 頗る 危險 なる を 感ぜざる 能 は ざり き。 彼 は 北方の 强 たる 革命軍 を 率 ゐて济 に 入れり、 而, 

して、 久ほ ま、 彼等が 住すべき の 地に は あら ざり き。 劍と 酒と を 愛する 北國の 健兒は i< ハ 丄 ノきの 

乏を感 すると 共に、 直に 市邑 村落 を 掠 略したり。 彼等の なす 所 は 飽く迄も 直截に して、 i く. 

迄も亂 暴な りき。 彼等 は、 馬を靑 田に 放って 称 ふ を 憚ら ざり き。 彼等 は 伽藍 を 壊ち て、 薪と する. 

を 恐れ ざり き。 彼等 は、 彼等の 野性 を 以て、 典 例と 俄 格と を靈ン する 京洛の 人心 をして 錄動 せし 

め,, こり。 而 して 天下 は、 彼等 を 指して 「平氏に も 劣りた る 源氏な り」 と 嘲笑したり。 "だ、 青-に 彼が 

入洛と 共に、 蒙りた る 第一 の 打撃な りき。 しかも 獨り 彼等の 狼藉に 止ら す、 5^ 馬に 跨り-俊 抢を横 

6 へ、 圍を 潰し 將を 斬る の:^ に、 春雨に 對 して 雲 和を彈 する の 風流 を も、 狄月を 仰いで 洞箫を 吹く 



章 文の 期 初 



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の 韻事 を も 解せ ざり し 彼等 は、 彼等が 至る所に 演じた る 滑稽と 無作法と によって、 京洛の 反感,^ 

冷笑と を購ひ 得たり。 . 

加 ふるに 此 時に 當 りて 西 海に 走れる 平 軍 は、 四 國の健 兒を麾 いて、 瀨戶內海の天^^!!に據り、 羽 林 

の 鸞輿 を 擁する もの 實に 十萬餘 人。 赤旗 將に八 島の 天に 燃えむ とす。 平氏 は、 眞に 海濤の 勇士な 

りき。 「坂 武者 は 馬の 上に て こぞ 口 はきき 候へ ども、 船 軍 をば、 何で ふ 修練し 候 ふべき、 たと へ 

ば や 一の 木に 上りた るに. こそ 候 はむ すらめ」 と は、 彼等が 偽らざる 自信な りき。 而 して 平 門の 周邓 

たる、 新 中 納言知 盛 は、 絶えす 宗盛を 擁して、 囘 天の 大略 を 行 はむ と 試みたり き。 是、 豈、 彼が 

勁敵の 一 たるな からむ や。 內 にして は、 京洛の 反感 を かひ、 外にして 平氏の 隆 勢に 對す、 かくの 

如くに して 革命軍の 將星 は、 秋風と 共に、 地に 落つ るの 近き に 迫り 來れ り。 彼が 醫 つて、 北越セ 

州の sf^ 兒を 提げ、 短 兵 疾驅、 疾風の 威 をな して 洛 陽に 入る や、 革命軍の 行動 は 眞に脫 兎の 如く 神. 

速な りき。 而 して 翠華 西に 向 ひて 革命軍の 旗、 翩々 として 京洛に 飜る や、 其 平氏に 對 する、 寧ろ 

處 女の 如くなる の 觀を呈 したりき。 

彼 は 自ら 三軍 を 率ゐて 平氏 を征 する を 欲せ ざり き。 何と なれば、 彼 を 疎んじた る 朝廷の 密謀 は、 

彼 を 抑 ふるに 源 兵 衞佐を 以てせむ としたれば 也。 彼 は 之が 爲に、 其 後 を 襲 はる. -を 恐れ たれば 也 ^ 

しかも、 彼が 北陸 宮 をして、 天日の 位に つけ 奉らむ と 試みし より 以來、 彼と 快から ざる 後白河 法 

皇は、 賴 朝に 謳歌して 彼 を 除かむ と 欲し 給 ひし を 以て 也〕 彼が 馬首 西 を 指して、 遠駕、 平 贼と戰 

ふ 能 は ざり しゃ、 知るべき のみ。 然れ ども、 院宣 は 遂に 彼 をして、 征 西の 軍 を 起こして、 平氏 を 

水 島に 討た しめたり。 北陸の 健 兒由來 騎戰に 長す、 鐵兜 三尺 汗き の 馬に 鞭ち て、 效を 破る こと、 



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秋風の 落葉 を拂 ふが 如くなる は、 彼等が 得意の 擅 場 也。 彼等 は 日本の U 1 マ戰士 3。 彼等 は 山野 

の霸王 也。 然 りと 雖も、 水上の 戰に 於て は、 遂に 力 ルセ ー ヂ たる 平氏が、 獨特の 長 枝に 及ば ざり 

き。 恰も 長江に 養 はれた る、 吳 の健兒 が、 赤 壁に 曹瞞 八十 萬の 大軍 を鎏 殺し、 詩人 をして r 漢 家 

火德終 燒贼」 と 歌 はしめ たるが 如く、 ? g 戶 内海に 養 はれた る 波 it の 勇士 は、 遂に、 連勝の 餘 威に 

乘 じたる 義 仲の 軍 鋒 を 破れり。 源 軍 首 を 得らる、 もの 三干餘 級、 白旄 地に 委して、 平 軍の 意氣 大 

に 振 ふ。 彼が 百勝將 軍の 名譽 は、 此 一敗に よって;, 巧され たり。 彼 は、 更に 精鋭 を 率 ゐて平 軍と 雌 

雄 を 決せむ と 欲したり。 然れ ども、 彼 は、 顿 朝の 大擧、 彼が 背 を 討た むと する を 聞きて 危機 旣に 

ー髮 を容れ ざる を 知り、 水 島の 敗 辱 を 雪ぐ に遑 あらす して、 倉皇として 京師に 歸れ り。 是實に 靡 

永 二 年 十一月 十五 日、 法 住 寺の 變に 先つ こと 僅に 三: :!。 彼 は 京師に 歸る と共に、 直に 赖 朝に 應戦 

せむ と 試みたり。 

此 時に 於て、 彼 をして 此計畫 の 斷行を 止めし めしもの は、 青; に、 十 郎藏人 行 家の 反 心なり き。 行 

家 はもと 頼 朝と 和せ すして、 義 仲の 軍 中に 投ぜ しもの、 情の 人た る義仲 は、 一門の 長老と して 常 

に 之 を 厚遇したり。 彼が 北陸の 革命軍 を 提げて 南 を圆る や、 行 {豕 亦、 鑣を 彼と 並べて 進みたり き „^ 

彼が、 緋甲 白馬、 得々 として 洛 陽に 入る や、 行 家 亦 肩 を 彼と 比して 朝恩に 浴したり き。 行 家の 義 

仲に 於け る 交; M かくの 如し。 而 して 多恨 多淚、 人の 窮を兑 る 已の窮 を 見る が 如き、 義仲 は、 常に 

行 家 を信賴 したり。 信頼した るの みならす、 帷幄の 密謀 を も 彼に? 1 したり。 然れ 共、 行 家 は、 一 

筋繩 では ゆかぬ 老奸 雄な りき。 彼 は 革命軍の 褊裨を 以て 甘ぜ むに は、 餘 りに n& 々たる 野心と, 老 

狐の 如き!^ 策と に 富みたり き。 彼 は、 義 仲の 法皇 を 擁して 北 越に 走らむ とする を 知る や、 竊に之 



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を 法皇に 奏したり。 而 して 法皇の、 人 をして、 義仲を 詰らし め 給 ふや、 彼 は 平氏 追討 を 名と して、 

播磨國 に 下り、 舌 を 吐く こと 三寸、 義 仲の 命運の 窮 せむ とする を 喜びたり き。 義 仲が 相 提携して 

進みた る 行 家 は、 かくして 彼の 牙 門 を 去れり。 しかも、 東國を 望めば、 源 軍の リュ ー ボルト、 九 

郞義經 は、 源兵衞 佐の 命 を 奉じて、 帶甲百 萬、 鼓聲 地を撼 して 將に洛 陽に むかって 發 せむ とす。 

彼の 悲運、 豈、 偶む ベから ざら む や。 

かくの 如くに して 彼 は 歩一歩より、 死地に 近づき 來れ り。 然れ共 彼 は猶、 防禦 的 態度 を 持した り- 

き。 彼 は猶從 順なる 大樹な りき。 然り、 彼 は猶、 陰謀の 挑發 者に あらす して、 陰謀の 防禦 者な り 

き。 しかも、 彼 をして、 弓 を 法皇に ひか しめたる は、 實に、 法皇の 義 仲に 對し てとり 給へ. る、 攻 

擊 的の 態度に 存 したりき。 而 して、 法皇 をして 義仲 追討の 擧に 出で しめたる は、 輕佻、 浮薄、 無. 

謀の 愚人、 嘗て 義 仲の 爲に愚 弄せられ たる を 含める 斗筲の 豎兒、 平 判官 知康 なりき。 事 を 用 ふる- 

を 好み 給へ る、 法皇 は、 知 康の暴 擧に贄 し、 竊に、 南都 北嶺の 僧兵 及 乞 貧 法師 辻 冠者 等 をして、 

義仲 追討の 暴 擧に與 らしめ 給へ り。 而 して 十 一 月 十八 日 仁 和 寺 法 親王、 延唇寺 座主 明 雲、 亦 武士. 

を 率 ゐて法 住 寺 殿に 至り、 遂に 義 仲に 對 する ク— デタ, "は 行 はれたり。 法皇 は 事實に 於て、 義仲: 

に戰を 挑み 給へ り。 彼の 前に は 唯、 叛逆と 滅亡との 兩 路を存 したり。 燃 ゆるが 如くなる、 血 性の _ 

彼に して、 1$.T ぞ手を 袖して 誅戮を 待た む や。 彼 は 憤然として 意 を 決したり、 あらす、 意 を 決せ ざ 

るべ からざる に 至れる 也。 彼 は劍を 按じて 絕 叫したり。 「いかさま こ は 鼓 判官が きょうがいと 覺, 

ゆる ぞ。 軍 能う せよ、 者 共。」 而 して 白ま ハ 直に 法 住 寺 殿 を 指し、 刀戟 霜の 如くに して 鐵騎七 千、 稻 

麻の 如く 御所 を圍み 亂箭を 飛ばして、 天台 座主 明 雲 を 殺し、 院 側の 姦を馘 る もの 一 百十餘 人、 其. 



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愛する 北國の 勇士、 革命の 储兒等 をして 凱歌 を唱 へしむ る、 實に: 二た び。 木 背の 野人の なす 所 は 

かくの 如く 不敵に して、 しか?^-かくの如く痛激なり。 彼 は 其 云 はむ と 欲する 所 を 云 ひ、 なさむ と 

欲する 所を爲 す、 放て 何等の 街氣 なく 何等の II 飾な かりき。 然り彼 は 不軌の 臣也、 然れ ども、 U 

は 不軌の 何たる か を 知ら ざり し 3。 

4, や 彼 は、 劍 佩の 響と 共に ク ー チタ— に與 りたる 卿相 g: 十餘 人の 官職 を 奪 ひ、 義^^藤原^家をし 

て攝 政たら しめ、 頼 朝 追討の 院宜と 征夷 大將 軍の 榮 位と を ir 壯心カ t 々として 賴 朝と 戰 はむ と 欲 

したり。 然れ共 彼が 此ー擧 は、 遂に 盜を 見て 繩 を:! ふに 類したり き。 魚に 臨 ンで網 を^ぶ に 類し 

たりき。 何と なれば、 反 心 を 抱け る 行 象 は、 旣に 河.^ によりて 義 仲に 叛き、 九 郞義經 の 征西軍 は 

Cr くも 尾 張 熱 田に 至り、 鎌 倉 殿の 號令 一 度 下らば 、「白日 秦兵大 上來」 の 勢 を 示さむ としたれば, 

是に 於て 彼は懼 然として 恐れたり。 出で て賴 朝と 戰 はむ 乎、 水 島 室 山の 戰 ありて より 連勝の 餘威 

を恃 める 平氏が、 龍舟 錦 帆、 八,: を發し 鸞舆を 擁して 京洛に 人ら むと する や、 火 を 見る よりも 明 

也。 退いて 洛 陽に 担 守せ む 乎、 鞍馬の; «兒 と、 t^lg の老賊 とが、 1^ 鼓 を 打って 來り 迫る や 知る ベ 

きのみ。 彼の 命 蓮 や!^ したり。 男 名 一 代 を 震撼した る 旭 口 將軍も かくして、 日 一 口より 死 を る 

の 近き にす、 めり。 しかも、 彼の 平氏に 對 して 提 したる 11: 盟 策が、 澗途 の 好 將軍知 盛に よつ 

て、 担 否 せらる、 や、 彼が 滅亡 は 漸く ー彈 指の 問に 迫り 來れ り。 

毒 永 三年 正月、 彼が、 ,肽 肱の 臣樋ロ 次 郞楚光 をして 行 家 を 河: s: に 討た しむる や、 兵 を 川 ふること. 

迅速、 敏捷、 元の 太祖が 所 ir 敵 を 衝く飢 鷹の 餌を提 むが 如くなる、 柬: 來 の飛將 軍、 源 九 郞義經 

は、 其 惯用乎 段た る、 孤軍 長驅を 以て、 突と して 宇治に 共 白旌を ひるが へしたり。 同 時に 前 冠者. 



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範頓 の大軍 は、 潮の :15 くが 如く 東海道 を 上りて、 前軍 早く も 勢 多に 迫り、 義 仲の 北 走 を 担がむ と 

試みたり。 根 井 大彌太 行 親、 今 井 M 郞翁 平、 義 仲の 命 を 奉じて 軍 を 逆 ふ。 其 勢 實に八 百 餘騎、 

旣 にして 兩軍戈 を 宇治 勢 多に 交 ふるや、 東軍の 精鋭 當る ベから す。 北風 競 はすして 義 仲の 軍大に 

破れ、 士卒 矛 をす てて 走る もの 數百 人、 東軍の 軍 威隆々 として 破竹の 如し。 是に 於て 壯士 二十 人 

を從 へて 法皇 を 西 洞院の 第に 守れる 彼 は、 遂に 法皇 を 擁して 北國に 走り、 捲 土 重來の 大計 をめ ぐ 

ら すの 外に 策な きを 見たり。 而 して 彼、 法皇に 奏して 曰 「東 賊、 旣に來 り 迫る、 願く は 龍 駕を擁 

して 醍醒 寺に 避けむ」 と、 法皇 從ひ給 はす" 彼 憤然として 階下に 進み 劍を 按じ 眦を 決して、 行幸 

を 請 ふ、 益.^ <!T 法皇 止む 事 を 得すして 將に六 馬 行宮 を發 せむ とす。 時に 義 仲の 騎來り 報じて 曰 

「東軍 旣に木 幡伏昆 に 至る」 と。 彼、 事 愈 >危 きを 知り、 遂に 一 百 の 革命軍 を從 へて、 決然と して 

西 洞 院の第 を 出で ぬ。 赤地の 錦の 直 垂に唐 綾緘の 鎧き て、 鍬 形う つたる i やの 緒 をし め、 重 藤の 弓 

のた 中と つて、 葺 毛の 駒の 退し きに 金 覆輪の 鞍 置いて 跨った る、 雄 風 凛然、 四 邊を拂 つて、 蹄 

聲 K 戈々、 東に 屮 r つれば、 東軍の 旗 喊旣に 雲霞の如く、 七 條八條 法 性 寺 柳 原の 天 を 掩ひ戰 鼓 を 打ち 

て鬨 をつ くる、 聲地を 振って 震 雷の 如し。 義 仲の 勢、 死戰 して 之に 當り、 且戰 ひ、 且 退き、 • 冉、 

院の 御所に 至れば、 院門 をと ぢて 入れ 給 はす、 行 親等の 精鋭 百 餘騎、 奮戰 して 悉く 死し、 彼 遂に 

圍を 破って 勢 多に 走る、 從ふ もの 僅に 七騎、 旣 にして、 今 井 §: 郞ま、 平 敗 殘の兵 三百 餘を 率ゐ て、 

粟津に 合し、 共に 鑣を ならべて 北 越に 向 ふ」 時 赏に赛 永 三年 正月 二十日、 粟津原 頭、 黄 茅 蕭條と 

して 口 色 淡き こと 夢の 如く > 棘 林 遠う して 落葉 紛々、 疲馬頻 に 嘶いて 悲風面 を ふき、 大旗 空しく 

飜 つて 哀淚 袂を沾 す。 嘗て、 木 曾 三 干の 健兒に 擁せられて、 北陸 七 州を卷 く^ 席の 如く、 昆策を 



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ふるって 天下 を麾 ける 往年の 雄姿、 今 はた、 何處 にか ある。 普て 三色 擒を 陣頭に 飜 して 加 能以四 

平 軍 を 破る こと、 疾風の 枯葉 を拂 ふが 如く、 緋甲星 §r 揚々 として 洛 陽に 入れる 往年の 得意、 亇、 

はた、 何處 にか ある。 而 して あ. -、 翠帳暖 に 春宵 を 度る の處、 青 雨 桃李 花 落つ るの 時、 松 殿の {陀 

姬 と共に、 醉 うて 春に 和せ る 往年の 榮華、 今 はた、 何處 にか ある。 是に 於て 彼 恨 然として 兼、 平に 

云って 曰 「首 を 敵の 爲に 得らる. ij と、 名將の 恥な り、 いくさ やぶれて 自刃す る は 猛將の 法な り 

とこ そ 聞き及びぬ」 と、 兼 平 答へ て 曰 「勇士 は 食せ すして 機 ゑす、 創 を 被りて 屈せす、 軍 將は難 を 

遁れて 勝 を 求め 死 を 去って 恥 を 決す、 兼 平 こ、 にて 敵 を 防ぎ 候 はむ、 まづ越 前の 國府 迄の がれ 給 

へ」 と、 然れ ども 多 淚の彼 は、 兼 平 と^る, -に 忍び ざり き。 彼 は 彼が 熱望せ る 功名よりも、 に 

深く 彼の 臣下 を 愛せし 也。 而 して 行く 事 未 幾なら す、 東軍 七 干、 喊聲を 上ぐ る こと 波の 如く、 亂 

箭を 放ち 療鼓を 打って、 彼 を 追 ふ 益.' 急 也。 彼、 兼 平 を 顧み 決然と して 共に 馬首 をめ ぐらし、 北 

軍 三百 を 魚鱗に 備へ 長劍を かざして、 東軍 を衝 き、 向 ふ 所 鐡蹄縱 横、 周馳 して 圍を遗 す こと 救 次、 

東軍 摧 靡して 敢て當 る ものな し。 然れ共 從兵旣 に 悉く 死し 僅に liir 不敵の 四 郞兼平 一騎 を殘 す、 

# 、平 彼 を 見て 愁然と して 云って 曰 「心 靜に御 生害 候へ、 兼 平 防 矢 仕りて やがて 御供. S. すべし」 と、 

是に 於て、 彼 は、 單 騎鞭聲 肅々、 馬 宵 粟津の 松原 を 指し、 從容 として 自刃の 地 を 求めたり。 しか 

も乘馬 水田に 陷 りて. 科 立た す、 時に 飛 矢 あり、 風 然として 流!: 牛の 如く 彼が 內 を 射て 鏃 深く..^ に 

人る。 而 して 東軍の 士卒 遂に 彼 を 鞍 上に 刺して 共 竹 級 を 奪 ふ。 翁; 十 彼の 討た る. -を兑 て 怒 髮上指 

し 奮然と して 箭八 筋に 敵 八騎を 射て 落し、 終に 自ら 刀 鋒 を 口に 銜み 馬より 逆に 落ちて 死す。 鳴 呼、 

死 は 人 をして 靜 ならしむ、 死 は 人 をして 粉 黛を脫 せし む、 死 は 人 をして 肅 然として 襟 を F- さしむ 



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る もの 也。 卒然として 生と 相 背き、 遽 然として 死と 相對 す、 本來の 道心 此處に 動き、 本然の 眞情 

此處 にあら はる、 津々 として 春雨の 落花に 濺 ぐが 如く、 悠々 として 秋 雲の 靑山 を遶 るが 如し。 夫 

鳥の 將に 死せ むと する 其 鳴く や 哀し、 人の 將に 死せ むと する、 其 言 や 善し。 人 を 見、 人 を 知らむ 

とする、 其 死に 處す るの 如何 を 見ば 足れり, - 我 木 曾 冠者 義 仲が 其 燃 ゆるが 如き 血 性と、 烈々 たる 

靑 雲の 念と を 抱いて 何等の 譎詐な く、 何等の 培 飾な く、 人 を 愛し 天に 甘ン じ、 悠然として 頭顦を 

源 家の 吳兒に 贈る を 見る、 彼が 多くの 短所と Pi 點とを 有する に關ら す、 吾人 は 唯 其 愛すべく、 敬 

すべく、 慕 ふべ く、 仰ぐべき、 眞 個の 英雄 兒 たるに 愧ぢ ざる を 想 見せす ンば あらす。 岳鵬 擧の幽 

せらる. -ゃ、 背に 盡忠 報國の 大字 を 黥し、 笑って 死 を 旦夕に 待ち、 項 羽の 烏 江に 戮 せらる.^ や、 

亭 長に 與 ふるに 愛馬 を 以てし、 故人に 授 くるに 首級 を 以てし、 自若と して 自ら 刎ね、 王 叔英の 燕 

賊に襲 はる、 や、 沐浴して 衣冠 を 正し 南拜 して 絶命の 辭を 書し、 泰然と して 自縊 して 死せ り。 彼 

豈 之に 恥ぢむ や。 彼の 赤誠 は 彼の 生命 也。 彼 は 死に 臨 ンで猶 火の 如き 赤誠 を 抱き、 火の 如き 赤誠 

は 遂に 彼 をして 其 愛する 北陸の 健兒 と共に 從容 として 死せ しめたり。 是實に 死して 猶 生ける もの- 

彼の 三十 一年の 生涯 は是の 如くに して 始めて 光榮 あり、 意義 あり、 雄大 あり、 生命 ありと 云 ふべ 

し-〕 

かくして 此絕大 の 風雲 兒が不 I 出の 英魂 は、 倏忽 として 天に 歸れ り。 鳴 呼靑山 誰が 爲 にか 悠々 た 

る、 ,U 水 誰が 爲 にか 汪々 たる。 彼の 來るゃ 疾風の 如く、 彼の 逝く や 朝露の 加し。 止ぬ るかな、 止 

ぬる かな、 革命の 健兒 一た び 逝きて、 遂に 豎子 をして 英雄の 名 を 成さし むる や、 今や 七 百 星霜 一 

夢の 問に 去りて、 義仲寺 畔の孤 境、 蕭 然として 獨り落 暉に對 す。 知らす、 靑苔墓 下風 雲の 兒、 今 



はた 何の 處 にか 目 さめむ としつ "ある C 

彼 は 遂に 時勢の 兒 3。 勃た る 革命的 精神が、 其 最も 高潮に 達した る 時代の 大 なる 權化 也。 破壞 

的 政策 は 彼が 畢生の 經綸 にして、 直情 徑行は 彼が 一代の 性行な りき。 而 して 同時に 又 彼 は 暴 虎^ 

河 死して 悔いざる の 破壞的 手腕 を 有したり き。 彼 は 幽微 を聽 くの 聰と未 前を觀 るの 明と に 於て は 

人道 相 國に讓 り、 所謂 佚 道 を 以て::^ を 使 ふ、 勞 すと 雖も怨 みす、 生 道 を. 以て:^ を 殺す、 死す と雖 

も 怨みざる、 治圃平 天下の 打算的 乎 腕に 於て は 源兵衛 佐に 讓る。 面して 彼が 毒 永 革命 史上に 一頭 

地 を 柚く 所以の もの は、 要するに 彼 は 飽く迄も 破壤 的に 無意義なる 繩墨と 習惯と を躁顯 して 顧み 

ざるが 故に あらす や。 

彼 は眞に 革命の 健兒 也〕 彼 は 極めて 大膽 にして、 しかも 極めて 性ユ 也。 彼は^^を袖にして卷風^^め 

花に 對す るが 如く、 悠長なる 能 はす。 靑 山に 對 してた 勢 を抬算 する が 如く 幽閑なる 能 はす。 炎々 

たる 靑 雲の 念と、 勃々 たる 霸氣と は 常に 火の 如く 胸腔 を 炙る。 彼 は 多くの場合に 於て 他人の t は嘩 

を 買 ふを辭 せす。 如何なる 場合に 於ても 膝 をつ き 頭 を たれて 哀を請 ふ S をな さす。 而 して 彼 はは 

路 の;^ 線 的なる にも 關ら す、 常に 直線 的に ハ> わ 歩せ すンば 止ます。 彼 は 衝突 を辭 せざる のみなら, F 

叉 衝突 を 以て 彼の 大 なる 使命と したり。 彼が 猫 問 中納賈 を 辱めた る、 や 知康を 愚弄した る、 法 住 

寺 殿に 「 ゥを ひきたる、 皆 彼が 此 直線 的の 行動に 據る 所な くンば あらす。 水戶の 史家が 彼 を 反 ほ 傅 

§ 中の 一人たら しめしが 如き、 此 問の 心事 を 知らざる もの、 五 z 人途 に共餘 りに 近 涙なる に 失笑せ ざ 

る 能 はざる 也) 彼 は 身 を 愛惜せ す、 彼 は 僚 原の 太の 如し。 彼 は 己 を 遮る すべて を燒 かす ンば 止ま 



2^ 文の 期 初 



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ざる 也-すべて を燒 かす ンば 止まざる のみなら す、 彼 自身 を も燒か チンば i 一まざる 也。 皮が 法皇 

のク— デタ I を 聞く や、 彼 は 「北 國の雪 を はらうて 京へ 上りし より 一度 も 敵に 後 を 見せす、 假, 入" 

十 善の 君に まします とも 甲 を脫ぎ 弓の 弦 をはづ して 降 人に はえ こそ まゐる まじ けれ」 と 絕 t:^ しヒ 

り。 若し 兵 衞佐頓 朝 をして 此 際に 處 せしめむ 乎。 彼 は 如何なる 死地に 陷る も、 法 住 寺 殿の 變 はな 

さ ざり しなら む。 頼 朝 は 行 はる- - 事の 外 は 行 ふこと を 欲せす。 彼 は、 其實 行に 關ら す、 使 其 期す 

る 所 を 行 はむ と 欲せし 也。 是豈 彼が 一身 を 顧みざる の 所以、 彼が 革命の 使命 を帶 びた る 兒 たる 

の 所以、 而 して 賴 朝が 甘 じて 反臣 傳に錄 せらる . ^をな さ ざり し 所以に あらす や。 

彼 は 彼 自身、 彼 を 信す る 事 厚 かりき。 彼 は、 其 信す る 所の 前に は、 天下 ロを齊 うして, ブー こ 反する 

も、 猶 自若と して 恐れ ざり き。 所謂 自 反して 縮ん ば 干 萬 人と 雖も、 我往 かむ の氣 象は戀 勃と して 

彼の 胸 屮に存 したりき。 されば こそ 彼 は 四 郞# 、平の 諫をも 川 ひす、 法 住 寺 殿に 火 を 放つ の 暴行 を 

放てせ しなれ。 彼の 法皇に 平なら ざる や、 彼 は 「たと へ ば 都の 守護して あらむ する ものが 馬 一 疋 

づっ飼 ひて 乘ら ざるべ きか、 幾らと も ある 田 ども 刈らせて 秣 にせむ を あながちに 法皇の 咎め 給 ふ 

べき やう や ある」 と愤 激したり。 彼 は 彼が 旗下 幾 萬の 北 國健兒 が、 京洛に 行へ る 狼藉 を 寧ろ 當然 

の 事と 信じたり。 而 して 此 所信の 前に は怫 然として、 其 不平 を 法皇に 迄 及ぼす を^ら ざり き。 情 

ふ 彼が- W 次いで 鳴らした る 怨言 を 聞け。 「冠者 ばら どもが、 西 山 東 山の 片 ほとりに つきて 時々 入 取 

せむ は 何 か は 苦し かるべき。 大臣 以下、 官々 の 御所へ も參 らば こそ 僻事なら め」 彼 は、 彼に 對す 

るク— デタ I の 理由 を か.. る 見地 を 以て 判斷 したり。 而 して、 彼に ー點の 1 非な きを 信じたり。 旣 

に靑天 白日、 何等の 不忠な きを 信す、 彼が 刀 戟介馬 法 住 寺 殿を圍 みて 法皇 を 驚かせ まゐら せた る、 



豈 偶然なら すと せむ や, 

彼 は、 如上の 性行 を 有す、 是眞に 天成の 革命家 也。 輕浮 にして 輕 Si: なる 九 郞義經 の 如き、 老搰に 

して 奸 雄なる 藏人行 家の 如き、 或は 以て 革命の 健兒 が楣戟 の^をな す 事 あるべし。 然れ ども 其循 

戟を使 ふべき 革命軍の 將 星に 至りて は、 必す眞 率なる 殉道的 赤誠の 磅薄 として 懷 裡に盈 つる もの 

. な くンば あらす。 然り、 狂暴、 驕 g: の 口べ スピ H 1 ルを 以てする 尙 一片 烈々 たる 殉道的 赤誠 を 有 

せし 也。 

. ^は 唯一 の 赤誠 を 有す。 二 f を 空う する の霸氣 となり、 行路の 人に 忍びざる の 熱情と なる、 其 本 

は 一 にして 其 末 は 萬 也。 夫大 川の 源を發 す、 其 源は溪 ii の 小 流の み。 彼が 彼た る 所以、 唯此 一 點 

: の 靈火を 以て 全心 を 把持す る 故たら すと せむ や。 彼 は 赤誠の 人 也、 彼 は 熱 の 人 也、 願く は敏朝 

の 彼と 戰を 交へ むとした るに 際し、 彼が 賴 朝に 答へ たる 言を閱 け。 「公 は 源 家の 摘 流 也" 我 は 僅に 

二 『の 末ぶ 化 こ 連り、 驥尾に 肘して 平氏 を圖ら むと 欲する のみ。 公 今 千 戈 を ® 力 さむと す 一 llq^ 

攻 伐す るが 如き、 是 源氏の 不幸に して、 しかも 平氏 をして 愈. '虛 に乘ぜ しむる もの 也。 我 深く 凝 

氤こ <堪 へす。」 と。 何ぞ其 言の 肝膽を 披瀝して、 しかも 察々 として 潔き や。 辭を 低う して 一 1: の爲 

に 麵 つて 忠なる、 斯 くの 如し。 管に 辭を 低う する に 止ら す、 一片 梭々 の意氣 止む ベから すして 愛 

子 を 頼 朝の 乎に 委した るが 如き、 赤誠の 人を撼 す、 眞に 銀河の 九天より 落つ るが 如き 概 あり。 

再 云 ふ 彼 は眞に 熱情の 人 也。 實 盛の 北陸に 死す る や、 彼 其 首級 を 抱いて 泫 然として 泣けり。 水,: & 

の 戰に瀬 尾 主從の 健闘して 仆る \ や、 彼 「あっぱれ 强 や。 助けて 兑 て。」 と 歎きたり き。 陣頭 劍を 

6 交 ふる 敵 を 兑る尙 かくの 如し。 彼が 士卒に 對 して 厚 かりし や 知るべき のみ。 彼が 旗ドは 彼が 爲に 



* 文の 期 #J 



611 



「死且 不辭」 の 感激 を 有したり き。 彼 敢て人 を容る 、こと 光風の 如き 襟懷 あるに あらす。 敢て 叉、 

人 を 服せ しむる 麒麟の 群獸に 臨む が 如き 德望 あるに あらず。 彼の 群 下に 對 する、 唯 意氣相 傾け、 

痛淚相 流る- - ところ、 烈々 たる 熱情の 直に 人 をして 知遇の 感 あらしむ るに よるの み。 彼が 旗下の- 

桃李 藝々 たりし にも 關ら す、 四郞兼 平の 如き、 次郞兼 光の 如き、 はた 大彌太 行 親の 如き、 一死 を 

以て 彼に 報じた る、 是 を源賴 朝が 源 九 郞を赤 族し、 蒲 冠者 を誅戮 し、 藏人行 家 を 追 殺し、 彼等 を 

して 高鳥盡 きて 良 弓 納めら る \ の 思 をな さしめ たるに 比すれば、 其 差 何 ぞ獨り 天 淵の みならむ や 

三た び 云 ふ、 彼 は眞に 熱情の 人 也。 彼が 將 として 成功し、 相と して 失敗した る、 亦 職と して 之に 

因らす ンば あらす。 百難 を排 して 一世 を 平にし、 干紛を 除いて 大計 を定 む、 唯大 なる 手の 人た る 

を 要す。 片雲 を 仰いで 風雪 を 知り、 巷 語 を 耳に して 大勢 を算 す、 唯大 なる 眼の 人た る を 要す。 相 

印を帶 びて 天下に 臨む、 或は 一滴の 涙な きも 可也。 李 林甫の 半夜 高堂に 默思 する や、 明日 必殺 あ 

りしと 云 ふが 如き、 豈此 間の 消,: IT^ を洩す ものに あらす や。 然 りと 雖も、 三軍 を 率 ゐて逐 鹿 を 事と 

す、 服の 人たら ざる も 或は 可、 手の 人たら ざる も 亦 或は 可、 唯 若し 淚の 人たら ざるに 至って は、 

斷 じて 將 帥の 器 を 以て ゆるす 可から す、 以て 大樹の 任に 堪ふ 可から す。 彼 は 此點に 於て、 好個の 

將軍 たるに 愧ぢ ざり き。 而 して 彼に 歸服 せる 七 州の 健兒 は、 彼の 淚 によりて 激勵 せられ 鼓吹 せら 

れ、 よく 赤喊幾 萬の 大軍 を擊 破したり。 しかも 彼の 京師に 入る や、 彼 は 其 甲胄 を脫 して、 長 裾 を 

曳 かざる 可から ざるの 位置に 立ちたり き。 彼 は 冷 服と 敏腕と を 要する の 位置に 立ちたり き。 彼 は 

唱難 鼓義の 位置より 一 轉 して 撥 m 反 正の 位置に 立ちたり き。 約言 すれば 彼 は 其 得意の 位: まより し 

て、 其 不得意の 位置に 立ちたり. き。 然れ ども 彼 は 天下 を 料理す るに は、, 餘 りに 溫 なる 淚を 有した 



りき。 皮 は 一 M を籠罩 する に は、 寧ろ 餘 りに 血 性に 過ぎたり き。 彼 は 到底 袍衣大 冠して」 跑 f の 

上に 周旋す るの 村に あらす、 其 政治家と して 失收 したる 亦宜 ならす とせむ や。 簿永 革命 史巾、 

世 的 手腕 ある 建設的 革命家と しての 標式 は、 吾人 之 を 獨り源 兵 衞佐賴 朝に^る。 彼が 朝家に 處し 

. 平氏に 處し、 諸國の 豪族に 處し、 南都 北嶺に 處し、 守護 地頭の 設置に 處し、 鎌 倉 幕^の 建設に 處 

する を 見る、 飽く迄も 打算的に 飽く迄も 組織的に、 夭ドの 事を斷 する、 誠に 快刀 を 以て 亂麻 をた 

つの 概 ありし ものの 如し。 頼 朝 は 殆ど 豫 期と 實 行と 一 致したり。 順 湖に あらす ンば輕 舟 を 浮べ ざ 

りき。 然れ ども 義仲 は成收 利鈍 を 顧み ざり き、 利害得失 を 計ら ざり き。 彼 は 塗 墙に馬 を 乘り懸 く 

る を も辭せ ざり き,。 かくして 彼 は 相と して 敗れたり。 面して 彼が 一方に 於て 相た るの 器に あら ざ 

ると 共に、 他方に 於て 將 たるの 材を 具へ たるに、 則ち 義 仲の 義仲 たる 所以、 彼が 本命の 例- I 儿巾 ク- 

: 革命 の健兒 たる 所以に あ らすゃ 。 

彼 は 野性の 兒也。 彼の 衣冠 朿帶 する や、 天下 爲に嗤 笑したり。 彼が リ箭 を帶 して 禁觀を 守る や、 

時人 は 「色白う みめ はよ いおに て あり けれど、 起居 振舞の 無骨 さ、 物 云 ひたる 言 紫つ きの 片口な 

る 事 限りなし」 と 嘲 侮したり。 葡萄 美酒 夜光 杯、 珊瑚の 鞭 を 揮って 靑草を ふみし キヤ バリ オルの 

よりして、 此木曾 山間の ラウンド ヘッド を见 る、 彼等が 義仲を 「袖の か、 り、 指贯 のりん に 至 

るまで かたくななる ことかぎ りなし」 と篇 りたる、 寧ろ 當然の 寧の み" しかも 彼 は 誠に 厨 性 ク., - 

を 有したり き。 彼 は 常に 自ら 顧て しき 所 あら ざり き。 彼 は 自ら 屮ぜ むが t:F に は 如何なる 事 を も 

2 忌避す る ものに は あら ざり き。 彼 は 不臣の 行を敢 てしたり。 然れ ども、 ^が s: 我の 流露に 任せ 

6 て 得む と 欲する を 得、 ^さむと 欲する を爲 せる、 公々 然として 其 問 何等の 粉 5- のがす る を 許さ ざ 



章 文の 期 初 . 



613 



りき。 彼 は 小 兒の心 を 持てる 大人 也。 怒れば 叫び、 悲 めば 泣く、 彼 は 實に善 を 知らざる と共に 惡- 

を も 亦 知ら ざり し 也。 然り彼 は 飽く迄も 木 曾 山間の 野人 也。 同時に 當 代の 道義 を 超越した る 唯一 

個の 互 人 也。 猫 §1 黄 門の 彼を訪 ふや、 彼 左右 を 顧て 「猫 は 人に 對 面する か」 と 尋ねたり き。 彼 は 鼓 

判官 知康の 院宜を 持して 來れ るに 問 ひて 「わ どの を 鼓 判官と 云 ふ は、 萬の 人に 打 たれた うたか、 張 

られ たうた か」 と 云 ひたりき。 彼の 牛車に 乘 する や、 「いかで 車なら むから に、 何條 素通り をば す 

べき」 とて 車の 後より 下りたり き。 何ぞ其 無邪氣 にして 兒戲に 類す る や。 彼 は 「田 舍合 子の、 き は 

めて 大に、 くぼ かりけ るに 飯 うづた かくよ そ ひて、 御菜 三種して 平 茸の 什に て」 猫間黃 門に す. - 

めたり。 而 して 黄 門の 之 を 食せ ざる を 見る や、 「猫 殿 は 小 莨に てお はすよ、 聞 ゆる 猫お ろしし 給 ひ. 

たり、 擾き 給へ くや」 と 叫びたり き。 何 ぞ其頑 童の 號 叫す るが 如くなる。 かくの 如く 彼の 一言 

一 動 は悉、 無作法 也。 而 して 彼 は 是が爲 に、 天下の 嘲罵 を 蒙りたり。 然 りと 雖も、 彼 は 唯、 直 |£ 

徑行、 行 雲の 如く 流水の 如く 欲する がま,^ に 動け るの み。 其 問、 慕 ふべき 情熱 あり、 掩ふ 可から 

ざる 眞率 あり。 換言すれば 彼 は 唯、 當 代の キヤ バリ オルが、 其 玉杯 綠酒 と共に 重 じたる 無意味な 

る禮儀 三千 を 縦横に、 蹂躪し 去りた るに 過ぎざる 也。 彼 は 荒 くれ 男 なれ 共 あどけなき 優しき 荒く 

れ男 なりき。 彼 は所設 野性の 兒也。 區々 たる 繩墨、 彼に 於て 何す る も のぞ。 彼 は自. m の 寵兒也 C 

彼 は 情熱の 愛兒 也。 而 して 彼 は 革命の 健 兒也レ 彼 は、 群 維を駕 御し 長 策 を ふるって 天下 を 治む る 

の隆淮 f 公に あらす。 敵軍 を叱咜 し、 斐劍を かざして 堅陣 を 突破す るの 重 瞳將軍 也。 彼 は國. 冢經綸 

の 大綱 を 提げ、 蒼生 をして 衆 星の 北 斗に 拱 ふが 如くなら しむる カブ ー ルが 大略 あるに あらす。 辣 

快、 雄敏、 鬻 拳の 兵 諫を敢 てして 顧みざる、 石火の 如き マデュ— の俠骨 あるの み。 彼 は壽永 革命- 



の 大勢より 生れ、 其 大勢 を 鼓吹したり。 あらす 其 大勢に 乘 じたり。 彼 は 革命の 鼓舞 者に あらす、 

革命の 先 動 者 也〕 彼の 粟津に 敗 死す る や、 年 僅に 三十 一歳。 而 して 共 天下に 馳 驚した る は 木 仲り 

擧 兵より 粟津の 亡 減に 至る、 誠に 四 年の 短日月の み。 彼の 社會的 生命 はかくの 如く 短少 3。 しか 

も 彼 は 其 炎々 たる 革命的 精神と 不屈 不胖の 野 快と を 以て、 個性の 自由 を 求め、 新時代の 光明 を 求 

め、 人生に 與 ふるに 新なる 意義と 新なる 光 榮とを 以てしたり。 彼の 一 生 は 失敗の 一 生 也。 彼の 歷 

史は 蹉跌の 歷史 也。 彼の 一 代 は 薄幸の 一 代 也。 然れ ども 彼の 生涯 は 男らしき 生酒 也。 

彼の 一 生 は 短 かけれ ども, 彼の 敎訓は 長 かりき。 彼の 燃した る 革命の 聖壇の 靈火は 煌々 として 消 ゆ 

る ことなけ む。 彼の 鳴らした る 革命の 角笛の 響 は 喫々 として 止む ことなけ む。 彼 逝く と 雖も彼 逝 

かす。 彼が 革命の 健兒 たるの 眞骨頭 は、 千載の 後 猶殘れ る 也。 かくして 粟津原 頭の i§ 死、 何の 憾 

む 所ぞ。 春風 秋雨 七 百 歳、 今や、 聖 朝の 德澤 一代に 光 被し、 新與の氣運隆々として虹^5-の如く、 

昇 平の 氣象將 に 天地に 滿 ちむ とす。 蒼生 鼓腹して 治を樂 む、 また 一 の義仲 をして 革命の 曉錡 をな 

ら さしむ るの 機な き は、 昭代の 幸 也。 

(明治 四十 三年 二月、 束 京 府立 第三 中 學校學 友 會雜誌 3^. 



章 文の 期 初 615 



水の 三日 



講堂で、 罹災民 慰問 會の 開かれる 口の 午後。 一 年の 丙 組 (當日 は此處 を、 僕 等 11 卒業生と 在 1 お, 

生との 事務所に した) の 敎窒を 這 入る と、 もう 上 原 君と 岩 佐 君と が、 部屋の まん 中へ 机を据 ゑて、 

何 かせつせ と 書いて ゐた。 俯向いた 上 原 君の 顏が、 窓から さす 日の 光で 赤く 見える。 入口に 近い 

机の 上で は、 七 條君ゃ 下 村 君 や 其 他 僕が 名 を 知らない 卒業生 諸君が、 寄附の 浴衣 やら 手拭 やら 晒. 

布 やら 淺 草紙 やら を、 罹災民に 分配す る 準備に 忙しい。 紺 飛白が 二人で せっせと 晒 布 を疊ん では 

手拭の 大きさに 截 つて ゐる。 それ を、 茶の 小 倉の 袴, が、 せっせと 折 Dir をつ けて は、 行 俄よ く 積 上 

げてゐ る。 向う の 隅で は、 原 君 や 小 野 君が 机の 上に, M せんべいの 袋 を ひろげて せっせと 數を 勘定- 

して ゐる。 . 

依田 1^ も 其 傍で、 大きな 紹 ばんの 袋 を あけて せっせと 「え. - 五つ、 十う、 二十」 を やって ゐ るの . 

が 見える。 何しろ、 鹽 せんべいと 紹 ばんと を 合せる と、 四圓 ばかりにな るんだ から、 三人,, こも 少 

少、 勘定に は 辟易して ゐる らしい。 

敎 擅の 方 を 見る と、 繩 でく. - つた 淺 草紙 や、 手拭の 截ら ない のが、, 雑然と して 取亂 された 中で、.. 

平 嫁 君 や 國富君 ゃ淸水 君が、 黑 板へ、 罹災民の 數 やら 應 せんべいの 數 やら を 書いて せっせと 引, い 



たり 割ったり して ゐる。 急いで 書く せゐ か、 數 字まで せっせと 忙し さうな 恰好 をして ゐる 力ら、 

可笑し、,。 さう すると 魔瀨 先生が 御 出になる。 一寸、 二言 三 言 話して、. 直义 せっせと^ ていら つ 

しゃる。 其屮 にばんが 足り なくなって、 せっせと 資 足しに やる。 せっせと 先生の 所へ 通俗 部 を^ 

. く 交 歩に ラく。 II 成 社へ 電話 を かけて せっせと はがき を 取 寄せる。 誰でもル^-せっせとゃる。 何 を 

P るので もせつ せと やる。 其 代り 埒の あく こと 夥しい。 窓から 外を兑 ると 運動場 は、 處々 に 水の 

ひいた 跡の、 じく/, \ した 赤土 を殘 して、 未、 壁土 を 溶した 様な 色 をした 水が、 八月の 靑空を 映 

しながら、 とろり と 動かす に 港へ てゐ る。 其 水の 中 を、 瘦 せた 毛の 長い m 犬が、 . ^を 鳴らしな が 

ら、 ぐし よ ぬれに なって、 駆けて ゆく。 犬まで、 生意氣 にせつ せと 忙し さうな^ がする。 

. 慰問 會が 11 かれた の は 三時 頃で ある。 

鼠色の 壁と、 不景氣 な 硝子 窓と に囤 まれた、 伽藍の やうな 講堂に は、 何 人 かの 權災: ^諸君 力 

雜 然として、 瞧悴 した 額 を 並べて ゐた。 垢 じみた 俗 衣で、 肌つ こに 白雲の ある 男の 兒を おぶつた 

おかみさん もあった。 よごれた、 薄い 縱袍に 手拭の 帶を しめた、 目の 爛れた、 お婆さん もあった" 

白、 メリ ヤスの 襯衣と 下ば きば かりの 若い もあった。 大きな 鍵 裂の ある 印半纏に、 三尺 をぐ る 

ぐる まきつけた、 若い 女 もあった。 色の 褪めた 赤毛布 を 腰の ま はりに まいた、 鼻の 赤い ぉぢ いさ 

ん もあった。 さう して 此 等の 人々 が 皆、 黄ばんだ、 彈カ のない 額 を敎壞 一の 方へ 向けて ゐた" 敎擅 

6 の 上で は 蓄音機が、 鼻く たの 樣な聲 を 出して かつ ぼれ か 何 かやって ゐた" 

6 蓄音機が すむ と、 ^津野 氏の 開 會の辭 があった。 何でも、 可也 長い ものであった が、 お^の 審. 



章 文の 期 初 



617 



な 事に は 今 はすつ かり 忘れて 仕舞った。 其 後で、 叉 蓄音機が 一 くさりす むと、 貞 水の 講談 「かち か 

ち甚 兵衞」 が はじまった。 賑 かな 笑ひ聲 が、 其 處此處 に 起る。 こんな 笑 ひ 聲も此 等の 人々 に は 幾 

日ぶ りかで、 口に 上った ので あらう。 學 校の 慰問 會を ひらいた の も、 此笑 ひ聲を 聞く 爲 ではな か 

らう か。 硝子 窓から 長方形の 靑签を 眺めながら、 此笑 ひ聲を 聞いて ゐ ると、 ものと なく 悲しい 感 

じが 胸に 迫る。 

を は 

講談が 完 ると 程なく, 會が閉 ぢられ た。 さう して 罹災民 諸君 は 狭い 入口から、 各の 窒へ歸 つて. 

行く。 其 途中の 廊下に 待って ゐて、 僕たち は、 大人の 諸君に は、 ビスケットの 袋 を、 少年少女の r 

諸君に は、 鹽 せんべいと 饀 ばんと を、 呈上した。 區 役所の 吏員 や、 白 服の 若い 巡査が 「御 禮を 云. 

つて、 御禮を 云って」 と 注意す るので、 罹災 :!^ 諸君 は 一 々丁寧に 頭 を さげられる。 中で も 十 一 二の 

赤い 帶を しめた、 小さな 女の子が、 「御禮 を 云って」 と 云 はれる と ぴったり 床の 上に 膝 をつ い て、 僕 

たちの 靴で あるく、 あの 砂 だらけの 床板に 額 をつ けて、 「難 有う」 と 云 はれた 時には、 思 はす、 ほろ:, 

りと させられて 仕舞った。 

慰問 會が完 ると すぐに、 事務室で 通信 部 を 開始す る。 手紙 を 書け ない 人々 の爲に 書いて あげる 

設備で ある。 原 君と 小 野 君と 僕と が 同じ 机で 書く。 あの 事務室の 廊下に 面した、 砲 子 障子 を はづ. 

して、 - 中へ 圆書 室の 細長い 机と、 講堂に ある ベンチと を 持ち こんで、 それに 三人で 尻を据 ゑた の 

である。 外の 壁へ は、 高 田 先生に 書いて 頂いた 、「た で、 手紙 を 書いて あげます」 と 云 ふ 貼 紙 を 

したので、 直に 多くの 人, ベが 此 窓の 外に 群った 。愈." はがきに 紛筆を 走らせる までに は、 どうに 



か 文句が 出來る だら う 位な、 横着な 根性です まして ゐ たが、 かうな つて nB- ると いくら 「候 i^」 や 

「「お 段 一 や 「乍 Igt 御休祌 下され 度」 で こじつけて 行っても、 どうに も かう にも、 行か なくなって 3 た 

二三 人目に 僕の 所へ 來た お爺さんだった が、 間いて 見る と、 何でも 小 松 川の 何とか 病院の 會 計の 

叔父の 妹の 娘が、 其お 爺さんの 姊の谇 の 嫁の 里の 分家の 次男に 片づ いて ゐて、 小 松 川の 水力 リズ 

から、 其お 爺さんの 姊の谇 の 嫁の 里の 分家の 次男の 里で も、 昔から 世話になった 主人の^ かおく 

てゐる 水車小屋へ、 何う とかした ところが、 其 病院の 會 計の 叔父の 妹が 何う とかした 力 、レー n ル合 

せて 其 爺の 伴の 友達の 叔父の 神 田の 猿樂 町に 錠前な ほしの 家へ どうと かした とか、 何と 力. ぶュの 

で、 何度 聞 直しても、 八幡の 藪で も 歩いて ゐる やうに、 さっぱり要領が得られなぃので^^ぬっちまぃ 

つ,, こ。 未 さ こ、 あの 寺の 事を考 へる と、 はがきへ 何ん な 事 を 書い たんだ 力 一 1^ 华 然しな レ こ 

は 原 君の 所へ 來た、 お婆さん だが、 原 君が 「宛名 は」 ときく と、 平五郞 さんだ とか 何とか 云.. - 

「苗字 は 何と 云 ふんです」 と 押 返して 尋ねる と 、苗字 は 知らないが 平 五郎さん で、 平 五郎さん て 云 

ベば 近所 中何處 でも 知って るから、 苗字なん か 無くっても、 と. - くのに 違 ひない と保證 する。 流 

石の 原 君 も、 「唯 平 五郎さん ぢゃ あ、 と.^ きますまい」 つて、 恐縮して ゐ たが、 とうと う^を 投げて 

何とか 町 何とか 番地 平 五郎 殿と 書いて 仕舞った。 あれで うまく、 平 五郎さん の 家へ と ゾレ たら、 

いくら 平 五郎さんでも、 よくと y いた もんだ と 感心す るに 遠 ひない。 

殊に aw 稽 なの は、 誰の 所へ 來 たんだ か 忘れた が、 宛名に 「しょう せんじ、 の だ やすつ てん」 と 云 

CO ふやつ があって、 誰も 漢字に 飜譯 する 事が 出來 なかった。 それでも 結局、 「修善 寺 野 田 屋支广 ど だ 

6 らうと 云 ふ 事に なった が、 こんな 和文 漢譯の 問題が 出れば どこの 學 校の 受驗者 だって 落第す るに- 



章 文の 期 初 



619 



きまつ てゐ る。 

通信 部 は、 日暮 近くな つて 閉ぢ た。 あのい つもの 銀行員が 来て 月謝 を 取扱 ふ 小さな 窓の 方で も.. 

上 原 君 や 岩 佐 君 や 其 他の 卒業生 諸君が、 執筆の 勞を とって 下さった。 さう して 此方 も、 彼此 同じ 

時刻に 窓 を閉ぢ た。 僕たちの 歸 つた 時には、 あたりが もう 薄暗かった。 二階の 窓から は、 淡い.^ 

影が さして、 白 楊の 枝から 枝に かけて あった 洗濯物 も、 もうす つかり 取り こまれて ゐヒ。 

通信 部 は それから も、 つどいて 開いた。 前記の 諸君 を 除いて、 平 塚 君、 國富 君、 砂 岡 君、 淸水 

君、 依, 田 君、 七條 君、 下 村 君、 其 他 今 は 僕が 忘れて しまって、 此處に 表彰す る 光榮を 失した の を. 

悲む。 幾多の 諸君が、 熱心に 執筆の 勞を とって 下さった の は、 特に 附記して、 前後 六 百 枚の はが 

きの、 此 爲に费 された の. が、 決して 偶然で ない と 云 ふこと を 表したい と 思 ふ。 

其翌々 日の 午後、 義捐金の 一部 を 割いて 購 つた、 SI 百餘の 猿股 を 罹災民 諸君に 寄贈す る 事に な. 

つた。 皆で、 猿股の 一 打 を 入れた 箱 を 一 つづつ 持って、 部屋々々 を 廻つ. て 歩く。 ヂプシ ー の やう. 

な、 脊の 低い 15!: 役所の 吏員が、 帳面と 引合せて、 一人々々 罹災民 諸君 を 呼び W すの を、 僕たちが 

一枚々々、 猿股 を 渡す と 云 ふ 手 害であった。 殘 念な ことに、 どの 部屋で、 どんな 人が どんな 事 を 

して ゐ たか 忘れて しまったが 唯一 っ覺 えて ゐ るの は、 五 年の 丙 組の 敎窒へ 這 入った 時だった と 思 

ふ。 薄暗い 隅つ こに、 色の 褪めた、 黑ぃ 太い 縞の ある、 靑 毛布が 丸くなって ゐた。 始めは、 唯 毛 

布が 丸めて あるんだ と 思った が、 例の ヂプシ I が 名前 を 呼び はじめる と、 其 毛布が むくく と 動, 



(て- 中から 灰色の 長い 髯が 出た。 それから、 服の 濁った 赭ら 面の 老人が 出た。 さう して は 取 後に、 

灰色の 長く 仲び た髮の 毛が 出た。 しばらく 僕たち を 見て ゐ たが 叉 服 をつ ぶった。 傍へ よると 酒に 

香が する。 何となく、 あの 毛布の 下に、 ウォッカの 曙で も隱 して ありさうな 氣 力した 

二 皆 屋をま はった 平 塚 君の 話で は、 五 年の 甲 組の 敎窒に 狂女が ゐて、 ぢ つと バケツの 水 を 

15 めて ゐ たさう だ。 あの 雨 じみの ある M 色の 壁に よりか ふて、 結び 髮の 女が、 すりきれ I 

.11 子の 帶の 問に 乎 を 人れ ながら、 俯向いて バケツの 水 を 見て ゐる姿 を 想像したら 矢お. ^影め レ 

た 感じが した。 . 

猿股 を 配って 仕舞った 時、 前 田 侯から 大きな 梅 鉢の 紋の ある 長 持へ 入れた 寄阳" ロカ 澤 た 

落雁 かと 思ったら、 観 衣と 腹卷 なの ださう である。 前 田 侯 だけに、 やる 事が 大きい な あと m 丄ュ 

罹災民 諸君が 何日ぶ りかで、 諸君の 家へ 歸られ る n の 午前に、 僕たち は、 僕たちの 猫め た義招 

- 金の 殘額を 投じて、 諸君の 爲に 福引 を 行 ふ 事に した" 

景品 は 其 前夜に 註文した。 當 日の 朝、 僕が 學 校の 事務室へ 行った 時には、 もう 僕たちの 速 中 力 

大ぜぃ 築って、 盛に 観 を 捲へ てゐ た。 うまく 紙撚を よれる 人が 少ない ので、 廣瀨 先生 や 正木 先生 

が、 手 傅って 下さる。 僕たちの 中で は、 砂 岡^が うまく 撚る" 僕 は 「へえ、 器 川 だね」 と、 感、 丄し 

て 見て ゐた。 勿論 僕に は 燃れ ない。 

事務室の 中には- いろんな 品物が 堆く 積んで あった。 前の 晚、 之 を 買 ふ 時に 小 野 君が 口 を 極 

6 めて、 其效用 を保證 した 龜の子 だはし も ある。 味咐 漉の 代理が 勤まる と 云 ふ 何とか の^も ある 



2^ 文の 期 初 



621 



羊 1- の ミイラの やうな 洗濯 石驗も ある。 草赛も あれば 杓子 も ある, - 下駄 も あれば 庖刀も ある。 赤 

い ベ . ^を 着た お 人形さん や、 口 ッ ぺ ン 島の あざらしの 様な 顏 をした 土 細工の 犬 や いろんな 玩具 も 

あつたが、 其 中に、 五六 本、 ブリキの 銀笛が あつたの は 蓋し、 原 君の 推獎 によって 買った ものら 

しい。 景品の 說明 は、 い. -加减 にして やめる が、 もう 一 つ 書きた いのは、 黄色い、 能 代 塗の 箸 で 

ある。 それが 何百 膳 だか こて^ \> ある。 後で 何膳づ つかに 分ける 段になる と、 其 漆 臭い 臭 ひが、 

いつ 迄 も 手に 殘 つたので 閉口した。 一寸 嗅いでも 胸が 惡 くなる。 福引の 景品に、 能 代 塗の 箸 は、 

孫子の 代まで 禁物 だと、 しみ-^ 悟った のは此 時で ある。 

籤が 出來 あがる と、 原 君と 依田 君と が、 各室 を 廻る 勞を とった。 少し 經 つと、 もう 大勢 鎮を持 

つた 人々 が やってくる。 事務室の 向って 右の 入口から 人れ て、 ふだん は \ 切って ある、 右の 扉 を 

あけて 出す 事に した。 景品. は蕃と 目笊と 石鹼で 一 組、 たはし と 何とか^と 构 子で 一 組、 下駄に 翁 

が 一 膳で 一 組と 云 ふ 割合で、 一 番 割の 惡ぃ の は、 能 代 塗の 臭い 箸が 一 磨で 一 組で ある。 此奴 だけ 

は、 僕なら、 いくら 籤に 當 つても、 御免 を 蒙らう と 思 ふ。 

砂 岡 君と 國富 君と が、 讀み 役で、 纖を 受取って は、 一 々大きな 聲で讀 み 上げる。 中には 一家 族 

五 人 悉く、 下駄に 當 つた 人が あった。 一家 族 十 人ば かり、 悉く 能 代 塗の 臭い 箸に 當 つたら、 滑稽 

だら うと 思って たが、 不幸に して、 さう 云 ふ 人 は 無かった やうに 記憶す る。 

ー囘、 福引 を濟 ました 後で も、 景品 は 大分 殘 つた。 そこで、 殘 つた 景品の すべてに、 空 鐵を加 

へて, 1^ び 福引 を 行った。 さう して それ を完 つたの は 丁度 正午であった。 避難 1- 諸君 は、 もう そ. 

ろ そろ 歸り はじめる。 中には 丁寧に 御 禮を云 ひに 來る人 さへ あった。 



多大の 滿 足と 多少の 疲勞と を 持って、 僕たちが 何日 か を 忙しい 中に 募した 事務室 を 去った 時、 

窓から 首 を 出して 見たら、 泥 まみれの 砂利の 上に は、 素 枯れ か \ つた 检ゃ、 丈の 低い 白 楊が、 鮮 

かな 短い 影 を 落して、 眞晝の 日が 赤々 とした 鼠色の 校舍の 羽目に は、 亞 鉛板 や が よせかけて あ 

るの が 見えた。 大方 明日から、 後 掃除が 始まる の だら う。 

(明ュ 化 四十 三年、 東京 府立れ や 三 中 學校學 友會雜 誌) 



拿 文の 期 初 



623 



槍ケ岳に 登った 記 

赤澤 . 

雜 木の 暗い 林 を 出る と案內 者が こ 、が 赤澤 です と 云った。 暴 さと 疲れと で 目の くらみ か.^ つた 

自分 は 今迄 下ば かり 見て 歩いて ゐた。 じめ くした 苔の 間に 驚 草の やうな 小さな 紫の 花が さいて 

ゐ たの は 知って ゐる。 熊 使の 折り かさなった 中に 兎の 糞の 白く ころがって ゐ たの は 知って ゐる。 

けれども 一 體 林の 中 を 通って るんだ か、 藪の 中 をく つて ゐ るんだ か は さっぱり 見當 がっかな か 

つた。 唯 無暗に、 岩 だらけの 路を 登って 來 たの を 知って ゐる ばかりで ある。 それが 「此處 が赤澤 

です」 と 云 ふ聲を 聞く と 同時に やれやれ 助った と 云ふ氣 になった。 さう して 首 を 上げて、 今迄 自 

分た ちの 通って ゐ たのが、 繁 つた 雑木の 林だった と 云 ふ 事 を 意識した。 安心す ると 急に e: 方の な 

がめ が il に はいる やうになる。 目の前に は 高い 山が 聳えて ゐる。 高い 山と 云っても 平凡な、 高い 

山で はない。 山膚 は 白つ ちゃけ た 灰色で ある。 其 灰色に 縱橫の 皺が あって、 くぼんだ 所 は m 取 色の 

影 を ひ いて ゐる。 つき 出た 所 ははげ しい 眞 夏の 日の 光で 雪が のこ つて ゐる のかと 思 はれる 程 白く 

, あと 

輝いて 見える。 山の 八 分が 此 粗い 灰色の 岩で 後は黑 すんだ 綠で斑 k つ、 まれて ゐる。 其 綠が縱 に 

M の 字の 形 をして とぎれ^ (\ に 山膚 を 縫った のが、 何となく 荒涼と した 思 を 起させる。 こんな 山 

が 屏風 をめ ぐらした やうに つ 2- いた 上に は 淺黄緩 子の やうに 光った 靑 空が ある。 青空に は 熱と 光 



624 



との 暗影 を もった、 溶けさうな 白い 雲が 銅 をみ がいた 様に 輝いて、 紫が かった 鈴 色の 陰 を、 山の 

すぐれて 高い 頂に 這 はせ てゐ る。 山に 1: まれた 細長い 溪谷は 石で 一而に 埋められて ゐ ると 云って 

もい,^。 大きな の やら 小さな の やら、 みかげ 石の 眩 ゆいば かりに n に 反射した の やら、 赤み を帶 

びた インク 壶の やうな 形の やら、 直 八面 體の 角ば つたの やら、 歪んだ 球の やうな 阆 いの やら、 立 

體の數 をつ くした やうな 石が、 雜 然と 狹ぃ溪 谷の 急な 斜面に 充 たされて ゐる。 石の 洪水" 少し. 山 

笑し いが 全く 石の 洪水と 云 ふ 語が ゆるされる のなら 正しく それ だ。 上の 方を见 上げる と 一 やの 綠 

も、 一花の 紅 もっけない 石の 連續 がす ー うつと 先の もの 方 迄つ どいて ゐる。 ー桥 遠い 石 は 蟹の 巾 

羅 位な 大きさに える。 それが 近くなる に從 つて だん/ \ に 大きくな つて、 E 分た ちの;: 止 もとへ 

來て は、 一 問に高さが五尺ほどの!^色の^角な石になってゐる" ^魔と 寂寞 —— どうしても 元始 

的な、 人 を 跪かせなければ やまない やうな 强ぃ 力が 此雨 側の 山と、 其 ii に 挟まれた 谷との 上に 動 

い て ゐる やうな 氣 がする。 案内 者が 「赤 澤の 小屋って なァ あれ で す あ」 と :. ム ふ 。自分た ちの 立って 

ゐる 所より 少し 低い 所に く \ り 枕の やうな 石が ある。 それが 乂き はめて 大きい。 動物園の 象のお 

と 鼻 を 切って、 洞 だけ を 三つ ra: つつみ 常-ねたら あの 位になる かもしれ ない。 北ハ 石がぬ つと 半 起き 

か \ つた 下に 焚 太 をした 跡が ある。 黑ぃ 燃えさし や、 由 い 石が うづた かくつ もって ゐた。 あの 石 

の 下に 寢 るんだ 相 だ〕 夜 巾に 何 かの 具合で あの 石が, おがへ り をう つたら、 ドの人 問 はび しゃん こ 

になって しま ふだら うと m 心 ふ。 溪 谷の 下の 方 は此大 石に 遮ぎ られて 何も えぬ。 n の 前に ひろげ 

られ たの は 唯、 長いし かも 亂雜な 石の 排列、 頭の 上に お ほひ か X る やうな 灰 の 山々、 さう して 

こ れ らを强 く 照す 腐 夏 の 白い 日光ば かりで ある。 • 



章 文の 期 



自外 、"と 云. - もの をむ きつけに 目の あたりに 2- る 樣な氣 がして 自分 は 愈.^ はげしい 疲れ を 感ぜ. ざ 

6 る を 得なかった • 

朝 三時 .,, 

さあ 行かう と 中原が 云 ふ。 行かう と 返事 をして 手袋 を はめて ゐる 中に 中原 はもう 歩き 出した。 

さう して 二度 HE に 行く よと 云った ときには 中原の 足 は 自分の 頭より 高い 所に あった。 上 を 見る と 

うす 暗い 中に: 复 服の 後 姿が よろ ける やうに 右左へ ゆれながら 上って 行く。 自分 も 杖 を 持って 後に 

ついて 上り はじめた〕 上り はじめて 少し 驚いた。 路と 云って は 素より 何にもない。 魚河岸へ 館が 

ついた 樣に雜 然と ころがった 石の 上 を、 ひよ いくとび とびに 上る ので ある。 どうかす ると ぐら 

ぐらと ゆれる 奴が ある。 おやと 思って 其 次の 奴へ 足 を かける と 叉 ぐらり と來 る。 仕方がな いから 

四つん 這 ひに なって 猿の やうな 形 をして 上る。 其 上に まだ 暗い ので 何でも 判然と わからない。 唯 

まつ 黑な ものの 中 をう す 白い ものが ふらく と 上って ゆく 後 を、 い \ 加減に 見當 をつ けて 這って 

行く ばかりで ある。 心細い 事 夥しい-、 おまけにき はめて 寒い。 昨夜ぬ いで 置いた 足袋が 今朝 は ご 

そご そに こはばって ゐる。 手で 石の 角 をつ かむ たんびに 冷 さが 毛糸の 手袋 をと ほして 浸み て 來る" 

鼻の あたまが つめたく なって 息が きれる。 はつ はつ 云 ふたび に 口から 白い 霧が 出る。 途中で ふり 

向いて 見る と 谷底 迄黑 いものが つ V いて 其 中途で. m ぃ圓 いものと 細長い ものと が 動^て ゐた。 

「お \ い」 と 呼ぶ と 下で も 「お \ い」 と 答へ る。 小さい 時に 掘 井戶の 上から 中 を 窺き こんで お,. いと 

云、,, とお \ いと 反響 をした のが 思 ひ 出される。 圓 いのは 市 村の 麥藁 精子、 細長 いのは 中 蒙の 浴衣 



であった。 黑 いもの は 谷の 底から 猶 上への ぼって 馬の 背の やうに 奢 かぎる。 其 中で 頭の 上の j 

くに、 菱の 花びらの 半ば を 尖った 方 を 上に して 置いた やうな、 

形 をした のが 槍ケ岳で、 き 左と 右に 雄の 葉の やうな 高低 を もつ S くつ.^ レ たの.^ 

,と をき 連山で ある。 窗其 上に うす S み を帶び I 色に すんで、 星が 大きく 明に 

やう J いて ゐる。 槍ケ岳と 丁度 反對の 側に は 月が まだ 殘 つて ゐた。 七 曰ば かりの 月で 黄色い.^ 

がさ、 r かった。 あたり はしん として ゐる。 死の しづけ さと 云 ふ 思が 起って 來る; _ ^はふ y1 

と, A らくと 云 ふ 音が しばらく きこえて、 やがて 又もとの 靜 けさに 返って しま. - ^^l^o. 

へよ いると、 歩く たびに 濕 つぼい 鈍い 重い 音が がさり/、 とする。 ゝ A いに ギヤ ァと 云き 力した 

お^と 置と 案內 者が 「雷鳥です」. と 云った。 形 は 見えない。 唯 闇の 中 t 鋭い 響きいた だけで 

ある。 人 1 ふの かもしれ ない。 靜な、 恐れ を 孕んだ 議の 大氣を 貫いて 思 はす もき いた 量の 

聲ま、 Is^ となく 或る シム ボルで も ある やうな 氣 力した - 

(明; ^3 四十 四 A ば〕 



章 文の 期 初 



627 



日光 小品 



大 谷川 

馬返し をす ぎて 少し 行く と大 谷川の 見える 所へ 出た。 落葉に 埋もれた 石の 上に 腰 を 下して 川 を 

見る。 川 はすうつ と 下の 谷底 を 流れて ゐ るので 幅が やっと 五六 尺に 見える。 川 を 挾んだ 山 は杠葉 

と 黄葉と に 隙き 間な く蔽 はれて、 其 間 を 殆純粹 に 近い 藍色の 水が 白い 泡 を 噴いて 流れて ゆく。 

さう して 其 紅葉と 黄葉との 間 を 洩れて くる 光が 何とも 云へ ない 暖かさ を^ら して、 見上げる と 

山 は 私の 頭の 上に も 聳えて、 靑 空 の畫 室の スカイライトの 樣に狹 く 限られて ゐる のが、 丁度 岩の 

間から 深い 淵 を 窺いた 様な 氣を 起させる。 

對 岸の 山 は 半ば は 同じ 紅葉に つ.. まれて、 其 上ば 流石に 冬枯れた 草 山 だが、 其 ゆったりした 肩 

に は 紅い 光の ある 露が か つて、 視 色の 毛 きらす 天鵞絨 をた \ んだ樣 な 山の 肌が 如何にも 憂し い 

感じ を 起させる。 其 上に 白い 炭燒の 煙が 低く 山腹 を 這って ゐ たの は 更に 私 を 床しい 思に 耽らせた。 

石 を はなれて" m 山道に か \ つた 時、 私 は 「谷水の つきて こがる.. 杠葉 かな」 と 云 ふ 蕪 村の 句 を 田 

ひ出し,^^。 

戰場ケ 原 . 



枯萆の 間 を 沼の ほとりへ 出る。 

黄 尼の 岸に は、 簿 氷が 殘 つて ゐる。 枯 藍の 根に は 煤けた 泡が かたまって、 家鴨の 死んだ のが 其 

中に ぶつく り 浮んで ゐた。 どんより と 濁った 沼の 水に は 青空が 鍩び ついた 様に 映って、 ほの 白い 

雲の 影が 靜に 動い て ゆく のが 見える。 

對 岸に は 接骨木め いた 樹が すがれ か、 つた 黄葉 を 低れ て 力無 ささう に 水に 俯いた。 それ をめ ぐ 

つて 黄ばんだ 葭が 哀し さう に戰 いて、 其 間から 淋しい 高原の 景色が 眺められ ス。 , 

ま.^ けた 尾花の つ.^ いた 大野に は、 北國 めいた、 黄葉した 落葉松が 所々 に 腕 だる さう に聲 えて、 

其 問 を さまよ ふ 放牧の 馬の 群 は そ,. ろに 我々 の 祖先の 水草 を 追うて 漂浪した 昔 を 想 ひ 出させる 

原 をめ ぐった 山. つれ 為しい 灰色 S にで まれて、. 簿ぃ夕 曰 Is に 養 を ぞてゐ 

る 

私 は 荒涼と した 思 を 抱きながら、 この 水の じくく した 沼の 岸に 佇んで 獨 りで ツル ゲ— ネフの 

森の 旅を考 へた。 さう して 枯 草の 間に 龍 膽の靑 い 花が 夢見 額に 咲いて ゐ るの を 見た 時に しみ じ 

みあの I have nothing- to do with thee と 云 ふ 悲しい 言が 思 ひ 出された。 

巫女 

年を老 つた 巫女が 白い 衣に 緋の袴 を はいて 御 癒の 陰に さびし さう に獨 りで 坐って ゐ るの を 見た _ 

00. さう して 私 も 何となく 淋しくな つた。 

6 き 雨 もよ ひの 夕に 春 日の 森で 若い 二人の 巫女に 遇った 事が ある。 二人とも 十二 三で 矢 おの 袴 



辈 文の 期 初 



629 



に 白い 衣 をき て 白粉 をつ けて ゐた。 小暗い 杉の 下 かげに は 落葉 を 焚く 煙が ほの 白く 上って、 しつ 

とりと 濕 つた 森の 大氣は 木精の 攝 きも 聞え さうな 云 ひ 難いし づけ さ を 漂せ た。 其 物靜な 森の 路を 

物靜に ゆきち がった、 若い、 いや 幼い 巫女の 後 姿 は どんなに か 私に めづ らしく 覺 えたら う。 私 は 

ほ. - ゑみながら 何度も 後 を 振り かへ つた" けれども 今、 冷な 山懐の 氣が 肌寒く 迫って くる 社の 片 

としょり 

かげに 寂然と 坐って ゐる 老年の 巫女 を 見て は、 そ ろに 哀し さを覺 えす に は ゐられ ない。 

私 は、 一生 を 神に 捧げた 巫女の 生涯の 淋し さが、 何となく 私の 心 を ひきつける 樣な氣 がした。 

高原 

裹見ケ 瀧へ 行った 歸 りに、 獨 りで、 高原 を 貫いた、 日光 街道に 出る 小さな 路を迪 つて 行った。 

武藏 野で はま だ 百舌鳥が なき、 鸲が なき、 畑の 玉蜀黍の 穂が 出て、 薄 紫の 豆の 花が 葉の かげに 

ほのめいて ゐ るが、 此處 はもう さながらの 冬の 景色で、 薄い 黄色の 丸 葉が ひら- (^ついて ゐる白 

嬅 の 霜柱の 草の 中に 佇んだ のが、 靜 かと 云 ふより は 寂しい 感じ を 起させる。 此日は 風の ない 暖か 

な 日和で、 樺 林の 間から は、 堇 色の 光を帶 びた 野 州の 山々 の 姿が 何か來 るの を 待って ゐる やうに、 

冷々 する 高原の 大氣を 透して 名 ごり なく 望まれた。 

何時だった かこんな 話 をき いた 事が ある。 雪國の 野に は 冬の 夜 なぞに よくもの の聲 がする と 云 

ふ。 其聲が 遠い 國に 多くの 人が ゐて 口々 に 哀歌 をうた ふと もき ければ、 森 かげの 梟の 十 羽 二十 羽 

が 夜霧の ほのかな 中から 心細 さう になき あはす とも 聞え る。 唯、 野の 末から 野の 末へ 風に のって 

響く 相 だ。 何もの の聲か はしらない。 唯、 此原も 日が くれから、 そんな 聲が 起り さう に 思 はれる" 



630 



こんな 事を考 へながら 半里 も ある 野路 を 飽かす にある いた。 何の か はった 所 もない 此 "s- の眺 が、 

どうして 私の 感興 を 引い たかは しらないが、 私に はこの 高原の、 殊に 簿暴 り, のした 靜 寂が 何とな 

く 嬉しかった。 

工場 (以下 足 尾 所見) 

黄色い 硫化水素の 煙が 霧の 様に もやく して ゐる。 其 中に 職工の 姿が 黑く 兌え る。 煤び たシャ 

ッの 胸の はだけ たの や、 しみ だらけの. 拭で 頻 かぶり をした の や、 中には 裸體 で: お _ ^を 袈裟の 樣 

に 肩から かけた のが、 反射 爐 のまつ 赤な 光を湛 へた 傍に 動いて ゐる。 機械の 運轉 する 響、 職工の . 

大きな 掛聲、 薄暗い 工場の 中に 雜然 として 聞え る此 等の 昔が、 氣の よわい 私に は 一 つ 一 つ 强く胸 

を壓す やうに 思 はれる。 ——裸體 Q 1 人が 爐の 傍に 近づいた。 汙 で ぬれた 肌が 露 を? is- いた 様に 光 

つて 見える。 細長い 鐵の 棒で 小さな 爐のロ をが たりと あける。 紅に 輝いた 空の 日 を 溶した 様な、 

火の 流が す ー うつと まつ 直に 流れ出す。 流れ出す と、 爐のド の 大きな バケツの 樣な ものの 巾へ ぼ 

とぼと と 重い 響 を させて 落ちて 行く。 バケツの 中が 一杯になる に從 つて、 火の 流が はいる 度に は 

ら はらと 火の粉が ちる。 火の粉 は 職工の ぬれ 菰 にも か.. -る。 それでも平氣で何か歌を^^ってゐる。 

和 田さん の rsi 霧」 を 見た ことがある。 けれども 時代の 陰影と でも 云 ふやうな、 鋭い 感興 は 浮ば 

なかった。 其 後に マ 口 ニックの 「不漁」 を 見た 時 も 矢 張 暗い 切實な 感じ を覺 えなかった。 が 八/、 こ 

の 工場の 中に 立って、 あの 煙 を 見、 あの 火 を 見、 さう して あの 響 をき くと、 勞働 者の 萬 生活と 云 

ふやうな 悲壯な 思が 抑へ 難い 迄に 起って 來る。 彼等の 銅の やうな 筋肉 を兑 給へ。 彼等の??!^ ましい 



章 文の 期 初 



631 



歌 をき. 1 給へ。 私たちの 生活 は 彼等 を 思 ふ 度に イラショナルな 樣な氣 がして くる" 或は 3 具に 空虚 

な 生活な のか もしれ え V 

. 寺と 墓 

路ば たに 寺が あった。 

丹 も 見る かげが なく 剝げ て、 拔けか \ つた 屋根 瓦の 上に 擬寶珠 の 金が さみし さう に 光って ゐた。 

緣こ, は 烏の 獎が 白く 見えて、 鱒 口の ほ つれた 紅白の 絲 のもう 色が さめた の にぶらり の 長く さがつ 

たのが 何となく うらが なしい。 寺の 內 はしん として 人が ゐ さう にも 思 はれぬ。 其 右に 墓場が ある- 

墓場 は 石ば かりの 山の 腹に そうて 開いた ので、 灰色 をした 石の 間に 灰色 をした 石塔が 何 本と なく 

立って ゐる のが、 侘しい 感じ を 起させる。 草の 靑 いのもない。 立 花 さへ も 殆ど 見えぬ。 唯 灰色の 

石と 灰色の 墓で ある。 其 中に 線香の 紙が き は 立って 赤い。 これで も 人 を 埋める の だ。 私 はこの 石 

ばかりの 墓場が 何 か のシム ボルの 樣な氣 がした。 今でも あ の 荒涼と した 石山と 其 上 の 曇 つ た 濁 色 

の 空と がま ざ. /\ と 目に のこ つ てゐ る。 - 

溫き心 

中禪 寺から 足 尾の 町へ 行く 路が まだ 古河 橋の 所へ 來 ない 所に、 川に 沿うた、 あばら 家の 一なら 

びが ある。 石 をのせ た 屋根、 こまいの 露な 壁、 仆れ か、 つた 垣根と 垣根に は 竿 を 渡して おしめ や 

ら, 汚れた 青い 毛布 やらが、 薄い 日の 光に 干して ある。 その 垣根に ついて、 此處ら に は 珍しい コス 



632 



モスが 紅 や 白の 花 をつ けたのに、 片目の つぶれた 黑 犬が 懶 さう に 其 下に-お ころんで ゐた。 その 屮 

で 一 軒 門 n の往來 へむ いた 家が あった) 外の 光に 馴れた 私の 肌に は 家の 中 は 1" くて 何も 兑ぇ なか 

つたが、 其 明るい 緣 さきに は、 猫背の 御婆さんが、 古びた ちゃんく をせ 5 て, つて ゐた。 お さ 

んのゐ る 所の 前が 直往 來で、 往來 には髮 のの びた、 手 も 足 も 塵と 添が うす 黑く たまった 跌 足の 男 

の兒が 三人で 土 いぢり をして ゐ たが、 私たちの 通る の を 見て 「や ァ」 と 云 ひながら 手 を あげた。 さ 

うして 唯 笑った〕 小 供た ちの 藤に 驚かされた と兑 えて 御婆さん も 私たちの 方 を 見た。 けれども 御 

婆さん は 盲だった) 

私 は この 汚れた 小 供の 額と-〕 W の 御婆さん を 見る と、 急に ピ ー タ ー • ク tt ボト キン の r 靑ギ よ、 溫 

き 心 を 以て 現 實を见 よ」 と 云 ふ 言が 思ひ屮 I された。 何故 思 ひ 出され たかは しらない。 唯、 漂浪の 

晚年を ロンドン の 孤客と なって 这 つて ゐる、 迫害と 壓 迫と を 絶えす 蒙った あの ク ロボ ト キンが 溫 

き 心 を 以てせよ と敎 へ る 心 持 を 忍 ふと 我 知らす 胸が 迫って 來た) さう だ 溫き心 を 以てする の は 私 

たちの 務め だ。 

私たち は 飽く迄 態度 をヒ ュ I マ ナイ ズ して 人生 を 見なければ ならぬ。 それが 私たちの 努力で あ 

る。 眞を 描く とい ふ、 それ も 結構 だ。 然し 、「形ば かりの i 界」 を 破って 其 中の 眞を 捕へ ようとす 

る 時に も必す 私たち は溫き 心 を 以てしなければ ならない。 「形ば かりの^ m 外」 に W はれた 人々 はこ 

の あばら { 豕に樂 しさう に 遊んで ゐる 小兒の やうな、 それでなければ-ば :!:: の 額 を 私たちの 方に むけ 

て 私たち を ようとす る 御婆さんの やうな 人ば かりで は あるまい か。 

こ の 「形ば かりの 世界」 を 破る のに、 あく 迄 も 溫き心 を 以てする の は當然 私たちの つとめで ある ハ 



M 丈の jiij 初 



633 



文壇の ス々 が排 技巧と 云 ひ 無 結構と 云 ふ、 唯眞を 描く と 云 ふ。 冷な 限です ベて を 描いた: 九^ 公平 

無私に 幾何の 價 値が あるか は 私の 久しい 前からの 疑問で ある。 單に 著者の 個人性が 明に 印象 せら 

れ たと 云 ふに 止り はしない だら うか。 

私 は 年長の 人と 語る 毎に その 人の なつかしい 世 なれた 風に 少なから す醉 はされ る。 文藝の 上ば 

かりで なく 溫き心 を 以てすべ て を 見る の はやが て 人格の 上の 試鍊 であらう。 世 なれた 人の 態度 は 

正しく 是だ。 私 はせ なれた 人の やさし さ を 慕 ふ。 

私 はこん な 事 を考へ ながら 古河 橋の ほとりへ 來た。 さう して 皆と 一 緒に 笑 ひながら 足 尾の 町 を 

步 いた。 - 

雜 誌の 編輯に 急がれて ふやう にかけ ません。 宿屋の ラ ンプ 3 下で 書いた 日記の 抄錄に 止めます。 

(明治 四十 W 年 顷) 



634 



一 第 遣 捕 



637 



天主の 死 



General Plan. 

S 天下 平定 後の 小 波瀾 (大坂 城內の C15.stians:> 

g 後期 吉利支 丹の ffinatiasm (大坂 城内の christians) . 

/Cold, courteous, cunning, sosetlmes cruel, 

S Political f li 益 田 甚兵衞 好 次 < ぎ 。きに (politician) 

/■warm-hearted, clever, sometimes weak, Benti, 

g t side— 羅忠 右衞鬥 fl (dian) 

\!Dreamv, morbid, llaYin^ some iits, always 

g Eeligious side —— 天草 四 郞時貞 ハ 

ノ earpest-, f J.ean crA.lrc し (■ Mal*tyl« 】 



5: 天草 群の 蜂起 マデ 

g 板 倉 重 昌の死 マデ. 

-^, 落城 マデ (四 郞の首 出 島に 曝さる、 もと Jesuit cbapel ありし 所な り) 



63S 



竪の關 係 

S 天下 を 得ん として 得ず I IDespah, と 同時に 天命 を 知る —— Bitterness 

め 不義 を 正さん として 得ず. Despair と 同時に あらゆる disillusion Calmness 

g 天國を 地上に 得ん と し て ず 11 反 つ て 天國を.^^ に 知る ——Joy 

氺 

5: 千 束 善 右衞門 11 A materialist 一 ^1^ も 省 鼓 

ゆ 有 家 休意 > demagogue 

ii 門 作— i。 一- ヨ霸 す) 

橫の關 係 

£ 好 次と 四郞と 父子の struggle.. 11 父に 從ひ、 後 父に 背き 

g 四郎と マリアと lovers の struggle. —— マリア に^き、 後 マリア に從ひ 

ゆ 右衞門 作と 忠右衞 と friends の striiggle. II 友人と 離れつつ 愛憐す る 心境 

Neben の 事件 

へ 梅毒 

一 Christian の 美術 (佛像 破壊) 

の Rembrandt 燒毁 

(f Political side は田舍 紳士の 政談 を 試みる が 如し。 是等ハ 宇 土の 城- アリシ モノ トシ 

宇 土 城内 christians の 事な ど を 書け。 



一 第 遺抽' 



639 



寬永 14 年 6 月 古川 町 次 兵 衞を捕 ふ (1 ュ日〕 

次 兵, は 12 年に 天草 島 原の 教徒と 計り 亂を なさん とす。 

J 夕燒 とその 後の 闋 —— syBbolical so6nor;sr 

~Dead sparrow. I -Dying spr;ng 

〇 席順の 爭ひ 

〇 產の爲 に 死ぬ 女? j . 

Perform a miracle, prcrpliet ! o ! Perform M. c. 皮肉 か眞劍 か.^ 力らぬ 叫聲」 

有が たの 利 生や 伴天連 樣 の 御影で 寄 衆 の 頸 を すん と 切支丹 (貴 利 師植) 

參考謦 Richard Cocks (Diary of) 1615, 6 月 lo 日 

〔デウスの 死〕 

序 

元 和 元年 五月七日の 午過ぎだった。 赤裸に なった 西洋人が 一人、 攝津 國大坂 天下 茶屋の 田舍道 

をう ろうろ 歩いて ゐた。 彼 は 額の 禿げ 上った、 顋髯の 長い 老人だった。 麥 畑の 間 を 縫った 道に は 

この 異様な 西洋人の 外に、 誰も 人 かげ は 見えなかった。 その代り 何處を 眺めても、 討死の 屍骸 は 

澤 山あった。 中には 側杖 を 食ったら しい 町人の 屍骸 もないで はなかった。 屍骸 は 血に まみれたり _ 



6A0 



火藥の 煙に 爐、 ぼったり、 蠅の 群に 蔽 はれたり、 二目と は 見られない 有 操だった。 

西洋人 は 足 を ひきす りながら、 怯 づ怯づ 後ろ を 振り返った. - 後ろに も 一面に 擴 がって ゐ るの は 

屍骸 を 撒き散らした 麥 畑だった。 が、 まだ その外に もす つと 遠い、 松の むら 立った 靑穴 r; に は、 た 

坂の 城の 天主 閣が 煙と 火と を 噴き 上げて ゐた。 そちらから は 叉 閧の聲 やつる ベ 打ちに する 鐵 砲の 

音 もしつ きりなしに 閱 えて 來た。 西洋人 はさう 云ふ最 色 を 見るな り、 忌々 しさう に 首 を M つた- 

それから 何 か 眩き 眩き、 もう 一度 田 舍道を 歩き 53: した" 

西洋人、 ii ィ H ズス 組の 伴天連 イダ ナシ ョは關 東の 禁令 を 潜りながら、 大 坂の^々 に布敎 し 

てゐ た。 所が 今度の 戰ひは 彼が 難 を 避けない 內に、 住居 も 灰に してし まへば 同宿の 奉 敎人も 殺し 

てし まった。 彼 はやむ を 得す 兵馬の 間に、 聖母 マリアの 髮の毛 を 入れた 金色の 小箱 を 抱いた なり、 

鬼に 角 戰場を 逃げよう とした。 が、 地理に 疎い 悲し さに は 何度も 途に 迷った 揚句、 關 東方 か大坂 

方 か、 どちら かわからない 軍兵の 爲 にさん ざん 打ったり 蹴たり された" その上 大蔡の 小 竹,:: は 勿論、 

宗門の 服 や 帽子 さへ も 一 っ殘ら す剝ぎ とられて しまった。 いや、 もし 老人でなかった とす 叱 1 ズ、 

命まで とられた かも 知れなかった。 ィグナ ショは それ を考 へる と、 八/も 肉の 落ちた 脇 股に 初; 炭の 

風 を 感じながら、 しみじみ r テウス」 (神) の 大慈大悲 を 感謝せ すに は ゐられ ない のだった。 

半時 問の 後、 疲勞に 疲勞を 重ねた 彼 は 少時,:: を 休める 爲に、 腐い 木 川の 川 n に 近い _ 慮 荻の 巾 

へ は ひり こんだ。 すると 其 處には 案外に も 町人ら しい:^ 骸 がー つ、 彼よりも 先に 轉 がって ゐた。 

彼 ははつ と 思 ひながら、 蓆 荻の 外へ 逃げ出さ うとした。 しかし だと m 心った もの は 突然 泥 だら 



一 第 遣お] t 



641 



けの 半身 を 起した。 と 同時に 驚いた やうに、 「パァ ドレ」 と 彼 を 呼びと めた。 ィグナ ショは 町人 を 

見守った。 町人 は 妙に 額の せまった、 片意地ら しい 小男だった。 それが 今日は 左の 頰に 生々 しい 

蚯蚓 腫 を掊へ てゐ た。 ィ グナシ ョ はやつ と齒 のない 口に 力の ない 微笑 を 浮べながら、 「幸 右衛門 さ 

ん でした か?」 と 返事 をした。 

「どうなさい ました? 。ハァ ドレ!」 

椀屋幸 右衛門、 —— やはり 吉利支 丹 宗徒の 一人 は 伴天連に 腰 を 下させた 後、 珍ら しさう に 相手 

の體を 眺めた。 實際又 赤裸の 西洋人 を 見る の は 彼に も 珍ら しい のに 違 ひなかった。 ィ グナシ ョ は 

苦い 顏を しながら、 しぶしぶ 途中の 災難 を 話した。 しかし その 間 も 幸 右 衞鬥は ややもすれば 伴: 大 

逑の胸 や 腹の あたり を 眺め 勝ちだった。 

ィグナ ショの 話が 終って から、 幸 右衛門 は 



〔天主の 死〕 

, 序 ,, 

元 和 元年 五月 七 口、 . I 大坂 城の 落ちた 當 夜だった。 ィ H ズス 組の 天主 敎 徒が 二人、 攝 津の阈 



木津 川の 川口に 近い 蘆 原の 中に 避難して ゐた。 彼等の 一人 バウ P 彌兵衞 は 病身ら しい 若^だった リ 

しかも 放れ 馬に 蹴られた 爲、 今 は 苦し さう に 横にな つて ゐた。 もう 一人の 伴天連 セ バスティア ノ 

は 骨組みの、 逞しい 老人だった。 これ は關 東の 軍兵に 宗門の 服 さへ 剝 がれた 爲、 裸の 俊 膝 を 抱へ て 

ゐた。 二人 は 星 明りに 透かし 合 ひながら、 時々 小 聲に話 をした。 あたり は 勿論 靜 かだった。 閱の 

聲ゃ鐵 砲の 昔 はとうに もう 嗚りを を さめて ゐた。 その 中に 唯 問える の は 休みない 木 ili 川の 水の 昔 

と 藪 蚊の 聲と ばかりだった。 

「お 城 はもう 落ちた でせ うか?」 . 

彌兵衞 は 伴天連に 話しかけた。 - 

「まあ、 多分 落ちた でせ う。 天, 主閣 にも 火の手 は揚 つたので すから。 11 奉 敎人衆 も 大勢 討死し 

たでせ う。」 

「明 石樣も 討死な すつ たで せう か?」 、 

「明 石 樣?」 

「明 石 掃部樣 です。」 

「ああ、 あの方 も 討死され たでせ う。 —— 大 坂の 述も難 きて しま ひました。 これ も 皆 基督の おん 

敎を 奉ぜす、 邪神な ど を 崇めた 天罰です。 太閤 殿下 を御覽 なさい。 神になる と 云 はれた ばかり か、 

2 實際璺 國大明 神と かに 祀ら れてゐ るではありません か? 人 問 を 神と 同様に 祀る、 —— 3: と 一ぶ ふ 

6 恐し い 業で せう。 大 坂の 滅びた の は當然 です。 ソ ドム ゃゴ モラ を燒 かれた 神は大 坂に も; 大火 を 



一 第 遣 捕 



643 



降らされた のです。」 

「しかし それならば なぜ 天主 は江戶 をお 罰しに ならない のでせ う? 大 坂に は あの 明 石樣を 始め、 

十字架の しるし をつ けた もの も 大勢お 城 を 守って ゐ ました。」 

「さあ、 それ は なぜで せう。 全能の 天主の 思 召し は 我々 の 知慧に はわ かりません。 それ を 鬼 や 角 

詮議す るの は 人間の 分に過ぎた ことです。 —— しかし 神の おん 怒 はきつ と江戶 にも 下る でせ う。 

丁度 好い 實を 結ばない 樹は 斧に 伐ら れ てし まふ やうに.^ … … 」 

セ バスティア ノは 突然 口 を噤ん だ。 それ は 問 近い 蘆の 問に 何 か 物音が したから だった。 しかし 

不安 は 一 瞬の 後、 無氣 味な 聲 と共に 飛び去って しまった。 

「蒼, です。」 

彌兵 衞は蔽 蚊を逐 ひながら、 暗い 中に 寂しい 微笑 を 見せた。 伴天連 はちよ いと 額いた。 それ か 

ら叉 低い 聲 にさつ きの 話 を 綾け 出した。 

「それまで は 我々 の 試みられる 時です。 大 坂の 城 を 守った 中には 今 も あなたの 云った 通り、 奉敎 

人 衆が 大勢 ゐ ました。 江戸の 將軍は 唯で さへ 十字架の 御 威光 を 憎んで ゐ ます。 この 恨 もき つと 我 

我の 上に 返す 時が あるに 違 ひありません。 その 時 こそ 日本の 國巾は 我 々 の 血に 浸される でせ う。 

しかし 唯 天主 をお 信じなさい。 我々 の 血の 流れた 跡に は必德 薇が 出る の • です、 不可思議な 天 

主のお ん敎 の曹蔽 が。」 



644. 



序 

元 和 元年 五月七日、 11 大坂 城の 落ちた 當 夜だった。 頰髯の 多い 侍が 一人、 山城の 國鳥 羽の 外 

れの或 農家の 圍爐裡 の 側に、 この 家の 主人 と^って ゐた。 主人 は 額の 秀げ 上った、 一徹ら しい 老 

人だった。 二人 は 薄暗い 行燈を 中に、 何 か ひそひそ 話して ゐた。 その 覺^ ない 行 燈の光 も 共處に 

解き 捨てた ちぎれ 具足 ゃ大 太刀 を 照らす に は 十分だった。 

「では あの 御 天主に も 火が かかりました か?」 

老人 は 聲を震 はせ てゐ た」 

「いや、 天主 閣 ばかりで はない。 千 疊閣、 月見 格、 皆 煙に なって しまうた。 殿 は 打 たれた と 

云 ふ。 我 君 も 御 生害に なった かも 知れぬ。 大坂 はもう 御 運の 義きぢ や。 身共 も 腹 を 切らう とした 

、、ゝ , 一 

力 」 

侍 は 太い 息をついた。 

「御宗 1: の 投には 違背 出來 ぬ。」 

「御尤もで ございます。 御 無念 はさる ことで ございま すが、 來 世の 助かりに は換 へられ ませぬ 

先殿樣 を御覽 なさい ませ。 八州 島と やらへ. お流されに なっても、 」 

老人 は 突然 口 を噤ん だ。 それ はこの 時 案外に も 誰か かどの 戶を 叩いた からだった。 ぷ人は 侍に 

HI 配せ をしながら、 そっと かど 口へ 歩 



〔天草 記〕 

序の 一 德川 家康. 

元 和 元年 五月 八日、 II 大坂 城の 落ちた 翌朝だった。 德川 家康は 茶臼 山の 本陣に 本 多 正 信 を 召. 

し 寄せて ゐた。 本陣と は 云 ふ ものの、 此處 はやつ と 間口 九 尺、 奥行 二 間の 板 小屋だった" しかも 

下の 三疊は 書院の 代りに 使 はれて ゐ たから、 象康の 居間に なって ゐ るの は 上の 三疊に 過ぎな かつ 

た.. 家康 はこの 狹 苦しい 居 問に 茵を 一枚 敷いた ぎり、 樂々 と 脇息に 凭れて ゐたリ なり は 今日 も鎮 

をつ けす、 唯 下 括りの 袴 を はき、 茶色の 羽織 を 着た だけだった。 . 

「ど うぢ や、 佐 渡、 秀賴の 命 は?」 

家 康は靜 かに かう 云った。 

大坂 城の 天主 閣に 煙と 火との 卷き 上った の はもう 昨日の 午過ぎだった〕 秀賴は その後 母の 淀と、 

M 山里 丸-の 帶曲 輪に ある 干飯 倉に 命 を 保って ゐた。 しかし この 干飯 倉 も 今 は 井伊直孝の 兵に すつ か 

第 り 周圍を 守られて ゐ たから、 事 實は生 捕り も 同様だった。 

「助けて やらす ばなる まい かの?」 . 



646 



家康 はもう 一 度 問 ひかけ た。 

「さやう にご ざい まする。」 

正 信 は 小首 を 傾けた。 秀賴 母子 を 殺す こと は 家康の 計畫の 一部で ある。 それ を 今更 尊ね などす 

るの は 何 か訣が あるか も 知れない。 何 か、 11 さう 云へば ま づ問题 になる の は 秀賴の 旅 中に なつ 

てゐた 家廢の 孫の 千姬 である。 が、 これ は 幸 ひに も 昨 ほ 侍女の 刑 部 卿の 局と、 危ぃ城 巾を脫 して 

來た。 すると 家 康の肚 にある の は秀賴 との 問に 取り 換は せた 神 文の 一條に 違 ひない。 11 咄 おに 

さう 察した 正 信 は さりげない 額 色 を 装 ひながら、 やはり 稼 かに 返事 をした。 

「さやう にご ざり まする。 御 霧 紙 も ある ことで ございま すから、 御 助命 遊ばさす ばなります ま 

い。」 - . 

家康は 少時 沈吟した。 正 信 は 秀頓を 助けろ と 云 ふ。 しかし それ は 本意で はない。 整 紙の 一條 さ 

へ 顧みなければ、 (劳賴 を 殺せと 云 ふので ある。 のみなら す 誓紙 を 破った にしても、 德川 {\^ の 信義 

の 廢る惧 はない。 誓紙の 宛名 は家康 である。 八,' は將 軍の 職に ゐ ない 七十 四 歳の 老人で ある。 ::: 

r ぢゃ がの、 佐 渡。」 

家康 はやつ と 口 を 11 いた。 

「予 も老 先の 長い 體 ではない。 罰が 當 るなら ば當 るの も 俊 ぢゃ。 將軍家 さへ 仔細ない とすれば 



大御所の 聲は 優し さ を 加へ た。 



一 笫遗捕 



647 



「秀賴 に は 腹 を 切らせる かの。」 

正 信 は內心 微笑した。 

「お 傷し い 儀で は ございま すが- 

歳で ございませう。」 



それ も 天下に は換 へ られ ませぬ 



さう 遊ばせば 御 家 の 榮も萬 々 



序 

元 和 元年 五月 八日、 大 坂の 城の 落ちた 翌日で ある。 前 將軍德 川 家康は ニ條の 城へ 歸る爲 に、 茶 

臼 山の 本陣 を出發 した。 警護の 役 は 年の 若い 板倉內 膳の 正重昌 である。 同勢 は 僅に 弓 一 對、 鐡砲 

二 挺、 對の槍 二 本、 雍刀ー 振、 11 その外 は乘 馬を牽 かせた だけで ある。 

駕籠の 中の 家康 はけ ふも淺 黄の 帷子に 廣 袖の 茶の 羽織 を 着、 葛布の 下 括りの 袴の 膝へ 蠅を逐 ふ 

拂子を 投げ出して ゐる。 時刻 は 午の 刻 少し 過ぎで あらう。 日の 光 は 駕籠の 右 ひだりに きの ふの 戰 

場 を 照らして ゐる。 踏み荒らされた 田畑が 見える。 關東 勢の 仕 寄せ 場が 見える。 時には 人馬の 屍 

骸の 上に 點々 と 鴉が 下りた の も 見える。 しかし 家康に はさう 云 ふ 景色 も 全然 興味 を與 へない らし 

い。 彼 は 兩手を 膝に した 儘、 唯 如何にも 退屈 さう に 半ば 兩眼を 閉ざして ゐる。 

. 一行 は 家康の 駕籠 を 中に、 生 玉の 社 を 左に しながら、 大坂 城の 三の. 丸へ は ひった。 此處の 景色 



648 



は 城外よりも 一 歷慘磨 を 極めて ゐる。 傾いた 柵が あるかと 思 へ ば、 泥 まみれに なった 大幕も ある。 

燒け殘 つた 竹 束が あるかと 思へば、 大 崩れに 崩れた 土 禅 も ある。 その 巾に 何 か,:: いものが あるの 

は 何時の間にか 鎧を剝 がれた 下帶 ばかりの 屍骸だった。 しかし 家康 



序 

元 和 元年 五 In: 何 日 かの 午過ぎだった。 ニ條の 城の 一 §1 に はでつ ぶり 肥った 老人が 一人、 三 四 人 

の 侍た ちと 水々 しい 瓜 を 食って ゐた。 老人 は廣 袖の 紗の 羽織に 葛布の 袴と 云 ふ 出立ち だった。 し- 

かし 日に 燒 けた 額 を 見ても、 肩の 威かった 體っ きを 見ても、 田舍育ちの素性はハ^^はれなかった。 

「蒸すな、 今日は。」 . 

老人、 11 德川 家康は 侍た ちの 一人, へ 話しかけた。 侍 は风を 持った 儘、 盤數 にかう 返事 をした U. 

「さやう でございます。 しかし 四 五日 前の 事 を 思へば、 極樂に 居る やうで ございます。」 

四 五日 前は大 坂の 城 もま だ 殘喘そ 保って ゐ 



(大; 止 十二 年 > 



—染 遣お fl 



〔「糸 女覺ぇ 書」 別槁〕 

石 田: m 部 少輔三 成の 亂 のあった 慶長五 年 七月 十三 日、 相不變 妙に 蒸し暑い、 瓦の 色ば かりぎ.^ e 

ぎら する 午 下りの ことで ございました。 お 留守居 役 小 笠 原少齋 (秀淸 ) 河北 石 見 ( 一 成) のお 一 一人 は 

ぉ臺 所へ わたくし をお 呼びに なりました。 御 承知の 通り 細 川 家で は 大人 は 勿論 子供 さへ、 男と 名. 

のつ いた もの は 一 足 も 奥へ は 入れさせぬ 御 家法に なって 居りました から、 表から 奥へ のお 取次 は- 

い つも わたくしの 承る ことにき まって 居った ので ございます。 

わたくし はお 一 一人の 額 を 見た 時に 何 か 起った なと 思 ひました。 お 一 一人と も餘 りふだん から 愛想 

の 好い かたで は ございません。 殊に 少齋樣 は 女と 云 へ ば さも 穢 はしい もの の やうに 碌碌 口 もお t 

きにならす、 唯 じろ じろ げじげじ 眉の 下から お 睨めになる かたで ございます。 それが 叉け ふ は ぶ- 

ー 一人と も 苦り切って いらっしゃいました。 のみなら す 御挨援 をな すった 後 はちよ いと 口 をお 切り. 

になる の も ためらって いらっしゃる やうで ござい ました。 わたくし は愈氣 になり ましたから T 御 

用の 筋 は?」 とお 尋ね 申しました。 すると 少齋樣 の 仰 有る に は、 實は 今度 治部少 から 東へ お立ち 



650 



になった 大名 衆の 人質 を 取らせる と 云 ふ 風聞が ある、 もし 萬 一 御當 家へ もさう 云 ふ 沙汰の あった 

時には 何と 取り計らった もので あるか、 一 應 わたくしから 御前 様の 御意 を 伺って くれとの ことで 

ございました。 

わたくし は 差 出 がましいと は E 心 ひました が、 念の 爲に その 風聞 はまこと かどう かお 尋ね. & しま 

した。 これ は 根 も 葉 もない 噂の 爲に 御前 様の 御 心配 を增す ことがあって はすまない と m 心った から 

でございます" しかし 石 見様の 仰 有る に は、 この こと は 治 部少の 家中の ものから 密密に 稻な ヌ 

(祐 直) の もと へ 知らせて よこした 風 開で ある、 して 見れば ま づ眞僞 の ほど は 疑 ひ あるまい とのこ 

とで ございました。 伊賀 樣は 下げ 針 さへ 打つ と 云 はれる 砲術の 達人で ございます。 わたくし も そ 

の お 弟子の 屮には 治 部少の 家中. の 誰彼の まじって ゐる こと を 知って 居りました から、 成程 それで 

は 御前 様のお 耳 へ も 入れなければ なるまい と 思 ひました。 

御前 樣 はけ ふ もお 机の 前に 御 本 を讀ん でい らっしゃ いました。 八.' はもう 夢に なり ましたが、 ぎ 

やまん や 十字架 ゃ衋 毛氈 ゃ蒔畫 のお 道具に 飾られた、 奥深い お居 ii にたった お 一人、 永の 日をぢ 

つと 暮らして いらっしゃる 御前 様のお 姿 は 正 身の 「まりや」 様 かと m4 ふ 位、 お, お、 しい もので ご ざ い 

ました。 お 年 はもう 一二 十八に おなりだった かと 思 ひます が、 はた □! に はま だ 一二 十に もお::^ えに な 

ら なかった で ございませう。 殊に何か仰有る時などはぉ心だけは姬l_^;の北uと少しもぉ®りなさら 

ないやうな、 何 か 妙に もの 寂しい ぉ懷 しさ を 具へ てい らっしゃ いました。 わたくし は 恐る恐る 御 

前 様へ お 二人の 言葉 を 申し上げました。 御前 樣は御 本 をお 膝に した まま、 お 額の fcl つ 動かさす 



-第遺 補 



651 



にぢ つと お聞きに なって いらっしゃいました。 それから もの 靜 かに 仰 有る に は、 三齋 (忠 輿) 樣 と. 

治 部 少とは 兼ねが ね 御 不和の 間 がらで も あり、 かたがた 御當 家へ は 他家よりも 先に 人質 を 取りに 

來る かも 知れない、 さもなければ 萬 事 他家 並みに 挨拶す るの も 一策で あらう、 しかも 他 よりも 

先に 來た節 は 何と 返答した もので あるか、 それ は 一 一人の お 留守居 役の 分別す る やうに とのこと で 

ございました。 わたくし は 御前 様のお 言葉の 中に ほんの ちらりと では ございま すが、 何 かかす か 

にお 蔑す みに 似た、 冷たい もの を 感じました。 けれども 元來 御前 樣 はお 側に 仕へ てゐる わたくし 

どもに さへ、 滅多に 喜 怒 をお 見せに なりません。 その 時 も はっと 思った 拍子に そっとお 額 を 窺 ひ 

ましたが、 お 額 はや はり 天人の やうに お 美しい ばかりで ございました。 

わたくし は 早速お 臺 所へ 下り、 お待ちに なって ゐ るお 一 一人へ 御前 様の 御意 をお 傅へ 申しました。 

すると 叉お 二人 は當惑 さう に 顔 を 見合せ て, いらっしゃいました。 が、 やっと 少齋樣 の獨り 語の や 

うに 仰 有る に は、 與 一 郞 (忠 興の 子 忠隆) 樣ゃ與 五郎 (同上 興 秋) 樣は三 齋樣と 御 一 しょに 東へ お 立 

ちに なった 後で はあり、 內記樣 (同上 忠利) も 今 は江戶 人質に おなりに なって ゐる 始末 ゆ ゑ、 人質 

にな どお 出になる かたは まづぉ 一 人 もない 訣 である、 所詮 は その 3 曰 を 答へ るより 外に 策 はない と 

のこと で ございました。 わたくし はだん だん 高 じて 來る心 もとな さ を 抑へ ながら、 石 見様の 言葉 

を 待つ-て 居りました。 しかし 石 見様の 仰 有る にも、 なほ 叉 是非とも 人質 をと 云 へ ば、 田邊 (今の 舞 

鶴) にい らっしゃる 幽齋 (忠 興の 父、 藤 孝) 樣 でもお 上りになる ことにす るか、 どの 途ー 應は斷 るよ 

り 外に 仕 かたは あるまい とのこと で ございました。 わたくし はこの 時. 女 だけに ふと 邪推 を 起し ま 



652 



した。 と 申す の はお 二人の 肚の底 は 御前 樣の 人質に お出に なること を 心 恃 ちに 待って ゐ るので は. 

ないか? さもなければ はるばる 幽齋樣 にお 上り を 願 ふな どと 云ふ箬 はない と 疑 ふ I 船に なった の. 

でございます。 けれども 邪推, を 起した の はほんの 束の間で ございました。 このお 二人 はどう 考へ 

て も、 到底 さう 云 ふ 策略め いた ことのお 出來 になる かたで は ございません。 これ はお 二人の —— 

とりわけ 赤 あかと 額の 儿げ た、 生眞 面目な 石 3- 様の 額 を 見れば、 謙に でも わかる ことで ございま 

せう。 しかし 邪推 は 消えた ものの、 心 もとな さに 變りは ございま せんから、 わたくし は 萬 一 御前 

樣 のおん 身の 危 いこと でも あり はしない かと、 押し返し てお 尋 ね 巾し ました。 お 二人 も 勿論 その 

こと を 御 心配に なって いらっしゃいました。 が、 ゆの 屮は騷 がしい ものの、 まだ 八;: 戰の 始まる 訣 

ではなし、 治部少 もよ もや 弓矢. にか けても 御前 樣を 渡せな どと は 云 ふまい との ことで ございまし 

た。 わたくし は蟲の 知らせた のか、 成程と 忍 ふ 問に もや はり 心 もとな さ を 感じて 居りました。 と 

は 云へ お 一 一人の 古 侍に わたくし 一 人 脆 病 風に 誘 はれて ゐる やうに 思 はれる の も 心苦しい (讽が 致し 

ましたから、 兎に角もう 一 度 御前 樣へ御 留守居 役の 仰 有った こと を 中し 上げに 參 りました レ 

御前 様 は その 話 をお 聞きに なると、 かすかに お 笑 ひに なりながら、 では さう 致す やうに と 仰 有 

いました。 この 時 も わたくし はお 言葉の 中に 何 か 冷たい もの を 感じました。 同時に 义 すっかりお 

心の底 を 伺 ひたい I 湫 もち も 起り ました。 しかし さう 云 ふ 失禮な こと を e- し 上げる 訣 にも 參り ませ 

ん から、 そのまま 唯し ほし ほと お 吾5^ を 下つ て參 りました。 

その 日の 暮れが たで ございました。 わたくし はお 廊下 を 通りながら、 ふと 向う の 破風の 〈4.: に it. 



一 第遺褕 



653 



蝶の 群 を 見つけました。 それ も亦數 さへ わからない ほど、 上 を 下へ と ft! 字な りに 飛び 狂って 居る. 

ので ございます。 わたくし は 世に 蝶 合 戰と云 ふの はこの ことで はない かと 思 ひました。 が、 時刻 

お ほ まがと き ,- - 

も 大凶 時で はあり、 御當 象に は惡ぃ 前兆の やうな 心 もち も 致しました から ちょっとの 間 眺めた 

ぎり、 誰に も敎 へす にし まひました。 のみなら すその 蝶蝶の 群もぢ きに 薄明る い 空の 何處 かへ 流 

れて 行って しまったので ございませう、 一 一度 目に お 廊下 を 通った 時には 唯もう 黑ぐ ろと 聳えた 破 

風の 暮れ かかって 居る ばかりで ございました。 

十四日 もや はり 蒸 暴い こと はきの ふの 通りで ございました。 この 日 はま だ 巳の 刻 頃に 澄 見と 申 

す 尼が 一人、 御前 樣 にお 目通り を 願 ひました。 澄 見 は 御城 內へも 出入 をす る 六十ば かりの 女で ご 

ざいます が、 心底 は 中中 一筋繩に は 行かない したたかもの ださう でございます。 その 澄 見の 申し 

上げます に は、 (わたくし も ほかの 奥 女房と 丁度お 側に 坐って 居りました。) 人質と 申す の は 如何な 

がら、 兎に角 御前 樣 だけ 御城 內へ お住ま ひ をお 移し 下さり さへ すれば、 治 部少を 始め 一同の 衆 も 

さだめし 滿 足に 思 ふ ことで あらう。 就い て は 何 ごと も御當 家の 爲に 少時の 間 は 御 不自由 をお 忍び 

下さる やうに とのこと で ございました。 しかし 御前 樣は 相不變 さりげない 御容子 をな すった まま 

三齋樣 のお 許し もない のに、 御城 內へ 住ま ひ を 移す ことな ど は 忍 ひも よらない と 仰 有い ました。 

すると 澄 見 は 何も 申さす、 唯淚を 流しました。 それから 叉 やっと 申します に は、 兼が ね 御前 様の 

お 優しい こと は 澄 見 も 一 生の 御 恩に 着て ゐる、 その 爲に 今度 も 打ち捨て て 置いて は 御前 樣の お 身 

の 上の 大事と、 幾何の 餘命 もない 體 にお 使者の 大役 を 申し 請けて 來た、 この 眞 心の 徹らな いのは 



654 



何よりも 悲しい とのこと で ございました。 御前 樣は それでもお 美しい 眉毛 一 つお 動かしに ならす 

ぢっ とお 口 をと ざして いらっしゃいました。 かう 云 ふ 御前 様のお 姿に はふ だんと は 又 一 しほ 變っ 

た氣 高さの あった もので ございます。 さう 云へば いつぞや 三齋 様と 御 膳部 を 前にな すった 時、 ど 

う 云 ふ 粗 匆か髮 の 毛が 一す ぢ、 御前 様のお 椀の 中には ひって 居った ことが ございました。 お S ひ 

やりの 深い 御前 樣は下 じ もの ものの 越度に なって は氣の 毒と 思 召した ので ございませう、 そっと 

ぉ桄の 蓋の かげに その 髮の毛 をお 隱し になり ました。 けれども 三 齋樣は 咄^の §^ に髮の 毛の ある 

の を御覽 になった のか T 何 をせられ る? 」 と お尋ねなさい ました。 御前 様 はもと よりもの 靜 かに 

「何でも ございませぬ」 とお 答へ になり ました。 するとお 氣 性の 烈しい 三 齋樣は 忽ち 荒 あらしい 武 

者聲に r 薹 所の もの を かば はれるな」 と 御前 樣を お睨みに なった と 思 ふと、 長 光のお 佩かせ を 提げ 

たなり、 茵を 蹴って お立ちに なりました。 わたくしども はう ろうろ する、 お 額の 色を變 へた 三齋 

樣 はっかつ かとお 薹 所へ お出 ましになる、 御前 様 はや はり 御 臉部を 前に 身じろぎ もな さらす に 坐 

つてい らっしゃる、 11 それが 實は 半時 はおろ か、 ほんの 僅かの 間で ございま したが、 :!: かお 附 

きの わたくしどもに は 長いな がい 氣が 致しました。 その 5: に!^ 三 齋樣の 大風の やうに お りに な 

まなこ 

つたの を 見る と、 左のお 手に 生首 を 一 つお さげに なって いらっしゃいました。 三齋様 は:: 山り 眼に 

きっと 御前 樣を 御覽 になる が n 十い か、 いきなり この 生^ を 御前 様のお 膝へ 投げつ けました。 i:z 時 

に 「そなたの ひかせられる 下 跪の 首 ぢゃ」 とお 笑 ひに なりました。 の 竹 は 御前 様の お 膝 を 兌る 见 

る まつ 赤に 致しました。 御前 樣は ちらりと 生首へ 涼しい お 目 をお やりに なりました。 けれども 端 



一 第遣據 



655 



然と 坐って いらっしゃる こと は と んと首 の あ る こ と もお 忘れ になつ た やうで ございました。. 

. . (未完) 

(大正 十二 年) . 



636 



保吉の 手帳から 



〔ブラ ン〕 

1 就任 1 - 大本 敎、 軍人 勅語 

fli iTOher- than EnTOlisla 

2 生徒 . . 卜 

3 葬 

5 死 

7 髮結床 I .Heroism 

8 書庫 —— Rogue (Authority なき 爲の 親しみ、 實は 保吉も 共犯者) 

9 人 學試驗 Isif 校の liumb-a お 

W 東宮 殿下、 兵卒 石 を ひら ふ, ズド :J 

(Ml と バる 

n P 敎官 , 

S T 敎官 



一 第 遣 捕 



657 



^ Projit 



1 ェ 

保吉は 新調の フ& ック. コ オト を 着、 やはり 新調の 山 高帽を 持ち ノ出來 る だけ 眞 面目に 直立し 

てゐ た。 彼の 鄰にゐ る 淺井敎 授もフ ック. コ オト は 彼と じだった。 唯 帽子 は 山 高帽の 代りに 

けば 立った シルク • ハット を 乎に して ゐた。 淺井氏 は 保吉の 就任と 共に、 辭任 する ことにな つて 

ゐ たので ある。 

一 一人の 一 歩 後ろに は 文官 教官が 七 八 人、 一 一列 横隊に 並んで ゐた。 これ も 服装 は 一 人殘ら す、 フ 

51 ック. コ オトに シ ルク • 、ノ ッ 卜だった。 さう 云 ふ 中に たった 一 人、 宫 川と 云 ふ理學 卜: だけ はシ 

ルク • ハ ットの 代 ffl に オペラ • ハ ットを ぶら下げて ゐた G 

二人. の 向う に 並んで ゐ るの は 武官 敎官の 一群だった。 これ は 川 村と か 云 ふ 中佐 を 筆頭に 勳章の 

胸 を 並べて ゐた。 

一 一人の 左に は 鍵の 手に 大勢の 生徒が 並んで ゐた。 生徒 は 海軍の 學校 だけに 逞しい 人間ば かりだ 



658 



つた。 二人の 右に は 壇の 上に 木本と 云 ふ 少將の 校長が 上半身 を 少し かがめながら、 始業式の 辭か 

何 か 話して ゐた。 

保吉 は由來 何に よらす、 式と 云 ふ もの を 好まなかった。 式 は 一 切 を 退屈に する か、 滑 a£ にす る 

もの だと 信じて ゐた。 勿論 この 五六 年 このかた、 免 狀を貰 ふ 卒業式 以外に、 式に 出た こと は 一度 

もなかった。 其 處へ今 始業式に 列った の だから、 眞 面目に 直立して ゐ たと は 云へ、 :!: 心 は 不愉快 

そのものだった。 

校長の 式辭は 何時に なっても、 IS きる ところ を 知らなかった。 尤も 生徒 ゃ敎 は 木 乃 の やう 

に殿肅 にして ゐた。 しかし それが 乂保士 n に は 一 暦堪へ 切れない 重荷だった。 彼 はとうとう 窮の 

餘り、 額 は 少しも 動かさす に、 そっと 满井 氏へ 話しかけた。 

「川 付さん と 云 ふので す か 、 武官 敎官 の 首席 にゐ るの は?」 

淺井氏 はや はりこ ちら を 向かす に、 小聲 にかう 云 ふ 返事 をした。 

「ええ、 川 村お。 しかし あり や 狐です よ。」 

保 吉は思 はす 問 ひ 返さう とした。 が、 咄" がーに 了解した。 淺井氏 は 出 = 王 仁三郞 の 創めた 火木 敎 

の 信者だった。 大本 敎の說 によれば、 我我 俗人 は 天狗 を 始め、 狐 や 独に とり 憑かれて ゐろ。 淺井 

氏 はかう 云 ふ 信仰に より、 川 村大: にと り 憑いて ゐ るの は 狐 だと 1: 斷 したので あらう。 しかし 

「狐に とり 憑かれて ゐる」 は 「狐です よ」 の 直截な のに 若かない。 保吉 ははつ きりと 眠の 裘に、 竹 だ 

け 狐に なって ゐる 海軍 士官 を 思 ひ 浮べた。 同時に 微笑 を喷み 殺した。 -, 



一 第 遣 ffi 



659 



その後の こと は 書かす とも 好い。 保吉 はこの 一語の 爲に、 息苦しい 退屈から 救 はれた ので ある。 

式に は 在職 二 年の 間に まだ 何度か 參 列した。 が、 もう 淺井氏 は 彼の 鄰に 二度と 姿 を 現さなかった。 

保吉は 時時 勇ましい 軍人 勅語 を謹聽 しながら、 淺井 氏の 姿 を 思 ひ 出した。 すると 妙に 寂しい 氣が 

した。 淺井氏 は 夙に 「クリス マス. キヤ 口 ル」 や 「スケッチ • ブック」 など を飜譯 した、 英吉利 文學 

の 紹介に 貢獻の 多い 篤學 : . . 



紙幣 

或 初夏の 午後で ある。 堀川 保吉は 口笛 を 吹き 吹き、 敎官 窒へ歸 つて 來た。 白い 窓 かけの 垂れた 

教官 室に は 粟野 敎官 がた つた 一人、 相 不變卷 煙草 を啣 へた まま、 横文字の 本 を ひろげて ゐる。 保 

吉は その 横顏を 見る と、 忽ち 口笛 を やめた の は 勿論、 出来るだけ 靴の 音 もさせない やうに そっと 

彼 自身の 机の 前へ 行った。 窓 を 右に した 彼の 机 は 粟野さん の 机と 向 ひ 合って ゐる。 尤も 向 ひ 合つ 

たと は 云 ふ ものの、 お 互に 顏の 見える 訣 ではない。 机の 前にと りつけ お 書架 は 海 語 辭典 だの 兵語 

辭典 だ の 會話 辭典 だ の を 並べた 向う に、 すつ かり 粟野 さ ん を隱し てゐ るので ある。 

保吉は マドラスの 本屋の 出した マ ハ トマ • ガン ディの 傳記 を拔き 出し、 休み 時間の 退屈 を 紛ら 



せる 爲に 刷りの 惡ぃ 本文 を讀み はじめた。 ガン ディ は聖 雄と 云 ふの ださう である。 せ, 雄と は 如何 

なる 牡の 意味 か、 詳しい 說明を 聞いた こと はない。 が、 鬼に 角 父祖 傅 來の瘦 せ 我慢の 强ぃ 男で あ 

る。 保吉は 一本の バットに 火 を つけ、 かう 云 ふ 一 節 を讀み 下した。 11 「ガン、 ディの 母親 は 彼女 

の ゆ-子 に ド の 三 綱 條を誓 は せ た 後、 や つ と 英亩利 へ 學 する こ と を 許した。 ち 酒 を 飲ま ぬ こ と- 

女人の 肌に 觸れぬ こと、 肉類 を 食 はぬ ことの 三簡條 である。 英吉利の 土 を 踏んだ マ 〈トマ. ガン 

、ディ は 『英吉利 紳士』 にならん こと を 期した。 その 爲に舞 蹄 を學ん だり、 ヴァイオリンの |£ 古 を は 

じめ たりした。 ::: すると 或 日の こと、 或 晚餐會 に 臨んだ 彼 は 一皿の スゥプ を 唆る はめに なった 

これ は 一 生の 危機だった。 母親に 誓った 三 倾條を 破る か? それとも 一 人前の 『英吉利 純 十』 にな 

るか? 彼 はこ の 一 一つの 途 のど ちらか を 選ばなければ ならなかった" しかし 彼の 良心 はとうとう 

誘惑 を 征服した。 ガン ディ は啞然 たる 一座 を 後に、 スゥプ の 皿を殘 した まま、 晩餐の テ H ブル を 

離れた ので ある。 …… 」 

讀んで 此處に 至った 時で ある。 粟野さん は 保吉の 机の 側へ 



一 第 浦 



661 



六 七 年 前の 初秋で ある。 堀川 保吉は X X の 宮殿 下に 拜謁を 仰せつ けられる ことにな つた。 尤も 

小説家 堀川 保吉 として 拜謁を 仰せつ けられる 次第で はない。 或 海軍の 學 校の 敎官 として 拜謁を 仰 

せつ けられる ので ある。 

拜謁を 仰せつ けられる のは微 臣保吉 の光榮 である。 が、 御前へ 現れる 爲 にはフ 51 ック. コォ卜 

を 着用し、 シルク. ハット を かぶらなければ ならぬ。 それ も 格別 大した ことで はない。 しかし フ. 

ロック. コ オト を 着用し、 、ンル ク • ハット を か ぶる 爲に は、 鬼 に 角 フロック. コ オト ゃシル 

ク. 〈ット の 存在 を 必要と する 訣 である。 けれども 保吉は 不幸に も 丁度 一月ば かり 前に フ 口 ッ 

ク, コ オト や シルク. ハ ットを 質屋の 藏に 託して ゐた。 質屋の 藏に 託して あっても、 三十 何圓か 

の 金 さへ あれば、 勿論 恐れる には當 らぬ訣 である。 しかし 一二 十何圓 かの 金 は、 —— 金の ない こと 

は斷ら すと も 好い。 彼 は旣に 金になる もの は 大抵 金に し 蜜して ゐた。 , 

保 苦 は その 爲に當 日 は 母 を病氣 にしなければ 彼 自身 病氣 になら うと 思って ゐた。 すると 殿下の 

行啓になる 一 日 前の 午 休みで ある。 彼 は 海風の 通って 來る校 舍の裘 庭 を 歩いて ゐる うちに 粟野 敎 

官 と 一 しょに なった。 粟野さん は 彼と 同じ やうに 英吉利 語 を敎へ てゐ るば かりで はない。 同時に 

又 I 取 古參の 首席 敎官 である。 保吉 はとり あへ す 粟野さん に 母の 急病 を 報告しょう とした。 が、 果 

野さん は 彼よりも 先に かう 彼に 話しかけた。 

「ああ、 堀川さん。 さっき あなたの 授業中に 拜謁者 名簿が ま はって 來 ましたから、 代りにち よ つ- 

と サインして 置きました。 勿論 あした は お出でになります ね?」 . 



652 



保 吉は少 からす 狼狽した。 のみなら す狼狠 した 拍子に うっかり 「ええ」 と 返 をして しまった。 

r 拜謁は 始めて でせ う?」 

「ええ。」 

rx X の 宮殿 下に はわた しも 始めて です。 何でも あした は 御 學友も 大勢 見える と 言 ふこと です が 

…… 」 

粟野さん は氣輕 にしゃべ りながら、 秋 薔薇の さいた 庭 を 歩いて 行った。 保吉は 何度も 「屮: るつ 

もりです が」 と か 「實は 母が」 とか 言 はう とした。 が、 一 度 言 ひそ びれ たこと は 誰でも 乎 經 に;:::: は 

れる もので はない。 そのうちに 突然 鳴り渡つ たの は 授業 開始 を 知らせる 喇叭で ある。 粟野さん は 

歩み をつ づけた まま、 ちらりと 腕時計へ g を 落した。 

「おや、 喇叭が 遲 れてゐ る。 11 ぢゃ あしたの 拜. お 時 問 は ト 一 時半に なって ゐ ますから。」 

保吉は 殆ど 捨鉢に もう 一 度 「ええ」 と 返事 をした。 !: 1 時に 义 あした は 何でも 彼で も 出なければ な 

ら ぬと 覺悟 をした。 しかし この 決心 を實 行に する のは必 しも 容易の 業で はない。 彼 は 蝶結びの タ 

ィの 下に 重苦しい 氣 もち を 抑へ たま ま、 悄然と 下宿へ 歸 つて 來た。 一食 五十 錢の賄 料と 一月 五 it 

の 間代と をと る 或 避暑地の 安 下宿 へ 。 

金になる ものの ない こと は 前に 一ぎ つた 通りで ある。 が、 全然ない 訣 ではない。 床の 問へ 一 ばい 

に镜み 上げた 本 は、 —— 少 くと もヴォ ラ アルの セザン ヌ傅ゃ マイ エル. ダレ エフ H の 近代 藝術史 

は. H : 三圓の 金になる 普で ある。 その外 懐中時計、 ネクタイ • ビン、 萬 年 筆 等 を 加 へれば、 I i 



—第 遣插 



663 



保吉 はふと 二 ッ ゲルの 時計の 狂って ゐる こと を 思 ひ 出した. - 時計 は 藥罎を 振る やうに 力 一 ばい 辑 

りさへ すれば、 一二 分の 間 は 動いて ゐる。 しかし 龍 頭 は 全然 利かない。 これで は 到底 三圓 以上 借 

りら れ ない こと は 確かで ある。 けれども 土 耳 古 玉の ネクタイ • ピ ンは —— 姊 はこの ピ ンを くれる 

時に 「この 玉 は 安 ものと は 違 ふんです からね」 などと 大いに 勿體 をつ けたり した。 が、 姊に 貰った 

下駄の 貼り ものだった こと を考 へる と、 薄 青い 土 耳 古 玉の 正體も 多少 疑問になる の は 勿論で ある? 



保吉は その 晩の 八 時 前後、 やはり 古 袷の 襟 



0K 正 十二 年 > 



664 




X 

昔々、 バゲ ダッドの マホメット 敎 のお 寺の 前に、 一 人の 乞^が 寢て りました。 丁度 その 時、 li^.- 敎 がすん 

だので、 人々 はお 寺から ぞろぞろと 出て 來 ましたが、 誰 一人と して この 乞食に、 ー錢 もやろ ネ はありません 

でした。 最後に 一人の 商人 風の 人が 出て 來 ましたが、 その 乞食 を 見る と、 ポケットから 金 を 出して やり まし 

た。 すると 乞 莨 は 急に 起き 上って、 「難 有う 御座います、 陛下、 ァラァ は あなた をお 守り 下さる でせ うごと 云 

ひました。 しかし その 商人 は氣 にも 止めずに 行き過ぎよう とします ので、 乞食 は 云 ひました。 「陛下、 お 止り 

下さい。 お話したい 事が あります。」 すると 商人 風の 人 は 振り返って、 「私 は 陛下で はない。」 と 云 ひます と、 乞 

食 は 「いや、 今度の 陛下 は 駱駝 追 ひに なったり、 水汲みに なったり して、 下情 を 御覽 になる さう です。 私 は 

朝から かう して 憐みを 乞うて 唐り ますが、 誰 一 < ^として 私に お金 を 恵んで 下さいません d 私 は 陛下に ぉ總, こ 

して、 一 つの 指環 を 差し上げ たいと 思 ひます。 この 指環 は、 ァラ